短編ネタ Fate/zero × 神座シリーズ 作:天狗道の射干
100%ネタです。
――お見せしましょう。絶対的な力の差、というものを。厳然な実力差とはこういうものです。By 六条シュピ虫。
1.
吹雪が吹き荒れる北の大地。
白亜の城の一室で、男は震えていた。
絢爛豪華なその部屋の中、天蓋付きのベッドに腰掛けたその男。
貴族か王族が住まうに相応しいだろうこの城に、明らかに不釣り合いな風体の男は名を衛宮切嗣と言った。
ドイツの北に住まうアインツベルン。
錬金術の大家として名を馳せたこの家は、此度の戦争に対して純血を貫いたその誇りを捨ててまでも、殺しを生業とするこの男を招き入れていた。
戦争。そう戦争だ。
これより執り行われるのは、七人の魔術師と七人の英霊によって行われる聖杯戦争。
たかが十四人の参戦者、と侮るなかれ。英霊とは人間の超越者。正しく人の及ぶ範疇になき者。
それが七人。互いに覇を競い合うのだ。その被害は正しく戦争と呼ぶに相応しい物となるであろう。
日本。冬木の地で行われるその大儀式。開幕まであと数日と迫っている。
衛宮切嗣が震えているのは、その戦争を恐れるが故か?
その戦火の中に恐るべき男が参戦してくるのを知っているが故か?
断じて、否。
「叶う」
拳を震わせて口にする切嗣の表情に浮かぶのは、確かに歓喜の色。
昨夜行われた英霊の召喚。呼び出された存在は“英霊”などと呼ぶのが罵倒になる程に高位の存在。用意した聖遺物とは何の縁もない“神霊”。
救世主という、クラスも真名も共にイレギュラーなサーヴァント。
その圧倒的な力に勝利を確信したか?
それとも聖杯を獲得した後を思い、皮算用をしているのか?
それも否。
「僕の願いは、漸く叶う」
衛宮切嗣が抱き続けていた願い。それは恒久的な世界平和という理想。
何時か夢見て、それを求めて、そして挫けて、それでももしかしたらと万能の釜である聖杯に一握の希望を託して参戦したこの聖杯戦争。
だが、最早聖杯など不要だ。あらゆる願いを叶える万能の釜など必要ない。
求めるのは大量の魔力。それだけで、彼の願いは叶う。その確信を、神霊との繋がりによって流れ込んで来た記憶より読み取り確信した。
「永遠の楽園は、そこにあった。彼こそ正しく、この世全ての救世主だったんだ」
涙すら流しかねない程に歓喜する。漸く垣間見えた理想郷の存在に、安堵する。
ああ、だがまだだ。如何に神霊とは言え、サーヴァントとして劣化している以上、打ち破られる危険は存在しているから。
気を抜いてはいけない。衛宮切嗣の役目は、自身のサーヴァントを聖杯戦争の最後まで生き残らせること。
そして彼を受肉させ、サーヴァントとしてではなく、神霊としての力を取り戻させること。
そうすれば、この世の全ては救われるから――
「必ず勝利する。何を犠牲にしようとも」
この戦いを人類最後の流血とする為に、己の心を殺して衛宮切嗣は誓いを立てた。
そんなマスターの様子を、遠方より見詰めていた救世主は唯一言、そうかとだけ呟いた。
「今の世にありながら、私を求めるか」
この現世。未だ全てを見通した訳ではないが、存外悪い物ではないと認識している。
無論。完璧主義である彼から見れば穴は多いが、無理に塗り替えようと思う程に醜悪ではない。
「まあ、それも良かろう」
そんな現状を認識してなお、彼はそう言い捨てる。
嘗て自身の理想郷に蛇という亀裂が走った時も、ああこんな物で壊れるならば要らぬと切り捨てた。
無責任な数理の神は、故にマスターの願いにも、この世の有り様にもさして興味は抱かない。
天上の楽園。永遠の箱庭。それを望まれたのなら、ああ良いだろう。作るとしよう。
以前に壊れた物よりも優れた物を、目指してみるのも悪くはないか。
そう熱の伴わぬ思考で定めて、傲慢の罪を背負った楽園の主は見届ける。
己が主の戦いの末を、その果てに作る物を戯れに考えながら。
まず始めに感じたのは悲嘆。求めしは原罪の消去。
何故争う。何故憎む。人の子よ。ああ、何故こんなにも私は罪深い。
ならば清めん。原罪浄化せん。我を生んだ痴愚に出来ぬなら、我こそが天上の主となろう。
その神。その理に咒を付けるならば、天道悲想天。
罪に塗れた魔術師殺しと、第三天と謳われた理想郷の主は共に冬木へと向かう。
セイヴァー陣営。ここに参戦す。
2.
