Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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 先に言っておきますが、あかりとソラが恋愛的に結ばれることはありませんのであしからず。




Ep5 『無礼後輩』

「あなたはお姉様に相応しくありませんわ!」

 

 間宮よりも小柄な目の前の少女は、僕が口を開かないことを良い事に、人様の友人関係にまで口を出してくる。

 心が穏やか温暖かな僕は悪口を言われた程度ですぐ手を出すほど短気ではないが、自分よりも下の人間にバカにされれば超ムカつく!

 一番の手段としてはこの少女から離れることだが、この分だと次の授業が始まるまで着いてきそうな勢い。

 無論、振り切ることは容易い。しかし、教室の前で待ち伏せされてしまえば、結局また顔を合わせることになってしまいかねない。

 第一、見知らぬ他人のせいで行動を変えるというのは、なんか負けた気がして癪に障る。何よりメンドクサイ。

 

 ……はぁ。どうしてこのようなことになったのだろう。

 それを理解するためにも、今日の出来事を頭の中で思い返してみることにした。

 確か……初めは今日の朝からだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時間は少し遡る。

 

 まだHRが始まる前の時間。

 いつものごとく僕には安らぎは無かった。ただ、今回の騒ぎは珍しく間宮竹中と直接関係あるものではなかったが。

 

「あ~ん。お姉様~。クンクン、いい匂いですのー」

「だあーー! 変態か、おまえ!」

「はいですのー!」

 

 目の前にいるライカに何かが引っ付いている。因みに僕の目の下にはクマが引っ付いている。どちらも取れる気配が無い。

 ライカの方にいるのは、ヒラヒラの沢山ついた改造制服を着こみ、あの間宮よりも小柄な少女。まさかあれで同級生ではないはず、おそらく中等部だと推理する。

 ライカが中等部の女子にすり寄られているという物珍しい光景に、教室中から視線が集まってきていた。

 だが一つ言いたい。どうしておまえら何かあるとみんな僕の机の周りに集まるの!?

 おかげでこっちまでとばっちりで視線がくる始末なのですが。迷惑極まりないのですが。

 

「ライカと……麒麟ちゃんだったよね? えっと、どうしたの?」

 

 間宮がその二人へと声を掛ける。

 件の少女は間宮自身とも知り合いのようだが、この状況自体は間宮にとってもよくわからないことだったらしい。

 

「あー、あかりか。さっき会ってからさ、引っ付いて取れないんだよ、これ」

 

 ライカの声はどこか疲れの含んだものだった。

 

「呆れているお姉様も素敵ですの~」

 

 少女の声はどこか楽しげなものだった。

 

「誰のせいだと思ってんだ! というか、いつまで引っ付いてるつもりだ!」

「いつでも、いつまでもですの!」

 

 その通り全然離れようとする意志は見当たらなかった。

 恐らく剥がしてもすぐまたくっ付いてくることだろう。蚊とかと同じだ、払ってもまた寄ってくる、それは潰すまで終わらない。

 

「………。しょーがないか……ちょっと行ってくる」

「え、ちょ、お姉様? そんな強引に、まだ心の準備が……でもこれはこれで」

「何考えてるか大体わかるけどさ、違うからな」

 

 ライカは少女を連れて廊下に出ていった。

 直接中等部に送り戻すつもりなのか、それとも屋上とかで潰しに行くのか。まあ、ライカなら前者だろう、仕方ないことに。

 ライカたちが過ぎ去ったあとの教室、ザワザワしていた空気も少しだけ静けさが戻り始めた。

 

「ねえ、佐々木。あの距離感とか、あれを見てどう思った?」

「良いと思います!!」

 

 満面の笑顔。決まりに決まったグッドサインだった。

 

「……おまえも廊下に出ていけ」

 

 「何故ですかー!?」と喚く佐々木を廊下に押しやる。

 僕が気になるのは、あの如何にもアホそうな少女は一体何者で、どうしてライカにあそこまで引っ付いているのかということだ。

 間宮も僕の問いたいことがわかっていたらしく、近くに来るなり何とも言えない表情で僕に説明をし始めた。

 

「うんとね、ええっとね。この前遊園地に行った時のことなんだけど、そこで事件があって、その時ライカが助けた子がさっきの島麒麟ちゃんなの」

「つまり、それで懐いたのか?」

「うん、そうみたい」

「火野の奴も中々やるのだ!」

 

