それは去年の夏休みの出来事。
日差しを避けるように校門近くの木陰で、ライカを待っている最中、すぐ傍をうろうろしていた一人の少女と目が合ってしまう。
その少女もこちらに気づくと迷いなく駆け寄って来た。
知らなければ、小学生にも見えるその幼すぎる容姿。間違っても同学年に見えはしない。が、僕は知識としてそいつが同学年だと知っていた。そして、相手にも知られてしまっていた。
少女は汗で髪が張り付いた顔をほっと緩めて、
「あ、ソラ君だー。ひさしぶりー!」
まるで知人にでも出会ったかのような軽さで話しかけてきた。少しの間、同じ学校の同じクラスにいたというだけなのに随分と馴れ馴れしい。
「えへへ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりここの生徒だったんだねっ!」
「……それで、間宮。どうしておまえがここにいる?」
「あ、名前覚えていてくれたんだ。嬉しいなー」
ああもう、話が進まない! 何このアホ少女。
「どうでもいいだろ今そんなことは」
僕が急かすと、聞きたいわけでもないのに、間宮はここに来た理由──この東京武偵高付属中学に編入しに来たこと──と、どこへ行けば分からず迷ってしまったのだと、ぺらぺらと語りだした。聞いてもないのに。
「えっと、編入の窓口がどこにあるのかわからなくて……。そうだ! ソラ君教えてー」
「武偵になりたいのなら、その程度のこと自分で考えるべき」
「あはは……そ、そうだよね。うん、もうちょっと頑張ってみる」
間宮がこれから行うことはただ事務室探すだけなのに、胸の前で握り拳を作って「頑張るぞ!」のポーズをしている。その上何故か僕のすぐ隣で案内のパンフレットの地図とにらめっこ。
そして十数秒後、焦ったようにパンフレットをグルグルと回し始めた。
どうして回すという発想に至経ったのか。回せば解決すると思っているのか。
果ては、ぷるぷると震わした体に泣きそうな顔で、視線を僕と地図を交互する始末。
「はぁ。そんなこともわからないのか。……あっちだから。そこを真っ直ぐ行って次の角を右に曲がった先、正面にある建物。中に入ればおまえが余程の視覚障害者でもない限り、案内がすぐ目につく。一応言っておくと二階」
「あ、ありがとう」
「別に。いつまでそこにいてもらっても邪魔なだけ」
そうしてまた間宮は駈け出して行ったが……
「違う! 誰がそっちだと言った。僕が言ったのはあっち!」
「あれれ?」
バカか。バカなのか。
僕はもう一度(三度目が無いように)懇切丁寧に教える。
全く目を離せないとはこのことだ。またとんちんかんな方向へ行きはしないかと見張る。また注意するのはメンドウだからな。
今度こそ真っ直ぐ目的地へかけて……行く途中で一度立ち止まり、こちらに振り向いて、
「ソラ君!」
「はぁ……今度は何?」
「えっと……」
確かあの時はこう言ったはずだった。似合いもしないぎこちない笑みで──「また同じクラスになれたらいいね」と。
──でも、この間宮は違った。
本来の記憶のように『不安そうな顔』ではなく、『真っ直ぐ自信にあふれた顔』で、
「あの時言えなかったけど、もうあたしは大丈夫! 自分が進む道はしっかり見つけることが出来たからー!!」
◇
それは久しく感じられたとてもさわやかな目覚めだった。
例えるのなら、ずぶ濡れの服──そう、ずぶ濡れの寒くて、鬱陶しくて、重いそんな服を脱ぎ去ったかのような解放感。
きっと良い夢を見たせいだ。内容は覚えていないが、きっと良い夢だったのだろう。
ゆったりとした覚醒と共に自然と開かれていく瞳。
そうしてその瞳が最初に映した、すぐ目の前で僕の顔を覗き込んでいたレキ先輩。
「………」
「………」
──脳ミソに直接メンソールを放り込まれた気分になった。
「……何、やっているのですか?」
「医療行為です」
いや、あなた寧ろその逆をする方の人だろ。人を治すとかいうより人を壊す人だろ。
「やはり、中々いいものでした」
「え、何が?」
……なんか大切なものを失った気がするのは何故だろう?
というかおかしい。どうしてこの人僕の寝室にいるのだろう? 電波が拗れて自分の部屋の場所さえ見失ったのか。
「今医師を呼びます」
医師? そうか、ついに自分の電波を治そうと決意したか。だが悲しいかな。もうそれ、手遅れですよ。あなたの頭は現代医学では処置不能なほどイカレてれています。カロリーメイトジャンキーです。なんてこった。
とまあ、冗談はここまでにして。もしかしなくとも、ここは病院だろうか?