「ねぇ、アンタ!」
幼い少女が言葉を投げ掛ける。長い黒髪をサイドで纏めた勝気そうな少女。名を遠坂凛と言う。
本来、彼女は既に母方の実家へと身を寄せている筈であったが、彼女の父のうっかりによってその移動は遅れ、英霊召喚を終えた今になって転居を始めるという始末であった。
そんな彼女は目の前の英霊に対して、何一つ臆さず口を開く。
「必ず、必ずお父様を守りなさいよ!」
そんな言葉を言えるのは、彼女の人格か、それとも穏やかな笑みを返すアーチャーの人となり故か。
「ああ、約束しよう。お前の元に、父を返すと」
優しく髪を撫でる和服の女に、遠坂凛は擽ったそうに目を細めて。
「凛。行くわよ」
「はい! 分かりました、お母さま!」
母に呼ばれて駆け出して行く少女は、一度振り返ると絶対だからねと念を押す。
その態度に苦笑を漏らして、黒髪の美女は優しく微笑んだ。
〈全く、ありゃ、良い女になるぜ〉
「……お前はまたそれか、覇吐」
己の夫である神霊の言葉に、女は冷たい目を向ける。全くこの男はどれだけ経とうと性欲だけは変わらないか、と。
〈ま、あの髭親父は気に食わないけど、あの子の為ならやる気も出るわよね〉
「紫織。仮にもますたーに向かってそれはないだろう」
〈……どうでも良いのですが、斬り甲斐の有る敵がいると良いですね〉
「宗次郎。お前はもう少し他の事も考えろ」
女は己の宝具という扱いになっている神霊達の言葉に頭を抱える。皆、好き勝手に動き過ぎだろうと。
そんな中――
〈どうされましたか、夜行様〉
〈いや、何〉
内一柱が無言であることに疑問を抱いた別の神が問いかける。そんな少女の姿をした神の問いに、死後を裁く者は緊張の籠った面持で答えを返した。
〈良くない卦が出ている。……荒れるであろうな、此度の戦争〉
そんな彼の言葉に、嫌そうな顔をする神。歓喜を表情に浮かべる神。それを見抜いた彼を称える神。
十人十色な反応に苦笑して、しかしアーチャーは自信を持って断言する。
「問題はない。我らが共にあって、出来ぬことなどないだろう」
そう。あの無間地獄を。あの大欲界を。確かに乗り越えた自負がある。
故に負けぬさ。負けられんだろう。我らに敗北はあり得ない。
「さあ、お前達。気合を入れろ! 魂魅せろや!!」
《応!!》
アーチャーのサーヴァント。第七天、曙光八百万。彼らの戦意は他に類を見ぬ程に高まっている。
パスから流れて来る魔力から、その戦意を確かに感じ取っている遠坂時臣は微笑んだ。
手配したはずの聖遺物が届かず、予備の当てなどない所為で出だしから不測の事態が続いた聖杯戦争であったが、そのお蔭か、当初に予定していたよりも遥かに強大なサーヴァントを得ることが出来た。
この日本において、最高位の知名度を誇る神霊。
宝具によって、自身と共に戦った五柱もの神霊を召喚する規格外の宝具。
そのどちらもが示している。確信をもって断じよう。アーチャーこそが最強のサーヴァントであると。
諜報能力を補う綺礼のアサシンとも共同で動けば、最早穴などはない。
「この戦い。我々の勝利だ」
伊邪那美命。伊邪那岐命。経津主神。摩利支天。夜摩閻羅天。八意思金神。
以上六神。持ってサーヴァントとして具現する。
アーチャー陣営。ここに参戦す。
3.
