周囲から感じる視線、視線、視線。
それらの全てが好意的なものでなく、動物園の珍獣でも見るようなものであることは俺にもすぐ分かった。
「ま、こうなるか」
ISは女性にしか動かせない欠陥兵器。ならば、その操縦者を育てるIS学園に女子しかいないのは当たり前の話だ。
そして、その中に放り込まれた男子の俺は、さぞ珍しい生命体だろうな。
◇◆◇
俺がISを動かせると判明した瞬間、国の研究員達の行動は迅速だった。
要人保護プログラムが発動し、俺の身柄は拘束された。両親は運がよかったのか、俺の高校進学と同時にフランスにいる祖母の下に行って面倒を見る予定で、既に日本を発っていた為、国内で拘束されることもなかった。ただ、SPは数人飛ばすようだが。
さて、俺は世にも珍しい二人目の男性でISを動かせる者となった訳だが、突然手に入れた力を俺個人が活用しない訳にもいかない。なので、速攻でIS学園への入学を志望することにした。
それに、IS学園の生徒はあらゆる国や組織の干渉を受けないと聞いた。つまり、誘拐や非人道的な実験を行う連中から最も楽に身を守れる場所、ということだ。
「まだ、入学試験は受けられますよね? それとも、この珍しい存在を逃すと? 最初の1人だけでデータが十分とれるとでも?」
「す、すぐ確認を取るから待っててくれ」
笑顔で尋ねると、傍にいた役員は慌てて確認を取ってくれた。
IS学園にて得られたISに関するデータ等は全ての国に開示しなければならない。つまり、IS学園はISのデータ収集にも打って付けの場所なのだ。
データは多く取れた方がいい。それはどの国も変わらない。とりわけ、希少なデータはな。
「確認が取れた。今回、特別に入学を許可するそうだ」
「ありがとうございます」
IS学園の入試倍率はとんでもない数値だと聞く。が、最初の1人もそうだったように、勉強をしていないだろう男の俺は無条件で入学出来るらしい。
よしよし。これで、準備は整った。俺が憎むものを、俺自身の力にするための準備がな。
◇◆◇
と、あれよあれよという間に4月に入り、俺はめでたくIS学園の生徒となった。
今までの勉強が無意味になった、と考えれば惜しい気もしたが、それはそれだ。
「あれがニュースでやってた男なのにISを動かしたって人?」
「えー、二人いたよね? どっちの方?」
「蒼騎凌斗だって。顔写真と一緒だもん」
教室の外でも、野次馬がワーワーと騒いでいる。
俺の存在も、最初の奴と同様にニュースで大きく取り上げられることになった。テレビや新聞の取材がウチまで来たり、ことあるごとにもう一人の方と比べようとしたり。クイズバラエティの問題で自分の名前を見た時は、もうどんな反応をしてよかったのやら。
とにかく、プライバシーもクソもない有名人になった訳だ。流石に疲れる。
「よっ」
外で好物のリンゴでもかじろうかと考えていると、女子だらけの場に似つかわしくない低い声で話し掛けられた。
目の前には、黒髪短髪の優男がまるで仏でも見るような笑顔で立っていた。
「蒼騎凌斗、だよな?」
「お前は……織斑一夏か」
「あぁ、よろしく。同じ男子同士、仲良くしようぜ!」
あぁ、そうか。コイツもさっきまでの俺と同じ環境にいたのか。
つまり、異性から圧倒的なプレッシャーを感じる……いや、もう忘れよう。不愉快極まりない。
「そうだな、同性の味方はいた方がよさそうだ」
「だろ? 右も左も女子ばっかでさ。凌斗がいなかったらどうしようかと」
本気で安堵する一夏。
だが、よく見てみろ。周囲は俺達が会話してることに、更に興味を持ってきているぞ。
「織斑君×蒼騎君……行けるかも」
「どっちが受け?」
「どっちもいい……」
「優しそうなイケメンと、知的だけどワイルドそうなイケメン……妄想が捗るわぁ」
おい、やめろ。
その危ない妄想をこっちにぶつけて来るんじゃあない。
「どうした? 凌斗」
「世の中には知らん方がいいこともある」
あぁ……ダメだ。一夏の顔を見ただけで少し吐き気がしてきた。
あと、イケメンなんて前世含めて初めて言われたが、恐らく勘違いだ。男子が少なすぎるからそう見えてるだけだ。
「それと、敵対するつもりはないが、俺達はライバルでもある。それを忘れるな」
「ライバル?」
「他に競い合える相手がいないだろ」
データ収集的な意味で。それに、退屈しない生活を送る為にも競える相手は必要だ。
俺はもっと高みを目指さなきゃいけないんだ。今以上の力を手に入れて、この世界をブッ壊す為にもな。
「それじゃあ、