 何少年漫画の主人公みたいなことやっている。まあ、武偵は結果的に人を助ける仕事だから、仕方ないと言えば仕方ない。が、それだけで懐く輩がいるとは、単細胞なガキンチョはどこにでもいるということか。というかそんなことで懐いている時点でビッチみたいなものだろ、バッカみたい。

 あと、竹中は何無邪気に感心している。素直か。

 

「鬱陶しいことこの上ないな、あれ」

「あはは……。でも、あたしも麒麟ちゃんの気持ち少しわかるなぁ。だってここに来たのも……」

 

 ……わかるのか? 実は間宮も佐々木と同じ……

 あれ? どうして僕の方を、チラチラ見ているのだろう? やめろよ、よくわからないがまた佐々木に誤解されて睨まれるだろ。

 

 はぁ、どうせ僕には関係ない。一時の感情で少し経てば治まるようなものだといいが……

 

 

 

 

 

 ……………

 ………

 

 次の休み時間。

 今日はバカコンビも言い争ってない日だし、久しぶりに静かに過ごせそう──

 

「お姉様ぁ!!」

「な!? 来やがった!?」

 ──無理だった。

 

 小柄な少女改め、ガキンチョはライカに向かってすっ飛んで行く。

 

「あ、麒麟ちゃん。来たんだー」

「ふふふ、頑張っていますね。ライカさんもそろそろ認めてあげてはどうですか?」

「おまえ、なんでまた来てんだよ!? あと志乃、変なこと言うな!」

「ごきげんようですわ。間宮様、佐々木様。それとライカお姉様、用件は先ほども言いましたわ。麒麟を戦妹(アミカ)にしてくださいまし!」

「だから、アタシは戦妹(アミカ)なんて取らないって言ってるだろ!」

 

 ライカも、断るのはいいが静かにやってほしい。僕が穏和な性格じゃなかったら騒音問題として訴えられてもおかしくないレベルだというのに。

 断られているのにガキンチョはまだ諦めす、めげるどころか、ライカへとなおすり寄って、朝と同じように匂いを嗅いだり、体をこすり合わせたりしている。さながらマーキングでもするかのように。

 なんとも佐々木好みの展開だろう。実際イキイキとした目で見ているし。それがまたイラつく。

 

「も〰〰〰ッ! いい加減にしろ!」

「ぅ……」

 

 ライカは我慢の限界が来たのか、密着していたガキンチョの腹部にひじ打ちを突き刺さす。そこまで重い一撃には見えなかったが、易々とガキンチョは倒れ伏した。

 それの様を見て、強襲科(アサルト)相手にしているのと同じノリでやってしまったことに、今更後悔しているお人好しなライカ。それに対して──

 そこで僕は一つのことに気づき、仕方なく口を出す。

 

「ライカ」

「い、いや、別に、アタシもここまでするつもりじゃ……」

「そうではなく」

 

 全く関係の無い僕に向かって言い訳をし始めるなよ。僕は寧ろ追撃を推奨しているくらいなのに。そいつの頭蓋踏みつけてもらっても構わないくらいなのに。

 しかし、僕が言いたいのはそう言うことではなく。いや、静寂を邪魔されたことについてならいろいろ問い詰めたい。しかし、やはりそれよりも今言うべきことは。

 

「そいつ起きているから」

「え?」

「しかも、その、下」

 

 男の僕が余り口に出すべき言葉でもないから、軽く目を逸らしながら、ライカのスカート辺りを指だけ指す。初めは意味が解っていないライカだったが、視線を下げ、よくよく見て、それでようやく察したのか、声に挙げない悲鳴を上げる。

 

「──ッ!?」

「バ、バレましたの」

「お、おまえぇ…!」

 

 倒れたことを利用して、スカートの中の覗きを行っていたガキンチョは、悪びれもせずチロっと舌を見せ、そのまま教室を逃げ出ていってしまった。

 ライカは羞恥と怒りで顔を徐々に真っ赤に、体はわなわなと震え、今にも何か爆発しそうに。

 

「……なるほど。そんな手がありましたか!!」

 おまえもういい加減にしろ。

 

「お、落ち着いて、ライカ。よく考えると、麒麟ちゃんもライカも女の子同士だし、そんな気にする必要ないよっ! ねっ?」

「あ、ああ。そ、そうだよな……」

 

 この間宮の言葉でいくらか冷静に──

 

「黒のレース。かっこよかったですのっ」

 

