Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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 帰ってきました『雨が嫌い』です。
 まず前作を見ていてくれた方に謝罪をします。
 一年半も放置してすみませんでした。
 AAのアニメを見て再び書く気力が湧き、真に勝手ながら新作と言う形で投稿させていただきました。

 そして、こちらから見ていただいた方には初めましてと挨拶させていただきます。

 一応前作『鉛色から空色へ』のリメイクと言うことになってるため似たようなところは少々ありますが、ほとんど新作と思ってくれて構わないです。

 それでは、本編へどうぞ。
 皆さんの暇つぶしになってもらえれば幸いです。




ChapterⅠ 哀縁喜縁のスカーレット
Prologue『主人公欠席の報せ』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 あの頃は毎日がとても楽しかった。

 あの人と共に学び、遊び、同じものを目指して日々を駆け抜けていたあの頃。

 もう失ってしまったあの頃。

 

 あの頃は今こんなことになるなんて夢にも思わなかった。

 あの人を失うだなんて思わなかった。

 胸に風穴が開くような苦しい思いをすることになるなんて思わなかった。

 

 あの頃にもう一度戻りたい。

 あの人と笑い合ったり、真剣にぶつかり合ったり、認め合ったりしたい。

 ただ、一緒にいたい。

 

 

 それが出来ない自分が。

 踏み出すことのできない弱い自分が、殺してしまいたいほど嫌いだった。

 

 

 だけれど、ならばあの時私はどうすればよかったのだろうか。

 私は一体何になりたかったというのだろうか。

 愚かで卑しい私は今もずっとそのことだけを考え続けている。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ日が完全に上りきっていない早朝。

 竹中弥白は日課のランニングを行っていた。

 日の光も薄く、うっすらと白い靄のようなものが景色に溶け込んでいる街並みを、軽やかなステップで駆け抜けていく。

 弥白は最近の高校生の例に漏れず、にぎやかなことが好きで、運動が好きで、勉強が嫌い。そんな普通の男子高校生であるが、このまだ街が起きていない静けさとひんやりとした朝の空気もまた大好きだった。

 人がほとんどいない静かな街を一人で走っていると、自分がどこか特別な存在に思えてくるのだ。

 もちろん、それはただの錯覚だということはわかってはいるのだが。

 

 しばらく無心で走っていると、進行方向に一人の少女が歩いているのが見えた。

 空色のショートカットの髪と表情の無い顔。極め付きは背負っている狙撃銃。

 そんな特徴的なキャラクターは、弥白の知る中では一人。

 

「おはようだぞ!」

「はい、おはようございます」

 

 そんな不思議な雰囲気を持つ彼女は、朝の散歩が日課らしく、朝走っている弥白と顔を合わせることが何度もあり、今ではあいさつする程度の関係だ。まあただそれだけで、名前さえ知らないのだが。

 

「朝散歩なら今の季節、西海岸近くの通りとかおすすめだぞ! 朝焼けのレインボーブリッジもいい感じで、場所柄なのか風がとっても気持ちいいのだ!」

「……風が」

 

 通り過ぎざまそう言ってみると、彼女は僅かだが反応してくれていた。

 反応が薄いのはこういう人なのだろうと認識しているため、気にはならない。それでも反応してくれたということは、彼女の琴線に少なからず触れたのだろう。

 自分のおすすめが人に肯定されたような気がして、弥白の足取りはさらに軽快になっていった。

 

 そうして10分以上は走っていたことだろう。

 

 大体今日の折り返し地点と弥白が定めたところ──人工浮島(メガフロート)西海岸近くの通り──にぽつんとある自販機でスポーツ飲料を買って一先ず息を整える。

 この先の道をさらにずっと行くと東京湾に出ることができるのだが、コンクリートで固められたこの島に浜辺なんて気が利いたものはないし、東京湾自体汚くて人が入れたようなものじゃないため、この辺りで眺めているのが一番いい。

 

『────』

 