これからも気持ち悪い妄想の対象になるのか、と頭を抱えていると、教卓にはいつの間にか教師らしき女性が立っていた。
緑色のショートヘアに、若干大きめなメガネ、そして小さい身長に不釣り合いな巨乳。女教師の挙動に合わせてぷるんぷるん揺れてる。
「皆さん入学おめでとう。私は、副担任の
山田真耶……回文になってるな。
そんなどうでもいいことはさておき、おっとりしていてタレ目。教師としては頼りないが、悪い人間ではなさそうだ。……好みのタイプではある。
「えぇ、あれ? じゃ、じゃあ自己紹介からお願いします。出席番号順で」
妙に緊張している所為か、山田先生への反応はなく、先生はちょっと狼狽えた。
出席番号順……俺は2番じゃないか。すぐだな。
1番の相川が終わり、次は俺の番に。自己紹介、自己紹介……何を話すべきか。
「蒼騎凌斗だ。好物はリンゴ。嫌いなものは食べ物を粗末にする奴と……いや、以上だ」
そこまで言って、俺は席に着いた。
IS学園でISが嫌いです、なんて言うバカはいないだろうからな。俺の胸の内にでも納めて置くさ。
そうだ、気になることが一つあった。今目の前にいるおっぱ……山田先生は副担任と言っていた。
なら、担任はどんな人物だ? エリートを鍛える場なのだから、相当優秀な人物でなくては勤まらんだろう。流石にテンガロンハットを被った口汚い軍人は出てこないだろうが。
「えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
教室の方に意識を戻すと、一夏が緊張しながら自己紹介をしていた。
俺の時と同様に、周囲からの注目がすごいことになっている。こういう時は、無難に窓の外でも見ながら、好き嫌いを言って座ればいいんだ。
一夏はそれが出来ないらしく、「それだけ?」という周囲からのプレッシャーの中で立ち尽くしていた。
「以上です」
がたがたっ、と周囲は一斉にずっこける。あんまりな自己紹介に、俺も椅子からずり落ちそうになった。
何も話すことがないなら無駄に溜めるな!
「いっ──!?」
次の瞬間、一夏の背後にスーツとタイトスカート、髪の色まで黒一色の女性が現れ、奴の後頭部を出席簿で殴っていた。
パァン! と余りに大きく鳴ったから、出席簿であんないい音が出るのかと思わず感心してしまった。
「挨拶もまともに出来んのか、貴様は」
「げぇっ、関羽!?」
驚愕する一夏に、女性──関羽? はまた出席簿で一夏を殴った。さっきよりも大きな音を出して。
なるほど、三国志の英雄ならあんなに強そうでも問題ないな。けど、関羽って今は確か商いの神様だったような……。
「キャー! 本物の千冬様よー!」
「サインください!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
関羽の登場に合わせ、クラスの女子が一気に沸き上がる。なんだなんだ、このクラスは歴女ばっかりだったのか。
……冗談はさておき、この女教師。千冬とか呼ばれてたな。この体罰教師が担任か?
胸はデカいが……山田先生の方が好みだな、俺は。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるな。それとも、私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」
女子からの黄色い声に、女教師はウンザリしながら呟く。
毎年のことらしい。となると、かなりの有名人ということか。
「ち、千冬姉」
「織斑先生だ」
一夏は三度目の出席簿アタックを喰らい、頭を押さえながら席に着く。千冬姉……奴の姉か?
織斑……千冬……!?
「っ!?」
思わずガタッ、と立ち上がる。
そうだ、思い出したぞ。
そんな人に教えてもらえるのなら、女子達がハシャぐのも無理ない。
「なんだ? 貴様は……蒼騎凌斗か」
目の前にいる最強を前に、俺は
こんな近くに俺が越えるべき指標がいるなんてな。しかも、ソイツが俺を鍛えてくれる。運命が俺に味方してくれているとしか思えない。
クククッ、楽しみで仕方な──。
「おい」
スパァン! と爽快な音が耳に響く。織斑先生の出席簿アタックが俺に飛んできていたのである。
咄嗟に右腕でガードしたが、甘かった。織斑先生は、ガードを突き抜けて俺を殴っていたのだ。その出席簿、ガード貫通効果でもあるのか?
「急に立ち上がってどうした、と聞いている」
「あ、いや……夢に呂布が出てきたので」
適当な嘘で誤魔化そうとすると、織斑先生は俺に再度攻撃を仕掛けようとしてきた。
フッ、同じ攻撃は喰らわん。既に見切った!
