「弱者を潰しにきた者だと?」
いきなり飛び出してきた俺に対し、気に入らないとでも言いたげな表情を見せるラウラ・ボーデヴィッヒ。
正直、コイツの考えていることは何一つとして分からない。転入時に一夏へビンタを喰らわせたのも、織斑先生を教官と呼んでいた事情も。
だが、今のコイツが気に入らないのは俺も同じだ。力で相手をいたぶり、悦に入ってる様は俺の嫌いな人種そのものだった。
「敗者を執拗に痛めつける。弱い者いじめが好きな弱者、だろ?」
「ふっ。私を弱いと言いたいのなら、まず私に勝ってからにしろっ!」
ラウラ・ボーデヴィッヒが吠え、奴の黒いIS"シュヴァルツェア・レーゲン"の
俺はヒュドラのリムにエネルギーを走らせ、近接武装としてワイヤーブレードを弾きつつラウラ・ボーデヴィッヒから距離を取る。
遠近両用のコイツはスペリオルランサー同様使いやすい。
「凌斗!」
「シャルル、二人を連れて行け!」
オレンジ色の機体"ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ"を纏い、遅れてきたシャルルに俺は指示する。
セシリアと鈴はISが強制解除されるほどのダメージを負っており、自力でここから逃げる力も残っていない。
「えっ!? 凌斗は!?」
「さっさとしろ!!」
俺の心配なんていらないんだよ! 特に貴様のなんぞいらん!
強引に吐き捨てて、俺はラウラ・ボーデヴィッヒに矢を放つ。大きな光の矢は飛んでいく途中で分散して襲うが、器用にもワイヤーブレードで叩き落されてしまう。
縦横無尽に飛び回るワイヤーブレード、奴の右隣に浮く巨大なリボルバーカノン。どれも強力な武装だ。
しかし、それだけではない。あの二人がいとも簡単に負けてしまうような相手だ。もっと別な何かがあるに違いない。
頭の中で冷静さを取り戻しつつ、俺はラウラ・ボーデヴィッヒの出方を伺っていた。
「どうした! 攻めてこないのか!」
距離を保とうと動き回る俺をラウラ・ボーデヴィッヒが追いかける。セシリア達は……よし、退避したな。
「遊びは終わり──」
「ああ、ここからだっ!」
俺はヒュドラにエネルギーを込め、足元を大きく削った。
アリーナの地面が抉れ、周囲に砂埃が舞う。今日は良く乾いているからな、目眩ましには丁度いい。
「小賢しい!」
勿論、こんなものはISのセンサーですぐに見破られてしまう。
一瞬の目眩ましにしかならない。が、勝負はいつだって
「何処へ逃げようと……っ!?」
ラウラ・ボーデヴィッヒの言葉が途中で止まる。
ISのセンサーで俺の位置を探っていたのだろう。が、そんなことは無意味だった。
何故なら、俺は一歩も動かず、その場でスペリオルランサーをラウラ・ボーデヴィッヒ目掛けて投げていたのだから。
「無駄だ」
だが、スペリオルランサーはラウラ・ボーデヴィッヒに突き刺さることはなかった。それどころか、空中に浮いたまま奴の眼前で停止していた。よく見ると、右腕から空間を歪ませるような何かを放出している。
なるほど、それがコイツの真の切り札って訳か。
「これならどうだっ!」
俺もボサッと立っているわけではない。ヒュドラの弦を引き、エネルギーを溜めていたのだ。
照準も定まり、俺はグリップを握る右手を離してエネルギーを解き放った。矢は動き回りながら射っていた時よりも本数を増やし、舞っていた砂粒を砕きながらラウラ・ボーデヴィッヒへと突き進む。
ラウラ・ボーデヴィッヒも負けじとリボルバーカノンで矢を落としつつ、空いていた左手でスペリオルランサーを掴み、残った矢を弾き落としていった。
「貴様、俺の武器を!」
「なら返してやる!」
俺の槍を勝手に使った挙げ句、ラウラ・ボーデヴィッヒは意趣返しと言わんばかりに投げてきた。
当然、シアン・バロンにはシュヴァルツェア・レーゲンのおかしな能力はないので、俺はヒュドラで防ぐ。
が、それがまずかった。
「動きが止まったぞ!」
「しまっ……!」
今度は俺に隙が出来てしまい、ラウラ・ボーデヴィッヒがそれを見逃さずに右腕を伸ばす。
奴の射程圏内に入った俺は、ヒュドラの弦を引いたまま身動きが取れなくなってしまった。くそっ、まるで体が石になったみたいだ……!