 教室から出ていったはずのガキンチョが、最後に顔だけこっちに出し、とんでもない捨てセリフを残していった。

 

「………」

 

 誰も言葉を発せない。いや、耳をすませば、『黒』やら『レース』やらの単語がこそこそと聞こえるが、これは無視するのが得策。

 ライカは顔を俯かせてプルプル震えて、そして──

 

「ガーーーーーッッ!!!」

 

 悔しさや羞恥をぶっ飛ばすかのように、頭をかきむしりながらに叫んだ。

 ……黒のレースなのか。

 

 

 

 

 

 ……………

 ………

 

 こんなこともあった。今度は昼休み。

 購買で買ったパンを頬張りながら廊下をライカと歩いている時のことだった。

 

「他の奴を押しのけて行った挙句、金が無いとは。呆れるばかりだから」

「うへぇ……だから悪かったって。今日ドタバタしてたからさ、気づくの遅れたんだ」

「別に貸す分には構わないが」

「ほんとサンキュな。今度しっかり返すからさ」

 

 ライカは両手を合わせて軽い謝罪をしてくる。

 僕は購買を利用するつもりは無かったのだが、近くにいたライカが大声で僕の名前と助けを読んで来たから何事かと、凄く我慢して人ゴミ踏みつけ──もとい、かき分けて購 買最前列まで辿り着いてみれば……なんのことは無い、ただの金欠だったという話。

 ちなみの昨日のレキ先輩からの報酬は新作のカロリーメイトのおすそ分け。

 あの電波……何が「あげます」だ。そもそもそれ買って来たのは僕だから。

 

 渡り廊下差しかかかった時、向いの校舎の屋上にピンクの髪が特徴的な少女がちらりと見えた。

 アリア先輩、一人でご飯食べる派なのか。まあ、ぼっちだし。

 いいな。静かそうで。

 でも、レキ先輩と仲良いみたいだし引き取ってくれないかな。

 

「待っていましたわ!」

「げ」

 

 そう声に出したのは、僕だったか、ライカだったか。とにかく、『なんでこいつがここにいる』という思考がシンクロしたのは間違いない。

 相変わらずのフリフリが付いた変な改造制服を着ているガキンチョは、ライカを前に無駄に得意げな顔で迫ってくる。

 

「な、なんでおまえがここにいるんだよ!」

「そんなものお姉様を待っていたからに決まってますの」

 

 おいそこらの無能武偵共。誰でもいいから今すぐこのストーカー捕まえろ。ストーカーってホント最悪だから。僕が言うのだから間違いない。

 

「おまえは……なんでアタシなんだよ」

「それはライカお姉様が、麒麟の王子様だからですの」

 

 答えになっているようでなっていなガキンチョの言葉に、困惑するライカ。

 その後も、戦姉妹(アミカ)にならない、なれといった会話をひたすら繰り返す二人を前に、僕はいる必要あるのか? 帰っていいのか? というか帰るから。

 

「お、おい、ソラ。どこ行くんだよ」

 

 赤の他人と一緒に居たくないから離れようとしたが、ライカに掴み止められた。今アタシを一人にするな──そんな目をしている所を見ると、ガキンチョには若干の苦手意識を持っているのかもしれない。

 

「ソラ…?」

 

 今気づいたという風に、ガキンチョは僕へとピントを合わせ、その丸い目がどんどんと尖っていく。

 認識さえしてないとは。別にそのままでよかったのに。僕もおまえなんか見ないから、おまえもそのまま僕を見るな。

 あと、『ソラ』ではなく、石花先輩と呼ぶべき。先輩を呼び捨てにするな。上下関係、僕が上でおまえが下。

 

「ライカが誰を戦妹(アミカ)にしようが勝手なはず」

「だから、アタシはするつもりないって」

「身長3m、体重300kgオーバー、その固い皮膚は銃弾すら弾き、口からは火を噴く──そんな奴だったとしても」

「いねえよ!? そんな奴!」

 

 そんな会話の最中、ガキンチョは更にライカに詰め寄ってきていた。

 

「いけずぅーですのお姉様。麒麟にあんなことしておいて」

「誤解を招くような言い方をやめろ!」

 

 やはり表面では嫌がっているが、実際はあまり嫌がってない。付け回されるのはともかく、純粋に尊敬されるのは嬉しいのだろう。まあ、誰を戦妹(アミカ)にしようが別にライカの勝手。僕の口を挟むことでは無い。

 とにかく僕の言いたいことは、ライカ断れ。

 

