Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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 そういえば、前作ではカルテットは飛ばしてたんですよね。
 そう考えると、ある意味一番真新しい回なのかもしれない。




Ep7 『カルテット ①』

 時はカルテット当日。

 僕にとっては消化試合もいいところの退屈な時間。成績を盾にオカマとかが脅迫してくるから一応真面目に出てはいるのだが、退屈なのは変わり無い。

 まあ、それよりも今問題なのはこれ(・・)だ。

 

「結局おまえが僕と同じ班とは……うげぇ、最悪……」

「その言い方は酷いんじゃないかなっ!? 埋まらないメンバーを埋めてあげた張本人に対してそんな物言いをしているようじゃ、ち○この大きさも知れてしまうものだよっ!」

「……せめて器と言えアホ蓮華」

 

 光の粒子を放つおかっぱ気味に切りそろえられた銀髪、例え暗闇だろうと浮かび上がるような銀色の瞳。どんな時でも下ネタを忘れないアホみたいな心意気は、同性どころか男子にさえ引かれる始末。それが、平頂山蓮華という女だった。

 

「面目次第もござらん。どうしてもあと一人が捕まらず」

 

 僕をいの一番にメンバーに誘ったのがこのニンジャ。

 おかげで今回はメンバー集めというメンドウが無くなって助かったが、本当にこいつは何を考えて僕に近づこうとしているのだろう? 確かに僕以上の人材が1年生にいるはずがない。しかし、成績目当てで寄って来るような輩とも思えない。元々仲が良いわけでもない。……やはり遺産か? だって、普段から何かとつけて僕と会おうとしてくるし。

 

「別に、ニンジャのせいではないから」

「そうだよ。陽菜ちゃんのせいじゃない、陽菜ちゃんは更に一人見つけたんだから。ダメなのはこの友達が少ないソラ君じゃないかな」

 

 別に僕はメンバーを集めろなんて言われてないし。

 竹中がうるさく入れて入れてと言ってきた時に全部埋まっていたらウザイ反応寄越すだろうから、空けておいただけだから。

 因みにニンジャが見つけてきたもう一人のメンバーは真田百合という、同じ諜報科(レザド)の生徒だ。

 

「でも、蓮華は別の誰かと組むと思っていた」

「確かに自分ってソラ君と違くて友達多いし誰とでも組めるけれど、組めるからこそここに来たのかな。だってソラ君は、ね?」

「友達多いから何? それって偉いのか? 友達少ないと死ぬのか? 友達少ない奴は人権無いとでも言うつもりか? そう決めつける奴こそが、真に人としての価値が無いと思うな」

「いや、そこまで言ってないかな……」

 

 まったく不愉快だ。

 あんなもの多くても煩わしいだけだし。……多くいたことないが。

 

「さて、今回は戦闘色の濃い内容、さすれば情報科(インフォルマ)の平頂山殿は後方で待機されるべきでござろうか」

 

 あー、うん。メンドウを起さない意味でもそうしてほしい。ニンジャの場合単純な心配も交じっているのだろうが、それはいらないと思う。こいつは心配するだけ無駄。

 

「侮らないでほしいかな。何を隠そうこの平頂山蓮華の過去は、幾多の戦場を駆け抜けて無敗! 後ろには屍のみが積み重なる! 着いた異名は『白夜叉』──だったらいいのになぁ」

「それただの願望でござるよ!?」

「というわけで、こいつは盾もしくは動くセクハラだと思ってくれて構わないから」

「動くセクハラってなんでござるか!?」

「そこまで褒められると照れるかなっ」

「褒めてない。褒めてない」

 

 そんな事をしている間にも、時間が差し迫ってきていたので、全員で最低限の打ち合わせをし、開始の合図を待つ。

 しばらくして開始の合図が上がると、ニンジャと真田は「参る!」と言って、早々に偵察として自陣を発った。

 

「ライカたちも始まった頃か」

 

 開始も似たような時間だった気がするのをふと思い出す。

 

「やっぱりソラ君も気になるのかな」

「別に」

「隠すことないよ。自分だって気になっているからね。──麗ちゃんのおっぱいは何カップかな? 結構、大っきいよね。ごくりんこ…っ!」

「……いや、気になっている所が決定的に違うから」

「ほらやっぱり、何かしら気になってるじゃないか」

「………ちっ」

 

