IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第20話 休日の買い物は修羅場の一歩手前か

「では、打鉄弐式の完成を祝して」

「乾杯!!」

 

 整備室から聞こえてくる景気の良い声。

 簪の専用機"打鉄弐式"が今日やっと完成し、その祝いをささやかながら行っていたのだ。紙コップにジュースのみと本当にささやかだが。

 因みに、何故簪ではなく俺が音戸を取ったのかというと、簪本人がこういうことが苦手だったのと俺が最初に手伝い始めたからだそうだ。

 

「いやー、夏休みまでに間に合ってよかったねー」

「夏休みくらいは遊びたいもんね」

 

 この場にいるのは俺と簪、本音だけではない。

 整備科のエースでもあるパパラッチ、黛薫子とその友人2人。彼女等は打鉄弐式の墜落事故以降で機体の調整を手伝ってくれていたのだ。

 俺も学年別トーナメントの準備があって手伝えなかったこともあり、急遽手配した助っ人だったが大いに役に立った。

 

「じゃあ約束通り、蒼騎君と一日デートね」

「ずっちんズルい! 私もデート! あと、2ショット写真希望で!」

「私はぁ、食堂のデザート奢りでお願いしますぅ」

 

 いつの間にか俺が餌にされていたようだが。というか、俺とデートしても楽しいことなんて一つもないぞ?

 

「……じゃあ、一人ずつ。予定を決めてください」

「よしっ! じゃんけんで順番決めるわよ!」

「恨みっこなしですぅ」

 

 先輩達がじゃんけんに気を取られている間、俺は俯きっぱなしの簪に声を掛ける。

 

「やったな。これで前進だ」

「……うん……」

 

 小さく頷く簪。

 今のコイツは姉の影に震えているのでも、自分の殻に籠っているのでもない。

 嬉しくて、ただ嬉しくて震えているのだ。

 

「あ、あのっ! 本当に、ありがとう……ございました……。わ、私一人じゃ、ここまで出来なくて……あの、本当に……ありがとうございました……っ!!」

 

 簪は立ち上がると、たどたどしくも精一杯この場にいる人間に感謝の気持ちを伝えようとした。

 何度も頭を下げて、言葉を詰まらせながら。

 

「かんちゃん、よかったね~」

 

 そんな簪の頭を、本音が優しく撫でる。

 一人じゃどうしようもないのは分かっていた。あの更識楯無だって、恐らくは何処かで誰かの力を借りていたのだろう。

 それほどまでに大変な作業を、簪もまたやり遂げたのだ。もう自信を持ってもいいだろう。

 

「……さて、私達は先に上がらせてもらうね」

「後片付け、よろしく! 男の子!」

「んふふ、蒼騎君ふぁいとですぅ」

「がんばってね~」

 

 そんな優しい雰囲気も束の間。先輩方と本音は俺に後片付けを押し付けてそそくさと帰ろうとしていた。オイ、待てコラ。

 

 

「それじゃ、頑張ってね。更識さん♪」

「……っ!」

 

 

 帰り際に、黛薫子が簪の耳元で何かを囁く。何を言ったのかは知らんが、簪は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 あのパパラッチめ……。

 

「……こうなるとは思っていたがな」

「あ、あの……私も、手伝う」

 

 自由奔放な先輩や本音のことだ。俺に面倒事は押し付けると思っていたよ。

 全員帰るのかと思いきや、簪だけは残って片付けを手伝ってくれた。が、代表候補生とは言え、小さい女に重い物を持たせるのは気が引ける。

 

「ここは俺がやる。お前は自分の機体の方を片付けろ」

「でも……」

「好きでやってることだ」

 

 こういった機材も、いずれは自分の為に使うことがあるだろう。今の内に触れるのなら、これもまた他者より上に行くためのいい経験になる。

 テキパキと片付けを進めていると、打鉄弐式を待機形態に戻した簪がジッと俺を見つめていた。なんだ、待っていなくてもいいのに。

 

