短編ネタ Fate/zero × 神座シリーズ   作:天狗道の射干

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「そ~らをじゆうにト~びた~いな~」
「はい! 鴻・釣・道・人ィィィィン!!」


そんなノリで書いてます。
設定? 何それおいしいの?


二回目 どこに行くの、六条さん?

――人殺しと言うのなら、あなたも同じ穴のムジナでしょう。by形成(笑)

 

 

 

1.

 誰もが眠りに落ちた夜の街。

 夜明けまでは未だ時間がある街中を、一人の男が目を疑うような速度で走り抜けていく。

 

 マッチの様に細い手足。ひょろりと伸びた胴体。血色の悪い白い肌に、爬虫類の様な顔立ち。

 先ほど迄アサシンのサーヴァントだった彼こそは、我らが六条さんその人である。

 

 サーヴァントすら超える存在。抑止の守護者としてクラスチェンジを果たした彼は、音を遥か後方へと置き去りにする速度で疾走する。

 

 そして速く。何よりも速く。光となって加速する彼は、汗一つ搔きはしない。

 

 その唯でさえアレな顔を涙と鼻水でグシャグシャにした男は、雷鳴の如くに疾走を続けながら魔城での遣り取りを思い出していた。

 

 

 

 ランサーのサーヴァント。地獄の化身とも言える修羅道至高天の城の中へと撃ち込まれた一発の弾丸。その弾丸が生み出した亀裂より、顔を覗かせるのは青髪の女性。

 見目良く整った顔立ち。当世風の装束に身を包んだ女は、名を本城恵梨依と言った。

 

 

「そんな訳で、外じゃホモ祭りが絶賛開幕中な訳だけど、来る人居る?」

 

 

 自身が発言する前に、生まれた亀裂からあっさりと外に出ていった黒騎士。そして自身の半身でもある男。

 

 そんな二人に囲まれたアヴェンジャーの状況を軽く茶化しながら、人を募る。そんな冗談交じりの勧誘に、頷く者らの数は八名。

 

 彼女の言葉に首を振るは、夜都賀波岐としての記憶も持つ者ら。

 苦笑と共に頷く者も居れば、そのままでは不味いと必死に食いつく者も居る。

 

 だがそんな人らの中でも、我らがシュピーネさんは冷静であった。

 

 

「ふっ、仕方ありませんね。このロート=シュピーネ。嘗ての強敵が苦戦しているとあれば、手を貸す事も吝かではありませんよ」

 

「え? 来んの?」

 

 

 そんなシュピーネさんの発言に、戸惑いを浮かべる恵梨依。

 彼女の戸惑いも頷ける。シュピーネさん程の格が違う人が味方に付いてくれるなど、一体誰が予想出来ようか。

 

 

「おや、そんなに恐縮せずとも良いのですよ。私は一刻も早く修羅道から逃れ――げふん、げふん。……我々皆の恋人であるツァラトゥストラの助けになりたいのですからね」

 

「……割りとマジで言ってたりする、それ?」

 

 

 思わず漏れかけた本音に蓋をして、宿敵を助ける為に漢を見せるシュピーネさん。

 猜疑的な表情でエリィが問い質すが、そんな言葉は無粋と言う物であろう。

 

 揺るがない。揺るぐ筈がない。

 

 黄金への恐怖――もとい、戦友と駆けるであろう戦場を思って武者震いに震えるシュピーネさんに、その想いが真であるかを問い掛ける程無意味な事はあるまい。

 

 そんな彼の心が揺るがない事を見て理解したのか、エリィは彼女にとっての内情をシュピーネさんに吐露した。

 

 

「ぶっちゃけ戦闘員って意味じゃ、ホモォ達で十分な訳だし、後は夜都賀波岐が揃う事に意味があると言うか、それ以外要らないって言うか」

 

「そんな!? では私はこのまま修羅道に居ろと!?」

 

「うん。まぁ」

 

 

 ガックリと崩れ去るシュピーネさん。

 そんな彼に的外れな憐れみの視線を向けながら、夜都賀波岐の面々は去って行く。

 

 

「それじゃ、行くね。……強く生きて」

 

「待ってください! 私、役に立ちますよ! 主に戦闘以外で!!」

 

「……本当に?」

 

「本当です! 一体誰が黒円卓を支えていたと思っているんですか! あの金銭感覚皆無な連中を一人で、そう、一人で養っていたんです!」

 

 

 だがそれで困るのがシュピーネさんだ。

 自分がいなければ、戦友の戦いは酷く苦しい物になると知っている。

 その地獄の底を駆け抜けるであろう激闘に、付いて行けないのは困ると言うのであろう。流石のシュピーネさんである。

 

 故に彼は己のセールスポイント。己にしか出来ない事を数え上げる。その姿が小物らしさに溢れていると知っていても、そう見せる事を敢えて選ぶのだ。漢として!!

 

 

 

 黎明期の黒円卓。当時の組織には、社会不適合者しかいなかった。

 

 物資や資金が足りない? なら奪ってこようぜ!

 そんな蛮族的な組織を、文明人らしい組織へと変貌させていたのは他ならぬシュピーネさんの功績であろう。

 

 寧ろ黒円卓の恐ろしさとは、シュピーネさんが居たからこそあったモノではなかろうか?

 

 単純な暴力集団よりも、策略を操る軍勢の方が恐ろしいのは論ずるまでもない道理である。

 

 その知恵を完全に使い熟せるシュピーネさんが居たからこそ、黒円卓は知恵と力を併せ持つ事が出来たのだと言っても過言ではあるまい。

 

 

「炊事洗濯掃除は勿論の事。金策。諜報。政治取引から科学魔術分野を問わず研究実験に至るまで、幅広く出来る能力が! そして、そう。こう見えても黒円卓の第十位。魔術師として力量がなければなれない団員の第十位! 魔術師としての技量も達人級。アヴェンジャーの未熟なマスターに教えを授ける事だって出来るのです!」

 

「うーん。……魔術師の力量って言ったら、足引きBBAの方が――」

 

「誰が足引きBBAか!?」

 

「才能がない人間を教えるなら、弱さを知っている方が良いに決まっています!!」

 

 

 数え上げられる無数の利点。ロート=シュピーネを味方に付ける恩恵は確かに大きい。故に本城恵梨依も迷うのであろう。

 

 彼女に選ぶ権限はない。

 選択の権利を持つのは彼らの主なのだから、こんな有能な人物を勝手に切り捨てて良いのか迷ってしまうのは当然である。

 

 

「……ま、私ら直ぐに消えるし、一応空きは出来るから。駄目元で来てみる?」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「うん。まあ、受け入れるかどうかは彼次第だけど、意外とあれで懐深いから受け入れてくれるかも?」

 

 

 そうしてエリィが出したのはそんな結論。

 有能な彼を己の一存だけで不採用とする訳にはいかないが故に、主柱に判断を委ねようと言う問題の先送り。

 

 そんな玉虫色な答えに、しかしシュピーネさんは絶対の勝利を確信して笑みを浮かべる。

 

 

「ふ、どうやら私が必要とされる時代が来たようですね」

 

 

 その笑みは必要とされると確信している物。アヴェンジャーの実情を思えばそれも当然の思考。

 

 神霊蔓延る地獄の如き戦場の只中で、ロート・シュピーネ程に有能な味方を欲しがるのは万民に共通した思考と言えよう。

 

 

 

 だがね、シュピーネさん。

 アヴェンジャーの懐は確かに深いが、その器の入口はとても狭いのだよ。

 

 

 

 そうして夜都賀波岐となったシュピーネさんは、天魔になって数秒でポイ捨てされたのであった。

 

 

 

「懐深いから受け入れてくれるかも、って言ったじゃないですか、ヤダー!!」

 

 

 涙と共に捨てられた六条さんは疾走する。

 その速度は美麗刹那。主柱との同調によって得た時間停止の鎧と言う力を、既に応用レベルで使い熟している。

 それは他の夜都賀波岐には出来ぬ所業。技量の突き抜けた六条さんだからこそ出来る反則技。

 

 流石である。中々出来る事ではない。

 

 そうして涙と言う心の汗を流しながら疾走する六条さん。

 倉庫街を離れ、冬木大橋を渡り、海浜公園を抜け、そうして深山町へと突入する。

 

 何故、彼が走っているのか? それは彼が抑止の守護者だからに他ならない。

 

 抑止力は知っている。余りにも恐るべき怪物が、人類は愚か地球全土を身動き一つで滅ぼしてしまう怪物が召喚された事を知っている。

 

 その召喚を防ぐ事は出来なかった。

 その座に繋がってしまった事が想定外なれば、その怪物が己に纏わり付く声を排除せんと座より這い上がって来るのも想定外であった。

 

 故に抑止は既に止められぬ怪物を排除する為に、五騎もの神霊の召喚と言う荒業に出たのだ。

 

 だが呼び出されたのは、何れも引けを取らぬ神霊五騎。

 如何に霊長の意志であろうと、星の息吹であろうと、余りにも強過ぎる彼らは御し得ない。

 

 御せなかった結果が初戦の展開。

 続く戦場にて、対抗勢力が互いに消耗し合ってしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 

 だが抑止は遂に剣を得た。

 その意思を代弁し、守護の為に戦う勇者を手に入れたのだ。

 

 それこそが我らの六条さん。この冬木の地に在りて、否、今の地上に置いて最も強き戦士の名だ。

 

 二十七の祖も、月の姫も、魔法使い達ですら今の六条さんには届かない。

 元より三騎士級のアサシンと言う規格外が、歴代最高位の戦神の加護を得たのだ。

 

 そんな彼を超える存在が、この世界の何処に居ようか? 否、いない!

