ヨーレンシアの勇者達   作:笹蒲鉾

7 / 10
はい、7話投稿です。
こんな話も、たまにはいいでしょう。
結構重要ですが少しグロ注意です、耐性の無い方はもしかしたら見ない方が良いかもしれません。
それでは、よろしくお願いします。


狩り

「それじゃ、行ってくる」

「あぁ、それじゃ気を付けてな」

北上は下肩に背負った皮の鞄と弓を掛け直すと、朝の精気が立ち上る山へと入っていった。

事の起こりはつい先日、北上たちがこの世界で修業を始めて、早いもので一ヶ月が経っていた頃の話である。

ここの生活にも慣れてきて、ある程度の融通が利き始めるようになり、基礎修行も最初ほどに辛くなくなってきたそんな時だった。

「ようし、今日はこれで終わりとする!」

相も変わらず夕日をバックにしたライ師匠は、横に並んだ弟子たちを一瞥すると、ふむ・・・と顎をさすって一人頷いた。

「うむ、お前たちが修業を開始して早くも一か月の月日が流れた!ここまでほとんど休みなしでトレーニングに明け暮れたお前たちに朗報である!これより七日間連休を設ける! 各々自由に過ごすが良い!」

エリス達は各々突如として降ってわいた連休に驚愕の表情を浮かべ、それを満足げに眺めたライ師匠は絵にかいたような高笑いをあげながら颯爽と去って行った・・・。

その日の夜、寝る前の穏やかな時間、単純に明日のことを話し合ったり純粋にただ世間話や元の世界の事を話し、話がなんとなくおさまったら寝る、ただそれだけの緩やかな時間である。

そして今回の話題は、やはりというべきか降ってわいた連休過ごし方に収束していった。

「それで、明日からどうしましょう?」

「まず畑かね、俺やエリスと北上とかで整備は結構してるけど結局手つかず状態だし」

松崎はエリスの疑問に寝転がりながら答えた。

「いや、それもありますが今は肉の備蓄じゃないですか?」

と、松崎を半ば否定するように被せた木野は、なんとなく北上を伺っているように思えた。

「まぁ、そうだな、明日から山入ってみるとするよ」

「駄目ですよ!危ないですって!」

北上の返答に、エリスは血相を変えて批判した。

「危ないのは百も承知だけどよ、でも行かないと肉がもうそろそろ底つくぜ?」

「そうですけども・・・」

そう、もう肉が困窮の極みとまではいかないが、相当数が減っている。

修業がある日はまだ昼晩を用意してくれているからまだいいが、座学の日や修業が休みの日は自炊である。

だが、それよりももっとも大きな理由があった。

それは、

「それにそろそろ期限もわからんでなぁ」

松崎がつぶやいた。

干し肉の期限だが、これは塩水につけていた期間によって大きく変動する。

長時間かけてじっくり作った物なら冬を超えれるほどの期間持つのだが、

そこまで時間をかけていないものなら一週間程度しか持たない。

彼らがこの生活を初めてすでに一か月か経過していることから恐らく前者なのだろうとはわかるのだが、あの干し肉が、いつ作られたものだか分からない為、安全性を考慮してそろそろ使い切っておきたい、というのが彼らの中で纏まった意見だった。