「ええい! とにかくアタシは戦姉(アミカ)なんかにならないからなっ!」

「あ。お姉様、待ってー」

 

 行くなと言った本人が、僕を置いてどこかに行くのはおかしいと思う。

 

「とりゃ!」

「きゃっ」

 

 校舎と校舎を繋ぐこの渡り廊下でライカは、鬱陶しくなったのか迫ってくるガキンチョをついに投げ出した。物理的に。廊下の外へと。

 渡り廊下は2階同士をつないでいるため、つまりは2階から1階へのダイブである。

僕はそれを白けた目で見ていたが。ライカはまた勢いでやってしまって本意では無かったのだろう、すぐに後悔の表情が見える。

 ライカちょっとテンションで動きすぎだろ。

 

「はぁ」

 

 僕は仕方なく、放り投げられたガキンチョの服に向かってアンカーを投げつける。目標通り襟元に引っかかったそれを感覚で確認すると、括り付けているワイヤーを軽く引っ張り落下速度を殺す。この速度なら落ちても怪我はしないはず。引っ張った時丁度、「ぐぇっ」という不細工な呻き声が聞こえたが、多分僕には関係ないこと。

 

「ソラ、おまえ……」

「勘違いするなよ。ここで何か問題が起きた時、僕もライカの巻き添えになって聴取されたら嫌だから、それを事前に防いだだけだ」

 

 ライカがアレを投げた時に『しまった…!』と言う顔をしていたこととは一切関係ない。

 ただ、そういう顔するくらいなら、なればいいのに。僕はあんな奴死ぬほど嫌だが。

 

戦姉(アミカ)くらいもうなればいいのに」

 

 そう声を掛けると、ライカはムッとした顔をこちらに向けてきた。

 

「他人事だと思ってるだろ」

「他人事のわけがないだろ」

「え? それって……」

「いつまでもあのままではうるさくて敵わない。つまり、僕の静寂がかかっているから」

「あー、そうだな。うん、ソラはそんな奴だったぜ」

 

 とにかく僕は静かになってくれれば、ライカが誰を戦妹(アミカ)にしようとどうでもいい。世の中には友達の友達は他人という便利な言葉があるから、僕自体に繋がりが出来るわけでもない。

 

 ただ、そんなことよりも警戒すべきは認識されてしまったことだと、この後すぐに気づかされることになる。

 

 

 

 

 

 ………………

 ………

 

 そしてそれが今へと至るのだ。

 

「一体全体なんなんですの、あなたは!」

 

 それは、どう考えても僕のセリフであるはずなのだが、大丈夫か? 脳ミソ……入っていないものを心配する必要な皆無か。

 特定の人物の声だけを遮るような耳栓みたいなものは開発できないのだろうか。今度、装備科(アムド)の平賀先輩に問い合わせてみよう。場合によってはいくら高くても手に入れたい。

 いや、寧ろ僕の場合特定の声だけ聞こえるほうがいいかもしれない。人数的に。

 

「ライカお姉様に付き纏うのはやめてくださいまし」

 

 あー、うん、納得した。こいつは、自分への言い聞かせのような、暗示のような、自己行動確認のようなことをしている最中なのか。

 自分で自分に話しかけるなんて一見珍しいことに思えるが、一例として星伽先輩がこの前似たようなことしていたのを見たことある。あれはかなり引いた。佐々木の戦姉(アネ)になる人だけあるとも思った。二人は武偵ではなく、ホラー系女優でも目指しているのだろうか?

 まあ、どちらにせよ、今僕の目の前でやる意味は全く理解できないが。きっと頭の可哀想な子なのだろう。変な制服を着込んでいるし。

 こういう行動をしている人を発見した時は、そっとその場を離れてあげるのが優しさというもの。僕は何も見ていなかった。

 

「ちょって、聞いてますの?」

「大丈夫、僕は何も聞いてないから」

「ムキー! 全然大丈夫じゃないですのー!」

 

 キーキー騒ぐガキンチョの甲高い声は脳を揺さぶるみたいで、寝不足の僕の頭にはとても優しくない。エネルギーの無駄使い。エコはどうした現代人。地球よりもまず僕に優しくしろ。近くの他人(特に僕)に優しくできない奴が地球に優しくする資格は無い。

 

「こんな無愛想で、『この世全てを恨んでます』というような目つきをしている人に、なんでお姉様が」

 

