兄妹   作:エロ漫画博士

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小町の一人称が私になっておりますが、そこはご了承くださいませ。


そして比企谷 小町は自身に問い続ける。

恋は人生最大のイベント。

いつか読んだマンガでそう書いてあった気がする。大半の人は学園生活の日々を恋愛に華咲かせ、やれ告白だの、恋人が出来たのだのと自己の近況を報告したがる。そして他人の恋愛ほど興味が湧かない事は無い。誰が誰と付き合おうが、それは私にとって対して関係の無い事で、例えそれが実の兄が誰と付き合おうが私には……。

 

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、お兄ちゃん。ご飯にする? お風呂にする? それとも小町にする?」

「うーん、小町と言いたいが腹減ったからご飯にしてくれ」

「はーい、あ、シャツはちゃんと袋に入れて洗濯機にいれておいてねー」

 

お兄ちゃんは面倒くさそうに返事をして、着替えに行った。いつもと変わらない私達のやり取り。それなのに違って見えてしまうのはどうしてなんだろう。

 

 

「由比ヶ浜、俺と付き合ーー」

 

 

初めてお兄ちゃんの告白を聞いた。実際人の告白の場面なんてそんなに出くわすものじゃない。中学の時にも仕方なく友達の告白の手伝いみたいな事をして、陰から見守る事はあったけれどそれは事前に打ち合わせしてあった。でも今回は違う。意図せず私はその場に居合わせ、聞いてしまったのだ。

 

 

そして私は結衣さんの答えを聞く前に、その場から逃げるように走って駅に向かった。電車に揺られながら思い浮かべるのはさっきの光景ばかり。お兄ちゃんと結衣さんはやっぱり両想いで、告白された事で晴れて2人は恋人に……。喜ぶべき事だよ、だってあのお兄ちゃんに念願の彼女が出来たんだよ? 喜ぶべき事なんだ! ……そう自分に言い聞かせていた。

 

 

「ただいまー」

 

 

自宅に帰ると中は電気が付いていないから辺りは暗く、家は静寂に包まれていた。浮かない気持ちの理由が何なのか分からないまま、リビングに向かいソファーに座り込む。お祝いはした方がいいのかな? 何て言ってあげればいいんだろ? お兄ちゃん、ちゃんと出来るかな? これから結衣さんの事はお義姉ちゃんって言った方がいいのかな? そんな事を私の頭は永遠と考え続けていた。

 

 

ひとしきり考えた後、結局私はお祝いすることに決める。これを機にお兄ちゃんはシスコンじゃ無くなるかもしれないし。……シスコンじゃないお兄ちゃんってどんなんだろ? 想像がまるでつかないや。生まれた時から当たり前に側にいて、いつも私を1番に想ってくれていた人。けど今日から私じゃなく他の人がお兄ちゃんの1番になる。それが例え結衣さんでも想像が出来なかった……。

 

 

今日は両親2人とも残業が続いて家に帰れないと連絡があったから、私が夕飯の準備を進める。お兄ちゃんに夕飯を任せてしまうと、7割の確率で麻婆豆腐になってしまう。中華は嫌いじゃないけど、3日続いた時は流石にしばらく豆腐は見たく無かった。

 

 

とは言ってもお兄ちゃんから後30分程で帰るって連絡があったから簡単な物を作るしかない。お味噌汁とサラダを先に用意して帰ってきそうな時間を見計らいフライパンに火を付ける。

 

 

あらかじめボールに卵3個と挽肉を適量入れて、菜箸で卵と挽肉を混ぜながら塩コショウで味を付けていく。味付けは至ってシンプルで塩コショウのみ。オリーブオイルをひいて全体に行き渡るようフライパンを回す。フライパンが熱されたらボールの中身をフライパンに入れて焦げ目を付けながら火が通る様に蓋をして少し待つ。頃合いを見計らって蓋を開けて盛り付けると、小町特製のたまひきオムレツの完成。

 

 

着替えに行ったお兄ちゃんが戻ってくるまでにテーブルの支度を整える。丁度セッティングが終わった頃にリビングのドアが開いてお兄ちゃんはやって来た。

 

