銀魂 真選組の新隊員 作:残月
真選組屯所までの帰り道、刹那は妙な気配を感じていた。
誰かに見られている。まるで獰猛な獣に狙われているかの様な錯覚に陥っていた。
「………ん」
刹那は歩いてきた道を振り返るが誰も居ない。気のせいかと再度、歩みを薦めようとした、その時だった。
背後から一閃、光が走ったのだ。
夜の街にザシュリと何かを斬った音と刹那が背負っていた鞄と中身が落ちる音が響いた。
「んんぅ……妙な手応えだねぇ?」
光の正体は目を閉じたまま刹那に刃を振るった男。
刀を鞘にしまうと男は空を見上げる。
「中々に良い反応だ。咄嗟に避けたか」
「………」
そこには鞄を囮に男の刀を避けた刹那が宙を舞っていた。
瞬間的に殺気を感じた刹那は背負っていた鞄を素早く下ろすと跳躍し刃を避けたのだった。
着地と同時に男から距離を取った刹那は鞄から落ちた刀を拾い上げると男と対峙する。
「ククッ……気配から少し腕が立つ奴かと思って襲ってみれば……こんなお嬢さんだったとはね」
男は鼻が詰まらないよう洗浄薬を鼻に刺すと楽しそうに呟いた。
対する刹那は男に警戒を露わにしていた。
刹那の直感が告げていたのだ何かは分からないが『コイツはヤバい』と。
「さて、お嬢さん。俺と……岡田似蔵と殺りあってくれるかい!」
「………くっ」
似蔵の刀を拾った刀で受け止める刹那。鍔迫り合いをするが非力な刹那では似蔵の剣戟は受け止めきれず後方に飛ばされてしまう。
「……っ!?その刀……」
「コイツかい?この刀は妖刀でね、血を欲してるのさ!」
刹那が似蔵の持つ刀の色に目を奪われた。怪しく紅色に鈍く輝く刀に刹那の興味が行った隙に似蔵は刹那に迫る。
「ん……だったら辻斬りの容疑で逮捕する」
「やってみな!」
今は似蔵を辻斬りの容疑で捕まえる事にした刹那は手にした刀を似蔵に振るうが、なんと似蔵の持つ紅桜は刹那の刀をいとも簡単に切り裂いてしまった。
「……まだ!」
「ククッ……そうそう子供は元気がよくなきゃぁな……」
刹那は持っていた刀を投げ捨てると先程、鞄から落ちてしまった刀を拾い上げると構える。
似蔵はヒュンと紅桜の刃を口元に這わせると舌で舐め上げた。
刹那は受け身になるのでは駄目だと思い、今度は先手を仕掛けた。
袈裟斬りに刀を振るうが似蔵はそれを体を半身に逸らし避ける。
刹那は避けれた刀を握り返すと下方から上方へと切り上げた。しかし似蔵は紅桜で受け止めると刀を持っていた刹那の手を左手で握り動きを止めた。
「綺麗な手だねぇ……スベスベでとても刀を握る手じゃねぇや」
「っ!」
顔を近づけて話す似蔵に刹那は足下に落ちていた小太刀を蹴り上げて左手で掴むと似蔵の脇腹目掛けて小太刀を振るった。
しかし
「おおっと……危ない危ない」
「なっ!?」
似蔵は焦った様子もなく落ち着いていた。それもその筈、刹那の左手は何者かに押さえ付けられていた。思わず刹那が視線を移すとそこには電子部品の様なコードが触手の様に動き、刹那の左手に絡み付いていた。
その触手はよく見れば、似蔵の腕から……もっと詳しく言えば似蔵と一体化した紅桜から伸びていた。
「思った以上に強い嬢ちゃんだねぇ……場慣れしてるのか臆せずによくやったよ。だが……」
「ぐ……ああっ!?」
似蔵の言葉に呼応するかの様に触手は刹那の手を捻り上げる。刹那は痛みに小太刀を落としてしまい、右手も触手が絡み付いて刀を落としてしまった。
「相手が悪かったね。俺と紅桜じゃなけりゃ勝てただろうに」
「くぅ……あ……」
触手は刹那の両手を縛り上げると刹那の腕を上に伸ばす。似蔵との身長差もあり刹那は、つま先立ちの様な状態になり足下が覚束ない状態になってしまう。更に刹那の腰や胸の辺りも締め付けるかの様にギリギリと絡み付いてきた。
「お嬢さんはその辺の攘夷志士や幕府の役人なんぞより、よっぽど強かったよ。紅桜にも良い経験値になった」
「……ふっ!」
「おやおや、まだ元気一杯だね」
自慢気に話す似蔵に刹那は唯一自由になっていた足で似蔵の顔面を狙って蹴りを放つが即座に足に触手が絡みつき、邪魔をして空を蹴るだけとなってしまった。