しかし、それをわかった上でも、エリスは北上を一人土地勘の無い山の中に放り込むのが不安だった。

「そうですが・・・くれぐれも気を付けてくださいよ?聞く話では山や森はあなた方がいたところには少ないみたいですし・・・。」

「そうだな、山とかにはそんなに入らないが、まぁなんとか細心の注意を払うとするさ」

「本当にそうしてください!危ないところには絶対に近づかないようにしてくださいよ?何があるかわからないんですから・・・」

「わかってるって、俺がなんもわかってないことぐらいわかってるよ」

ここまで言ってエリスは、小さく静かにため息をつくと、

「わかりました・・・そこまで言うなら止めませんが・・正直な話お肉が無いのは本当のことですし」

「ありがとう、じゃあ明日出るからもう寝てもいいかい?」

「そうだな、じゃあ火けすぞぉー」

升平の号令で配置について、火を消したあとはそれぞれ寝息が増えていった。

それをぼんやりと聞きながら、俺はいつの間にか眠りについた。

・・・・・・・・・・

 それが昨日の話、北上は荷物を確認しながら回想にふけっていたが、確認に集中できなかったため意識を引きもどした。

「えっと・・・弓と、矢が6本と三日分の食料、火打石と火種か・・・。」

声に出して確認したそれらを鞄に戻すと、北上は改めて山へと踏み入った。

 小屋から出発し、割と大き目の起伏をその一番深いところに沿うように進んでいた。

周囲は、生い茂る木々によって薄暗く陰っており、葉の隙間をぼんやりとした陽光が差し込んでいた。 

そんな中進む彼は、一人ため息をついた。

「ふぅ・・・さて、出てきたはいいが、どうしたものか・・・。」

そう、現代日本の都心で生きてきたこの北上青年が、狩りの仕方なんぞいったいどう知りえようか、知識で言えば本で読んだ事と、一か月暇を見ては弓を射て練習していた程度、正直全くの素人知識しかないというのが現状だ。

「・・・取りあえず、歩くか」

 北上は太陽の位置を見て大体の方角を確かめながら、周囲の目星を最大限に生かして道だけは迷わないように慎重に進んでいた。

体感的に三時間ほど歩いた頃、彼は目当ての物を見つけた。

「あった・・・これだ」

 そこは、一見何の変哲のない山の斜面なのだが、よく見ると草がそこだけ薄く、

周囲の背の低い木も、心なしか枝を伸ばしていないように見える。

間違いない、獣道だ。

北上は獣道に入らないように極力注意しながら道を観察した。

見ると、中型の、猪だとか鹿とかのサイズの獣の足跡を発見した。

しかもその後に木の葉のかかっていないことや、土がほとんど被っていないところから、比較的に新しいものと推測できた。

さらに深く観察すると、古い足跡であろうものもいくつか観測でき、この獣道を頻繁に使用していることが伺えた。

(さて・・・これで新しい糞でも見つかれば完璧なのだが・・・)

それは数分歩いたらすぐに見つかった。

「さて・・・」

(どうしたものか・・・ぶっちゃけ思いつくのは待ち伏せか、だけどあいつら匂いで気づきそうなものだし、異常あったら近づかんかな冬でもないし・・・。

ばったり出会うのを待つしかないか、熊とかだいたいそんな感じだし、鹿とかよく車引かれるし・・実前昔自転車で轢きかけたし・・・・。)

北上はあってるどうか定かではない知識で考察すると、また歩き始めた。

 暫くして、ふと空腹を感じ、太陽の薄明かりが頂上に昇ったのを確認して軽食を取ると、苔むして落ち葉を被った岩に腰かけて一休みすることにした。

「ふぅ・・・」

椅子に腰かけながら、目をつむって耳を澄ます。

聞こえるのは草のこすれる音、木々の軋む音、最近見つけた川の流れる音・・・。

最悪川たどれば小屋に帰れるか・・・。

「さて・・行くか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 北上は一人、沈みかけた夕日の赤い光差す中ぼんやりと感慨にふけりながら、大き目の木にもたれかかっていた。