 故に抑止力は己が操れる最大の戦力を動かし、事態の元凶に対処させるのである。

 

 そんな六条さんは、自分が何処に向かっているのか知らない。寧ろ己が走っている事すら理解していない。

 抑止力に突き動かされるまま、彼は目的地へと疾走しているのである。

 

 どうやらアラヤもガイアも、六条さんが目的地を知れば逃げ出すと勘違いしている。

 全く、過小評価にも程がある思考だろう。我らが英雄の相手には、最強の邪神など役者不足だと知らないらしい。

 

 目的地が何処かを知れば、彼は全身を震わせたであろう。

 これより挑むモノが抑止すら恐れさせる最強最悪の邪神であると知れば、彼の心は義憤と闘志に震えた筈だ。

 

 惜しむらくは、それを見る事が出来ない事か。

 今の六条さんは、接敵の瞬間まであの邪神を認識することが出来ない。

 

 邪神を前にした時の彼の啖呵も、宣戦布告を行うその雄々しさも、我々は見る事が出来ないのである。抑止力め、つくづく無粋をしてくれるものだ。

 

 疾走を続けた六条さんは、とある民家の前で足を止める。

 歴史ある洋館。優美なデザインとは裏腹に、何処か魔を感じさせる暗き建造物。その建物を前にして、六条さんは獣の如く片手を地について姿勢を低くした。

 

 正しく、その姿勢はスタート合図を待つ陸上選手。或いは水泳選手の飛び込み直前の動作であろうか。どちらにせよ、その姿勢の意味は一つである。

 

 即ち、敵地への突入。

 それも姑息に忍び込むのではなく、王者の放つ威風に満ちたやり方だ。

 

 そう。魔術やらで裏から侵入するのは王道ではない。だが、正面から突破するだけでは余りにも脳が足りていない。

 故に我らが六条さんは、裏でも表からでもない横から突入するのである。

 

 

「ジークハイルヴィクトォォォォォォォォリアァァァァァッ!」

 

 

 雄叫びと共に両足に力を籠める。そのバネの如き筋肉に力を込めて、魔力放出と共に大地を蹴る。

 

 前へ。上ではなく前へ跳んだ六条さんは、その跳躍に三回転半の捻りを加えながら、少し大きめの窓からダイナミックに侵略した。

 

 そう。侵略だ。

 侵入ではなく、潜入ではなく、突入ですらなく、雄々しきその姿は侵略と呼ぶが相応しい。

 

 パリンとガラスが割れた洋館。

 幾重にもある魔術的結界を無視した侵略行為。

 

 倒壊する事が確定した屋敷の表札には、「間桐」と言う二文字が記されていた。

 

 

 

 

 

2.

 同じく深山にある一つの邸宅。

 書斎の椅子に腰かけた男は思考していた。

 

 ゆったりとした姿勢で、葡萄酒を口に運ぶ。

 その仕草は優雅であり、品の良さを感じさせる物。

 

 だがその挙動に反して、その表情は苦虫を噛み潰したかの様に優れぬ物であった。

 

 

「……私は、何故あのような判断を下した?」

 

 

 それも当然。今になって、男は己の判断に違和を感じていた。

 明らかな戦略ミスであるのに、取返しの付かない状況になるまで気付けなかった。その事実こそがおかしいと感じるのだ。

 

 

「私は、何故アサシンを使い捨てる様に命令した?」

 

 

 そう。それこそが最大の失策だった。

 

 確かにアサシンは真っ向から神霊と相対する事は出来ない。策もなく特攻させれば、一刀の下に断ち切られてしまうだけの差が存在している。

 

 だが、それでもサーヴァントなのだ。

 人知の届く範囲に居ない英霊。それも暗殺者と言う、今回の戦争には最も適したクラスである。

 

 サーヴァントに勝てぬならマスターを狙う。それは聖杯戦争における鉄板と言うべき戦略だ。

 

 行き成りマスター殺しを計るのは優雅ではないとは言え、神霊が無数に跋扈するこの現状。情報を揃えた時点でアサシンを切り捨てるのは早計過ぎる。

 

 それなのに彼、遠坂時臣はアサシンを切り捨てた。

 その指示に、同盟者である言峰璃正神父も、アサシンのマスターである言峰綺礼も、誰も異論を挟まなかった。

 

 璃正は兎も角、現役の代行者である綺礼までも忠言の一つもしなかった。冷静に考えれば、それは余りにもおかしな現象なのである。

 

 

「……まさか、思考を誘導されていた?」

 

 

 そうして思考の果てに、時臣はそんな結論に至る。

 

 思考を限定し、そうしてその洗脳が晴れた時の感覚。掛けられた魔術の効果が失せた状況と今の虚脱感が似ているからこそ、時臣はそうであると確信を抱いた。

 

 

「ならば、誰が何の為に」

 

 

 何処かで蛇が嗤う。蒼き瞳の蛇が嗤っている。

 

 それを感じ取る事は出来ずとも、何かを掴めそうな気がした時臣は己のサーヴァントへ協力を仰ごうと念話を使用する。

 

 そうして彼女らが来るのを待とうと、椅子に背を預けた所で。

 

 

――極大火砲・狩猟の魔王

 

 

 その極大の炎が、遠坂邸を火の海へと変えた。

 

 

 

 

 

3.

 下水が特有の悪臭を臭わせる浄水施設。

 下水道の先にあるその場所には、多くの子供達が囚われていた。

 

 琴音と言う名の少女もその一人。

 新たな玩具を与えられた殺人鬼が戯れに集めた、無数の画材の一つである。

 

 聖杯戦争が始まるまでは我慢しろ。

 何故か、そう語って譲らなかったキャスターのサーヴァント。自らが神と仰ぐ蛇の言葉に、雨生龍之介は渋々ながらに従った。

 

 神に対して、芸術家として見せたい物は山程ある。彼から授けられた魔法の力を使ってみたくもあった。

 

 だがそれが主の命ならば、多少の時間は我慢しよう。

 授けられた玩具に夢中になり、多くの材料も集めた後。何時でも創作活動に打ち込める状況を用意した。

 神が引き合わせてくれた同好の士と対話しながらも、雨生は神が許すその時を待ち続けていた。

 

 そうして始まった初戦。神に与えられた遠見の力で大迫力の光景を覗き見ながら、漸く許された創作活動に彼の全身は酷く震えた。

 

 漸く作れる。焦らしに焦らされた彼は、その解放感に絶頂すら感じていた。

 

 恐らく、神はその解放感を味合わせたかったのであろう。

 素晴らしい感覚に一層信仰心を強くしながら、神の為に至高の芸術を作り出そうと奮起した。

 

 これより生み出すは神への供物。中途半端な物ではいけない。

 この感動をくれた存在に対する捧げ物は、龍之介の生涯でも最高の品にしなければ気が済まない。

 

 故に素材の厳選に一時間を掛け、続く構想にもう一時間を掛けた。

 そして漸く何を作るか決めた殺人鬼は、その少女へと手を伸ばす。

 

 そんな時であった。彼の崇拝する偉大なる神が令呪を使えと口にしたのは。

 その直後であった。一見して分かる程の重傷を負いながら、神が工房へと転移して来たのは。

 

 

「神様!?」

 

 

 驚愕と共に駆け寄る。

 材料の娘が逃げようともがいているが、それすら意識に浮かばない。

 

 彼にとっての偉大な神。それが今にも消えそうな程に消耗しているのだ。

 彼の敬虔なる信者である龍之介には、何よりも優先せねばならない異常事態である。

 

 

「やれやれ、これはまた、随分と消耗してしまった物だ」

 

「だ、大丈夫なのかよ、神様」

 

 

 消耗しながらも呟くキャスターに、不安げな瞳をした龍之介が問い掛ける。そんな龍之介の心配を、鬱陶しいと思いながらもキャスターは答えを返した。

 

 

「何、案ずる事は無い。未だ全ては我が掌中。筋書の外に出た者はいない。ならば、この消耗も予測の内」

 

 

 未だこの現状は彼の筋書通り。全ての役者は蛇の生み出した舞台にて踊る演者に過ぎない。

 

 この聖杯戦争。黒幕が居るとするならば、それはこの蛇を置いて他にはいない。

 

 

「ふむ。ならば、これもお前の計算の内か、水銀の蛇?」

 

「っ!?」

 

 

 ならば、この状況も彼の推測の内であったのだろうか?

 

 

「我は汝を召喚す――闇の焔王、悪辣の主よ」

 

 

 これより下水道は悪徳の底へと堕ちる。

 それは子供らの屍を用いた芸術による涜神故ではない。

 

 悪を喰らう更なる悪によって、全てが無価値に堕ちるのだ。

 

 

「……下がり給え、龍之介」

 

「ちょっ! 神様!?」

 

 

 驚く龍之介と怯え戸惑う邪魔者達を外部に転移させ、キャスターは声の主が出現したであろう頭上。天井の先を見上げた。

 

 

「アクセス――我がシン」

 

 

 魔術師殺しが最も恐れる陣営とは、一体何処であろうか?

