クロムとシュルツはナザリックを飛び出して数分後にさっそく迷子になっていた。
「クロム様~どうします?一度ナザリックに戻りますか?」
「んー……まあ、それも一つの手だけど今は敢えて突き進むことにしよう」
「何かお考えがあるのですか?」
「いんや?特に何もないが、歩き回ってみるのも楽しくないか?それにこの外見なら警戒されることはないだろう」
シュルツはメイド服ではなく、ナザリックに置いてあった私服を着ている。それに対してクロムの外見は完全に人間だった。クロムはアンデットなので人間種になることは不可能、それに人間種になる魔法やアイテムはユグドラシルには存在しなかった。ではどのようにして人間の外見をしているのか説明しよう。
ニグンの率いていた部隊の中から一人、クロムと身長が一致する人物を探し出す。そして該当者を発見したら次はその該当者の身体を側面から真っ二つにする。そして骨は取り出し、クロムがその肉体の骨となる。こうしてクロムは人間の外見を手に入れたのだった。ただ、人間だった頃は皮膚の上から感覚というものを感じていたが、今は骨。つまり、肉体の中で生々しい感触を味わっているのだ。正直言ってクロムはこの感触はどうにも好きになれそうにない。というか、世界中探しまわっても好きだという人間はいないだろうと思っている。
「それにしてもクロム様、その体で感覚を感じるというのは本当なのですか?」
「ああ、とても不思議だけどな」
今のクロムには五感が備わっている。皮膚を触られているという感覚も感じるし、食べ物の味どころか、匂いまでわかる。ユグドラシルではない世界だからなのだろうか、ゲームの世界ではありえないことがこの世界では実践できる。
「つ、つまり……その……」
「ん?どうしたんだシュルツ?」
「せ」
「せ?」
「生理現象も起こるのですかッ!?」
「……Oh……」
(えー……この娘真昼間から何言っちゃってんの?しかもこんな場所で。まあ、人いないから大丈夫だけど……ん?)
クロムの魂感知に反応があることに気づいた。
「シュルツ、前方から一人来るみたいだぞ」
「ですね。私の鼻でも感知しました」
クロムの作ったシュルツは接近戦が得意だが、感知能力も高い。ナザリックの中では二番目に感知能力が高いとクロムは思っている。
今のクロムとシュルツはただの旅人、警戒はするが、構えるなどの不審な行動はしない。やがて、前方からフードを被った人物が近づいてきた。フードを被っている為性別が判別しにくいが、体つきから女だと予想した。
「いいかシュルツ。俺達は今普通の旅人だ。変な真似だけは絶対にするなよ?」
「はい!承知しました!」
女は何かから逃げているようだったが、こちらには目もくれずに走り抜けていった。
「……ん?新しい反応?」
「ですね。数は……4人です」
女の後方から更に4人分の魂を感知したのだが、姿は見えない。恐らくだろうが、相手は《
「どうやら面白そうなことが起きてるようだな!」
「ですね!介入いたしますか?」
「介入するか?もちろんさ!シュルツ、狼になれ」
「はっ!承知しました!」
シュルツの身体に変化が生じ、狼の姿になる。クロムは狼になったシュルツに跨って、女を追う。
「シュルツ、さっきの4人よりも早く見つけろ」
『大丈夫です。さっきの4人の移動速度よりもこちらの方が上ですから。下等な人間程度が私の脚に勝るなどありえません』
シュルツの言う通り、《魂感知》で確かめると、既に4人を追い越して女に迫っていた。
「流石だ。やはりお前の脚は頼りになるな」
『もうすぐ目標と接触します』
シュルツがそう言った直後、先程の女の後姿を視認した。こちらの接近に女は気づき、腰に携えていた武器を抜く。
「さっきの旅人……まさかアンタ等が風花聖典の秘蔵っ子?」
「風花聖典?何処かで似たようなのを聞いた気が……」
『クロム様、あれですよ。新しくクロム様の配下になったニグンとかいう男が率いていた部隊の名前が確か陽光聖典だった筈です』
「ああ、ニグンのか。なるほどな……つまり、アンタはスレイン法国に関係のある人物という訳か。これはますますおもしろそうだ」
