Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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 書き直した第三話から連続投稿です。
 もし最新話で読んでいる人がいたら一つ戻ることをお勧めします。




Ep4 『カロリーメイト』

「……眠い」

 

 見積もりが甘かったみたいで、徹夜をして期限ぎりぎりで課題を教務科(マスターズ)に提出することになった。おかげで寝不足が絶賛加速中である。

 フラフラと、千鳥足とは言わなくとも、百鳥足くらいの(そんな言葉は無い)ふらつき具合で廊下を歩いている僕の前に一人の少女が現れた。

 

「レキ先輩? あー、こうして予定もなく会うのは珍しいですね」

 

 ──というか、レキ先輩だった。

 向こうも同じことを思ったのかどうなのか、コクン、と頷かれる。その動作もどこかプログラムが最適化ロボットのごとく人間的な無駄が排除されている。

 軽いあいさつのあと、特に用もないため、すぐに別れると思っていたのだが。

 

「レキ先輩?」

 

 何故か服の裾をきゅっと掴まれた。どうやら向こうは何か用があるらしい。

 

「………」

「あの、用があるのなら何か言ってくれませんか?」

「?」

「いや、『?』ではなく」

 

 意味が分からない、みたいな顔されてもこっちの方がもっと意味が分かりませんから。

 やっぱり不思議電波な人だ、常識がまるで意味をなさない。

 

「………(ジー)」

 

 見ている。何かすっごい見ている。しかも無言。ひたすら無言。

 どうして何も言わないのだろうかこの人は? あ、もしかして、ついに言語機能完全に壊れた?

 

「ちょっとレキー! ここにいたのね……ん? あんた誰よ」

 

 アニメに出てくるような甲高い声と共にやって来たのは、ピンク色の長い髪をツインテールにしている美少女。

 同じ年のレキ先輩よりも子供っぽく見えるのは、数cm背が低い事だけが理由では無さそうだ。言うならば正反対、仕草が一々良い意味で動物的らしい。

 レキ先輩が幼く見える高校生で通っても、この人はどう見ても小学生と言った感じだ。

 

「初めまして神崎先輩、レキ先輩の戦弟(アミコ)(やらされている可哀想な少年)の石花ソラです」

 

 そう、この人こそ、あの間宮が好き好きうるさい神崎先輩である。

 こんなにも間近で見るのは実は初めてのことで、第一感想は「やっぱり小さい」だ。身長は間宮とそうは変わらないし。

 だが、間宮との違いはその立ち振る舞いには隙が見当たらないことか。なるほど、強襲科(アサルト)のSランクだと言うことも頷ける。

 で、その神崎先輩は、僕が言った言葉が余程意外だったのか、そのカメリアの瞳を見開いて僕とレキ先輩を交互に比べ、「え? え? え?」と驚きを前面に押し出している。

 

「レキ、あんた戦弟(アミコ)がいたの!?」

「はい」

「意外ね。あんたはそういうのは作らないとばかり思ってたわ。──知ってるでしょうけど、あたしは神崎・H・アリアよ。アリアでいいわ。あたしもソラって呼ぶから」

 

 そんなあいさつの中、視線をずっと一方向で固定していたアリア先輩。やがてアリア先輩の目がどこか一点を見ていることに気が付く。

 ……あ、そうだ。まだレキ先輩に掴まれていたのだった。

 

「えっと、レキ。あんた何してるの?」

「捕まえていました」

「なんで?」

「………」

「え……そこで黙られると、あたしもその、困るんだけど……」

 

 どうやらアリア先輩もレキ先輩を御しきれるみたいではないみたいだ。電波なレキ先輩に困惑している。

 まあ、この人と意思疎通を難なくできるくらいなら、武偵でなく交渉人やるべきなのだが。間違いなく業界一目指せるだろうし。

 それでも数秒後、アリア先輩はハッとした顔で何かに気づくと、うんうんと何やら自分の中で納得しだした。

 心なしか、レキ先輩へ向ける目が慈愛に満ちている気が……。よくわからないが、気のせいだといいなと思った。

 

「ねえ、ソラ。あんたの専修はどこ? ランクは?」

諜報科(レザド)、ランクAです」

諜報科(レザド)? なんで狙撃科(スナイプ)のレキの戦弟(アミコ)やってるの?」

 

 それは僕が知りたい。

 

「私たちにも共通点はありますよ」

 

 そこで黙んまりしていたレキ先輩が唐突に口を挟んで来た。

 共通点? はて、そんなものがあったかどうか?

