それは全くの偶然だった。
試合まで、簪はまだしばらく時間がある。空いた時間を使って打鉄弐式を簡単に調整していたのだが、最適化の途中だったマルチ・ロックオン・システムが、突然何かに反応しだしたのだ。
初めは誤作動かと思ったが、確認してみるとIS学園の上空に何かがいることが判明した。所属不明のIS。しかも、明らかにこちらへ攻め込もうとしている様子だ。
「……せ、先生達に知らせた方が……!」
「いや」
急な事態に慌てる簪を、俺は制止する。
今、ここで先生達に報告すれば大会が中止になりかねない。そうすれば、凰鈴音に勝つために鍛えてきた一夏や、面倒を見て来たセシリアの頑張りが無駄になる。
なら、やることは一つ。
「見つかる前に俺がアイツを捕まえれば、済む話だ」
ピットから出れば即座に見つかるので、俺は学園の入り口でISを起動させるべく整備室を出ようとした。
「お待ちになって、凌斗さん!」
「セシリア」
「このわたくしも参りますわ。このような非常事態、見逃せません」
そこへ、セシリアも付いてくると言い出した。確かに、セシリアの実力は高いし近接戦闘メインの俺と組むなら申し分ないだろう。
しかし、自分が鍛えた一夏の活躍を見てやるのも、師匠役の務めなんじゃないか?
「それとも、お一人の方が負けた理由を考えやすいのではなくて?」
「……好きにしろよ」
上から目線は直らないらしく、挑発的に微笑むセシリア。
今回は相手の情報がよく分からない。加えて、学園のシールドを破壊しようとしている奴だ。
そんな奴を相手に一人で挑むのは明らかに難しい。なら、お供はいた方がいいだろう。
「……私も」
「ダメだ。お前は残れ」
更に同行しようとする簪は、またもや俺が止めておいた。
当たり前だ、クラス代表。
「お前はこの後で試合がある。それを守る為に出るのに、参加者側のお前まで出る必要はない」
「けど……」
「大丈夫だ。俺はこんなところで負けたりしない」
一夏に負けてから、俺だって何もしてないわけじゃない。槍も剣も、より上手く扱えるよう一人で鍛錬を積んでいた。
心配そうな眼差しを向ける簪を残し、俺とセシリアは未確認のIS退治に出掛けて行った。
◇◆◇
そんなやり取りがあった後、俺とセシリアは全身装甲のISと対峙していた。
敵はIS学園の遮断シールドを破る為に溜めていたエネルギーを霧散させ、こちらを見つめるのみ。一言も喋らず、表情すら見えないので何を考えているのか全く分からない。
一夏と凰鈴音の戦いは見てないが、きっとまだ一夏は隙を伺っている最中じゃないだろうか。
アイツ等には、大会での勝敗以上の意味がこの戦いにある。それを邪魔させないようにするのも、強者の務めだ。
「本当は自分の力を確かめる相手が欲しかっただけでしょう?」
「……余計なことを言うな」
図星を突かれ、俺は苦々しくセシリアを睨む。
そう。打鉄弐式のデータ取り用に、新しく積んだ荷電粒子砲の試し打ちにも最適だと考えていたのだ。
敵も俺達を邪魔者だと判断したらしく、バカデカい腕を広げて来る。
「来るぞ、セシリア!」
「分かってますわ!」
次の瞬間、敵ISは俺達の想像以上のスピードでこちらに向かってきた。センサーで相手が仕掛けてくることは分かっていたが、スラスターの出力が尋常じゃない。
「っ!」
俺は間一髪で回避するが、もし槍で受けていたらそのまま遮断シールドまで吹っ飛ばされていただろう。
そもそもこのIS、おかしなところだらけだ。国籍も操縦者の素性も不明。ISの形状からも何処の国が開発したのか分からない。
おまけに肌を一切露出しない
「凌斗さん!」
セシリアがプライベート・チャネルで呼びかける。と、同時に敵からのビーム射撃が俺目掛けて飛んできた。
髪を掠めつつもギリギリ躱し、俺はその熱量に驚く。センサーが伝えた熱量は、敵のビームがセシリアの"ブルー・ティアーズ"以上の出力を持っていることを表していた。
そうだよな。これくらい普通に撃てなきゃ、遮断シールドなんて破れないよな。
「危なっかしくて見てられませんわ」
「今のは敵の動向を見てただけだ」
「……そういうことに、しとく……」
整備室にいる簪も俺達の戦闘を見てたらしく、普段以上に冷たい言葉を突き刺してくる。
ああ、そうかよ。そんなに俺の実力が疑わしいのかよ!
