Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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Ep8 『カルテット ②』

 これはカルテットの始まる前の別視点でのお話である。

 

 

 

 竹中弥白は困惑していた。

 というのも、カルテットで組む人間がいなくなってしまったのだ。

 これは別に弥白がどこかの独奏曲さんや風の声さんのように友達がいないというわけではない。自分が組もうと思っていた人はいた。しかし、その人と組めなくなってしまい、そのことが分かった頃には、周りはみんな組み終えていたというわけだ。

 仕方なく教務科(マスターズ)にその旨を伝えに行くと、丁度あと一人を探しているという三人組がいると言うので、そのメンバーに会うことにしたのだが……

 

「不合格ね。見るからに貧相な男だわ」

 

 会って早々不合格にされていた。

 

「おいコラ。誰が不合格なのだ、コラ」

 

 弥白もいきなりそんなことを言われて黙っている性格ではない。自分を不合格と言いのけた少女を睨み付ける。

 腰まで届く長い金髪に整った顔、鋭い目がきつい印象を与えるが相当の美少女。背筋がピシッと伸びた体は、出るとこが出て、引っ込むべき所は引っ込んでいる。綺麗なその容姿も含め、男を惹きつけてやまないような外見をしていた。

 彼女の名前は高千穂麗。

 その余っているらしい三人組のリーダー格だ。

 

「それに貧相ってなんなのだ! おれはちっちゃくないぞ! 大器晩成、成長がちょぉぉぉっっとだけ遅いというだけなのだぞ!」

 

 しかし、弥白に相手の容姿なんてものは関係ない。そもそもそんな感情があるのかもわからない。男子高校生としてはかなりの希少種的存在だからである。要するにガキなのだ。

 

「麗様に意見するなんて生意気」

「体が小さいと器も小さい」

 

「「小さーい」」

 

 高千穂の後ろに控えていた双子──愛沢湯湯、夜夜も弥白をバカにする。

 

「おまえらも小さいくせに!」

「今『も』って言ったね、夜夜」

「自分でもチビだと思ってるんだよ、湯湯」

「揚げ足を取るなあああああ!」

「きゃー、貧相な男が怒ったー!」

「麗様、貧相な男が怒りましたー!」

 

 愛沢姉妹はきゃーきゃー騒ぎながら高千穂の陰に隠れるが、その顔はどう見ても怖がっている少女のそれではなく、弥白をからかって楽しんでいる悪戯な子供のそれだった。

 双子の態度に高千穂はやれやれといった様子で、

 

「おやめなさい。湯湯、夜夜。そんな男相手にするだけ無駄よ」

 

 そう言って、心底蔑んだ目で弥白を見る。

 その道の人なら大喜びしそうなものだが、もちろん弥白にそんな気は無い。

 

(ぐぬぬ。さっきからこの女えらそーに! えらそー、ほんとえらそーに! 一体何様のつもりなのだ!)

 

 弥白がまた小さく爆発しようとした時、新たに一人の女性がその場に現れる。

 

「おー、なぁーんか仲良くやってるみたいだなー」

 

 怠そうな態度を隠そうとしないこの女性こそ尋問科(ダキュラ)担当の教師、綴だ。

 女性にしては低い声が一層彼女の気怠さを引き立たせ、吹かすタバコの煙からは明らかに市販の物とは違う匂いを漂わせている。目がいつも据わっていることを含め、教師として、いや人として、どう見ても危ない感じがビンビンする。

 

「あら、綴先生。いらしたの?」

「一応、えーっと……あ、あれだ、様子。様子を見とこうと思ったところなんだよね」

 

 綴は今回のカルテットの副担当ということもあり、弥白や高千穂たちがこうして集まったのも彼女の采配によるものであった。

 こう見えて武偵高は1年生にはまだ甘い。ある程度の支援や補助はしてくれる。これが2年生以上のものなら、勝手にやれの一言で終わっていただろう。

 

「綴せんせー、代えてほしいぞ! おれこいつら嫌なのだ!」

「竹中ぁー、アンタは相変わらずストレートに物言うなぁ。そぉーいうの社会に出てからは通用しないぞォー」

「お手数掛けて申し訳ございませんが、あまり相性がよろしくないようです。ご勘弁願えないでしょうか」

「いや、言い方の問題じゃなくてなァー。というかそんな話し方できたのね、先生ちょっとビックリ」

 

 普段教師に対しても粗暴気味な弥白の丁寧な口調に綴りはその濁った目を見張る。竹中君そんな丁寧な敬語知ってたのねみたいな感じで。

 