 

 

「来たれ無価値なる者、罪悪の王」

 

 

 ランサー陣営か? 否。

 弱体したサーヴァント。慢心した典型的な魔術師。どちらも確かに危険ではあるが、脅威と言い切る程ではない。

 

 アヴェンジャー陣営か? 否。

 確かに二体の神霊相手に勝利したアヴェンジャーは厄介だが、あれは先に見せた性質上、冬木の被害を減らす為に勝手に消耗してくれる。

 脅威ではあるが、放置していた方が都合の良い敵なのだ。

 

 

「されば我が前に闇よ在れ」

 

 

 ならばバーサーカー陣営か? 否。

 彼の陣営は確かに一柱で残る全陣営を相手取れる最強だが、魔術師殺しはその事実を知らない。

 まだ見ぬ陣営に対して、正しい評価など下せはしないであろう。

 

 或いはアーチャーやアサシンと言った陣営であろうか? それも否だ。

 

 

「へメンエタン・エル・アティ・ティエイプ・アジア・ヴァイ・バー・ハイ・ヴァー・カヴァフォット」

 

 

 魔術師殺しにとって最も排除したいサーヴァントとは、キャスター陣営を置いて他に居ない。

 己のサーヴァントであるセイヴァー。その直接の死因となった蛇を残して置くなど、危険が大き過ぎて出来ないのだ。

 

 

「無価値の炎」

 

 

 天井に巨大な穴を生み出しながら、黒き炎がキャスターへと迫る。

 物質界。あらゆる全ての正反対に位置するこの炎は、あらゆる全てを焼き尽くす。

 

 己を転移させる事は出来ない。

 如何に魔術の祖である蛇の御業とは言え、あれは己と同格の神霊。マスターである龍之介を何処に逃がしたかなど、あれはその瞳で確実に捉えているであろう。

 

 故に逃げられない。

 逃げてしまえば、この救世主はその合理を以って、マスター殺しを計るであろう。

 

 それを拒もうとするならば、これは此処で止めねばならないのだ。

 

 複数の魔術を使用する。無数の秘術で対処する。

 そんなキャスターの咄嗟の機転を嘲笑うかの様に、黒き炎は遍く全てを焼き尽くしていった。

 

 後に残るのは、無価値の炎を相殺し切れなかったキャスターの姿。

 

 アヴェンジャー戦での消耗は甚大だ。本来格下である筈のセイヴァーの一撃に、存在が消滅しかける程のダメージを受けてしまっているのがその証左と言えるであろう。

 

 

 

 頭上に開いた大穴から、美しい月がはっきりと見える。

 下水道は既になく、地下に広がるのは時間停止によって守られていた大地のみ。

 

 

「やはり、この程度では死なないか」

 

 

 天上の月の下、機械の如き抑揚のない声を発する男が姿を見せる。

 

 傲慢に地を這う蛇を見下すのは美貌の男。

 白い衣服。白い髪。穢れなき白を身に纏う悲想の天は、その実誰よりも罪に塗れた救世主。

 

 

「だが……悪足掻きは潔さに欠けるぞ、水銀の蛇」

 

 

 見下すセイヴァーの顔を見上げて、キャスターは暫し思考した。

 

 

「……ふむ。懐かしい顔だ」

 

 

 その言葉は一拍を要した。

 その言葉は口に出る迄に時間が掛かった。

 

 それは蛇がつい先ほどまで、その男の事など忘れていたからに他ならない。

 

 

「嘗て私に潰された数理の神。己の楽園が消された報復かね」

 

 

 漸く思い出した相手。己が殺した嘗ての神。

 あっさりと潰した過去の残骸を、嘲笑う様にキャスターは口にする。

 

 

「ならば話が違うのではないかな? 私の様な者を生んだ存在は君だ。なんと底知れぬ痴愚なのか、そう己を生んだ父を罵倒したのは、他ならぬ君ではなかったかな?」

 

「……そうだな。私は間違っていた」

 

 

 ニィと嗤うキャスター。現状を打破する為の策を巡らせながら、己は健在であると示すかの如き挑発を行う。

 そんな悪辣な蛇の言葉に、然りとセイヴァーは頷きを返した。

 

 善が悪に踏み躙られる世界を見たくない。だから悪を喰らう悪を作ろう。

 

 そんな身勝手な望みによって、己と言う極大の悪を生み出した第二天。

 その行いを罵り、悪の存在しない理想郷を求めた者こそ悲想天。

 

 そんな彼が語った言葉だ。

 其処に如何なる道理があれ、その先に目指した理想がどの様な物であれ、己の様な邪悪を生んだ神は正しく痴愚である。

 

 そして意図はなくとも、この蛇を呼び込んでしまったのは己である。

 人の悪性を完全に取り除く為に起こしたタイムパラドックスが、この矛盾の怪物を生んだのだ。

 

 故にセイヴァーは、蛇の嘲笑を然りと認める。

 嘗て己が父を同じ言葉で否定したからこそ、同じ理由で嘲笑う声を受け止める他に術はない。

 

 

「故に潔く消える事を許容した。お前の様なゴミが生じてしまったのは、嘗てのツォアルが不完全であった故であろう」

 

 

 こんな物で壊れるなら要らない。こんな塵が生まれるなら要らない。

 そんな風にあっさりと理想郷を捨て去り、己の死すら許容した神こそがセイヴァー。

 

 実際に戦っても、勝ち目などは皆無であった。

 地力の差を覆す術はなく、抗う程の価値は不完全な理想郷には存在しない。

 

 ならば退くのが道理だろうと、何処までも合理性だけで数理の神は判断した。

 

 

「……そう。判断していたのだがな」

 

 

 その判断は、未だ間違っていないと断言出来る。あの時点では、何をしても最早手遅れだった。

 

 それでも今の彼と嘗ての彼が違うのは、此処にある悲想の天は座に記録された幾つもの彼が混ざり合った存在であるが故か。

 

 

――夢を見たい。私もああなる事が出来たかもしれないという愚かな夢を彼らに託したい

 

 

 思い返すのは白き少女。

 ロトと相討ちとなった己を拾い上げ、ツォアルへと導いた唯一人の娘の姿。

 共に神座へと至り、此の楽園を永遠の物にしたいと語り合ったアスタロス。

 

 己が蛇に潰された後、果たしてあの子はどうなったのか。

 最後まで抗ったのかも知れない。あの蒙昧な愛娘は、あれで己の事を本当に父親だと思っていたのだから。

 

 

――大義だったな。アスタロス。もうその名は棄ててよい。お前はお前の望むように、お前らしい我儘を通せばいい。……私もなかなか楽しめたぞ。

 

 

 同時に脳裏に映るのは、己が経験した事のない記憶。

 座に登録されたが故に見た、あり得たかも知れない可能性。

 

 父性を抱いた娘を、愛する男を見つけた彼女を、唯人として送り出した。

 己と共に永遠に至らなければ、あの娘は唯の少女として、愛する男に寄り添い続けるのだ。

 

 そんな可能性を垣間見た。

 そんな世界が、そんなあの娘の幸福が、あったかもしれないと今になって分かったのだ。

 

 

「どうやら、私は己で思っていた以上に感情的な男だったらしい」

 

 

 無機質な声。機械の如く、抑揚のない言葉。

 だが、そこには確かな感情が籠っていた。確かな怒りが其処にあった。

 

 そう。あの楽園。捨て去ってしまったそれは、或いは彼女が生きた世界。愛娘が、愛する男と共に生きた、そんな可能性があったかもしれない世界。

 

 子の幸福を砕かれて、怒らぬ親が何処に居よう。

 娘の幸せを踏み躙られて、抵抗せぬ父が何処に居よう。

 

 この数理の神は、あっさりと楽園を捨てた神。そういう存在だと座に刻まれているモノ。

 

 だが、もしも、己とは違う道を辿った己が居たならば、その己は娘の為に全力で抗ったのではないのか。

 この蛇を前に諦めてしまうのではなく、奪わせぬと怒りを抱いたのではなかろうか。

 

 胸を焦すような激情と共に、セイヴァーはそんな可能性を思い描いていた。

 

 

「故に、お前を生んだ父として命じよう」

 

 

 故にセイヴァーは宣言する。

 故にセイヴァーは揺るがぬ意志を此処に見せる。

 

 所詮この身はサーヴァント。ならば死してまで、数理に囚われる必要はあるまい。

 

 

「これより先の世に蛇など要らぬ。その罪諸共に消え去るが良い」

 

「……ぬかせよ。マルグリット以外に、私を殺せるものか」

 

 

 冬木における第二戦。

 セイヴァーとキャスターの戦いが、此処に始まった。

 

 

 

 

 

3.

 紅き炎が燃え盛る遠坂邸。

 聖杯戦争の関係者の拠点であるが故に、時間停止によって守られていない建築物は見るも無残な瓦礫の山と化していた。

 

 そんな光景を見詰めながら、時臣は想う。

 九死に一生を得た彼は、魔術師としても、父としても、妻子を禅城の屋敷に避難させていて良かったと心の底から感じていた。

 

 

「ったく、行き成りやってくれるじゃないの!」

 

「……済みません。助かりました。摩利支天殿」

 

「良いから、黙ってなさい。未だ助かってないんだから、下手に喋ると舌噛むわよ!」

 

 

 戦場跡の如き光景より、己の主を救い出すは摩利支天。

 無限の可能性を操作する彼女は、遠坂時臣を無事に助け出せた己と言う可能性を現実の物に変える事で、その必中の砲火より主を救い出していた。

 

 そんな女性を守る様に立つは、彼女と同じくアーチャーの宝具。

 

 黒髪の剣士。三眼盲目の僧侶。童女の如き姿の巫女

 求道神連合、曙光八百万。其処に属する三柱の神々だ。

 

 

「成程、これは」

 

 

 布津主の剣は目を細める。

 敵であろうと味方であろうと斬れるか否かだけで断じる神は、嘗ての味方が齎した破壊を懐かしむ様に笑みを浮かべて見詰めている。

 

 

「ふむ。何とも懐かしい炎。やはり、その使い手は」

 

 

 同じく、懐かしむ様に語るのは盲目の男。

 法衣を着込んだ男は、額の天眼にてその破壊を齎した女を認識している。

 

 冬木の聖杯を解析し尽くした彼は、嘗ての味方が敵対した事に嘆いてはいる。

 だが同時にこの儀式の性質を考えれば、この様な事もあるだろうと達観した思考で捉えてもいた。

 

 

「……母刀自殿」

 

 

 故にその事態を重く捉えるはこの少女。

 八意思金神と言う、この惨状を作り上げた女傑の娘である。

 

 

「ふん。情けない顔をしおって、こんなモノが私の娘だと? 笑わせる」

 