 

「へえ? 何かしら? あたしも少し気になるわ。教えなさいよ」

「それは」

「それは?」

「カロリーメイトが好きだということです」

「え、別に好きではないですが」

「……裏切り者?」

「その、最初は好きだったみたいな言い方やめてくれませんか?」

「バラバラじゃない!? ものすっごいバラバラじゃない!!」

 

 こてんと首を傾げるレキ先輩に、アリア先輩は唖然とする。

 

「ま、まあ、二人のことはあたしの口出すことじゃないし、今はいいわ。そんなことより、諜報科(レザド)でそのランクなら知ってるかしら? キンジ……えっと、2年の遠山キンジって奴のことなんだけど」

「遠山先輩ですか。有名人ですから、それなりには」

 

 それなりの基準を大幅に上回っている気もするが、「付け回っている相手なので最近の私生活ほとんどを」などとは口が裂けても言えない。

 あくまで、あたりさわりのない範囲で答える。

 

「うーん。聞いておいて悪いけど、もう全部知ってることばかりね」

「あとは、僕と同じ諜報科(レザド)のニンジャ──風魔陽菜を戦妹(アミカ)にしていることくらいですか」

「あれ? そうだったの? そう、陽菜が……また、焼きそばパンでいいのかしら?」

 

 どうやらアリア先輩は既にニンジャとは面識がある様子。ニンジャに何か調査以来でもしたのだろうか? しかし、遠山先輩との関係については知らなかったようだ。

 

「もし、何か新しいことがわかったら連絡をしなさい。あ、別に調べてってわけじゃないわ。偶々耳に入るような情報があったら教えて欲しいのよ」

「それくらいなら、まあ」

 

 グイと小さく服を引っ張られる感覚。なんだろうと軽く振り向いて見ると、レキ先輩がいつもの無表情すまし顔をしているだけだった。

 「どうかしましたか」と目で訴えても通じていない様子。

 諦めた僕はアリア先輩に視線を戻し、お互いに連絡先を交換する。

 携帯を出しあっての赤外線。ふと見えた携帯に付けられているデフォルメされた小さな猫のぬいぐるみのようなもの。この前は遠目でよくわからなかったが、結構可愛いな、そのストラップ。猫っぽいし。

 

「──それでね。このタダ券でその遊園地に四人まで入場できるんだって!」

「ん?」

 

 聞き覚えのある声がしたので窓の外を見てみると、そこにはライカ、間宮、佐々木の仲良し三人組が青空の下で談笑していた。

 

「ちょっと、あかり」

 

 アリア先輩もそれが誰なのかに気づいたのか、彼女らに声をかける。

 

「あっ!! アリア先輩! いつからそこに?」

 

 なんとも嬉しそうにするのはいいが。そろそろ後ろで殺気放っている奴に気が付くべきだと思う。

 

「街に出ても武偵としての自覚を持つのよ?」

「はい!」

 

 間宮はとってもいい返事をした。しっかり理解しているかどうかは別として。

 

「あれ? ソラもいるのか?」

 

 どうやら僕にも気づいたようだ。因みにレキ先輩には気づいていない。こちらもある意味諜報科(レザド)顔負けの相変わらずステルス性能だ。

 

「あ、ソラ君だー! なんでアリア先輩といるのー?」

「成り行き」

「え? あんた、あかりたちとも知り合いなの?」

「クラスメイトです」

 

 非常に残念ながら。(ライカを除く)

 

「ねー、ソラ君も来るー?」

 

 僕を誘うその間宮の隣では、『来るな来るな来るな』と視線が全てを物語っている奴が一人。本当におまえは相変わらず過ぎる。

 心配しなくともそんなメンドクサイ場所に行きはしない。僕は今忙しいのだから。

 その旨を間宮に伝えると。

 

「そっか……。そう、だよね。ソラ君にも予定があるもんね……」

 