「わたくしの方からもお願いします。この男がわたくしと組むに値するなんてどう見ても思いません」

「だから! さっきからそのえらそーな態度はなんなのだぁ!」

「あー、そのなんだ。言いづらいんだけどさァ」

 

 綴は「言いづらい」と口にしながらも全くこちらを気遣う様子は無く、マイペースなまま煙をフーと吐き出すと、心底面倒臭そうに言った。

 

「残ってるのもうアンタらだけなんだよねー」

 

 その軽すぎる口調とは裏腹にその言葉は、「もうおまえら組むの決定してるから」と告げているに等しかった。

 

「組むなら組むでさっさと決めないからだ。マヌケぇ」

「な!?」

「に!?」

「まあ、案外相性いいんじゃないかぁ? さっきから意見合ってるしぃー」

 

 その合っているという意見が、お互いを代えてほしいでなければだが。

 仮にも一介の教師である人間が、こんな適当でいいのだろうか。これだから武偵高の教務科(マスターズ)はおかしいと言われるのだ……と思っていても口に出せない弥白たち。

 弥白は呆然としたまま横を見ると、高千穂と目が合った。そして、「フンっ」とすぐに顔を逸らされてしまうのだった。

 

(やはりこいつムカつくぞ!)

 

 

 

 

 

 ……………

 ………

 

 結局、弥白は高千穂のチームに収まることとなった。

 双方最後まで納得していなかったが、1年生はカルテットに全員参加の上、残っているのが自分たちだけだと言うのだから組む以外の選択肢は最初から無い。

 いくら弥白や高千穂でも教務科(マスターズ)にケンカを売るわけにもいかない。そんなことしたらガチで死ぬ目に遭うことになるだろう。元殺し屋やら、憲兵帰りやらがゴロゴロしている、それが教務科(マスターズ)なのだから。

 

 あれから数日たったの今日も強襲科(アサルト)の射撃レーンで訓練していたが、苛立ちや不安からかスコアは全然伸びていない。

 さすがにスコアが一桁になったりするようなことは無いが、ありえないが、それでもいつも以上に的を外していたのは確かだ。

 

「あー! このッ! ……うまくいかないのだ」

 

 射撃の内容だけではない。これからまたあの高千穂たちと会わないと思うと気分が沈んでしまう。つい先日も理不尽に怒鳴られたし。

 断っておくと、弥白は別にどこかの寝不足くんのようにコミュニケーション能力に難があるわけではない。いや、確かに少し人の話を聞かないところもあるが、友達は普通にいるし、好んで人と衝突したいとも思っていない。

 

『あの、お兄様? いつも間宮あかりという方と衝突ばかりしていませんか? 寧ろ衝突しかしてない気さえするのですが』

 

(うるさいうるさい! 間宮は別なのだ! キンジ先輩をバカにするし!)

 

 自分で幻聴を生み出し、それにツッコムなんて変わったことをする子だが、決して悪人では無い。多分。

 その弥白が何を言いたいかというと、「バカにしてくる奴はムカつく」ということだ。誰だってそうだと思うのだが、とりわけ弥白は自分を見下す奴が大嫌いだった。だからこそ、傲慢ちきな高千穂とは絶対に馬が合わないと考えているし、これからチームとしてやっていけるかが不安で仕方ないのである。

 

「おやおやぁ? こんな所に悩める少年はっけーん!」

 

 今日はもうやめにしようとしかけた時、明るく、いかにも女の子女の子しているような声がこの場に響き渡る。

 振り向くと見えたのは、ふわりと長い金髪の小柄な少女。フリルを付けられた改造制服は、火野の戦妹(アミカ)である島を連想させる。全体的に、どこかゆるくてふわふわしてそうなイメージを与えてくる少女がそこにはいた。

 

「ふむふむ、どうやらうまくいってないみたいだねぇ」

 

 その少女が弥白のすぐ横まで近づいて来ると、なんだかとても甘ったるい匂いが弥白の鼻腔をくすぐった。

 

「な、ちょ、誰なのだ!?」

「これベレッタM92Fだよね。キーくんとおそろいかぁー」

「キーくん? おそろい? ……キンジ先輩かっ!」

 

 憧れのあまり同じ銃を使っていた弥白だけに、おそろいと言われてすぐにキンジの名前が出てくるのはある意味当然だった。

 

「それで誰なのだ? 先輩なのか?」

「えー!? キミってば、理子のこと知らないのー!?」

 

 知らないのだ、弥白がそう口にすると少女は大袈裟にショックを受けたようなポーズを取った。しかし次の瞬間、俯いた顔を急にガバッと上げ、顔の横でピースをしながら、ウインク付きで、

 

「峰理子、2年。所属は探偵科(インケスタ)だよ。気軽に『りこりん』って呼んでねっ!」

 

 そう自己紹介して来た。

 

(峰理子? どこかで聞いたような気が……うーん、気のせい?)