結論から言えば、獣を獲るどころか、その姿すら視認できなかった。

「はぁ・・・やはりそんな簡単にいくはず無いよなぁ・・・・」

北上は小さくため息をつくと、延焼を防ぐために落ち葉を排除して火を起こそうと鞄をあさった。

しかし、そこで一つ思いついた。

野生の生物が火を恐れて遠ざかるのではないか、という懸念である。

実際はそうでもなく、むしろその火を見に来るぐらいの勢いなのだが、彼にそんなこと思いつく訳もなく、火打ち石を鞄に押し込むと、野営の準備を始めた。

まず思いついたのは、簡易テントの設営だったが、慣れない山道を歩き回った疲労で足が思うように動かず断念した。

仕方がないので木にもたれかかったまま弓矢等の道具チェックを行っていたが、途中で日が落ちたのだろう、気が付いたら何も見えなくなってこれもまた断念した。

夜の山は夕日になったと思ったら一瞬で日が落ちる、そんなことは完全に忘れており、

自分のこととはいえ準備の無さに内心舌打ちすると、鞄から手さぐりで布でくるまれた塊を取り出した。

丁寧に巻かれた布をほどくと、そこには約三日分の干し肉が入っていた。

それを口に含んだ第一印象は、

「かってぇ・・・」

とてつもない固さだった。

北上はそれを犬歯の辺りで強引に噛み千切ると、唾液である程度やわらかくしてから飲み込んだ、空腹は最良の調味料という通り、味に特に不備はない。

「火・・焚ければやわらかくなったろうになぁ・・」

夜の山に迷い込んだ現代人は、やはり準備の無さにため息をつくと、やがて食事を終えた。

そしてやることもなくなったので、疲労も手伝ってかさっさと就寝することに決めて、

毛布に包まると目をつむった。

しかし、そこからが悪夢の始まりだった。

 周囲は完全な闇、唯一の光源である月光は生い茂る木の葉によって遮られ、一切の光すら入らない。

まず、彼を襲ったのは音だった。

食事をとっていた時は気が付かなかったが、夜の森は決して無音ではない、木々のこすれる音、枝が軋む音、虫のさざめき、動物の鳴き声・・・・・・。

それらは全て、得体のしれない物への疑心として北上を襲った。

次に彼を襲ったのは暗闇だった。

闇の中を恐る恐る覗くと、そこにはあるはずのないモノを知らず知らずに想像してしまい、闇に得体のしれないものを浮かび上がらせた。

それらは全て、目に見えぬ想像の産物への畏れを思い浮かばせた。

あるはずのないものへの恐怖、目に見えないものへの畏れ、そして得体のしれぬ音、

そして己が元来全く知らない世界であるという認識が、

有りもしない妄想という虚像に、実像を浮かび上がらせた。

北上は目をつぶりながらしきりに眼球を動かした。

木の葉の落ちる音は足音のように、枝が軋み折れる音はまるで踏み折られた音のように、

風は獣の唸りのように、北上を襲った。

それらはまさに、文明の光によってかき消されていた、原始的な恐怖に他ならなかった。

焦燥感によって荒くなった呼吸と、早鐘のように打たれる鼓動を正しながら、己にありもしない物であると言い聞かせて、北上は早く眠れるようにと祈った。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

