Scarlet stalker   作:雨が嫌い

13 / 15
Ep12『間宮あかり』

 あたしにとって、普通の学校に隠れるように通い毎日を過ごすことは、息苦しさを感じるものでした。

 

 

 

 間宮一族──公儀隠密であった祖先を持ち、時代が流れその任を解かれてもいつかまた来るかもしれない戦乱の世に備えるために現代まで力を蓄えていた一族。

 それが、あたしの生まれでした。

 

 素手で相手の内側にあるモノを抉り出す技、触れただけで相手を殺害する技。戦乱の世だったならば、こうほどまで頼りになる人たちもいなかったと思います。

 そして、だからこそ、現代では力を隠さなければいけなかったんです。

 現代社会において、殺害行為ほどわかりやすく人から忌避される行為はそうありません。

 一族は強大な力を持っているにも関わらず、それをひた隠しにして細々と暮らすことを余儀なくされていました。

 そんな生活に対して、間宮の強さを誇るあまり、不満を抱いている人も少しはいましたけど、それでも一族の総意を覆すほどのものじゃありませんでした。

 

 そんな一族の中で、本家──暁座の長女として生まれついたのがこのあたし、間宮あかりでした。

 

 あたしの幼少期はとても恵まれたものだったと思います。

 次期当主の期待を込められていたあたしは、二つ年下の妹のののかと一緒に一族全員から愛されて育ってきました

 あたしのことを目に入れても痛くないというくらい可愛がってくれるお祖母ちゃん。穏やかで優しい両親。世話を焼きながら両親たちと同じく暖かく成長を見守ってくれた親戚の人たち。

 あの頃は毎日がとても楽しくて、本当に幸せでした。

 

 

 

 でも、そんな優しい環境での生活は終わりを迎えることになったんです。

 あたしがまだ13歳の時。

 

 それは、“地獄”と言う他ありませんでした。

 周りを取り囲む業火、崩れ落ちる建物。

 優しい両親も親戚も周りには誰もいない。ののかとたった二人取り残されてしまったあたしにできることは、ただ逃げるだけ。

 喉は焼けるように熱く、まともに呼吸さえ出来ず、恐怖に体は竦み、震えは収まりませんでした。

 ただ、それでも足を止めてはいけない。逃げないと。早くこの場所から逃げないと死んでしまう。その恐怖だけが足を動かしていました。

 

 ──怖い。怖いよ。

 ──助けて。誰か助けて。

 

 勿論そんな願いが都合よく叶えられるわけがなかったんです。

 逃げたはずの先にはすでに死神たちがいたから。

 ゆっくりと向き直る死神たち。彼ら、彼女らは、統一性の全くない姿をしていました。この世の物とは思えない化け物がいるかと思えば、絶世の美女、果ては年も変わらないような女の子まで。共通していたのは、こちらを憐れむような目で見ていたこと。その目を見てあたしはついに、ああ終わりなんだ、そう感じてしまいました。もうここではあたしが何をしても無駄なんだと“諦め”てしまったんです。

 

 死神たちの一人──黒い少女はあたしとののかの首を掴みあげ、言いました。

“いずれまた来るわ、花を摘みに”と。

 

 そのあと、ののかは首を抑え苦しそうにその場に倒れ込みました。

 苦しそうで、とても苦しそうで。代わってあげたいのになんにもできなくて。怖くて。ただ怖くて。

 ののかがこんなに苦しんでいるのに、あたしはただ泣き叫んでいただけでした。

 

 そのあとのことは、よく覚えてはいません。

 きっと、全て終わったあとであったんだとあたしは思います。

 気が付いたら身を隠すかのようにその地を離れていて、バラバラとなった一族とはほとんど連絡も取れなくて、一転して貧しい暮らしを強いられることとなっていました。

 でも、それは決してどん底じゃなかった。

 あの幸せだった日々は地獄によって壊されたけど、その地獄も今は過ぎ去ったんだから。ののかは助かったんだから。姉妹二人で貧乏だけど、一緒に暮らすことができたんだから。