 

 やはり先輩だったかと思うと同時に、何故自分に接触してきたのかという疑問が浮上する。どう見ても胡散臭い塊のようなこの先輩がいったいどんな目的を持ってきたのかと。

 

「その峰先輩がおれに何の用……」

「りこりんって呼んでねっ!」

「いや、峰先輩と呼ばせてもらうぞ、それで」

「りこりんって呼んでねっ!!」

「いやだから峰先──」

「りこ☆りん!」

「……り、りこりん……せんぱい」

 

 あまりの押しの強さに弥白は観念してぼそぼそと呟く。すると理子はいたずらに笑みを深めた。

 

「ワンモアー!」

「りこりん先輩!」

 

 もうやけくそだ! そんな心の声が聞こえるような叫びだった。

 こんなバカみたいな呼び方しなければいけないなんて……顔から火が出そうだ、と恥ずかしがっている弥白とは対称に、理子は何かをやり遂げたようなとてもすっきりとした表情だった。

 

「……それで、そのりこりん先輩がおれに何の用なのだぁ?」

 

 やさぐれたように再びそう聞くと。

 

「ズバリ! キミは今伸び悩んでる! 理子にはお見通しだぞぉー!」

「な、なんでわかるのだ!?」

「簡単な推理なのだよ。つまり……えーっと、うん。簡単な推理なのだよ」

 

(浮かばなかったのであろうなぁ……)

 

 さっきから言動も変だし、テキトーなこと吹かしてるんじゃないだろうか。弥白はそんな事を考えながら、胡散臭いものを見るような目を理子へ向ける。

 

「もうー、いくら理子が可愛いからってそんなに見つめないでよぉー。照れちゃうぞ!」

 

(チガウ)

 

 そんな弥白の眼差しをどう勘違いしたのか、いやんいやんと体をくねらせる理子。

 

「………」

 

 弥白は関わらない方がいいなと思い、片づけを再開しようとした……が。

 

「──自分では銃身も安定してるはずなのに、一定以上の結果が出ない。出来てるはずだと感じているからこそ、どう直していいかもわからない、でしょ?」

 

 思わず、動きが止まった。止められてしまった。

 

「な、なんでそこまで……?」

「くふふ。さっき言ったよね、理子は何でもお見通しなのです!」

「石破天驚! りこりん先輩はすごいのだな! お見通しかー、そっかー」

 

『……お兄様は素直すぎです。少し何か正しいことを示されただけで、全て信じてしまうのですもの』

 

 昔そう妹に言われていたのも、今は完全に忘れさっていた弥白であった。

 

 しかし実際のところ、理子の指摘は的を射ていた。

 まるで本当に弥白の問題点を全てわかっているかのように、的確のアドバイスの数々をいくつも授けてきて、その言われたことを意識するたびに、目に見えて伸び悩んでいた結果がよくなっていったのだから。

 

(すごいぞ! 蘭豹や火野より教えるのうまいのだ!)

 

 難しいと思っていた年内Bランク昇進、それどころかこの分ならもしかしてAランクに届くんじゃないかと思うほど、『何かを掴んだ』という感覚を意識できていた。

 

「うんうん。やっぱり、理子の思っていた通りだぁ」

「そういえば、なんでこんな親切してくれたのか摩訶不思議だぞ? 初対面であるはずなのに」

「親切? くふふふ」

 

 突然笑い出した理子に弥白は戸惑った。

 

「……力を見るためにも、対抗馬は必要だからね……」

 

 理子は聞こえるか聞こえないか、そんな声で何かぼそぼそと呟く。

 

「意味わがわからないぞ?」

「くふっ。強いて言うなら、期待かな? 理子が手ずから教えてあげたんだから、ヤシロンはカルテットがんばらないと、ぷんぷんがおーだぞ?」

 

 ああ、そういえばカルテットがあるのだったと。そう思い出してまた憂鬱な気持ちがこみ上げてきた。

 そんな気持ちの表れか、ターゲットから弾が逸れてしまう。

 