 一瞬ノイズのようなものが頭の中を走る感覚。

 弥白はそれを酸欠気味のこの状態故の立ちくらみのようなものだと思った。

 

「弥白殿ではござらんか」

 

 こんな感じに風魔陽菜が声を掛けてきたりして。

 

「む……久方ぶりだぞ」

 

 陽菜としっかりとした会話をいつからしていなかっただろうか。

 もしかしたら、高校生に上がって以来、初めてのことになっていたのかもしれない。

 弥白は、中学生の頃毎日のように顔を合わせていたのに、この春から少しだけ疎遠になってしまっていた。

 久方過ぎてどう話し始めればいいのかわからないのだ。

 

「息災で何よりでござる」

「うん! ヒナはここまで朝が早かったとは記憶していなかったぞ」

「いえ、ここの付近で新しく深……ごほんっ、早朝バイトを受けた次第で」

 

 陽菜は学校制服ではなく、紺色の作業服のようなものを着ていた。胸にデフォルトされた三毛猫の刺繍がしてある。遠目に見た時にわかったが、バイト先の制服なのだろう。

 

「そうであるか」

「そうでござる」

 

 なんて、取り留めのない、談笑をしたりする。

 

 

 

 

 

 ……………

 ………

 

 まあ、現実はそううまくいかないのだが。

 

 体も随分と冷えている。どうやら休みすぎてしまったようだ。

 春先はまだ冷える。このままずっとこうしていたら風邪を引いてしまう。

 白く靄がかっていた景色は本来の色を取り戻してくる。少しずつ、外にも音が漏れ始め、街もまた起き始めたようだ。

 遠く見えた知り合いの少女をしり目に弥白は走って帰宅をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やってしまったのだあああああ!!)

 

 始業式、HR、そして授業代わりのガイダンスが終わった放課後の教室で、頭を机に何度も打ち付けていた少年が一人。

 竹中弥白。15歳である。

 どうしてこんなことをしているのかはまるでわからない。何をやってしまったのだろう。一般教養の教科書全て忘れてきたのはきっと関係ないはずだ!

 ガツンガツンと、音が鳴る中、最後の一回は一際強く入ってしまったようで、

 

「〰〰〰〰〰っ!」

 

 口をパクパクしながら、悶絶する。

 そのおかげ(?)で、この意味の無い自傷行為は終わりを迎えることが出来たのだが。

 

「バカになるかと思ったぞ。危ない危ない」

「もう手遅れなんじゃねーの?」

 

 そんな自己嫌悪中の弥白に話しかけてきたのは同じクラスで同じ強襲科(アサルト)生でもある火野ライカだった。165cmと女子の中では長身で、男勝りな性格から『男女』と呼ばれていたりする、金髪ポニーテールの少女。

 因みに弥白より背が高い。弥白の身長は……

 

(あるっ、おれは160cmあるのだ! チビではないぞ……四捨五入すればギリギリ)

 

 男子としては少しばかり(・・・・・)小柄な方。(自己申告)

 

「バカだバカだと思ってたけど、あれだ。……おまえ、相当頭おかしいな」

「ぐっ……そ、その感想は、おれの心に思いのほか突き刺さっているのだ」

「えーっと、壊れた奴にはどうすりゃいんだっけ? 確か、斜め45度で──」

「更におれの頭部にダメージ叩き込む気なのかっ!?」

「あーもう! バカのせいで話が全然進まない」

「え、おれのせいではないのだ!? そもそもおれはバカではないぞ!」

 

 火野は何だか少し機嫌が悪いように見える。

 確かに火野は弥白と同じ強襲科(アサルト)生だけあって、気が短めなところがあるが、基本的に面倒見がいい姉御肌な人間。

 それに怒る時は一気に爆発するタイプでもあるので、こうちょっとイラついている状態は中々レアであったりする。

 少なくとも、ここ一ヶ月ほど接していている中で、弥白はこんな火野を見たこと無かった。

 