「おー、いい匂いだな。あれ? これって」

「うん、覚えてる? 私が初めてお兄ちゃんにーー」

 

そう、この料理はまだ小学生だった私がお兄ちゃんの為に作って、初めてお兄ちゃんに美味しいと褒められた料理。レパートリーは多くは無いけど、今夜はこれにしたかった。

 

「時間が無くてこれにしちゃったけど、違うのが良かった?」

「俺は小町の料理なら何でも嬉しいぞ。あ、今の八幡的にポイント高いな」

「はいはい、冷めない内に早く食べちゃって。ほら、いただきますー」

 

 

良かった、喜んでくれて……。

 

 

テーブルを2人向かい合って座る。両の手のひらを合わせて合掌し、料理に箸を伸ばと、お兄ちゃんはその頬が膨らむまでオムレツを詰め込む。美味しそうに食べてくれるお兄ちゃんに視線を向けては、私も少し摘まんで口にする。お兄ちゃんは口の中が無くなる度に「美味しい」と私に笑いかけてくれた。

 

 

後どれくらい私はお兄ちゃんとのこの光景を見ていく事が出来るのだろうか……。

 

 

「ご馳走様ー。今日も変わらず美味しかったぞ」

「はい、お粗末様です。うん、喜んでくれて良かった。後片付けは私がするからお兄ちゃんは先にお風呂入っちゃってね。それとも久しぶりに小町と一緒に入りたい?」

「ばっか、妹と一緒になんて思う兄貴はいないぞ。俺はやる事あるか先に小町が入れ。上がったら教えてくれればいい」

 

そう言ってお兄ちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らし自分の部屋に戻って行った。

 

 

食べ終わった食器を洗いながらふと考えしまう。そう遠くない未来、もしかしたら私にもお兄ちゃんみたいな、素敵な人が現れて付き合うかもしれない。そうなったら私達、兄妹はどうなってしまうんだろ? いつも、どんな時でも側にいてくれたお兄ちゃんから私は離れて行ってしまうのかな? そんな不安に煽られながら、リビングには食器を洗う水音が静かに響いていた。

 

 

お風呂にもあらかじめお湯を溜めていたので、部屋に着替えを取りに行って脱衣室に入る。ブラウスとホットパンツを脱いで、ブラのホックを外す。誰に見せるわけでもなく「高校生なのだから」と言って買った雪のように白いブラをカゴに入れて鏡を見ると、幼くても膨らみがある自分の身体が写っていた。

 

 

「やっぱりお兄ちゃんも結衣さんみたいに大きい方が……」

 

 

私もそんなに小さい方じゃ無いと思うんだけどな。……雪乃さんよりはデカいし。

 

 

浴室に入ると先ず、風呂板を丸め壁に立て掛け、桶で掛け湯をしてからお湯に浸かる。これがお風呂のマナーだ。ソースは幼き頃のお兄ちゃん。

 

 

当時は2人で銭湯に入ったりして、ある日お兄ちゃんが掛け湯をしないでお風呂に浸かろうとした。すると先にお風呂に入っていたお爺ちゃんに怒られて、罰としてちょっと熱めのお風呂に100数えるまで入れられてしまう事に。100数え終わる頃にはお兄ちゃんはゆでダコみたいに赤くなっていて、終わった直後直ぐに水風呂に飛び込んだ。それからお兄ちゃんはお風呂に入る時は家でも銭湯でも必ず掛け湯をしてから入る事にしているらしい。

 

 

入浴剤にアロマ効果のあるバブを入れて目を閉じながらゆっくり湯船に浸かると、今日の疲れが身体の底から抜けていく様な感じがした。

 

 

女の子のお風呂は長い。

男の人と違って色々する事があるからそれは仕方ない事だ。私の友達も大体が1時間くらい入るらしい。けれど私はその半分くらいで上がってしまう事が多々ある。大抵の女の子は髪を洗うのに時間が掛かるが、私は短い方なのでそんなに時間は掛からない。ただ今日はいつもみたいに直ぐ上がろうと思わなかった。