 言葉の綾だから、その「鬼の首取ったりぃ!」みたいな顔をやめろ。死ぬほどムカつく。

 間宮とかが無茶して、ケガとかして、その結果無用な連絡が入って来たりして、HRが長くなったりして、自分の時間がなくなるのが嫌なだけだから。

 

「相変わらず、なんとも捻くれた心配だねぇ。それで、あかりちゃんと弥白君は対立しているけど、どっちが勝つと思うかな?」

「……総合力では圧倒的に高千穂(アホ嬢)チーム。強襲科(アサルト)のA一人にC三人だから」

「あ、答えてくれるんだね」

 

 勘違いするなよ。いつまでも横で戯言を弄されても迷惑なだけだから。

 

「それにしても、嫌い嫌いと言いながら、麗ちゃんの事しっかり評価してるんだね」

「Aランクはある程度能力が無いと取れないと知れ。逆に言えば能力があればどんな性格アホでも取れる。本当に嘆かわしい。人格等も判断基準に入れるべきだと僕は思う。それならば誰よりも高潔な魂を持つ僕は間違いなくRランクだから」

 

 これだから所謂『勉強だけできるバカ』が社会に出回ってしまっている。人間できてない奴はそれだけで無能。本当に無能はいるだけで害。死ねばいいのに。

 

「でも、おかしいよね」

 

 蓮華はとても神妙な顔でそう言った。何か大きな矛盾点を見つけてしまったみたいな声のトーンは、嫌でもこちらを身構えさせてくる。

 

「おっぱいは破壊力がある方がEとかFなのに……はっ! そうか! このランクを作った人は貧乳好きだったんだね!」

「おかしいのはどう考えてもおまえの頭」

「勘違いしないでほしいんだけど、自分は小さいのも好きだから」

「聞いてない。聞いてない」

「か、勘違いしないでよねっ! 貧乳はステータスなんだからねっ!」

 

 こいつから話を振ってきたくせに、どこまで脱線させれば気がすむのだろうか。

 

「今話しているのは、間宮班vs高千穂班の勝負のことだろ、全く。……何そのニヤニヤとした顔は」

 

 蓮華はいつも『この世を誰よりも楽しんでます』といった顔をしているが、今はその喜の色がいつもの三割増しくらいになっている。理由は不明だがとにかくウザい。

 

「なんでもないよ? それよりもソラ君の見解が知りたいかな。ソラ君分析力あるし、わかりやすく教えてくれるんだろうね」

「まあ、そこまで言うなら教えてやってもいいが」

「……ちょろいなー」

「何がちょろいと?」

「いやー、自分たちの勝負のことだよ、うん」

「当り前のことは言わなくていいと知れ。この僕がいるのだから」

 

 本当に言うまでも無い些末で些細なことだが、僕はこうして蓮華と話している間に襲って来た敵を二人沈めている。「ああ、始まっていたのか」と、気づくのにも遅れてしまうほどのザコだった。せめて僕に目を向けられることくらいはしてもらわないと退屈で死にそうだ。本当にそこらの有象無象武偵は弱すぎる。そういう輩は一生戦場には立たず、猫探しでもして、今日の食い扶持だけを稼いでいればいいと思う。

 

「ごほんっ。それで間宮チームだが……もうごちゃごちゃ。佐々木は探偵科(インケスタ)だが接近戦に関しては強襲科(アサルト)生に引けを取らないだろうし、ライカに関しては何も問題は無い。が、残る二人、片方はEランクでもう片方は戦闘では完全に戦力外のCVR所属。外から見れば、ライカと佐々木が成績投げたようにしか見えない」

「うんうん。身内贔屓無しで見れば、EランクやCVR所属を戦闘で信用はできないからね。ああでも、なんてことなのだろう! ソラ君の言う通り、人の価値なんてランクでは測れないのに。あえて言おう、重要なのは大きさじゃなくて、感度であると!」

「ただ、総合力などこの小人数では大した役には立たないのも事実。僕がいるチームなら絶対勝つように」

「えー、スルーは酷くないかな?」

 