「あのさ、竹中。ソラのこと知ってるか?」

「それは、ソラが世界から消失し、皆の記憶から消えたのを信じられず質問した、という解釈なのだな? どうやらおれも特異点らしいぞ、ソラのことは覚え──アガッ!」

「斜め45度。斜め45度」

「治った! 治ったのだぁ!!」

 

 女子だというのにイラついたら、このようにすぐ手が出る。

 まあ、今のは弥白が悪かったし、強襲科(アサルト)としては健全で何よりの行動ではあるのだが。

 

『野蛮です。女性であるならば、慎みを何より持つべきです』

 

 黒重()ならばそう言っていたに違いない。

 そう頭を過った時点で、弥白は憂鬱な気持ちがぶり返してきた。

 

(幻聴とか……火野がぶつからだぞ!)

 

 とは言っても、火野にとってはそんなこと知った事ではない。

 

「アタシは、ソラが今日来てない理由を知ってるかって聞いたんだ」

 

 言われて気が付く。そういえば、教室にソラがいない──ということに。

 寝る時間もイマイチ定まっていないのか、いつもバラバラの時間に教室に来て、時に弥白の話を聞いてくれて、時に漫画を読み、時にボーっとしているあの友人が今日は来ていない。

 そんな事にも気が付かないなんて……

 

「はぁ……。いくらソラでも始業式からいきなりサボりかますとは、予想外だったぜ」

 

 火野は呆れた顔を片手で抑え、疲れたように項垂れた。

 

「サボりと決まったわけではあるまい」

「いや、絶対サボりだな。思えば一般の授業自体はまだないからさ、理由としては十分以上にあるし。まあ、ただのサボりなら良いんだ。……いや、良くはねーけど」

 

 当たり前だが、ガイダンスや始業式はテストにでない。しかし、だからと言って軽視していいものでもない。でなければ世の中の高校生は全員ボイコットしていることだろう。

 だがそれらは、一般的な考え方であって、あの(・・)石花ソラにも当てはまるとは言い切れない。

 それに、火野はサボりを咎めていると言うより、何かあったのではと心配しているようにも見えた。

 

「うん、魔物の巣窟とはまさにここのこと! ゆえに、この武偵高では何が起こるかわからないのだ。火野の心配も理解できるぞ」

「武偵、それに武偵高か。国が定めた資格って言えば聞こえがいいけどさ、その実日常的に殴り合ったり、取っ組み合ったり、挙句拳銃ぶっ放し合ったりするところだしな、ここ」

 

 「ま、通ってるアタシらが言うのもおかしな話だけど」と続ける火野の言う通り、東京武偵高(ここ)はただの高等学校では無い。

 

 武偵──武装探偵。

 その名の通り、武装した探偵のことで、職業でもあり、国家資格の一つでもある。

 凶悪化した犯罪に対抗するため、ナイフ、拳銃などの武装が許可され、それらを用いてあらゆる有事を有償で解決する。

 これを何でも屋と受け取るか、ヒーローと受け取るか、はたまた荒くれ者と受け取るかはその人の価値観に寄るだろうが。

 

 なお、武偵能力は通常Aを優秀とし、Eを劣等とする、五段階評価で格付けされており、竹中弥白は強襲科(アサルト)Cランク、火野ライカはBランク、ソラ──石花ソラは諜報科(レザド)のAランクである。

 

 そして、ここ東京武偵高はその武偵を育成する学校。

 強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)諜報科(レザド)尋問科(ダキュラ)など様々な専門科があり、中には習っていいのかこんなことと、言われるような内容も含まれている。

 特に弥白や火野の所属する強襲科(アサルト)はその名の通り強襲、戦闘で犯人を強引に逮捕する武偵高の中でも最も過激な専門科だ。

 卒業までに約3%の生徒が死んでしまうと言えば、その苛烈さが感じられることだろう。

 

「これでも日本はまだマシな方だけど。アメリカとかに比べれば」

「物騒な世の中になったものなのだ。おれは日本人で良かったぞ!」

「ま、本当に日本が安全だったら武偵なんてないけどな」

 