 

 

湯船から出て身体と髪を洗い終わり、浴室からでる頃には時間は1時間経っていた。身体を冷やさないようバスタオルを巻いてハンドタオルで身体の水滴を拭き取る。髪をドライヤーで乾かしてバスタオルを取り改めて自分の身体を鏡で見ると、やっぱり子供ぽいのかなと思ってしまう。大きくなるよういつもしてるんだけどな……。

 

 

パジャマに着替えて階段を上がる。少しぬるくなったけれど、お兄ちゃんも入るって言っていたし呼びに行かないとね。

 

 

部屋の前まで近づくと少し開いていた扉からお兄ちゃんの話し声が聞こえてきた。どうせ相手は中二さんだろうと思って、声を掛けようと扉に手を掛けようとするけど、それは憚れる。

 

 

「了解。7時に待ち合わせな。由比ヶ浜も遅れるなよ? お前、朝とか弱そうだしな」

 

 

そっか……明日は結衣さんと一緒に行くんだ。部屋の外から覗いたお兄ちゃんの表情は私が今までに見たこと無い笑顔をしていた。

 

 

「おぅ、分かってるよ。……そういやさまだ、小町に俺達の事言えてないんだ。いつ言えばーー」

 

 

その後は聞いてない。これ以上聞くことが出来なくて自分の部屋に戻って直ぐ布団の中に潜り込んだ。

 

 

お祝いするって決めたんだ。

……そう決めたはずなのに心はただ痛んでいった。

 

 

ーー

 

 

休日が終わるとまた学校が始まる。月曜日と言えばブルーマンデーが有名だと思う。意味? 多分憂鬱な月曜って意味かな。きっとこのタイトルを付けた人は追われ追われ、やっとの思いで終わったのが日曜日なんだろう。そしてその日は1日気分は浮くことが無かった。明日の月曜日が心配で心配で沈んでいたのだろう……。だからブルーマンデー。

小町的にもそれポイント高いかも。あれだけ楽しみだった学校なのに気分が一向に上がらないし。

 

 

春の陽気は暖かい。柔らかい日差しと涼し気な春風は気分を晴れやかにしてくれる。春を愛する人は心清き人と言うらしいがそれも頷ける。こんな季節に生まれれば誰にでも優しく出来そう。春生まれなのに私はちゃんと優しく出来ているんだろうか……。

 

 

制服の袖を通してリビングに向かう。昨夜から両親は職場に泊まった様で家に帰ってきていない。だから朝ごはんは必然的に私が作るのだ。制服姿にエプロンを付けてトースターにパンを入れる。朝は栄養が大事だからサラダとヨーグルト、それに卵とベーコンを炒める。トースターが音を立ててパンは飛び出すと、しっかりといい焦げ目が付いて何とも美味しそうな香りをリビングに広げた。卵は目玉焼きで塩コショウを少々、ベーコンはカリカリになるまでしっかりと炒めてお皿に盛り付ける。小町特製のお手軽朝ごはんの完成!

 

 

時計に視線を向けるといつもならもう起きてくるはずなのに、お兄ちゃんはリビングに現れない。はぁーやれやれだなー。仕方ないから起こしに行かないと。

 

 

リビングを出て階段を上がってお兄ちゃんの部屋の前まで行く。3回ノックしてみたけれどお兄ちゃんからの返事は無い。

 

 

「お兄ちゃん? もう朝だよ? 早くって……もぅ、まだ寝てる。はぁーお兄ちゃんー? 朝だよー、遅刻するよー」

「むにゃむにゃ……後……24時間……」

 

 

それ1日じゃん! うー中々起きそうに無いし、このままだとご飯も冷めちゃう。……よし。

 

 

「お兄ちゃん? 早く起きないとちゅ、ちゅーしちゃうよ?」

「む……ちゅー……良いんじゃ……ぐぅ」

 

 

……良いって言ったもんね。言質はしっかり取った。それにこれは起こすためにするのであって、別に変な事じゃないしね。そ、そう! 兄妹なら普通のこと……。はぁ、変に意識したら疲れるから早くしちゃお。