 断られたのが何故かショックだったみたいで、間宮はしゅんと落ち込む。

 

「何あかりちゃんを落ち込ませているんですか!」

「僕にどうしろと!?」

 

 おまえ来るなって言っていただろ。いや、言ってはいないのだが。

 とにかく理不尽だ。

 

「はぁ。また今度暇な時に何か埋め合わせするから、今は三人で楽しんで来ればいい」

「うん、そうだよね。また今度遊ぼうねっ!」

 

 すぐに気を取り直し、ひまわりのような笑顔で笑う間宮。……全く、子供っぽいなぁ。

 横を見て、ふと思いついた。

 

「どうせならアリア先輩を誘えばいいのに」

 

 そう言った瞬間、佐々木が燃え上がるような憎悪の瞳で僕を貫いて来た。ので、何食わぬ顔でさらりと受け流す。

 超イライラしてやがる。いい気味だ。この前の嫌がらせへの鬱憤も少しばかりは晴れたというもの。

 

「あ、アリア先輩──」

「ゴメンね。あたしは今日もちょっと用事があるのよ」

 

 アリア先輩に断られた時の間宮のマヌケ面は見ものだった。こっちは半分断られることを覚悟していたのか、目に見えて落ち込みはしなかったが。

 こんなしょっぱい会話でも結局間宮はアリア先輩と関われるだけで幸せなのか。

 

「──じゃ、あかりちゃん行きましょう。すぐ行きましょう」

「志乃ちゃん、そんなに楽しみなんだ……遊園地」

 

 こっちを視界に収めないようにしながら、ぐいぐいと間宮の手を引っ張る佐々木。顔は引きつっている。どうしても、早くこの場を離れたいらしい。おまえはどれだけ僕とアリア先輩が嫌いなのだろうか。

 

「アリア先輩、ソラ君、また明日~!」

 

 間宮は最後までのんき。そんな風に気が抜けている時に、豆鉄砲でも食らうがいい。

 そのまま三人は帰って行った後、それを見送っていたアリア先輩は窓の淵に手を添えて、少し不安そうな顔をする。

 

「はぁ、大丈夫かなぁ……」

「へぇ、意外と心配性な方ですねアリア先輩は」

 

 まさに、手のかかる妹を持つ姉の心境なのだろう。案外、面倒見がいい人なのかもしれない。

 

「私もです」

「……え゛?」

「………」

「………」

 

 まさに、手のかかる妹を持つ姉の心境なのだろう、アリア先輩は(・・・・・・)

 案外、面倒見がいい人なのかもしれない、アリア先輩は(・・・・・・)

 

「どうしたのよ、ソラ? 急に、顔をそんなに固くして」

「なんでもないです。ええ、なんでもないですから」

「そ、そう。それならいいんだけど」

 

 アリア先輩はレキ先輩に「また、あとで連絡するわ」と言って去っていった。

 

「で、レキ先輩。結局何の用だったのですか?」

 

 手、やっと離してくれた。

 

「ソラ」

 

 レキ先輩は、とことこと僕に近づいてきて……近い。ただでさえさっきまで文字通り手の届く範囲にいたのに。

 躊躇いも無く、僕の顔のすぐ近くに自身の顔をもってきたことに、驚き冷や汗が流れる。突然の出来事に僕の体は硬直しており、煮るのも焼くのもまさにレキ先輩次第のこの状態。

 そして彼女は、その形のいい唇を僕の耳元に近づけ──

 

 「放課後、また」と、だけ呟き、横を通って行った。

 

 ……本当に、心臓に悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後、レキ先輩の部屋に入ると同時に飛び込んできた景色に、目を覆いたくなった。というか逸らしていた。

 いや、別に嫌なものを見たわけでは無い。ただ、限りなく困るものではある。

 

「………」

 

 スカート穿いている身の上で、目の前に他人(しかも男)がいるのに体育座りなんてことするなよ。

 ──隙だらけだった。隙しかなかった。

 スカートを穿いた姿で、壁に寄りかかり、体育座り。足をきっちり揃えているのは立派だが、それを正面から見ると大変なものまで見えてしまう。何、これから運動会でも始まるのか?

