その時の僕は、自室で
別件で始業式に遅れた、もしくは来なかった生徒のリストも作らせたが、その線で調べることはやめた。人数が人数だったうえ、とりわけ怪しかったのが僕だったという、驚きの内容に辿り着いたからだ。僕は善良なる一市民に過ぎないというのに。
だから次に『武偵殺し』は証拠を残さないという特徴に注目したのだった。
証拠を残さない方法、いや
例えば、現場に残ったかもしれない証拠を捜査班に混じって隠滅とか。
犯人は現場に戻る。証拠ゼロと聞かされたたとき、同じ武偵高の生徒なら捜査時に隠蔽できるのではと疑った。もし最初から証拠を残していなくても、しっかりそれを確かめたい気持ちもあるはず。
無駄かもしれない確率は正直高いが、隠蔽が完璧な以上、他に調べるような所が無かったというのも事実。少なくともこれで武偵高内には敵がいないことはわかるかもしれない、と。
しかしこれは中々うまくいかなかった。
その時点でわかっていたことと言えば、武偵殺しが実は誰も殺していないということ。
主な被害は乗り物ジャックによる交通被害。それに付随する脅迫。あと精々器物損害と人的被害は負傷止まり。いや、十分犯罪者だが。
武偵殺しが起こした事件は乗り物ジャック。バイク、自動車、自転車。
ここまでくれば何が言いたいのか誰だってわかる──そう、なんか地味だった。
殺しというのは、武偵を狙いながらも証拠を残さない、武偵の技を殺しているという意味なのだと推測される。──だからこれについて調べていたのだが、中々容疑者を絞りきれなった。
もうこれ武偵殺しというより、車両殺しの方がピッタリだろ。こんな大層な名前付けるくらいなら、それこそ飛行機や大型船などを襲うくらいしてほしい、と普通に思ったものだ。
『んー?』
思ったその時だった。僕は自分で連想した船と言う単語に偶然にも引っかかったのだ。
──『浦賀沖海難事故』、死亡者一名、
遠山先輩のことを片手間で調べている時に見つけたある事件。その時はさして問題視していなかったが、この事件にはある噂があったのだった。
──可能性事件。
これは事故では無く故意的に起こされたものでは無いかと。
時期的にもこれは丁度カージャックのすぐあとであるのもまた、無理やり気味とはいえこじつけは可能だ。そうならば、武偵殺しという名称はあながち的外れでもないのだが………実際には世間では関連付けられてはいないし、噂は所詮噂であることの方が多いし、やはり名称には問題ありだと思った。どうでもいいか。
まあ、終わってしまった事件だ。今となっては確かめる術はほとんど無い。しかし、もしこれがシージャックなら、遠山先輩が被害に遭ったチャリジャックの見方が変わってくる。
今の世の中、この狭い日本だけでも何千、何万の武偵がいることだろうか。
殺そうとしてきた者が、偶然兄を殺した者だったかもしれない、なんて。
それもそこらの一生徒ではなく、元Sランクの武偵だった、なんて。
できすぎた冗談、一つの物語みたいだ。逆に、こう言われれば納得できるほどの判断材料ではあった。『遠山先輩も無差別で偶々襲われた』ではなく、『選ばれて襲撃された』。
アリア先輩と遠山先輩。その二人を同時に調べていた僕だからこそ辿り着けた一つの仮説。ここまで組み合うと、偶然と一笑することはできなかった。
ならば武偵殺しは二人に近しい者、いや近寄っても怪しまれない立場にある者ではないかと。
湧き出てくる頭痛を抑えるようにし、再び武偵高生徒のリストに目を戻すとどこか浮き彫りになってくる名前が一つ。
『2年A組、
◇
──初めて会った時から思っていたことがある。
「どうして僕が隠れていることがわかった」
「だから上級生である理子を舐めちゃダメだよー? りこりんセンサーの前では身を隠すなんて不可能なのでーす!」
「はぁ? おまえごときがそんなことをできるわけがないだろ」
「……理子の一体何を知ってるっていうの?」
「だから誰だおまえ」
──僕はこの女が嫌いだ。