 

 

「ん……おにいちゃん……」

「……こ、小町ちゃん? 何してーー」

 

キス直前でお兄ちゃんは目を覚ました。唇が触れ合うまでその距離後10センチ。

 

 

「ふぇ? え、えっとこれは、その……。お、お兄ちゃん! 朝だよ! ご飯準備出来てるから早く下降りて来なさい。小町、先に食べてるからね」

「え? え? 何? 小町、さっきのはーー」

 

 

朝から大きな音を立てて扉を閉める。大声を上げてしまいそうだった。なんて事しようとしてたんだろう、その、兄妹でキスとか……。火照った顔を冷ます為に冷蔵庫にあったコーヒーを勢い良く飲む。甘っ!

あれ? これってお兄ちゃんの飲みかけのMAX……。

 

 

「お、おはよう、小町……」

「おはよう、お兄ちゃん! えっと……見た?」

「え? 何も見てないけど。えっとーー」

「見てないなら早く座って! そして早く食べて! 遅刻しちゃうから」

 

 

良かった……。もしこれが見られてたら小町、もう平常心で居られないよ。もう既にお兄ちゃんと顔を合わせるのが恥ずかしくて目を合わす事も出来ないし。

 

 

それから私達はお互い無言のまま朝食を進める。特にお兄ちゃんから話し掛けられる事も無く、視線をそっと向けて見ると目が合ったりして、私からも何と無く話し掛けられなかった。

 

 

お兄ちゃんは今朝の事どう思っているんだろう? もしあのまま起きないで私がキスしてたらどうなっていたんだろう? そんな事を考えながら黙々と朝食を食べ続けた。

 

 

今日から登校は電車で行く事になっている。お兄ちゃん1人なら今まで通り自転車で良かったけれど、流石に毎日2人乗りは危ないと言う事で電車になった。

 

 

朝食を終えて支度を整え玄関に向かおうとすると、家の中に来客のチャイムが響いた。あれ? もしかして……。玄関の扉を開くとそこにはいつものお団子髪だけど、少し前髪を整えた結衣さんがいた。

 

 

「おー結衣さん、やっはろーです!」

「やっはろー小町ちゃん。ひっ、ヒッキーいるかな?」

「すまん、すまん。待ち合わせの時間とっくに過ぎてたよな」

 

 

そう言えば昨日確か7時に待ち合わせって言っていたような。現在7時30分。もう……お兄ちゃんってば。

 

 

「待ち合わせしてたんですねー。結衣さん、本当愚兄ですみません」

「ううん、多分ヒッキー遅刻するだろうなーって思ってたし、平気だよ」

「そうですか。……ところで兄とどうして待ち合わせを?」

 

 

意地悪に聞いて見た。

予想通り結衣さんは目をキョロキョロとさせている。

もう少し意地悪しようかと思ったけれど、それはお兄ちゃんに阻止されしまい、そのまま私達は3人で学校に向かうことになった。

 

 

通学の途中私と結衣さんはいつものように雑談を交わしている。本当は聞きたい事があるけれど、今それを聞くのは躊躇ってしまう。そして同じ様に結衣さんも本当は何か伝えたい事がある空気をかもし出していたけど、伝えられずにいた。伝えたい事が何なのかは分かっているけど……。

 

ーー

 

学校に到着するとお兄ちゃん達と私は分かれて、1人教室に向かう。クラスではそれなりに仲のいい友達も出来て、順風満帆な学園生活を送っている気がする。後足りないのは……彼氏とか? 考えてみたけど、やっぱりいらないや。私にはお兄ちゃんが……でもそのお兄ちゃんにはもう結衣さんがいる……。

 

 

「おはよう。なんか眠そうだね、大丈夫?」

「おはよー。うーん、多分平気。ちょっと夜更かししちゃって」

 

 

昨日はあの後直ぐに布団に入ったのに、目を閉じれば閉じるほど電話の内容が気になって中々寝付けなかった。思考がグルグルと頭の中を巡り少しだけ寝ては起きる。それを繰り返して挙句朝食の準備もしたから若干眠気はあった。