 特に、毒の一撃(プワゾン)のようなルールでは逆に間宮チームも十分以上に勝機があると考えられる。

 単純なぶつかり合いと違い、誰か一人は陣地で旗を守らないといけないため、どこかで戦力にバラツキを起こしやすくなる。

 普通に考えれば守りに据えるのは、戦略的にも精神安定的な意味でも一番強い奴。この場合はライカとアホ嬢となるだろう。

 そうなると間宮チームの攻撃手は間宮と佐々木(島麒麟(ガキンチョ)は完全戦力外のため数えない)。そして、アホ嬢チームの攻撃手は竹中と双子、ということになる。

 一見二対三で間宮チームの不利に見えるが、アホ嬢チームの攻撃手の中にライカを倒せそうな奴がいない。さすがに三人がかりならきつい部分もあるだろうが、佐々木がいて三人全て素通りさせるなんてことも考えられない。

 

「でもそれなら、あかりちゃんチームにも麗ちゃんを倒せる人いなくなるんじゃないかな?」

「そうでもない、接近戦に限れば佐々木にも勝機もある。用はそこそこの駒の数が一つか二つかの差ということ」

 

 どこかの武道大会のごとく『一対一で一人一回』とかそう言うルールではないので、強ければ何回でも何人とでも戦えるし。

 

「Aランクやそれに迫る人たちがそこそこかい? ……相変わらずプライド高いねぇ、ソラ君は」

「僕が高いのはプライドではなく、純然なる実力」

「ならSランクだったらどうなのかな?」

「中々」

「プライド高ッ!」

 

 それに、戦闘面でそこまで差が無いと考えた上で、重要なのは作戦。

 僕が間宮チーム少し有利かもと思ったのは、オール脳筋(アサルト)のアホ嬢チームに比べ、曲りなりとも頭脳型が二人いるから。どちらも変態だが。

 

「だから、結局勝負を分けるのはライカと佐々木とアホ嬢がどう当たるかに限る」

「弥白君やあかりちゃんは?」

「竹中はまあ、ちょっとはやるアホだから展開次第では何かするかもだが……間宮はアホという以外ないから。活躍するはずないだろう」

「ソラ君ってあかりちゃんに厳しくないかな?」

「厳しいも何も、Eランク武偵に対する正当な評価だし」

 

『アリア先輩には、知られたくない……』

 

 間宮はまだ子供だ。身長とかそういう問題ではなく。ただ世話がかかるだけの。何もできない。子供。本当は武偵高なんて向いていないはず。……まあ僕には関係ないし、どうでもいいが。

 

「ふーん、ふむふむ。子離れできない親の心境みたいな感じかな?」

「誰が親。誰が」

 

 せめて兄とかにしろ。いや、それも違うが。

 

「うん、確かに人類皆兄弟というね。つまり、近親相姦プレイって興奮するよね」

「頼むから、人類の言葉で話してほしい」

 

 とにかく、ライカ、佐々木、アホ嬢の三人と他の戦力は一段格が違う。

 だから他のメンバーが活躍するのは難しいのは当たり前。

 

「まあ、バランスが良いのはどう考えてもアホ嬢チームだから間宮たちが勝つとは言えないが」

「なんだい。つまり結局どっちが勝つかわからないってことじゃないか。ぶーぶー」

「……おまえがそう思ったのなら、そうなのだろ」

「プライド高ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間宮班vs高千穂班。

 

試験会場:第11区。

競技名:毒の一撃(プワゾン)

 

以下ルール──

・間宮班はハチ、高千穂班はクモの『毒虫フラッグ』を一人一つずつ所有する。

・更にチームに一つ、『目のフラッグ』を所有する。

・この『毒虫フラッグ』を相手チームの『目のフラッグ』に接触させれば勝利となる。

・フラッグの隠匿、チーム内での受け渡し、敵チームからの奪取、破棄等全て可能。

・ただし、『目のフラッグ』はそれぞれの開始地点から20m以上離してはならない。

・折られた『毒虫フラッグ』は破棄とみなし、『目のフラッグ』に接触しても無効。

・使用弾薬は非殺傷弾(ゴムスタン)のみ。

・エリア内の物は基本的になんでも自由に使って構わないが、それに付随する弁償等は自己責任。

・対戦相手あるいはチームメイト以外の人間に、直接危害を加えてはならない。これはどのルールよりも優先される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐々木志乃は常日頃から考えていることがある。