「うーん。これは武偵高の先輩として調子に乗った下級生に『おいた』しないといけないねぇ」
「僕が調子に乗って見えるのなら医者に行くことを進めるから。とはいえ、おまえがこれから行く場所はブタ箱しかないが」
これは別に怪しい奴が怪しい動きをしていたからとりあえず捕まえるために潰すだけで、八つ当たりでもなんでもない。そもそも八つ当たりと言うなら何の八つ当たりだということになるし。
「というか武偵高の先輩だったのか。なら一応敬語で話してあげましょうか? 凡人な
「祝勝会の時も思っていたけど、また随分と丁寧に無礼な後輩くんだね。──あたしのことを、あんまり舐めてんじゃねえぞ」
うん? 少し、雰囲気が変わったような。
「は? 僕から見れば周りの人間のほとんどが僕に対して無礼なわけですが」
「……うわぁ、この子真面目に言ってる。結構やばい子だ」
「おい」
何引いてやがる。やっぱり無礼だ失礼だ。
「無駄話もそろそろいいかなー? それでソラランは抜かないの?」
どうしてこんな暢気なのだろうと思っていたが、やっとわかった。向こうは僕のことを侮っているのか。
そう理解した途端、相手のへらへらとした笑顔が嫌いから、大嫌いになった。
「僕は銃を使わない主義ですから」
「ふーん? じゃあやっぱり終わりだね」
「完全に役不足でありますが、生徒役として聞いてあげます。で、何がどうして終わりなのですか?」
「くふふっ! だってこれ完全に
ここで天才と凡人の違いをわかりやすく教えておく。
凡人がコツコツと地道に一歩一歩日々進んでいるとすれば、一足飛びでそんな物を駆け抜けていくのが天才だ。
つまりどう見ても十歩以上離れているこの距離に対して、天才である僕は一足でいけることになる。当然の理屈だ。
「運が無かったねぇ、き──」
昔見た、とある技を自分用に改良した技、『迅雷』。
生まれ持った僕の運動能力は、腰、股関節、膝、足首を高速かつ同時に動かすことを可能とし、足の先端速度は亜音速に匹敵する。そうして繰り出される一歩は人間の常識を超えた速度での移動を可能とする。
地面を蹴る時、まるで小さな落雷のごとく音を出すゆえに『迅雷』。
「──」
ニヤニヤと舐め腐った顔がすぐそこにはあった。だが向こうのピントは僕と外れている。どう見ても僕の動きが捉えられていない。
懐に入り込まれているというのにまるで反応できていないそのマヌケに対して、僕は握りこんだ拳を……
「──うぷっ、おぇぇぇ」
攻撃に使うことなく、地面に跪いていた。
「え? ──って、きゃあああああ!?」
……やばいやばいやばい超気持ち悪い。
この寝不足がたたりにたたった体では迅雷による急激なGの変化に耐えきれなかったらしい。頭がぐらんぐらんする。
因みに僕がどうしてこんなにも隙だらけな姿をさらしているのに相手からの攻撃が来ないかというと、向こうも驚いて距離を取ることだけに集中しているからだ。迅雷はやはり凡人にはとっては信じられない技だから、驚いても無理はない。
「き、消えたと思ったら、いきなり至近距離でゲロってた!? 一瞬でゲロをぶっかけに来るとか……なんて恐ろしい技!」
「チガウ」
「これが噂に聞く嘔吐神拳だというの!?」
「変な名前付けるな!」
「あ、つばとか飛んでくるからこっち向いて叫ばないで」
「……うん」
ああ、このどろどろとしたもの絶対カロリーメイトだ。最近忙しくて、レキ先輩が押し付けてくるカロリーメイトばかり食べていたから、嘔吐物の色が見事に一定だ。
と、とにかく早くティッシュで口を拭おう。
「お水持ってるけど、使う?」
「これで毒殺とかされたら恨むから」
「恵んでもらう態度じゃない!?」
相手は不満そうな顔ながらも水の入ったペットボトルをぽーんと投げてきた。
僕はそれを素直に受け取り口を漱ぐ。丁寧に漱ぐ。
「……で、何が終わりなのですか?
「この子今のことをなかったことにしようとしてる…!!」
何を言っているのやら。戦闘はまだ始まってすらいない!
