Scarlet stalker   作:雨が嫌い

7 / 15
 カルテット関係の話に入るとは言ったが、カルテットが始まるとは言っていない、なんて。
 今回は三人称もどきが入ります。ソラがいることによる周りへの影響の一部が出てきます。



Ep6 『睡眠不足』

 とある射撃施設。早朝での出来事。

 

「それでねっ、それでねっ!」

「あー、うん。わかったから、少し落ち着け間宮」

 

 小さい子が親に今日遊んできたことを言いたがるように、とてもはしゃいだ様子で間宮は語りかけてくる。……ちょっと待て、誰が親だ。

 因みに話の内容は、この前の意味不明なガキンチョのことだった。

 非常に非常に残念なことに、結局ライカと戦姉妹(アミカ)契約を結びやがったらしい。

 

「麒麟ちゃん諦めないで何度も何度もライカに向かって行ったんだー」

 

 よしライカ、叩き潰せ!

 

「最後はライカも『しょうがねーな』って折れて。あ、でも別に嫌って感じじゃなかったよ」

 

 ……折れるなよ、寧ろ骨とか折れよ。

 

「だからね、ソラ君も麒麟ちゃんのことできるだけ認めてほしいの」

「どうしてそこで僕が出てくるのか理解不能だ」

 

 僕が認めようが認めまいが、もうライカは戦姉妹(アミカ)契約をしたのだから。

 そもそも僕が関係あるのはあくまでライカまでなのは今も変わらない。ライカが手を伸ばした先までは僕の管轄ではない。何も言うことは無い。契約解消しろ。

 

「うー、ソラ君のいじわるー」

「……『いじわる』ではなく。話すのが目的ならもう帰っていいか?」

「ま、待って、ダメー!」

 

 一人用の射撃部屋であるここは、強襲科(アサルト)の射撃レーンと違い事前予約が必要だが、個室のため人目に付く心配が無い。

 つまり、今から人目に付いたらマズイことをするということ。

 

「えへへ。なんだか、久しぶりな感じがするね」

「あー、うん」

「こうして改めてみると、ちょっと恥ずかしいね」

 

 頬を染めて上向き加減で僕を見るその姿。どこか犯罪的な気がするのは何故だろう。

 

「もうアリア先輩に教えてもらえばいいだろ、射撃くらい(・・・・・)

 

 あそこまで強襲科(アサルト)武偵として完成度の高い人材はそうはいないというのに。その戦妹(アミカ)になれたと言う価値が本当に分かっているのかこのおチビさんは。

 

「その……アリア先輩には、まだ知られたくない」

 

 間宮はただのちっちゃくてガキみたいな女子高生ではない。こんな天真爛漫に見える少女でも少しばかり複雑な事情を持っているのだから、世の中ってメンドクサイ。一番メンドウかつおかしいところは天才である僕が苦労している点に違いないが。

 

「でも、いつまでも隠しきれるものでもないと覚えておくべき」

「……うん」

 

 そう、間宮あかりには秘密がある。

 

「とりあえず、自然体(・・・)で撃ってみろ」

 

 いつもの両手でオドオドと構えている姿はそこには無い。マイクロUZIは片手でブレなく、真っ直ぐとターゲットに向けられている。

 ──バリバリバリ!

 連続する機械音。フルオートで放たれたその弾丸は、本来の制御の難しさなど物ともせず、全弾ターゲットに命中していた。

 

「やっぱり、嫌だよ、こんなの(・・・・)

 

 だというのに、間宮は顔を暗くし、いつものバカみたいに高いテンションは完全に身を潜めてしまっていた。

 何故なら──額、目、喉、そして心臓。

 それらは全て、人を確実に殺すことが出来る場所に違いなかったからだ。

 

武偵の技じゃない(・・・・・・・・)!」

 

 武偵法第9条──武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。つまり、武偵にとって殺しは禁忌であるということ。

 これが間宮あかりの秘密、9条破りの技。

 僕も詳しくは知らないが、間宮の家は文字通り『必殺』の技を代々伝えていたらしい。敵を殺さない必殺技というトンチが流行っている今のご時世で、なんともご苦労なことだと思ったものだ。

 

「次、腕や銃だけを狙え」

「う、うん」

 