 即ち、「あかりちゃん可愛い」と。

 この殺伐とした世界に天使が送り込んだ──いや、天使そのものと言える程に穢れ無き純白。それが間宮あかりという少女だ。

 その愛らしさは留まる事を知らず、そのひたむきさは周りを元気にしてくれる。もうあかり無しで生きることは無理だと言える程だ。

 志乃は何か辛いことがあると、いつも思い出し、励みとする。

 そう、あかりとの出会いという思い出を──

 

 忘れもしない。あの出会いは中等部3年生の2学期のことだった。

 

 志乃は男が嫌いだった。

 何故なら、周りにいる男は自分よりも優秀な志乃を見て「女のくせに」と妬む輩か、この年の割に豊かに育った女性らしい体を下品な目で見てくる輩ばかりだからだ。

 少し昔までは、それが全てでは無いと思っていた。男の人の中にも良い人はいる──お父様のように尊敬に値する方もいるのだから──ただまだそう言う人に出会っていないだけなのだ……と、そう思っていた。

 でも違った。

 心を許してもいい。そんな風にまで思った人に──あの男に、裏切られたからだ。

 石花ソラという男に!

 

 ──男の人なんて、信用できません!

 

 だからといって、女なら志乃の味方になってくれるなんてことは無かった。寧ろ、積極的に志乃に害をもたらしていたのは女子の方。同級生の女子の妬みは男の比では無かったのだ。

 優秀で、お金持ちで、とび抜けて美人だった志乃は嫉妬の的以外の何物でも無く。やれ、お高く留まって自分たちを見下している。やれ、男に媚び売っている。やれ、今の成績も教師に淫行して手に入れた。やれ、男を食っては捨ててを繰り返している。やれ、中学生のくせしてとんでもないビッチ。

 実際問題、そう多くの女子が言っていたわけではないのだろう。本気で信じている人間なんてほとんどいなかっただろう。

 だが、志乃と同じクラスの女子の間ではその陰口が広まっていて、そんな彼女と仲良くなろうと思う人間がいるはずも無かった。

 何より、そんなことを言われて大丈夫な女の子がいるものか。

 

 ──なんてはしたない人ばかりなのでしょう……。

 

 志乃は外の世界の何もかもが嫌いになっていた。

 学校なんてものは地獄以外の何物でもなかった。

 それでも不登校にならず通い続けていた彼女は、なるほど強い心の持ち主だったのだろう。

 しかし、いや、だからこそ、彼女の精神は日々磨り減っていっていた。

 

 そんな闇の中にいた時に出会った希望があかりだった。

 

 ──何の打算も無しにわたしと友達になろうと言ってくれた。

 ──噂なんてものに惑わされず、わたしのことを見てくれた。

 ──わたしのために本気で怒ってくれた。

 ──そして…………

 

 ──ああ、あかりちゃん。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好き!!

 

 そう! これは美しい友情、純愛なのです!

 

 

 

 

 

 そんな心境は置いておいて、志乃は現在人工浮島(メガフロート)第11区の北と南を繋ぐ通りを“大”親友のあかり(可愛い)と共に駆けていた。

 相手方の陣地へ向かうにはこの通りを抜けるのが一番であり、必然的に敵の待ち伏せ、遭遇戦への警戒は欠かせない。

 その時に、ちらほらと見える試験とは関係ない人々。

 武偵高の試験を行うことの報知はされているが、この区間を完全に進入禁止にしているわけではない。そのため、見た目の上では普段と変わり無い街……にも関わらず、志乃には、恐らくあかりにも、どこか不気味に見えてしかたなかった。これは緊張のせいなのか、それとも……

 

「いないね……」

 

 あかりはきょろきょろと周りを見回している。しかし、敵を発見することは出来ないでいる様だった。

 

「どういうことでしょう? 南北を横断する以上ここを通らなければならないのは向こうも同じはずです」

 

 志乃は腑に落ちない様子でそれに答える。

 