「クゥゥゥゥルッ!!」
その光景を見た男は、感動の籠った雄叫びを上げた。
そんな男を狂態を、しかし無感動に蛇は見下している。
召喚されて直後、食べるかと差し出された幼い少年。
そんな趣味がなかった蛇は、戯れに彼に魔名を与えて解放した。
その対応が気に食わなかったのか、不機嫌そうな表情を浮かべた男に複数の可能性を見せる。
それは彼に魔名を与えられた者達の末路。満たされず、乾き続けて足掻いた者達の血と死に塗り固められた生涯の記録。
そんな臨場感のある光景を見せられた男は、歓喜に染まった表情で蛇を称えるのであった。
男。雨生龍之介は破綻者だ。
死を知りたいという理由で殺戮を繰り返す。そんな己の行いを、生産性があるのだと自己肯定している。社会にとっての癌である。
魔術師ですらない彼は、マンネリの打破という理由で悪魔召喚の儀式を行い。彼の蛇を呼び出していた。
そんな彼は思考する。これほどの遠大な視野を持ち、世界全てを巻き込んで人の生涯を気紛れに台無しにするこの蛇は何であろうか、と。
人ではこれ程までの視野を持ち得ない。呼び出そうとした悪魔であっても、きっとこれ程ではないだろう。
ならば、きっと“これ”は。
「なあ、アンタ。神様だろ!」
龍之介はそう結論付けた。悲劇も喜劇も、人間賛歌も絶望も、全てを愛して脚本を書き続ける存在。
それこそが彼にとっての神であり、そんなモノがいるのだと彼は心の底から信じている。
そうでなくば、臓物があれ程に鮮やかなことはないのだ。
そうでなくば、人の絶望があれ程美しいはずもないのだ。
「然り、私は君達が神と呼ぶ存在。故に、そう呼んでも、過ちではないよ」
そんな龍之介の言葉を蛇は肯定する。そんな認める言葉に、龍之介は歓喜で持って「主はいませり」とはしゃぎ回った。
彼の蛇の言葉は真実である。確かに彼は神と呼ばれた存在。人の世を生み出し、龍之介が想像するように万象全ての脚本を描いていた超越者だ。
だが、彼の想像と異なる事実がたった一つ。それは、神が人など愛していないこと。
眼前で笑う男を、路傍の石を見詰めるような瞳で見下す神は語らない。
そう勘違いされている方が都合が良いと、愚かな男を嘲笑う。
そうしてどうでも良い塵芥から目を逸らすと、水銀の蛇は虚空を眺めて呟いた。
「居るのであろう。獣殿」
それは彼が価値を認める二人の内の一人。己の癌細胞である逆しまだ。
その覇道を感じる。その鼓動を認識する。彼が居るのであれば、この下らない戯れに付き合うのも悪くはないと思えたから。
「さあ、今宵の恐怖劇を始めよう」
まず始めに感じたのは諦観。求めしは未知の祝福。
飽いている。諦めている。疎ましい。煩わしい。ああ、何故全てが既知に見えるのか。
輝く女神よ、宝石よ。どうかその慈悲を持って喜劇に幕を引いて欲しい。
貴女に恋をした。その抱擁に辿り着くまで、那由他の果てまで繰り返して見せよう。
その神。その理に咒を付けるなら、水銀の蛇・永劫回帰。
第四天と呼ばれた神と、破綻者たる男が恐怖劇の幕を開ける。その内情に、致命的な食い違いと抱えながらも、冬木の地に悲劇を齎すであろう。
キャスター陣営。ここに参戦す。
4.