 

 遠坂邸より僅か離れた家の屋根に立ち、冷たく告げるは軍服の女性。

 顔の半分が火傷で醜く焼け爛れた赤毛の女は、座に登録された知識により“知らないのに知っている人物”の姿に苛立ちを隠そうともせずに舌打ちした。

 

 

「全く、我ながら度し難い。我が君への忠節を貫いた事こそ見事だが、それを愛などと錯覚するなど愚劣が過ぎる。その上、お前の様なくだらん劣等の黄猿を引き取り育てる? なんだそれは、余りにも阿呆が過ぎる行いであろう」

 

「っ!」

 

 

 母と慕う人物からの罵倒。

 何よりも、彼女自身が未来の己を否定するかの如き言葉に、八意思金神――御門龍水は涙を堪える。

 

 悲しかった。若き日の母が敵に回るのもそうだが、それ以上に己の慕うあの人を否定された事が何よりも悲しかったのだ。

 

 

「母刀自、殿」

 

「ふん。この程度の罵倒でさえ、涙を堪える必要があるか。……心底、下らん娘だ」

 

 

 そんな龍水の反応に、心底から呆れ果てたかのように魔王は告げる。

 その背に浮かぶは極大火砲。形成されたその砲門から放たれるのは、全てを焼き尽くす焦熱の弾丸。

 

 

「下らん貴様は、下らないまま此処で死ね。そんな劣等でしかない娘など、私の道には必要ない!」

 

 

 其処に母の慈悲はない。

 見たこともない程に恐ろしいその姿に、龍水は行動に移ることすら出来ない。

 

 無情にもその砲火が彼女を焼き尽くさんとして――されど、それを止める男が一人。

 

 

「龍水。下がっているが良い」

 

「夜行様」

 

 

 無数に展開された次元断層障壁。

 それが世界一つを焼き尽くす魔弾を防ぎ切る。

 

 怯えた女を守る事こそ男の本懐。

 ならば、この女の夢より生まれし理想の男にとって、動かぬ道理などありはしない。

 

 

「ふん。惚れた男の影に隠れるか。益々度し難い。……だがな、摩多羅夜行。貴様の相手は、私ではないぞ」

 

「なに?」

 

 

 疑問を口にする夜行の眼前に、白い影が躍り出る。

 多層の障壁などお構いなしに殴り掛かって来るその影を、夜行は誰よりも知っていた。

 

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

 狂った様に雄叫びを上げる少女の如き少年。

 最速の白騎士はその異名の如くに、圧倒的な速度で夜行に襲撃を繰り返す。

 

 

「爾子! 丁禮!」

 

「その名で、僕を呼ぶなぁぁぁぁっ!!」

 

 

 無数の記憶があるのは、赤き騎士のみに非ず。

 未来の可能性の一つとして、その記憶を得ているのは彼も同じだ。

 

 そう。知っている。白騎士ヴォルフガング=シュライバーは知っている。

 

 この男こそが己を愛し、抱きしめ、救ってくれる人。

 在りし可能性の中で、己を抱き上げてくれた男であると確かに知っている。

 

 だが、それでも――

 

 

「僕はハイドリヒ卿のエインフェリアだ! あの人の爪牙だ! あの人の騎士なんだ!」

 

 

 赤騎士がそうであるように、此処に居る彼は白騎士として召喚された者。

 

 ならば、彼には矜持がある。意地がある。誇りがある。

 己こそが第一の騎士であると言う。主は黄金なのであると言うその意地だ。

 

 故に無理なのだ。摩多羅夜行は許せない。

 

 

「お前なんて知らない! お前なんて分からない! だから、僕を惑わせるお前なんて消えろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 誰かに抱きしめて欲しがっている白狼は許容できない。

 自らを必ず救ってくれるであろう彼が、主の敵として居る事が許せない。

 

 抱きしめてと願う白狼は、抱きしめてくれるであろう閻魔の存在を、騎士であるが故に望めない。

 それに抱かれてしまえば、もう己は黄金の騎士を名乗れぬと知っているから。

 

 

「Und ruhre mich nicht an! Und ruhre mich nicht an!!」

 

「爾子。丁禮。……お前達は、どうして」

 

 

 その偽りの救いを消し去ろうと、激情のままに襲い掛かる。

 その姿が余りにも悲しげに見えたから、嘗て彼らを救い上げた摩多羅夜行は動けなかった。

 

 

「ったく! 気が抜け過ぎよ!」

 

「っ!?」

 

 

 迫る狂犬の牙。それを防いだのは、無限の像を持つ女。無限の可能性の中から、万に一つ、億に一つの可能性を現実の物に出来る摩利支天。

 強敵を前に主を守りながら、同時に戦闘を行えるのは彼女だけである。

 

 

「紫織」

 

「アンタの式神が敵に回ったからって、其処まで動揺する性質でもないでしょうに。……長い隠遁生活で鈍ったとか言わないでよね!」

 

 

 そうして視線で龍水の下へ行けと促す。

 

 敵対するのが嫌な相手なら、他の者で対する。

 それが出来る事こそ、求道神連合である八百万の強みであろう。

 

 だが、それが気に入らないのは、誰であろう白狼だ。

 

 

「……邪魔だよ。お姉さん」

 

 

 無視して過ぎ去る事は出来ない。無限の可能性を持つ摩利支天に背を向ければ、最速の獣とて捕まる可能性がある。

 故に白狼は、目の前にある障害物を排除する為にその牙を剥いた。

 

 

「邪魔なんだから、お前は其処を退けぇぇぇぇ!!」

 

「はっ、退かせたいなら、力付くで来なさい。犬っころ!」

 

 

 影すら捉えられぬ獣と、真なる姿を捉えさせない霧の女。似て非なる両者は此処に相対す。

 

 

「成程。では、僕の相手は貴方ですかね。刑士郎さん」

 

 

 そして最後に残った剣士は、同じく残った敵に相対する。

 それは残る二人と同じく嘗ての仲間。同じ戦場で肩を並べて戦った同士と言うべき人物の嘗ての姿。

 

 

「あん? 誰だそりゃ?」

 

 

 だが、そんな呼びかけに返るのは否定の言葉。

 知らない訳ではない。騎士二人と同じく、彼にもあり得た未来の記憶はある。

 

 それでも、知らぬと否定するのは。

 

 

「俺はヴィルヘルムだ。あの人の牙だ。そんな事すら否定した劣等と、俺を一緒にするんじゃねぇぇぇっ!」

 

 

 その己の姿を度し難いと感じているから。

 そんな自分ではない誰かと同一視されるなど、我慢ならない言葉だから。

 

 だからこそ、お前達の同類ではないと白貌の吸血鬼は否定する。

 

 

「ふむ。そうですか。……まあ、どうでも良い話ですね」

 

 

 だが彼に対する剣士は無反応。

 どうでも良いと語る剣にはしかし、歪んだ笑みが浮かんでいる。

 

 

「あん? 何、笑ってやがる」

 

「ハハッ、笑顔になってますか? まあ、そうですね。隠し切れない程には嬉しいんですよ」

 

 

 嘗ての味方の敵対に、嘆きを感じる夜行と龍水。

 そんな彼らと異なり、この現状を“経津主の刃”壬生宗次郎は誰よりも喜んでいた。

 

 

「刑士郎さん。……僕は貴方を斬ってみたかったので、この巡り合わせが嬉しいのです」

 

 

 嘗ては味方だから斬れなかった。

 斬ったら死んでしまうから斬れなかった。

 

 だが今は、別に殺してしまっても構わない。

 

 だからこそ、一度は斬ってみたかった味方の敵対を、壬生宗次郎は喜びを以って受け入れている。

 

 

「はっ、上等だ」

 

 

 そんな剣士の言葉に、ヴィルヘルムは怒りを抱きながら笑う。

 

 

「俺を斬る? 俺を殺す? 不可能だ。俺を誰だと思ってやがる!?」

 

 

 斬れば殺せる。そんな風に己を見下している布津主の剣を前に、闇の不死鳥は高らかに名を名乗るのだ。

 

 

「黒円卓第四位! ヴィルヘルム=エーレンブルグ=カズィクル・ベイ!」

 

 

 それは吸血鬼の誇り。それは白貌に取っての至高の名。

 

 己は黄金の騎士である。地獄の化身が誇る修羅である。

 その軍勢として極限まで高められている今、眼前の鈍ら刀などにどうして斬り殺される道理があろうか。

 

 

「俺は吸血鬼だ! 闇の不死鳥だ! あの人以外に、俺を殺せるものかぁぁぁぁぁっ!!」

 

「フフフ、アハハ。……良いなぁ、死なないなんて」

 

 

 その発言を真に受けて、それでも剣は歪に笑う。

 本当に斬っても死なないなら、それは実に楽しい。

 

 何故ならそれは、死ぬまで思う存分に斬れると言う事だから。

 

 

「枯れ落ちろ! 劣等!!」

 

「斬らせて、もらいます!」

 

 

 白貌が紅き夜を展開し、神殺しの剣は一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 猛り狂う配下達の咆哮を聞きながら、黄金の主は慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

「ふむ。我がエインフェリアも、中々に楽しんでいるようだ」

 

「……修羅道至高天。……貴方は、正気か?」

 

 

 黄金に相対するは黒髪の女。

 アーチャーのサーヴァントは、眼前に立つ男の異常さに驚愕を隠し切れずに居た。

 

 

「アヴェンジャー。夜刀殿との戦闘で負った傷は浅くあるまい。その事実は今にも消えそうな程に消耗している御身こそが一番分かっているであろうに、その状況で更に襲撃を仕掛けるだと?」

 

 

 その驚愕は瀕死の状態であるランサーが、己から仕掛けると言う余りにも合理的ではない選択を選んだが故だ。

 