「隠れてたのを見逃しちゃったとか?」

「こちらが奇襲を受けなかった理由がわかりません。気づいていないのならなおさら。それにこの限られた場所で何人も見逃すとはさすがに……」

 

 志乃だって、ただここまで走ってきたわけではない。最大限に周りに注意を払っていたのだ。それでも敵のような者は見つけられずにいる。ラッキー、なんて思うほど楽天的にはなれない。

 

 ここさえ抜ければ工事現場が目視できる、そんなところまで来た時のことだった。志乃の視界の先で日の光を僅かに反射した何かが見える。

 

「──あかりちゃん、下がって!」

「わっ!?」

 

 次の瞬間、一つの銃弾があかりのすぐ横を通り抜けた。志乃が待ったをかけていなければ脇腹あたりに突き刺さっていただろう。防弾制服を着ている上、弾はゴムスタンなので死ぬことは無いだろうが、ダメージは免れないかった所だ。

 二人は素早く物陰に隠れ、志乃は刀を、あかりは銃を抜き、臨戦態勢へ入る。

 

「今の銃は、ベレッタ。どうやら相手は竹中君のようです」

 

 特定は簡単だった。相手のチームでベレッタ銃を愛用しているのは竹中だけのはずだからである。

 

「び、びっくりしたー! この、竹中めー!!」

 

 あかりはプンスカと怒っていた。相手の不意打ちにびっくりしちゃったからだ。

 そんな素直すぎるところも可愛いと、志乃は一瞬カルテットのことも忘れてあかりに見惚れていた。

 

「うるさいぞ! アホ間宮ぁー!」

「わわっ!!」

 

 向こう側をうかがおうとすると牽制の弾が飛んでくる。

 その時少しだけだが姿も確認できた。チラリと見えた金髪ショートカット。

 

「うん、やっぱり竹中だった。それも一人」

「竹中君がこの位置で張っていたということは、陣地にはもう一人防衛手(ブロッカー)がいると考えていいでしょう。さすがに防衛に三人は無いでしょうから、攻撃手(アタッカー)はバランスを考えても愛沢姉妹、最終防衛(キーパー)は高千穂麗で間違いなさそうです」

 

 ということは、志乃とあかりは愛沢姉妹を見逃したということになる。

 それとも大回り覚悟で違う道を通ったのか。

 強襲科(アサルト)で固められた相手がそうしてくると、志乃は思ってもみなかったが、現状を見る限りそう考えるのが自然か。

 

(こんな深い場所にいるなんて……竹中君ならもっと前から出て攻めるとばかり)

 

 志乃は相手チームのことを軽視していない。全員が戦闘職かつ、あの高千穂麗がいるのだ。油断などできない。

 だからこそ、腑に落ちない。それでも敵は正面から来ると思っていたし、そうするのが敵にとっても一番の布陣だと考えていた。自力で勝っている相手に奇策は必要ないのだから。

 何より、高千穂麗の性格的にも!

 

『おーほっほ! 優雅に突撃よ!』──高笑いしながら、そんなことを言う高千穂を想像していた志乃であった。

 

(敵のその正攻法を打ち崩せるかどうかが、今日の勝負の分かれ目だと思っていたのですが……)

 

 竹中の動きはどう見ても足止め。こうも守備的な作戦に出て来るなんて、竹中の普段の様子を知っている志乃からしてみれば意外で仕方なかった。尤も志乃は竹中のことなんて大して知らないし、知りたくもないのだが。

 

「とにかく、ここで時間をかけるのは得策ではありません」

 

 この距離を保つのも良くはない。志乃の見たてでは竹中の射撃の腕は1年生にしては中々良い方である。中距離以上の戦いでは勝負にならない。

 

「押し通りますので、あかりちゃんは援護をお願いします」

「うん!」

 

 今度はあかりから竹中へ向かって銃弾を放つ。向こうも物陰へ隠れているため、当たることは無かったが「ちっ!」と苛立ちを含む舌打ちから牽制の意味は果たしているようだ。

 そして、あかりと竹中がお互いに牽制し合うことにより生まれたわずかな隙を、志乃は突き進む。

 

(行きます!)