 

 それから、あたしは一族がそうしてきたかのように、力を隠して、普通の女の子として生活をしていました。

 間宮の存在がばれてしまったら、またあの地獄がやってくるかもしれないから。

 息を潜めて、体を縮こませて。

 あたしにとって、普通の学校に隠れるように通い毎日を過ごすことは、息苦しさを感じるものでした。

 

『石花ソラ。別によろしくはしなくていいから』

 

 ソラ君が転校してくるまでは。

 

 

 

 転校生石花ソラ──ソラ君はびっくりするくらいクラスに馴染みませんでした。

 勉強ができて、運動ができて、顔もかっこいいのに、ソラ君の周囲に人が集まることはありませんでした。

 ソラ君がそれを嫌がったから。自己紹介の時に言った通りに、クラスメイトとよろしくすることを嫌がったから。

 

 ソラ君はこんな普通の場所にいてはいけない存在のような感じで。

 住む世界が違う存在みたいに、周囲から良い感情悪い感情色々な目で見られていて、でもソラ君はそんな周囲を一切無視して、ちょっとむっとしたどこか自信溢れたでいつもそっぽを向いていました。

 

 そんなソラ君に、あたしは一方的にシンパシーを感じてしまったんです。

 

 勉強が苦手、運動はどこかぎこちない、飛び抜けた才能など欠片も無いはずで、自信を持てずに毎日を過ごしていた。まさにソラ君とは正反対のあたしは、身の程知らずにも、どこか世界が近い場所にあるような気がしてならなかったんです。

 

 そう、異物が普通の世界に無理やり混じった感覚を共有してくれる気がして。

 

 だから、もっとソラ君のことが知りたくて毎日声を掛けていました。

 ソラ君は自分のことをほとんど話してくれなくて、返事をするのも面倒臭そうだったけど、あたしの言葉をしっかり聞いてくれていました。

 常日頃から感じていた息苦しさも、ソラ君と話している間はいつの間にか感じることがなくなっていきました。

 あたしは話すのはそんなに得意じゃなかったし、多分ソラ君にとってはあんまり楽しくないばかりだったかも──ただ、あたしにとってはそれだけのことが、毎日の一番の楽しみになっていました。

 

 ……でも、あたしは忘れてました。そんな楽しい日常はいつも容易く崩れてしまうんだってことを。

 

 ある日ことです。あたしが話題にしたのは、最近噂になっている違法ドラッグのことでした。

 別にあたし自身がそれに興味を持っているわけでも、ましては使いたいなんて思っているわけじゃありません。ただ最近周囲の地区では騒ぎになっているから、そんな物があるの怖いねって話題にしただけ。それだけだったのに──

 

『あまりそういうことを口に出すな。声にすれば嫌でも気にかかってしまうことがあるから。怖いのだろう、嫌なのだろう。だから関わりたくなければ話題は選ぶべき。……というかそれ、そもそも話していて楽しいものでもないし』

 

 ソラ君の目を見て、あたしわかっちゃったんです。同じ世界にいると錯覚していた自分と彼の絶対的な差を。

 

 その日を境にソラ君と話す機会が極端に減ってしまいました。

 あたしが避けるようになったわけじゃない。そんなことするわけない。ソラが教室から姿を消すことが増えたんです。

 滑稽な思い込みなのはわかっています。でも、きっかけはあの日の会話な気がしていた。ソラ君は悪くない。あたしが、悪い子だったから。また、また……

 このままじゃ、ソラ君はきっとそう遠くないうちにあたしの前から本当に姿を消してしまうに違いない。

 その予感は当たるようにしか思えませんでした。

 

 ──またあの息苦しい毎日に戻るの……?