 ランサーは確かにアーチャーより強い神とは言え、互いに神格域のサーヴァント。万全ならいざ知らず、消滅寸前で挑むなど愚の骨頂とさえ言えるであろう。

 仮に勝算があったとしても、真面な神経をしていれば怖気の一つは抱くものだ。

 

 

「何かおかしいかね?」

 

 

 だがランサーに怯懦はない。

 半数以上の爪を捥がれた獅子は、されど常の余裕と慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 

 ランサーと言う存在に、正気を問う程に愚かな事は無い。これは既に愛に狂っている。

 

 

「私はツァラトゥストラに、この戦闘が終わればバーサーカーの破壊に動くと語った。故に、その為に必要な要素を集めに来た。彼の邪神を破壊する為には、まずは卿らから破壊せねばなるまい」

 

 

 ランサーは狂人でありながらも勇将である。如何に黄金の獣が愛に狂っているとは言え、彼は確かに名将なのである。

 

 当代最高と言われし覇王。それこそがラインハルト=ハイドリヒであるのだ。

 

 故に狂笑を浮かべながら破滅の道を走ろうと、其処には確かな勝算はある。可能性は皆無に近くとも、決して絶無の道を歩く事は無い。

 

 

「まさか」

 

 

 アーチャーはランサーの言葉を理解する。

 彼女自身も優れた将であるが故に、彼が描いた筋道を読み解いてしまった。

 

 

「我らで、補給する気か!?」

 

 

 バーサーカーに対する天敵。それこそがアーチャーのサーヴァントだ。

 そしてアーチャーは都合が良い事に、ランサーと同じく軍勢を宝具とするサーヴァント。

 

 軍勢の総数こそが己の強さに繋がるランサーは、その求道神たち全てを喰らう事で失った総軍を補おうと考えたのだ。

 

 それにアーチャーを得ればバーサーカーへの切り札を得る事にもなるとなれば、ランサーが彼女を狙わぬ理由などありはしない。

 

 

「そんな言い方では、愛が足りんよ」

 

 

 補給と言う言葉を口にしたアーチャーに、ランサーは頭を振って訂正する。

 その言い方では、まるで自分がバーサーカー撃破の為だけにアーチャーを狙っているかの様ではないか、と。

 

 確かに、その様な戦略は存在する。だが、それが全てではない。

 

 

「私は全てを愛している。無論、卿らもだ。バーサーカーに対する理由がなくとも、次は卿らを愛でようと決めていた」

 

 

 黄金が笑みと共に威圧を放つ。

 絶対の王者は、消耗して尚それを思わせぬ程の力を見せる。

 

 これは後先を考えぬ行為だ。

 手加減などと言う器用な真似が出来ないランサーは、全力を振るえば自滅するやもしれない状況下であろうとも、その全身全霊で己の愛を示すのだ。

 

 

「っ!?」

 

 

 その圧に飲まれた。

 その平等の愛を前に、アーチャーは己が怖気付いている事を理解した。

 

 アーチャーとランサーの相性は最悪だ。

 彼らは双方、似たような能力を持っている。

 

 同じ軍勢と言う宝具。文武両道であり万能型の将。手にした世界を統べると言う黄金の槍。

 

 だが違う。違いは二つ。その一つが将の差だ。

 

 曙光の将である伊邪那美命。

 久我竜胆は確かに優れた武将であるが、ランサーは優れた等と言う範疇には留まらぬ怪物なのである。

 

 敵の発する王気に飲まれかけた思考を、何とか冷静に戻そうと呼吸を整える。

 

 

(私自身武には然程自信がないとは言え、真面に挑めば一合も持たんな。全く、恐ろしい御仁だ)

 

 

 悠然と己がどんな抵抗を見せるか、愛でようとしているランサー。そんな彼の余裕に怒りを抱きながらも、それに甘える。

 ランサーに対する手札はあるかと、与えられた猶予の中で、アーチャーは己の能力を思考した。

 

 

(矢も使えんな。下手に放てば、奪われると言う予感がある)

 

 

 世界を統べる資質を持つ者にこそ振るわれると言う聖なる槍。

 同じ宝具を持ちながらも、アーチャーはランサーに対して己の槍が効果を発揮するとは思えなかった。

 

 あらゆる面で己を上回る。己の上位互換とでも言うべき敵将を前に、アーチャーは名将であるが故に抗ったとしても勝てぬと理解する。

 

 あれは負ければ後がないと言うのに、全力で向かってくる。

 そんなランサーに対して、己では何をしても届かぬと理解した。

 

 故に、アーチャーの選ぶは唯一つ、ランサーに対して優る一面。

 

 

「覇吐! お前に任せる」

 

 

 それは己の軍勢だ。数こそランサーに劣れど、質と言う点においては凌駕すると自負している。

 

 ランサーに支えられて漸く偽神と化している彼らに対して、己の宝である同胞達はアーチャーの支援などなしにその領域に至っているのだから。

 

 

「応よ。待ってたぜ、出番をよ!」

 

 

 赤髪の男がアーチャーを守る様に姿を見せる。

 伊邪那岐命。アーチャーの夫にして、曙光八百万における中核と言うべき益荒男が其処に居る。

 

 

「ふむ。卿が私の相手をするか」

 

 

 楽しげに笑いながら、その闘志に歓喜する。

 ランサーは一切の消耗を気にせぬ死兵と同じだ。で、ありながらもアーチャーの上を行く格上だ。

 

 

「名乗れよ大将! 俺の名も刻んでいけ!」

 

 

 そんな神霊を前に、怯懦を抱かぬ訳がない。

 本質的には臆病者であるが故に、益荒男足り得る男ならば尚更、ランサーを恐れぬ道理はない。

 

 だからこそ、その怯懦を払う為に力強く名乗りを上げるのだ。

 

 

「俺は坂上覇吐。覇を吐く新世界の益荒男だ!」

 

 

 そんな男の流儀に、対する黄金も笑みを浮かべて言葉を返す。

 

 

「ラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒ。友からは、悪魔の様だと言われた男だよ」

 

 

 名乗りは終えた。

 ならば後は、雌雄を決するのみ。

 

 

「来いや、ラインハルト! 修羅道至高天!」

 

「加減は無用だ。私を楽しませて見せろ。坂上覇吐!」

 

『いざ尋常に、勝負しようかっ!!』

 

 

 両雄質の異なる笑みを浮かべて、異質な剣と黄金の槍はぶつかり合った。

 

 

 

 

 

4.

「くっ!?」

 

「遅いんだよ、間抜けぇぇぇっ!」

 

 

 白い影が疾走する。誰よりも早く動くという絶対先制の力を持つ白狼は、摩利支天を嘲弄していた。

 

 

「早過ぎんのよ! こちとら無限数の目で見てるってのに、影も形も捉えられない」

 

 

 白騎士ヴォルフガング=シュライバー。その女子の様な手足が放つ一撃は、さしたる脅威にもならない程に軽い。

 それでも、最小の被害を受け続ける摩利支天に対して、白騎士は一切のダメージを受けてはいない。

 

 

「劣等が! お前が僕を捕える可能性なんて、那由他の果てにもないんだよっ!」

 

 

 それは相性の差。無限の可能性を司る摩利支天であっても、ゼロの可能性を現実にすることは出来ない。

 絶対に攻撃が当たらない獣に対し、彼女は対抗手段を持たないのだ。

 

 そして相性が悪い相手と戦うのは、彼女に限った話ではない。

 

 

「しぃっ!」

 

 

 斬神の剣が敵を斬り裂く。

 振れば当たる。当たれば斬れる。その刃を前に、防御も回避も無意味である。

 

 

「クハ、クハハ!」

 

 

 されどその標的は吸血鬼。例え四万年の夜であろうと戦い続ける事の出来る白貌の強みは、何よりもその再生力と継戦能力。

 幾ら防ぐ事も躱す事も出来ぬ刃であっても、吸血鬼を殺し切るだけの威力に欠けているのだ。

 

 

「好い加減に理解しろや。てめぇの剣じゃ俺は殺せねぇ」

 

「これは、困りましたね」

 

 

 例え斬神の剣がどれほどに鋭くとも、無為である。

 否、余りにも鋭過ぎるが故に、その傷跡は一瞬で塞がってしまうのだ。

 

 

「斬った矢先に塞がってしまう。これはこれで楽しいのですが、余り時間が掛かり過ぎると周囲の皆が持たなそうです」

 

 

 薔薇の夜そのものを斬り裂いても、黄金の力で強化された今、その夜すら再生する。

 壬生宗次朗の刃では、カズィクル・ベイを殺し切るには届かない。

 

 

「ハッ、周りの心配する前に、てめぇの心配してろや!!」

 

 

 経津主神の剣。霧の摩利支天。

 両名は相性の悪さ故に、先の見えない持久戦を強要されている。

 互いに決め手に欠け、少しずつだが確実に追い詰められていく。

 

 このままでは、長期戦の果てに彼らは敗れる。

 それ以前に、夜行に庇われている龍水が墜ちるか。或いは一方的に押し負けている坂上覇吐が敗れるか。

 

 どちらにせよ、誰かが墜ちた時点でアーチャーの敗北は確定する。

 

 

「ったく、こうなったら」

 

「名残惜しいのですが、まぁ仕方ないですかね」

 

 

 故に両者はやむを得ないと、現状を打破する為に起死回生の一手を打つ。

 

 

「宗次郎!」

 

「ええ、紫織さん」

 

 

 背を合わせると、二人はくるりと回転した。

 

 

「神代三剣、もって統べるは石上の颶風」

 

「鬼縛――隠身・三昧耶形・大金剛輪」

 

 

 死闘を好む武神夫婦が選んだ対策は単純。

 相性が悪い故に粘られるのだから、相手を入れ替えてしまえば良い。

 

 