「って、あの、結局おれに指導してくれた理由が不明だぞ……あれ?」

 

 振り向くとそこにはもう誰もいない。

 あとに残ったのは硝煙の香りに混じる、甘ったるい匂いだけだった。

 

(帰ってしまったのだろうか。全く、一声くらいかけてくれてもいいと思うぞ)

 

「あら、こんな所にいたのね」

 

 次に弥白の前に現れたのも金髪の少女。ただ金髪は金髪でも、峰理子ではなく高千穂麗の方だった。

 

「なー高千穂、金髪でフワフワした感じの小さい先輩見なかったか?」

「知らないわよ。そんなことよりも、集合時間に遅れていることへの弁明は何もないのかしら?」

「え!? あ、そうだったぞ! 悪いのだ、ちょっとこっちに集中し過ぎてたぞ」

 

 先日組み合わせが決まったこともあり、今日はカルテット関係のことで早速待ち合わせをしていたのだが、時計を見ると確かに時間を完全に過ぎ去っていた。思ったよりも長い時間ここにいたらしい。

 

(態々探しに来てくれるとは、もしかしてこいつは結構いい奴なのかー?)

 

「ふん、まあいいわ。それで要件なのだけど、湯湯と夜夜が佐々木志乃たちの偵察を行っているのは知っているわよね」

「うん! とっても把握してるぞ!」

 

 そう、あの双子は昨日決まった対戦相手である間宮班の偵察を行っていた。

 それを聞いた時弥白は、なんだかんだでこいつもしっかりやろうとしてるんだなと感心していたのだが。

 

「それ、切り上げるから片づけを手伝ってきなさい」

「へ? まだ初日だぞ。早すぎるのだ」

「これ以上無駄だと判断しただけよ」

 

 反論したかった弥白だが、どっちにしろ偵察だけで時間を費やすわけにはいかないか。その分合わせの訓練に力入れればいいか。きっと高千穂も同じ考えなのだろうと自分を納得させた。

 

「で、それから何をするのだ? 動きの合わせとか、作戦を練るとかもいいぞ」

「そんなもの必要ないわ。このわたくしがあんな寄せ集めに負けるわけがないじゃない」

 

 「自分たちがあまりものだったくせに何を言ってるんだこいつは」という目で高千穂を見るが、この唯我独尊お嬢様には全く効いていない。

 それどころか──

 

「いくらわたくしが美しいからってそんなに見ないでちょうだい」

 

(チガウ)

 

 こんな勘違いまでしてきた上で、汚らわしいと蔑んでくる始末。

 金髪の女子はみんなこんな自意識過剰なのだろうかとムカつきを通り越して呆れてしまった。

 

「だけどっ! 相手を侮るのは良くないぞ! それに、おれはおまえたちと組むの初めてなのだ!」

「あんなチームに、足手まといを二人も抱えた佐々木志乃に、品の無い火野ライカに、このわたくし──高千穂麗が負けるとでも?」

 

 今の言葉ではっきりと分かった。高千穂は間宮たちを敵とさえみなしていないのだ。今のままでも、負ける要素など微塵も無いと考えているのだろう。

 高千穂の能力は高い。それは1年でAランクを取っていることからも間違いない。

 それに今回決まった毒の一撃(プワゾン)という種目は戦闘色の強いものの上、こちらは全員強襲科(アサルト)生。確かに一見、特に作戦を練らずに正面から戦っても勝てそうだ。

 しかし、だからといって、手を抜いていい理由にはならない。

 

「おまえは幸運にも勝ち馬に乗ったの。このわたくしに任せていればいいのよ」

 

 弥白の忠告を聞いていない高千穂。きっと今の弥白が何を言っても無駄なのだろう。

 となればここで話は終わってしまいそうなものだが、良くも悪くも奇運なことにまだ天は弥白を見離してはいなかった。

 

「あー、うん、竹中。偶然。ホントに偶然」

 

 綴に負けないほどに怠さを含みながらも、澄んだ綺麗な声。矛盾するようで綺麗に溶け合った、そんな声の持ち主は弥白の知る中では一人だけ──即ち、石花ソラである。

 

「偶然? だけど、ソラがこんな所に来るなんて珍し……」

「言っておくが、おまえを探していたわけではないから。完全なる偶然だから。偶然ではないとかありえないくらいだから」

「別にそんなこと誰も疑ってはいないぞ? そんな自意識過剰な奴はいないのだ」

 

 高千穂は初対面時自分に向けたものとは、比べ物にならないほどの鋭さを持った目で、今来たソラを睨み付けていた。

 