 それで、結果は大体十分の一。十発撃ったもののうち、一発しか目的の場所に当たらない始末。急所へ持っていこうとするクセを無理やり抑えこんだ結果が、この頼りない射撃となるらしい。互いの技が足を引っ張り合って動きをどこまでもぎこちなくする悪循環とかそんな感じ。このクセのせいで間宮は通常の武偵最低ランクのEと位置づけられてしまっている。……いや、本人が普通にとろいことが理由の大部分だろうが。

 

「はぁ……。あたし、才能無いのかなぁ」

「何を今更」

「ひどい!」

 

 間宮はこの武偵とは相入れない技を身に着けているからこそ、尋常ではないほどに『武偵らしさ』というものに憧れている。

 だからこそ、アリア先輩をあそこまで尊敬しているのだろうし。

 だからこそ、そのアリア先輩にこのことを知られるのを恐れているのだろう。

 

「『十弩』……全然制御できないよぉ」

 

 しかしまあ、急所五か所に二発ずつって、コロラド撃ちよりえげつない。どの急所だろうが素早く狙うためという意味が込められていることは推測できるが、正直死体もグロくなりそうでなんか嫌だ。

 

「間宮は『才能が無い』ではなく、強くないだけ」

「それって違うの?」

「全然違うから」

 

 必殺と不殺は表裏一体。

 どこを狙えば殺せるかを完全に把握していれば、どこを狙えば殺さずに済むのかも逆説的に分かると言うこと。多分。

 要するに間宮は中途半端だということ。発展途上とも言う。どっちつかず。折り合いがつかられていない。歯車がかみ合っていない。しかし、才能が無いわけではない。多分。

 車に突っ込まれても「いたーい」で済ますくらいには頑丈だし。

 

「あ、ソラ君、何かコツとかない?」

「え? 狙って撃つ」

「狙って、撃つ……? それはコツなの……? ……ソ、ソラ君が言うんだもん、きっと今の言葉にも深い意味が込められてるんだ」

「いや、ないからそんなの」

 

 普通に狙って撃てば普通に当たると思う。

 

「そもそも僕にはどうしてこんな簡単なことができないのかが理解できないし」

「それ言っちゃダメなやつだよ!」

 

 だって弾丸はまっすぐ飛ぶものだろ? 真っ直ぐ狙いを付けるだろ? 狙ったところに当たるしかないだろ? ……それ以外に教えることとかあるのか、マジで。

 さすがに2km先とかに当てろとか言う変態的な要求しているわけでもないのだから。有効射程内での話しかしていないのだから。

 

「結局、頑張るしかないのかなぁ」

「無理に肩肘張る必要は無い。さっきから撃ち続けだし、休憩も必要だ。多分」

「ううん、もう少し時間あるし、頑張ってみる! せっかくソラ君が個室用意してくれたんだし」

「あ、そう。まあ、個室を用意したのは全てが間宮のためというわけでもないが」

 

 強襲科(アサルト)には行きたくないから。とてつもなくメンドクサイ奴がいるし。

 

「ハッ! そうだ!」

「どうした? 曲芸や手品だと感じるほどに下手な射撃を治す方法でも思いついたか?」

「そんなにひどくないよ!」

 

 いや、そんなに酷い。

 

「そうじゃなくて! この場合ソラ君のこと師匠って呼んだ方がいいのかなって。──ソラ師匠! とか、どうかな?」

「え、ごめんなさい。そういうのやめてくれます?」

「がーん! なんかすごい他人行儀で断られた!」

 

 元から他人だというツッコミは置いておいて。

 ただでさえあれなのに、そんな呼ばれ方してこれ以上メンドウを見るハメになってしまったら嫌だし。ただでさえ学校ではいつもくっ付きまわってくるのだから。

 はぁ……間宮がアリア先輩頼れば全部解決だというのに。

 あと、レキ先輩も引き取ってくれれば僕は安泰だというのに。寧ろこっちの方が重要。

 

「ふぁ……」

「朝早くとはいえ、気が抜けすぎ。ぁ……何?」

「あくびお揃いだねっ!」

「帰る」

「わー! ソラ君待ってよー! ごめん、ごめんったら」

 

 最近は特に徹夜続きだから少しくらいあくびしても仕方ないだろ。のほほんとしていて、間抜けさが漏れ出ている間宮とは違うから。

 