しかしまあ、これでは迅雷が使えない。相手も最初以上に距離を取っているようだし。そこまで警戒をしているのか。
「今度こそゲロロンに理子が汚されちゃうかも……物理的に」
おい、誰がゲロロンだ。それは本当にやめてくださいお願いします。
「まあ、今のは理子もちょっとびっくりしちゃったけど、もうそれ使えないみたいっぽいし、やっぱり理子の勝ちは決定事項だよ! さっきので決められれば良かったのに、残念無念、また来世!」
「………」
う……まだ気持ち悪いのが残っている。
ではなく、確かに迅雷は今の体調では使えない。迅雷が使えなければ、世界記録を更新する程度の僕の足では距離を詰める前に銃弾に捕まるだろう。それに、相手の警戒だって先ほど以上に跳ね上がっているはずだ。
「あらためまして。ばいばーい」
そして、相手が放った銃弾は容赦なく僕へと向かって来た。
銃は元々人殺しの武器だ。弾が当たれば防弾制服を着ていようと痛いし、最悪死に至る。どころか相手は犯罪者、制服の上をご丁寧に狙ってくれる保証もない。
──で、それが何か?
「え……」
鈍器がぶつかったような鈍い音でも、噴き出した血の音でもなく、鳴ったのは金属音。金属同士が弾かれる音。
何故なら、放たれた銃弾は僕が手に持ったナイフで叩き落としたから。
「別にそうおかしなことではないです」
元々銃というものは多くの欠陥を孕んだ武器だ。
真っ直ぐにしか飛ばない。威力が一定。弾数制限がある。引き金を引かなければ弾が出ない。銃は敵の目の前に出した時点で、いつどこに攻撃してくるか、どんな威力か、あと何回してくるかの全てを相手に知らせてしまう武器だということ。
「つまりは銃口と相手の手の動きさえ見ていれば簡単に弾くことが可能ということです」
武偵高に身を置いている人間なら多かれ少なかれ目安にはしていることではある。
まあ、完全に見切ってナイフで弾いたり切ったりしてみせる人間はそういないだろうが。
「ほら凡人だってバッティングセンターで自分が動くより速い球を打つでしょう? それと同じです。簡単です」
「なにそれこわい」
「都合が悪ければ、事実からさえ目を背ける。はぁ……これだから凡人は」
銃弾ごときで天才に勝てるほどこの世の中甘くはないというのに。
「ねえ、さっきからちょくちょく凡人って言ってるけど、凡人に何か恨みでもあるの? まー、理子はちょー天才だからそんなのかんけーないけど」
「百人に九十九人の逸材レベルの凡人が何を言っているのやら。──別に、恨みなどありませんよ。ただ嫌いなだけです」
「凡人が?」
「うじゃうじゃといる有象無象な凡人というくくりで嫌っていたらそれはただの人嫌いですから。僕が嫌いなのは凡人自体ではなく、身の程知らず。おまえみたいな奴だよ」
「………」
「おまえを見ればわかる、どうせ血反吐の吐く努力とかしたのだろう。才能の欠片も見当たらないその体でえっと……まあまあの実力を手に入れるために。本当に、バカみたいだ」
「………」
こいつからは才能を一切見いだせない。ただただ凡人のくせに足掻く見苦しさだけを感じる。僕が一番嫌いな人のタイプだ。おまえみたいな奴がいるから、無駄なのに努力を重ねて人生を無駄にしてしまうやつが出てくる。だから身の程知らずは大嫌いだ。
あと、僕、ぶりっ子嫌い。
「……く」
「何か意見でも?」
「……くふ」
「?」
「くふっ、ふふふ! あははははははははははははははははははははッ!!」
「……き、気でも狂いました?」
何この変な人……しょ、正直引くな。
「くふふ、ごめんごめん。つい、
「え? ドM? ……変態かよ」
「ちょっと! 違う、違うから! そのまま逃げようとしないで! ただ、こんな短い時間でそこまで理子のことを見てくれた人なんて初めてだったから。理子たちこんな出会い方じゃなかったら友達──ううん、もっと深い関係になれたかもしれないね」
「やめろ、マジで鳥肌立つ」
見ろこの腕! もうブツブツばかりで恐ろしいことになっているから。こいつもしや拒絶のショック死で僕を亡き者にしようとしているのではないだろうな?