「ああ、居るとも。私はここに居るぞ、カール」
友の呼び掛けに応えるように、死人の骨で出来た玉座に腰掛ける覇軍の主は微笑んだ。
冬木ハイアットホテル。その様相は一変している。
彼を呼び出した魔術師であるケイネス=エルメロイ=アーチボルトが組み上げた最高傑作たる完璧な魔術工房は、黄金の領地と化した瞬間に死人の血肉で出来た冥府へと変貌した。
外見上は何ら変わりがないであろう。だが、内に迷い込んだ者を食らい建材とするこの獣の城は、最早地獄と化している。
番犬代わりの悪霊達は覇軍の王に食い尽くされ、今では建材の一部と化している。
無数に展開された多重結界はその力を残しており、どころか獅子の鬣達の知識によってより悪辣に、より凶悪に変貌している。
誰であれ立ち入れない。英霊であれ生き残れない。
そんな地獄に腰掛ける黄金の男は、現在の状況を理解して笑みを深くした。
「ふふ。まさか私が、挑む側となるとは」
獣の瞳が見据えるは、この地に降り立ったであろう七騎のサーヴァント。
自身と同格であろうセイヴァー。自身より弱いだろうが六柱という脅威の存在であるアーチャー。
自身より強いであろうキャスター。そしてそんなキャスターさえ超える残りの二騎。
体が震える。それは恐怖故にか、否。
「ああ、高ぶるな。楽しみだぞ。挑むなど、どれ程振りのことであろうか!」
戦意が高ぶる。武者震いを抑えきれない。
魔力の維持や、マスターの保護など、そんな縛りがなければ今直ぐにでも戦に挑みたい程に、黄金の獣は猛っている。
魔性の美を孕んだ美丈夫は、満面の笑みを浮かべたまま開戦の時を待ち望んでいる。
そんな死人で出来たホテルの一室で、マスターであるケイネス=エルメロイ=アーチボルトは項垂れていた。
「私は、何故あのような怪物を呼んでしまったのだ」
その表情は恐怖に染まっている。その体は怯え震えている。それは共に来た婚約者であるソラウも同様。
歓喜の笑みで怒りの日を待つ黄金の獣の波動を前に、彼らがその暴威に耐えられるはずもないのだ。
「……どうしてだ。どこから私は間違えた」
聖遺物を教え子に盗まれ、咄嗟に手配した業者が持ち込んで来た代わりの聖遺物。
神の子を貫いた槍。歴史の中に埋もれ、何処にあるかも分からなくなっていたそれが発見されたと聞き、これこそ天啓と悟り召喚を行った。
彼の神殺しか、伝説上でこの槍の担い手となった者達か、或いは神の子自身を呼び出せるか、そう期待したケイネスの前に降臨したのは、黄金の獣という怪物であったのだ。
今、ケイネスが望むのは、自身と愛する婚約者の命のみ。名誉も誇りも最早欲してはいない。唯、己達が無事帰れることだけを願っていて――そんな彼は気付けない。己が体に既に聖痕が刻まれていることに。
死人の城に食われた彼らは不死身の戦奴と化しており、最早黄金の獣からは逃れられないのだと、そんな事実にすら気付いてはいなかった。
まず始めに感じたのは礼賛。求めしは全霊の境地。
何故砕ける。何故耐えられぬ。抱擁どころか柔肌を撫でただけで何故壊れる。
何たる無情。森羅万象。この世は総じて繊細に過ぎるから。
愛でる為にまずは壊そう。死を思え。断崖の果てを飛翔しろ。
私は全てを愛している。
その神。その理に咒を付けるなら、黄金の獣・修羅道至高天。
覇軍の主はこの世全ての終焉。怒りの日を今か今かと待ち遠しく思い、経歴への箔付けにやって来た魔術師は己が浅慮を嘆いている。
ランサー陣営。ここに参戦す。
5.