 

 なまじ、一度心地よさを感じちゃったからこそ、それを再び迎えてしまうかもしれないという恐怖は尋常じゃありませんでした。

 それでもあたしはなんにもできない。ただ嘆くだけ。

 だって、あたしは弱いから……

 

 

 

 運命の朝、あたしはベッドから跳ねるかのようにして目を覚ましました。

 その日見た夢は最近見なくなっていたはずの──炎に包み込まれた世界。崩れ落ちる妹。ただ泣き叫ぶだけの弱い自分──あの地獄の夢でした。

 

 ──どうして…どうしてまたあんな夢を見るの!?  あたしは……あたしは……!

 

 ──……大丈夫。もう終わったんだ。あの地獄はもう終わったことなんだ。

 ──あたしは、間宮あかりは妹の間宮ののかとこのアパートで二人シアワセに過ごしている。大丈夫、ここはもう大丈夫。

 

 自分にそう言い聞かせて荒くなっていた呼吸も徐々に落ち着かせました。

 

 ──あ。

 ──パジャマが汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。

 ──着替えよう。

 

 時計は午前四時くらいを指していました。

 隣ですやすやと眠っているののかを見ると、なんとなく居心地が悪くなって、着替えたあと外へと飛び出しました。

 アパートから離れて、人の気配が無い街を特に理由もなく彷徨っていました。

 目的とかはありません。ただ、あの場にいたくない、いてはならない、という思いだけがあたしの体を動かしていたから。

 

 だからまったくの偶然だったんです。

 

 聞こえてきた、甲高い叫び声。

 即座にその時あたしが出せていた全速力で、その声が発せられたであろう方向へ駆けていきました。どうしてこんなことをしたのかは自分でもよくわかんないです。いかなきゃダメだと思っていたんです。

 声の下と思う場所、日が遮られた路地裏に辿り着き見たのは、複数の男の人たちが抵抗している女の人を連れ去ろうとしている光景でした。男の人たちは明らかに正気じゃなくて、目が虚ろな人までいて、どう見ても普通じゃなかった。やっぱりさっきの声はあの女の人の悲鳴だったんだって。

 

 その時、一瞬頭を過ったのは、炎に包み込まれた世界で崩れ落ちるののかをただ嘆くだけの弱い自分。その光景が震えていたあたしの足を動かしました。

 思考が一瞬で切り替えられる。日常から、非日常へと。

 

 こちらに気づいた男の人たちはあたしを憐れむような、バカにするような、そんな顔で見ていました。

 哀れな少女、これを目にすることが無ければ平和に暮らせたのに、と。

 

 ──やめて! あたしのことをその目で見ないで!

 ──ダメだ、怯んじゃダメだ! それじゃあの時と一緒だ。……う、動かなきゃ、助けなきゃ。だって、守らなきゃいけない人があそこに!

 

 ああ、間宮の技はきっとこんな時のためにあるんじゃないの?

 間宮の技。戦乱を生き抜いた技。そして──

 あたしは、間宮あかりは──

 

 一体(・・)何に(・・)なりた(・・・)かったの(・・・・)

 

 

 

 中途半端な決意なんかじゃ、何も成し遂げられなれやしないのに。

 わかっていたはずだったのに……ううん、全然わかっていなかった。

 怖かった。どんな結果になるとしても。そのまま、男たちに嬲られるのも……自分の手を赤く染めることも。

 あの時あたしは踏み出さなきゃよかったんです。素直に震えて隠れて、警察に連絡していれば、それできっと事件は収束してたんです。

 

 罪滅ぼしでもするつもりだったのかな。

 連れ去られる少女を助ければ、あの時の自分では守りきれなかったののかへの贖罪になるとでも思ってたのかもしれません。バカみたい。結局大事な時に動けなかったくせに。何もできないくせに。

 

 閉じ込められた暗闇の中で、狂ったように笑う男たちの声が外から聞こえて、あたしはなんにも考えられなくなってきました。

 

 怖い。怖いよ。

 助けて。誰か助けてよ。

 

 周りからはそんな泣き声がたくさん聞こえてきました。

 でもそれが無意味だってあたしは知っていました。

 珍しくあたしはそのことに関しては物知りでした。経験者だったからです。

 

 ──助けなんて来るわけない。

 

 諦めればきっとすぐに楽になるのに、と。

 そう諦めれば、諦めてしまえば。

 

 ──ああ、でも、もうののかとは会えないのかな。

 ──やだな。

 

 諦めてしまえば、もう会えない。

 

 ──やっぱり、嫌だよ……怖いよ…………

 

 

 ──お願い、誰か助けて!!