真っ白なベッドと布団。鼻を軽く刺激する薬品の匂い。琥珀色の陶器でできた花瓶に飾られた花。棚に積まれた多量のカロリーメイト。
……ああ、うん。
僕のスポンサーに大○製薬がいたなんて初めて知った。ポカリとかの方がよかったな、と。
少しして駆けつけてきた
矢常呂教員が簡単な診察をし、病室を去ったあと。
落ち着いてきた僕の頭は今どうしてこうなっているのかを鮮明に思い出し始めていた。
──そうだ。アリア先輩たちを調べるにあたって、その過程で武偵殺しの疑惑を峰理子──凡人女に感じた僕は追跡することにして……
これは監視対象にちょっかい出されてメンドウな事態になったら僕も嫌だからそうしただけであって、他意は無い。
そして、あの夜のこと。
場所は確か、西海岸沿いだった。
真おかしなことに完璧な僕の隠遁が見破られたため、その場を退こうとしたのだが、フリフリ着た凡人女がなんかムカついたのでそいつだけでもぶっ飛ばそうとした。
不幸だったのは、その日寝不足がピークで、マジで笑えないレベルに絶不調だったこと。意味不明な毒を打たれ、呼吸が止まり死にそうになったこと。
そんな絶体絶命の状況下であっても、僕はこの通り天才だから離脱することは出来た。が、それでも体を蝕む毒が無くなるわけではなく(というか、この毒を打ったから無理に追ってこなかった気もする──という考えは負けた気がするので嫌だし却下)、とにかく
こんな状態では救急車も呼べない。そこまで弱っていた僕の前に現れたのが──ニンジャだった。
『石花殿! お気を確かに!』
意識が途切れる直前に聞こえたあの声を今でも覚えている。
……ゴメンニンジャ。今まで、理由もわからず近づいてくる不気味な忍者とか思っていて。感謝のしるしとして、遺産相続人にはおまえの名前も書いておくよ。
とにかく全部思い出した。
「負けたのですね」
……いるよね、こういう極論でしか考えられない人。
僕はこうして生きているわけだし、そもそもあの凡人女の思惑半ば見破ったようなものだし、俯瞰的に客観的に総合的に見れば真の勝者が誰だろうとすぐわかると思う。
まあ僕はこの通り謙虚で誠実な人柄であるから、態々声に出してそんなこと言ったりはしないが。
「これです」
……これ?
そうしてレキ先輩が手渡してきた物は、一枚の紙だった。倒れていた僕が持っていたものらしいが、生憎覚えがない。
とりあえず見てみよう。えっと何々──『理子の勝ち☆』ぐしゃ!
「すみません、これただのゴミです」
僕はなんにも書いていない汚らしい紙きれをビリビリに破り捨てる。
「確かに、あなたの力はアリアさんやHSSのキンジさんにも匹敵します。まともに戦えば私では相手にもなりません。しかし、あなたはとにかく詰めが甘い」
今世紀最大のしっかり者と謳われる僕を捕まえてなんとも酷い言いぐさ。
しかし、レキ先輩のよくわからない説教のようなものは続く。言葉を若干とぎれとぎれに。
こんな時にもコミ障電波の影響が。長文を喋ることになれていないのだ。無理しやがって。休憩挟んでいいですよ。そしてそのまま、バックホーム。
「今回は敵が、それ以上に甘かっただけです。私が相手なら、出会った瞬間に風穴を開けています」
さすが出会いがしら唐突に無く打ってきた人の言うことは違う。
恨んではいないが、忘れてもないから。
──文字通り、物理的に、胸を撃ち抜かれたことを。
ただ、それを思い出してはいけなかった。
何故なら、トラウマ発現で体の震えが止まらない……
鬼畜電波の目の前には負けて帰って来た部下一人。考えてみれば、この鬼畜悪魔電波のことだ。「何おまえ失敗したの? なら死刑ね、風穴ね」と、言われてもおかしくないだろこの状況!
「まだ、色々言いたいことはありますが──」
誤魔化すのはやめて素直に思う。
恐い怖い怖い。この人すごく怖い……おうちかえりたい……
「生きていてよかった」
その瞬間、あのレキ先輩が微笑んだような気がした。
もしかしたらそれは光の加減のせいでそう見えた幻だったのかもしれない。驚いて瞬きして見てみると、いつも通りに無愛想で無表情なレキ先輩に戻っていたのだから。
「は? それだけ、ですか…?」
「それだけ、とは?」
「い、いえ、てっきり何か処罰が言い渡されるのか、と」
「ソラはお仕置してほしいのですか?」
「ほしくないです!」
蓮華ではないのだから自ら進んで痛みや恐怖が欲しいなど思うものか。
「罰というものなら、ソラはもう受けているはずです」
それは毒のことを言っているのだとわかった。生死を一度さまよっただけのことを罰としてくれるなんて、何か今日のレキ先輩は優しすぎるだろ。おかしいな。
「改めて、体に異常はありませんか?」
「ああ、それなら全く……」
──ハッ!
危ない危ない。あまりにも自然に聞こえる質問のせいで、正直に答えてしまうところだった。この人のことだ、僕が元気だと知ったらまたこき使う気満々に違いない。早々パシリコンディションを確認してくるとは鬼畜の鑑。
気遣っているだけではないかって? ……何それ、頭大丈夫?
