まずこの作品に目を向けていたただいて有難うございます。
まぁ見向きすらされねばどーにもなりませんからね、はい。
五話投稿です。
正直文字数が多すぎる気がして否めません。
今日から修行が始まる。
不安とちょっとした期待に胸を弾ませながら就寝した北上達は、次の朝、
すがすがしい日の出と共に目を覚ました。
倉庫の寝心地は存外悪くなく、言ってしまえば地面が木の板になるか、踏み固められた土になるかの違いしかないので、結構図太い彼らからしたらなんのことはなかった。
ただ、一つ問題があるとすれば、
「寒い・・・」
この、朝の寒さである。
標高が高いところだと、日照時間の影響と空気の澄み具合もあって、朝と夜は非常に冷え込むのだ、どうやらここは、山の平らな部分に作られているのだろう。
小屋のなかでは無事だったのは、ひとえにあの人口密度によるものと考えられる。
北上は、そんな考察をしながらなんとか毛布をとって体を起こすと、反対側で寝ていた松崎を起こしにかかった。
「おいこら起きろ」
「・・・んん・・・ぬぅ・・・」
やはりこの程度では起き無い、この寒さのなか対した奴だとすこし関心しながらもう一度起こしにかかる。
「おい、起きろこらおい」
松崎の体をゆさゆさと揺さぶった。
「ん・・・起きた・・・」
その言葉を聞いて一旦はその手を止めたが、心のなかで10数えても全く動かない松崎にしびれを切らて、
「おきろぉぉぉおおお!!!」
叫びながら倉庫の扉を全開にし、松崎の毛布をはぎ取った。
松崎は、寒いのか、シィーっという歯の間で呼吸するような息をたてると、寒っ、と一言つぶやいてむっくりと起き上った。
「おはやう」
「・・・おはよう」
いまだ半目の松崎と、満面の笑みであいさつを交わすと、北上は松崎を半ば引きずるように外に連れ出した。
外にでた二人は、まず深呼吸、早朝独特のすがすがしい空気を、伸びと共に胸いっぱいに吸い込むと、眠気でなえていた体が、すこしずつ朝であること認識し始めたようだった。
「おい松崎、とりあえず顔洗いに行くぞ」
「おう」
そこはかとなくしゃっきりした二人は、小屋の正面側に回った。
すると、そこにはすでに起きて同じく顔を洗いに来たのであろう他のメンバーの姿があった。
「おいっす、おはよう。」
「おう、おはよう」
すでに洗い終わったのだろう、軽く顔を濡らした升平のあいさつを返して、北上は井戸の行列に並んだ。
「あぁ、おはようございます。松崎さん、北上さん」
「ういおはよう」
「ん、おはよう」
北上と松崎は、ほほえみながら軽く頭を下げるエリスに軽く会釈を返すと、今まさに顔を洗い終えた木野に軽く手を振った。
「ようおはよう」
「おはよう、松崎よく起きましたね」
「僕だっておきますし」
すこし笑いをこらえているような声で松崎を見やる木野に松崎が地味な反論をしてる頃、ふと気が付いた。
「ナフィアがおらんようだが?」
「あぁ、ナフィアちゃんは私たちが起きる前には起きていましたよ」
「なるほど、ありがとう」
魔法使いの朝は早いようだ、低血圧に見えたが自分たちよりよっぽど早い起床に内心感心した。
「はい、では私朝ごはん作るので!これで!」
顔を洗い終えたエリスは、いい笑顔で軽く頭を下げると、足早に小屋の方へと駆けていった。
「転ぶなよー」
北上はエリスの背中をどこか孫を見る目で見守ると、ふと、井戸の方に顔を向けた。