 僕はそこまで酷い目つきはしていないはず。していないと思う……なんだか自身が無くなってきた、こいつのせいで。

 最悪。助けなければよかった。

 

「──だよなー。じゃ、ライカはうちのクラスの可愛さランキング最下位ってことで」

「顔だけは美人だけどな。ありゃ男だぜ」

「可愛げまったくねーもんな。背だって女のくせにデカいしよ」

 

 騒がしさは視界の端に何故かいるガキンチョだけで十分なのだが、品の無い輩の多いこの学校だけに、またまた騒がしさが追加されることになる。無駄に声大きい奴が多すぎると常々思う。

 

「付き合うとか頼まれても嫌だろ!」

「ぎゃははっ! ひっでー! ま、俺も遠慮したいけど」

「寧ろ、あいつが女と付き合うんじゃねーのか?」

「おいおい、いくら男女だからって何言ってんだよ。アタシモテないから女に走るってか?」

「ぶはっ! そうしたら真の男女だな。ま、それより今は他の女子についても決めてこーぜ!」

 

 廊下まで聞こえるようなバカ騒ぎ。

 どうしてこういう輩は、自分から愚かであるということを広範囲にアピールしているのだろうか。そのバカみたいな会話を不特定多数に聞かれることに羞恥することは無いのだろうか。ああ、それすらわからないほど愚かなのか。

 

「って、何かないんですの!?」

「………」

 

 こいつもこいつで僕の前で立ち塞がるようにしていてすごく邪魔。

 仕方がない。僕の方から用件を言うため、会話をしてあげるか。僕はなんて優しい先輩の鑑なのだろうか。

 

「ライカお姉様が侮辱されていますのに!」

「はぁ……」

「やっと、話す気になったんですの?」

「僕は気にしない」

「って、色々間違ってますわ! お姉様のことも考えて……というか気にしなさい!!」

「『気にしなさい』ではなく、おまえには関係ないから。それよりそこ邪魔」

 

 信じられないといった顔で僕の方を見て固まる目の前のガキンチョ。一々大袈裟にリアクションするのはCVRに所属していることと関係あるのか? それとも将来芸人でも目指しているのか? アツアツのおでんを一気に頬張ったりするのか?

 ウザい。蚊がつぶれるみたいに死ねばいいのに。

 

「はぁ、それとも何か。ライカに、『おまえこんなこと言われていた。自分が撃退しておいたから感謝しろ』と、でも言う気なのか?」

「──ッ! この──!」

 

 ──パシンッ!!

 

 渇いた音が廊下に小さく響き渡る。それは騒がしい声の中では、すぐに消え去ってしまうようなもの。しかし、それでも確かに響いた音。

 今自分が何をされたのか理解が追い付かないとでも言うかのように、叩かれたて赤くなった肌を無心でゆっくりさする。やがてひりひりとした痛みが現実へと引き戻してくれたのか、せき止められていた水が溢れ出るように声を一気に張り上げた。

 

「……って! 痛いですのー!!」

 ──ガキンチョが。

 

「お、おかしいでしょう!? どうしてあのタイミングで手を叩き落とすんですの!?」

「つい反射的に」

「『つい』で、空気をぶち壊すなですのー!!」

 

 叩かれた手が痛むのか、涙目で猛抗議してくるガキンチョだったが、身に振る火の粉を払っただけなので、どう考えても僕は悪くない。よってこの抗議を聞く必要はない。

 それにこいつとの間に共通する空気があったというのは紛れもない錯覚だ。

 というか、邪魔と言う以上に会話してしまった。全く、僕はおしゃべりな奴だ。

 

「まだ話は終わってないですの!」

 

 教室に入ろうとしたまさにその時、誰かが机をダンッと叩いた音が響き渡った。僕の足が思わず止まる。ついでに、教室内の会話もその音に反応して止まったみたいだ。

 

「あ? なんだ竹中か。驚かすなよな」

 

 教室内の誰かが反応する。やはり竹中(あのバカ)だった。

 

「さっきから聞いていれば、堪忍袋の緒が大切断だぞ!」

「は? 何言ってんだおまえ?」

 

 ごめん、ちょっと同意。竹中の表現方法はたまに意味がわからないし。

 

「別にいいじゃねえか。ただ俺たちはちょっと女子たちについて話してるだけだぜ?」

「陰口をたたいておいて、それを“だけ”と言うとは、やはり許せないぞ!」

「おい勘違いするなって陰口なんかしてねえよ。ちょっと青春を話してるだけ」

「そーそー。別に悪いことはしてねえって」

 