「・・・ん」

朝独特の肌寒さで目が覚めた。

どうやらいつのまにやら眠っていたらしい、起き上がって一つ小さくため息をつくと、

最近癖になっているような気がして少し気が病んだ。

「さて・・と」

とりあえず周囲を見渡した。

特に変化はない、昨日までの何かよくわからない恐怖は嘘のように消え去り、

あるのは狩猟の成功に対する不安と、空腹のみだった。

取りあえず、といった風に昨日より少し厚みの減った塊を取り出して朝食を採り、荷物をまとめて出発しようとしたその時、北上の脳裏に案が浮かんだ。

「そうだ、拠点建てよう」

昨日の反省を踏まえて、日の出ている内に拠点の制作を行うという案を、

思い立ったが吉日、とでも言うように実行に移す。

北上は、とりあえずあの小屋にあった「狩猟の手引き」という本にあった、

狩猟用簡易拠点の制作の項を思い出す。

なんどか小屋の周囲で組んでみているので、最初ほどは苦戦しないだろう。

まずは、骨組みとなるある程度頑丈そうな曲がった、先端がYの字型の物を四本探す、

幸い枝は大量に転がっているので特に困ることは無い。

手ごろなのを見つけて先端を折って物を作り、それを先端を重ねるように二本、斜めに建てたものを二つ作る、その上に真っ直ぐな枝を乗せる、これで骨組みは完成である。

そこに細めの木を網目状に組むと、壁の出来上がりだ。

途中、何度も組み木が暴発したり、数回曲げた木が頬を直撃したりしたが、めげずに作った。

拠点は、すこぶる不恰好だが、それなりの見栄えを誇っていた。

木の皮でも剥いで紐でも作れればいいのだが、残念ながら彼にそこまでの知識は無かった。

取りあえず満足して一人胸を張った後、そこでふと思い出した。

火起こしについて、である。

 北上はこの一か月間、暇を見ては弓を射て腕を磨き、そこまで濃密に書かれていないにせよ本を読んで知識を蓄えてきた。

当然、その中には狩りについての本もあった。

これについては、その本にも、平然と火起こしの項があり、拠点の制作の項にも火起こしする場所の作成という項があった。

しかしながら、どこにも野生動物と火の関連性は書かれていなかったのである。

読んでいた際は、当たり前だから書かなかったのだろう、と思って全く気にも留めなかったのだが、もしかすると、割と火を起こしても大丈夫なのではなかろうか?という疑問が生まれた。

そうと決まれば即、行動である。

 まずは地面の落ち葉と雑草を完全に取り払って延焼を防止する。

後はそこを囲うように石を丸く置いて完成である。

出来上がった物をみて軽く一息つくと、周囲の乾いた枝を集めて着火した。

土を乾かしてその後を楽にするためである。

山に火打ちの音が数度響くと、それはすぐ火の空気がはじける音へと変わった。

最初は一時間以上かかったが、今はもう慣れたものである。

北上は暫く炎をぼんやりと眺め見る。

頃合いを見て火を消すと、完全に消火したかしっかり確認して乾燥した土をかぶせた。

 これでよし、とその場を離れて荷物を担ぐと、葉を見上げて時間と方角を確認する。

太陽の角度的に11時といったところだろうか・・。

そこから大体の方角を割り出して小屋の位置を修正する。

正直最悪川をたどれば帰れるのだが、上流の川べりを歩くのは正直危険なので避けたいところである。

北上は軽く軽食を済ますと、荷物をもって歩き出した。

 暫くは一枚岩からなる壁や、見たことも無い草木に心を弾ませたり、故郷の世界で見たことあるような物やどうしてこんな進化をしたのか理解不明な生物を眺め、どう見ても毒虫をみて警戒したりして心に潤いがあったが、体感二時間ほどが経過した頃、北上の脳裏に昨日からの疲れも相まってか諦めの感情が次第に強まって来た。

やはり行き当たりばったりの素人では無理があったか、と内心後悔しながら、苔むした岩に腰を下ろして小休止を挟み、そこらへんにあった湧き水から補給した革袋の水を飲んでまた歩き始めた。

 そうして迷わないように目星した地点をしばらく弓矢を片手にふらふらしていた、と、その時だった。

ガサリ、と近くの草むらから音が響く、反射的に弓を構えてそちらを振り向くと、今まさに逃走をはかろうとする中型の、羊の角を生やした鹿らしき姿があった。

北上は急いで動物に狙いを定めて、引き絞られた弓から指を離した。

矢は、心地よい風切り音と共に動物に飛翔したそれは、偶然か狙ってか、直前で回避されそのままその動物の真後ろに立っていた木に突き刺さった。

その結果を見据えるよりも速くもう一射の準備にかかる、弓道の経験で矢を小指に2本かけていたのと、一か月間速射の練習をし続けていたことがが役に立った。

間髪入れずにつがえた矢を、ほとんど狙いを付けずに放った。

その放たれた矢は、まるで吸い込まれるように逃走する動物の、後ろ足の付け根部分に突き刺さった。

動物は、絹を裂くような悲鳴を上げたが、そのまま片足を上げながら逃走を図る。

血痕をたどれば追える。

焦ることない。

彼は、それをやけに落ち着いた心で見据えて、小走りで完全に射程圏内に獲物を収めると、三射目を確実に突き刺した。

 