「ちょっと、人の頭越しに会話しないでくれる?」

「は?」

 

 対するソラはどこまでも面倒臭そうだった。いつも以上の仏頂面と、琥珀色の瞳の下にあるクマがそれをさらに強調している。

 

「『会話しないでくれる』ではなく、人の話を聞けないほど器の小さい女が騒いでいると小耳に挟み来てみれば、おまえだったのか。納得」

「だ、誰の器が小さいと言ったのかしら…!?」

「おまえ。ほら、現在進行形で人の話聞けていないし」

「なんですってぇ!?」

「ああ、わかった。頭がカラだから、言葉はどうしても右から左へ流れてしまうのだろ。ねえ、知っているか? 普通脳ミソは1kg以上あるらしいから、中身がカラだと体重が減って女性としては嬉しい限りなのではないか。ほら喜べよ」

「い、言わせておけば……! 強襲科(アサルト)から逃げた分際で!」

「逃げた? 意味不明」

 

 どこまでの剣呑な雰囲気の高千穂に対して、饒舌な割にソラは心底面倒臭がっている様子だった。共通しているのはそれでも二人の目が真剣みを帯びていたこと。弥白の立ち入る隙が一切なかったことだ。

 

「まあ、とりあえず今のうちに十分ふんぞり返っていれば? カルテット終わったらもう偉そうには出来ないのだし。まあそこまでおめでたい思考をしているおまえには、当てはまらないかもしれないが。どちらにせよ僕には理解できそうもないし、興味もないし」

「……ふんぞり返っているのはおまえでしょう…! 失せなさい。ここはおまえのような口だけの臆病者が来ていい場所じゃないわ」

「はぁ。さっきからケンカ売っているみたいだが……何、僕と戦うつもりでもあるのか?」

「──ッ!」

 

 ソラのどこまでも冷めた視線に、高千穂の今までの勢いは消し去られていた。

 嫌な沈黙が数秒この世界を支配する。

 

「まあいいか。どちらにせよもうこの場に用は無いし、引いてやる(・・・・・)から」

 

 やがて興味が無くなったようにこの場から出ていくソラを高千穂はギリッと壊れんばかりにその綺麗に並んだ歯を噛みしめていた。

 少しの間オロオロと見ていた弥白だが、とりあえずソラを追いかけることにした。すると、意外なことにソラは部屋のすぐ外で待っていたのだった。

 

「全く、メンドクサイ女だ。あそこまで敵意飛ばされると、いくら温厚な僕でも気分が悪くなる」

 

 ソラは部屋から出てきた弥白を見やると、そう言いながらため息を吐いた。

 

「竹中がどうしてもと言うのなら、僕の班に入れてやってもいいから」

 

 高千穂に負けないほどに傲慢な言い口だった。しかし、弥白は嬉しかった。その言葉で確信したからだ。やはりここには自分のことを気にして来てくれたのだと。

 

「ありがとだぞ! だけどもうソラの班には入れないぞ。おれはここで頑張るのだ」

「……あっそ。まあ、僕にはどうでもいいし。勝手に頑張れば」

「ソラも頑張れだぞ!」

「知るか。勝手にしろと言っただろ」

 

(……ソラにはああ言ったものの、この先どーしよ……高千穂は才余りありて識足らずでおれの話は右左一直線であるし)

 

「竹中弥白。まさか帰ってないでしょうね」

 

 ソラが去ったあと勢いよく部屋から出てきた高千穂は、弥白を見やると強く言い放つ。

 

「湯湯、夜夜を呼び戻して、速急に作戦会議よ!」

「……え?」

 

 さっきと言ってること違うじゃん。

 何がどうしてそう考え直すことになったのか、弥白には理解できなかった。

 高千穂はソラが去った方向に閉じた扇子を突きつけながら言った。

 

「完膚無きまで徹底的に叩きのめしてあげるわ!」

 

 ……対戦相手は別にソラじゃないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてカルテット当日。

 

 弥白は、最初の不安はどこに行ったんだと言うほどに、万全で臨めたように感じていた。

 初対面のよくわからない先輩と会ったり、珍しくソラが強襲科(アサルト)に寄って来たりしたあの日から、高千穂はよくわからないことにやる気が向上したのだ。あのままでは、『優雅に突撃よ!』とでも言いだしそうだった高千穂も作戦をしっかり立てることに肯定の意を示してきたほどだ。全力で叩き潰すことに決めたらしい。本当に理由はよくわからない。