そこには、顔を洗おうとうつむく松崎と、気づかれないように接近し、その首筋に冷水を流し込もうとする升平の姿があった。
北上は、あまりの不意打ちに虚をつかれ、腕を組んだままの姿勢で硬直してしまった。
しかし、升平はそんなこと関係なしに少しずつ手の平を傾けていく・・・。
そしてやがて、時は来た。
表面張力を最後の砦として流れずにいた水だったが、重力には逆らえず、ついには落下を開始した。
落下した水は、寸分の狂いなく、松崎の頸椎のあたりへと注がれ、体表に落ちた水は、 人体の凹凸を頼りに首を中心として四方に分かれ・・・。
そこまで視認した瞬間、松崎の体はまるでバネのように大きく跳びはねた。
「貴様・・・」
「ふはは!ざまぁみろぉ!」
北上は後ろで繰り広げられている死闘(水の掛け合い)を尻目に、顔を洗うのは諦めて、というより十分目が覚めたので、小屋へと向かった。
「おはよう」
「おはよう」
部屋にいたのは、読書にいそしむナフィアのみだった、屋内にいるはずの木野の姿が見えないのは、多分厨房にいるのだろうな、連続な気もして少し気になったが、料理は趣味らしいし大丈夫だろうとやはり丸投げた。
北上は大体ナフィアの対面になる位置に腰掛けると、ふと気になった。
ナフィアが呼んでいる本は、棚にあるマニュアルではなく、分厚く少し古ぼけた何か不思議な雰囲気のする本だった。
「なあナフィア」
「・・・なに?」
声をかけられると思わなかったのか、一瞬目を見開いた後、ゆっくりと顔を上げた。
「それって何の本だ?」
「魔術の本よ、今のあなただと理解はできないと思うわ」
「む、そういうものか」
「そういうものよ、いずれ時が来れば否でも知ることになるわ」
二人の一瞬の会話が終わり、独特の静寂が訪れる。
と思った瞬間だった。
「ただいまぁ!」
「ただいま戻りましたよー」
「おうおかえりー」
どうやら外での水遊びを終えた二人が帰ってきたようだ、北上はそっちにふっと目を向けて思わず吹き出した。
「お前ら、びしょ濡れじゃねぇか!」
「おう!」
「おうじゃねぇよ!お外で乾かしてらっしゃい!」
普通濡れただけ、と思うだろうがことは単純ではない、なにせ現在服といえば最初にきていたものしかないのだ、つまり今着ている服がおじゃんになれば、貴重な布で服を作り直すか、最悪上半身裸で生活する羽目になってしまうという状況なのだ。
「じゃあちょっくら乾かしてくるわ」
「あぁそれなら」
そういって出ていこうとした松崎と升平を呼び止めたのは、先ほどまで本の虫と化していたナフィアだった。
「私の魔術で乾かしてあげましょうか?」
「すごいな魔術、頼む」
おもむろに立ち上がったナフィアが、松崎と升平の後についていくのを眺めた後、しばらくこの、何もない暖かな空間に没頭していた。
上の小窓から差し込む暖かな朝の日差し、外から聞こえる何言ってるのかわからない騒ぎ声、厨房から流れてくる異国情緒あるパンのもののような香り・・・。
うん・・・これはいいものだ。
しばらくぼんやりとしていた意識を起こしたのは、先ほどまで感じなかった刺激臭だった。
「ゴッフォ!?、なんだこれ?」
北上は半ば眠っていた思考を叩き起こして立ち上がると、急いで周囲を見渡した。
辺りには、いつのまにか白い煙が立ち込めていた。
(幸い周囲が見えなくなるほどではない、そこまで焦る必要はなさそうだろうか?