 ゆっくりと、その獣に近づいてゆく・・。

獣は、体から二本の矢を生やしながら、痙攣をおこしながらもまだあがこうとするその姿を直視した。

心臓の鼓動と共に熱を取り戻した心に、その情景が深々と突き刺さる。

一瞬浮かんだ無責任な情は、これで生かすのも意味なしとやはり無責任な現実主義で打ち消した。

少しの週巡の後、覚悟を決めて周囲にあった手ごろな硬い棒を手にもって、

鹿の頭にそれを全力で打ち付けた。

腕に、頭を砕く嫌な感触が響いた。

一目でわかる陥没した頭を見ながら、先ほどまで何事もなく生きていた生物の命を奪ったこと、普段己が口にしていた物の意味、それらが一気に、罪悪感というかたちで北上に襲い掛かる。

理由のよくわからない涙と嘔吐感が収まると、重たい羊角の鹿を肩に担いで移動を開始した。

 

半ばげっそりとしながら、鹿を背負って北上は拠点へと帰還した。

あらかじめ洗って置いておいた大き目な板に鹿を置いて、ちょうどいい大きさの石に

どっかりと腰を下ろした。

あらためてその己が殺した命を見定めて、なんとなく重苦しい物を胸に感じた北上は、

感謝と冥福を祈り、手を合わせて重く、その頭を下げた。

暫くした後、強引に何か吹っ切れたようにな顔になって、血抜きの手順を思い出す。

血抜きとは、読んで字の如く狩った動物の血を抜く行為で、これにより獣臭さの減少と、更に腐敗防止の意味もあるため、これを行うか行わないかでは天と地の差が出る。

まず、鹿の後ろ足を縄でくくると、それを大き目の木の枝に、頭を下にして吊るす。

その後、鹿の頸動脈を切り裂いて暫く放置する。

棒で気絶させた、理由として、この血抜きは心臓の動いている状態で行うのがベストだからである。

暫くしてある程度血が滴らなくなってきたら、鹿を木から下ろして水洗いした平たい石の上に乗せた。

「さて、ここからが大変だ。」

彼の呟き通り、今のは放血、という作業で血抜きの第一段階でしかない。

腰のベルトに括り付けていた皮鞘からナイフを取り出す。

そこで一旦手を止めてナイフを眺め、先ほどと比べて幾分か冷たくなった体をさすり、

これ以上の感情移入は本当にただ辛いだけだろうと判断して、鹿の体にナイフを通した。

まずナイフで首の皮を縦に切り、そして、そのまま何度か刃を通して肛門の辺りまで切り裂いた。

切り裂くといっても完全にではない、

薄皮を残して胴体中心から邪魔にならない程度に皮をナイフで剥した。

そして、その胸にナイフを突き刺すと、まずは鋤骨を排除する。

と、その時、恐らく今日食べたのであろう、緑色のドロリとしたものが飛び出した。

それを見た瞬間、生理的な嫌悪感に襲われて、近所の木に昨日今日食べた物を吐き出した。

暫く悪態をつきながら戻していたが、その内して立ち直ると、ひとしきり唸った後再開した。

薄皮を切り裂いて内臓をあらわにしていく内に、また嘔吐感に襲われたが、なんとか持ち直して慣行した。

そこでまた一息つくと再開して、腰骨を二つに割るように切り裂いた。

内臓を取り出すためである。

そこまで解体して、今度は首に手をかけて先ほどの胴体の要領で皮を裂くと、

のど元から食道を切断して、剥すように取っていく、剥すのにはそんなに力もいらず、ぺりぺり剥して喉元からすべて切除できた。

そしてそのまま胃などといった臓器がつながっているため、収められていた肋骨から掻き出すようにして取り出した。

その際、極力触れないようにしていた内臓器官を持つことになるのだが、そのブヨブヨとした感触で、また吐きそうになるも、なんとなく鹿に失礼なような気がしてこらえた。

最後に、残った接合部分となる直腸を衛生面の観点もあって肛門ごと根元から切除して終了である。

それを、あらかじめ掘っておいた穴に埋めると手を合わせてしっかり埋葬した。

その後北上は、水で手を洗うと椅子代わりの石にどっかりと腰を下ろした。

(これが・・・生き物を食べるってことなんだろうな・・)