 そんな風に弥白がライカと取り留めのない話をしていると、

 

「相変わらずライカちゃんはソラ君のこととなると心配症だね」

 

 平頂山蓮華が唐突に割って入って来た。

 蓮華は相変わらずの『この世を誰よりも楽しんでます』といった顔で、片手を腰に、もう片方の手でこちらを指さすようなポーズをとっている。かっこつけているつもりらしい。

 

「やぁやぁ、お二人さん。話は聞かせてもらったよ」

 

 しかも、堂々と盗み聞き宣言してくる始末。

 余りにも堂々としすぎていて、これが正しい人の在り方なのかと誤解してしまうほどに清々しい口調だった。

 その証拠に弥白と火野の顔には呆れしかない。

 

「ライカちゃんが心配してるのは、ソラ君自身のことよりも、あの人と一緒にいるか的なことじゃないのかな? 二人の距離が近づいたらどうしようとか? そのままその先に行ってしまったら、とか?」

「ち、違うッ! アアアタシは別にそんなこと……」

 

 突然狼狽えはじめた火野を弥白は胡散気な目で見ていたが、『二人』という言葉はどうも引っかかる。

 

(ソラと仲がいい奴などこのクラスの他で居たというのかぁ? ソラ基本一人ぼっちであるし。うん? うんうん? ……まさかヒナではあるまいな?)

 

 思いっきりソラに失礼だが、事実なので仕方がない。

 ソラは悪い人間ではないが、クセの強い性格だけに親しい人間が少ないのだ。

 

「もしも二人が過激なSMプレイをしてたらどうしよう、と」

「ねーよ」

 

 一瞬で空気が白ける。

 

(『えすえむぷれい』とはなんぞや?)

 

 弥白には意味のわからないことであったが、蓮華が悪いのだろうなぁ、ということだけはなんとなく伝わった。

 

「で、何の用だよ」

「そうだった本題があったのを忘れてたよ、ライカちゃんの反応が可愛くて。いや、ホント可愛くて、可愛くて可愛くて可愛くて!」

「な!? 蓮華ェッ!」

 

 火野は「バカにスンナ」といった顔で再び蓮華を睨むが、睨まれているはずの本人はどこまでも楽しげな笑顔で受け流す。

 因みに、火野は「ライカちゃん」呼び自体、嫌がっている。なんかムズかゆくなるらしい。それもわかっていて蓮華は直そうとしないのだが。

 

「まあまあ落ち着いて」

「誰のせいだ! ったく」

「あははのは。それで、話というのは今朝の事件のことなんだけどね」

「もしかしてそれってさ、第二グラウンド近くで起きた爆弾事件(ボム・ケース)のことか?」

 

 火野も心当たりがあるようだった。

 

(ああ、武偵高の周知メールでそんなようなことが書いてあったぞ)

 

「おやおやライカちゃん、知っていたのかな?」

「今朝、たまたま現場の近く通ってさー。でも、態々話すようなことか? こんな近くで爆弾事件が起きたってのはそこそこ(・・・・)のことだし、物騒だ。でもさ、蓮華がもったいぶって言うようなものとは思えないんだけど?」

 

 爆弾事件がそこそこで済まされてしまうあたり武偵高の特異さが見て取れるものだ。

 尤も、今ここで話している面子はすっかり侵されてしまっているので、火野の言葉に誰も反論したりはしないのだが。

 

「重要なのは事件そのものよりも、その関係者というべきなのかな。その関係者というのが、ななんとなんとっ! 遠山キンジ先輩と神崎・H・アリア先輩なんだよねぇ」

 

 今聞こえた名前は弥白にとって、決して聞き流せるようなものでは無かった。

 遠山キンジ。

 元とはいえ、SランクというAよりもさらに優秀なものに送られる特別ランクを所持していた凄腕武偵で、弥白にとって憧れの人だからだ。

 

「今、アリア先輩って言った!? 言ったよね!」

 

