Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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キャラ多いとやっぱり大変です。




Ep10『予兆』

「間宮班の勝利に──」

 

『カンパーイ!!』

 

 アリアの取った音頭に応えるようにみんなが元気よくコップを掲げる。

 

「騒がしいな。……なんか頭も痛いし」

「なんでおれはここにいるのだ……?」

「そこ! もっとテンション上げてこー!」

「いや、そうは言ってもだぞ、りこりん先輩」

「はぁ、そもそもあなたは誰ですか?」

 

 あるカラオケの席で行われた、間宮班のカルテット祝勝会。

 この場には、間宮班のメンバーの他にも、妹のののか、戦姉(アミカ)であるアリア、今回お世話になった麒麟の元戦姉(アミカ)の理子、友達であるソラ──ここまではいい。

 

「なんで竹中がいるの?」

 

 竹中はカルテットの対戦相手だ。自分を負かした相手の祝勝会に出てくる奴がいたら、誰だってそんな反応をするだろう。ちんぷんかんぷんだ。

 

「間宮が僕に電話を掛けてきた時、近くに偶々竹中がいて、どうしてもと言うから」

「た、竹中……」

 

 それを聞いて、あかりが「うわー……」とちょっと引いた目で竹中を見る。

 

「ちょっとまてぇぇぇええええいっっ! なんでおれが無理やり頼んだような言い方しているのだっ!

「記憶の捏造はよくないから。あと頭に響くから声抑えろ」

「一体全体、誰が敵チームの祝勝会に出たいと思うのだっ!!」

「竹中、おまえ変わった子だとよく言われないか?」

「言われないぞ!? なんで頑なにおれのせいにしようとしてるのだ!?」

「……いや、言われないのはウソだろう」

 

 なんとも酷いことに、ソラに怒鳴りたてる竹中。負けたばかりだろうか、その気性はいつも以上に荒いように思える。

 

「竹中! ソラ君を困らせちゃダメ!」

「困ってるのはおれなのだぁ! ぐぬぬ、なんでこんなことにっ。おかしいなー、さっきまで落ち込んでて、疲れてて、家に早く帰って早く寝るはずだったのになー……」

 

 それを見かねたあかりは竹中を注意するが、注意された本人は何故か頭を抱え込んでしまう。

 やがて何か考えることを放棄したのか、少しするといつものようにあかりと騒ぎはじめることとなったのだった。

 一方、竹中から解放されたソラには理子が近づいていた。

 

「そういえばきみとは初めてだったねー。2年探偵科(インケスタ)、峰理子。りこりん先輩ってよんでね。きゃはっ」

「石花ソラです」

「それだけ!?」

 

 ソラの淡泊すぎる反応に、理子のテンションがくるくるぱーと空回り。

 

「ソラの奴は人見知りなんですよ。悪い奴じゃないんであんま気にしないでください」

「ふーん? ライライがそう言うなら、気にしなーい」

「『人見知り』ではなく、顔見知りでなかっただけ」

「お、おう……」

 

 さすがの理子もソラの言葉に二の句が告げないようだ。

 一見ソラは冷たい人間に見えてしまう。毎日のように会話しているあかりは、当然ソラが冷めたい人間で無いことを知っているが、ほとんど繋がりが無い麒麟はその態度がとにかく無礼に映ったようで。

 

「理子お姉様に対してなんですの、その態度は!」

「おいライカ、何故か幼稚園児がこの場に混じっている。外も暗いし、今すぐ一人で帰らせて誘拐でもされればいいと僕は思ったが」

「麒麟は中三ですわ! というかあなた本当に武偵ですの!?」

「落ち着けって麒麟。ソラもあんまりアタシの戦妹(イモウト)をイジメないでくれよ」

 

 特にソラと付き合いが長いライカは、昔からこの手のフォローをよくしていたらしい。

 

(確かにソラ君は偶に(・・)ちょっと(・・・・)口調が厳し目だもんね)

 

「『イジメ』ではなく、このガキンチョがうるさいクソガキそのものなのは事実だろ。うるさくて頭がキンキンしてウザいし」

「ムキーッ!!」

 