「……さっきから余裕こいてるけどさ……このクレマンティーヌ様は英雄の領域に達しているんだよ!アンタみたいなポットでのポット野郎に負けるわけがないんだよ!」
「あー、御託はいい。かかってこいよ。英雄なんだろ?」
クロムはクレマンティーヌを挑発する。クレマンティーヌはフードを外し、低く構える。クレマンティーヌの使う武器はスティレット。ユグドラシル時代にもあった武器で、刺突武器の一つだ。本来ならクロムとの相性は最悪だが、今のクロムの姿は人間。刺突攻撃をまともに受ければ体に穴が開くことになるだろう。しかもクロムが今使っている武器はいつもの鎌ではなく、刀だった。
「《疾風走破》、《超回避》、《能力向上》、《能力超向上》」
低く構えたクレマンティーヌが何かを唱える。ユグドラシルでは聞いたことがない単語ばかりだったので、おそらくこの世界特有のコマンドなのだろうとクロムは考えた。
「死ねッ!」
クレマンティーヌがこちらに向かって一直線に飛んでくる。クロムは自分に接近するスティレットの速度に合わせて刀を抜く。スティレットによる攻撃は刀の刀身部分で防がれた。
「どうしたんですか英雄さん?あ、それともこの程度の実力が英雄レベルなんですか~?」
「なめるなぁぁぁぁぁぁ!!」
クレマンティーヌが二本目を引き抜き、クロムの身体に突き刺す。クロムは刀を一本しか持っていないのでこの攻撃は防ぎようがなかった。更に、クレマンティーヌがスティレットの持ち手を回すと、スティレットから第三位階の魔法が出た。
「うおっ!?これは凄いな!」
「あっはっはっは!このまま焼け死ね!」
「まっ、死なないけどね」
クロムが刀を振るっただけで魔法の効果は消えた。
「ば、馬鹿な!?」
「う~ん……色々とパラメータが上昇しているな。さっきの魔法みたいなのが関係しているっぽいんだが……」
「お、お前!一体どんな武技を使っているんだ!!」
「武技?なるほど、さっきのは武技と言うのか。なるほどなるほど……魔法とは違ってMP消費も無しとは素晴らしい……これは習得したいな」
『であれば、ニグンのように転生させてしまいますか?』
「いや、こいつは抵抗が強いタイプだろ。どうせなら……俺がちゃんと調教した後で転生させよう」
クレマンティーヌは明らかに自分の目の前に立つ男は自分をはるかに凌駕していると判断し、逃走を図ったが、
『何処へも行けませんよ』
シュルツが逃げ道を塞ぐ。
「さて、風花聖典とかいう連中が来る前にずらかるとするか」
クレマンティーヌを凄まじい速度で縛り上げ、抱えるクロム。シュルツに跨り、人目に付かない場所まで移動……そして、
「さー、腕が鳴るぞッ!」
「あ…ああ……あーッ!」
クレマンティーヌの叫び声が響くが、周りには人が居ないので何の問題もない。
そして数分後……
「クレマンティーヌ、転生した気分はどうだ?」
「頗る快調です!クロム様!!」
クロムの腕にしがみついて猫のように体を擦りつけてくる。
「そうかそうか、では一度ナザリックに戻るとするか。シュルツ」
「………」
「シュルツ?」
何故か頬を膨らませるシュルツ。一体何が不満なのかクロムにはサッパリわからない。
「どうしたんだシュルツ?」
「クロム様……私にも調教を!」
「うん、しないからな?」
そう言うと、シュルツは不機嫌になった。ここでクロムはシュルツの設定について思い出した。シュルツは現実世界で飼っていた犬のように、嫉妬しやすいという設定にしてあったのだ。恐らく構って欲しいのだろう。こういうときは……。
「はふ~ん」
「どうだ?ここが気持ちいのか?」
「は、はい~。そ、そこっ!そこです!!」
撫でてやると機嫌が直るという設定をしておいてよかったと思った瞬間だった。こうしてナザリックにまたもや新しい仲間が増えることになった。
こうしてクレマンティーヌも転生しましたとさ、チャンチャン。
ちなみに種族はサキュバスです。クレマンティーヌは美人なんで、美人要素を生かせるようにとサキュバスにしました