「だったら、黙って見てろ!」
俺はスペリオルランサーを構え、敵ISに特攻していった。しかし、敵のスピードは巨体に似合わず素早く、槍を振るってもまるで当たらない。
仕返しと言わんばかりに敵は独楽のように回転し、ビームを何本も放って来る。一つ一つの威力も馬鹿に出来ないので、俺は距離を取りながら身を躱していく。
こんなもの、セシリアの四方から来るビットの射撃と比べれば、避けるのはそれほど難しくもない。
「見てられませんことよ!」
今度は、セシリアがレーザービット四機を飛ばして敵を追撃する。それでも、敵の方が速いようでビームは掠りもしない。
あのスラスターの出力も尋常じゃない。こんなものを作れる技術……一体何処の国か企業なんだ?
「チッ、いい加減に!」
俺はボヤキつつも、ビットから逃げる敵を仕留めるべく俺は槍を突き立てた。
槍での攻撃は腕の異常に分厚い装甲で防がれてしまうが、本体は目と鼻の先。ここで俺は右肩に取り付けた荷電粒子砲を稼働させ、敵の胸に狙いを定める。
射撃自体はあまり得意ではないが、この距離ならわざわざ照準を細かく合わせなくても当たる!
「喰らえ!」
「喰らいなさい!」
俺とセシリアの声がハモる。そして、敵ISにビームが──。
「ぐあっ!?」
「りょ、凌斗さん!?」
──当たらず、何故か俺の背中に直撃した。
セシリアの射撃の方が速く、おかげで俺のビームは敵ISの肩へズレてしまった。
敵はダメージを受けた俺を跳ね除け、距離を取る。あと少しでエネルギーを大幅に減らせたというのに……!
「セシリア……お前、何処を狙っているんだ!」
「わたくしはしっかり相手を狙っていましたとも! 凌斗さんが照準の中に入って来たのですわ!」
「サポートするなら俺の動きも計算に入れろ!」
「無茶苦茶言わないでくださいまし!」
プライベート・チャネルで喧嘩を繰り広げる俺達。即席コンビとはいえ、連携もクソもない。
「……二人とも、集中して……!」
「そ、そうですわね……味方同士で争っても何にもなりませんわ」
「ああ」
簪に叱られ、俺とセシリアは一旦喧嘩のことを忘れようとする。
たまたま敵が攻撃してこなかったからいいものの、今のは隙が大きすぎた。狙ってくださいと言ってるようなものだ。
それから、セシリアは再びビットで相手を狙い、俺は槍での近接戦に持ち込もうとした。
動きは速いが、それは直線での動きに限りだ。四方からくるビームに敵の動きは段々と細かくなっていき、自慢のスピードも出せなくなっていった。今なら、俺の本分である近接戦闘に持ち込める。
「もらった!」
隙を逃さぬように"シアン・バロン"のスラスターを全開にし、スペリオルランサーでの突撃により力を籠める。
操縦者はシールドで守られているので、遠慮なく串刺しにするつもりで行く!
「あ」
穂先は硬い装甲を貫き、獲物を破壊することに成功はした。
問題はその対象が敵のISではなく、ビュンビュン飛び回っていたセシリアのビットってことなんだけどな。
「ちょっ、凌斗さん! 何してくださってますの!?」
「いや……すまん。まさか直線状に入って来るとは──というか、お前がちゃんとコントロールしてないからだろう!」
「はぁー!?」
スペリオルランサーに刺さったビットの残骸を振り払い、俺はまたしてもセシリアとの口喧嘩を始める。
大体、勝手についてきた癖に足を引っ張りすぎなんだよ。まるで俺のことを考えていないような戦い方をしているしな。
……相手を考えない戦い方?