 このあとしばらくの間、間宮は的めがけてひたすら撃っていたが、目に見えて上達するようなことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が一般教科をそれなりに真面目に受ける中、間宮はウトウトしていた。

 素直にそうできるのが羨ましい。僕だって勉強が好きなわけではないから。

 ライカや竹中なんてもう、教科書を隠れ蓑にして完全に寝ているし……

 チラリと隣を見ると、佐々木は黙々と授業を聞いている。その表情はどこまでも真面目で、淡々と取るノート、偶に見せる何かを考え込む仕草。ここだけ切り取ると完璧な優等生にしか見えない。

 

「……なんですか? 石花君」

「別に」

 

 僕は教科書のページをめくった。

 

 今日も、いつものようにゆるりと授業は進んでいった。

 

 

 

 

 

 昼休みに入ると、2年生の人がカルテットの申請を急ぎするようにと通達に来た。

 

「カルテットって何?」

 

 現時点での申請率が低いのは先ほど聞いたが、まさかその言葉自体を知らない奴がいるとは思わなかった。

 

「間宮、そんなこともわからないのか。いつまでも一般中学出身が通るとは思わないと覚えておけ」

「石花君! なんですかあかりちゃんに対してその口に聞き方は!」

 

 僕が間宮に何か言えば、すぐ佐々木が何か言ってくる。

 おまえは一体間宮のなんなの?

 

「なんだ、間宮はお偉いさんか何かだったのか? だとしたら建前として悪かったと言っておいてやるよ」

「友達に対してでも、感じが悪いと言っているんです! 大体あなたはいつも嫌味な言い方ばかり、少しは気を使うことができないんですか? ……いえ、できるわけありませんでしたね。わたしとしたことが高望み過ぎました」

「おまえがまだ僕に望んでいるものがあるとは驚きだ。あとそれはおまえほど嫌味な奴はいないだろ、というツッコミ待ちなのか? うわー……どれだけ構ってさんなのおまえ。これだからボッチこじらせた奴は」

「その言葉そのまま返します。ボッチの王様みたいなあなたが何を……。あ、納得しました、今のが自虐ネタというものなのですね」

「は?」

「は?」

「ちょ、ちょっと、ソラ君も志乃ちゃんもケンカしちゃダメだよ! あたしが知らなかったのはほんとなんだから、ね?」

 

 間宮はわたわたと僕と佐々木の間に入ってきた。手を広げているのはどうやら「止めるよ!」というジェスチャーのようだ。そう気づくまで、「どうして間宮はこんなところでバンザイしているのだろう」と思ったよ。ちっこいな。

 

「あかりちゃんがそう言うのでしたら。あのですね、カルテットと言うのは──」

「4対4の実戦テスト。1年生は全員参加」

「え?」

「『え?』ではなく、カルテットのこと」

「答えるのかよ……」

 

 ライカは呆れ、佐々木は悔しがり、間宮は間抜けにもポカンとしている。佐々木は多分自分が言いたかったのだろうが。ざまーみろ。

 それにしても、折角説明してやったのに何その態度。みんな失礼だ

 

「へ、へー、そうなんだー。あ、インターンも混ぜていいんだー! じゃあ、あたしたちと麒麟ちゃんで申請しようよっ!」

「いいですね!」

 

 あかりと何かするというだけでテンションが高くなるこの仮面優等生に天罰とか落ちないものだろうか。

 

「そう、まあ頑張れば」

「ソラ君も一緒のチームになろー」

「は?」

「へ?」

 

 どうやら、「あたしたち」の中に僕が勝手に入れられていたみたいだ。

 「何言っているのこいつ?」そう思ったのは僕だけではなく、ライカと佐々木も困ったような顔で間宮を見ていた。

 

「もしかしてソラ君、あたしと一緒じゃ嫌、なの?」

 

 間宮は、ちょっと泣きそうな顔でそんなことを言う。

 

「はぁ……。『嫌』とかではなく、それ以前の問題。声に出して誰と一緒のチームになりたいか言ってみろ」

「えーと、志乃ちゃんでしょ。ライカ、麒麟ちゃん、ソラ君!」

 