 ただ、こうして結構な割合でそのフォローを本人が台無しにするので、同じ東京武偵高中等部上がりの同級生たちの半数はソラをよく思ってなかったりする。あかりはそれが残念だ。「ソラ君もほんとはいい人なのに」と。

 まあ、あまり親しくない同級生ならば付き合わなければいいだけだが、麒麟はライカの戦妹(アミカ)だ。これから何度も顔を合わせることがあるはず。となると、いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。

 

「もういいですの! 麒麟にはお姉様がいてくれればそれで──」

「ライカもそんなお荷物要らないと思うな」

「き、麒麟をお荷物だというその言葉撤回してくださいまし! カルテットではしっかりとお姉様の役に立ちましたの!」

「敵のフラッグを使うだなんて裏技染みた狡い発想一つで役に立ったとか言うのか。これだからガキの頭はおめでたいね。人生が幸せそうで結構だ」

「……ぁぅ」

 

 涙目で悔しそうにプルプル震えながらソラを指さし、ライカを縋る麒麟。

 ライカはソラを一瞥したあと、諦めたかのような顔で麒麟を「よしよし」と慰めはじめた。どうやら今回麒麟は本気で堪えていたらしく、いつになくおとなしくライカの優しさを受け入れている。

 そんなライカのこれからの苦労を知ってか知らずか、あかりは単純に仲良くなってほしいなぁと思った。

 

「お、おいやめるのだりこりん先輩! それは絶対人の飲むものでは無いぞ!」

「大丈夫だよん! ちゃーんとドリンクバーにあるの全部混ぜてきたから!」

「今の説明のどこに大丈夫の要素があるのだあああああ!?」

「よいではないかー。よいではないかー」

「ちょまっ、やめ……ゴボゴボゴボ……」

 

 理子は2年の中でも取り分け有名人だ。可愛らしい容姿に明るい性格でちょっとしたアイドルのような扱いを受けているらしい。──アリアにことばかり追いかけていたあかりは最近までその事を知らなかったのだが。

 とにかく周りを盛り上げてくるタイプだ。こういう祝いの場で呼べば楽しい人であるのは間違いない。

 ただソラだけは、理子が明るく楽しくみんなを振り回しているそんな様を冷めた目で見つめていた。

 

(う~ん。ソラ君ってやっぱりこういうのあんまり好きじゃないのかなぁ?)

 

 思えばソラが祝勝会などに出てくるのは初めてな気がする。

 このような機会がある度に断られていただけに、今回も半ばダメもとで誘ったため、来てくれるとわかった時に、あかりは思わずその場で飛び跳ねてしまったほどだ。

 

(でも、せっかく来てくれたんだし、楽しんでほしいよねっ)

 

 そんなあかりの気持ちを汲んだのか、ライカが早速アイスやらパフェやらをたくさん注文していた。しかし、ソラの顔色は優れないままだった。

 

「ののかちゃん、飲み物取ってきてあげますね」

「ありがとうございます。志乃さんって美人だし、それにとっても優しいですね!」

「はぅっ! ……い、いけない、予期せずトマトジュースを作ってしまうところでした」

 

 志乃は、一人だけ東京武偵高の生徒でないののかのことを気遣ってくれている。本当に優しい友達だとあかりは心の中で志乃にお礼を言う。

 

「それにしても弥白さんも来ていたんですね」

「ごほっ、ごほっ。あ、ああ、場違いなのはわかってるぞ。自分負かした相手の祝勝会に何来ているのだという話だものなぁ。うえぇ……」

「あはは。はい、お水です」

「ありがとだぞ!」

「いえいえ」

 

(ん? あれ?)

 

「でもののかがいたのは助かったぞ。間宮たちとは今話しづらいのだ」

「お姉ちゃんはそんな事気にしないと思いますよ」

「そっかー?」

 

(なんかおかしくない?)