 誰だ、この人を隙が無いとか言ったバカは。

 

「……?」

「……いえ、特に」

「?」

 

 座り直せと言うべきだろうか。でもそれだと僕がこの人を意識しているみたいで嫌だ。……どこか負けた気がするし。

 

「しばらく様子を見ていましたが、中々尻尾を見せてきませんね、『武偵殺し』もどきの方は」

 

 『武偵殺し』

 武偵ばかりを狙う爆弾魔。

 犯人は最近捕まったとも報道されていたが、単独犯ではなく複数犯だった、もしくは模倣犯らしき者がいる可能性もある。

 新たに名前を付けるのはメンドイから、とりあえず武偵殺しもどきでいいだろう。もどきと三文字付け加えるのもメンドウだからもう武偵殺しでいい気もするが。更に略してブッコロで……これは無いな。

 

 始業式の在ったあの日。

 逃げる遠山先輩、降りかかる弾丸、飛んできたアリア先輩、背景彩る爆発。どこの映画のワンシーンだと思ったくらい出来すぎだった。

 

「それで、どうしますか?」

 ①捕まえる。

 ②無視する。

「③射殺」

「そう、③射殺……あの、僕らは一応武偵なのですが…?」

「冗談です」

 

 ……ま、全く笑えない。

 淡々とした口調のせいで冗談な感じがしない上に、この人なら冗談抜きでヒットマンをやっていそうなイメージもあるし。

 それにしても、レキ先輩の冗談初めて聞いた。

 感想。今回限りでもうやめろ、二度とするな。

 

「何かアクション起こすにしても、それでこちらの存在がばれると厄介。かといって何もせずとも向こうが害を持ってくる可能性もあります」

「では、③ですね」

「しませんが」

「……そうですか」

 

 もしかして、若干落ち込んでいるのだろうか?

 意味不明すぎる。武偵は人殺しはダメだということくらい、その妙な電波しか受信しない頭にも詰めといてほしい。

 

「ソラは我儘ですね」

「いや、どう考えてもレキ先輩には負けますから」

戦姉(アネ)より優れた戦弟(オトウト)はいません」

 

 極めて小さくだが、えっへんと胸を張るレキ先輩。褒めていないはずなのに、どうして誇らしげなのだろうか。

 結局この件に関して、様子見のまま対応は変わりそうもなかった。まあ僕も監視対象が大変な目に遭おうが見ているだけだから、どうでもいいが。アリア先輩に関しては罪悪感が湧かないでもないが、あの人なら手を出さずとも自分の力でやっていけるだろうし。

 

「そういえば、レキ先輩って、アリア先輩と仲が良いようですね」

「アリアさんとですか」

 

 ぼっち同士気が合ったりするものなのか。

 観察したことのあるアリア先輩はともかく、レキ先輩がぼっちはあくまで想像だが。レキ先輩がクラスメイトとかと談笑している姿とか、あははと愛想振る舞って笑っているレキ先輩を誰が想像できようか。気持ち悪い。

 

「そうなのでしょうか」

「まあ、アリア先輩と仲が良さそうには見えましたが」

 

 レキ先輩は本当に何考えているかわからないが、アリア先輩の方は何か思っている気がする。

 

「アリアさんとは今年の二月に会ったばかりです」

「友情に年月は関係ないらしいですよ。まあ、よくは知りませんが」

「年月は、関係ない……ソラもそうなのですか?」

 

 友情とかそう言うたぐいの話なら、ライカとのことが一番だろう。

 

「えっと、ライカという友人がいるのですが」

「──この話はもう終わりです」

「いや、『終わりです』ではなく、あの、何故ですか?」

 

 唐突過ぎる。聞いたのはあなただろ。

 

「終わりです」

 

 終わりらしい。

 レキ先輩は、こうなったら放たれた銃弾のごとく真っ直ぐ融通が利かない。頑固だ。

 

「私は一発の銃弾──。友達は必要ありません。下僕(ソラ)さえいれば」

 

 今なんて書いてソラと読んだこの電波?

