Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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『登場人物紹介』


石花ソラ
 主人公。自信家かつ毒舌家。

レキ
 ソラの戦姉。狙撃の天才。

火野ライカ
 ソラの親友。男勝りな性格。

間宮あかり
 頑張り屋な女の子。ある秘密を抱えている。

佐々木志乃
 ソラの天敵。

竹中弥白
 クラスメイト。

平頂山蓮華
 クラスメイト。

神崎・H・アリア
 Sランクの凄腕武偵な先輩。

遠山キンジ
 昼行灯。

風魔陽菜
 ソラに近づこうとする忍者。

島麒麟
 ガキンチョ。

高千穂麗
 プライドの高いお嬢様。

間宮ののか
 あかりの妹。

小夜鳴徹
 東京武偵高の臨時講師

チャン・ウー
 東京武偵高の教員

峰理子
 怪しい人。

夾竹桃
 毒使い。

武偵殺し
 世間を騒がせた爆弾魔。既に捕まっている。




Ep1 『自己中男』

 突然だが、この世界は激しく間違っていることを告げておく。

 理由は単純明快。天才である僕の思い通りに事が運ばないから。

 なんて可哀想な僕!

 あーあ、こんな世界滅びたりしないかな──なんて考えながら床に就いたのが昨日……いや今日の夜? 朝? ……まあ、空に明るみが出てきたくらいのこと。

 しかし迎えた朝は、いつもと変わらないものだった。

 疲れが取れず鉛のように重たい体。思考を妨げる眠気は、電波のうまく届かないラジオのノイズの様。

 元々不確だった夢は目覚まし時計の音によって完全に崩れ去っており、代わりに現実が朝日と共に衝突する。一秒と狂わず正確に仕事するその優秀さは見上げたものだが、もう少し融通を覚えるべきだとも思う。

 とはいえ、ズレたり止まったりしたものなら、迷わず怒りを向けるが。

 その騒がしい電子音を止めようと手を伸ばすが、目覚まし時計は布団から出ないと届かない位置にあった。

 

 ──はぁ、一体誰だ。こんなことをしたのは。

 

 思わず悪態をつくが、ここは一人部屋で僕しか住んでいない。

 こうしている間にも、騒音はまるで頭の中心から響いているみたいに、脳をガンガン揺さぶってくる。離れているのなら音も離してくれればいいのに、気が利かない奴。

 黙っていると徐々に熱を込めてくる日の光。許可を取らずにカーテンの隙間から勝手に部屋に不法侵入。

 今日も世界は誰より自分勝手に回っていた。

 

「……怠い眠い学校行きたくない」

 

 疲れの取れた様子の無い体は、いくら若くても無理のし過ぎは良くないということを、教えてくれている。

 一日二十四時間というのは一体誰が決めたのやら。多忙な現代人の中でも一際多忙である僕の前では如何にも短すぎるサイクルに違いない。

 その中でも今日がとりわけ辛いのは、お隣さんも昨日から騒がしいことが要因の一つだろう。超近所迷惑。

 

「学校行きたくない」

 

 時間が止まればいいのに。そうすればずっとダラダラしていられるのに。なんでダラダラできないのだろうか。この僕が望んでいるのに。……と、少し世界に向かって抵抗してみたが、時間は止まらなかった。ちっ。

 

「……はぁ……学校行こ」

 

 朝食のドリンクゼリーを飲みながら、身支度を進める。

 ドリンクゼリーは、時間や手間を短縮できる優れもの。何しろ急ごうと思えば10秒程度で栄養が取れる。簡易食糧のカテゴリでも、どこかの固形ブロックとは摂取のしやすさも味も雲泥の差。あれ、パサパサしているし、喉も乾くし。あれは無い。超無い。

 携帯電話はもちろんのこと、ナイフ、ワイヤーなどを服の至る所に仕込む。僕程であればこんなものそう必要ある物でもないが、一応装備はしっかりと。まあ、念のため。

 

「もうムリ。疲れた。メンドクサイ」

 

 あとは家に帰って寝るだけだ、とか一度でいいから言いたい。

 部屋を出た僕に、日差しがじわじわといたぶりかかる。一歩進むごとに確実に体力をもっていかれる感覚。まるで毒の沼にでも使っているみたいに。

 

「おはようだぞ、ソラ!」

 

 そんな僕に声を掛けたのは、ダウナーな僕とは正反対に『おれ超ハツラツしてるぞ!』という雰囲気の少年。

 竹中だった。竹中弥白。

 金色に染められたショートカットの髪。身長は160cmを自称しているが、届いていないと思われる。そんな低身長に比例してか、容姿も随分と幼く見える。まず喋り方からして子供が背伸びしている感が半端ではない。その金髪だって迫力無いからかっこつけて染めただけみたいだし。