 

 

『はぁ……何ここ、辛気臭い』

 

 それは、とても眩い光でした。

 とても眩しい。でも、それ以上に目が釘付けになる光。

 美しく透き通った鮮やかな琥珀色に見たことのある表情。

 暗闇だったこの場所に光が──生気が戻ってくるように感じられました。

 

 その光景をあたしは一度たりとも忘れたことはありません。

 

 容易く悪を挫き、面倒臭そうにしながらも人を助けて、それでも自分の道を進んでいる気高きその在り方。なんでもできるかのような、こうなりたいと思えるその大きな力を。

 

 その日からソラ君は、あたしにとって強さの(・・・)象徴になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪我負い救急車で運ばれるアリア先輩、その直後に聞かされたののかのこと。殴り込むようにやって来た出来事にあたしは何がなんだかわからなくなって、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。

 そんなあたしを竹中は病院まで送ると手を引いてくれた。道中の竹中は静かに足元の覚束ないあたしを支えたり、濡れないように傘を持ったり、ただ静かに付き添ってくれていた。

 そして、道を半ば来た時、現れた。

 

「あら、奇遇ね」

 

 世間話でもするみたいな気軽さで。

 

「間宮、知り合いなのか?」

「………」

 

 初めは知り合いか何かだろうかとあたりを付けていたようだけど、あたしの様子がおかしいことに気が付いたんだと思う。竹中は震えているあたしを庇うように前に立ってくれた。

 

「悪いけど、今忙しいのだ。話なら今度にしてほしいぞ」

「ねえ、間宮あかり。どっちの(・・・・)お見舞いに(・・・・・)行くつもり(・・・・・)だったの(・・・・)?」

「!」

 

 竹中はその言葉を聞いて警戒心を最大限まで引き上げていた。

 睨みを効かし、いつでも抜けるようにと銃へと手をかけている。

 

「おい、おまえ一体何を知ってるのだ?」

「はぁ……今日は邪魔ばかりはいる日ね。それも男の」

「意味がわからないぞ! おれの質問に──」

「夾竹桃」

 

 そのやり取りの中で、あたしが初めて口を開く。

 そうだった。その黒い女は夾竹桃と名乗っていたんだ。あの二年前にすでに。あの地獄の業火の中で、あたしたちの一族を追い込んだ死神の一人として。

 

 野に咲く経口毒──夾竹桃。

 あたしは二年前のあの日以降にその花のことを調べた事があった。

 葉が竹に花が桃に似通っていることから着いた雅なその名前に反して、花、葉、枝、根、果実、及び周辺の土壌にまでどこを取っても毒性を持つ危険な花。

 綺麗なバラには棘があるが、夾竹桃には毒がある。美しくも、触れてはいけない妖艶、それが夾竹桃。

 その花を名前に持つ少女──前髪が切り揃えられている綺麗な長い黒髪に、スラリと細く白い肌──その少女もまたその名を関するに相応しく、とても怖い人だった。

 

「へぇ、覚えていてくれたのね。嬉しいわ。これでも私はあなたのことを気に入っているのよ?」

 

 どうして今更出てきたの? ──ううん、理由なんて決まってる。

 

「あなたが、アリア先輩とののかを……?」

「半分正解。あなたの妹を毒したのは私だけど、アリアをやったのは私の友人よ」

 

 仲間まで来てるの!?