「……凌斗のおかげで、ここまで出来た。だから、本当にありがとう……」

「前にも言ったはずだ。大した理由もない、気まぐれだ。それに、俺は早く日本の代表候補生と戦いたいだけでもある」

 

 そう、あくまで俺の目的は専用機を手に入れた簪と戦うこと。

 未だに戦闘面で簪の本気を見ていないしな。自国の代表候補生の実力、楽しみにしている。

 

「……それでも、凌斗のおかげ」

 

 初めて会った時とは比べ物にならないくらい、優しい笑みを浮かべる簪。最初は自分以外全て敵、といった風に警戒していたしな。

 コミュニケーションが苦手なのは相変わらずだが、俺や本音ら数人と会話が出来るようになっただけ大きな進歩だ。

 

「……そうだな。じゃあ一つ、戦う以外での頼みを聞いてもらおうか」

 

 俺はふと、あることを思い出して簪に言ってみた。

 

 

◇◆◇

 

 

 週末の日曜日。普段ならばこういった休日にも訓練を欠かさない俺ではあるが、今日は別だった。

 というのも、来週から始まる臨海学校の準備をしなければならないからだ。どうやら海に行くらしく、学校指定の水着もないので各自で用意しろとのこと。

 が、俺──というよりも、"蒼騎凌斗"は海やプールに行く機会も少なかったので丁度いい水着を持っていなかったのだ。

 

「流石に熱くなってきたが、大丈夫か?」

「……うん、平気」

 

 日差しの強さに、俺は隣にいる簪を気に掛ける。インドア派で肌の白い簪は日差しに弱そうだったからな。

 

 俺の頼みというのは、水着を選んでもらうことだった。

 ファッションには疎いんでな。特に水着は何でもいいといえばいいが、周囲が女子ばかりだと流石に目を気にする。そこで、自分の感性にではなく、親しい女子を頼ることにしたのだ。

 ま、こういうのも気分転換には持ってこいだろう。今まで整備室に籠りきりだったしな。

 

「……それより」

 

 簪は日差しよりも気になることがあるらしく、視線を俺からすぐ横に逸らす。

 

「あら、わたくし達が何か?」

 

 その視線の先、セシリアが笑顔で簪に答える。但し、目は笑っていないように見えるが。

 

「僕達なら大丈夫だから、気にしないでね?」

 

 更にセシリアの隣にいたシャルロットも簪へ笑顔を向ける。ただ、笑顔なのはいいが雰囲気が何処か禍々しく感じるのは気のせいだろうか。

 セシリアとシャルロットも、実は俺が呼んだのだ。どうせ全員水着を買いに行くのだ。一緒に行動した方が、女子同士で情報交換も出来て効率もいいだろう。

 

「……凌斗」

「ん? どうした」

 

 簪が再び俺の方を見る。いや、見るというより何だか睨んでいる。

 

「……馬に蹴られて死ね」

「そうですわね。乙女の純情を弄ぶ殿方は一度蹴り殺されればいいかと」

「うんうん。蹴り飛ばされて死ねばいいよ」

 

 女子三人から死ねと言われる俺。いや、待て。意味が分からんのだが。

 俺がいつ乙女の純情を弄ぶなんてした?

 

「さ、行きましょうか」

「そだね」

「ん」

 

 頭を捻らせる俺を無視して、セシリア達はさっさと駅前のショッピングモールへ向かってしまった。

 全く、最近の女子の思考は本当によく分からん。

 

 

◇◆◇

 

 

 ショッピングモールの二階。シーズンなだけあって、水着売り場が大きく設けられていた。男女別々なのは当然として、大人用に子供用、最近の流行、レジャー用のグッズ等、申し分ない品揃えで区画を占領していた。

 逆にここまで多いと、選ぶのが面倒ではあるが。

 

「それじゃあ、ここで一旦別行動を取るか」

「え? 僕達が凌斗のを選ぶんじゃないの?」

「そのつもりだが、まずは各自で自分のを見た方がいいんじゃないか?」

 