見当違いにもほどがある。僕はおまえなんて見てはいない。ただ暴いただけだ。それをどう解釈したら喜ぶことなんてできるのだろうか。意味不明すぎる。
「普通、こういうこと言われたら嫌がるだろ」
「普通に人が嫌がると思えることを言えちゃうソラランに若干戦慄は隠せないけど、まあ確かに他に人に言われたら理子もその人のことムカッてきて“ころころ”しちゃうかもね」
「なるほど、天才である僕の言葉はどんなものでも凡人にとっては神々しいと」
「ちげーよ」
「違うのか」
「うん、違う」
「そうですか」
「もしかしてソラランって結構バカ?」
「もしかしなくとも天才です」
「……お、おー」
だからどうして引く。もうこいつ、どさくさに紛れて間合いを操作しているのでは。
「やっぱり努力なんて大変なことを好んでやる奴は頭がおかしい。噛み合わなくて当然か」
「………」
その瞬間、凡人女はまた黙ってしまった。
今度こそ僕の正論にぐうの音も出なくなってしまったのだろうか。
「ねえソララン?」
「はぁ……。今度はなんですか?」
「いや、単純な疑問なんだけど。
「……!」
「
「……僕の強さの秘密が実は努力、優雅な白鳥の水面下だとでも言うつもりですか?」
「う~ん……そうは思わないんだよねぇ。すごい動きの割に洗練さが無かったりするから、武術を収めているわけでもないし。かと思ったら実戦はすっごく強い、怖いほどにね……ねえ、ソラランってほんと何者?」
「ただの天才な高校生」
「結局それ!? この子本気で言ってるからたち悪いよぉ……」
どうしてそこで頭を抱える。あと小さく呟いていた「勧誘」とは一体なんのことだろう? しかも僕にちゃんと尋ねる前に自分で勝手に諦めムード出しているし。なんか失礼だ。
「しっかり話す気が無いなら、もう行きますから」
「寧ろ理子は積極的にコミュニケーション取ってたと思うんだけど」
「……知りません」
「ちょぉっとソララン!? さっき自分で言ってた台詞思い出してみようかー?」
ああ言えばこう言う奴。さっきから口が休むことの無い奴だ。時間稼ぎを狙っているのかもしれない。なら、もう立ち止まらない。
凡人女とは違い、決して都合が悪くなったから会話を打ち切ったわけでは無いことを一応説明しておく。
「お喋りはここまでです」
「ソララン絶対に自己中ってよく言われてるでしょ!」
「言われない!」
「嘘だッ!!」
先ほどのように迫りくる弾丸をナイフで弾く。今度は更にそれを近付きながら行う。
「なら理子は二丁拳銃だぁー!」
本当はそういうスタイルだったのだろう。一丁で構えるよりもまともに見えるその二丁流でドカドカと倍の数になった銃弾を放ってくる。攻撃の数は単純に二倍。それに加え、こちらが対応しずらくなるように右と左で微妙にリズムをずらして撃ってきている。
このまま手数で押し切ろうとしているのだろう──アホが。
「こっちもナイフを二つ持てばいいだけのこと」
相手が同時に二つ銃弾で襲ってくるのなら、こちらも弾く物を二つ使えばいい。小学生にもわかる簡単な理屈。一引く一はゼロ、二引く二もゼロだ。
もう迅雷の時のような隙は見せない。一気に近づいて叩く!
「凡人女、これで終わり──」
──へ? こいつの両手は塞がっているはず。どうしてこんな目の前にナイフが……?