 ご丁寧に指を一つずつ折り曲げながら名前を挙げる。おまえは子供か。

 そして間宮は、四本の指が綺麗におり曲がった所で、にぱーと笑った。はいはいよくできました。

 

「間宮自身を入れろバカ」

「あ!」

「本当に、今気づいたのか」

「え? あれ? ど、どうしよう…?」

 

 おまえの頭、ホントどうしよう……

 

「言っておくが、僕はもう組む人決まっているから気にする必要はない」

「え、そうだったの?」

「あー、うん。だから、気にすることはないし」

 

 いつまでも申し訳ない顔していた間宮が鬱陶しかったので、その顔を背けさせる意味でも頭をぐりぐりと撫でる。全く、必要のない罪悪感を持つ人間はメンドイ。そういうのは要らない知れ。

 

「ソラって実はあかりのこと好きだろ。それもかなり」

「おい、いくらライカでも言っていいこと悪いことがあるから」

「……やっぱりあかりちゃんに手を出す気だったんだ。……早く、早く■さないと……。……大丈夫、志乃は出来る子です。しっかり埋めれば見つかりません。ふふふ……ふふふふふふ」

「………」

「………」

「……割と本気でやめてほしい」

「……今のは全面的にアタシが悪かった」

 

 一体何をして、何を埋める気だったのかは考えない方がいいな。僕の精神安定上。

 

「結論として、今しがた僕が言った通り間宮は間宮で勝手に組めばいい」

「まあ、それなら麒麟入れて丁度だぜ」

「そうですね! 偶には空気が読めるじゃないですか石花君。偶には!」

 

 とりあえずあの状態から戻ってきた佐々木は、僕を仲間外れに出来たことに気づきご機嫌な様子。それはそれでかなりムカつく。

 しかしまあ、真面目に考えて、強襲科(アサルト)Eランクと限定した場面でしか使い道が無いCVRがいるチームとは、如何にもバランスが悪い。成績を考えるのなら、せめてCVRのガキンチョを外して別の奴を探せと言うべきなのだろうが、まあライカや佐々木もその辺はわかって組んでいるか。なら、僕の関与するところではない。

 本心はただ一つ、とにかくガキンチョをハブれ。

 

「ま、ソラのとことは当たりたくねえよなー」

「1年生全体で行うのだから、敵対する確率の方が少ない。そう怯えなくていいから」

「アタシから言っておいてなんだけど、ソラのその自信はどこから来てんだよ」

 

 当然実力からに決まっている。天才だし。

 というか驕りでもなんでもなく、僕の相手になる奴1年にいない。僕の対戦相手になる奴は無条件で成績に敗北が刻まれるから少し同情してしまうほどだ。

 

「ソラ君すっごい強いもんね!」

「……別に、そんな当たり前のことは言わなくていいから」

 

 昼休みはカルテットの話で(僕以外が)盛り上がり、休む暇などやはりなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、教務科(マスターズ)の掲示板にはカルテットの対戦表が貼られていた。

 因みにその横に『1年生は今月末に一般教養実力テスト!』と書いてある紙が小さく、そして目立たず貼ってある。その在り方は「どうでもいいけど、一応貼っとくか」と言わんばかりであり、学校として大丈夫なのかココと、ごく一部の真面目な生徒を不安に追い込む。

 その掲示板の前には現在、人だかりができており──当然皆が見るのは対戦表の方のみで──対戦相手を見ては喜んだり、落ち込んだり、相手のことを調べようとしたり、何かしらのアクションを起こしている。

 そんな中、あかり、ライカ、志乃、麒麟の四人も例に漏れず、対戦相手の確認をしに掲示板を見に来ているのだった。(なお、ソラは興味が無いと言って来ていない)

 

「えっと、あたしたちの対戦相手は……あった!」

 

【第9戦 間宮班・高千穂班】

 

 あかりは自分たちの対戦表を見つけたはいいが、相手のことがわからず首をひねっていた。

 

「げ……。よりにもよって高千穂麗かよ」

「ええ、最悪ですね」

「知ってる人?」

 

 対戦相手を確認した途端顔を険しくするライカと志乃。

 そんな二人を不思議に思いながら、あかりは高千穂という対戦相手について尋ねる。

 