「全く元気ではなく、先週がジャンプ合併号だった月曜日な気分です!」
「……そうですか。それは残念です」
残念とか言っている、この人。やっぱりすぐ僕のことをこき使う気だったのだ。恐ろしい……
「ああ、そうだ。結局僕はどうなり助かったのですか?」
元々武偵殺しを追っていたアリア先輩が独力で逮捕して……と言うのが一番ありえる形だ。他には、ニンジャがあのあと、僕がこうなった原因を辿ってというのもある。大穴でこの人自身が助けてくれたという可能性は……無いな。
「ソラを助けたのは……間宮あかりです」
「は?」
どうやら僕の耳はおかしくなったみたいだ。それともあれだろうか、レキ先輩の面白くないジョークの一つだろうか。
「間宮あかりが、あなたに毒を打った夾竹桃を、逮捕しました」
そして、レキ先輩は今回起きた事件の詳細を、淡々と言葉少なく、けれども要点を押さえて語った。
武偵殺し──峰理子の方はアリア先輩と遠山先輩が撃退し、黒い女──夾竹桃は間宮たちで挑み、最終的に間宮が倒したということを。
「ウソ……だろ……」
だって、間宮といったら、あのチビッ子でへっぽこで自分の力を扱い切れていない半端者だというのに。そんな間宮があの黒い女に勝っただって?
しかし、レキ先輩はどう見てもウソを言っているようには見えなかった。今だ信じがたいことこの上ないが、ウソではないのだろう。
「どうしたのですか?」
「いえ、少し驚いただけです。まさかあのとろい間宮が……妙な才能は認めますが」
「そうですか」
「はい」
そうか、あの間宮が……
しかしこの時、僕には感傷に浸っている余裕は無かった。
「それでは、私はもう行きます。ソラ、あなたにはしばらくの休暇を出します。ゆっくり休みなさい」
「……ッ!」
今度こそ開いた口が閉められない。今日だけで何度驚けばいいのだろう。鳥肌が立ちすぎて今すぐ内の皮膚を破る勢いだ。
レキ先輩が、休めと僕に言った、だと……?
確かに今回の寝不足の原因の半分は僕にあったのは言い訳のしようがないが、もう半分はレキ先輩が押し付けてきた仕事やパシリにあったことも疑いの余地がなくて。僕はしたいことしていただけだし、そう考えるとレキ先輩が悪くない? とか実は思い始めていた僕だったが。やっぱりそうだった。
しかし、だからこそおかしい。こんな僕が悪いと思えるレキ先輩は極悪人なわけで、そんな極悪人が病人を労わるようなことを言うわけがない。
「……私も少しソラに──」
「そんな言葉で騙されると思ったら大間違いだから、この偽者!」
「………」
数秒後、この病室に銃声が響き渡り、レキ先輩の退出した部屋の中にはよりボロボロになった僕の姿が。
結果、入院予定期間が一週間伸びました。
ああ、やっぱりレキ先輩は魔王だ。僕がただ休むのが気にくわないからって、物理的に休まずにはいられないよう仕向けるなんて…!
窓の外から、風の音だけが聞こえる。
とても静かだ。
夢にまで見た静寂を手にしたというのに、何故かそれをあまり楽しくは思えなかった。
「それで、蓮華は何しに来たわけ?」
ノックもせずに入って来た無礼で胡散臭い知人を睨みつける。
しかし、相手はそんな僕からの圧力を全く意に介さずに、相変わらず楽しそうな顔で僕を見つめ返してきた。
「ご主人様の到着だ、ほら足を舐めろ」
おいこら、誰が誰のご主人様だ。
「……寧ろおまえに舐めさせてやろうか」
「え!? いいの!? じゃあ早速──」
「いいわけあるかー!」
「ぐエェッ!!」
こ、こいつ、本気で舐める気だった。き、気持ち悪い。
「酷いぃ。足を舐めようとしただけなのにぃ」
「ああ酷いな、おまえの脳ミソ」
「冷たいんじゃないかな。せっかくお見舞いに来てあげたのに。あと、下の世話とかしに来てあげたのに、ふひっ」
「帰れ」
追い返そうとする僕の言葉に、蓮華ははっと気づいたかのような顔をして、懐をまさぐりそして、カロリーメイトを一箱取り出し、棚に置くと、とてもやり遂げたかのような顔をこちらに向けてきた。
「いや、別にお見舞い品を催促したわけでも、ましてはカロリーメイト好きでもなんでもないから」
「またまた~。そう言えば知っているかな? 最近新作が出たらしいよ。確かトマト味だったかな」
「知っている。出て早々買いに行かされたのだから」
「寝不足にパシリは堪えたんじゃないかな?」
「買い出しくらいで僕をパシリと呼ぶな」
「いや、監視とかも含めてだよ?」
蓮華とは記憶にある限り最も長く付き合いのある人物だが、どうもその人物像がはっきりしない。
ふざけているのかと思えば、唐突に核心に迫ってくると思えば、ふざけている。
まるで、未来が見えたり、人の心が読めたりでもしなければ知らないはずの情報だっていつの間にかこいつは手に入れている。そして何より──
「……僕をはめた張本人のくせしてよく言う」