 その両手には、何故かダンベルを持っていて、歩くペースに合わせて交互に持ち上げている。いつものトレーニングみたいだ。朝からご苦労なこと。勝手に頑張れ。

 

「……はぁ、さよなら」

「まだ今日は始まったばかりなのだ!?」

 

 僕のしっかりとしたあいさつにいちゃもんをつけてくる始末。こいつは一体何様のつもりだ。

 朝から高いそのテンションは、そこのゴミ箱に捨ててきてくれると嬉しい。分別なんて知らない。ゴミなんか結局全部燃える。

 

「うるさい。頭にガンガン響く。そんなこともわからないのか」

「む? ああ、また寝不足なのだな。ダメだぞ、寝ないと。睡眠不足は武偵の大敵なのだ!」

「それが出来たら、苦労はしないし」

「ふははははー! 相変わらず目の下、真っ黒であるものなー」

「はぁ。そういうのは言わなくていいから」

 

 本当に余計のお世話。

 この騒音から逃げようとしていたのか、早足で歩いていたつもりがいつの間にか駆け足になっていた。

 追いすがるように後ろからのうるさい声が聞こえなくなった頃には、もう教室の前。

 今、8時を少し過ぎたあたりか。始業まであと20分弱ある。少しは休めそうだと思い、 迷わずに自分の席に着き、目を閉じる。

 数秒、数分のち僕は静かに眠りに……

 

「───!」

「───!」

 

 眠りに……

 

「だーかーら! 2年で一番強いのはキンジ先輩に決まってるのだ!」

「あんな暗そうな人より、アリア先輩の方が強いに決まってるよ!」

 

 ──つけなかった。

 何かを言い争う声が、僕の頭をガツンと殴りつけたみたいに眠りから遠ざけた。

 中途半端なうとうとを経験した直後なだけに、気分は最悪。覚醒した意識がその原因を理解し、さらに極悪。目と鼻の先に害悪。

 

「これだから間宮は!」

「これだから竹中は!」

 これだからおまえらは…!

 

 いつの間にか来ていた竹中は、バカコンビのもう片翼である間宮と口論になっていた。何がどうしてそうなったのか、僕の目と鼻の先で。

 教室の窓際一番後ろのこの席。二人の机がある位置の近くでもなければ中間地点でもないのに、どうして毎回この位置で口論し始めるのか。朝から理不尽な疑問が尽きることがない。

 まだ前でなく──机が無くスペースが出来ている──後ろならば、納得は出来なくとも、理解はできるのだが。

 高校生にもなってあんなにキーキーと騒げるものだろうか。今は別に体育祭やらの学校イベントがあるわけでもないのに。

 ここはただでさえ騒がしい学校だし、こう騒がしくする必要のないときくらい静かにしてほしい。でないと本当に身が休まることが無い。

 なんのために教室があると思っている。僕を休ませるためだろ。

 

「遠山先輩なんて探偵科Eランクじゃん。本当にそんな人が強いのぉ? アリア先輩の方が強いよ! 絶対!」

 

 神崎・H・アリア先輩を支持している少女の名前は間宮あかり。

 特徴としては、とにかく小さい。小学生と見間違うくらいに。

 見た目通りと言うべきか、中身もガキであるため、何処かで聞いた精神は肉体に引っ張られる云々の体現者ではないかと考えたことがある。とにかく子供。

 ランドセルをしていても違和感ない。電車も子供料金で悠々と乗れる。テレビに出れば子役はあと10年いけそうだ。

 

「全く間宮は愚か者なのだ、真の強者を見抜く目の一つもないとはなぁ。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、とはまさに間宮に言うためにある言葉ではないかっ!」

 

 そう反論し、遠山キンジ先輩を支持したのは竹中。

 確かに、神崎先輩も遠山先輩もこの学校では有名人の部類に入るが、それこそ本当のアイドルの追っかけのごとく、宗教の狂信者のごとく、こうも騒ぎ立てるのはこの学校をもってしてもこのバカコンビだけだ……と最低限思いたい。

 

「アリア先輩はね、一度も犯罪者を逃がしたことが無いんだよっ!!」

「キンジ先輩はなぁ、入試で教官を倒したことがあるのだぞ!!」

 

 くだらない──

 まさに、他人の自慢話ほど退屈な話は無い。そんなことしている暇があるのなら、その時間で自分の自慢できるところを作る方が有意義。それができなければ静かに寝ていろ、今の僕のように。