 

 志乃は所属こそ探偵科(インケスタ)──どこかの誰かが『この武偵高で比較的まともな科』と評した専門科──の生徒だが、志乃自身は戦闘を不得意としているわけではない。そしてまともでもない。……いや、いろんな意味で。

 武偵検事という日本で最も戦闘力を必要とされる職業に就いている父を持ち、尚且つかの有名な大剣豪の血筋である志乃は、当然のように幼い頃から武芸を仕込まれていた。

 『巌流』──特殊な居合斬りを奥義とする佐々木家に代々伝わる剣術。

 未だ窮めずとはいえ、こと接近戦に限れば志乃は並みの強襲科(アサルト)生を凌駕する。

 そして、志乃の見解では、竹中一人の戦闘能力は並みの強襲科(アサルト)生と言ってもいいものだった。

 

(やはり竹中君はまだ反応しきれていない!)

 

 ──とった!

 

 

 

 

 

 

 

 

『──攻撃手(アタッカー)はバランスを考えても愛沢姉妹、最終防衛(キーパー)は高千穂麗で間違いなさそうです』

 

 一方、ライカと麒麟は第11区の南端にある公園で待機していた。

 インカム越しに聞こえる志乃の声。奇襲に少し躓いたみたいだが、問題はなさそうだと判断する。

 

「どうやら予想パターンBのようですの。予定通りライカお姉様には、このまま持ち場を離れず、埋めたフラッグを死守してもらいますわ」

 

 因みにパターンAは竹中も攻撃に参加するもので、他にも愛沢姉妹が守備で攻撃に高千穂と竹中というパターンCがあった。いずれも愛沢姉妹はセット扱いである。

 実際、双子ならではの連携は中々なものだという評価は強襲科(アサルト)内でも小さくも話題になっていたため、離すよりも組ませた方が戦力としては上がるだろうとの考えの元の対策であった。

 

「ああ、わかってる。愛沢姉妹の二人が来ようが『目のフラッグ』にも麒麟にも指一本触れさせねえ!」

「さすが麒麟の王子様ですの!」

「だからそれやめろって! アタシは王子様じゃねー。戦姉(アネ)戦妹(イモウト)を守るのに理由はいらないってだけだ!」

 

 表面上嫌がった素振りを見せるライカだが、麒麟のことを本気で嫌っているわけではない。もしそうであるのなら態々戦妹(アミカ)にしたりはしないだろう。

 麒麟もそれをわかっているらしく、だからこそ、ぐいぐいと更に仲を縮めようとしてくる。そう、わかっているから──

 

 まるで本当の姉妹のように仲の良い二人。

 ただ、二人がこの関係に至るまでの道のりは、決して今の麒麟の服のように華やかなものでは無かった。

 

 

 

 

 

 ライカに憧れた少女──麒麟による、愛の追跡劇の果てにたどり着いた、ライカの人形好き(趣味バレ)。その口封じを条件にこぎつけた戦姉妹試験勝負(アミカ・チャンスマッチ)

 ストーカーだとか、字面にするとあくどいとか言ってはいけない。これらは純粋なる愛からの行動なのだ。

 今までのらりくらりと麒麟のアピールを躱していたライカを、勝負の土俵に上げることができたことまでは良かった。

 

 しかし、問題は──麒麟の本当の試練はまさにここからだった。

 

 試験の勝負方法は銃やナイフを禁止とするCQC。ギブアップ、もしくは背中を付けたら負けというわかりやすくも単純なルール。

 ライカは得意種目であるこれを、CVRの中学生(麒麟)相手に手を抜かなかった。容赦なく叩きのめした。

 いや、手加減はしていたのだろう。顔への攻撃は一切しなかったし、大けがするような技もしていない。勝利条件もライカが十本取る間に麒麟が一本でも取れればいいという、麒麟有利の条件を提案したほどだ。

 

 それでも考えてみてほしい。

 強襲科(アサルト)内でもそこそこに名が知られるほどのCQCの達人相手に、高々CVRのそれも中学生がどれだけの抵抗ができるだろうか。

 相手が十回勝つ間に一回だけ勝てばいい? そんなものハンデの範疇に入りやしない。まるで、虎と猫の対決。それくらい一方的な勝負だった。

 当のライカも最初から結果はわかっていた。勝負自体、麒麟を諦めさせるために受けたものなのだから。容赦も慈悲も無く、十回も叩きのめせば自分を追うのもやめるだろう、と。