「あかりちゃん。高千穂麗はC組の級長です」

「同じ強襲科(アサルト)所属で、ランクはAだぜ」

「CVRも勧誘したことがあるM属性の男子に大人気の美人ですわ」

 

 二人に加え麒麟も少しばかり情報を付けたす。どうやら知らなかったのはあかりだけのようだ。

 

「へー、凄い人なんだねー。M属性?」

 

 今聞いた評価から高千穂麗という人物は中々の有名人なのだとあたりを付けたあかりだったが、それを聞いたライカと志乃は顔を益々苦くする。

 

「……もしかして、他に何かあるの?」

「戦いたくないというより、出会いたくない人種ではありますね」

「あいつのせいでソラも強襲科(アサルト)に近寄らなくなった説もあるし」

「えっと、それはどうゆう──」

 

 歯切れの悪い二人にあかりが更に詳しい話を聞こうとした矢先。

 

「あら、そこにいるのはわたくしの対戦相手かしら? ほほほ、見るからにダメそうな面子ね。お父様の武偵高への寄付が効いたのかしら」

 

 明らかにこちらを侮蔑しながら現れたのは三人の少女たちだった。

 中心に立つ少女は、吊り目気味で見る人にキツイ印象を与えるが相当の美人であることに間違いはない。

 その少女が、左右に立っている瓜二つの少女たち──恐らく双子──を従えているように見える。

 

「ちっ、出やがったな」

「え? じゃあ、もしかしてこの人が高千穂さん? (なんか想像と違う……)」

 

 級長やっていて、Aランクで、しかも美人という情報を聞かされただけに、「アリア先輩とまではいかなくても、とっても立派な人なんだなぁ」とあかりは思っていた。

 しかし現実は、高笑いをしながら近づいてくる嫌な感じの悪役っぽいお嬢様。勝手なのはわかっていても落胆は隠せない。がっかりだ。

 

「EランクのおチビさんにCVRのインターンですって? 佐々木志乃に火野ライカは勝負を投げたのかしら? それともおまえたちマゾヒストの気でもあるの?」

「こいつ…!」

 

 強襲科(アサルト)生標準装備である血の気の多さを十分に持つライカにとって、今の高千穂の煽りは「殴ってください」と言っているようにしか聞こえなかったことだろう。

 

「ライカさん、待ってください!」

 

(志乃ちゃんナイス!)

 

「止めるなよ、志乃。アタシはこいつを……」

「吠えてくることしかできない駄犬に一々構っていても仕方がありませんよ」

 

(……え?)

 

 止めてくれると思っていた友達は、次の瞬間相手を煽り返していた。

 あかりはあんぐりと口を開けた状態で固まったままの表情で志乃を見る。彼女の顔は、この剣呑な空気に場違いなほどにこやかだった。それが逆に怖かった。

 

「ふっ。何を言っているのかしら、犬はおまえたちの方が似合うわよ。これから文字通り負け犬になるのだもの」

「あらあら。できもしないことを口に出すのは格好が悪いですよ」

「格好? そんなどこからどう見ても貧相で貧乏そうな輩を引きつれているおまえに格好のことを言われるなんて。それは新しいギャグなの? つまらないわよ」

「自分の誤った尺度でしか測れないなんて、これだから友達のいない人は困ります。というより、よくカルテットに参加することができましたね。一つ教えてあげますね。カルテットは“四人”メンバーが揃わないとできないんですよ?」

「いるわよ! このわたくしがメンバーを揃えられないわけないでしょう! おまえのように仲良しこよしで作ったお荷物と違って、それなりに使える奴がね」

「あら? そうなのですか? ならあとでその方に『アルバイトご苦労様です』と言っておかないといけませんね」

「どうしてお金で雇っている前提なのよ!」

「…………え? 違うん、ですか……?」

「本気でおべるなっちゃ! きしゃがわるい!」

 ※本気で驚くな腹ただしい、と申しております。

 

(あれ…? なんかこんなようなのどこかで見たような…?)