「これでその厄介な矢も打てなくなったな」
ラウラ・ボーデヴィッヒは嗜虐的に笑うと、ワイヤーブレードで俺の首を絞めて来た。
「が、はっ……」
「もう一度言ってみろ。私が弱者だと?」
動けないのをいいことに、ラウラ・ボーデヴィッヒは俺の顔を殴りつける。
まだシールドエネルギーが残っているから肉体へのダメージは少ないが、代わりに屈辱が刻まれていく。
「貴様も、このシュヴァルツェア・レーゲンの前では有象無象の──」
次の瞬間、ラウラ・ボーデヴィッヒの台詞をまた切るかのように、銃声が響き渡った。
奴も気付いたようで、俺を突き放して銃弾の雨を避ける。
「ゴメン、話の途中だった?」
襲撃者の正体はシャルル・デュノアだった。
ニコリと微笑みつつも、アサルトライフルはラウラ・ボーデヴィッヒにしっかりと向けられている。
「全く……ガキ共が何をしているかと思えば」
更に驚くことに、普段のスーツ姿の織斑先生までもがアリーナ内に乱入していた。いつ入って来たのか、全く分からなかった……。
しかも、その手にはIS用の近接ブレードまで握られている。生身でIS用の武器まで扱うのか、この人は。
「模擬戦をやるのは勝手だが、アラートを無視して命を危険に晒してまで戦えとは言ってないぞ? 保険医の仕事をこれ以上増やすな」
「……教官がそう仰るのなら」
織斑先生の言葉に、ラウラ・ボーデヴィッヒは素直に従いISを解除すると、そのまますたすたと去っていった。
「織斑先生を呼んでて遅くなっちゃったけど、大丈夫?」
「……二人は?」
「大丈夫。保健室に連れて行ったよ」
「なら別にいい」
一件落着したことを確認し、俺とシャルルもISを解除する。少し足元がフラついたが、寝れば治るだろう。
さて、ここからは俺達二人の問題だが──。
「学年別トーナメントまで一切の私闘を禁じる。いいな?」
という、織斑先生の指揮によって決着は流れることとなった。
◇◆◇
騒動から少し経った後の保健室。
俺の手当ても兼ねて負傷したセシリアと鈴の様子を見に行くと、二人は何故か膨れ面でこちらを睨んでいた。
「別に、止めなくてもよかったのに」
「そうですわ。あのままでも十分勝機は」
「ほざけ。
あのままラウラ・ボーデヴィッヒの攻撃を受け続けていれば、最悪の場合死んでいただろう。
現に、かすり傷ばかりの俺と比べて、二人は大事にこそならなかったが十分痛手を負っている。そんな奴がまだやれたと言っても、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
「けど、お前等なんでこんなことになったんだ?」
事態を聞いてきた一夏も、強がるほど元気な二人の姿に呆れつつ、事の発端を尋ねる。
あの女、ラウラ・ボーデヴィッヒがただ喧嘩を吹っかけて来ただけではあるまい。……直情的な二人のことだから否定しきれないが。
「べ、別に大したことじゃないわよ」
「そうですわ。凌斗さんが気にすることではありませんわ」
あ?