「あららん、人聞きの悪いかな。いやハメたいかハメたくないかって言われたらそりゃあハメたいけれど」
「あの夜、僕の位置を
いくら寝不足だったからと言って、あんなに簡単に隠れているこの僕の位置がバレるわけがないから。だって僕天才だし。
「しょ、証拠はっ!? 証拠はどこにあるって言うのかな!? はっ、証拠も無いと言うのに人を疑うなんて酷いものだねぇ! ──そうだよ。証拠が見つかるはずがない。だって自分の手であの時確かに」
「何その隠す気無いモノローグ」
どうやらこいつ、隠す気はゼロらしい。反省もゼロらしい。
「だって仕方ないよー。この時点でソラ君に動かれ過ぎては困るし。確かに最初は生で物語が見れればいいと思っていたけど、ほら、自分がここにいる意味とかふと考えることがあるじゃない? そう思うとやっぱり“沿い”じゃなくて“ブレイク”かなーとかと考えたけど、それでも最初から外れすぎるのもどうかと思うんじゃないかと自分は考えたわけなんですよ。“レ○プ”っていうもの聞こえが悪いし。それにほら、裏方系とか黒幕系とか一度は憧れるものじゃないかな?」
「それ、なんの話?」
「今自分が書いてる小説の話に決まってるじゃないかー。言わせんなよ、テレ」
「あー、うん。説明する気もゼロだということはわかった」
蓮華は精神病の疑いがある。真面目な話。
話しの脈絡がなさすぎるから。あと、下ネタ言わないと死んじゃう病とかもありそう。おとなしくそのまま死ねばいいのに。
「というか、ソラ君が理子ちゃんに手を出すとは思わなかったよ。あ、手を出すってそっちの意味じゃないよ? もうーエッチなんだからっ! ……ウソウソ! そんなに怒らないでほしいかな。あーうん、続き、続きねぇ。えっと、あ、そうだ。だから焦って手荒な展開にしちゃったかな。それは後悔してるし謝る」
「またよくわからないが……で、土下座はいつするの?」
「真顔で土下座を要求された!? ……えっと、まずベットから降りて、片足を上げている理由を説明してほしいかな?」
「頭踏もうと、踏みつけようと」
「く……仕方ない。……はぁはぁ……。悔しいけど誠意を表すために土下座しかないね! 日本人として! ……はぁはぁ、じゅるり…!」
ダメだコイツ。
病室の床が一部濡れているし。気持ち悪い。世の中の武偵はどうしてこの変態をさっさと逮捕しないのだろうか。
「とにかく、いくらあかりちゃんたちが大事だからと言って、あんなフラフラした体で理子ちゃんを追跡するとは思わなかったかな」
「どうしてそこで間宮の名前が出てくる。僕が峰理子に探りを入れたのは監視対象にちょっかいを出されたら嫌なだけ。床は拭けよ、キモイから」
「監視対象に何かあったらどうなのかな? ソラ君は見ているだけなんだからそれこそ関係ないことだし、その理由こそ石花ソラとしてありえないね。それは建前だ。ゴシゴシ」
蓮華はそう断言した。
僕は特に否定をしないであげた。
「そもそも峰理子にたどり着いたプロセスからして、自分を誤魔化し過ぎじゃないかな。ソラ君は、武偵殺しを調べるにあたって峰理子にたどり着いたんじゃない。
蓮華は戯言を続ける。
「つまりはリストにいた怪しい奴を調べたんじゃなくて、元々怪しいと思っていた奴がそのリストにもいたに過ぎないってことかな。監視対象のクラスメイトだっただけとか動機弱すぎだし。でもまさか
「意味がわからない。どうして僕がそんなことをしなければならない?」
「最初に言ったじゃないかな? あかりちゃんに唐突に近づいて来た怪しい輩が許せなかったんだ、キミは」
「は? 証拠は?」
「今度はソラ君がそう返すのかな? まあ、一つ言うのなら、ソラ君が集めた情報だけで理子ちゃんに辿り着くには無理があるよってところかな。あと武偵殺しが監視するにあたって邪魔であるなら、キンジ君が襲われた時点で調べてなければおかしいし」
天才であるからこそ本来必要ない業務を偶々暇つぶしに気分で目を向けていただけのこと。それ対しておかしいとか言われても困るし。ホント偶々気分だったし。気まぐれとかいうやつで間違いないし。
「理屈が完璧じゃないなら、感情が挟まっていないと説明はできない。そしてソラ君は、アリアちゃんやキンジ君にそこまでの感情を向けているとは思えない。話は少し逸れるけど、少し前に中華系ギャングが潰された事件があったじゃないか。それもソラ君でしょ? メンバーの一人があかりちゃんのこと車で引いているもんねぇ。こっちは少し叩いてやれば何か出てくるんじゃないかな? ソラ君、ほら、詰めが甘々だし」
「………」
犯人はおまえだッ! と言わんばかりに僕のことを真っ直ぐ指さしポーズを決める蓮華。
このメンドウな空気に先に根を上げてやったのは僕だった。僕ってほら、大人だから。
「……間宮のこと、見くびっていた。見直した。それは認めてやるから」