 

 誤算があったのなら──

 

「なんで諦めないんだおまえは…!」

 

 何度、何度打ちのめしても、麒麟の瞳から闘志の色が失われることが無かったこと。

 

「言った、でしょう。麒麟は……麒麟は、諦めが悪い子、ですの……」

 

 ボロボロになりながらもそう言い切った麒麟。

 だがその時点のライカにとって、それは理解の範疇を超えた行動にしか見えなかった。

 

「アタシより強い奴はいる! アタシなんかより綺麗な人は腐るほどいる! どうしてアタシなんだ!? どうしてそこまでこだわるんだよ!?」

「最初は、ちょっとした憧れ、でしたわ。まるで絵本の王子様のように、麒麟を助けてくれた、そんな存在への。確かにそれなら、ここまで頑張る理由にはならないかも、しれませんの」

「だったら!」

「意地になっていると言われても否定できませんの。でも、だからこそ、本当に気づきましたわ。──恋は障害があればあるほど燃え上がるのだと!」

「は、はあ!?」

 

 「ここに来て何言ってんだこいつ」と、ライカ呆気にとられてしまう。

 その隙に麒麟は距離を詰める。ラストチャンスを掴むために!

 

「麒麟は今、最高に燃え上っていますのー!!」

「な!? だ、だけどまだ甘い──」

「ライカお姉様でないとダメですの! 麒麟のこの気持ち受け取ってください!!」

 

 ぽすん

 

 繰り出されたのは、まるでダメージにならない軽すぎる拳。

 十分に躱せた。こうして当たった今もすぐさま反撃して今度こそ麒麟を一撃で眠らせることがライカにはできる。

 ──だが、しなかった。

 

「あーもう! わかったよ! ──ギブアップ、アタシの負けだ」

 

 ライカはそう言って背中から倒れ込む。疲れた体を休ませるかのように。

 対する麒麟はまだ状況が呑み込めずにいた。

 

「麒麟の勝ち、ですの…?」

「そうだって言ってんだろ。何度も言わせるなよ、ったく」

「つまり、麒麟を受け入れてくれたですの?」

「ああ」

 

 麒麟はここでようやく呆けた表情が移り変わる。満面の喜色へと。

 

「相思相愛! 大勝利ですのー!!」

「違うわ! 認めたのは戦姉妹(アミカ)だけだー!」

 

 

 

 

 

 あの時のライカは一人の少女の勇気に胸を打たれた。ただそれだけの話。

 そしてそれを今──

 

「あ~ん。こわいですわぁ、ライカお姉様ぁー。もっと麒麟にすり寄って守ってくださいまし~」

 

(アタシ、なんでこいつを戦妹(アミカ)にしちゃったんだろ……)

 

 若干後悔していた。

 

「言っとくけど、最優先はあくまでフラッグだからな?」

 

 どこから敵が来るのかわからずに怖がっている……ふりをして甘えてくる麒麟にライカは釘をさす。

 「わかってますの~」と間延びした返事をしながら態度を変えない麒麟。本当にわかっているのか、わかってないのか。

 

「でも、聞く限り相手は最短ルートを通ってない様子ですの。ならまだ時間は──」

「あら? 随分と貧相な守りねえ?」

 

 その人物はあまりにも堂々と間宮チームの陣地である公園に入って来た。優雅に、散歩でもするかのように。

 

「な!?」

 

 早い。早すぎる。

 足止めにあったとはいえ、最短距離を通ったはずのこちらが辿り着いていないのに、何故? いくら限定的な狭いエリア内での戦いとはいえ、大回りしてくるなら少なくとも一分弱ロスがまだあるはずだ。

 

「なんでおまえがここにいる、高千穂麗!」

「ここから見えるかしら、あのビル」

 

 返事の代わりに、高千穂は閉じた扇子で一つのビルを指した。この公園から真北の位置に立てられているかなり大きなビルだ。

 

「……あのビルがどうかしたのかよ?」

 

 突然関係ないことを言い出した高千穂を、ライカは怪訝な目で見る。

 