「諸余怨敵皆悉摧滅」

 

「ここに帰依したてまつる。成就あれ」

 

 

 どれ程主の恩恵を得てはいても、彼らは偽りの神格でしかない。

 一人一人が求道の神格である八百万と比べれば、此処の能力には差が必ず生じるのだ。

 

 

――太・極――

 

 

「神咒神威――経津主・布都御魂剣」

 

 

 経津主神の剣が振るわれる。

 振れば斬れる剣を前に、速度も距離も意味をなさない。

 

 最速の白狼は斬首され、その躯が力なく崩れ落ちた。

 

 

「神咒神威――紅桜蜃夢・摩利支天」

 

 

 どれ程に膨大な再生能力を持とうと、それ以上の攻撃を受ければ意味はない。

 無限の可能性が実像となり、正しく無限数の拳が吸血鬼を滅多打ちにしていく。

 

 防ぐ事も耐える事も出来ずに、再生能力を上回る手数によって白貌は潰された。

 

 

 

 そして、もう一つの場所でも変化が起きる。

 

 

「母刀自殿」

 

 

 眼前で火砲を放つ母と、それに耐える想い人。

 多重次元結界にて魔王の業火を防いでいる夜行だが、その姿には常の精細さが欠けていた。

 

 無理もあるまい。

 彼自身精神的に動揺している上に、力の源である龍水がこの様だ。

 

 摩多羅夜行と言う男は、龍水と言う足手纏いの所為で真価を発揮出来ずに居た。

 

 

「私は」

 

 

 同じ戦場の異なる場所で、勝利を掴んだ仲間を見る。

 

 

「私は、何をやっておるか」

 

 

 不甲斐無い。唯々己が不甲斐無かった。

 

 視線を感じて、目を向ける。視線の先には、冷たい瞳で龍水を見下す母の姿。

 その視線の冷たさに、やはり己と言う存在が気に入らないのかと悲しみがより深くなって。

 

 

(……見てる。母刀自殿が?)

 

 

 そうして、気付いた。

 赤騎士エレオノーレ=フォン=ヴィッテンブルグは龍水だけを見詰めていた。

 

 果たして彼女は、蔑んでいるだけの相手をこんなにも長く見ている物であろうか?

 果たして彼女は、気に入らない汚点でしかない相手を、こんなにも長く見逃す様な女であったか?

 果たして彼女は、動揺した状態でも己に拮抗している敵対者から目を逸らして、敵たり得ない童女を見る様な女性であったか?

 

 いいや、否。龍水の母は、そんな女ではなかった。

 

 蔑んでいる相手は、長く見たくなどないと切り捨てる。

 無様さしか示せない汚点など、あっさりと潰して見せるであろう。

 自身に拮抗する強敵を前に、よそ見をするなど騎士らしからぬ行為である。

 

 ならば其処には、その視線には何か意味があるのであろう。

 

 

「母刀自殿」

 

 

 もしもその態度が、期待の表れだとするならば。

 もしもその視線が、自分の奮起を望んでいる物だとするならば。

 

 

「震えておる場合ではなかろうが!」

 

 

 若き日の母は、素直になれない人間であったのだと聞いている。

 己の想いを認める事も出来ない、そんな未熟さがあったのだと笑っていた。

 

 そんな母が期待しているとするならば、己からそれに答えねばならない。

 それが己の思い込みに過ぎぬとしても、ならばそれを真に変えれば良い。

 

 あの母が、思わず娘と認めてしまう程の強さを示せば良いだけなのだ。

 

 

「龍水?」

 

 

 砲火が止んだ隙を付いて、夜行の前へと身体を躍らせる。

 男の胸元にも届かぬ程に小さな身体で、それでも力強く龍水は叫んだ。

 

 

「見ていてくだされ、夜行様。母刀自殿は、この龍水が倒します!」

 

「……ほう。大きく出たな。小娘」

 

 

 良く言った。ならば加減などはせんぞ。

 

 そう視線で示す赤騎士の背に、形成されるは巨大な砲門。

 

 80センチ列車砲。

 その砲身より放たれるのは、全てを焼き尽くすまで止まらぬ必中の魔弾。

 

 

「無論だとも。私を、誰だと思っておるのだ!」

 

 

 その襲い来る脅威を前にして、されど覚悟を決めた少女は揺るがない。

 

 

「御門龍水は、貴女の娘だ! 修羅の天の下に生きる、最も新しき英雄だ!」

 

 

 少女の背に影が現れる。

 望んだ未来を引き寄せる異能。敵である筈のランサーから力を引き出して、御門龍水は此処にその真価を示すのだ。

 

 

「こんな偽りで本音を隠した炎など、取るに足りんのだ!!」

 

 

 神火清明――急々如律令。

 

 引き出されるは焦熱世界・激痛の剣。

 偽りの願いと共に放たれる余技でしかない極大火砲と異なり、赤騎士の持つ真なる力。

 

 

「……ふん。やれば出来るではないか、龍水」

 

 

 己の身体を焼く己の炎に、赤き騎士は何処か満足気な笑みを浮かべる。

 

 

「だがな、それでは足りんぞ」

 

 

 だが、それでは足りない。

 一度や二度倒した程度では、エインフェリアを退けるなど不可能だ。

 

 

「僕に、触れたなァァァァッ!」

 

「っ!」

 

 

 最速の狼が再び起き上がる。

 何度斬り裂かれようと、何度斬り殺されようと、怒りの咆哮を上げながら疾走する。

 

 近付く前に斬り裂かれる。振れば一瞬で死に至る。

 だが、一歩。一歩ずつではあったが、確実に距離は縮んでいく。

 

 

「……しっつこいのよ! そんなんだから、アンタはモテないのよっ!!」

 

「ハッ、ハハッ! 良くもやりやがったなテメェッ!」

 

 

 何度殴られようと、何度磨り潰されようと、吸血鬼は甦る。

 一切の抵抗が出来ていないと言うのに、己こそが優勢であると言わんばかりに笑う白貌。

 

 対する摩利支天は、少しずつ、だが確実に消耗し始めていた。

 その力の源は無限ではない。本体と言うべき神霊の格差が此処に響いていた。

 

 

「我らはハイドリヒ卿のエインフェリアだ。我らに消滅などはない」

 

 

 彼らは不死身の英雄たち。

 その身は既に死人であれば、一度や二度殺した程度では意味がない。

 

 さあ、どうすると問い掛ける赤騎士を前に、言葉を発するのは盲目の男であった。

 

 

「……見事、龍水が女を見せたのだ。ならば次は、私の番であろう」

 

 

 己の女が覚悟を示した。ならば次は己の番だ。

 不死の英雄たちを解析しきった法衣の男は、その真価を此処に示す。

 

 

「喝采せよ、あらゆる存在の救世主。今こそこの地に降りたまえ」

 

 

 黄金は嘗ての世界で既に見ている。その太極はもう知っている。

 

 

「汝ら我の蓮座にひれ伏すべし。我はすべての苦悩から、汝ら衆生を解き放つ者」

 

 

 そしてこの戦いの中で、彼らの本質も見抜いた。

 その魂を済度する。そのあるべき場所へと魂を導こう。

 

 

「我はあまねく万象の、現在過去未来を裁く者」

 

 

 その詠唱を食い止めんと、不死身の英雄たちが行動する。

 

 

「中臣の、太祝詞言い祓え、贖う命も誰が為になれ」

 

 

 その詠唱を完成させようと、曙光の神々は死力を振り絞る。

 

 

「東嶽大帝・天曹地府祭――急々如律令奉導誓願何不成就乎」

 

 

 拮抗する。不死身の軍勢と神々の軍勢は此処に拮抗する。

 

 

「オン・ヤマラジャ・ウグラビリャ・アガッシャ・ソワカ」

 

 

 その拮抗を崩せぬ限り、此処に勝負は決するのだ。

 

 

「ナウマク・サマンダ・ボダナン・エンマヤ・ソワカ」

 

 

 そうして、その瞬間は訪れる。

 

 

「貪・瞋・癡――我、三毒障礙せし者、断罪せしめん」

 

 

――太・極――

 

 

「神咒神威――夜摩閻羅天」

 

 

 天に浮かぶ巨大な蓮座。

 その中央に位置する摩多羅夜行は、その額の天眼にて万象を見下ろす。

 

 

「私を誰だと思っている?」

 

 

 力強い言葉と共に、その真なる力を此処に示す。

 

 

「摩多羅夜行は死を裁く者。死人の行く先を定めし我は、冥府を統べる閻魔なり」

 

 

 夜摩。或いは閻魔。

 彼こそはあらゆる死人の進む道を決する者。

 

 彼が居る限り、ランサーとアーチャーの相性は最悪なのだ。

 

 

「死人の城に囚われし死者の群れなど、取るに足りんわ!!」

 

 

 如何に不死身の英雄であれ、死人である限り閻魔に逆らえる道理はない。

 閻魔の法は黄金に縛られし人々をあるべき場所へと昇天させる。

 

 黄金の戦奴である英雄たちは、閻魔の力に導かれて消滅していった。

 

 

 

 

 

 もう一つの戦場で、その光景を見ていた男は笑う。

 

 

「ははっ、アイツら。やってくれるじゃねぇか」

 

 

 既にその身は満身創痍。

 素の実力差で上を行く死兵に対し、彼に出来たのは防戦だけだった。

 

 既に死に体。牙も爪も鬣も全てを剥がされて尚、黄金の獣は強大だ。

 

 己を守って、女を守る。

 黄金を前に出来る事など、男にとってはそれだけしかなかった。

 

 それでも、坂上覇吐は笑うのだ。

 

 

「勝てる。俺らは勝つ!」

 

 

 己の惰弱に喝を入れ、黄金に勝つのだと啖呵を切る。

 これ以上の絶望など知っている。これ以上の敵とも渡り合ってきた。

 