とりあえずこの煙の出何処を探らねば・・・)
まず、一番怪しいのは厨房だ、火を使うし、なにかの料理が大量に煙をだす料理であるという可能性も捨てきれない。
そう考え、厨房の方を見やるが、煙の流れを見るにその可能性は非常に低そうでだ。
なにせ煙が流れ込んでいってるのが目視できるのだから間違いない。
一縷の希望が立たれた北上は、一応厨房に顔を出すことにしよう。
「おい、無事か?」
「ん?朝飯か?それならもうすぐ・・・」
「いや、煙だよ、どう見ても異常だろ、魚焼いてるわけでもあるまいに」
「確かに多いですねこの量は・・・あ、何か外で騒いでたみたいですよ?」
「外か、ちょいと見てくるよ」
二人はある程度煙の事とかも気が付いていたようだったが、先ほども騒いでいたし厨房にいる関係上煙に若干疎いのは仕方がないのかもしれない。
ワンチャンス外で変なもの燃やして大量に煙が出た。
って言うのを期待して厨房を去り、外に出ようと入口の取っ手に手をかけながら、は最後の望みを胸にして、扉を開いた。
「ぬ・・・」
外に出ると、どうやら煙は後ろ、倉庫側から出ているらしいことが煙の流れや量で推測できた。
ダメ押しのように聞こえてくる松崎、升平の騒ぎ声を聞きながら、裏の倉庫に急いだ。
「おい!無事・・・な、なんと・・・」
裏についた北上は、思わず声を出してしまった。
その目に映ったもの、それは・・・。
本で何かを漁る松崎と升平、放心状態のナフィア、そして燃え盛る倉庫だった。
「なにしてんだお前ら!?」
「北上!倉庫が燃えた!」
「みりゃわかるわボケ!とりあえず火けさな!」
北上は升平に軽く怒鳴ると、現状の確認は一旦後に回して火を消しに掛かった。
・・・・・・・。
あの、ボロくとも趣のある倉庫が、何ということでしょう、ただの黒い炭と化してしまったではありませんか。
なんてこったい・・・・。
消化が完了してしばらく、三人は炭と化した倉庫を前に佇んていたが、正気を取り戻した北上は、とりあえず理由の説明を求めることにした。
「で・・・一体何故倉庫は燃えたんだ?引火・・・って訳でもなさそうだし」
火も消えて、賢者タイムの感覚で落ち着いて周囲を見渡したが、服を乾かした組み木の位置は、倉庫からしっかり離れており、とてもじゃないが引火するような距離ではない。
「いや・・・それがな・・・」
・・・・・・・。
升平の説明をまとめると、大体こんな感じらしい。
まず、升平、松崎は、ナフィアの魔法の炎で服を乾かした。
そして魔法剣士のジョブをあてがわれた松崎は、意外と自分もできるんじゃないか?
という思考で見様見真似でやってみたら本当に手から炎が出現し、運悪くそれが倉庫に引火、ナフィアに水の魔法で消火を頼むも、松崎が見様見真似でできてしまったことに対するショックで放心状態に、仕方がないからナフィアの持ってた本から水の魔法を検索していたら北上が来たらしい。
北上は内心見様見真似でできたという松崎に驚愕しながら、とりあえず今はそれを置いておき、倉庫のサルベージを提案することにした。
「おい、とりあえず焼け残ったもの引っ張り出すぞ、手伝え」
「おう」
「わかった」
サルベージを開始する前に放心状態だったというナフィアの様子を確かめようとして、そこで気が付いた。
先ほどまで放心状態で燃え盛る小屋を眺めていたナフィアが、影も形もいなくなっていたのだ。
「あ?おい、ナフィアが消えたぞ」
「なん・・・だと・・・ってほんとにいねぇ」
言われて振り向いた升平、それを追うように反応した松崎と共に周囲を見渡すも、やはりナフィアは影も形もない。
三人は、ナフィアの放心状態が何とかとけて、小屋に戻ったのだろう、と見切りをつけ、焼け残りのサルベージを再開した。
意外と、農具の類は損害が少なく、木の杭らしきものや、すすこけた木槌なんかも発見できた。
だが、置き場所が悪かったのだろう、釣竿やござ、何の用途か不明の代物数点は完全に燃え尽きてしまったらしく、先ほどのナフィアと同じく影も形も見当たらない。
「こんなもんか?」
「まぁ、こんなものかね、とりあえず小屋に運び込むか」