気持ちが悪い。
何かが体に入り込んでいる。悍ましい虫が蠢いている。
気持ちが悪いぞ、消えてなくなれ。
パスを通して流れ込んで来る力が、彼の身体を作り変える。
――南無大天狗、小天狗、有摩那天狗、数万騎天狗来臨影向
勝手に口から言葉が漏れる度に、皮膚の下で蠢いていた虫が死滅していく。その消えていく感覚の何と清々しいことか。
間桐臓硯という塵が何か騒いでいるが、そんな雑音は耳に入らない。
唯少し、煩いぞと思って拳を振るう。それだけで、五百年を生きた妖怪は塵に変わった。
きぃきぃと虫が逃げ惑う。踏み潰しながら表を目指して。
「雁夜おじさん?」
蟲蔵で起きた異常を察知したのか、間桐桜が覗き込んでいた。
不思議そうに首を傾げる無表情な少女。ああ、彼女こそを救いたいと願っていた筈なのに。
何故だかその姿が、唯の塵にしか映らない。何故だかその声が、唯の雑音にしか聞こえない。
「お爺様は、何処ですか?」
疑問を問い掛けているであろう。その姿が煩わしい。その雑音が鬱陶しい。だから。
「あっ」
手を伸ばして首を絞めた。そのまま捩じ切るように力を加えて。
「おじ、さん」
少女が零した一筋の涙に正気を取り戻す。感情を殺されたはずの彼女が見せた残り香に自我が戻る。
「あ、俺、俺は……」
ごほごほと咳き込む少女の姿に、震える体で間桐雁夜は首を振る。
認めたくない現実から逃れようとするかのように、己の所業から目を逸らすように。
そんな彼に、堕ちて来る言葉が一つ。
――滅侭滅相
「がぁっ!?」
サーヴァントから流れ込んで来る力と意志に塗り替えられる。目の前の救うべき少女が汚い塵にしか見えなくなってくる様に、己の自我が消えていく感覚に恐れを抱いて、間桐雁夜は逃げ出した。
苦しむ少女を見捨てて家の玄関から飛び出す。自分が全てを壊してしまう前に、少しでも遠くへ逃れようと。
無様に這い蹲ったまま、けれど抗い続ける雁夜は歯を食いしばりながら叫ぶ。
「誰か、俺を、バーサーカーを殺してくれ!!」
間に合わなくなる前に。完全に破綻してしまう前に。間桐雁夜は唯、それだけを祈っている。
「ああ、使えん塵だ」
蟲蔵の奥底で、呼び出されたそれは呟いた。
「俺に塵を押し付ける屑が居たから、逆に糞を恵んでやったと言うのに、使えんなぁ」
それは誰かに語り掛ける言葉ではない。言い聞かせるような物ではない。
完全に自閉して他者を見ない天狗道は、唯只管に何の意味もない戯言を零し続けている。
「汚らしいな。掃除がいるぞ。ああ、けど触りたくもないから恵んでやったと言うのに、使えんなぁ、なぁ、なぁ」
そのまま塵屑同士喰らい合って無くなれば良いのに、どうして無くなろうとしないのか。
他者が大事と、その為なら己の命すら惜しくはない、と。その感情が理解できない。
「桜ちゃんを守る。必ず助ける。待っててくれ。……はぁ? 塵だろ、これは」
他者の思いが理解できない。
理解しようとすらしない大欲界は、只々自閉したまま無謬の平穏を待ち侘びる。
力を与えた塵が塵掃除を終える瞬間を、蟲蔵の奥底で待ち続けていた。
ある日気が付いた時から不快だった。
何かが俺に触れている。纏わり付いて離れない。
なんだこれは。身体が重い。動きにくいぞ消えてなくなれ
俺はただ、一人になりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは要らない。
起伏は要らない。まっ平らで良いんだ。俺は無謬の平穏だけを求めている。
その神。その理に咒を付けるなら、第六天波旬・大欲界天狗道。
救いを求めた男は転落し、自己愛の塊たる神は唯無意味な雑音を呟き続ける。
バーサーカー陣営。ここに参戦す。
6.