 それなら少なくとも、他人に迷惑を掛けることはないのだから。

 いや違う。他人にいくら迷惑かけようと関係ないが、僕に迷惑をかけるな。

 

「聞いて聞いて! この前のアリア先輩の射撃テスト、ガバメントでパーフェクトだったんだよー! 両手撃ちで! やっぱりアリア先輩はかっこいいよねー、ソラ君!」

「それよりソラ、キンジ先輩の中学時代の武勇伝に興味はないか? いーや、みなまで言うなわかってるぞ、興味津々であるのだな! 今話すのだ!」

 

 先ほどから銃やらなんやらと一般の人にとってはご遠慮したい言葉が多々聞こえてくるが、ここは東京武偵高。

 つまり、強さ=カッコイイの単純公式がまかり通る場所でもあり、それによれば、今名前を挙げられた二人の先輩は、不良どころか優等生も優等生。強襲科(アサルト)という最も過激な専門科で、最も優秀とされるランクSを付けられた超人。

 まあ、遠山先輩に限っては、現在事情が少し違うようだが。

 

 ただ、僕にはそんなことは関係なく、どの先輩が優等生であろうと、目の前の二人がどれだけバカであろうと、等しくどうでもいい。静かに寝かせてくれさえすれば。

 

「ソラはどう思うのだ!?」

「ソラ君はどう思うの!?」

 おまえらがうるさいと思う。

 

 色が抜け落ちた世界。鉛色に感じる教室。

 そんな中、打って変わって騒がしいこいつら何というか……そう、チカチカする。目覚まし時計のような無視できない騒がしさ。

 どうにも、落ち着かない。

 

「『どう思う』ではなく、どうして僕に聞く」

「そんな冷たい事を言わないでほしいぞ」

「そーそー、素直にアリア先輩が一番って言ってくれればいいからねっ」

「いや、なんでそうなるのだ! キンジ先輩だぞ!」

「アリア先輩!」

 

 どちらが強いかなんて意見は不毛。強さなんてものは状況によって変わるものだから、この世にわかりやすい戦闘力というものは存在しない。

 バトル漫画の主人公が日常系の主人公ぶち殺して喜べるか?

 探偵物の漫画の主人公が、ファンタジーの世界で生き延びられるか?

 剣の達人にミサイルブチ込んで殺したら、そのミサイルの発射スイッチを押した誰かは達人か? 強者か?

 そんな程度の話、揚げ足はいくらでも思いつく。従って、先輩方のどちらが強いかよりも、おまえら二人どちらがよりバカなのかを議論していた方が、まだ価値ある議題だと思う。そしてそのまま世界一バカ決定戦にでも出場していろ。僕はおまえらの力を信じている。きっと世界だって狙えるはずだ。

 

 はぁ……

 

 心の中を切り替える意味も込めて大きく溜息を吐く。

 とは思ったものの、世の中反発するだけでは解決しないことの方が多い。例えそれが自分の意に沿わないことだろうと、流れに身を任せるべき時もある。それが社会。

 無視して更に騒がれるのも嫌だし、適当にでも答えてやるか。あくまで僕の静寂のために。やれやれ仕方ない。

 

「まあ、そういうことなら──」

「うんうん! やはりソラもキンジ先輩の方が強いと思うのだな!」

「ねえ、だから──」

「アリア先輩の方が断然強いよねっ、ソラ君!」

 ……聞いてよ。

 

 何こいつら。頭に蛆でも湧いるの?

 寧ろ、その蛆にでも脳ミソ乗っ取られた方が、まだマシに物事を考えられるのではとすら思える。

 二人のバカは相も変わらず僕に先輩がいかに素晴らしいかを語ってくる。僕の反応何てお構いなしに……なら何故聞いた。

 別に気にしてはない。ちょっと切なかったとか思ってもない。無駄に何か言わなくて済み、清々したくらいだ。ホントにホントだし。

 

 ──ライカ。

 

 女性にしては長身で、スタイル抜群、さながら欧米人のモデルのような出で立ちの少女。純粋な東洋人ではなく欧米の血を感じさせるその容姿は、一目で美人と言えるほど整っている。ただ、どこか少年染みた表情も浮かべる彼女は、可愛いや綺麗というよりもかっこいいという表現が似合いそうだ。

 僕はその友人であるライカに、『このバカ止めろ』と、言外に込めて睨む。しかし、面倒見がいいはずのライカでさえこの状況は敬遠したいのか、困った様に目を逸らされてしまった。

 

 それと佐々木。おまえはおまえで神崎先輩に恨みでもあるのか? 間宮が褒め言葉を使う度に殺気が漏れ出ているから。

 長い黒髪が乱れ、貞子スタイルを取る佐々木に周りは引きっぱなし。お化け屋敷にでも置いてきたら、日本一怖いお化け屋敷の記録を更新してくれそうな勢い。

 彼女の左隣にいる僕としては、正直今すぐに席替えしたい気持ちでいっぱいだ。

 すみません。黒板の字が見づらいので前に席を移してもらっていいですか? 視力? 両目とも4.0ですが何か?