 ただまあ、高千穂の作戦立案能力が予想以上に低かったので、作戦や戦略自体はほとんど弥白と愛沢姉妹が立て、高千穂のやる気は完全に空回りだったのだが……

 とにかく、作戦をしっかり立てられたのは良かった。結果、不意打ちによる銃撃で、間宮と佐々木の足を止めることは成功しているからだ。

 

(欲を言うのなら、一発くらいは当てておきたかったのだ)

 

 あと少しで敵の陣地一歩手前という気が緩みそうな瞬間を狙った。間宮だけなら絶対に当たるはずだった。そうならなかったのは、佐々木の察知能力の高さゆえだろう。

 弥白は佐々木のことを火野や間宮ほど知らない。ただ、あのソラが一目置いているのだ。最初から弱いとは思っていなかったのだが……

 

(やはり、佐々木は侮りがたしだぞ!)

 

 このどこから敵が来るかわからなかった状況下で、間宮までカバーする余裕があるとは……何が『最近小太りしてきた頭でっかちなだけの女』だ。頭がいいだけの太った奴があんな素早く動けるか! というかそもそも太ってようにも見えない。

 本人の実力はともかく、人の見る目や伝える力は高千穂には無いなと弥白は思った。

 

「び、びっくりしたー! この、竹中めー!」

 

 向こうを見ると間宮がぷりぷり怒ってた。

 

「うるさいぞ! アホ間宮ぁー!」

「わわっ!!」

 

 一見隙だらけに見えたのだが、間宮は危なっかしい様子ながらもなんとか物陰に隠れやり過ごしたようだ。

 今のところお互いダメージゼロだが、こちらが守備に対して相手方は攻撃。毒の一撃(プワゾン)のルール上、膠着状態が有利に働くのはこちらである。その上、この人通りが無い場所では銃が存分に使える。弥白は最近射撃の調子が上向き方向。それに引き換え、間宮は射撃の成績は毎回最下位低空飛行。佐々木も撃ってこないところを見るとそう得意ではないのだろう。

 

(うん、今のところいい感じだぞ──って、わッ!)

 

 とりあえず作戦の一つが成功したことに胸を撫で下ろすも束の間、間宮の方からも銃弾が飛んで来たことに思わず舌打ちする。

 

「ふははははー! おまえの弾なんて当たる方が難しいぞ!」

 

 それでも銃という物の存在感は、嫌でも人の気を惹きつける。当たらないと思っていても無視は出来ない。

 

「は?」

 

 その気が逸れた一瞬の隙をついて佐々木志乃が突っ込んで来る。その勢いはまるで疾風のごとく。開いたはずの距離を一瞬にて詰める彼女の前に、弥白の対応はあまりにも鈍重だった。

 

(──かかったぞ!)

 

 驚愕したのも束の間、そのハツラツ顔は再び笑みを浮かべる。

 確かに佐々木は速い。牽制により体勢が引けている弥白に捉えることは到底不可能だろう。──そう、弥白には(・・・・)

 

「行くよ、夜夜!」

「合わせて、湯湯!」

 

 左右の物陰から飛び出した二つの影が、お互いを引き寄せ合うように佐々木を挟み撃ちにする。

 

「なっ!? きゃ──ッ!」

 

 完全に予想外の強襲に佐々木と云えども対応できるはずが無かった。

 佐々木は驚き硬直する一瞬の間に、愛沢姉妹二人がかりで地面へと押し倒され、ハチのフラッグを奪われ、そして折られていた。

 

「志乃ちゃん!!」

「悪いけど、間宮。人の心配してる場合ではないぞ!」

「かはっ!」

 

 佐々木がやられたことで動揺していた間宮に一発浴びせる。非殺傷弾(ゴムスタン)とはいえ、銃弾は銃弾。胸に突き刺さった衝撃は、決して浅くないダメージを間宮に与えたはずだ。

 

「こんな所に三人潜んでいるなんて、序盤の攻撃は捨てた? ……いえ、違う。まさか、本陣を開けているとでもいうんですか!?」

 

 愛沢姉妹に倒された体制でもがきながら、佐々木はそう言った。

 実際、佐々木の言う通り、弥白たちの作戦は、攻撃一人に、防御寄り遊撃三人という変則的な布陣で、本陣には誰もいない。

 一応フラッグは隠してはいるが、それで防衛が完全になるわけない。だから普通最低一人は本陣にいるものだ──という考えの裏を突いたわけだ。

 