 蓮華に続きを促そうとした時、横から口を挟んで来た者がいた。

 

「む、チビすけ、勝手に話に入ってくるなだぞ!」

「チビすけじゃないもん! あたしには間宮あかりって名前があるんだからっ! それに背だってこれから成長するもーんだっ!」

 

 間宮あかり。

 神崎・H・アリアの熱烈なファンだ。それも、今のように蓮華が少しばかりアリアの名前出しただけで飛んでくるほどの。

 身長もこの年にして140cm無く、大きな白いリボンでこしらえたツインテールも相まって、見た目はどこからどう見ても小学生。

 同じような体型でSランクを取っているアリアを心底尊敬しているらしい。

 

「絶対成長止まっているのだ。もう高校生なのだぞ?」

「うぐぅ……それを言うなら竹中だってぇ…! その言葉は自分にも返ってくるんだからね」

「残念であったなぁ、男子は高校生からでも伸びるのだっ!」

「でも竹中は伸びないもん!」

「おれは伸びないとはどういう意味なのだああああああ!」

 

 多分そのままの意味である。

 

「とにかく異議ありっ! 竹中の今の言葉に異議があるよ!」

 

(今言っていたことに異議があるだと?)

 

 つまり、間宮あかりの正体は……

 弥白は確信をもってそう告げる。

 

「驚愕、しかし納得なのだ。やはりおまえ小学生であったか…!?」

 

 衝撃に見えて、ああやっぱりと言う事実を。

 

「なんで!? なんでそうなるの!?」

「だって、おれの言った『もう高校生』という言葉に異議がある、つまり高校生ではないということになるぞ!」

「そこじゃない! 一個前っ!」

「それより前……だと…? よ、幼稚園生……?」

「誰がよーじたいけーせいちょー見込みなしのじゅんどうだあああああ!!」

「柔道がどうかなんて誰も言ってないのだあああああ!!」

 

 誰も間宮に幼児体型など言ってはいないし、誰も弥白に柔道がどうかなど言っていない。

 こんな感じに二人は日常的に言い争う仲だ。犬猿の仲とも言う。

 160cm無い男子と、140cm無い女子がバカみたいに言い争っている。しかも身長に合わせたかのような童顔同士。傍から見れば、ガキのケンカにしか見えない。小学生くらいの。

 子供のケンカは大事になることは少ないが、とにかくやかましい。今日はこの二人を相手する係がいないので尚更。

 

「うんうん、あかりちゃんおっぱいも小さいからね。でもそれがいい」

「蓮華は事件の概要だけ話してあとは口を開くな」

「……い、イエス、マム」

 

 蓮華は、ライカにがっしりと頭を掴まれて冷や汗をかいている。

 恐らくかなりの力でギリギリと圧迫されているのだろう。いつも怪しい笑みを浮かべている顔も今は苦痛に歪んでいる。

 そして、やっと語り始める今朝の事件の詳細。

 

 始まりは今朝、始業前のことだった。

 東京武偵高2年生の遠山キンジは、世にも珍しいチャリジャックの被害者になってしまう。

 そんな彼を同じく東京武偵高2年生、神崎・H・アリアがパラグライダーを用いて上空からかっさらう形で救出(セーブ)した。

 

 と、まあ、まとめてしまえば一言二言で済んでしまうような出来事だが、ビックネームである二人の2年生が絡んでいるというだけで、事件に重みが増すように弥白には感じていた。

 

「むむ、間宮ぁ、なんなのだその顔はぁっ」

「べっつにー! ふふんっ」

 

 その話を聞いているうちにどんどんニヤけが増してきていた間宮だったが、ついにはドヤッとした顔を隠そうともしなくなった。

 

(大方、アリア先輩“が”キンジ先輩“を”助けた。その事実に勝ち誇っているに決まっているのだ。ムカつくぞ)

 

 弥白はフンっと鼻を鳴らす。

 

「ふふふ、そっか! アリア先輩使ってくれたんだ!」

 