 

 『私は一発の銃弾』──レキ先輩が狙撃時に呟く言葉。どこか私的な雰囲気を持つ自己暗示に似た何か。

 銃弾。道具。

 自分のことを道具扱いしているような、寂しい言葉。

 それに対して僕は声を大にして言いたい。

 ふざけるな、と。

 レキ先輩は道具なんかじゃない。人間だ。

 だから、自分のことを銃だとか弾丸だとか、そんなこと言わないでほしい。

 だって、だって……

 

「……この人の部下である僕が道具以下ということになるし……」

 

 まあ、少なくとも道具扱いはされているのだろう。悲しいことに。

 それでも放っておかない僕は、きっとライカたちからお人好し病の一部でもうつされたのか。それほどまでにこの人が危なっかしいのか。

 我ながらメンドウになったとは思う。……この人への畏怖の感情が大きいのは認めるが。誘いを断ったら頭ぱーんとされそうだし。

 

「何か言いましたか?」

「いえ、何も」

 

 そういう電波発言は僕を全くの無関係な場所で一人寂しくやっていてほしい。それならいくら電波発言しようと僕は文句言わない。薬物中毒と疑われ、僕と関係ない遠いどこかに言ってくれれば幸いだ。

 

「ソラは神経質すぎます」

 

 それは、狙撃銃の弾を自分で作る人に言われたくないセリフ。

僕は神経質ではない。

 ただレキ先輩は、もう少し一般常識関係には神経質になった方が良い。特に貞操関係──体育座りだけならともかく、この人は僕が部屋にいても平気でシャワーに行くほどの重症患者。全く、頭が痛くなる。

 

「ソラは何をしているのですか?」

「見てはいません。ホントです」

「?」

 

 現在視界に入っているものはではなく、何を見据えているかという意味だったようだ。

 僕はそんな目で見ていないと言い訳しておくが、気にならないと言ったらウソになる。レキ先輩の体制にハラハラしている。ドキドキでは無いのがミソだ。

 レキ先輩は何もわかっていないのか、首を小さくコテッと傾げている。

 

「ソラ。今あなたがやるべきことは何ですか?」

「それは……」

 

 睡眠。寝たい。ではなく、遠山先輩たちの監視のこと。だから、その邪魔になるかもしれない武偵殺しもどきに頭を悩ませている。いや、悩ませるというほどではないが。メンドウだとは思っているのだ。

 レキ先輩は、僕のことを相変わらずの表情で見つめて言った。

 

「それはカロリーメイトを買ってくることです」

 

 思考が停止を呼びかけてくる。きっと何か聞き間違えたのだろう。頭の中で言われた音を反復する。別の言語ではないかと模索してみる。

 だが、現実はどこまでも非情だった。

 

「カロリーメイトを買ってくることです」

「……いや、それは違うと思います」

「カロリーメイトを買ってくることです」

「……あー、うん。そうですね」

 

 僕は思考を放棄しました。

 

「今日、新作の発売日だと聞きました」

「………」

「やられる前にやれ、という言葉があります。新作のカロリーメイトが売り切れてしまう前にこちらで買い占めろ、という意味です」

 

 

 

 

 

 ……………

 ………

 

「──というわけで、カロリーメイト100個くれ、今すぐ」

「Loo……。ここはコンビニデス。そんな大量に仕入れているわけがありマセン」

 

 よく行くコンビニの店員とのそんなやり取りの末、僕は気が付いた。

 当り前だ、一つのコンビニにそんな数売っているわけがない。

 具体的には一つの店舗で10個も入荷していないのだ。

 お客さんのニューズに答えろ。いつもカロリーメイトたくさん買っている変な客がいるはず。この知的な少年とか、ヘッドフォン付けてボーっとした電波な女とか。これくらい予想しておけよ。

 

「クレームはオーナーにお願いしマス」

「はぁ……普段いないだろ、あのキノコ」

 

 その後もコンビニを巡っていたが、100個は地味に大変すぎる。今はなんとか90個ほど集めることが出来たが、レキ先輩が100個と言ったら、100個しっかり集めないといけない。

 猫探しの方が余程マシ。それに発売日当日に入荷してない店すらあるくらいだし。

 この先の薬局に無かったらどうしようか? 電波……レキ先輩に殺される。というかレキ先輩もレキ先輩だ。そんなに欲しいなら予約とかしとけって。できるが知らないが。

そのうえ本人はこれから予定があるなど言ってどこか行ってしまうし。

 

「それにこれ……」

 

 何、トマトソース味とか、おいしいのかどうか理解不能。いや、絶対おいしくない。そもそも名前、ケチャップ味ではダメなのか?