 シャルロットの言った通り、後で見てはもらう。が、男の水着なんてそう大差はないだろうからすぐ終わる。

 しかし、女子の水着は種類も色も豊富だ。特に、今は女尊男卑が主流。水着メーカーは女子用の水着に力を入れている。3人もそれぞれ自分の水着を見る時間が欲しいだろうし、そちらを優先しても俺としては構わない。

 

「そ、そういうことでしたら……」

「そうだね」

「……分かった」

 

 何故かお互いの顔を見合いながら、3人は納得して頷いた。

 何を意味しているのかは知らんが、ここは女子だけの譲れない勝負所なのだろう。首を突っ込まないようにしておく。

 

「じゃあ、12時くらいにここで。その後で飯を食う予定で」

 

 待ち合わせ時間と場所を決め、俺達はそれぞれ水着売り場に向かった。

 少し長めに取ったが、まぁ俺は適当にトランクスタイプでも選んで私服売り場でもぶらついてるとするか。

 

「凌斗さん?」

 

 そこへ、聞き慣れた声が俺の名を呼んだ。

 

「セシリアか。どうした?」

「い、いえ。もう水着は選び終えたのでしょうか?」

 

 女性用水着売り場に行ったはずのセシリアが、俺の様子を伺いながら訪ねて来る。ついさっき別れたばかりなんだが……。

 

「まだだが、何か用か?」

「も、もしよろしければ、わたくしの水着を見ていただけませんか!?」

 

 若干食い気味に俺へ訪ねて来るセシリア。

 な、何だよ。日本の水着はそんなに気に入らなかったのか?

 

「べ、別にいいが……」

「本当ですの!? では、早速参りましょう!」

 

 頷いてやると、セシリアは俺の手を取って足早に水着売り場へ行こうとする。というか、何故そんなに急ぐ必要がある!?

 

「ちょっと! ずるいよセシリア!」

「……抜け駆け禁止」

 

 だが、急ぐセシリアの前にシャルロットと簪が現れる。いや、お前等水着選んでたんじゃないのか。

 

「くっ、もうバレてましたか……考えることは皆さん同じですわね」

「そうだよ。だから、凌斗を渡してくれるかな?」

「……独り占め、禁止」

「よく言いますわね。お二人もそのつもりだった癖に」

「「う……」」

 

 何が何だか分からない……。

 俺を取り合っているとして、コイツ等はそんなに自分で水着を選ぶことに自信がないのか?

 それとも、俺と同じく異性の意見も聞きたいのか。恐らくは後者だろう。

 

「分かった。お前等のもちゃんと選んでやるから、まずは手を離せ」

「……凌斗さんがそう仰るのでしたら」

「絶対だよ?」

「……嘘吐いたら蜂の巣」

 

 針千本飲むより大参事じゃねぇか。

 三人を宥めて、俺は自分の水着よりもセシリア達の水着選びに協力することになった。立場が入れ替わりつつあるが……まぁいいだろう。

 女性用水着売り場は人が多く、周囲はやはりというかほぼ女性しかいない。普通なら居心地の悪さでも感じるのだが、普段から女子に囲まれている所為か俺は何も感じなくなっていた。慣れというのは恐ろしいものだな。

 

「とりあえず、各々選んで来い」

「分かりましたわ」

「逃げないでね、凌斗」

「……待ってて」

 

 妙に気合の入った三人は各自で水着を選びに行った。

 しかし、改めて考えるとセシリア達は美少女と言っても過言ではない。そんな女子達の水着を選んでやる男か……。傍から見れば、きっと羨ましい状態なんだろうな。こんなことも、前世では想像すらしなかったことだ。

 ……巨、大、小。

 

「いてっ!?」

 

 気付くと、いつの間にか後ろに回り込んでいた簪が俺の足を蹴っていた。

 

「変なこと、考えてなかった?」

「ま、まさか。そんなわけないだろう」

「棒読み」

 

 ジト目で睨んでくる簪から自然と目を背けてしまう。くっ、こういうことには勘が鋭い……!