「……二人とも、いい加減に……」
「分かってる! セシリア、少しいいか」
「あら、この期に及んで作戦会議ですの?」
見てるだけの簪が喧嘩ばかりの俺達にイラつき出している。まぁ、気持ちは分かるが。
それよりも、この状況を打開しつつ敵を倒す方法が分かった。
「わたくしも、少し敵について分かったことがありますの」
「本当か?」
「ええ。わたくしの邪魔をもうしないのでしたら、教えて差し上げてもよろしくてよ?」
「……それはもういいから。早く教えろ」
セシリアも戦いの中で頭を働かせていたようだ。流石は代表候補生と言ったところか。
しかし、ビットを破壊されたのが気に障ったらしく、言い方に一々棘があるように感じた。お前……こっちは背中を撃たれてるんだが。
「まず敵の動き。行動パターンがまるで機械のように決められていますわ」
「……!」
そうか。最初はこちらの動きを見て防御するか回避。そしてビームを打ち、距離を置いてまたこちらを観察する。
ビームの打ち方も、独楽のように身体を回転させる打ち方を繰り返している。そんな自分の感覚を鈍らせるような動き、普通の人間ならしないはず。
「それに、今みたくわたくし達が会話をしている時には、基本的に攻撃をしてきませんわ。まるで会話内容に聞き耳を立てているような……」
「……攻撃を仕掛けて来れば、向こうも攻撃をする。行動パターンが一定……」
全身装甲の相手の奇妙な行動の数々……結びつく点は一つ。
俺とセシリア、簪はほぼ同時にそのことに気が付いた。
「敵の正体は」
「……ロボット……」
「で、間違いなさそうですわね」
けど、ISの無人機なんてものは存在しない。聞いたことすらないし、そもそもISは人が乗って初めて効力を発揮するもの。
こんな何世代も先を行くような技術……思い当たる限りでなら、出来る人間は一人しかいない。
「でも、まさか無人機なんてものが襲撃してくるなんて……」
「いや、かえってやりやすくなった」
「え?」
「相手が人間じゃないのなら、リミッターを外して殺すつもりでやってもいいってことだろ?」
普段の訓練で的を破壊するように、俺はシアン・バロンの出力リミッターを外す。
セシリアもフッと微笑み、リミッターを解除する。これで残す問題は、フレンドリーファイアの件だ。
「セシリア。俺達が潰し合わないようにする方法があることにはある。ただ、それは難しいぞ?」
「どのようなものですの?」
◇◆◇
「行くぞ、セシリア」
「ええ、凌斗さん」
「……本当に、それするの……?」
これで奴を討つ準備は整った。
簪の不安そうな声を余所に、俺はスペリオルランサーを構えて飛ぶ。敵も俺の動きを見ていたので、すぐに迎撃態勢に入った。
「そこですわ!」
その時、俺と敵の真下からセシリアの操るビットの射撃が襲い掛かる。
敵はそれすらも読んでいたようで回避し、俺の攻撃も腕の装甲で受け流す。
「ここでっ!」
シアン・バロンのアラートが鳴ると同時に、俺は槍を支えにして敵の頭上へ回る。
そして、丁度俺のいたところへセシリアのレーザーが放たれていた。
危ねぇ……少しでも回避が遅れていたら、また俺の背中に当たるところだった。
「おらよっ!」
俺は敵の頭上からもう一度槍を振るう。しかし、バロンのセンサーが捕えていたのは
小さく飛来する
「……本当に、お互いを敵として見ながら戦ってる……」
簪の言う通り、俺とセシリアが取った作戦とはお互いを敵としてみなし、1対1対1を実現させることだった。
味方として見るより、お互いを敵と認識する方が攻撃を避けやすい。
まぁ、リミッターを外してる分、一歩でも間違えればとんでもない状態にはなるが。