「そうだな」
松崎提案の元、三人で分担して焼け残りを手に持ち、小屋へと帰還した。
「ただいまー」
「はいおかえりなさい、もう朝ごはんできてますよー」
笑顔で出迎えるエリス、最近の、この色々と必死なこの生活でのちょっとした癒しだと思う。
「うーい、これどこに置けばいいか?」
「あぁ、それならそこの棚にでも置いといて」
木野の言葉に、おもむろに窓際にある棚へと目を移した。
棚には、ある程度の生活必需品や、香辛料、小物といったものが隙間だらけで転がっており、どことなく寂しい雰囲気がある。
だが裏を返せば隙間だらけで、さらに言えば隣に弓矢も立てかけてあるため、工具等を置くには最適といえるだろう。
三人はそれぞれ手に持った工具を並べて置くと、何気なくすでに並べられていた朝食の席についた。
相も変わらず床の上に並べられた木製の皿の上に、何か・・・恐らくジャムが塗られたパンと青野菜のサラダが人数分並べられていた。
「これは・・・なにが塗ってあるんだ?」
北上はとりあえず聞いてみることにした。
「はい!これはフェムといって、果物を潰して砂糖とまぜた・・・木野さんからはそっちのジャムと同じと聞いてます!」
「ほー、して何の果物かえ?」
「これは周囲に自生していた野イチゴですね、程よい甘さと酸っぱさがパンに良く合うんです。どうぞお食べになってみてくださいな」
「それでは・・・」
北上は、その、ジャムの塗られた、ふっくらした台形のパンを口に運んだ、
パンは、保存してあったものを使っているのだろう、硬くてフランスパンのごとくになっているが、味は悪くない、フェムと言われたジャムは、なるほど確かに野イチゴのそれで、甘く、酸味の効いた味は食欲をそそった。
「なるほど、うまい!」
「ありがとうございます!」
そこまでの寸劇を終えて、まるで示し合わせたかのように食べ始めた他の方々、
朝だからか言葉も少し少なく、どことなく厳かな雰囲気がある。
ふと、そこで北上は二つほど気になったことがあった。
まずエリスがそこはかとなくそわそわしているような気がすること、目線を追おうとも思ったが、これは気にしたら失礼な気がしたからスルーする。
そして二つ目、それは先ほどまでただの案山子と化していたナフィアの存在である。
北上はパンをかじりながら、ナフィアの方を見やる。
ナフィアは、まるで何事もなかったかのようにサラダを口に運んでいる上に、ちゃっかり松崎の隣に座っているあたり、精神ダメージはもうないとみてもいいだろう。
そうこう考えているうちに朝飯を食べ終わったエリス達は、食後特有の、のんびりとした時を過ごしていた。
最初は、ジャムについての話などをしていたが、話は自然と爆散した倉庫に流れた。
「で・・・どうするんだあれ」
升平は、キュウリのような野菜スティックをかじりながら、急に話題を振ってきた。
「あ?・・・あぁ、倉庫か、立て直すしかないんじゃないのー?」
北上は寝っ転がって伸びをしながら、ぶっきらぼうに答えた。
「だれが直すん?」
「そりゃあなた・・・松崎?」
「なんでや・・・」
などと、男ども三人が愉快に談笑していると、外から入口の階段を上る音が響き渡った。
そしてその次の瞬間、いい加減どことなく老朽化してるので壊れるんじゃないかという心配を抱くほど勢いよく開け放たれた扉から、やはりというか期待通りというか、黒髪のテンション高い女騎士が、満面の笑みでさっそうと登場した。
「はぁーい皆さん!昨晩はよく眠れましたかぁ!?」
なんで朝っぱらからこんなに騒がしいのだろうか、と北上は一瞬疑問になったが、
「イヤッフゥゥウウウウウウ!!」
そしてそれに呼応する升平。
という升平のハイテンションを見て乗ることにした。
「フォォォオオオオオオオオ!!」
「イェェェエエエエエエエイ!!」
北上はストッパーを求めてエリスの方をちらりと横目で見た瞬間、歓声を上げ始めた。
「フォォォオオオオオオオン!!」
(駄目だ!松崎まで来た!もう駄目だ!これで木野まで来たら・・・!)
「・・・・・」
「・・・・・」
(こねぇのかよぉぉぉおおおおお!!!)