 そもそもと言うのならそもそも、あの人のカロリーメイトの優先順位おかしい。こうして僕がパシリに身を裂いている時は、監視の任務もできてないというのに。

 毎日毎日食べていて、いい加減飽きろよ。それかもうカロリーメイト星にでも移住すればいいのに。

 

「ソラ? やっぱりソラだぞー。おーい、何しているのだ?」

「げっ、竹中…」

 

 何故こんな時に限ってメンドクサイ相手と会う。最近呪いでも罹っているのではないかと疑い始めてきた。

 竹中は、そんな心労などに全く気が付きもせず、僕とは正反対にハツラツな楽しそうな顔して、ザザッザザッと何か重たいものを引きずるような音を立てながら近づいてくる。

 

「もしかせずともソラも買い出しか?」

「あー、うん。間違ってはいないかもしれないが」

「ソラも一人暮らしだものな。晩飯とか普段何作ってるのだ?」

「つく……ど、どうでもいいだろ。おまえには関係ない」

 

 何当たり前のように僕が料理なんてものをすると思っているんだろう。バカなのか。そんなメンドウなこと忙しい僕がするわけないだろ。

 ……そもそも僕の部屋のキッチンこの前何故か(・・・)黒焦げになってから使い物にならないし。

 

「そんなことより、どうしてタイヤなんか引いている?」

「ふっ……修行だぞ!」

「いや、『修行だぞ!』ではなく」

「買い出しの時もこうすれば、時間を無駄にしないぞ!」

 

 胸を張って応える竹中に、「なるほど」と一瞬思ってしまった僕が憎らしい。竹中のくせに。

 しかし、タイヤ引きか……山籠もりで修行する人もいるくらいだしこれくらい常識の範囲なのか? やっている人を他に見たことない気もするが。

 

「ソラもやりたいならば言ってほしいぞ」

「遠慮しておく」

 

 だからと言って自分がやりたいとは思わない。冷静に見るとこの上なく間抜けな感じがするし。

 ハツラツな竹中ならともかく、ダウナーな僕がこんなことやっていても、傍からは新手の拷問にしか見えないだろう。そもそも僕にとってタイヤ一個は大した負荷にならないし。

 

「それで気になっていたけど、そのたくさんのビニール袋はなんなのだ?」

「……カロリーメイト」

「うん、それ以外は?」

「……いや、カロリーメイトだけ」

「あのな、ソラな、言っておくのだ。カロリーメイト100個とか買っても、別に願いが叶ったりとかしないぞ?」

「………」

 

 改めて考えてみれば100個とかバカだろ。

 すごく恥ずかしいのだが。

 

「ソラ? うんうん唸っているけど気は確かであるか?」

「カロリーメイト、これだけあって何に使う? 家でも建てるのか?」

「食べるべきだぞ! 何にチャレンジしようとしてるのだ!?」

「竹中はバカか? 通常の人間がこれだけの量を食べられるわけないだろ。それもこんなジャンクフード」

 

 僕がそう言い終えてから刹那の間もなく、頭部を高速で何かが掠めた。

 

「!?」

「んん? どうしたのだソラ?」

 

 か、体が動かない。それどころか、立っているのも……無理。

 神経そのものがマヒしたような感覚と共に、がくんと崩れながらついに僕は前に倒れる。まるで体全体が重油に使っているようで、手足の動きは思考の数倍遅れている。

 携帯電話が鳴る。ズボンのポケットに入っておるそれを取り出すだけでも今の僕には難しい。亀のような動きでのろのろと携帯を掴んで、やっとの思いで画面を見ると。

 

「だから夜更かしはよくないと……何々、『③。あなたがジャンクになりますか?』──なんなのだこれ?」

 

 何勝手に覗き見てやがる、竹中このやろぉ。なんて、今はどうでもいい。

 そんなことより……明らかに僕の声が聞こえている内容なのですが。……何それ怖い。

 

「理由は不明だけど沢山欲しいのだな? ならば、コンビニを回るのは無駄な労力なのだ。なんでかと言うと、スーパーの方が沢山売ってて効率良いからっ!」

 