 

 このようにクラスの大半がこちらに関わりを持たないようにしている中──僕も別に有象無象と関わり合いたいとは思わないが──少しでも気を向けている奴を探す。身代わり 生贄くらいの価値あるやつはいないかと、切に思いながら。

 ただ、交友関係があまり広いとは言えないので、自然目を向ける相手は限られてくる。つまり、蓮華と目が合うのも必然だった。

 

「ブイ」

 

 にこやかな笑顔とブイサインを向けられてしまった。どうやらエールのつもりらしい。つまり助けるつもりは無いということ。

 危険に対して助けがあるのは漫画の中くらい。この世に救いなんてものは無く、それに気づいた僕の気持ちがどん底にまで落ちようとしたその時──

 

「ちょっと待ってください」

 

 言い争う二人を呼び止める声。そう、こんな僕にも来た。

 

「佐々木ぃ、なんなのだ」

「何、志乃ちゃん。今大事な話の途中なの」

「『その話ならいくらでも僕が付き合ってあげるから存分にこっちに向かって話せ』と、さっきから石花君が言っていますよ?」

 

 ──更なる絶望が。

 わかっていたはずだ。助けなんて来るはずがないことくらい。

 しかし、少しでも期待した僕のことを愚かだと言える奴がいたとしたら、それはもう 悪魔の類だ。鬼畜だ。佐々木だ。

 佐々木はある理由で僕を目の敵にしていて、何かとつけて嫌がらせをしてくる。しかも嫌がらせもどこかくだらないものだから、訴えることもできない。

 どん底にある地面を打ち抜かれた僕の気持ちは、限界を超えて落下をしていく。空気抵抗も地面も無いのに、重力だけがあるみたい。

 なんのつもり? そう怨念を込め睨み付けるが、佐々木はどこまでもすまし顔で。

 

「いえ別に、石花君がブルーになる様を見てストレス解消! とか、全然微塵も思っていないですよ?」

 

 悪魔はすぐ近くにいた。いつからここは冥界になったのだ。佐々木はもう呪詛を吐くのをやめ、僕のことなど知らないといったふうに前を向いている。

 それでも、僕にはわかっている。チラリと一瞬向ける目、頬が若干緩んでいることに。

 佐々木が最近イライラしていたのは知っている。大好きで大好きな間宮がアリア先輩にばかり目を向けているからね。だがそれは僕には関係なかったはず。どうして僕相手で発散している。 おかしいだろ。

 

 ──誰かから受けたストレスを別の誰かで晴らす。

 

 こういう負の連鎖は断ち切るべきだといつも思う。漫画とか見ていても。

 本来、僕の所へ来る前に断ち切られていなければならないはずだ。

 だが僕の所まで来てしまったのなら仕方がない。うん、潔く次に回そう。そのうち誰かが断ち切ってくれるだろ。

 僕? 僕が断ち切るのはストレス溜まるから嫌。

 他の誰かのために僕が犠牲になるとか間違っているしね。

 

「やっぱりソラ君もアリア先輩の話聞きたかったんだよねっ!」

「間宮はやはり的外れだぞ! キンジ先輩の話に決まってるのだ!」

「ねえおい、そんなこと一言も言ってないから」

「アリア先輩!」

「キンジ先輩!」

「もしかして僕の声って小さいのか? 聞こえてないのか? ねえ、ねえ」

 

 例のごとく、僕の発言はスルーされる。

 もしかして、言語が違うのか? 因みに僕は日本語を使っている。誰か通訳お願いできなだろうか。佐々木以外で。

 ……ああ、誰も関わってくれないのだった。

 

 

 

 

 

 そのあとすぐに教員が来て授業が始まってしまったおかげで、この朝僕は休むことが出来なかった。

 

「お配りしたプリントは行き届きましたか? 今日は授業の前に、学期始めとして皆さんの武偵としての目標を書いてもらいます」

 