 

 見間違いでなければ、ののかと竹中がとても仲好さそうに話している。

 これは、おかしい。

 

「ちょっと待てぇー!!」

 

 あかりの大声にののかは驚いたのか、コップを倒しジュースを零してしまう。幸いテーブルの上からは漏れず、服などは無事だったみたいだが。

 

「……あれ?」

「おい、平気であるかぁ?」

「え……は、はい。大丈夫みたいです。もう、お姉ちゃんったら、いきなりそんな大声出したらびっくりするでしょ!」

「あ、ごめん──じゃなくて! どうしてののかと竹中そんなに親密そうなの!?」

「そうです! ……まさかあかりちゃんだけじゃなくて、ののかちゃんにまで手を!?」

 

 あかりと一緒に志乃まですごい勢いで竹中に詰め寄る。何故だろうか、あかりよりも志乃の重圧が数段上だ。

とはいえ、関係が気になっていたのはライカたちも同じらしく、詰め寄らないまでもこちらをうかがうような気配を感じる。

 

「特売のスーパーでよく会うらしいよ」

 

 あっけなく、どうでもよさそうな声で、ソラが二人の代わりに答えた。

 

「もしかして、前から話してたスーパーでよく会うお兄さんって」

「弥白さんのことだけど」

「そうだったんだ……」

 

 意外な所で人の縁は繋がってるんだなぁと思ったあかりだった。世間は狭い。

 

「それだけですか? 本当に手を出していたりしていませんよね? ねえ?」

 

 ところで、どうして志乃はそんなに必死に追及しているのだろう? あかりはもう納得していたのに。不思議だ。

 

「手を出すとはなんなのだ!? ののかは一般中学だぞ!?」

 

 竹中は竹中で何か噛み合っていないような気がする。

 

「……この様子なら本当に、でも、しかし、お互い名前呼びと言うのは……」

「な、なんか今日の佐々木怖いぞ。百鬼夜行もびっくりなのだ。ソラは何か知ってたりしないのか?」

「僕に聞くな」

 

 竹中が恐る恐る同意を求めているが、ソラは迷惑そうに口をへの字に曲げていた。

 

「ソラさんも、また会えてよかったです」

「あー、うん」

 

 朗らかに話しかけるののかに対してソラは一見素っ気ない。

 ただ、どこか双方ともどこかテレがあるように見える。というか、ソラの対応が付き合いの薄さの割にマイルドのような気がしなくもない。

 

「なるほど……やはり真の敵はあなたでしたか」

「は? 『真の敵』は僕ではなく、寧ろそこの肉類の方だろう。増加傾向のある体重的に」

「!? さ、最低です!」

「お腹ブクブクだから」

「ま、まだ言いますか! わたしは太ってなんかいません!」

「ブクブクブクブク」

「キーッ! あ、あなたを殺してわたしも死にます!!」

 

 志乃とソラは相変わらずだった。

 みんな関わりたくないのか、二人の周囲にちょっとしたスペースが出来ている。さすが三不仲。

 

(そ、ソラ君のせいで、お肉食べづらくなったんだけど……)

 

 大丈夫だよね。普段そんなにお肉食べてないし。

 そう自分に言い聞かせ、あかりは結局また箸を進めるのだった。

 竹中がののかと安売り談義をしていることもあり、理子の今の絡み相手はライカに移っていて、タバスコをたっぷりかけたピザを皿に盛られている。麒麟もそれに便乗して遊んでおり賑やかだ。志乃とソラはまだ言い争っている。飽きないものだ。

 

(みんな、楽しそう)

 

「……ふぅ、にぎやかね」

 

 一息つくようにして、アリアがあかりの隣に座ってきた。

 

「でも、こういうのも偶にはいいかもしれないわね」

「アリア先輩?」

 

 その時のアリアの顔は綺麗で可憐ながらも、どこか寂しそうに見えた。

 

「そういえばしっかりと言っていなかったわね。勝利おめでとう、あかり」

 

(やった! アリア先輩におめでとうって言われたっ!)