「ほうほう、それで」
「それだけ。あと、アリア先輩のことは結構気に入っている方。そうとだけ言っておく」
「へー、意外かな。まだアリア先輩のことそう思っていたなんて。あかりちゃんと間宮の秘密関係であんなことになったのに?」
「間宮にも言ったが、少なくとも9条破りクセに関しては、完全に間宮自身が悪い。──それに、それだけ早くバレたということは、アリア先輩が」
「アリア先輩が?」
「ごほんっ……アリア先輩が、あかりのことをしっかり見てくれていたということだろ。僕には関係ないが」
「なるほどなるほど、ソラ君と同じようにかな」
「はあ? 僕には関係ないと言っただろ。その耳は飾りなのかそうなのか。なら邪魔なだけだから今すぐ切り離して生ゴミに出して来い」
「照れ隠しが猟奇的過ぎるよ!!」
「誰が照れ隠しか、誰が」
完璧な僕はこの程度のことで照れたりなどしないから。
「でも、ふーん、そっかー。そう濁してきたかー」
そして蓮華はウザい顔のまま、またもや懐をまさぐると、
「なら今度こそ、お見舞い品を渡さないといけないねぇ」
僕のベッドの上に取り出した何かを置いて来た。
警戒しながらも目を向けて見る。
『ロリロリ天国 ~お兄ちゃん、あかちゃんはどうやってできるの?~』
「死ね」
「じょ、冗談だよ! 冗談! 本命はこっち」
『月刊エロス 誇り高き姫騎士特集』
「………」
「需要に合わせて、基本和姦ものだよ! ……自分としては女騎士と言えば、捕虜、オーク、触手なんだけど。ソラ君は変わってるね!」
「し、死ねばいいのに……」
表紙にはどこを守っているのか意味不明なほど、面積が少ない鎧を着こんでいる女性の姿が写っていた。
「真面目な話、入院中大変じゃないかな、と思った次第で」
「真面目な話をしたいのなら、下半身ではなく、僕の目を見ろ」
「死にかけにしてしまったのは本当に悪いと思っているんだよ。まさかあの状態になってまで『奥の手』を使わないなんて思わなかったからねぇ。いや、手はある意味これからシコシコ使うのかもしれないけど」
「『迅雷』は使わなかったわけではなく、使えなかった。だから目を見ろ変態」
「あの寝不足マックス状態ならそうだろうねぇ。というか『迅雷』はソラ君にとってもはや通常技じゃないかな。自分が言いたいのは『疾風』の方だよ。あれならあの時でもある程度は使えただろうし、使っていたのならボロボロになるなんてまずありえないんじゃないかな。そこまで使うのが嫌だったていうのも予想外だったかな」
「………」
「そ、そんな怖い顔はやめてほしいかな」
……別に怖い顔などしていないから。
とにかく蓮華はもう帰ってほしい。僕はしばらくゆっくりしたい。
「あ、そういえば、話変わるけど」
逆に、おまえの話が一貫としたことがないが……
「実力テストは三日後だよ」
「え……?」
今、なんて言った……?
「一応目は覚めたみたいだし、追い込み無駄にならずに済んでよかったんじゃないかな! 寝不足の本当の原因はそれだもんねぇ。あ、ソラ君は試験前オ○ニー我慢派? 発散派?」
「今すぐ死ね」
それだけ言い残し、蓮華は病室を去っていった。
……おい、ウソだろ。もう、なんかいろいろ抜けてそう。今回はいつにも増して頑張ってきたのに。憎たらしいあいつの顔を屈辱に染めるために!
しかも……
「……あいつ、置いていきやがった」
『月刊エロス 誇り高き姫騎士特集』
……これ、どうしよう?
どうせなら、参考書とか持って来いよ。
「はぁ…………」
心臓はもう完全に落ち着きを取り戻している。
しかし、まあ、蓮華との会合は、心労が増えるばかりではあったが、収穫もあった。僕は『疾風』のことを奥の手だなんて思っていない。だが蓮華はそう勘違いしているということ。使わない理由はそんなものではないからだ。
「なんでも知っている奴とばかり思っていたが──」
窓から病院の外へ目を向けると、蓮華が丁度建物から出て帰路についていた。
振り向いた蓮華と顔を合わせないようにカーテンを閉める。
見られてはいけない。
窓で微かに反射され移った僕の瞳は、薄っすらと緋色の光を帯びていたのだから。
◇
結局、退院するのに一週間はかけずボロボロの体に鞭打ちながらも二日で退院、今僕は
表向きの入院理由は任務での負傷、のみ。そう通ったはいいが、入院後の手続きやらなんやら、メンドクサイ。
しかも、何故かライカが付き添って来ているし。どうやら見張りのつもりらしい。
「別に逃げたりしないから」
「どーだか」
結局、手続き自体は特に不足なく終ったのだが。
『石花チャン、退院オメデトウ』
「……どうも」
どこからともなく聞こえる声。やはり声を掛けられたか、と僕は思う。ただ、声はしてもそこには誰もいなかった。
人と目を合わさず話すのが失礼な世の中で、姿すら現さないこの男(?)に教員の資格はあるのだろうか?