「波旬」
その力を感じている。奴がいるからこそ、己は召喚に応じたのだ。
被害を広げぬ内にアレを倒す。それこそ今の己の役割であると旧世界の守護者は確信を持って断言する。
そこに自己の恨みがないとは言えない夜都賀波岐の将は、己の未熟さかと静かに自嘲した。
「何だ、ここに居たのかよ」
「……ウェイバーか」
マッケンジー宅の屋根の上に、梯子にしがみ付きながら登って来るイギリス人の少年。
どこか情けなさを漂わせる己のマスターの姿に。天魔・夜刀は苦笑を零した。
「なんだよ」
「いや、もう少し早く登れないものか、と思ってな」
夜刀の言葉に、屋根に上がったウェイバーは頬を膨らませる。そんな仕草にすら未熟さを感じ取れるから。
「余計なことだよ」
「ああ、そうだな」
この未熟者を育て上げるのも、恐らくは己の役割なのだろう。
サーヴァントという枠に嵌められているとは言え、敵はあの大欲界。勝機はあるとは言え、その戦いは正しく死闘と化すであろう。
そこに巻き込んでしまった少年に、この老人が返せるのはそのくらいなのだろうから。
「何だよ」
「何でも」
無論。口にすることは無い。己の沽券を示すことこそ目的とする少年は、そんな上から目線の導きなど必要としないだろうから。
そして己も口で説明するのは得意ではない。故に背中を示すのだ。戦場の中で、日常の中で、先駆者である背を見せ続けよう。
「なぁ」
そう決断した夜刀に、ウェイバーが問いかける。
彼が思うは召喚後に見た夢。目の前の神が辿った、お世辞にも満たされていたとは言えないであろう末期の記憶。
「お前、あれで良かったのか」
「……見たのか」
「わ、悪いかよ! 意図した訳じゃないぞ!」
慌てるウェイバーに対して苦笑を漏らす。そんな余裕がある夜刀の姿にむっと来たのか、ウェイバーは頬を膨らませて。
「で、どうなんだよ」
その事に、どう答えた物か。嘗ての己の有り方。その末路を思い浮かべて。
「後悔がなかった、と言えば嘘になるだろう」
そう。あの時守れていれば、あの時にこれだけの力があれば、そう思ったことは確かにある。あの結末で良かったなどと語れば、それは嘘になるだろう。
だが。
「それでも、俺は彼女への愛を貫けた」
それが全て。それだけが全てだ。
あの気が遠くなる戦いの果ての報酬が、それだけだとしても天魔・夜刀は満足していた。
そんな己が、波旬を討つ為とは言えもう一度現世に迷い出て来るとは、一体何の冗談であろうかと苦笑して。
「何だよ、それ」
そんな彼の姿に、その生涯の断片とは言え見知ってしまったウェイバーは、納得できるはずもないだろうにと呟いた。
己の愛する人を虐殺され、その守ろうとした者を壊されて、それでもなお世界を守る為に抗い続けた守護者の末路が、あんな物で良い筈がないと思っているから。
(良いさ。元より聖杯に願いなんてなかったんだ。……お前の為に使ってやる)
きっと死者の蘇生を認めない彼は拒むだろうけど、それでも愛する人との再会くらいはさせてやりたいと思ったから。
ウェイバー=ベルベットは己の目的を定めた。
まず強く感じたのは悲憤。
愛すべき一瞬を永遠に味わいたい。刹那に過ぎ去る美麗な景色よ、どうか美しいまま止まって欲しい。
されど想いは穢され打ち砕かれた。踏み躙られて、抹消された。
許せぬ。認めぬ。故に黄昏の守護者は堕天する。天地を焼き尽くさん程の怒りを抱いて。
その神。その理に咒を付けるなら、永遠の刹那・無間大紅蓮地獄。
たった一人残された旧世界の残骸と、未だ何者にもなれていない少年は共に行く。他の誰よりも強き絆に結ばれて、冬木の地にて戦うのだ。
アヴェンジャー陣営。ここに参戦す。
7.