 教員のその言葉に教室内は軽くざわつく。

 高校生にもなって将来の目標、もしくは高校1年生の段階で将来の目標を書くのに抵抗がある奴もいるのだろう。メンドクサイし。

 それでもこんな物騒な専門学校に態々入学した酔狂な輩なだけに、多分皆将来をある程度見据えてはいるのか、誰に言うわけでもない軽い文句や雑談を零しつつも、結局真面目に取り組む。

 ……やるなら最初から静かにやれよ有象無象共、と思う。

 

 反対に、最初から静かにしていた僕は、同じ夢でも将来の方ではなく、寝てみる方の夢の世界を見据えていた。

 今すぐにでも、こくんこくんと船漕ぐ頭で旅立ちたい。

 

「平頂山さん…? あなたは一体何を書いているのですか…!?」

「今年の目標に決まってるかな。具体的にはおっぱ──」

「言わなくていいです! 放課後、職員室に来るように」

「やだ、呼び出されてエッチなことをされちゃう? されちゃうの? 甘いマスクの裏の顔である鬼畜教師が耳元で囁く、『ふふふ、疑いも無く本当に来るなんてね。これからあなたは淫乱な豚に調教されるというのに』的な! やばっ興奮が隠しきれないかな!」

「……いえ、もう来なくていいです」

 

 蓮華の場合はあの世に旅立ってくれないかな。

 

「えーっと、アリア先輩みたいになれますように、と」

 

 右斜め二つ前の席。そこにちょこんと座っている間宮は、背中からもわかるほど、生き生きとした様子でこれに取り組んでいた。

 迷いなく書き進むその姿は、『そのまま夢にまっすぐ進んでいく』という意気込みにも似た何かを感じさせる。普段の授業とは正反対だ。

 

 ──それで、僕は何がしたいのだろう。

 

 別に、目標や生きる意味なんて無くても人は生きていける。持っている奴を羨ましいなんて思わない。生き甲斐なんてものより睡眠時間の方が余程欲しい。それでもどこか空虚を感じるのは多分仕方がないことか。

 眠いし……

 

「あらあら、石花君、どうしたのですかー、寝てはダメですよー」

「……石花君?」

 

 佐々木は密かに注意するふうを装ったうえで、わざと教員に聞こえる声で言った。

 

「もう書けたのですか?」

「いえ……」

「ごめんなさい。もしかしてお疲れでした?」

 

 そこですかさず良い人ぶる仮面優等生。それが佐々木志乃だ。

 

「佐々木さんは優しいのですね。これは石花君が悪い事ですから、別に気に病むことでは無いですよ」

「いえ、そんな」

 

 真面目で誠実に取作られた顔のその奥──瞳の中に確かに映ったこちらを嘲笑う心。

 何が優しい、だ。悪意満載な嫌がらせに決まっているくせに。教員に隠れて寝ている奴など、他にも何人もいるというのに、僕以外は気づいて無いとか言うつもりか。

 どう見ても、追い打ち不意打ち嫌がらせ以外の何物でもない。あの勝ち誇った顔を小夜鳴教員も見るべき。

 しかし、仮面優等生の面の皮は厚い。教員が振り向く頃には『わたしは真面目にしていましたよ。何かありました?』というすまし顔。

 

「しかし石花君、少し顔色が悪いですね。授業もあと少しで終わりますし、保健室まで連れて行きましょうか?」

「お構いなく」

 

 小夜鳴教員の提案を反射的に断る。この期に及んで他人となんている時間を増やしたくない。ただでさえ眠気とストレスを溜めていく日々だというのに。

 このストレスのせいでただでさえ短い睡眠時間でなかなか寝付けなくなってしまっている。そうしてまたストレスが溜まる。

 

 寝れない。ストレス。寝れない。ストレス。寝れない。ストレス──エンドレス。

 

 どんよりとした僕の気持ちとは裏腹に、今日の天気は快晴。

 世界を包み込むような綺麗な青空。

 極限までお腹の減った人は、雲がまるで大好きな食べ物に見えてくると言われているが、今の僕には雲がふかふかで温かそうなお布団に見えて仕方がなかった。

 ああ、この天気、お昼寝でもできたら、どれほど気持ちいいのだろう。

 

 今年の目標───週に一回は思いっきり寝る。

 

 ただ、高すぎる目標というものは、大体叶わないもの。

 その授業のあと、携帯電話に受信されたメールを見て、僕は一層深いため息を吐くのだった。

 

 まあ一つ言わせてもらえるのなら、「世の中バカヤロー」って感じでここは一回〆ておく。

 

 

 




 序盤コメディー、途中から変なバトルで進めていきます。


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