「……え? じゃあ、あたしたちに突破されてたらどうするつもりだったの?」

「突破なんて最初からさせるつもりでやってられるかぁなのだ! もしそうなっても、その時はその時なのだ。して間宮、次はおまえだぁっ!」

 

 弥白は間宮に一気に近づく。そのままCQCに持ち込むつもりだ。

 弥白の基本戦闘は拳での打撃中心。そして捕縛術。

 空手や柔術を少し取り入れたような型で、普段の荒ぶった言動に似合わず安定した戦い方をする。

 自分より弱い者を確実に倒し、強い者にも簡単には負けない。

 普段火野にあっさりとやられているのは、自分の力を試すために勝ちを取りに行っているからであり、防御に徹すれば、少なくともいつものように簡単に負けることは無いだろう。

 地道に積み上げた確かな訓練の成果。それが弥白の強さだ。

 一方、間宮の方は動きに日本の古武術を取り入れているようだが、どこかぎこちない。

 その顔に余裕は一切なく、弥白からの攻撃に対しても防戦気味で、どんどん追い込まれていっている。

 弥白Cランクに対して、間宮はEランク。

 ランクが全てとは言わない。だが、ある程度信用できるものでなければそもそも成り立たない。そのランクに応じた実力を示したという証なのだから。

 そもそも弥白がCQCに持ち込んだ理由からして『余計なケガをさせないように』というものであり、実力を過信しない弥白がこうまで思う時点で間宮には勝ち目はなく、あとは決まるのが早いか遅いかの違いだった。

 

「まだまだぁ隙だらけだぞ!」

「しまっ……」

 

 突きから掴みへ変化した技に間宮は体勢を完全に崩す。

 取っ組み合いにも似た近接戦の末、ついに弥白は間宮を押し倒した。

 

「あかりちゃん!」

「夜夜、早くこいつにトドメ刺そう」

「うん。麗様のあとに続かないと」

 

 間宮のハチのフラッグを見つけ、しっかりと折る。

 これで、間宮班の攻撃手たちが『目のフラッグ』を打倒することは出来なくなった。このまま一気に押し込めば勝利は目前だ。

 この節目に来て弥白は振り返る。一番大変だったのは試験前だったと。

 高千穂は自分でいい作戦のアイデアを出さないくせして、弥白たちが出した作戦をどんどん却下してくるのだから。「優雅でない」とか「華麗でない」とか言って。

 今の作戦に落ちついたのも、高千穂が一人で攻め落とすという、いかにも自分が目立つ役割だったのが最大の理由だったりする。その苦労も今日で報われたかと思うと少し体が軽くなるというもの。

 

「やった! これで──」

 ──ゾクッ!

 

 何もかもうまくいったという空気に割り込んで来た恐ろしいほど鋭い悪寒に、弥白は取り押さえていた間宮からも手を離し、地面を転がるようにして回避行動を取る。

 見ると、今しがた自分がいたところを鋭い斬撃が通っていた。気のせいでなければ、首の在った高さ……いや、佐々木も武偵だ。いくらなんでも、それはありえないだろう。

 

「あかりちゃんに……あかりちゃんの体を男が……まさっ、まさぐって……!」

 

 ……あれ? ありえるかも。そうだきっと峰打ちだったに違いない。だって武偵だもの。うん。

 幽鬼のように垂れた前髪の隙間から見える目は、完全に正気を無くしているように見える。まさに怨霊。触れたら呪いとかにかかりそう。

 

「ふ、双子ぉっ! 何手を離してるのだあああああ! 怖かったっ、超怖かったぞおおおおお!!」

「ち、違う!」

「こいつ急に力が強くなって!」

 

(二人がかりを力づくで除けるとは! なんという剛力娘なのだ!?)

 

 実は愛沢姉妹から佐々木が抜け出したのは、純粋な力だけでは無いのだが、今の弥白たちにとっては知る由も無い。

 今問題なのは、佐々木が正気を失うくらいキレていて、それを向ける対象が弥白だということ。もう武偵法9条破ったりしないよねと、本気で心配になるレベルで。

 

「志乃ちゃんありがと! 助かったよー!」

 

 そんな中、空気を読めないチビッ子が一人。

 

「はいぃ! あかりちゃんの“親友”として、当然のことをしただけですよ!」

 

 陰がかかっていた顔が、間宮へ向ける時には嘘のように晴れやかに。本当に同一人物ですかと疑いたくなるような変化だった。

 それと、やたら親友という単語を強調していたのは何故なのか。

 