いや、事態を収拾しようとして完全に失敗してフリーズしているかとも思ったが、木野はそこまでノリがいい方ではない、悪く言えば空気が読めないので、恐らく何をしているのだろう程度で見ているのだろう。
北上はなんとなくふっと、木野と同じく無言だったナフィアを見やる。
すると、なんと、小さくガッツポーズしているのが目に入った。
(あの子の性格が全く掴めん・・・)
「「「「「ウォォオオオオオオオ!!!」」」」」
で、どうやってこの収拾つけるんだ?
「「「「「「ウォォオオオオオオオ!!!!」」」」」」
と、その瞬間、いままで混ざっていなかった野太い声に気が付いた。
しかもなんと弟子側の方に、である。
それに気が付いた全員が、一斉にその声の方を振り向いた。
「ん?なんだ急に続けたまえよ」
「「「「「ギャァァアアアアアアア!!!」」」」」
その瞬間、天地を轟かせるような絶叫が、この、拠点の空へと響き渡った。
「ライさん!急に入らないでくださいよ!」
「ふはは!驚く方が悪いのだよ!氣を感じればわかるだろう!」
「私はその専門じゃあーりーまーせー」
「さっさとしろ馬鹿ども」
「ん``ーーーー!!!!」
突如としてリーネの後ろに出現したローレンは、リーネの背中に蹴りを一発入れると、大きくため息を一つした。
「てめぇら三人何してんだ・・・。」
なんの警戒もせず背中から蹴りを入れられたリーネは、顔面から、正に土下座のような体制で地面と激突すると、勢いよく飛び上がって後ろを振り向いた。
「なにするんですかいきなり!」
「阿呆、いつまでも馬鹿やってるからだろうが」
「ぐぬぬ・・・って、三人?」
「ほら」
ローレンがスッと上げた指をたどると、なんと、ナフィアの真隣に、イーリアがまるで最初からいました。と言わんばかりの何食わぬ顔で体操座りをしていた。
「うぉう!?」
小屋に升平の驚きの声が上がった。
「いつの間にここにいたんですか貴女!」
「ついこの前に」
「おい漫才ばっかしてねぇでさっさと行くぞ」
そういうとローレン、ライ、イーリアは、すたすたと小屋から出ていってしまった。
「あ!ちょ、待ってくださいよぉ!」
リーネは慌てて立ち上がると、その後を追ってバタバタと走り去った。
嵐の過ぎ去った小屋は、静けさを取り戻し、取り残された弟子達は、誰かが漏らした「行くか」という声と共に、小屋を後にした。
小屋から出て、エリスたちが師匠に連れられてついた先は、どこか特別な場所や部屋ではなく、少し歩いたところにあった、やたらと開けた平地だった。
その端の方、木陰の下にて、それぞれの師匠を正面にして、話が始まった。
「よろしい!それでは今日から修行を開始する!」
なぜか木陰から出て日向にいるライから、暑苦しく声が響く、
「はいっ!」
しかし・・返事を聞いたライは、なにか憂うように唸りながら、残念そうに俯いた。
「まったく、前の弟子たちといい、今回の世界の者たちはどうも覇気がたらんのぉ・・・」
ライは「ふうっ」、と一つため息をつくと続けた。
「そもそも、筋肉が軟弱すぎる、こんなのでは剣も満足に振るうことなどできはせん・・・」
ここまで、目をつむり体を揺らしながら、悲壮感に打ち震えていた。
が、ここにきて目を大きく見開くと、
「と、いうわけでぇ!!まずお前たちには基礎能力を鍛えてもらぅ!!」
「はいっ!!」
広場に全員分の返事がこだました。
やはり、というべきか、そんな気はしていたのはどうやら北上だけでは無いらしく、男他三人衆からは同様の雰囲気が漂っているのがなんとなくわかった。
その中で、エリスだけは目を輝かせてやる気に満ちた表情で背筋を伸ばしていた。
ナフィアに関してはいつもの無表情を崩さずに堂々たるもので、
北上はこの前向きさは見習おう、と心の中で呟いた。
「よろしい、ではまずは全ての基礎となる、体力をつけねば話にならん、よって!お前たちにはこれから、自分の限界だと思うところまでここの外周を走り続けてもらう!」