なんで俺がお前等の喧嘩の理由を一々気にしなきゃいけないんだ。
「……あ、ひょっとして好きな人をバカにされ──」
「わああああああああ!!」
「なななな何をバカなことを! そそそそんな邪推をされては困りますわね、フン!」
シャルルの言葉に、セシリアも鈴も急に慌て出す。病人が騒ぐな、喧しい。
好きな人、ねぇ……。鈴はどうせ一夏だとして、セシリアにも相手がいるのか。この高飛車がどんな男を好いているのやら。
「とにかく、もう平気ですから! その、凌斗さんの方は……」
「ああ、問題ない。寝れば治る。お前等のおかげだ」
「わ、私の……?」
俺が少しでも長くラウラ・ボーデヴィッヒと戦えたのは、事前にセシリアと鈴が戦っていたからだった。
俺は奴の実力は知らなかったが、この二人が戦って敗けた姿を見たことで、油断せずに相手の能力を測りながら戦うことが出来た。
そうでなければ、あの奇妙な能力に捕まってすぐに──。
「凌斗さん?」
「あ、ああ。お前等のおかげで命拾いできた。礼を言う」
ここは素直に頭を下げておいた。
……が、結局俺はラウラ・ボーデヴィッヒに
「ん?」
ふと、一夏が何かに気付く。保健室の外から何やら騒がしい音が近付いているようだ。
次の瞬間、保健室のドアが爆破したかのような音と共に開かれ、外から大量の女子生徒が流れ込んで来た。
な、なんだ!? 革命か!?
「織斑君!」
「蒼騎君!」
「デュノア君!」
俺達の名前を呼びながら手を伸ばしてくる女子の群れ。
これはなんなのだ? ゾンビか何かか? とりあえず斬り飛ばした方が良いのか?
「な、なんだなんだ!?」
「ど、どうしたの……皆落ち着いて」
「これ!!」
混乱する俺達に、女子軍団が差し出してきたのは一枚の紙切れだった。
よく見ると申込書のようなもので、名前を書く欄が二ヶ所ある。
「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする』」
シャルルが紙の上に書いてあった文章を読み上げる。
おいおい、コンビでの参加だと? 急な変更だな……。
「『なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』、か」
ああ、なるほど。無理にペアを作らずとも、当日抽選を行ってくれるのか。それは親切だな。
「是非私と組んで!」
「私と~!」
で、俺達と組みたいから慌ててやってきた、と。ここに押し寄せてきた女子は全員一年生のようだ。顔は知らんが、リボンで分かる。
「一夏。お前、シャルルと組め」
「あ、ああ。そうだな」
「えっ!?」
俺は伸びてくる手を無視して一夏に指示する。
こんな状況じゃ埒が明かない。揉めるくらいならコイツ等で組ませた方がいい。
一夏もそれが分かるからか、すぐに頷く。シャルルだけは分からん様子だったが。
「ってことだ。コイツ等は諦めろ」
「そういうことなら……」
「まぁ、男同士ならね……」
目論見通り、女子達は納得する。
「けど、蒼騎君は相手がいないよね!」
一人残った俺に、また手が伸びる。まるで牢屋の外に置かれた飯を前にした、餓えた囚人みたいだ。
さて、俺の相手だが……セシリアは今回の負傷で大会には間に合わないだろう。簪も打鉄弐式の修復に時間を割きたいはず。連携訓練なんてしてる暇もない。
と、なると。
「俺は誰とも組む気はない」
えぇー、と非難の声が聞こえる。
「別に無理に決めなくとも、抽選で選んでくれるんだ。自分でわざわざ弱い相手を選ばなくていい」
抽選ならまだしも、何故俺がわざわざ足手まといを選ばなくてはならない?