 

「ただ、今回はあくまで訓練だったからいいものを、一度の実戦で何回も倒されていたら武偵として終わりよ」

「はい……」

 

 浮かれたのも束の間。アリアは戒めるかのようにあかりの課題点を挙げる。

そう、今回あかりは、竹中にもボロボロの高千穂にも、簡単に倒されてしまっていたのだった。

 

「でも、敵リーダーからフラッグを奪ったのは見事よ。そうやって自分の長所を生かすのは偉いわ」

「できたのはそれだけで、ほんの数秒時間を稼いだだけなんです。考えてみるとあたしってすごく弱いんだなぁって思って」

 

 確かにあかりのおかげで負けずに済んだ面もあるかもしれない。だが、もし最初からあかりじゃなくもっと強い人が代わりに入っていれば、そもそもとして竹中や高千穂を止められたのだと考えると、あかりは自分の戦果に胸を張るなんてことは出来なかった。

 普段なら、アリアに褒められたら、どんなに落ち込んでいても、顔がぱぁぁぁと輝くあかり。しかし、今この時に限っては、アリアが先に言った「武偵として」という言葉を聞いて、考え込んでしまっていて、そんな余裕は無かった。だから、しょんぼりしてしまう。

 

「前も言ったでしょう? あんたがいきなりAランクとかSランクの力を持っていてもって」

 

 アリアはそんな俯くあかりに目を合わせ、安心させるような声で話しかけてくれた。

 

(あの時のアリア先輩とお風呂……じゃなくて、アリア先輩の言葉すごく嬉しかった)

 

「最初からなんでもできる奴なんかいないわ。これから徐々に強くなっていけばいいのよ」

「はい!」

 

(そうだよ! あたしはアリア先輩の戦妹(アミカ)なんだ! 少しずつ、アリア先輩の背中を追いかけていこう)

 

 胸の前で両手をグッと握りしめて決意を固める。

 

「これからすっごく頑張りますから、アリア先輩も見ててください!」

「はいはい」

 

 あかりに向けるアリアの顔は、微笑ましいものを見るような優しいものだった。

 

「あかりちゃん、デュエットしませんか?」

「うん!」

 

 タイミングを見計らったかのように志乃が声を掛けてきて、あかりもそれに応える。アリアとの間に割り込むようにしてきたように見えたのは、きっと気のせいなのだろう。

 さっきまで志乃と言い争っていた相手であるソラを見ると、不貞腐れたかのような顔であかりたちを見返しながら、やけのようにアイスを頬張っていた。

 

 ──そう。今は頑張って、楽しんで、毎日を一生懸命生きていけばいいんだ。

 ──二年前のことも、間宮の技も今は忘れて。

 

 祝勝会は最後まで楽しく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この楽しい日常に影が差してしまったのは、この日のあとすぐのこと。

 

 アリアの時間が空いたというので、あかりは早速訓練を見てくれることになった。アリアはただでさえ多忙な身の上のため、こういう機会は少ない。それでも態々時間を作ってくれているあたり、無敵のSランク武偵も後輩に対してはかなり甘いようだ。

 そのことに最初は子供みたいに喜んでいたあかりだったが、次第にその顔が曇り始めてきてしまう。

 

(アリア先輩が見てくれてるのに、全然うまくいかないよぉ……)

 

 命中率十分の一以下。そこら辺のちょっと手慣れた一般人の方が余程上手。強襲科(アサルト)生としては落第の中の落第。

 何も知らない一般人ではないのだ。普通に教えられ、普通に訓練していれば、ここまで下手なのは在り得ない。

 

「あんた、元々打ち方に悪い癖がついてて、それを抑えてるんじゃない?」

 

 だからアリアにも疑念を持たれた。

 

「ちょっと見せなさい。元々手が覚えていた撃ち方を」

 

 ──イヤだ! イヤだイヤだイヤだ!