 ただ、間宮が喜んでいたのは別のことだった。

 

「それねっ、そのパラグライダーってね、あたしが縫ったやつなの! アリア先輩のために!」

「む? なんで間宮がアリア先輩の道具を作っているのだ?」

 

 しかし、そのことに疑問を持ったのは弥白ただ一人で、他のメンバーは逆に納得の言った顔を見せていた。

 わけがわからないという顔をしていた弥白に火野が説明してくる。

 

「ああ、竹中はまだ知らなかったのか。あかりの奴、昨日付でアリア先輩の戦妹(アミカ)になったんだよ」

 

 ──間宮が、アリア先輩の、戦妹(アミカ)

 

(それはなんの冗談なのだ? だって、間宮はEランクで、アリア先輩はSランク。昔のキンジ先輩と同じランクであるはず。ありえない、ありえないぞ。…………はっ! まさか夢!?)

 

「ソラからバーッと、セーブ! アリア先輩かっこいい! 遠山先輩なんかとは比べものにならないっ!」

 

 俯いていた弥白が次に正面を向くと見えたのは、どこまでの憎たらしげな顔をしたチビッ子間宮だった。

 

「……何やら笑止千万な戯言が聞こえたなぁ。でぇ、誰と誰が、比べものにならないのだ?」

「あっれー? 聞こえなかったの竹中ー?」

「ああ、キンジ先輩が超カッケーという話であったか?」

「そんな人いたねー。アリア先輩に“助けられた”人だったっけ?」

「ぐぬぬ……ど、どうせ偶然そうなっただけに決まってるぞ!」

「何それ! 負け惜しみも大概にして!」

「負け惜しみとは心外なのだ! ソラもこいつにドカンと一発かますべきだぞ!」

「ソラ君、あたし間違ったこと言ってないよね!?」

 

 ………

 二人の問いに一切の返事は返ってこない。

 

「だから、ソラなら今日来てないって」

 

「「あ」」

 

 火野は今日だけで一体何度呆れることになるのやらと、騒がしい友人たちを見て溜息を吐く。

 

(そうであった。ソラは、来てないのだ)

 

 ソラは今日学校には来ていない。

 いつもなら、弥白と間宮の話を聞いてくれるソラは、今日いない。

 

「詳しいことはまだわかってないみたいだけどね、聞いた感じだとどうもやり方が最近捕まった『武偵殺し』に似てるっぽいらしいかな」

 

 武偵殺しと言えば、爆弾を使い、武偵ばかりを狙う犯罪者で、最近捕まったはずだ。

 模倣犯か何かかと考える弥白だったが、それはこれから鑑識課(レピア)が行う仕事でわかることだろうと結論付けた。

 

「そういや蓮華はどこから今の情報を仕入れたのだ?」

「2年の峰理子って人のこと知ってるかな?」

 

 そんな疑問を蓮華は見透かしたのか、一人の名前を挙げる。流れからしてその人が蓮華への情報提供者なのだろうが、弥白は知らない名前だった。

 

「背が小さくて、おっぱいが大きい。ビバ、ロリ巨乳っ」

 

 その情報はいらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中に行う一般教養が終われば、専門科の時間だ。

 弥白と火野がいるのは強襲科(アサルト)の訓練棟たる体育館。

 学生たちはこの建物のいたる場所で、格闘訓練、筋力トレーニング、武器楝度向上など各々が自分を高めるために日々努力を重ねている。

 

「結局来なかったな、ソラ」

 

 ふとそう漏らしたのは火野だった。どうやら今日一日ずっと気になっていたらしい。

 

「充足。きっと用事があったのだ」

「それにしても、アタシに連絡くらいしてくれてもいいだろ」

「む? なんで火野に必要なのか意味がわからないぞ?」

「教師に報告する奴が必要だろ」

 

(火野ではなければダメだという理由の説明ができてないぞ。でも火野がこういう時、口に出したら怒るから言わないのだ)

 