 竹中は地面に落ちたカロリーメイトを見てそう言った。

 言われてみればそれはそうだ。

 

「そうだぞ! このままスーパーに行くのならおれと一緒に行くのだ。今日は6時から卵の特売なのだ。今からだったらまだ間に合うぞ」

「僕は暇ではない。……というか体がうまく動かないし」

「いいではないか! ほら肩貸してやるぞ。お一人様1パックまでと言うのが今まで歯がゆくて仕方がなかったのだ」

「だからどうして……全く、荷物も持ってくれたら考えるかもしれない」

「まかせろだぞ! では行っくぞー!」

 

 何故かタイヤに座らされた。そしてそれを引っ張って走る竹中。

 

「おお、これは結構足にズシッとくるぞっ!」

 

 何、この扱い。僕をトレーニングの材料にしやがって。ふざけるな、もっと丁寧に運ぼうとは考えなかったのか。

 タイヤは無骨で固く、動けばガタガタ揺れるし、偶に石が跳ねて来るし。最悪だった。

 もう少しスマートなの想像していたのに。

 

「ぜぇ……ぜぇ……よ、よし行く、ぞ…!」

「息、整えろ。少し待っていてやるから」

 

 曲りなりにも休めたおかげか、僕の方は体の感覚は幾ばくか取り戻してきた。これならただ動く分には問題ない。

 

「ああ、ありがたいぞ……スー、ハー」

「勘違いするなよ。僕がそんな息荒い奴と一緒に入るのが嫌なだけだから」

 

 なんとか呼吸を落ち着かせた竹中(見苦しいから、汗拭きようにハンカチもあげた)と一緒にスーパーに突入すると、そこは戦場だった……ということは無く、普通に賑わっていた。

 さて、カロリーメイトはどこにあるのか。

 

「待つのだ。その前に卵が先だぞ」

 

 そういえば、安売りがどうとかと言っていたのだったか。まあ、ここまで連れ来たのは竹中だ。そのくらいはいいか。

 

「6時まで、あと5分ある。それで、安売りとは?」

「ふふふ、聞いて豆鉄砲に撃たれるなだぞ? なんと10個パックの卵がなんと80円なのだ!」

 

 なんと2回も言うなし。

 

「へー」

「反応薄……」

「それって安いのか? 卵の相場がわからない」

「えっと……安売りでない時はこの店だと大体180円なのだから……なんと100円もお得なのだぞ!」

「たった100円だけ?」

「はあ!? 半額以下だぞ!! それで幸せになる奴がどれほどいると思ってるのだ…!」

「はいはい。わかったから、詰め寄るな暑苦しい」

「例えば──あ、やっぱいたぞ! ほら、あの子なのだ!」

 

 竹中が指さしたのは一人の少女だった。

 

「あの小柄な女子がどうした? おまえを通報すればいいのか?」

「なんでぇ!? なんでそうなるのだ!?」

 

 何故かこちらに近づいて来たその少女は随分小さい子だった。身長で言うならば、間宮と同じくらい。

 騒がしい竹中を注意でもしに来たのだろうか? 竹中、公共の場では静かにしようよ。

 

「あ、やっぱり。いつものお兄さんですよね」

「いつも? お兄さん? ……竹中おまえ、何をやった…?」

「何もしてないぞ! だからその携帯しまうのだ!」

「あの、お友達の人もご一緒ですか?」

 

 友達ではない。態々言ったりする必要も無いから、言ったりはしないが。

 

「結局どういう関係?」

「ああ、よく特売してるスーパーで見かけるんだぞ。このくらいの子は珍しいからなぁ、顔なじみってやつだぞ」

「そうなんですよ。──あ、いけない」

「6時になったぞ! 急ぐのだ二人とも!」

「は? 何を急ぐって……おい、引っ張るなよ」

 

 いきなり駆ける二人に僕は二重の意味で置いてかれそうになる。その意味はすぐに分かった。

 

『只今より、タイムセールを実施します!』

 

「う……何これ…?」

 

 卵の安売りの放送。そして卵コーナーに群がる人。

 

 人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人……人ゴミ

 