 

 

「そう言えばさ、小町ちゃんのお兄さん、同じ学年の由比ヶ浜先輩と付き合ってるんだね」

「……。ふぇ?! はる、春兎君何でしっーー」

「ここ、小町ちゃん! 声大きい、大きい。抑えて抑えて」

 

 

そりゃ大きくなるよ! だってお兄ちゃん達が付き合い始めたのは昨日の事だよ? 多分2人はまだ誰にも言えて無いはずなのに何で……。

不思議に思っている私を察した様に春兎君は言葉を続ける。

 

 

「昨日、サッカー部の友達がさ映画見に行ってたみたいなんだ。その時偶然由比ヶ浜先輩と小町ちゃんのお兄さん見ちゃったみたいで」

「あ……そうなんだ。えっとね、その2人はーー」

 

 

何て言えば良いんだろう? お兄ちゃんが結衣さんに告白したのは聞いていた。けど私は結衣さんからの返事は聞いていない。まぁ、あの2人の様子を見てればどうなったかぐらい分かるけど。

 

 

「多分まだじゃないかな? 小町は何も聞いていないし。第一あのごみいちゃんだよ? 捻くれてて、いつも考えが斜め上なごみいちゃんに彼女なんてとてもとても」

「そうなの? その現場実際に見たわけじゃないけど、お似合いだったらしいよ?」

「断じてありません!」

 

 

……お兄ちゃん達が付き合ってるのは確証無かったし、お祝いすると決めたけど、実際本人から言われるまでは何も言わないでおこうと思っていた。

 

 

昼休みになるとクラスメイトは待ちわびたように歓喜の声を上げている。あるグループはお弁当を持ち寄って仲良さそうに食べたり、ある人はチャイムに気がつかず4限目から寝ていた。……そろそろ誰か起こしてあげようよ。

 

 

「小町ちゃん今日はここで食べるの? それなら一緒にーー」

「ごめん、春兎君。小町、部室でお昼する事になったからさ。また後でねー!」

 

 

若葉色の弁当包を持って奉仕部へ向かう。春兎君も弁当持参の人で、そりゃ隣の席なんだし誘ってくれるのは良いんだけど、あまり教室で積極的に来られると流石に好奇の目と言いますか、何と言いますか……。とりあえず春兎君モテるんだし私ばかりじゃなくて他の人も誘えば良いのに。……そう思って自分で自分が嫌いになる。結局私は告白に向き合わないで逃げているだけなんだ、春兎君から遠ざかって声に耳を塞いでるだけなんだと。これが言い訳なら優しさと言えるのだろう。けれどこれは全くの別物。……言うなれば罰なんだ。

 

 

誘われている訳でもないのに奉仕部まで足を運ぶ。部屋の中からは明るく強い声と優しく透き通るような声が聞こえた。静かに息を吐き出して深呼吸をする。ノックをリズムを変えずに3回すると中から入室を促す声が聞こえた。

 

 

「結衣さん、雪乃さんやっはろーです!」

「あら、小町さん、こんにちわ」

「小町ちゃんやっはろー! 今日はどうしたの?」

 

 

2人は相変わらずの笑顔で迎えてくれる。

 

 

「えっとですね、小町も奉仕部の部員ですしここでご飯一緒食べてもいいかなーと思いまして」

「ええ、もちろん歓迎するわ」

「やっぱりご飯は皆で食べた方が美味しいもんね。ほら、小町ちゃんらここ座って」

 

 

そう言いながら手招きで結衣さんは向かいの席に私を呼ぶ。椅子に座って机の上に弁当を広げて2人の方を見る。雪乃さんは自分で作っているのに見事にバランスが取れてそうなお弁当。変わって結衣さんは多分お母さんが作ってくれてるのか可愛らしい女の子なお弁当。私はその中間かな? だってお兄ちゃんはお肉入って無いと膨れるし。小町としてはちゃんとバランス良く好き嫌いも無くして欲しいんだけどな。多分お弁当にトマト入れたら見事にトマトだけ残すだろうし。

 

 