 

 ヒートアップする煽り合いを前に我に返ったあかりは、いつもと違うはずの志乃の様子に何故か既視感を覚えていた。普段は美人で優しい志乃が感情的になって相手に突っかかる。そんなやり取りをどこかで見ていた気がするのだ。

 

「ったく。本当に面倒な奴と当たったぜ」

「あ、でも、ソラ君と当たるよりよかったよねー」

 

 志乃に熱が移っていったとはいえ、まだ若干のイラつきが残っているライカをなだめる意味でも軽く話を振ったあかりだったが、それに喰い付いたのは別の人物だった。

 

「ちょっと! わたくしが石花ソラを相手にするより楽だとでも言うつもり?」

 

 高千穂はあかりを睨み付ける。それはもう、親の仇を見るような鋭さで。

 

「え!? べ、別にそんなつもりじゃ……」

「ふんっ! 本当に不愉快だわ」

 

 先ほどとは比べ物にならないほど鋭く敵意を向けられ、あかりは委縮してしまう。

 それを見ていた志乃の目が更につり上がる。

 

「佐々木様、高千穂麗、それに……ハッ! 思い出しましたわ」

 

 そんな中、麒麟はマイペースに考え事をしていたようで、そのかいあってか、何か重要そうなことを思い出せたらしい。

 

「な、何か知ってるの? 麒麟ちゃん!」

「はいですの! 今年の東京武偵高の1年生にはSランクがいないため、Aランクが実質トップであるのはご存知だと思いますの」

 

(……そうだったんだ……!)

 

 知らなかったのかよ。

 

 実際麒麟が言った通りなのだが、それは別に今の1年生のレベルが低いと言うわけでは無い。入学時点でSランクが数人出た去年が異常だったのだ。

 Sランクの戦姉(アミカ)を持っていたことで若干感覚が麻痺していたあかりだが、そもそもAランク自体が一流のプロ武偵としてやっていけるという評価であり、中学校を卒業したての子供が簡単に取れるようなものではない。

 CQCでは男子相手だろうと負け無しのライカですら、ランクはBということを見れば、その門の狭さは押して計れるものだろう。

 必然、1年生のこの時点でAランクを持っている者は限りなく少ない。

 

「佐々木様、高千穂麗、それにあの人。その数少ないAランク武偵の中でも、様々な理由から一際目立つ存在が、しかも互いにいがみ合っている。この事実はすぐに広がりましたわ」

「ソ、ソラ君まで関係あるんだ」

 

 確かにそれならば朝のソラの言動や今のライカの態度に納得できる。どこか覚えた既視感もソラと志乃の会話を見ていたからだったんだと。

 いくら能天気なあかりでも、ソラと志乃の二人の仲が良くないことはわかっている。それと同じようなことが高千穂麗にも適用されているのなら──

 

(つまり、ソラ君が強襲科(アサルト)に近づきたくない理由って)

 

 アレ(・・)かぁ……と、あかりはようやく全貌が見えてきた。達観したような目で騒動を見つめながら。

 

「その三人の姿は一部ではこう呼ばれていますの。東京武偵高1年の “三不仲”と」

「そのまんまだ!?」

「自分以外を押しのけようといがみ合っているくらいだしな。……まあ、志乃とソラに関しては、昔はあんなんじゃなかったんだけど」

「え? そうだったんだ。どうしてケンカするようになっちゃったんだろう……」

 

 こうしている間にも、志乃と高千穂麗のやり取りは益々ヒートアップしていた。

 

「この鳥取出身!」

「鳥取は関係ないっちゃ! 言わせておけば…! ──いいのかしら佐々木志乃、わたくし知っているのよ。こないだの身体測定で体重が少し増えていたってことをね!」

「な!? なんてこと言うんですか! こんなところで! ……って、ち、違います、わたしは太っていません!」

「お腹のお肉、はみ出していてよ」

「事実無根です! この、島根との区別がよくわからないような県出身のくせに!」

「おまえは決して言ってはならないことを言ったわ!」

 

 もはや口だけでは済まないような程、二人の勢いは強くなってきている。このままでは、お互い()が出るのは時間の問題だ。

 

「ね、ねえ。止めないとマズくない?」

「でも、なあ、あれを止めるって……」

 

 ライカの言いたいことはこの場にいる者なら誰にでも理解できるだろう。

 今のあの二人は怖い。とてつもなく。

 怒った人間はそれだけで迫力を増す。それが美人だと迫力はさらに倍増する。当初、高千穂麗と一緒に志乃を煽っていた双子──愛沢湯湯、夜夜も今はどうしていいかわからずオロオロと互いの顔を見合わせている始末なのだから。