「そんな恰好で蹴りなんかしたらパンツ見えちゃうよ。おじさんは目が見えないから関係ないけどね!」
「がふっ!?」
似蔵は無防備になった刹那の腹部に左の拳を叩き込んだ。触手に自由を奪われていた刹那はガードする事も出来ずに腹部を殴られ、うめき声を上げる。
「さっきも言ったがおじさんは目が見えなくてね。お嬢さんの顔は見えないが!」
「うあっ!」
似蔵は刹那の髪を乱暴に掴むと楽しそうに引っ張る。
「さぞ、苦しそうな顔してるんだろうね!」
「あぐっ!」
追い打ちを掛ける様に刹那の脇腹に蹴りを見舞う。蹴りの衝撃で刹那を縛っていた触手は離れたが、蹴られた反動で刹那は壁に叩きつけられた。
「かっ……ふっ……ゲホッゴホッ……」
壁に叩きつけられて肺の空気が全て出てしまった刹那は咳き込みながら呼吸をする。
しかし意識は朦朧とし始めて、目も翳んできていた。
「楽しかったよ、お嬢さん」
似蔵は咳き込む刹那の前に立つと触手が無くなった紅桜を振り上げ、一直線に刹那目掛けて振り下ろした。
意識が朦朧としていた刹那は迫る紅色の刃が己に迫っている事しか認識できなかった。
しかし、紅桜と刹那の間に何者かが割って入り、紅桜を受け止める刹那を守った。
「だ……れ……?」
真選組の誰かの背中では無かった。思わず声に出して誰かと問うが返事は無い。
刹那の瞳に映ったのは長い長髪。
「おやおや、意外な人物のご登場か。桂小太郎殿とお見受けするが?」
「最近、巷で辻斬りが横行しているとは聞いていたが、こんな娘まで斬る外道だったとはな」
似蔵の紅桜を受け止めたのは真選組の最大の敵とも言える人物『桂小太郎』だった。
「ククッ……まさかこんなに早くアンタに会えるとは。そのお嬢さんは前菜のつもりだったが食い応えがあった。アンタはどうだい?」
「そこのお嬢さんは着ている服からして真選組の関係者か。幕府の犬に噛み付いたのは辻斬りの狂犬だったか」
桂は刹那に一瞬視線を移した後に目の前の似蔵を睨む。
「睨むなよ、そこのお嬢さんは紅桜の良い経験値になってくれたよ。今のアンタに負けない位にレベルアップ出来たみたいだ」
「なっ……貴様、その刀は!?」
似蔵が笑みを溢しながら紅桜を抜くと桂は困惑しながらも刀に手を掛けた。
次の瞬間、桂の体から血が溢れ出る。擦れ違い様に似蔵の居合い斬りで桂を斬り伏せたからだ。
「おやおや、こんなもんかい?いや、お嬢さんで経験値を積んだ紅桜だから勝てたのかな?」
血に沈み倒れた桂の髪を掴むと似蔵は桂の後ろ髪を切り落とした。
「桂を討ち取った記念だな。ククッ……ハーハッハッハッ!」
似蔵は高笑いをすると、その場を後にした。
桂の死も確認も刹那にトドメも刺さずに高らかに行ってしまった。
似蔵が充分に離れた事を確認した桂は起き上がった。
血に濡れた着物の懐から取り出したのは一冊の本。
「まさかコレに守られるとは……あ、イカン!」
桂は何か思いに老けようとしたが刹那の事を思い出し刹那に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!?」
「……か、つ…ら…」
桂が刹那に駆け寄り、体を揺する。すると刹那の目は焦点は定まってはいないが意識はある様だ。
「一先ずは無事か……なら手当を……」
桂は本来なら敵である筈の刹那の手当をしようとする。
いくら真選組とは言えど、桂に少女を見捨てる気にはならなかった。
「おーい、刹那ぁ!」
「どこに居るんでぃ?」
桂と刹那が居る場所から少し離れた場所から山崎と沖田の声が聞こえ始める。
どうやら刹那の帰りが遅いのを心配して探しに来たようだ。
「真選組が来たか。ならば大丈夫か」
桂は真選組が来たならば刹那も大丈夫だろうと、その場を後にしようと立ち上がる。
「……ヅ……ラ」
「ヅラじゃない桂だ。お前も真選組で俺を捕まえたいのなら名前はちゃんと覚えておけ」
刹那の『ヅラ』発言に桂は振り返り、刹那の前髪を撫でる。小さな笑みを溢した後に桂はその場を後にした。
走り去る桂の後ろ姿を見送りながら刹那は意識を手放した。
その後、山崎と沖田に見つけられ保護された刹那。
大急ぎで真選組屯所に運ばれ、命に別条は無いとされたが数日間、刹那は目を覚まさなかった。