 でも、なんでそんなことまであたしに話してくるんだろう。……ああ、そっか。夾竹桃は、あたしのことなんて、敵だとすら思っていないんだ。

 

「今のは、自白と捉えていいのであろうなぁ!」

「本当に水を差された気分。普段なら喋る前に毒殺しているところだけれど、仮にも竹中(・・)と殺り合うと上がうるさいのよね」

「な、何を言っているのだおまえは…!?」

 

 夾竹桃の言葉に竹中は目に見えて狼狽していた。

 普段の様子とは全然違うのに少し驚いたけど、原因である夾竹桃は少しも動じず、気にせず、涼しい顔を保っていた。

 

「用件だけ手短に言うわね。──妹を助けたいのなら、私も物になりなさい」

「今のは一体どういう意味なのだ!? 答えるのだ!」

「私、この世に自分が知らない毒があるのを許せないの。間宮の秘毒『鷹捲(たかまくり)』。あなたなら知っているんでしょう?」

「『鷹捲』は毒なんかじゃ……」

「ふふ、嘘ばっかり」

 

 そんなことのために、アリア先輩を、ののかを、間宮のことを…!

 

「呆然としちゃって。全く動揺が隠せてないわよ」

 

 その言葉にこそ、あたしは本当に心が揺らいだ。

 あたし、何してた? アリア先輩やののかが傷つけられたのに、その犯人が目の前にいるのにあたしは怒りもせず、冷静に捕まえようともせず、何をしてた?

 なんで、何もしてないの…?

 自覚してもなお、あたしには何もできなかった。だって、気づいたから。そこにあるのは武偵と犯罪者という狙い狙われの関係じゃなくて、搾取の方向が定まってしまっている圧倒的強者と弱者の関係だって。

 

「ここは、羽虫(・・)がうるさいから。邪魔の入らない場所で」

「なっ!?」

 

 いつの間にか、夾竹桃は目の前まで来ていた。

 最大限に警戒していながらも、すり抜けられたことに反応できなかった竹中は、目を見開いて固まってしまっていた。

 そんな竹中をいないものように扱う夾竹桃は、あたしに一枚のメモ用紙を半ば強引に手渡してくる。

 

「返事は早めにね。間に合わなくなってからでは遅いもの」

「それって……」

 

 不吉だけをバラまいて、夾竹桃は去っていく。

 

「良い連絡を、待ってるわ」

 

 あたしはそれを止めることは、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ののかの異常の原因は、お医者さんにもわからなかった。

 体はまともに動かなくて、目も見えなくなっているのに、どこに異常があるのか一切わからなかった。

 きっと、夾竹桃しかののかを助ける方法を知っている者はいないんだ。

 

「情けないぞお姉ちゃん。目は見えなくても、まだ耳は聞こえるし、こうして話せるんだから……」

 

 ののかはただ泣いていたあたしにそう言ってくれた。けど、それが強がりだってことはすぐに分かった。ののかはきっとわかってる、このままじゃ自分の命が危ないんだってことも。夾竹桃はきっとその程度(目だけ)で終わる相手じゃない。

 なんとかしなくちゃいけないのはあたしなのに、守らなきゃいけないののかから慰められてもらってる。あたしは、妹一人を守れなかったあの頃から一歩だって進めてない……

 今だって心の底ではソラ君の助けに縋ってる。ソラ君は今クエストで武偵高を離れてるってことを人づてに聞いたばかりなのに、真っ先に助けてほしいなんて……結局間宮あかりは弱くて脆い、守られる側の少女だったということなんだ……

 

『良い連絡を、待ってるわ』

 

 夾竹桃の言葉がよみがえる。

 そんな愚かなあたしを一人差し出せば、大切な妹であるののかの命を救えるなんて、なんと素晴らしいんだろう……

 望んでいた通りに、今すぐあの女(・・・)のものになる。なってやる。

 

 ──だから、どうか、ののかのことは助けて。

 

「……助けて……」

 

 手には、あの時に渡された夾竹桃の連絡先が書かれているメモ用紙が握られていた。

 

「間宮……! まさか本当にあんな奴の言うことを聞く気ではあるまいな!?」

 

 竹中はどうしてそんなに悲しそうな顔をしてるんだろう?