そして残る最後の一騎。彼こそ正しく別格のサーヴァントである。
「ふむ。これは」
「不味いですな」
その針金のような体躯からは、予想できない程の膂力が隠れている。それはセイバーとして招かれたアーサー王を正面から殴り殺せる程かもしれない。
「まさかこれ程強大なサーヴァントが揃うとは」
「……或いは、アーチャーでも敗れるかもしれん」
その身のこなしの上手さ。その速さは正しく極上。ランサーとして召喚されたクー・フーリンとて手玉に取れると言っても過言ではないと思いたい。
「アサシンを召喚出来たのは幸いか」
「ええ、情報収集の得意なアサシンを呼べたお蔭で、こうして敵勢力の全容が調べられたのですから」
そう。セイバーを超えるかもしれない膂力も、ランサーを超えていたら良いなと言う機敏さも、全ては余技に過ぎない。彼の真髄は諜報と暗殺に特化している。故にこそアサシンのクラスである。
彼は強力だ。間違いなく、過去三度の聖杯戦争で呼ばれたアサシン達を超える、最強のアサシンと言えるであろう。
「そうか、ならもう、アサシンは不要だな」
「ええ、ここは敵に特攻させて、戦況を動かす為に使い潰すのが良策でしょう」
マスターである言峰綺礼とその師、遠坂時臣の会話が響く。
彼らは誤解している。特攻?
まさか、寧ろ倒してしまっても構わんだろうとばかりにアサシンは活躍するであろう。
そう。誰もがそう期待しているはずだ。
アサシンの細長い体躯が震える。
それはきっと武者震い。来たるべき戦場を思い、阻むであろう強敵全てを己で打倒さんとする男の震えである。きっと。
アサシンの歯がガチガチと震える。
涙や鼻水を垂らしているようにも見えるが、そんな物は見間違いだ。
「では、アサシン」
「ひぃぃぃぃ! 嫌だぁぁぁぁっ! この私が、何であんな怪物共にぃぃぃ!!」
そんな泣き言を口にして顔を横に振っているが、それは謙遜と演技によって塗り固められた嘘であろう。
バーサーカーとして召喚されたヘラクレスですら逃れられないとアサシンは確信している辺獄舎の絞殺縄という宝具。
それを使ってしまえば、彼の神霊達であろうと逃れられない筈。
故に自分だけが活躍してしまう事を恐れて、マスターにも花を持たせようと敢えて道化を演じているのであろう。
流石である。中々出来ることではない。
その針金のような体躯に、色白の肌を包む軍服。SSの腕章が示すように、彼はドイツ軍の関係者。親衛隊の将校である。
神より与えられたルーンは獲得。
紅蜘蛛の異名を持つ彼こそは、聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート・シュピーネに他ならない!
そう。敵がどれ程強くとも、シュピーネさんならば勝てるであろう。
サーヴァントが倒せないならばマスターを倒す。それこそ正統派なアサシンの遣り方だ。
なお、ウェイバー=ベルベットは時間停止の加護を受け、ケイネス=エルメロイ=アーチボルトは不死身の戦奴と化しており、間桐雁夜は神霊級の実力者と成り果てているが、多分きっと恐らくシュピーネさんは何とかしてくれる筈である。
そんなシュピーネさんの謙遜という思いやりを理解出来なかった言峰綺礼は、溜息を吐いて令呪を翳すと、不遜にも一つの命令を下した。
「令呪を持って我が傀儡に命ずる。……真っ向からアーチャーを除く全てのサーヴァントに勝負を挑み、これに勝利せよ!」
「イィィィィヤァァァァァァッ!!」
この先、この街を多くの悲劇が襲うであろう。
この冬木に堕ちたる神々は、唯一柱で世界全土を滅ぼし得る怪物達。故にその被害が町一つで終わるはずもない。
だが案ずるなかれ、僕らにはシュピーネさんが居る!
厳然たる実力差と言うものを、彼はきっと教えてくれると思うから。
行け行け僕らのシュピーネさん。敵はサーヴァントという枷で弱体化しているから、那由他の果てくらいには可能性があるぞ!
頑張れ僕らのシュピーネさん。令呪命令の所為で真っ向勝負しか出来ないけど、きっと愛と勇気で補ってくれる筈であると信じている。
さあ、シュピーネさんの戦いは、これから始まっていくのである。
Fate/zero × 神座シリーズ。ネタ。
勝ち目/zero ~シュピーネさんの聖杯戦争~
終われ。
手の込んだシュピーネさん苛め。
けど魔力消費とか考えると割と勝率高くて笑う。