 ……おえぇぇ、何これ超最悪。他人が沢山固まっていて気持ち悪い。

 

「ぼさっとしないで、行くぞソラ」

「嫌だ」

 

 僕は人ゴミが何より嫌いだと知れ。

 ──たかだか100円のために誰が飛び込んでやるものか。

 

「あーもう! わかったのだ! おれが取ってくるからレジの時は一緒にいてほしいぞ!」

「それくらいなら許す」

 

 もみくちゃにされていく竹中を少し離れたところで見送っていると、小さな気配が隣に接近してきた。

 

「もしかしてですけど、石花ソラさんですか?」

 

 その少女の手が持つカゴの中には確かに卵人パックが入っていた。

 もう取ってきたのか。あんなぐしゃぐしゃした空間で服や髪も乱れてない。何か武道でもやっているだろうか。

 

「そう。ああ、やっぱりそっちは間宮の」

「間宮ののかです。お姉ちゃんがよくお世話になっています」

 

 間宮ののかと名乗った少女は、ぺこりと僕にお辞儀した。

 おい間宮、妹より落ち着きないって恥ずかしくないのかな。

 しかし、存在は知っていたが、まさかこんな所であうとは思わなかった。

 何か、苦手だ。武偵高にいるアホな奴らと違って、上品に見える分無碍にしにくい。

 

「やっぱり。ほんとにお姉ちゃんが言ってた特徴そのままなんだ……」

「間宮は一体何を言っていたのか、問い詰めたい所ではあるね」

「あはは」

 

 笑って誤魔化された。

 

「どうでもいいが、今日は眼鏡を忘れたりでもしたのか?」

「え…? 別にいつも眼鏡はしてないですけど。あの、あたしって眼鏡をしてそうな顔に見えるんでしょうか?」

「いや、何でもない。ただ少し気になっただけから」

 

 眼鏡をしてそうな顔ってどんな顔だ。

 

「お、なんか仲良さげだぞ」

 

 今更着た竹中が僕と間宮ののかを見比べてそう言う。

 遅い、遅いすぎる!

 こんな間宮から騒がしさを取って悪い部分が見当たらない、しかも初対面の子と一緒にいるのが僕にとってどれだけ精神力を使うか考えてみろ。

 嫌な奴なら、心の中で毒吐いて精神を保てるのだが。

 これだから善良な奴は苦手だ。きっと僕自身が善良すぎるので、同族嫌悪的なものを感じているのだろう。間違いない。

 

「それじゃあ、あたしはお先に失礼しますね」

 

 「お姉ちゃんも待ってるだろうし、夜ご飯の準備もしなきゃ」──そう小さく呟きながら、間宮ののかは去っていった。

 

「良い子なのだ。特売の情報とかも教えてくれるのだっ」

「……あ、そう」

 

 その他、竹中曰く安い食材を買い込み、スーパーを出ると、もうすでに暗くなり始めていることに気が付く。

 だが心配はない。カロリーメイトのノルマはラクラク達成だ。さすがはスーパーなマーケット。

 

「なあなあ、それだけあるなら一個食わせほしいぞ? そこまで買うようなものなのか少し気になっていたのだ」

 

 帰る途中、どうしても気になったのか、竹中はもの欲しそうに箱一つを手に取っていってくる。

 マージン含めて100個を越して買えため、一つ食べられようが問題は無い。だから特に抵抗も無く、竹中に一つあげることにした。

 竹中は大雑把に箱と袋を破くと、早速その赤褐色のクッキーを食べ始めた。

 

「へー、トマト味なのかぁ。どれどれ……うわっ、微妙にまずいっ!」

「あ」

 

 ぴちゅーん!

 

 ……トマトは赤い。これは赤い。だからこれはトマトこれはトマトこれはトマト……

 

 

 




「ねえレキ、台場ラグーン以外にも撃っていたみたいだけど、何してたの?」
「天罰です」
「そ、そう……。あ、そういえばヘッドフォンで何を聞いているの?」
「…………風の音です」
「返事にいつもよりも間があった気がするんだけど」
「気のせいです」
「そ、そう……」


*オチはギャグ処理──天下のレキさんならうまいこと大事にならないように当てられるだろう。(丸投げ)


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