北上は、変わり果てた鹿の姿を見て、今までを反省した。

確かに、彼は一般人と比べて食に関する命の意識は強い方だった。

己が食べている物が間接的に殺されて、加工されて出てくるだけで殺すのを誰かに代行してもらっているだけであるということも理解していたし、それらが自分を生かしていることも理解はあった。

生きていた生物をいただいている、ということも意識していた。

しかし、その認識が所詮その程度の物だったということを、北上はこの一時間ほどで本質的に理解した。

生き物の命を奪い、それが己を生かしているのだということ、

弱肉強食の、本質的なものを理解した。

(これが、いただきますって言葉の意味なんだな)

北上はそんなことを考えながら、なんとなく空を仰いで、自分を生かしてきた命に手を合わせて、あらためて感謝した。

「・・・さて、と・・・次は解体して水にさらすんだったな」

暫く手を合わせていた北上は、何か灰汁抜けた顔になっておもむろに立ち上がると、工程を頭の中で反復しながら、北上は川の位置を頭に思い浮かべた。

北上は、自分の荷物を纏めると、そのまま鹿の体を肩に担ぎあげた。

低温処理が済んだらそのまま小屋へと帰宅する予定のためだ。

そして、幾分か軽くなった鹿を担いで出発した北上は、暫く歩かないうちに近場に流れていた川に到着に到着した。

 上流の川は、北上達のよく見る平坦な砂利でできた川岸と広い川幅のだらかなものではなく、大小さまざまな無数の石で構成されている幅の狭いもので、所々流れも速く、恐らくここに落ちたらただでは済まないだろう。

北上は、比較的流れの穏やかな,大きな石の少ないところを探して慎重に川へと近づいた。

そして、川岸に近づいた北上は、鹿を傷つけないようにゆっくりと地面へと下ろした。

その後、おもむろに周囲から比較的きれいな石を幾つか拾ってくると、それを空になった鹿の腹に詰め込んだ。

今から行う作業は、いわゆる低温処理というもので、獣臭さの原因となる微生物の侵入を防ぐ大事な行程である。

本来ならもっと速い段階で行う作業なのだが、まだ北上の熟練が足らず、少々時間が経ってしまった。

「・・・まぁ許容量か」

鹿を川の冷水に沈めた北上は、一瞬臭いが強くならないか心配になったが、気にしたところで意味なし、として考えるのを止めた。

暫く経って川から鹿を引き上げた北上は、腹から石を取り出して、その空洞になった内側に手を当てて温度を確かめると、一人頷いた。

「これならまぁ大丈夫か・・」

内側まで冷えたことを確認した北上は、鹿の表面に球のように浮いた水を払うと、それを担ぎ上げて平屋への帰路へとついた。

その道中、北上には軽くなった冷たい鹿の体が、ひどく重たい物に感た。

 

 