 ならば、それまでと同様に、この黄金にだって勝利してみせよう。

 信じられる仲間がいる限り、曙光八百万に敗北はない。

 

 

「ふむ。確かに、このままでは不味いか」

 

 

 その姿に、在りし日の敵を思い出して笑みを浮かべる。

 その抵抗を愛でながら、黄金の獣は一つの事実を口にした。

 

 

「だがな、坂上覇吐。卿は一つ、失念しているぞ?」

 

「何をっ!」

 

「なに、大した事ではない」

 

 

 苦し紛れの発言か。一瞬そう思って覇吐は否定する。

 この黄金はそんな存在ではない。ならば、確かに何か見落としがあるのだと。

 

 

「卿らが如何に奮戦しようと、この戦いの結末は最初から決まっていたと言う事だ」

 

 

 それはたった一つの、されど致命的な見落としであった。

 

 

 

 

 

「イィィッヤァァァハァッ!」

 

「ぐっ!?」

 

「逝けやっ! ヴァルハラァァァァッ!!」

 

「がはっ!!」

 

 

 戦闘が終わった。

 そう油断した宗次朗と紫織は、予想外の復活を遂げた白き英雄達の不意打ちを受けて、その場に沈んだ。

 

 

「なっ! これは一体、どういう事だ!? 龍水!!」

 

 

 夜行が焦りを表情に浮かべたまま、何をしているのかと詰問する。

 閻魔の法によって相応しき場所へと送られた筈の英雄達は、閻魔自身の力によって引き戻される。

 

 望んだ未来を現実の物にする。

 その異能によって、摩多羅夜行と言う理想の男性を作り上げた龍水が、その力を以って夜行の意思に干渉していた。

 

 

「夜行様っ!? 違うのです。どうして、こんな!!」

 

 

 そんな行動すら予想外。

 なぜ己が夜行に干渉しているのか、なぜその行動を止められないのか。

 

 混乱状態となった龍水は涙交じりに疑問を零して。

 

 

「ふん。馬鹿娘が。……貴様が語っていた事であろうが」

 

「……母刀自殿」

 

 

 甦った赤き騎士が、娘の疑問に答えを返した。

 

 

「お前は私の娘なのだろう? ハイドリヒ卿のエインフェリアなのだろう? ならば、黄金の主命の元に頭を下げるのは、当たり前の道理であろうに」

 

「っ!?」

 

「そんな事にすら気付けぬから、お前は未だ目が離せんのだ」

 

 

 それは当たり前の帰結。

 嘗てサーヴァントとなる前、黄金の残滓を乗り越える為に龍水は敢えて修羅の軍勢の一員となった。

 

 それが故に、御門龍水はランサーの力によって強化される。

 それが故に、御門龍水はランサーの命令には逆らえないのである。

 

 

「未熟者め。グラズヘイムに堕ちろ。……お前は永劫、私の物だ」

 

 

 やはり、この娘はまだまだだ。暫くは己が見守ってやらねば。

 そんな風に呟いて、赤騎士は崩れ落ちる少女を抱きしめた。

 

 

「……龍水。私は」

 

 

 崩れ落ちていく摩多羅夜行。

 去っていく女へと伸ばした手は、別の人物に握られた。

 

 

「さ、夜行様。グラズヘイムに参りましょう」

 

「爾子。丁禮」

 

 

 儚げな笑みを浮かべる白髪の少年。

 摩多羅夜行が敵ではなくなった以上、少年にはもう彼を拒絶する理由はない。

 

 

「修羅道は良い所です。貴方が居て下されば、きっともっと素敵な日々が待っています」

 

 

 己を形作る女を失い、抗う力すら無くした閻魔は白狼に手を引かれながら修羅道の底へと墜ちて行った。

 

 これは必然の結末と言えよう。

 

 ヤマとは最初の死者である。

 彼は地獄を支配していても、そこから生き返る事は出来ないのだ。

 閻魔大王は死者を統べる者であれど、地獄に囚われた人間の一人に過ぎぬのだから。

 

 

 

 こうして、曙光八百万は壊滅した。

 

 

 

 

 

5.

 下水の浄水施設の上空。

 二騎のサーヴァントが互いに力をぶつけ合いながら、高速で街を移動していた。

 

 

「主が彼の父祖の悪を忘却せぬように。母の罪も消えることのないように」

 

 

 セイヴァーが悪性を食らう暴食の獣を召喚する。

 

 

「アクセス――我がシン。来たれ偽りの神、這う蟲の王」

 

 

 天の星より多い蟲が、冬木の空を埋め尽くす。

 六足六節六羽の眷属達は、その強靭な咢でキャスターを食らい尽くさんと鳴き声を上げながら飛翔した。

 

 

「Deum colit qui novit Aurea mediocritas」

 

 対するキャスターが展開するは極大規模のグランドクロス。

 膨大なエネルギーが暴れ狂い。無数の獣たちを内部から沸騰させて消滅させる。

 

 

「Ab obo usque ad mala Omina fert aetas」

 

 

 続け様に口にする詠唱。発現するは時間の矛盾。

 第三天であるセイヴァーの技の模倣に対し、セイヴァーが返すはオリジナル。

 

 

「アクセス_我がシン。モード“ソロモン”より、アスタロスを実行」

 

 

 素粒子間時間跳躍・因果律崩壊。

 全く同質同種の力がぶつかり合い、相殺という結果に終わった。

 

 先より変わらぬ展開。同じことの繰り返し。両者の力は拮抗していた。

 

 上空を飛び回っては破壊を振りまく両者だが、街は未だ静寂の眠りの中にある。

 アヴェンジャーの時間停止が、この地で今起きている二つの戦場が齎す被害を確実に防いでいるのだ。

 

 

「ふむ、成程な」

 

 

 そんな状況で、瀕死でありながらも己と拮抗しているキャスターを見る。

 

 これ程に力の差がある。自分より格上であると実感する。

 長期戦になれば己が優位であろうが、それでもどれだけの持久戦になるであろうか。

 

 いいや、そうはならない。

 

 

「あっけない。終わりとは、えてしてこんなものだろう」

 

 

 セイヴァーは薄れていくキャスターの姿を見据えて、そんな風に呟いていた。

 

 

 

 サーヴァント同士の実力は確かに拮抗していた。

 互いに決定打と呼べる物を持たない現状であった。

 

 そんな戦場を決定付けたのは、神霊ではなく唯人。マスターの実力差がその違いを決定付けた。

 

 セイヴァーは見抜いていた。キャスターの主の転移先を。

 ならば当然、その視線を共有していた魔術師殺しは、確かに雨生龍之介を捉えていたのだ。

 

 雨生龍之介は殺人鬼とは言え、戦闘者ではない。

 衛宮切嗣は歴戦の傭兵であり、超常の存在である魔術師専門の殺し屋だ。

 

 互いに己のサーヴァントより加護を受けている今、捕捉されてしまえば龍之介は殺される。

 

 その結果こそが、こうして現世との接点を失って消滅しようとしているキャスターの姿であろう。

 

 

 

 勝敗の決し方に思う所はあれ、セイヴァーはこんなものだろうと割り切る。

 潔さと無責任を併せ持つ救世主は、自分の怒りすら飲み干してしまう。

 

 対して、何処までも悪足掻きを続けるのがキャスターだ。

 

 

「ああ、嫌だ。このような結末など認めない」

 

 

 消滅の瞬間に、キャスターの宝具は解禁される。

 自己が消滅寸前の状態に陥った時のみ、その力は行使される。

 

 

「……分かっていた事とは言え、お前は潔さとは無縁の存在だな」

 

 

 その力の名は永劫回帰。

 全てを始点へと引き戻し、最初からやり直すと言う力。

 

 

「Et arma et verba vulnerant Et arma」

 

 

 されど世界そのものを戻すだけの出力は、サーヴァントと化した今では存在しない。

 出来るのは精々、選択した対象を召喚された日まで巻き戻すという劣化に劣化を重ねた回帰のみ。

 

 だが、その分だけ使い勝手の良さは増している。

 記憶を失くす事もなく過去へと回帰すれば、その知識を武器に今回の様な状況を回避する事は出来るのだ。

 

 これを通せば、今度はセイヴァーこそが危機に陥るのである。

 

 

「故に、私が引導をくれてやろう。アクセス――我がシン」

 

 

 故に通せない。ここで消滅させる。

 その意思を以って、セイヴァーは己の異名の由来。その宝具の力を此処に示す。

 

 

「Fortuna amicos conciliat inopia amicos probat Exempla」

 

「アルファ・オメガ・エロイ・エロエ・エロイム・ザバホット・エリオン・サディ」

 

「Levis est fortuna id cito reposcit quod dedit」

 

「汝が御名によって、我は稲妻となり天から墜落するサタンを見る」

 

「Non solum fortuna ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit quos semper adiuvat」

 

「汝こそが我らに、そして汝の足下、ありとあらゆる敵を叩き潰す力を与え給えらんかし。いかなるものも、我を傷付けること能わず」

 

「Misce stultitiam consiliis brevem dulce est desipere in loc」

 

「Gloria Patris et Filli et Spiritus Sanctuary――永遠の門を開けよ」

 

「Ede biba lude post mortem nulla voluptas」

 

「“Y”“H”“V”“H”――テトラグラマトン。“S”――ペンタグラマトン」

 

 

 両者の呪が完成するのはほぼ同時、互いに先手を譲らぬと高めた力をぶつけ合う。

 

 

「Atzluth」

 

「永遠の王とは誰か。全能の神。神は栄光の王である」

 

 

 セイヴァーとキャスター。二騎の戦いの決着は近い。

 

 

 

 そして同時期、こちらの戦場でも決着が付こうとしていた。

 

 

「宗次郎! 紫織! 龍水! 夜行!」

 