それから結衣さんと雪乃さんと他愛のない話をした。昨日見たテレビが面白かったとか、猫の耳たぶの柔からさの話しとか。雪乃さんの前で猫話は生半可な気持ちで、話て良いものではないって分かったのは収穫かも。

 

 

昼休みの終わりが刻々と近づいていた。当たり障りの無い日常会話を終えて、2人とも教室に戻ろうと支度をしている。けれど私はまだ聞きたい事があった。濁されるかもしれないし、雪乃さんには酷な話かもしれないけど聞いておく必要が私にはあるんだ。

 

 

「結衣さん、ちょっと良いですか?」

「え? う、うん。どうしたの? 急に改まって……」

 

 

いつもと違う空気を読んだのか結衣さんは少しだけ焦った様に聞き返す。別に責めるつもりは無いので、声色をなるべくいつもと同じ様、結衣さんに向かって問いかける。

 

 

「最近お兄ちゃんと何かあったんですか? 例えばお兄ちゃんに告白された……とか」

「こ、小町さん? 何を言ってるの? 彼が女性に向かってこく、告白なんてそんな事す、する筈がーー」

「えっと……。うん、ヒッキーにこの前、その、告白……され、たよ」

 

 

真っ直ぐにわたしを見つめ返して結衣さんは答えてくれた。雪乃さんは理解したくないのか、信じたくないのか目を点にしている。

 

 

「ゆ、由比ヶ浜さん? それじゃあなたと彼はーー」

「本当はね、今日部活の時に言うつもりだったの。ヒッキーも隠していたくないって言ってたし」

「そうですか……。分かりました、この後は放課後改めて聞きますね」

 

 

そう言って私は部室を後にした。

 

 

授業終了のチャイムが校内に設置されたスピーカーから鳴り響く。ここから学生は部活動に青春を謳歌したり、友達と友情の輪を深めようと遊びに行ったりする。春兎君は授業が終わると、翔ぶが如くサッカー部に向かった。今日は久々に葉山さんが来るらしいので授業中もずっとそわそわしていて、この時ばかりは見た目似合わず可愛いなって。

 

 

「比企谷さんー! た、助けてくださいー!」

「ぉ、おー大志君久しぶり、元気にしてた? ちゃんとご飯食べてる? 好き嫌いしてたら大きくなれないよ?」

「いやーそうなんすよー。最近食欲が……じゃなくて! 本当困ってるんす」

 

 

うん、とりあえずそんな大声で泣き付かないで欲しいかな。若干周りが引いてるし。とりあえず仕方ないから場所を移動しよう。泣きつく大志君を何とか宥めて人気のない場所に連れて行って訳を聞く。

 

 

「それで? 一体何があったの?」

「その……えっと……」

「時間無いんだからはっきり言う!」

「はい! その、一色いろはさんとお近づきになるにはどうしたらいいんすか!?」

 

 

……聞き間違いかな?

何故か大志君の口からいろはさんが出てきて、しかもお近づきになりたい? ……うん、ちょっと整理しよう。

 

 

「えっと、先ず聞きたいんだけど、どうしていろはさんに近づきたいの?」

「そ、それはーー」

 

……理由は単純にして明確。大志君の言葉はこうだ。

 

 

1年生の時から生徒会長でおまけにサッカー部のマネージャー。更にプロポーションも良くて誰が見ても美少女。高校生活、青春を謳歌せしめるなら先ずは彼女を作りたい! 恋人を作って高校生活の第一歩を踏み出したい! ……そうゆう事らしい。

 

 

「それで考えたんすけど、俺と一色先輩って全然接点無いんす! だから比企谷さんならお兄さん繋がりで紹介してくれるかと思ったんす!」

 

 

多分……と言うか絶対に脈無いと思う。そもそもいろはさんは小町の勘だけどお兄ちゃんの事好きだし、あ、そう言えばいろはさんも呼んでおかないと。

 

 

大志君の悩みはとりあえず片隅に置いて考えていたら、大志君は首を傾げてポカーンとしていた。現実を突き付けるのも優しさ……だよね? 多分。

 

 

「あのね、大志君。いろはさんの事は諦めた方が良いよ。大志君じゃいろはさんは難しすぎる。分かりやすく言うと山に登った事無い人がいきなりエベレスト登るって言い出すくらい無謀なの」

 

 

大志君はまだ首を傾げている。……え? この説明分かり難かったかな?