「それか、俺と戦って勝つ自信がある奴となら組んでやるが?」
ラウラ・ボーデヴィッヒやシャルル・デュノアに勝つには、足を引っ張る雑魚など不要だ。
「う……じゃ、じゃあいいです」
「仕方ないよねー」
イヤーカフスを見せて一睨みすると、女子達は蜘蛛の子を散らすようにゾロゾロと帰って行った。
ふん、腰抜け共め。
「一夏! アタシと組みなさいよ!」
「凌斗さん、是非私と!」
が、今度はベッドの方から喧しい声が聞こえる。
ボロボロのお前等はそもそもトーナメントに出られないだろうが。
「ダメですよ。お二人のISもボロボロなんですから、当分は修復にしててください。ISのダメージを放置したままですと、後々に大きな欠陥となりますからねっ」
俺に代わって止めてくれたのは、女子の大群が去った後に残されていた山田先生だった。波に呑まれてここまで来たんだろうか。ご苦労様。
それよりも山田先生の言っていることだが、ISは全ての経験を元に進化するよう出来ている。その経験の中には損傷時の稼働も含まれ、ダメージレベルがCを超えると不完全な状態の癖みたいなものが付いてしまうんだとか。
無理をすればするほど壊れやすくなる。その辺は人体と似ている。
「わ、分かりました……」
「非常に、非常に不本意ですが! トーナメント参加は辞退します……」
「よかった、二人共分かってくれて」
その辺のことも、代表候補生である二人は分かっていたようで大人しく従うのであった。
「凌斗」
ふと、いつのまにか保健室の入口に立っていた一人の女子に呼ばれた。
長いポニーテールと他人を寄せ付けまいと吊り上がった瞳が特徴的なクラスメート、篠ノ之箒に。
◇◆◇
「頼む、私とペアを組んでくれ!」
保健室から出て二人きりになった途端、箒は頭を下げて懇願してきた。
先程の話を聞いてなかったわけではあるまい。
「俺は誰とも組まない、と言ったはずだが」
「それでも、だ」
拒む俺に、箒は引き下がろうとしない。
何か学年別トーナメントにて勝たなくてはならない理由でもあるのか?
「……ダメだな。お前は特に」
「な、何故だ!」
「お前は弱い」
他の連中よりも、俺は箒と組むことだけは良しとしなかった。
はっきりと断られた箒は憤慨し、下唇を噛んでこちらを睨む。俺が一夏で箒の手に竹刀でも握られていたら、一瞬で面に一撃喰らっていそうだ。
「専用機がないからか?」
「それだけだと思うか?」
専用機がない。それが理由なら、俺は簪と組むことすら考えていない。
ただ、今は奴にはここで俺とペアを組むよりも向き合うべき相手がいる。それだけだ。
「答えろ。このトーナメント戦で何が起きている? 何もなければ、女子達がこうも騒いではいまい。お前でも、話くらい聞いてるんじゃないか?」
「……そ、それはだな」
おおよそ、検討はつく。俺達がトーナメントの景品として勝手に祭り上げられているのだろう。でなければ、同学年の奴等が浮足立つわけがない。
しかし、箒の口から語られたのは俺の予想の斜め上を行くものだった。
「なるほど。つまりはお前の告白を朴念仁が勘違いし、尚且つ聞いていた他の連中が勘違いした結果、根も葉もない噂だけが独り歩きした、と」
「そういうことになる。だから」
「余計に却下だ、バカ」
くだらねぇ。実にくだらねぇ。
俺は落胆しつつ、保健室へ戻ろうとする。それを箒が引き留めようとした。
「だから! 私が勝って、もう一度ちゃんと告白したい。そのために力を」
「貸すと思っているのか? だからお前は弱いんだよ」
俺は目の前に立ちつくす箒と視線を合わせた。互いが互いを睨むが、覇気は俺の方が上回っていた。
「本当に欲しいと思うのなら、自分の力で勝ち取れ。最初から他者の力に頼ろうとするのは弱者のすることだ」
「だったらどうすればいい! 私には、お前のような専用機もない!」