「案ずるな。直ぐに卿らも愛そう。例外はない」

 

 

 アーチャーの声に、ランサーは笑みを以って返す。

 

 アーチャーとランサーの相性は最悪だ。

 曙光八百万は食われ、その食らった力で失った以上の力を得た修羅道至高天。

 

 両者が戦えば、こうなる以外の結末などはあり得ない。

 

 

「っ!?」

 

 

 そして、それだけでも済まない。

 己の宝具である矢。黄金の槍を介して、アーチャーは己が地獄へと引き摺り込まれている事を理解した。

 

 この矢はランサーより引き継いだ物。

 故に本来の持ち主を前にすれば、こうも足を引く要因にしかなりはしない。

 

 

「怖いか、竜胆」

 

「覇吐」

 

 

 既に仲間は全滅し、主である将は動けない。

 そんな状況で、唯一人戦える益荒男は女を庇って背を見せる。

 

 

「俺は怖ぇ。……けどな」

 

 

 この身は東征一の益荒男。

 黄泉平坂より舞い戻りし伊邪那岐命だ。

 

 地獄の化身であるランサーを前に、地獄を祓う男は意地を示す。

 

 

「最後まで、抗ってやる」

 

「覇吐」

 

「俺は逃げねぇ! 地獄の底からだろうと、絶対にお前を離さねぇ!」

 

 

 男は女を背に語る。神話とは違う。振り返る事はしない。

 例え繋いだ手が腐り落ちていたとしても、愛する女は離さない。

 

 

「令呪を以って奉る。御身に勝利を」

 

 

 その光景を見ていた時臣が、一画の令呪を行使する。

 令呪の魔力で後押しを受けて、坂上覇吐は剣を手に構えを取った。

 

 

「はっ、ますたー殿もこう言ってんだ。ここで決めなきゃ、男が廃るってもんだろうがよっ!!」

 

「……ふっ、言うじゃないかっ! 其処まで言い切ったんだ。私の男なら、気合を入れろよ!!」

 

「おっしゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 覇吐の強がりが、アーチャーとマスターに変化を生む。

 その絆の在り様に目を細めて、満面の笑みと共にランサーは叫ぶ。

 

 

「良き闘志。見事な物だ。故に、私も全霊を以ってお前たちを愛し尽くそう!!」

 

 

 その背に溢れる獣の戦奴。

 不死の英雄達の中に仲間の姿を垣間見て、覇吐は剣を握り締める力を強くした。

 

 

 

 決着の時が、来る。

 

 

「混沌より溢れよ――怒りの日!」

 

「禊祓え――黄泉返り!」

 

 

 放たれた黄金の槍。

 全霊の攻撃を前に、令呪の加護を得た覇吐が選択するは桃花・黄泉返り。

 

 不死にて耐え、必ずや反射して見せようと意思を強くする。

 

 

「ネツィヴ・メラー」

 

「Acta est fabula」

 

 

 悪性を浄化する光が降り注ぎ、対象選択型へと変じた永劫回帰が展開される。

 

 どちらが先か、どちらが早いか、その結果はもう直ぐに。

 

 

 

 奇しくもこの瞬間、全くの同時に四柱の神格がその力を行使した。

 その神威の鬩ぎ合い。放たれる力が結果と言う幕を下ろすその寸前に――それは出現した。

 

 今この瞬間、既に塗り潰されそうな黒、暗、闇。

 全身の毛穴が怖気立つ魔の到来に誰もが戦闘を止め、その一点へと視線を移した。

 

 

 

 泥を撒き散らして上昇。腐臭を充満させて強襲。

 不快嫌悪忌避後悔に錯綜する思考回路へと叩き付けられる邪の奔流。喉の奥を焼く胃酸の逆流を誰も彼もが感じる。

 

 汚泥に塗れた洋館を吹き飛ばして現れるのは、蹲った木乃伊。醜悪な即身仏。

 赤き三眼が目蓋を開く。其処に現れるは最低最悪最強である神霊。躊躇なく屑と断じられる穢れた太極。

 

 第六天波旬――大欲界天狗道。

 

 自閉したまま潜伏していた最強のサーヴァント。バーサーカーが此処に出現した。

 

 

 

 なぜバーサーカーが此処に居るか?

 あらゆる全てに興味がなく、己に閉じた怪物がなぜ表に出てきたか?

 

 その答えは、とても簡単な物であった。

 

 

「てめぇぇぇぇぇっ! その薄汚い手で、よくも俺の身体にぃぃぃぃぃっ!!」

 

「ひっ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

 そう。そこに彼は居た。

 浮上して標的を追いかけるバーサーカーの目と鼻の先、その瘴気に隠れて目を凝らさねば見えない程にちっぽけだが、彼は確かに其処に居たのだ。

 

 

「どどどどどどどど、どうしてこんなめにぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

 その病的なまでに白い肌。ひょろながい手足。爬虫類を思わせるアレな顔立ちを、涙と鼻水と後悔で歪めたその姿。

 

 間違いない。彼こそは僕らの英雄、六条さんだ!!

 

 

 

 抑止の守護者と化した六条さんは、バーサーカーを目視した瞬間にその存在を理解した。

 

 その存在が持つ力の差は目視しただけで死んでしまいそうな程だが、時間停止と抑止力の後押しが六条さんを守り抜いた。

 確かに六条さんは、蟲蔵の奥に居るバーサーカーを射程に収める距離で意識を保っていたのだ。

 

 気が狂いそうな圧力の中で色々な物を垂れ流しながら、それでも必死に六条さんは耐えた。バーサーカーへの攻撃を強要する抑止力の意思に、だ。

 

 攻撃しても効かないからではない。バーサーカーが怖いからでもない。

 開戦の号砲は自分の意思で行いたいからこそ、六条さんは己の身体を突き動かす抑止に耐え続けたのであろう。多分。

 

 だがそれも長くは続かない。抑止の力は唯の英霊では抗い難い。

 四柱の戦闘が決着しかける今に至るまで耐え抜いた六条さんの意思は、素晴らしい物とさえ言えたであろう。

 

 そうして結局抗えなくなった六条さんは、全力の攻撃をバーサーカーに向かって放ったのだった。

 

 

 

 もしも仮に彼がアサシンのままならば、攻撃をしたとてバーサーカーに認識される事はなかっただろう。

 もしも仮にバーサーカーがサーヴァントとして劣化していなければ、今の六条さんであってもダメージを負わせる事は出来なかっただろう。

 

 だが違う。六条さんはバーサーカーにダメージを与えたのだ!

 アヴェンジャーと抑止力の後押しを受けて、黄金の回転で放たれた辺獄舎の絞殺縄は、バーサーカーをほんのちょっとだけ傷付けた!!

 

 それは蚊が刺した痛みにすら届かない程度。指の腹で頬をぷにっと押した衝撃よりも尚、軽い。

 痛みなどと言うには不足が過ぎる代物だったが、それでもバーサーカーに気付かれるには十分過ぎた。

 

 

「許さねぇぇぇ! 引き毟って滓も残さずばら撒いてやらぁぁぁぁ!!」

 

「ひぎゅぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 攻撃を放った直後に己の自由を取り戻した六条さんは、脇目も振らずに逃げ出した。自分の攻撃が当たる瞬間を確認する事もなく、光となって加速した。

 

 当たったバーサーカー。当然の如く、ブチ切れ状態で六条さんを追い掛ける。

 

 それが現状に至った過程であった。

 

 

 

 バーサーカーは世界全てを一瞬で破壊する。

 どれ程に早く六条さんが逃げ回ろうと、その腕の一振りで決着は付いてしまうであろう。

 

 それが必然であり運命であるとするならば、これは一体如何なる奇跡であろうか。

 

 その瞬間に、四騎のサーヴァントは六条さんを見ていた。

 全力攻撃を放つ直前の彼らが、揃って六条さんの姿に注目してしまったのである。

 

 

『あ』

 

 

 神霊達が声を揃える。

 やっちまったぜと言うニュアンスが、その言葉には籠っていた。

 

 

「ひぎぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

 剛速球の如く投げられた黄金の槍を、令呪で強化された伊邪那岐の力が跳ね飛ばす。

 まるでホームランボールの如くに六条さんへと向かっていった神霊二柱の合体技は、六条さんの胴体に風穴を開けた。

 

 

「あぁぁぁぁ、綺麗になるぅぅぅぅ」

 

 

 おおっと、そこにメツィヴ・メラーだ!!

 

 腹に空いた風穴を伝わって、内側からキレイキレイに浄化されていく六条さん。

 

 全く、六条さんから悪性を取り除いたら、一体何が残ると言うのだ。

 

 

「ぃぃぃぃぇぇぇぇっぇぁぁぁぁぁ」

 

 

 そして残り滓になった六条さんは、まるで水洗便所に流される使用済みのペーパーの如く、永劫回帰で何処かへと流されていった。

 

 

 

 そうして後には、怒りの対象を見失ったバーサーカーと四騎のサーヴァント達が残される。

 

 抑止力の思惑通りに、残る全てのサーヴァントを巻き込んだ最終決戦が幕を開けようとしていた。

 

 シュピーネさん不在で! シュピーネさん不在で!!

 

 

 

 

 

 

 

 Fate/zero×神座シリーズ。ネタ。

 希望/zero ~六条さんの聖杯戦争~ 改め。

 

 出番/zero ~シュピーネさんがいない聖杯戦争~

 

 

 

 

 

 召喚された四日前から今夜に流されるまで、永劫に回帰する事になったシュピーネさん。今回の永劫回帰は記憶継続型だぞ、やったね!

 

 皆がZero時空で決戦に臨む中、一人hollow ataraxiaを始める我らがシュピーネさんはやはり別格であった。

 

 

 

 

 

 

 




続いたら良いな、と思わなくもない。

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