 

「見せなさい!」

 

 けれども、もう隠しきることなどできなかった。ここが限界だったのだ。

 そして、ついには、知られてしまった。あかりの秘密を。間宮の技を。

 

 撃ち抜かれたのは、ターゲットの額、左右の目、喉、心臓……

 

 見てほしくなかった。嫌われたくなかった。

 今すぐ、この場から逃げなければと思った。

 

「ちょっと! 待ちなさいあかり!」

 

 アリアの静止の声を振り切って。

 どこに行くわけでも無く、駆けだしていた。

 

(アリア先輩に知られちゃった)

 

 あかりの9条破りのクセ……間宮の技の一端(ヒトゴロシノワザ)を知られてしまった。

 

 武偵法9条

 武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

 

 間宮の家の先祖は代々公儀隠密だった。

 それは、生死を懸けた戦いが続く危険な仕事。

 時代が移り変わり、その任を解かれることとなっても培っていた技は現代にも伝えられてきた。

 体術、銃、薬、そして殺人術……

 武偵となった今も、しみついた習慣はなかなか拭えない。不殺が信条の武偵にとって、全てが必殺の間宮の技は枷でしかなかったのだ。

 だから、隠してきた。少しずつ矯正してきた。ソラにも手伝ってもらって。

 なのに、アリア先輩には結局ばれてしまった。そのせいで大好きな先輩であるアリアに嫌われるのが怖くて、逃げてしまった。

 こんなことをしてもどうしようもないのに、足は止まらない。

 

 何からも逃げてきた先で──

 

「くっしゅん! おい間宮、ランニングなら前を見てやれ。他人にぶつかるのはいいが、僕にぶつかったらどうする」

「ソラ君……」

 

 ソラと出会った。

 

 いつだったか、あかりはソラに聞いたことがある──「どうしてソラ君は武偵を目指すことにしたの?」と。

 そうして、一度「どうしてそんなことおまえに言わなければならない」と前置きしたあと、返って来た答えがこうだった。

 

『なんとなく、多分向いているから』

 

 人を助けるという行為は本来とても大変なこと。

 だが、気負いも無く、意味も無く、ただなんとなくソラは人を助けることができる。

 それは正義の味方だとかそういうことではなく、ソラにとって多くの状況の難易度が低いため。

 多くの人が、落ちた財布を届け出る程度の善性を持っていても、殺人犯に立ち向かえる者はほとんどいない。極端に言えば、ソラにとっては前者も後者もほとんど変わらないレベルに映る。とても強いからだ。

 妬ましいわけではない。

 そんなことを思ったことは一度たりともない。

 それでも、どんな時でも威風堂々と自分の道を突き進むことのできるソラを今その目に映すことは、全身を刃物で切り裂かれるような苦行にさえ感じたのだった。

 

「ちょい待て」

「ぐえっ」

 

 しかし、今度は逃げられなかった。思いっきり制服の襟を引っ張られ止められたからだ。

 その拍子に女の子が出してはいけないようなうめき声まで漏れてしまう。

 

「何があったか聞いてやらないこともない」

「ごめんソラ君。今そんな」

「何があったか聞いてやらないこともない」

「え、でも、その」

「何があったか聞いてやらないこともない」

「………」

 

 逃げられないことを悟ったあかりは、決してソラと顔を合わせないように地面を見つめながら、諦めたかのように事の顛末を語った。

 アリアに9条破りのクセがバレてしまったこと、そしてそのまま逃げだしてしまったことを。

 

「なんと言うか、ごほっ。 ……メンドクサイ」

 

(え……。ソラ君から聞いてきたのに酷い……)

 

 いくらなんでもすぎる返しにあかりは唖然として思わず、ソラの顔を見返してしまう。

 その琥珀色の瞳は、いつも通り世界が映り込むのを拒絶するかのように澄んでいて、紡がれた声は本当に面倒臭そうないかにも投げやりなものだった。

 

「僕はいつかバレると言ったはず。その時に備えておかないのは間宮の圧倒的怠慢だ。つまりは自業自得、間宮が悪い」

「うぅ……」

 

 ソラの言うことはもっともだった。正しくて、客観的な、強いからこそ言える言葉に違いなかった。

 でも、あかりはソラとは違う。あかりは弱いのだ。そんな簡単に全てを割り切ることなどできやしない。

 

「大体、それだけ早くバレたということは、アリア先輩が──ごほっごほっ!」

「ソラ君の……」

「え、間宮?」

 