 

「でもね、あたしが夾竹桃の物にならないとののかは助けられないんだよ?」

「そんなのってないのだ! ののかもきっと──」

「なら他にどうしろって言うの!?」

 

 従わないとののかを治すことができないのに……

 それ以外に選択肢なんて最初から──

 

 

「戦いなさい!」

 

 

 そこに響いた声は、ライカでも志乃ちゃんでも麒麟ちゃんでも、竹中でもない声でもなかった。

 

「戦いなさいあかり。逃げるのは、許さないわ」

 

 そこにいたのはあたしの戦姉(アミカ)で正義の象徴のアリア先輩だった。

 アリア先輩の先のバスジャックでケガ──額に巻かれている包帯が痛々しい──をしていて、万全じゃないのに、あたしの元へ駆けつけてくれた。多分、ののかのことがどこかから伝って、心配して。

 

「……!」

 

 でもあたしは、いつものように嬉しい気持ちにはなれなかった。

 見られたくなかった。いてほしくなかった。逃げ出したかった。そう、悪いことがばれてしまった子供のみたいに、ただ体を縮こませていた。

 

「この状況を見れば、何があったのかおおよそ見当がつくけど、まだ大事なことがわかってない」

「あ、アリア先輩……」

「ねえ、あかり。あんたは一体、何を隠しているの?」

 

 アリア先輩が言ってるのは、夾竹桃のことだけじゃないんだよね。うん、そっか、さすがアリア先輩。あたしなんかが隠し事してもすぐにわかっちゃって当然だよね……

 

「何もかも隠したまま、何もかも解決できるの?」

 

 ここが、限界だったんだ。みんなに隠し事をするのも、それを背負って生きていくことも。一緒にいることも……

 

「……ご、めん。……ごめんねみんな」

 

 きっと、今まで隠していた罰が当たったんだ。だって、あたしはそもそもこの学校に来てはいけない生徒だったんだから……

 あたしは一筋の涙が流れる顔で、胸に秘めていたことを話す決意をした。

 それは、どこまでも後ろ向きな覚悟で、弱くて、それでもみんなはあたしのことを見ていた。まだ、視線を話してはくれなかった。

 これが、みんなの顔を正面から見ることが出来る最後の機会になるんだろうなぁ、そう思った。

 

「あたしの家は昔、公儀隠密──今で言う政府の諜報員みたいな仕事をしてました──」

 

 間宮一族のこと。

 代々受け継がれてきた必殺の技のこと。

 そして、二年前の一族への襲撃のことを。

 

「あたしにとって、普通の学校に隠れるように通い毎日を過ごすことは、息苦しさを感じるものでした──」

 

 そしてソラ君と出会って、この学校に来たことを。

 全てを話す頃には、なんだか付き物が落ちたみたいで、晴れやかな気持ちになっていた錯覚がしていた。本当はわかってた。ただ諦めただけだってこと。

 

「──だから、あたしにはもう何も残ってないんです」

 

 全てを話した。

 間宮の技は封じて今はほとんど使えず、武偵高の技は全然身につかなくて、成績はいつも最下位。

 初めから、あたしはこんな場所にいるべきではなかった。ここで学ぶ資格なんて無かったんだ。憧れは自分の手に入りきらないからこそ憧れだったんだ。

 あたしの居場所はもう、どこにも無い。

 

「なあ、あかり。今の話を聞いてさ、やっぱりあかりは間違ってるって思った」

 

 まず口を開いたのはライカだった。瞳は、真っ直ぐあたしへ向けられてる。

 ……どうしてまだあたしのことをしっかり見てくれるの?

 

「ライカ、何を間違ってるって言うの? あたしたちが襲われたのも、ののかが今こんな目に遭っているのも、間宮の術なんかがあったからでしょ!」

「いーや、決定的に間違ってる。あかりは、怒る相手(・・・・)を間違いまくってるぜ!」

「怒る相手……?」

「あかりが今怒るべき相手は、代々受け継がれてきたっていう技でも、自分自身でもねぇ! ののかや家族たちにそんなことをした、夾竹桃やその仲間共だろッ!」

 

 ライカはこう言ってるんだ。そんな奴らを許せるのか。そんな奴らの物になって本当にいいのか、って。

 そんなのあたしだって、何度も……でも……

 

「っず……あ、あかりちゃんが、今まで悲しい過去を……ぐすっ、せ、背負っていたなんて……わだじ()まぜんでじだぁ!」

「し、志乃ちゃん…?」

 

 志乃ちゃんは号泣と言ってもいいほどの涙を流してた。

 ……どうしてあたしのことなんかでそんなに泣いてくれるの?