 

 

「と、とにかくいろはさんの事は諦めた方がいいよ。じゃ私、部活行くから」

「そ、そんなー! 比企谷さーん!」

 

 

後ろから大志君の悲痛の声が響いていたけど聞こえなかった事にしよう……。それにしても大志君でさえ恋愛に興味あるんだな。塾で会ってた時はそんな素振り見せたことないから少しだけ意外だった。やっぱり高校一年生の春は恋の季節なのかな?

 

 

奉仕部に向かう前に生徒会室に立ち寄った。最近はお兄ちゃん曰くちゃんと仕事していると言っていたから多分いるはず。3回扉をノックして中から声が聞こえると、扉を開けて中を覗く。

 

 

「失礼しますー。いろはさんいらっしゃいますかー?」

「あ、小町ちゃん! いらっしゃいー。何か用かな? そうそう、入学おめでとー」

「どーも、どうも。えっとですね、いろはさん今日これから少し時間大丈夫ですか?」

 

 

お兄ちゃんから聞くに最近のいろはさんはお兄ちゃん達に頼らずに生徒会の仕事をバリバリしてるらしい。……すっごいお茶飲んでたけど。

 

 

理由を話す前にいろはさんは二つ返事で承諾してくれて、生徒会室を後にする。部屋を出て行く時に副会長さんと思われし人が、コメカミを抑えて頭、痛そうにしていたのは見なかった事にしよう。そうしよう。

 

 

「そういえば、小町ちゃん、奉仕部に入ったんだよね? 良いなー私も生徒会長してなかったら入部届け出してたのになー」

「多分いろはさん生徒会長になってなかっならお兄ちゃんと関わり切れてましたよ? 結果的オーライですよ」

「ま、まぁあの中に入って行くのは一筋縄で行かなそうだし、外からコンタクトした方が先輩には有……って別にその方が扱いやすいだけだからね!」

 

 

そんなムキにならなくても小町、分かってますから大丈夫です! ただ……これから告げる事にいろはさんが耐えれるのか心配になってきちゃった。

 

 

奉仕部の部室前に着くと、これから起きる事の前に深呼吸をする。扉を勢い良く開けると既に結衣さん達は揃っていた。けれどそこにお兄ちゃんの姿はない。

 

 

「小町さん遅かっ、あら? 一色さんも連れてきたのね」

「はい、連れて来られちゃいました! それで今日は何かあったんですか? あれ? 先輩はまだーー」

「とりあえずいろはさん、席に着きましょう。それから今日の事話します」

 

 

さっきここに来るまで会話していた空気と違うことを察したいろはさんは、佇まいを直して結衣さんの向かいに座る。その隣に私も椅子を置いて座ると少しの間、沈黙が流れた。

 

 

窓の外から聞こえる部活動の音、リズムを狂わせることなく進む秒針の音、色々な音があるのにこの部室だけ静けさが囲んでいた。誰かが堪らず唾を飲み込む音を立てると、視線で雪乃さんに合図を送り話し始める。

 

 

「結衣さん。小町、やっぱり回りくどいのは苦手なので率直に聞きますね。……お兄ちゃんと付き合っているんですか?」

 

 

部室の中は再び静寂に包まれる。

 

 

雪乃さんは文庫本を読んだまま耳だけを傾け、いろはさんはいきなりの事に戸惑い、私と結衣さんを交互に視線を向ける。私は瞳に力を込めて結衣さんを見つめた。そして結衣さんは1度目を閉じ、ゆっくりと開いて真っ直ぐな瞳で答える。

 

 

「うん」

 

 

……たった2文字の言葉は部室の中を反響し続けているように、耳から抜ける事なく聞こえ続ける。

 

 

「えっと……結衣先輩、じょ、冗談ですよね? まさか結衣先輩と先輩がーー」

「……ごめんね、いろはちゃん」

 