「楽しいダンスですわね、凌斗さん!」
「お前にとってはそうだろうな!」
セシリアにとってはビットの操作に集中してればいい分楽だろうが、俺はほとんど近接戦しか出来ないので楽しい状態とは言えない。
しかし、俺達の作戦は成功のようで、敵には俺とビットの動きが不可解に見えるらしかった。
俺が回避した流れ弾はセンサーで読み切れず、次々に被弾していく。
「そろそろだ! セシリアァァァッ!」
最後の仕上げに、俺はスペリオルランサーを下から敵に突き刺した。
予想できない攻撃に防御体制を構えていた敵ISは、死角から襲い掛かる俺に一瞬反応が遅れてしまい、黒い胴体に風穴を開ける。
「終わりですわ!」
突き刺さったスペリオルランサーを抜かず、俺は敵から離れる。
すると、セシリアの持つスターライトmkⅢから放たれたレーザーがスペリオルランサーを見事に射抜いた。
槍はそのまま敵を巻き添えにして爆発を起こした。これで中身もズタボロだな。
「ふぅ。やりましたわね、凌斗さん!」
「まだ油断は出来ねぇよ」
敵は無人機。身体に穴を空けても、動いてくる可能性は十分にある。俺はサブウェポンのレイピア、スーパーノヴァを出して敵の動きを見張る。
その時、爆炎の中からバカデカい腕がこちらに砲口を向けているのが見えた。
「させるかぁぁぁぁぁ!!」
俺はその砲口にレイピアの刀身を刺し、肩の荷電粒子砲を敵の頭に向けた。
これでやっと、コイツを試すことが出来る。
バシュン! と、レーザーが放たれる音が空に響く。気付けば、敵の頭部らしきものがあった箇所にはもうなにも残っていない。
が、まだテストには十分な結果を残していない。
「オラオラオラァッ!」
二発、三発、と俺は幾度も荷電粒子砲を敵に向けて撃つ。
照準なんてもうどうでもよかった。身体、腕、脚……とにかくあらゆる場所に撃ちまくった。
「凌斗さん、その辺でそろそろおやめになったら」
「ハハハハハ……ハァ、そうだな」
セシリアが止めに入ったところで、俺は荷電粒子砲の連射を止め、砲身を折りたたんだ。
敵ISは最初に見た時と比べると、既に原型を留めていなかった。ただ、内部構造も丸見えで火花を散らしており、コイツの正体は無人機だという俺達の予想が当たっていたことが分かった。
前例のない無人機のコイツをこのまま木っ端微塵に吹き飛ばすのは惜しい。
「さて、回収を──」
しようか。そう言いかけたところで、敵ISは力尽きた。
ここはIS学園の上空なのだ。完全停止すれば、次に起こることはすぐ想像が付く。
「あ、落ちました」
ISの残骸は重力に従い、その身を地上へ落とす。
その落下先には学園を守るシールド。壊れかけのISを完全に破壊するだけの出力はあるはず。
「セシリア、急げ! 回収しないと俺達の身が!」
「ええっ!?」
コイツを撃破し、その身を回収すればある程度の無茶な行動は見逃されるだろうと踏んでいた。
しかし、特に手柄もなく無断出撃をしたとなれば……あの鬼教官のことだ。何をされるか分かったもんじゃない。
「ま、間に合えぇぇぇぇぇ!!」
必死に伸ばした腕は無人のISを掴んだ。同時に、俺はスラスターを全開にしてその場から離れる。
あともう少しでシールドに触れるところだった……。
「よし、間に合っ──」
ガクンッ、と何かに引っ張られる感触。そして、何かを告げるアラートが響く。
「凌斗さん!?」
「りょ、凌斗!?」
それがシアン・バロンのものであり、原因がエネルギー切れで今度は自分が落ちているのだということに気付くのは、地面に叩き付けられて気を失う直前でのことだった。