「はいっ!!」
北上達は返事をしながら思った。
(あ、これ、ガチできっつい奴や・・・)
北上達男性陣は正直この時点で内心げっそりする気分だった。
「一つだけのルールとして、終えるのはこの、スタート地点のみ、それ以外はゴールにあらず!」
「はい!!」
「よぉし!はじめぇ!私語は禁止する気はないから大いに喋りながら走るがいい!」
ライ師匠の号令と共に、一部走り始めたのを横目にしながら、北上は二、三屈伸と伸脚をこなすついでに、外周の範囲をざっと予測した。
しかし、いままでそのようなメートル換算をして生きてこなかった彼にはよくわからず、内心で軽くため息をつくと、駆けだした足を速めて松崎の隣へと合流した。
「やぁ」
「やぁ」
並走した二人は、軽く手を上げてあいさつを交わした。
「調子はどうですかい?」
「ぼちぼちかなぁ・・・そっちはどうだい?」
「こっちもそんな感じかなぁ・・・」
「そうかぁ、まぁこれでも飲めよ」
「おう、いただこう」
そういって松崎は、湯呑みをもつように手に空洞を作ると、それを俺に手渡した。
北上は渡されたそれを受け取って、一気に飲み干す。
・・・ような動作をして、その湯呑みを空想机にたたきつけるように置いて一言。
「麦茶だこれ!」
二人は、高校の時代からこんなやり取りを良くしている。
はた目から見たら実に奇怪なこの行動は、
その証拠に前を走っていたエリスが、ゆっくりと減速して松崎の隣に並んだ。
因みに、彼女の顔が至極不思議なものを見た。という顔をしているのは言うまでもあるまい。
「えっと・・・なにしてるんですか?」
「ふふふ・・・まぁこれでも飲めよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
エリスは軽く頭を下げながらそれを受け取ると、北上の動作のマネをしてなのか、飲み物を飲むように手を口に当てたような動作をして、それを空想机にたたきつけるようにして置いて一言。
「む、麦茶だこれ!」
その瞬間、北上と松崎は思わず吹き出してしまった。
「そこまでやるのかい」
松崎は笑いをこらえようとしながらもなんとか言葉を紡いだ
「で、これ何の意味があるんです?」
「「いや、何の意味も無い」」
「な、そうなんですか・・・」
「うむ、まぁ、あえて言うなら・・・挨拶?」
「挨拶・・・ですか・・・」
そう、本当に特に意味はない、いってしまえば部活が一緒だったことによる賜物といってもいいだろう。
「そう・・・ですか・・・」
エリスは今だ消え去らない眉間のしわを残して、少しづつ加速していった。
それを見送った二人は、そのまま特にしゃべるでもなく二週目に突入した。
その辺りで、松崎がふっと口を開いた。
「そういえばさ」
「ん・・・どした?」
「寝床燃えたけど、どうすんだろうな?」
「あぁ・・・それなぁ」
それを聞いて、しばらく考え込むようにうつむくと答えた。
「野宿?」
「それだ!」
「うむ、ワシもその意見だな、だがどうせなら全員で同室なのはどうだ?」
「それは俺はいいんですけど、女性いますし・・・」
そこまで言って、二人は声のした方、松崎の真隣を振り向いた。
そこには、相変わらずいつの間にそこにいたのか、否、最初からいたような自然さでライが何食わぬ顔で走っていた。
「ライ師匠・・・またいつの間に」
完全に虚を突かれた二人は、笑うしかない、という風に一つ失笑をこぼすと、尋ねた。
「ふむ、まぁ飲めよ、のあたりじゃの」
(本当に最初からだと!?エリスすらも気づいていなかった様子だったし・・・化け物め・・・)
「ふはは、なぁに、お前さんたちも修行を積めばいずれとらえられるようになる」
「はぁ・・・そうですか」
「うむ、ではなわしは行く」
「あ、はい」
そう言って見送った瞬間だった。
ライの姿に異変が生じた。
目の前を走ってるライの姿が、視認できない、否、認識が極限に難しいといった方が正しいだろう。