「貴様だけが違う条件だと思うな! 他にも専用機がない奴はいくらでもいるだろうが! 今、正に自分で作っている奴もいるんだぞ! 努力もせず、自分には力がないと嘆き、他者にすがろうとする奴に協力なんかするか!」
専用機がない。そんな嘆きの言葉、簪からすれば侮辱以外の何者でもない。
自分は弱いからお前の力が欲しい。そんなのは、自分の力で頂点を目指す俺や、努力を怠らなかったセシリアにとっては恥ずべき言葉でしかない。
「貴様にとっての強さはなんだ? 篠ノ之箒。力とは? 貸し借りの出来るただの道具か? 欲しいものを手に入れるだけの手段か?」
箒は答えない。それどころか、凍ったかのように動かない。思うところがあったのか、絶望したかのような瞳から少しばかりの覇気を取り戻しつつあった。
「俺の力は自己を証明する為の、気に入らない弱者をねじ伏せる為のものだ。貴様に貸す為のものじゃない」
そう言い残し、今度こそ保健室へと戻った。
「分かっていれば、あの時の私は──」
去り際に箒が呟いた言葉は、俺には聞こえなかった。
◇◆◇
「あ、あの、凌斗?」
セシリア達を保健室に残し、夕食を取った後。
部屋に戻ってきて、シャルルが口を開く。そういや、決着が学年別トーナメント終了まで流れちまったな。
「さっきは、助けてくれてありがとう」
「は?」
決闘のことで話があるのかと思いきや、シャルルは礼を言ってきた。
俺はコイツに対し何もしていないし、何かしてやるつもりもないのだが。
「保健室で、トーナメントのペアのこと決めてくれて。一夏も、僕と組んでくれてありがとう」
「いや、だって当然だろ? シャルルが女の子だってバレたらマズいし」
……ああ、そういうことか。確かに、ペアを組んだ相手にシャルル・デュノアの正体が女かつスパイだってバレたら大変だろう。
俺はそんな事情、考えてすらいなかったが。一夏はまだ未熟だし、シャルルと組むのは論外。そして、一夏とシャルルが組んで俺と戦うことになれば、まとめて叩き潰すいい機会になる。
「そうだな。気にするな」
けど、まぁそういうことにしとくか。
「でも、あんなに自然に他人を気遣えるなんてすごいと思う。僕は嬉しかったよ」
シャルルは俺達を見事に褒めちぎってくれる。天然のことなんだろうが褒め方にも品があり、貴公子と呼ばれるだけのことはある。
「勘違いするな。俺は貴様をまだ許したつもりはない。決着はトーナメントで付けてやる」
「あ……そう、だよね。ごめん」
そんなシャルルを俺は冷たく突き放す。どんなに愛想が良くても、どんなに好意的に接しても、素性の知れたコイツはただの人形にすぎない。
俺の態度にシャルルは若干顔を伏せて離れる。
「凌斗、そんな言い方ないだろ?」
「一夏、貴様もだ。トーナメントでソイツと組むことになった以上、俺と戦うことも考えて置け」
この際だから、コイツの甘い考えも徹底的に改めさせた方がいいな。
……と、肝心なことをもう一つ忘れていた。
「それと、明日からセシリアと鈴に代わって貴様を鍛えてやる。対ラウラ・ボーデヴィッヒに向けて、だ」
「えっ、お前が!?」
露骨に嫌そうな顔をするな。
が、ラウラ・ボーデヴィッヒが真っ先に狙うであろう相手は一夏だ。対策は練っておいて損はない。
今まで鍛えていたセシリア達はしばらく保健室を出られないだろうし、あの変な兵器を身に受けたのは二人を除けば俺だけだ。
「奴の機体には動きを止める兵器がある」
「AICのことだね」
「……え、AIC?」
アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称"AIC"。慣性停止能力とも呼ばれるが、あれがそうだったのか。
ISを浮遊、加速、停止させるパッシブ・イナーシャル・キャンセラー、通称"PIC"という機能があるが、AICはそれを応用させたものだ。
慣性停止結界の範囲に入った物体の動きを止める。決まれば、この上ない強力な捕縛兵器になる。
「コイツはエネルギーによって空間に作用させる。だから、お前の零落白夜なら斬り裂けるだろう」