 前に弥白が、ソラのことをグチグチいう火野に意見した時のこと。弥白は単純に疑問をぶつけただけだったというのに、火野の方は真っ赤になって反論してきたものだ。

 

「あかりの奴も強襲科(こっち)来てねーし」

 

 あのあと間宮も「アリア先輩の手伝い」とか何とかと言い、そそくさと帰っていった。それはもう、嬉しそうに帰っていった。

 

「手伝いってなんだろう。この前暴れてた中華ギャングの事件関係か? アリア先輩も解決に関わってたらしいし」

「でも、アジト潰されてたって聞いたのだ。尋問科(ダキュラ)が吐かせた場所に行ったら、そこは血の乾いた惨状! メンバー全てぶっ倒れてたというではないかっ! 抗争か何かあったのだろうなぁ」

 

 今日の周知メールに来ていたもう一つの事件。

 捕まったあとも武偵高の生徒に暴行しようとしたり、その仲間を取り返そうと移送中のバスを襲撃した、往生際の悪い犯人グループ。

 そのアジトへ向かった所、もう全て終わったあとだったという話。

 幸い誰も死んでいなかったので仲良く刑務所にぶち込むことが出来たらしいが。

 

「ゆえに残ってることは、事後処理関係とかだぞ。だけど、間宮にその類の仕事任せるとは思えないのだ」

「それは……アタシも思う」

 

 間宮はEランク武偵。

 これはただ単純に弱いと言うだけではなく、武偵として必要な知識も欠けているということも差す。ランク考査は何も実技だけでは無いのだから。

 強襲科(アサルト)にとって頭でっかちは使い物にならないが、それでも知識がいらないわけでは決してない。少なくとも、知識だけでもしっかりしていればDランクくらいは取れるものだ。

 

「志乃の奴も、さっきなんか変だったし」

「あの場に佐々木もいたというのか? 気づかなかったぞ、これも修練不足と言うやつなのかぁ。己の未熟を嘆くばかりだぞ」

「いや、それはなんか違うと思う。……まあ、いたって言っても、途中からちょろっと来て後ろで静かに聞いてだけだし、わかんなくても無理はねーよ。俯いてなんかブツブツ言ってたのはちょっと怖かったぜ。まあ、今日はみんな変な日だったな。いつも通りだったのはアタシと蓮華くらいか?」

 

(おまえもちょっと変だったぞ)

 

 因みに、その蓮華はいつの間にかいなくなっていた。

 いつものことである。

 

「おれは別に変ではなかったのだ。自然体にして等身大だったぞ!」

「バーカ。頭を机に打ち付けている奴が変じゃないわけねーだろ」

 

 思い返してみれば奇行以外の何でもないことに気が付き、上手く言い返せない。

 

「あ、あれなのだっ。鍛えてたのだぞ、頭を!」

「頭鍛えるんなら、別の意味で鍛えろよ。中身とか」

「その物言い、まるでおれをバカと言ってるようではないか!」

「違うのか?」

「違うぞ!」

「じゃあ、なんであんなことしてたんだよ?」

「え、あの、その……そうだぞ! そんなことより今日も勝負だぞ火野!」

「話のすり替え下手な子かおまえ」

 

 強くなるには壁をどんどん乗り越えていかなければならない。決して言葉に詰まってしまったから苦し紛れに言っただけではない。

 火野のことを弥白は当面の壁に定めていた。

 

(この壁を乗り越えられないようなら、最強の英雄たる遠山先輩と肩を並べるようになるなど夢のまた夢だぞ!)

 

 弥白は、元気よくファイティングポーズを取る。気合十分だ!