「何か用ですか? チャン・ウー教員」
それにしても……ただでさえ不気味な正体不明存在なうえにオカマ声って、正直気持ち悪さしかない。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。ここまで人の不快指数を上げてくる奴も珍しくて逆にあっぱれというくらいに気持ち悪い。
『何カシツレイナコト考エテナイカシラ?』
「いえ別に」
教員でなかったら無視してダッシュで場を離れるレベルとしか思ってない。
東京武偵高の教師の変人度は本当に異常。問題起こして、全員首になればいいのに。
『石花チャン。コノママダト必修ノ単位落トスワヨ』
どうして年の初めから単位のこと心配しなければいけない。天才なのに。理不尽だ。
「やっぱり、まともに行ってないのかよ」
「ライカには関係ないから。えっと、卒業までに必要な総単位数自体は確保しているはずですが。それでなんとかなりません?」
レキ先輩のせいとしか言えないが、無駄に高難易度の任務を複数こなしているだけに、単位の数だけは揃っているのだが、1年にはメンドイことに必修授業とやらがある。
まあ、本当に必修かと言われると抜け道はいくらでもあるが。というか僕程の逸材を留年させてみろ。人類全体の損失間違いなしだ。一兆人分の土下座でも釣り合わない。
『ソレハソレ、必修ハ必修ヨ』
「おいこらオカマ」
『石花チャァン…?』
「何か?」
「おまえの扱われ方は絶対サボってるとかだけじゃなくて、その態度が問題だとアタシは思う」
「だって基本的に年上は敵だ」
「範囲広っ! ん? でも麒麟とかにもソラは厳しいよな?」
「大体年下は敵だ。あと同年代も年が同じというだけで僕と同じ位置に立ったと勘違いしてそうで結構ムカつくな」
「おまえの人生敵ばっかだな」
『仲ガ良ノノネ』
まあ確かにライカのように仲が良い奴はいる。それでいいではないだろうか、とか綺麗にまとめてみる。
『石花チャンハ
ほら来た。結局必修なんて僕を使うための口実。どうせどうあっても進級は出来る。問題はいつまでパシリが続くかだ。
みんな僕の才能をいくら妬んでいるからってパシリに使いすぎ。
「ま、おまえが悪いんだけどな」
「はあ? 一切合切そんなことは無いから」
言うまでも無いことだが、僕がこんなつまらない場所をまだうろうろしている理由はオカマと話すわけではなく、ニンジャに会うためだ。
オカマに捕まって無駄な時間を過ごしてから少しして、ようやく目的の人物を見つけた僕は、ライカに少し離れたところで待っていてと告げてからその人物──ニンジャに近づいた。
「おや、石花殿でござるか。退院祝い申し上げる」
「態々言われるほどでもない。でも、その言葉は一応受け取っとく。あの……あ、ありがと。今回は迷惑かけた」
最終的に助けてくれたのはあかりでも、最初に命繋いでくれたのはニンジャなわけだし。
「……いえ、某は何もしてないでござる」
「謙遜か? 倒れた僕を介抱してくれたのはニンジャだろ」
この僕がお礼を素直に言ってやっているのに、ニンジャはどこか浮かない顔。それにチラチラとこちらをうかがうように見ている。その様子は何かを恥ずかしがっているようにも見えた。ニンジャが見ているのは……僕の口元?