「くふっ! 確かに終わり、だよ!」
その謎はすぐに解けた。
相手のへらへらとした笑顔と一緒に、まるで意思を持っているみたいに動く髪の毛が見えたのだから。
ナイフでさばいて──いや、もう、間に、合わな
「………」
「………」
──ヒュン
最後に空気を裂く音だけが耳に届いた。
「あーあ、幕切れはあっけなーい。理子ゲンメツー」
「………」
死角から振り下ろされたナイフは間違いなく僕の顔に命中していた。さすがに刃物を防げるほど固い皮膚は持っていない。
「ま、アリアとの前のウォーミングアップにはなったかな。疲れたし連絡だけして今日はもう家に──あれ?」
「はいあふ! はいあふひいふほひはひっは(最悪! 髪が口に少し入った)」
「うっそぉ……」
確かに人の皮膚は金属の塊に比べればとても柔い。ナイフを受け止めるなど無理だ。両手が間に合わなかった以上防ぐものはない──ただ一つを除いて。
「
命中はしていた。ただこの通りダメージは受けていないが。
「ぺっ」
夜の暗闇故に気づくのが遅れたのか、反応が遅い相手を口からナイフを吐き出すと同時にがら空きな腹部に蹴りを入れる。
「かはっ……!」
体を捻って衝撃を幾らか逸らされた手ごたえだった。だからまだ追撃を加える必要ありと、転がっていく相手へと向かおうとした時、気づいた。
──頬が浅いとはいえ切られている。
ああ、そうか。二丁拳銃だったように、ナイフも二つ操っていたのか。それで蹴られた瞬間に悪あがきが奇跡的に入った、と。
「くっしゅん! あー、最悪」
「っ! いてて……。最悪なのは理子の方だよぉ。うげぇ、ゲロロンのゲロつけられたぁ…!」
「……あ」
ちゃ、ちゃんとしっかり漱いだし!
「はぁぁぁぁぁ……」
「僕は攻撃を防いだだけだし、謝らないから」
「……じー」
「あ、謝らないからな」
気まずくなったし、問答無用でもう終わりにしよう。最初から勝敗は決まっていたとはいえ、早いにこしたことは無い。
僕は止めを刺そうと近づく、今度は油断をしないで──神経を研ぎ澄ましていたからこの怠いからだでもギリギリ気づけた。新たに襲い掛かってくる影の存在を。
「ここで新手!? ──ちぃ!」
迫りくる大剣をナイフで受け──きれない。
「そのような鈍らで私に対抗できると思うな!」
今にも砕けそうなナイフでの防御という案は速攻破棄し、すぐさま次の行動へと移る。
先ほどは銃の弱点を語ったが、剣にだって弱点が無いわけではない。
「どれほど切れ味が良い刃物だろうと」
体を後ろに逸らしながら左足で剣の腹を蹴り抜く。
そう、剣の弱点それは、どんなに切れ味が良い業物だろうと、刃が付いている方向にしか斬ることができないということ。
「な!?」
「こっちの腹も、がら空き!」
そして空中で地面とは水平方向に一回転し、そのまま回し蹴り体が横に流れている二人目の腹にぶちかまそうとした時、
「理子のこと忘れちゃやーだよ」
凡人女からの銃撃というなの横やりが入ったことで、行動を中断。空いている方の手を地面に置き、上下さかさまになった状態のまま壊されなかったナイフで銃弾を切り裂く。
「──っ!」
一撃を防弾制服で受け、更なる追撃が来る前にハンドスプリングの要領で飛び、この挟まれている位置から脱出する。
地に着き、二人目の敵を改めて見ると、綺麗な銀色の髪と驚くほどに整った顔を持つ美女だった。凡人女とは違い、確かな才能を感じさせる。
二対一になってしまった。──だがまあ、それでもレキ先輩と相対した時ほどの脅威は感じない。
「けほっ……まあ、二人だろうと許容範囲──」
「そう、それは結構ね」
──三人目!?