 

「あかりちゃん、大変だったね。──でも、でもこれからは違います! わたしがずっと、ずぅーっとあかりちゃんの傍にいますから!」

「志乃ちゃん……」

 

 どうしてだろ、諦めていたはずなのに、夾竹桃の物になろうとしてたはずなのに、ほっぺに温かいものが流れてくる。

 

「そうですの! 麒麟も微力ながらお力添えしますの!」

 

 麒麟ちゃんも。

 

「ということだぞ! さっきは頼りないところを見せたかもしれないけど、ここにいるのはおれだけではないのだぞ。みんな間宮に力を貸すって言ってるのだ。それでもまだ頼りないとは言うまいな?」

 

 そして、竹中も。

 

「ううん……ううん!」

 

 頼もしいに決まってる。何より嬉しかった。

 秘密を話してもまだこんなあたしのことを受け入れてくれたことが。

 

「……あたしも……あたしもまだ、みんなと一緒にいたい…っ!」

 

 窮屈だったあの頃とは違うんだ。あたしの場所は、ここにあった。

 だって、あたしにとって、武偵高で過ごす毎日は、とても暖かで楽しいものであったんだから!

 

「全く、言いたいことはみんな言われちゃったわね。そう、あんたは何も残ってないわけじゃないわ。こんなにも大事なものをまだ持ってる」

 

 ──そう、こんな大事な仲間たちを、あたしは持っているんだ!

 

「1年暗唱! 武偵憲章1条!」

 

『仲間を信じ、仲間を助けよ!』

 

 ライカ、志乃ちゃん、麒麟ちゃん、竹中。

 みんななんの迷いもしないで、声を揃えて、助けると言った。一緒に戦ってくれると言ってくれた。

 

「……みんなぁ……」

 

 いつの間にか涙が止まらなくなってた。

 あたし泣き虫だ。アリア先輩みたいな強い武偵を目指したいのに。……でも、今くらいは泣いてもいいよね。だってこれはさっきまでの涙とは違うもん。それが心の底から嬉しいんだ。

 

「あかり、あんたに初めて作戦命令を出すわ」

「!」

 

 いつか夢見ていた、憧れの人物と同じ舞台に立つことのできるキーワード。

 内容は決まっていた。

 アリア先輩は額の傷の借りを返しに行く。やられっぱなしなんて天下無敵のアリア先輩らしくはないんだから。

 そしてあたしは、間宮あかりは──

 

「あんたは、あんたの敵──夾竹桃を逮捕しなさい」

 

 一度目は力がなくて助けられなかった。二度目はソラ君に助けてもらった。だったら三度目は、今度こそは、あたしの手でケリを付けるべきなんだ!

 『夾竹桃の物になる』んじゃなくて、『夾竹桃を倒して』ののかを助ける!

 

「作戦コードネームは──『AA(ダブルエー)』。アリアとあかりのAよ。同時に二人の犯罪者を逮捕するの」

「……はい!」

 

 ソラ君に憧れてここまで来たのに、アリア先輩と戦姉妹(アミカ)を結んだ理由がわかった気がした。あたしはソラ君とは違う。ただ強いだけで人を救うことなんてできない。だから正しさが欲しかったんだ。

 そうだよ、あたしが成りたかったのは、こんな逆境を跳ねのけてみせる──

 

 

 ──ヒーローだったんだ!

 

 




 なお、夾竹桃戦&ハイジャックは鷹捲で木っ端微塵になった模様。

 次回ChapterⅠのEpilogue。
 なるべく早く投稿します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。