 佐々木志乃と高千穂麗。

 今のこの二人を止められるのは、あの二人相手に引けを取らない力を持つ者、またはあの二人の矛先をズラせる者くらいだ。

 

「二人とも待てぇぃ!」

 

 そしてこのタイミングで真っ直ぐに止めに入る者がいた。

 マジで殺り合う五秒前だった二人は、冷や水をかけてきたその人物を恐ろしい顔で睨み付ける。

 

「誰に断って口を挟んでいるの、庶民風情が!」

「竹中君、あまりうるさいと切り刻みますよ」

「こ、怖いぞ、おれがなんかしたというのか…?」

 

 凄まれて滅茶苦茶ビビっていた。頼りない男だった。情けなかった。というか竹中だった。

 

(竹中、全然頼りになってないよぉ……)

 

 カルテットの組み合わせに興味が無いソラはやっぱりこの場所に来ることはなかった。というか、来ていてもケンカの仲裁なんてこと絶対にしなかったに違いない。そもそもこの二人に最も近寄りたくないと思っているのはソラなのだし。

 だがしかし、それでも竹中の横やりは二人のヘイトのいくらかを自分一人へと向けること成功していたのだ。

 二人の争いが切れたその一瞬の隙を、間宮班の頭脳(ブレイン)──島麒麟は見逃さなかった!

 

「今ですの! 間宮様は『志乃ちゃん大好きー!』と言いながら佐々木様に抱き付いて!」

「う、うん!」

 

 咄嗟のことで余裕の無かったあかりは、麒麟の指示に疑問を持たず従った。

 

「し、志乃ちゃん大好きー!」

「ああああかりちゃん? いい今、今なんと!?」

「志乃ちゃん大好きー!」

 

 このあかりなんかもう、いろいろもう、とにかく必死である。

 

「はいぃぃぃ! わたしも大好きですぅー!!」

 

 なんということでしょう! 鬼のようだった形相は完全に消えさり、デレデレと締まり無い表情へと早変わりしたではありませんか!

 高千穂の方も双子が必死に宥めていた。具体的には鳥取県褒めたり。──鳥取はちくわやラッキョウがおいしいらしい。

 志乃の方の臨戦態勢が崩れたことでいくらかの毒気も抜かれたのか、こちらも冷静になったようだ。

 

「……まあ、わたくしも少し熱くなっていたようね」

「少しではないのだ。どう見ても」

「黙りなさい竹中弥白! そもそもおまえがもっと早くここに来ていれば、わたくしが佐々木志乃に不名誉なことを言われることも無かったのよ!」

「い、いくらなんでもチームメイトに酷いぞ!」

 

 高千穂の相変わらず横暴な言い回しに、竹中は悲痛な叫びをあげる。

 だがそれよりも今のあかりたちには竹中の言葉の方が気になっていた。

 

「ねえ、竹中」

 

 聞き間違いではないかと、あかりは恐る恐る竹中に声を掛ける。

 

「む? どうした間宮」

「もしかして、高千穂班の最後のメンバーって、竹中なの?」

「うん! こいつとは同じ班だぞ!」

 

 こやつ、さらりと言いよった。

 

「ちょっと、こいつ呼ばわりしないでくれる?」

「一々細かいぞ……って、間宮たち、その顔どしたのだ?」

 

 あかり、ライカ、志乃は一度顔を見合わせて無言で頷き合うと、満を持して口を開いた。

 せーのっ!

 

「「「はあぁぁぁああああ!?」」」

 

 

 

三人が発した驚愕の声は遠くまで響き渡り、一人の少年の眠りを妨げたとかなんとか。

 

 




 オリ主が原作キャラに修行を付けるテンプレ──ただし成長を促さない。
 イベントバトルで成り代わるテンプレ──ただしオリ主ではない。
 誰かさん影響でカルテット前から志乃と麗は仲が最悪に。
 勿論三不仲は全員友達少ないです。
 ……そして、登場しなくとも眠れない誰かさん。
 アンチでもないのに、ここまで微妙な悪影響ばかり振りまいているように見えなくもないオリ主さんでした。今後の挽回にこうご期待!

 次回カルテット(今度はしっかり入ります)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。