強引に言葉にまとめ上げると、姿は見えるが気配がない、といった状態といえようか。
「!?おい松崎、ありゃどうゆうこった?」
「いやわからん、気配がない?としか・・・」
「真正面で見てるのにこれか・・・道理で気づくわけねぇよこんなの」
「まったくですよ・・・」
気配とは、多分動きの起こり、音、臭い、そういった物だと北上は把握していた。もし、それが合っているとしたら真正面から見て気配が感じ取れないあれは、つまりそこまで完全に無駄のない動き、ということだろう。
「化け物め・・・。」
北上は、木野と升平の真後ろで反復横跳びのような動作をして遊んでいる変態を見ながら、ぼそりとつぶやいたのだった。
しばらくはそんな話題で盛り上がっていたのだが、四週目を超えたあたり、さすがに疲労からか、次第に口数も減り、5周目突入時に至っては、現代っ子男四人は、すでに息も切れかけて、もはや喋るのも億劫になっていた。
ちなみにナフィアは4週目終了時に抜けたようだ、顔面が蒼白になっていたのが印象深い。
「くっそ・・・煙草なんてやめておきゃ良かったんや・・・」
「全くだ畜生め・・・」
「もともとあんまり吸ってなかった、俺は勝ち組」
升平と北上は、苦笑いを浮かべながら悔やむような声を絞り出していた。
それに答えた松崎も表情に余裕がない。
木野についてはもはや言葉すら出さなかった。
「あれ?皆さん、どうしたのですか?もしかしてもう体力が・・・?」
いつのまにやら先頭を走っていたエリスは、後ろ向きに走りながら、信じられない、という顔を浮かべていた。
当の本人は、実際息こそ切らしてはいるが、走り方からはまだまだ余裕が感じられた。
「は?まだ余裕ですしぃ!」
「全然!余裕ぅ!」
「「うぉぉおおおおおお!!!」」
北上と升平はその言葉にたきつけられるように速度を上げると、エリスを抜いて先頭へと躍り出た。
完全にやけくそである。
エリスは、そんな二人を苦笑で見送って、松崎に並走した。
「なんだかすごいですね、あのお二人・・・」
「本当にそう思うよ」
「木野さん・・・はともかく、松崎さんはいかないのですか?」
エリスは、目線で、陸の上のミミズの如く走る二人を示すと、松崎に目線を戻した。
「僕は無理はしたくないので・・・」
「まぁ、それが一番ですねぇ・・」
その後エリスは、松崎を気遣ってか特にしゃべらず、無言のまま6週目に突入した。
ここでついに木野が脱落、スタート地点の木にもたれかかるようにして死んでいる姿が確認できた。
(くそ!足が上がらない、息が、喉が乾燥して・・・)
足はもはや高く上げるのは不可能、一歩がとてつもなく重く感じられる。
円を描く外周が、永遠と続くゴールの無い途方もない距離のように感じられた。
(そろそろ限界だ・・・この周回で、終わろう。死ぬ。)
と、その時だった。
「・・・・お主ら、こんなところで終わるのか?」
北上と升平は、突如として現れた声に反応して振り向く、
するとそこには、まるで悟りを開いたかのような面持ちのライがいた。
「ですが・・・もう・・・」
「・・・・・観よ」
北上の声に答えるように、升平はそっと、前方を指差した。
そこには己の少し前を走る、エリスの姿があった。
「観よ、あの姿を・・・」
「・・凄い、ですね、息こそ・・切らしてますが、まだまだ余裕そう」
「否、そこではない」
升平の答えを断ずるとライは、その指を明確に指していく、
「あの汗で張り付いた薄く透けた白い服を、走ることで食い込んだ
あのズボンを、汗に輝く金の髪を、そして、揺れる女性を・・・」
「はい・・・」
「美しいです」
「・・・・まだ、走れるな?」
「「・・・はいっ!!」」
そして二人は、先ほどまでの苦しみが嘘のように、エリスに追従するように走り始めたのだった。
(!?・・・なんでしょう、この感じは・・・)
エリスの方は暫く謎の寒気に襲われたのは最早言うまでも無いことだ。