「ソラ君の……ソラ君のばかぁ!!」

 

 そう叫んだあと、あかりはまた駆け出した。

 背後のいるソラの顔を見ることもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、どうしたの? 全然箸進んでないよ?」

 

 夕食の席でボーっとしていたあかりを、ののかが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 あのあと、家に帰ったあとも、あかりはずっと上の空だった。

 

「えっと、ちょっと考え事してて」

「そうなんだ。ほどほどにね」

 

 「えへへ」と、笑って誤魔化すあかり。表情がぎこちなくなってないか不安だったが、ののかは深く聞くことなく引いてくれた。

 

「えっとお醤油」

「あはは、ののか。目の前にあるでしょ」

「……あ、うん。ほんとだ」

「もうー、ののかったら何してるのー」

 

 夕食が終わって少し下頃にあかりにメールが届く。アリアからだった。

 もし、今日のことでアリアに嫌われてしまっていたらどうしようと、恐る恐るメールを開くと、

 

『明日の朝、資料の整理を手伝いなさい』

 

 いつも通りの簡単な手伝いを頼むものだった。あかりは拍子抜けしたと同時に、嬉しくなる。

 

(アリア先輩、まだあたしと戦姉妹(アミカ)でいてくれるんだ…!)

 

 アリアがこうしてくれているのに、あかりがいつまでも気にしては仕方ない。「よし!」と明日の自分が頑張れるように鼓舞する。

 

(ソラ君にも明日謝ろう)

 

 あかりはソラにあんなことを言ったのは初めてだった。自分でもあんなことを言ってしまうだなんて思いもしなかった。

 だって、あかりにとってソラは恩人なのだから。

 

(……ソラ君、許してくれるかな……ううん、大丈夫。ソラ君は優しいもん)

 

「お姉ちゃん、考え事はご飯食べてからね」

「ご、ごめん」

 

 とにかく明日だ。

 明日になればきっとまた今まで通りの楽しい日々が待っている。あとは自分の気持ちを切り替えるだけでいい。

 あかりはまた「よし!」と言いながらガッツポーズした。……ののかに怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも笑顔を振りまいている間宮を見ていたりすると、楽しく生きるとはなんだろうとふと考えることがある。

 人の気持ちがわからないとか、そんな大仰なことを言うつもりはない。ただ、それでも考えないとわからないこともある。

 いつか将来の夢を聞かれたことがあった。ならば目標を定め、先を見据えればいいのか。それとも蓮華が言っていたように今が良ければいいのか。

 ……まあ、すぐにどうでもいいと思って考えるのをやめるのだが。

 どうせ僕はうまくいく。悪くはなっても最悪にはならない。これが僕の結論だからだ。そんな僕だから結局考えてもわからないのだろうか。

 あの時どうすればよかったのか。

 僕は一体何になりたかったのか。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。優秀でただ優秀な僕は今そんなことを考えて、そしてまたすぐやめるのだろう。

 

「………」

「………」

 

 人工浮島(メガフロート)の西の端、海から漂う潮風はやはりあまり気持ちのいいものではなく、ここに僕が楽しいと思えるものはやはり無いことがわかる。

 だが、そんなことはどうでもいい。今はただ目の前の不愉快を消すことだけを考えればいい。楽しくなくてもいい僕だが、不愉快なのは許せない。

 ああ、頭が割れるように痛いのも、瞼が鉛のように重いのも、喉がいがらっぽいのも、汗が鬱陶しいのも、体がとにかく怠いのも、全てこの目の前の女が悪いに決まっている。本当に本当に不愉快だ。

 

「だから、ちょっとぶっとばすから、武偵殺し」

「くふっ、ソラランってば過激ぃー。でもでもぉ、あんまり1年生が上級生舐めない方がいいよ?」

「はぁ、舐めているのはどっちだか。で……えーっと、誰だっけおまえ?」

 




 『バカと天才は紙一重』、『バカは風邪を引いても気が付かない』──あとはわかるな?

 次回、ついにソラが頑張ります!



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