「だっ!?」
が、やはり甘かった。
真剣白刃取りをしようとしたが、最強の攻撃を捕らえることは出来なかった。
……今の俺、すごく格好悪い。
「…………」
そのまま、俺は無言のまま席に着いた。
今の格好悪い出来事をなかったことにするかのように。
周囲からの視線が痛いが気にしたら負けだ。
◇◆◇
「凌斗、お前はあの授業分かったのか?」
「あぁ、当然だ。勉強していればな」
二時間目の休み時間。馬鹿を露呈した一夏が俺の元にやってきた。
コイツ、一体何を思ったのか電話帳ほどもある参考書を読まずに捨てていたのだ。
おかげで基本情報すら頭の中には入っておらず、授業中はずっと挙動不審で過ごしていた。
こんな奴が本当にライバルでいいのか、俺は不安だ。
「ぐっ。だよなぁ」
参考書は後日、織斑先生が再発行してくれるらしい。但し、内容を一週間で丸暗記しろ、とのことだが。
……仕方ない。競う相手は別に探すか。コイツじゃ話にならん。
「ちょっと、よろしくて?」
「あ?」
そこへ、いかにも育ちの良さそうな金髪ロールの白人女子が声をかけてきた。
佇まいだけで俺達庶民とは違う高貴な雰囲気が出ており、フワッとした長い金髪と玉のような白い肌、吊り上がったサファイアのような瞳は、何処ぞのお嬢様であることを証明するような気品に溢れていた。
「あなた方、訊いてます? お返事は?」
「なんだ。何か用か?」
「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の」
「誰だよ、お前」
知らない相手に敬意を示すほど、俺は優しくないんでな。
「おい、一夏。知り合いか?」
「いや、俺も知らない」
自己紹介も強そうな奴以外は覚える気がなかったから、まともに聞いていなかった。おかげで名前も全く覚えていない。
ムカつく女は俺達の態度が気に入らなかったようで、キッと目を更に吊り上げて続けた。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを?」
「何!? セシリア・オルコットだと!?」
セシリア・オルコットの名前を聞き、俺はガタタッ、と席を立つ。オルコットといえば、イギリスの名門貴族じゃないか!
対するセシリア・オルコットは、慌て出す俺の様子にさぞ満足したように小さく笑う。
「ふふっ、やっとわたくしが誰かお気付きになって?」
「いや、全然」
続く俺の答えに、周囲が勢いよくずっこけた。
オルコットは知ってるが、コイツのことは全く知らん。
入試主席? 代表候補生?
「あ、あなた! ふざけてますの!?」
「ああ。面白くなかったか」
「全っ然! これだから極東の猿は……」
「ほう、猿か。猿が牙を向けば貴族の小娘一人簡単に八つ裂きに出来るぞ。いいのか?」
一方通行なやり取りを繰り返していると、会話に入って来れなかった一夏が俺の肩に手を置く。
「おい、凌斗」
「なんだ」
「代表候補生って──」
「学がない奴は黙ってろ! 後で教えてやるから!」
後ろの馬鹿はさておき、コイツは面白くなってきた。
目の前の高飛車女は性格がアレだが、入試は首席で代表候補生。つまりは、強い!
IS初心者の俺だが、
「こほんっ! 代表候補生とは、選ばれしエリートのことですわ。本来、わたくしのような選ばれた人間と机を並べて勉強出来るだけでも幸運なのよ? その現実をもう少し理解していただける?」
ああ、俺にとってはかなりの幸運だ。
エリート様をぶっ倒せる機会を、一年生の最初っから得られるなんてな。
「あなた達、よくこの学園に入れましたわね。世界で二人しかいない、ISを操縦できる男性だと聞いていましたから、少しくらいの知的さを感じさせるかと思っていましたけど……期待はずれですわね」
「俺に何か期待されても困るんだが」
「貴様の期待を得るためにここに来たわけではないのだが」
一夏も俺も、何も知らなくても特例で入ってきたからな。
今の言い分はセシリア・オルコットが正しいのだろう。それ以前にコイツの言い方は気に入らないが。
「ま、まぁでも? わたくしは優秀ですから、あなた達のような軟弱な男性にも優しくしてあげますわよ。ISのことで分からないことがあれば……まぁ、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ」
だとさ、一夏。よかったな。教えてもらう時は目薬を持って行くといい。
「何せわたくし、入試で
唯一を強調し、同年代の中ではかなり大きい胸を張る。
なるほど。コイツ
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「は……?」
「俺もだ」
「はあああああ!?」
そう、俺達も入試というか、実力テストのようなもので教官を倒していたのだ。
といっても、俺は呼び出せる武器を片っ端から投げつけて、錯乱させた上の不意打ち。一夏は何故か教官側が突っ込んできて自爆したらしいが。
「わ、わたくしだけと聞きましたが……」
セシリアは"唯一教官を倒した"という矜持を打ち砕かれたのがショックだったか、驚きを隠せないでいた。
「女子ではってオチじゃないのか?」
一夏が余計なことを言った所為で、ピシッといやな音が聞こえたような気がした。
あーあ、琴線に触れたか。
「つ、つまりわたくしだけではないと……?」
「まぁ、そうなるな」
「あなた達も教官を倒したって言うの!?」
「あ、ああ。まぁ、落ち着け」
「これが落ち着いていられ──」
肩を震わせながら詰め寄ってくるセシリアを邪魔したのは、三時間目開始のチャイムだった。
ふぅ、やっとこのうるさい問答も終わりか。
「ッ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!? フン!」
捨て台詞を吐いて、怒りをため込んだままセシリアは自分の席に戻っていった。
自らを鍛えるために付き合ってやるのは構わないが、あの性格は何とかならんのだろうか……。
「で、代表候補生って何だ?」
片やISド素人のマヌケ。片や動くプライドとでも呼べる高飛車女。
俺は今後を憂うかのように大きな溜息を吐いた