 だが、俺も男だ。女性の一部分が気になるのは仕方ない。

 

「それより、水着は選び終わったのか?」

「これ」

 

 そう言って簪が見せて来たのは、紺一色のワンピースタイプ。飾り気もなく、胸には名前を書く為の白いワッペンが貼ってある。

 

「……スクール水着?」

 

 そう、何処からどう見てもスクール水着だ。それをドヤ顔で見せてくる簪に、俺は思わず頭を抱えた。

 いくら体型が中学生並だからって──。

 

「いだっ!?」

 

 ──と考えた瞬間、またもや簪に蹴られた。他人の思考を読む能力でも持っているのか、お前は。

 

「凌斗はスク水の凄さを分かっていない」

「分かりたくもねぇよ」

 

 簪はそのままスクール水着を持って更衣室に入ってしまった。

 別に本人がそれでいいんならいいけど、臨海学校でそれを着るのは果たして織斑先生が許可するかどうか。

 

「凌斗さん、選び終わりましたわ」

 

 次にやってきたのはセシリア。流石にスクール水着みたいな奇抜なものはないようだ。

 が、問題なのはその量。青や白一色のもあれば、花柄や模様入りのもの。パレオやビキニパンツ、中には布地が少なめのものまで多種多様だ。まさか、これを全て試着するつもりじゃないだろうな?

 

「では、試着して来ますので、これだと思ったものを選んでくださいまし」

 

 どうやら、全部着るつもりらしい。そのどれもが似合いそうなのはすごいと思うが、流石に時間が掛かりすぎる。

 

「おい待てセシ」

「凌斗、お待たせ!」

 

 もう少し絞れと言おうとしたところで、シャルロットの声に阻まれてしまう。

 他二人に出遅れたと思ったらしく、やや急ぎ足でこちらに来たようだ。息を整えたシャルロットは二着の水着を見せてきた。

 片方はセパレートのようだが、背中の方で黒い布がクロスして繋がっている。シャルロットらしく、色は黄色がメイン。もう一つは、涼しそうな水色のビキニパンツだ。

 

「どっちがいいか、実際に着てみるね」

「おう」

 

 俺が頷くとシャルロットは何故か俺の手を引いて、空いていた試着室に入った。

 ……待て。何で俺まで一緒に入る必要がある?

 

「え、えーと……」

 

 シャルロットも無意識の行動だったらしく、気まずい空気が試着室の中を漂う。

 大浴場の時といい、最近のシャルロットは俺に対して大胆な行動を取りすぎている。そんなに俺に対して優位に立ちたいのか?

 

「外で待ってるから、早くしろよ」

「あ、待って! すぐ着替えるから」

「待てるか! 何故着替えるところまで見なきゃいけないんだ!」

 

 無茶な要求を突っ撥ねて、俺はカーテンを開ける。

 しかし、俺はここで後悔することになった。もう少し早く出ておけばよかった、いやそもそも中に入るべきじゃなかった。

 

「凌斗さん? 何をしていますの?」

「変態」

 

 何故なら、既に着替え終えたセシリアと簪が待ち構えていたからだ。

 因みに、簪はさっきの通りスクール水着であざとさを、セシリアは青を基調としたパレオ水着で落ち着いた雰囲気をそれぞれ醸し出している。怒りのオーラで台無しだが。

 

 

 

「凌斗さんは女性のエスコートがなってませんわ!」

「同感」

 

 帰りの電車内でセシリアと簪に説教を喰らう。

 あの後、レストランで昼食とデザートを奢ることでなんとか許されたのだ。なのにまだ機嫌が直らないのか。

 

「悪かったって」

「……冗談ですわ。水着も選んでいただけましたし」

「そこまで怒ってない」

「あははっ」

 

 困った俺の顔がおかしかったのか、三人は笑い出す。

 変わった休日の過ごし方になったが、たまには仲のいい連中で出かけるのも悪くない。

 

 

 この平和な一時が崩れ落ちることになるのを、この時の俺達は予想すらしていなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 数日前。VTシステムの暴走により学年別トーナメントが中止になった日の夜。