「ただいま戻った」

小屋へと帰還した北上は、外で畑作業の下準備をしていたエリス、松崎、升平の三人にに迎えられた。

「おぉ、おかえり北上!」

「お疲れさまー」

「お帰りなさい北上さん!」

何に使うかもわからない木材を抱えたまま笑顔で北上に走り寄った三人は、北上の表情を見た瞬間その顔を曇らせた。

「北上さん・・・すごい顔してますよ?」

「そうか?あぁ、松崎こいつを頼む、重いから二人で持つといい」

「あ、あぁ・・ありがとう」

升平と共に鹿をもった松崎は、一瞬北上を気にするように小さく振り向いたが、やがて小屋の表に向けて歩を進めた。

松崎に鹿を手渡した北上は、凍り付いたかのような表情をエリスへと向けた。

「作業中すまんな、取りあえず血抜きと冷水にさらすのはやっておいたから、後は皮剥してブロック別けすればいいはずだ」

「ありがとうございます・・・あの・・」

「・・どうした?」

エリスは、一瞬聞くべきか迷って北上から目を逸らすと、やはり問うことにした。

「何でそんな顔しているんですか?」

それを聞いた北上は、松崎たちを見送っていた視線をエリスへと向けた。

その目は普段のゆったりした物とはうって変わって冷たい物だった。

というよりも、感情が失せているといった方が正しいかもしれない、その冷え切った目は真っ直ぐにエリスを見据えながら答えた。

「殺したからだよ、それ以外あるのか?」

さも当然、という風に答えた北上に、エリスはまったく同じように答えた。

「それが解せないのです。生きるために殺したのになぜそんな風なのですか?そんな

 事当たり前のことでしょう?誰だってそう生きてる事なのに・・・

 そんなんじゃ失礼でしょう」

「なに・・・?」

この言葉を聞いた瞬間、今まで凍り付いていた北上の表情にようやく感情が浮かんだのがわかった。

しかしそれが怒りという感情であることは言うまでもない。

エリスはその表情をみて眉をしかめるのみだった。

「当たり前といったか・・・?エリス、お前さん確かに食う前に祈りをしていたな、

 あれは、何にだ?」

エリスは、まだ短い付き合いといえど、このように明らかな怒りを露わにする北上を初めてみた。

この静かな怒りは、人の本質的な部分から来る怒りであるとエリスは知っていた。

しかし、なにがそこまで彼を怒らせているのか、それを理解することは出来なかった。

そして、今自分が信じているものが否定されているように感じたエリスもまた、内心でイラつきのようなものを感じていた。

「逆に聞きますけど、じゃあ貴方は何に祈ってるんですか、貴方の祈りは何に対する

 ものなんですか」

「・・・・そうだな」

北上は少し黙り込むと、ゆっくりと口を開いた。

「相手の命だ」

それは、北上にとって当たり前のことだった。

「・・・?」

しかしその言葉にエリスは小さく眉をひそめた。

それは否定というよりも、理解ができていないという物に近かった。

それを見た北上の冷静な部分が、なにか大きな勘違いをしているのではないかということに思い至った。

北上は、暫く俯くと、手を顎に当てて何かを考え込んでいたが、やがて先ほどより幾分か柔らかい目をして顔を上げた。

「エリス、いくつか質問してもいいか?」

「・・・なんですか?」

どことなく表情が戻った北上を見て、エリスも口調を緩めた。

「まず一つ目、君の世界では狩った命にどう思うんだ?」

「生きるために殺して糧にするんです。そりゃ感謝ですよ」

「そうか、じゃあ結構重要な事なんだが、君の世界に宗教ってあるのかい?」

「しゅうきょう?なんですかそれ」

「信じる根幹、思想の中央になる神様の教えが違う地域が沢山あるかい?」

「そりゃそうですよ、地域によっていろんな神様いますし」

「そっか・・・」

この瞬間、北上は己が間違っていたことの全てを察した。

その確信を裏付けるために最後の質問を投げかける。

「エリス・・君の世界って、神様ってのが確実に存在してるの?」

「はい、いますよ?」

エリスはキョトンとした顔で、さも当たり前のように答えた。

「狩りの神様なんかは私も山でたまにお会いしますよ?父なんてたまに獲物貰って帰

 ってきたりしますし、祭りの時なんかも絶対出席してますしねぇ・・・」