「あ」
そうだあの時僕は呼吸が止まっていたと聞いている。ということは、救急車が来るまでの間、そういうことをしていたわけで。
「それはノーカンとみなしていいはず、一般論的にもほら人命救助だし」
忍者をしていてもニンジャは女子高生だ。
確かに同じ年頃の男子に救助とはいえそういうことをしていたら、その場ではともかく、思い出した今は羞恥などの感情を抱くのは致し方ないのかもしれない。
「い、いえ! そうではないでござる」
「あー、もう。悪かったよ。遠山先輩ではなく」
しかし、あまりにも後悔しているふうな体を取られるのはちょっと胸に突き刺さる。
確かに好きでも無い奴とそういうことするのは嫌だろうが。
「な、
「はぁ、もう。僕が珍しくお礼言っているのだから素直に受け取れよ。あと、謝ってやってもいいし……」
「だからそうではないのでござる。石花殿を助けたのはレ……」
「ライカがそろそろ焦れてくるだろうし、僕はもう行くから。この埋め合わせは絶対してやるから、その……あれだ、覚悟しろっ」
「石花殿ー!?」
ニンジャが呼び止めてくるが、これ以上ここに居ても何か恥ずかしくなるだけ。だからライカと合流してすぐにここを出た。そして帰路に着く。
既に空は、赤みを増してきていた。
「なんの話してたんだ?」
「ライカには関係ないだろ」
あまり言いふらすようなことでもない。ただニンジャがとても気にしているなら、今回は一応僕に非があるとも言えなくもなくもない。もしファーストキスだったとしたら、取り返しのつかないことさせてしまったかもだし。
というか、僕のファーストキスの相手はニンジャか……うむ、顔は可愛いし許してやろう。なんて事言ったらさすがに最低なことはわかる。
「……関係ないが。女の子のキスっていくらだろうか?」
「は……? はぁ!? はあああああ!!?」
「そうだ。例えば、ライカだったらいくらで僕に売ってくれるのか。もしくは埋め合わせの方法でもいい」
「え? え? え!?」
埋め合わせをすると言った以上、ニンジャとの問題は早く解決しておきたいし。
「あ、あ、アタシは、その……ソラだったら……その…………」
声がどんどんしぼんでいって最後の方は僕の聴力をもってしても全然聞こえない。何事もはっきり言うライカにしては珍しい。適当にすっぱり答えてくれればいいのに。
「いや、あまりそう考え込まれても困るし。聞いてみただけというか、半ば冗談の類だから」
「な、なんだよもう!」
「え、何、もしかしてしたかったのか」
「ち、ちげーよ! バーーーカ!!」
しばらく、ライカの態度が変だったが、やがて諦めたかのように溜息を(これ見よがしに)吐いたあと、いつもの態度に戻った。
そして、僕がクラスいなかった数日のことやら──一時期、間宮と竹中の中が少し良くなったらしいが、そのあとまた先輩関係の会話でもめて元の仲に戻ったとか。その時の佐々木が何とも言えない顔をしていたとか。まあ、竹中があかりと仲が良くなるのを阻止できたまでは良かったが、そのきっかけとなる出来事がアリア先輩のベタ褒め行為であったのが気に喰わないと言ったところか。
ライカの
そんな他愛のない話を続けながら、歩いていると校門あたりに小さな影を一つ見つけた。その影は一人の少女だった。
少女はこちらに気づくと迷いなく駆け寄って来る。知らなければ、小学生にも見えるその幼すぎる容姿。間違っても同学年に見えはしない。
少女は僕の顔を見ると、いつかのように顔をほっと緩めて、
「ソラ君、退院おめでとう!」
親しい友人の退院を祝うような言葉を掛けてきた。
その顔に一切の曇りは無く、地図も読めず泣きそうになっていたあの頃とは、見違えて成長していた……気がした。
「おまえも何やら難しい任務を達成したと聞いた。そのまあ……よく頑張ったな、
ポカーンとしているあかり。
その頭を撫でると、ようやく僕の言葉が呑み込めたのか。
「うん。……うん!」
顔までクシャクシャにして何度も頷いていた。
成長したと思ったが、まだまだ子供だ。背格好だって変っていないし。これはまだ僕がついてやる必要があるな。メンドイが仕方ない。はぁ、全く、もう。
仕方ない、あかりを僕の妹にしてやるか。
「こらー! あかりちゃんに何をしているんですかーッ!?」
こんなこと、校門前でやっているのがいけなかったのか。うるさいのが続々と。
「おーソラ、退院したのだな。また賑やかになっているぞ」
「ライカお姉様とペアで帰宅だなんて。抜け駆けは許しませんの!」
佐々木、竹中、ガキンチョまでもが駆け寄って来た。
「む? なんで間宮は泣いてるのだ?」
「は、はぁ!? 泣いてないし! 竹中何勝手なこと言ってるの!?」
「その言い方はなんなのだ! 泣いてたぞ。この泣き虫間宮!」
「泣いてないもん! 竹中のバカー!」
「あかりちゃんに何をしたんですか? 正直に言えば三枚におろすだけで許してあげます」
「僕があかりと何をしてようが、おまえとは関係ないだろ」
「!? 石花君、今なんと……?」
「関係ないだろ」
「それじゃありません! どうしてあかりちゃんの事を名前で呼んでいるんですか!」
「……あ! 見て佐々木、ガードレール」
「だからなんですか。話題逸らすの下手な人ですか。しっかりとこっちを見てください」
「あー、やっぱこうなっちまったか」
「ささ、お姉様。今のうちに麒麟と二人でこの場を離れ、放課後デートと致しましょう!」
「麒麟、ややこしくなるから今は黙ってろ。ソラ、とりあえずこの場所から離れようぜ。人集まってきてるし」
やっぱり騒がしくなった。
佐々木も余計なことツッコムとか空気読めていない奴。とても感動的な場面だったというのに。
「ソラ君聞いて! 竹中が酷いんだよ!」
「ソラ聞きてほしいぞ、間宮がさっきから意味不明なのだ!」
「石花君聞いているんですか!? こっちを見なさい!」
「ソラー、アタシもう行っていいか?」
「そしてそのまま麒麟とデートですわ! この人のことなんて、しっしっですの」
うるさい!