シャルルがバカに説明している間に、AICの突破口を考える。
白式の
「じゃあ心配いらねぇじゃん」
「バカ。零落白夜を当てる前に動きを封じられたら意味ないだろう。それにお前の動きは直線的で読みやすい。ラウラ・ボーデヴィッヒ程の実力なら、お前の持つ零落白夜などただの付け焼刃のようなものだ」
俺やセシリア、鈴とは違ってラウラ・ボーデヴィッヒは油断しない。一夏を殺すつもりで挑んでくるだろう。
今の一夏ではラウラ・ボーデヴィッヒに勝つのに課題が多すぎる。
「じゃあどうするんだ? あと少ししかないのに」
「正攻法で勝てないのなら、あとは奇策を練るしかないだろう」
「そうだね。零落白夜を当てればこっちのものだから、そのための作戦を練ろう。それでいいんだよね、凌斗?」
「……ああ。今は一時休戦にしといてやる。一夏を鍛えるのに俺だけでは手が足りん」
「酷い言われようだな、俺」
当然だろう、未熟者。
こうして、当日まで俺とシャルルによる織斑一夏の対ラウラ・ボーデヴィッヒ&シュヴァルツェア・レーゲン攻略作戦を考えることになった。
その夜。
部屋の明かりは消え、ルームメイトの二人も眠りについている頃。
俺は一人、眠れずに何もない空間を見つめていた。
『貴様も、シュヴァルツェア・レーゲンの前では有象無象の──』
アリーナでの戦闘の時、ラウラ・ボーデヴィッヒが勝ち誇りながら放った台詞。
その時はシャルルの乱入で最後まで聞けなかったが、意味は何となく分かった。
「俺が、この俺が有象無象だと? 世界最強にならなくてはならない俺が、あんな弱い心の奴に敗けただと?」
格上に敗けるのならまだ分かる。織斑千冬や、更識楯無。彼女等に今の俺が勝てるとは考えていない。いずれは追い越すがな。
だが、ラウラ・ボーデヴィッヒに敗けることだけは認められなかった。あんな、自身の力を敗者を嬲ることに使うような弱い心の持ち主に敗けたなんて事実。
「あの時、指を離していれば矢は放たれていた。そうすれば、AICでは止められない矢が奴のエネルギーを削っていた。俺は、勝っていたはずなんだ……」
弱くない。
弱くない弱くない弱くない!
俺が奴よりも弱いなど、あり得ない!
少しでも手を離せば消えてしまいそうな自我を必死に掴むように、俺は頭の中で唱え続けた。
次の相手には敗けない。どんな奴が相手でも、必ず勝つ!
◇◆◇
凌斗が眠れずに天井を見つめている、そのすぐそばではシャルルも壁を見つめながら考えていた。
(凌斗はどうして、あんなに僕に怒りを向けるんだろう……)
勿論、自分が犯した罪のことは忘れてはいない。
仲間だと思っていた人間のスパイ行為。普通なら、教師に突き出されてもおかしくない。
それを差し引いても、シャルルは凌斗に何かあると考えていた。
(昔の……ううん。もっと別にあるんだ。凌斗が絶対に許せないことが)
『生き死にも自分で選ばないとはな』
凌斗が自分に向けて言い放った言葉を思い出すシャルル。
今まで実家のいいなりになって動いていた彼女は、自分の道を選ぶだなんて考えたことすらなかった。
(凌斗……君は、どんなことを思って、僕に問いかけたの?)
自分を嫌悪してるのは間違いない。けど、それはデュノア家のように自分の存在を煙たがってのことではない。
もっと、"シャルル・デュノア"という存在に向き合うかのように。
(僕は……)
視界が微睡んでいく。
家族ではなく、一人の男のことを考えながら、シャルルは眠りについた。
◇◆◇
「──え?」
大会当日。男子更衣室のモニターに映ったトーナメント表を見て、一夏が呆然とする。
「これって……」
シャルルも信じられないという風に目を擦る。だが、結果は変わらない。
「……面白いじゃないか」
驚く二人とは対照的に、俺は口角を上げていた。
トーナメント表Aブロックの第1回戦の対戦カードにはこう書かれていた。
織斑一夏、シャルル・デュノア組 対 蒼騎凌斗、ラウラ・ボーデヴィッヒ組