 何処かも分からない、ある奇妙な部屋にて一人の女性が何かの動作をしていた。

 紫色の艶やかな長髪に、美人という評価すら月並みに思えるほど整った顔立ち。そして、何よりも豊満なバストが目を引く。そんな絶世の美女とも呼べそうだった彼女を台無しにしているのは、寝不足からくる目の下の隈と奇抜すぎる服装だった。

 ブルーのワンピースにリボンの大きな白いエプロン。ポケットには、金色の懐中時計が入っている。「不思議の国のアリス」の主人公、アリスをイメージさせるが頭には白ウサギの耳が付いたカチューシャを付けている。加えて、ソックスにはトランプの4つの柄が描かれており、アリスもウサギもハートの女王も入った状態だった。

 

「完成っと」

 

 女性──篠ノ之束はナノサイズのISプラモデルを完成させると、その為だけに作られた銀色のカラクリ椅子を簡単に分解してしまった。

 遊ぶのに飽きた子供がパズルを壊すように、部屋の殆どを占めていた椅子は崩れ落ち、束は退屈そうに立ち上がる。

 その時、無造作に置かれた携帯電話からマフィア映画のメインテーマが流れる。

 

「この着信音は!」

 

 束は専用の着信音にすぐさま気付き、携帯のある方へとダイブした。ガラクタだらけの部屋が更に散らかるが、束はお構いなしだ。

 

「もすもす、終日(ひねもす)? 皆のアイドル、篠ノ之たば──」

 

 そこまで言ったところで電話が切れてしまった。

 が、また携帯が同じように鳴り出す。

 

「酷いよちーちゃん! いきなり切るなんて!」

「その名で呼ぶな」

 

 電話の主はIS学園の教師、織斑千冬だった。

 普段、千冬は束に連絡することはないのだが、今回は事情が事情なだけに電話をしたのだ。

 

「聞きたいことがある。VTシステムについてだ」

「ああ、それね。あんな不細工なものをISに組み込むだなんて、ドイツ人は頭悪いよねー」

 

 束は既にVTシステムが暴走した事件について知っていた。この件はまだIS学園側含め何処も発表していないにも関わらずだ。

 

「あと、あれを作った研究所はもうこの星から消えてるよ。勿論、死傷者は0で。束さんにとっては朝飯前なのだー」

 

 挙げ句、束はVTシステムを開発した組織を既に壊滅させていたというのだ。

 死傷者はいないと言うが、束は倫理観を持っているのではなく、単に死者を出さないで壊滅させることすら自身にとっては楽勝だということを示したいだけである。

 聞きたかったことを勝手にベラベラと喋る束へ、千冬は最早溜息すら出なかった。

 

「そうか。話はそれだけだ」

「本当に?」

 

 電話をさっさと切ろうとする千冬へ、今度は束が声のトーンを変えて尋ねる。

 

「聞きたかったんじゃないの? 蒼騎凌斗(イレギュラー)について」

「……何か知っているのか?」

 

 図星を突かれ、千冬は渋々ながら聞いてみる。

 シアン・バロンに積まれたVTシステムがまともに働かなかった理由。それは遠隔操作で条件を満たさない発動だったから、というのもある。しかし、真の理由は凌斗本人にあった。

 凌斗は意識を飲み込もうとするVTシステムへ否定の意思を向け、代わりにシステムは凌斗の中の怒りを読み取って表面化させた。これは本来のシステムの働きからはかけ離れたものだ。

 

「私もよく分かんないんだよねー、アレについては」

「……そうか。では、もう切るぞ」

 

 千冬が電話を切る。今度はもうかかってくることもない。

 

「……本当に、不思議だよね」

 

 放り投げた携帯に束が話しかける。

 幼馴染にも、その弟にも、自分の妹にも向けたことのなかった不思議な興味。それが束の中に湧き上がってくる。

 

「不思議だし、邪魔」

 

 ついさっきまで退屈そうにしていた束は、もう次のすべきことを見つけ、満面の笑顔を見せていた。


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