「えらいフレンドリーな神様だなおい・・実は山に住んでる仙人じゃないだろうな」

「いえ?祖父が私くらいだったころの話にも出てきますし外見も全く変わってないそう

 です・・・農業の神様なんてたまにしか見かけませんがかの方のご機嫌を損ねる

 とその年は基本的に飢饉になりますし・・・」

「そうか・・・有難う」

一瞬エリスの言葉に確信が疑念に戻りかけたが、ようやく北上はこの話の食い違い状態が起きる原因を掴むことができた。

それは、少し考えれば簡単な話だった。

「そっかわかったよ、なんだ簡単な話だったんだ」

「・・・?何がですか?」

「あぁ、俺の怒りは不当なものだったって話だ」

それを聞いたエリスは、それは違うでしょうとたしなめたが、北上は手で制し、続けた。

「エリス、うちの世界はね、神様いないんだよ」

それを聞いた瞬間のエリスは少し目を見開くと、無言で話を促した。

「いないっていうのは不適切だけどね、もし居るとしても殆ど、絶対といってもいい

 くらいに姿を現さない、そのせいで随分とその・・宗教ってやつが世界で沢山あっ

 てな、中にはそれがもとで国ごとで大きな戦争をやってるとこもある・・・

 でもうちの国はそれがだいぶ形骸化しててな真っ当に信じるのは年配の人とか一部

 の信心深い人だけなんよ」

「そう・・・なんですか」

「あぁ、話が少し逸れたな、ただそれでもうちの国に深く、国民の思想レベルで

 浸透してるのが二つあってね、一つは教えの中に、簡単に言うと命は帰る場所が

 あるっていうのがある、でそこを管理っていうのかな・・・

 まぁその大きな存在、いわゆる神様が管理しててな、だから僕らのいただきますっ

 ていう祈りは食べるために殺した命が正しく帰るべき場所に帰れるようにって

 意味があるんよ勿論、命への感謝は絶対に忘れないけどな」

「なるほど・・・つまりあの祈りは神様への感謝でもあったんですね」

「そうゆうこと、でもう一つがね、まぁ物の一つ一つ、草花や木々、

 動物から虫に至るまでに魂が宿るって考え、

 それこそ米粒・・・実る稲穂の麦一つにも魂が宿ってるっていうの、

 だからそれらを殺して己糧にする、だから糧になってくれた命に感謝する・・・

 っていうのは大雑把すぎるかな」

「いえ・・・わかりました、その祈りはとても、重いんですね」

「あぁ、それでそれらへの感謝を祈りって形でするのがいただきますなんだよ」

エリスもまた、この説明で北上が何に怒ったかを理解した。

その表情は、先ほどまでの怪訝な物では無く、むしろいつもより少しばかり柔らかく見える。

「すまない、ナーバスになりすぎてたな・・・俺はね、君の文化が神への祈りだけで

 命に感謝しないんじゃないかって失礼極まりない考えをしちまったんだ、

 そうだ、世界が違うんだから環境も同じなはず無いのに・・・」

北上は、言い終わるなり頭を下げると、重く謝罪した。

それをエリスは受け止めると、北上の肩にそっと手を置いた。

「もういいですよ、そんなに謝らないでくださいな、なんてことは無いんですよ、

 私は嬉しいんです。そんなにも世界が違うのに同じ祈りをしていたことが、

 とてもうれしいんです」

それを聞いた北上はそっと表を上げた。

その表情もまた、エリスと同じく柔らかい、その人の本質的な笑顔だった。

「有難う・・・・正直本気で嫌われても仕方ないことだからさ、ちゃんと謝らないと」

その言葉にエリスは笑顔で答えると、エリスはふと気が付いて口を開いた。

「・・・やっと貴方がそんな怒った理由がわかりました・・・貴方はとても、

 命を大切にする人なんですね」

その慈愛のような言葉に北上は少し恥ずかしくなり、頭を掻きながら目を逸らした。

「いいじゃないですか、私そういう人好きですよ?」

「ぬ・・・」

北上は少し赤かった顔を更に赤くさせると、

「ありがとよ」

と、少しぶっきらぼうに答えた。

「さてと、そろそろ表に行きましょうか、いい加減解体が終わってる頃でしょうし」

「そうだな、行くか」

先に歩き始めたエリスに続くように北上もまた、小屋の表へと向かっていった。

 


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