「た、助かったのか…?」

「おい、竹中。このあとどうする?」

 

 双子の片割れが弥白に聞く。

 

「双子はあの二人の足止め頼むぞ。おれは相手の本陣へ行くのだ!」

 

 あのまま、戦闘不能に出来ていればスムーズに行っていたのだが、今更そう言っても仕方ない。ハチのフラッグを折ることには成功したのだ。間宮と佐々木は半ば無力化したようなもの。今あの二人が出来るのはこちらの妨害のみ。

 ならばこちらも二人を置いて行くべきだろう。こちらはまだ全員がクモの『毒虫フラッグ』を持っている。相手も無視できず、同数なら足止めし合う形に持ち込めるはずだ。

 その間に弥白は高千穂の加勢をして一気に押し込む。これがベスト!

 ……それに加え、今の佐々木が怖いからこの場から逃げ出したいというのもある。

 

「わかった。それと双子はやめろ。あたしは夜夜だ」

「麗様の足を引っ張るなよ、竹中。あと夜夜はあたしだ」

 

「「いやいや、あたしが」」

 

「こんな時に、双子どっちネタとかするなあああああ!!」

 

 なんか所々緊張感が台無しになるなぁと思いながらも、弥白は間宮班の本陣へ駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 竹中がこの場を走り去っていく。

 それを志乃は鬼気迫る眼差しで見ていた。視線に質量があったのなら、竹中の体があまりの重さに動かなくなるような強さで。

 

(あかりちゃんの体をまさぐった代償を支払わせてない!)

 

 男があかりの体をまさぐった。そしてあかりから(フラッグを)奪った。

 その事実は簡単に許せるものではなかった。

 今の志乃に告げても無駄なことだが、竹中は変な所は一切触っていない。あくまでフラッグを探しただけだ。そもそも竹中に性欲があるのかわからないし、仮に普通の男子高校生でもあかり相手にそれを抱くというのは難しいことだろう。

 しかし、志乃に竹中の事情など関係なく、重要なのは男があかりの体を触った──女神の生肌に男ごときが触れたというこの一点に限る。

 

(わたしだって……わたしだって、まだあかりちゃんの全身をまさぐったことはないのにぃぃぃ!!)

 

 ……とにかく、あかりのお礼の言葉でいくらか正気を取り戻したとはいえ、志乃は怒っていた。

 

「あ、待てー!」

 

 あかりはすぐさま竹中を追いかけようとするが、

 

「行かせない」

「今度こそトドメ!」

 

 愛沢姉妹が行く手に立ち塞がる。

 今のあかりにそれを抜けることなどできそうにもなく、足踏みしてしまいそうになっていた時──

 

「──いえ、あかりちゃんは通してもらいます」

 

 志乃の投擲した鎖付きの分銅が愛沢姉妹の包囲網をせん断する。

 

「ここはわたしに任せて、行って!」

「でも、志乃ちゃんは……」

「わたしは大丈夫です。あかりちゃん、勝ちましょう!」

「うん!」

 

 そして、あかりは竹中のあとを追いかけていった。

 

「さて……」

 

 視線を戻すと、愛沢姉妹は鋭い目を持って志乃を睨み付けていた。

 

「大して意味も無い足止め」

「さっき自分がやられたのを覚えてないのか?」

 

 それを聞いて、ふぅと溜息を吐く──不意打ちを一つ成功させただけでどうしてここまで強気なのかを疑問に持ちながら、大した意味も無い足止めはどちらなのかをわかっていない双子を哀れに思いながら──志乃は静かに息を吐く。

 

(そう、竹中君を罰せないのなら──)

 

 竹中への断罪を止めるこいつらが悪なのだ。同罪だ。なら志乃がすべきことは──私刑。

 あかりを行かせて良かった。純粋天使なあかりにはこれから行うことは少しショッキングに映ってしまうかもしれないから。

 

「ふふふ、先ほどは不意を打たれましたが、二対一は特訓して来たんですよ」

 

 この時双子はわかっていなかった。今から始まるのはただの戦闘ではなく佐々木志乃の八つ当たりに過ぎないということを。

 




 双子終了のお知らせ。
 まあでも一応活躍(?)したからいいですよね?

 竹中は目上にも敬語は使わない主義。ただし敬意は人一倍持っている。
 ソラは年上には敬語を使うが、大抵は相手をバカにしている。
 さあ、どちらが失礼でしょうか?

 因みに竹中は1年のCランクの中ではまあ優秀の方という評価です。

 次回、カルテット終幕。


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