「おまえたちその横を沿った道を進むのが最短距離だと思っているようだけれど」

「ま、まさか、ですの」

「そこの小娘は気づいたようね。丁度南北に入口があるのよねえ」

「だから、何が言いてェんだ!」

 

 はぐらかされてる。そう思うとイラつきはどんどん増していく。

 本来ライカは強襲科(アサルト)生の例に違わず気が短い方なのだ。

 

あのビルの(・・・・・)中を突っ切れば(・・・・・・・)もっと早い(・・・・・)と思わない(・・・・・)?」

「は?」

 

 一瞬高千穂が何を言っているのかライカにはわからなかった。それほどに突飛なことだった。

 確かにエリア内の物は何でも自由に使っていいとルールにあったが、不法侵入まで冒してくるとは思わないだろう。しかもこんなに堂々と。

 そもそもああいうビルの中には関係者以外が簡単に入れるようにできていないはず。潜入に特化した諜報科(レザド)の生徒ならまだしも、高千穂がそういう類の技術に優れているとも思えない。

 というか、そう言う手間をかけるくらいなら、素直に道沿いに行った方がいいに決まっている。

 

「何か勘違いしているようね。このわたくしがこそこそと侵入なんて真似するはずがないでしょう? 自分の物を使う時に後ろめたい気持ちなど無いもの」

「いやいやいや、何言ってんだおまえ」

「買い取ったのよ、あのビル」

「………」

 

 今度こそ、ライカは開いた口が塞がらなかった。

 

(アホだ。本物のアホがいる……)

 

 確かに対戦場所はあらかじめ指定されていたし、可能か不可能かどうかと言われれば可能だろう。

 しかし、たかが一試験のためにビルを買い取る。この行為は、成金どうこうと言うより、アホとしか言いようがない。更に言うのなら、それで得られるのは数十秒程度の有利性。どう考えてもリスクリターンの天秤が破城している。

 

「それより、仲間の心配はいいのかしら? おまえたち仲良しこよしなのでしょう?」

「何言ってん──」

 

『きゃ──ッ!』

『志乃ちゃん!!』

 

 志乃の悲鳴に、あかりの叫び声。

 今まさに聞こえた音は、間違いなく向こうで良くないことが起こっていることを感じさせるものだった。

 

「あかり、志乃、無事か!?」

「間宮様、佐々木様、今すぐ状況を教えて欲しいですの!」

 

 インカムで呼びかける二人。しかし、聞こえてくるのは先ほどからの変わらない戦闘音だけで、返事らしきものは無い。

 

「待ちに三人(・・)。佐々木志乃も多勢に無勢だったかしら? 実質三対一のようなものだものねえ? Eランクなんて戦力として数えられないもの」

 

 まさか──そんな考えがライカの頭を過る。

 

(いや……聞こえる)

 

 インカム越しに微かに聞こえる声。これはあかりのものだとライカの優れた聴力をもって確信する。

 それに冷静に考えてみれば、争っている音が聞こえるということはまだやられていないということでもある。

 恐らく、何かの拍子にインカムが外れてしまったのだろう。

 

「ムキー! 間宮様をバカにするなですのー!」

 

 仲間を侮辱され怒る麒麟をライカは手で制す、その背中に隠すかのように。

 

「麒麟、下がってろ」

「お姉様ぁ……」

 

 だが、ライカとて決してムカついてないわけでは無かった。

 高千穂麗からの数々の暴言を。

 あかりや麒麟をバカにしたことを。

 こいつのせいでソラが強襲科(こっち)に近寄らなくなったことを!

 ライカは静かに闘志を燃え上がらせる。──こいつには絶対負けない!

 

「守りは盤石ってか? だけどこの勝負は攻めなきゃ勝てねーぜ、お嬢さま?」

「ふっ。わかっているわよ、そんなこと」

 

 高千穂は余裕綽々に開いた扇子で口元を隠し、ライカのことを嘲るような目で見つめた。

 

「つまり、攻めるのはわたくし一人で十分ということよ」

「その言葉、後悔するなよ!」

 

 今、強襲科(アサルト)1年の中でも指折りの女傑たちの戦いが幕を開けた──!

 

 

 




 主人公誰それ物語。今作ではもう始まってしまった。
 毒の一撃(プワゾン)のルールに関しては完全に捏造です。




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