 

「よしっ! 今日はおれが勝つのだ!」

「はぁ、それもいつも言ってるけど、実行された試しがねーよな」

「う、うるさいっ! 今日は勝つのっ!」

「ま、アタシもやるからには、手ェ抜いたりしないぜ」

 

 嘆息した様子から一転、火野から確かな闘気を感じる。

 

 ──隙がないぞ。

 

 ただ、構えているだけ。自分とそこまで格好は変わらないはずなのに、どうしてか威圧感が半端ない。弥白には、火野がとにかく大きく見えていた。

 

「来ないのか?」

「ッ! いくぞっ」

 

 その兆発を合図に火野に近づき、刻むように拳を放つ。しかし、そのいずれも火野は上体を揺らすだけで余裕を持って躱す。

 

(ぐっ……大きく見えているのなら当たってほしいぞ!)

 

 当たり前のことだが、人間は胴体を動かすより手を動かす方が早い。それなのに掠りもしないと言うことは、見切られているということだ。

 もっと踏み込まなければ当たらない──そう考えた勢いをなんとか留める。

 これ以上の大振りは腕を取られ、投げられる。最も弥白を負けさせたパターンだ。

 

(このまま単調な攻撃を続けても、ダメなのだ。すぐに負けなくても、勝利など遥か彼方だぞ)

 

 ここはあえて、突進する……ふりをして、反転。突進の勢いで投げようとした火野を逆に引っ張って投げる。

 見事に火野を投げ返すイメージを思い浮かべる。

 

(よし、ならまずは踏み込む虚で……)

 

「考えてるとこ悪いけどさ、足元がお留守だぜ!」

「わっ!?」

 

 出足を払われ、何とか踏ん張るが少し体勢を崩してしまう。その少しは、火野にとって十分すぎるほどの少しだった。

 次の瞬間、弥白の視界はグルンと一回転して──

 

「うがっ……!」

 

 マット床に背中をバシンッと強烈に叩きつけられた。

 しかも相手に受け身を取らせてもらったような投げ方。これ以上ないってくらいの一本。勝敗は明らかだった。

 今日の弥白と火野の模擬戦は呆気なく幕を閉じた。

 

(これで21連敗……ぐぬぅ、また勝てなかった! 悔しい、悔しいぞ!)

 

 火野は強い。ランクこそシゲルの一つ上のBだが、こうして手も足も出ないとこを見ると実力には一つでは済まないほどの格の違いを感じさせる。

 CQCに限れば火野はAランクでも十分通用するのではないかと思うほどだ。

 これで火野もソラに勝てた試しがないが無いというのだから、上はどこまでも果てしない。

 

 弥白は天井を睨み付ける。

 いくつか割れてしまっている影響でポツンポツンと点いて無い物があるが、照明はとても眩しかった。

 

(だけど、いつか絶対なってやるのだ! 一流の武偵に)

 

 そう遠山キンジのような──『英雄』に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、弥白はいつものように日課のランニングを終え、学校へ向かう。

 コースを変えた影響か、いつもより時間が少しだけ早くなってしまったようで、通り道に同じ制服を着ている人はまだ少ない。

 

 だからこそすぐに目についた。

 身長は170cm弱で細身の体躯。寝癖のように少し跳ねている黒い髪。琥珀色に透き通った瞳はうっすら浮かぶクマで装飾され、そこに仏頂面も合わさり、『この世の全てを恨んでます』とでも嘯いているようだ。

 

 弥白は、その昨日学校を休んでいた友人を視界に捉えると、元気いっぱいに駆け寄っていった。

 

「おはようだぞ、ソラ!」

 

 




 一応主人公は最後に容姿の説明だけ出てきた石花ソラという少年です。
 竹中弥白はとりあえず脇役キャラとなります。
 あ、竹中君はショタです。……どうでもいいですね。
 プロローグは一人を中心とした三人称もどきでしたが、次の話からは主人公の一人称となります。

 AAのアニメが始まってからテンションが上がって構成してきたので序盤の骨組みは出来ています。
 とりあえず次の話は明日投稿できると思います。
 というかそうしないと主人公のキャラがわからないですもんね! (主人公を最初に出さない作者が悪いことは棚に置いておきます)



 さて、最初なのでしっかりこう言わせていただきます。
 読んでくれた方、ありがとうございました!

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