……でも、まあ、こんな騒がしさも嫌いではないかもしれない。
どこか帰って来たと感じる自分がいることを、少しだけ認めてやった今日だった。
◇
そして帰宅後。
『この泥棒猫ー!!』
『何よ!? なんなのよこの女!?』
ギャーギャー!
ドカッボカッバキッ!!
パァンパァンギィーンッ!!!
壁の向こう側から絶えず聞こえてくる争う音。
そのうち壁を破ってくるのではと思うほど激しいそれのせいで、勉強に全く集中できない。
明日実力テストなのに!
『いなくなれ、この泥棒猫っ! キンちゃんの前から消えろっ!』
『キレた! も~~あたしキレたから! あんたに風穴開けてやるっ!』
『や、やめろ! やめるんだ二人とも!』
訂正する。
騒がしいのなんてうんざりだ。
しかし、抗議の壁蹴りは、向こうの争いの音に完全にかき消されてしまっていた。
────『哀縁喜縁のスカーレット・完』────
◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇ ◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇
──私は醜い卑怯者だ。
「ありがとう」だなんて言われても、胸が苦しくなるだけだった。
自分には感謝される筋合いなど無い。
何故なら自分は、あの時彼を殺そうとしたのだから。
目の前で崩れ落ちた彼──今あの人にとって一番親しい人物。
「石花殿! お気を確かに!」
自分でも白々しいと思った。本当はこれっぽっちも心配なんてしていないのに。
元々彼に近づいたのは、今のあの人の情報を少しでも手に入れるため、あわよくばあの人との橋渡しのために都合がいい存在として、だけだったのだから。
しかし、理由がどうあれ、自分にとって必要な存在には変わりないし、武偵として傷ついた人間を放っておくわけにもいかない。
──本当に?
その時悪魔が囁いた。
本当に助ける必要があるのかと。
彼がいなくなれば、あの人の親しい人がいなくなる。あの人は悲しむし、寂しがるだろう。
でもそうしたら、
──また私に声を掛けてくれるかもしれない。
元々勝手に入って来たのは彼の方だ。某はただ邪魔者を消しただけ。いや、消してさえいない。居なくなるのを見送っただけだ。
気を失った彼の呼吸は明らかに異常。外傷がそこまで酷くないことを考えると、恐らく強力な神経毒か何か打たれているのだろう。
自分が手を下さずとも、手を汚さずとも、見殺しにするだけで死ぬかもしれない。
ここを通らなかった。通っても見つけたときは手遅れだったと言えばいい。
──あなたが殺したんじゃないわ。勝手に死んだのよ。
ああ、その通りかもしれ……
「何をしているのですか?」
後ろからその声を掛けられた時、はっと我に返った。
自分はなんてバカなことを考えていたのだろう…?
声を掛けてきた彼女は、そんな某のことを無表情に見下ろしていた。
そして恐ろしくなった。見殺しにしようとしていたことを責められるのではないかと思って。
しかし、彼女は目の前に倒れている彼を見て、小さく息を飲むと、彼の元へ駆け寄り、呼吸が止まっていることを感じとり、すぐさま救命処置に入った。
一切の無駄がない動きだった。
自分には救急車などの手配を頼んできた。特に含むところなく。
どうやら、ショックで呆然していたと勘違いしてくれていたらしい。
機械のように変わらないその表情も、彼女にとってはいつものものだったことも思い出した。
逮捕された犯人が解毒法を吐き出したことにより、彼は助かったが。
あの時の救命処置が無ければ、もしかしたら……
自分だって最初は、純粋に高みを目指していただけだった。
その結果、あの人と一緒になって笑うことができなくなるなんて想像もしていなかった。バカなことに、失って初めて気が付いたのだ。
今の立場を手放したくはない。だけど、あの人ともまた仲良く話したい。
日々練磨する強い自分と、ただ寂しいと喚く弱い自分。いつしか混じり合って何が自分なのかわからなくなっていった。ただ傲慢な欲の塊になっていった。
そのせいだろうか。あの時の自分はどうにかしていた。
そんなこと言い訳だってわかっている。見殺しにしようとした事実は消えない。
でも、だったら、あの時自分はどうするべきだったのだろう。何に、なりたかったのだろう。
それがわかるまで、きっとこの黒い感情は胸の奥でくすぶり続ける。
自分ではもう、どうにもならないところまで来てしまった。
自分は醜い卑怯者だ。
だから、感謝なんてして欲しくない。
あの時、あなたを助けたのは自分ではないのだから。
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とりあえず、一章は終わりです。
番外編一つのあと、次の章に入るつもりです。
登場人物との関係を示すためにも色々書いて、テンポ悪くなった感じがしますが、次の章からは多少テンポは良くなると思います。
ソラの頭も若干壊れていきます。
寝不足の原因……学校、監視、パシリ、捜査、お節介、テスト勉強(New!)
タイムテーブルとか作った方がいいですかね(笑)
因みにソラが助かったのは、間接的には竹中のおかげだったり。