 そういう奴らに言っても無駄だって、いい加減学べよバカ正直め。

 本当学習しない奴はメンドウだ。

 

「ここまで来て反正色透明でまこと醜悪! 控えめに言ってダサダサだぞ!」

「あん? んだと、俺たちはほんとのこと言ってるだけじぇねえか!」

「おまえたちの言葉、火野は絶対嫌がるぞ。本当に人の嫌がることやるのはいけないに決まってるのだ! そんなこともわからないのかっ!」

 

 立派な言葉。あとは普段僕に対して何をやっているのか見つめ直してくれると、なお立派。

 

「あの殿方、あなたなんかより余程見どころがありますわ!」

 

 ガキンチョがまた何やら言っているが、ようはおまえが気に入るかいらないか。見どころも何も、僕はおまえに見られること自体嫌なのだが。視界に入れるのも入れられるのも嫌なのだが。

 

「……でもまあ、これ以上騒がれても迷惑だし。そろそろ止めとくか。あくまで心配しているのは僕の机とかで竹中とかはどうでもいいが」

「な、何を言ってるんですの、この人……」

 

 教室の中に一歩踏み出す。事を荒立ててもメンドウだから、なるべく冷静な言葉を考え紡ぎ出した。

 

「はぁ……。耳元で蚊が飛んでいる気持ちを想像できるか? 騒ぐなら僕とは関係ない所でやれ。南極大陸とか」

「死ぬぞ! 凍え死ぬのだ!」

 

 勿論そうなってくれると嬉しいという願いを込めてみた。

 今にも乱闘になりそうだったにも拘らず、竹中の奴律儀に返してきたな。それに対して今まで揉めていた男子たちは、こちらを面白くなさそうな顔で見ている。

 いきなり割り込まれた気分なのだろう。旗違いにも顔にそう書いてある。まあ、僕の方が絶対つまらなそうな顔しているだろうが。

 何故なら僕が割り込んだのではなく、僕の前にこいつらが居座っていただけだからだ。全く、こいつらは果てしなく傲慢だ。

 

「おい、石花。おまえには関係ないだろ!」

「引っ込んでろよ!」

「そうだ! そうだ!」

 

 そうだよ、僕は関係ない。だから他所でやってくれと伝えたのに、こいつらは言語の聞き取り能力が皆無なのだろうか? 昨今問題となっている青少年の学力低下問題は本格的に危ないみたいだ。

 ここだけ切り取って見てもこの国ももう終わりが近づいていることがわかる。愛国心など無くて良かった。燃えるゴミだろうが生ゴミだろうが人ゴミだろうが、いつでもどこでも分別せずに捨てられる。

 それでもなお、喚き続ける雑音に冷めた目を向けると途端に静かになり、「……あんまり調子に乗んなよ」という如何にも小者臭がするセリフと共に教室を去っていった。

 この冷めきった目を見て調子に乗っているとか、どれだけ人の機微がわからない連中なのだろうか。ここまでくると、割と本気で頭の出来が心配だ。

 

 で、再び竹中へ目を向けると、何故か僕を睨んでいた。

 

「あー、うん。竹中、どうかした?」

「どうかしたって……。ソラずっと、廊下にいたのではないか? どう見ても状況理解していたのだ」

「それがどうかしたのか?」

「なんですぐ出て……あーもう! このっバカものぉ!」

「どうして怒っているのか意味不明だ」

「怒ってないぞ! バーカバーカ、ソラのバーカ! 馬に殴られて死んじまえーだぞ!」

 

 どう見ても怒っているだろうに。バカとか言うおまえがバカだし。

 しばしの間、竹中はむくれ気味に僕を睨んでいた。意味がわからない。

 

「……ませんわ」

 

 むくれている奴がどうしてだかもう一人。まだいたのか。

 

「認めませんわ! あなたのことなんか!」

 

 強く僕のことを睨み付け、そして去っていったガキンチョ。

 言いたいことだけ言って、癇癪起こしたように見当違いの怒りを僕に向け、随分と迷惑な奴だった。

 色々言いたいこと、思ったことはあるが。それ一先ず置いておいて。

 ……本当に、何がしたかったの、あいつ。いや、真面目な話。

 

 

 

 




 ついに麒麟登場。
 ここまでが邂逅編って感じですかね。
 次からカルテット関係の話に入って行くつもりです。

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