「この様子だと遊んでたってわけじゃなさそうね」
「ああ、私はまだ一当てし合っただけだがかなり厄介な相手だ。このままでも負けるとは思わないが、悠長にしていては今後に支障が出よう。理子もそれでいいな?」
空の色が付き始めたおかげで弾かれたかのように夜の闇から出てきた黒い女は、やはり凡人女と銀髪の美女の仲間らしい。
「うん、ちょっと残念だけどしょうがないかぁ。この子ったらネズミかと思ったらとんでもない狂犬でさ」
「僕を、犬で例えるな」
「ねえ二人とも、この子ベロベロと理子のこと舐めてきたんだよぉー! その証拠に『おまえなんて舐められて当然』みたいなこと言って来たもん!」
「誤解を招くことを言うな!」
……全部が間違っていないところがムカつく。
銀髪の美女はもちろんのこと、黒い女の方は特にやばい感じがビンビンする。あー、うん。これって、割と絶体絶命、なのでは。
「それで三対一になったけど、
「………」
──レキ先輩と相対した時ほどでは……
………
……………
◆
アリアやソラから逃げ出してしまった日の次の日。
あかりは昨日のメールの通り、
「助かったわ、あかり」
「い、いえ! アリア先輩のためだったら、あたしなんでもやります!」
そんなこんなで無事アリアの手伝いを終え、学校に来たあかりだったが。
「あれ? ソラ君は?」
「ソラなら今日はまだ来てねーよ」
あかりの問いに答えてくれたライカは、サボりがちなソラに少し腹を立てているようだった。ライカは少しソラの保護者っぽいところがあるだけに、しっかりさせなきゃと思っているのだろう。
「それより、見たか? 今月の強襲科月報。アリア先輩、うちの前年度第4四半期の
それも五度目の受賞。史上最多タイ記録である。
強襲成功率も世界ランカー。負傷経験はほとんどなし。武偵法違反に至ってはゼロ。これは、アリアは世界でも最高クラスの武偵である証明に他ならない。
アリアは誰よりも正しい──
「アリア先輩ってやっぱりステキ! まさに完全無欠の武偵っ!」
「あかりは相変わらず、アリア先輩大好きだよな」
冊子を掲げるように見ていたあかりは隅の方にある記事にも気が付いた。
「あ、『東京武偵高学年別優秀生徒1学年、高千穂麗』だって。──すごーい! 高千穂さんってやっぱりすごかったんだー」
「……ああ、それか」
「どしたのライカ?」
「なんでもねーよ。ただ、ソラが
「ライカの方こそ、ソラ君のこと大好きだよね」
「な!? そ、そんなんじゃねーよ!!」
そうしてしばらく二人で談笑していたのだが、授業開始時刻直前になってもソラは現れなかった。
それどころか──
「ソラ君だけじゃなくて、志乃ちゃんも来ないね」
「ついでに竹中もな」
ソラ一人だけならサボりで済んだかもしれないが、優等生である志乃やなんだかんだで遅刻欠席はしない竹中まで来ないとなると、何かあったのではと思ってしまう。
そんな時に見えた緊急着陸運動中のヘリ。聞こえてくる救急車のサイレン。
(なんだか、イヤな予感がする……!)
言いようがない感覚に襲われ、教室を飛び出したあかり。
音を辿っていくにつれ、増えていく人だかりに一層不安は増していく。
ざわざわと広がる騒々しさの中でもサイレンの音は頭一つ抜けており、あかりに進むべき方向を示してくる。
ついに救急車の目の前まで来たあかりは、小さな体を利用して人混みをかき分け前に出る。その人混みの最前列には、見覚えるある少年が一人いた。
「間宮…!? おまえも、来てしまったのか!?」
大袈裟なくらいこちらを見て驚く竹中をあかりは怪訝に思った。
しかし、今はそれよりもこの騒ぎのことが気になる。
「竹中ここにいたの? ねえ、これっていったいなんの騒ぎ?」
「あー、もう! 今からでも早く教室に戻るのだ!」
竹中はあかりの質問に答えず、金に染まった髪をイラただしげに掻き毟ると一方的にそう言った。あかりは当然いい気分にはならず、頬を膨らませる。
「何それ。なんで竹中にそんなこと言われなくちゃいけないの?」
「いいから、戻るのだ! 早く!」
「説明くらいしてくれたって──」
(え……? どうして、アリア先輩が?)
ドウシテアタマカラチヲナガシテルノ……?
(だって、アリア先輩は誰にも負けない完全無欠の……)
額から血を流し、ぐったりしたアリア。彼女は鬼気迫る形相の遠山キンジによって救急車に担ぎ込まれていた。
そして過ぎ去っていく救急車。
あかりはそれをただ見ていることしかできなかった。
どれだけの時間固まっていたのだろう。
あかりを呼び戻したのは、自分の携帯が鳴る音だった。
鳴っているからでなきゃという義務感で、半ば呆然としたままその電話に出る。
『繋がった! あかりちゃん大丈夫ですか?』
「志乃、ちゃん? ……ゴメン今は──」
『落ち着いて聞いてください』
志乃の声はどこか必死さを感じるものだった。落ちつけと言うことで、自らもそうなろうと努めているような。
もしかして志乃もアリアが負傷したことを知ったのかもしれない。だから、あかりにそれを伝えようとこうして電話を掛けてきたのだろう、と。
しかし、そのあかりの考えは覆される。更なる絶望を持って。
『ののかさんが倒れました』
「え……?」
──あかりは目の前が真っ白になった──