 

結衣さんは多くを話さなかった。ただ優しく泣きそうな表情でいろはさんを見つめている。雪乃さんは開いた文庫本に視線だけ向けているけど、意識は結衣さんの言葉一つ逃さずに傾けている様にジッとしていた。

 

 

部屋の中はただただ静かだ。たった一つの物音すら聞こえない部屋は、耳を澄ませば3人の心音さえ聞こえそうな程、静けさに包まれている。そしてそれを嫌った様にいろはさんは椅子を押して立ち上がり、一言「失礼します」と、か細い声色で呟き、力無い足取りで奉仕部を後にした。

 

 

部室のドアが低い音を立てて閉められると、部屋の中は音を取り戻した様に雑音があちらこちらから聞こえてくる。

 

 

「ゆきのん、……ごめんね」

「……どうして謝るのかしら? あなたと比企谷君が恋仲になるのに私の許可が必要だったの? 違うでしょ? なら謝る必要なんてどこにもないじゃない……」

「それは……そう、だけど」

 

 

そして校内にチャイムが鳴り響く。

気が付けばもう下校の時間になっていた。

 

 

「では今日はここまでにしましょう」

 

 

それが合図に雪乃さんは文庫本を畳んで帰り支度をする。結衣さんは悲しそうな表情をしたまま雪乃さんに視線を向けては戻しを繰り返していた。雪乃さんが椅子を押して立ち上がると、それにつられ私達も立ち上がり部室の外へと向かう。

 

 

「私は平塚先生に鍵を返してくるから先に帰っていて平気よ」

「ゆきのん、あたしも一緒にーー」

「ごめんなさい」

 

 

結衣さんの言葉を遮り雪乃さんは私達に背を向け一歩ずつ遠ざかって行く。その背中は哀愁を漂わせ、私達はそれを追いかける事が出来ず、雪乃さんの姿が見えなくなるまでただジッと見続けていた。

 

 

「私達も帰りましょうか」

「……うん」

 

 

力無く泣いていた返事はいつまでも消える事なく、私の中で木霊し続けた。

 

 

ーー

 

 

「ただいまー」

 

 

家に帰ると玄関にお兄ちゃんの靴が並べて置いてあった。私も靴を脱いで綺麗に揃える。リビングのドアが少し開いていたので、ドアノブに手を掛けて中に入ると、窓の外を佇む様に見ているお兄ちゃんがそこにいた。

 

 

「ただいま、お兄ちゃん」

「……小町か。お帰り」

 

 

お兄ちゃんはそう返事を返すと私に向けた視線を外して、また外の景色を見始める。庭先の植木、隣家の花壇、風に揺れる洗濯物。お兄ちゃんの瞳はその奥を見ている様に虚ろんでいた。

 

 

冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干す。立ち尽くすお兄ちゃんを横目にリビングを出て自室に戻り、制服のままベッドに倒れ込む。今日私は何をしたんだろう? 悪戯にいろはさんを、雪乃さん……結衣さんを傷付けただけじゃないんだろうか? もっと他にやり方はあったんじゃないのか? そもそも何で私は結衣さんを問いただしーーそんな理由……分からないフリはもう出来ないよね。

 

 

「私って嫌な子だな……」

 

 

誰に聞かせるわけでもなく呟いた言葉は自身を痛め付ける。気が付けば窓の外は日がすっかり沈み、夜の色が広がって行く。もう夕飯の時間だ。制服を着替えてリビングに行くとお兄ちゃんはまだ立ち尽くしたまま窓の外を見ている。私は小さく息を吸い込んでお兄ちゃんに呟く。

 

 

「お兄ちゃん、ご飯用意するね」

「あぁ……。何か手伝おうか?」

「ううん、平気、大丈夫だよ。……あのね、ご飯食べたら……話したい事あるの」

 

 

お兄ちゃんは無言のまま頷いて、また外の景色をジッと見続けた。




今回もいかがでしたでしょう?少し暗いお話になっておりますが、ゆったりと読んでもらえればと思います。

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