その後、北上の記憶は無い、伝え聞く話だと、9周を終えた所で男二人は崩れ落ちるように地に伏せたそうだ。
エリスは、12周ほどで終えたようだった。
実際、その時の彼女はまだ完全に体力の限界には見えなかったのだが、そこについては恐らく女性の体力管理と男性の体力管理の差だろう。
マラソン終了後、エリスの息が整った所で休息がてら師匠側が用意した昼食を取ることになった。
「飯だぁぁあああ!!」
全員で、円を描くように座り込むと、作ってきたのだろう少し遅れてきたリーネが、手に持ったなかなか大きいバスケットを中央にそっと置いた。
「それでは!ごはんにしましょう!」
そう宣言してリーネは、バスケットにかぶせていた布を取り払った。
「おぉ!」
その瞬間、所々で小さな歓声が上がった。
中に入っていたのは、パンで野菜と肉を挟んだ、そう、いわゆるサンドイッチというやつだ。
「しかしよくこんなに作ったな」
ローレンは、少し笑みを浮かべてバスケットを眺め見た。
男の胴体ぐらいありそうなバスケットにサンドイッチが二層くらいで詰まっている様はなかなか圧巻で、これを一人で作ったとなればその労力は相当なものである。
「いやー、皆様なかなか量食べそうだったので、つい」
リーネは、てへっ、という感じに右手を頭の後ろに当てた。
北上達は、少しその姿に見惚れた。
その姿はなんというかとても可愛らしく、師匠であるということと、これは何となくであるがローレンがいなければ、恋心でも芽生えそうなほどだった。
「さぁ、みなさん食べて下さいな」
その声と共に、各々サンドイッチに手を伸ばし、口に運んだ。
と、その時、ローレンがおもむろに口を開いた。
「そういえばお前ら、倉庫燃やしたらしいが・・・。」
北上は食おうとした手を止めると、升平と松崎を流し見た。
「はい・・・服乾かそうとしたら・・・」
同じく手を止めた二人は申し訳なさそうに俯くと、
「あの・・・本当に申し訳ないです・・燃やしてしまって。」
「本当にすいませんでした。」
二人は食事の手を止めると、座ったままではあるが深々と頭を下げた。
「はっはっは、そんな程度のこと一々謝らんでいい!」
「そうですよ、ライさんなんて小屋の半分消し飛ばしたんですから」
「え・・・そうなんですか?」
「まぁ・・・の、若気の至りというものじゃな」
升平の問いかけに、どこか気恥ずかしそうにポリポリと頬をかきながら答えた。
「でも、そのせいで今の小屋のサイズになったんじゃない?」
初めてまともに喋ったんではなかろうか、イーリアはサンドイッチを上品に口に運びながら聞こえる程度に呟いた。
「え・・・っていうことは今のあのせまっ苦しさライ師匠のせいなんですか!?」
「そうだ、昔は女子部屋と男部屋が分かれていたんだがな、その際男部屋が消し飛んでな」
「ど、どうしてそんなことに・・・」
「いやな、手から波動を出す法を師から教わってな、試しにやってみたら予想以上に大出力のが出て・・・」
「結果、消し飛ばした・・・と?」
「うむ!すまぬ!」
ライは謝罪の言葉とは裏腹に大きく笑うと、升平の「ししょ~う・・・」というどこか力ない声が広場に響き渡った。
(しかし・・・今の騒動で薄れていたが、このサンドイッチ、恐ろしく旨いな・・・)
北上は、サンドイッチを味わいながら、強い感動を味わっていた。
口に入れた瞬間まず感じるのは、ふかふかとやわらかいパンの感触、そしてそれに挟まれているシャキシャキとした新鮮な青野菜(食感等はレタスに似ているあれ)との兼ね合い、そして程よく塩味の効いているハム、更にそれを引き立てるのは胡椒と塩、他2~3種類は混ざっているであろうブレンドの香辛料・・・。
先ほどの地獄ランニングの疲労や、最近まともに食べていないのを含めて、北上には、いままで生きてきた中で最高に旨いサンドイッチにすら思えた。
それは他の仲間も同じらしく、バスケット内のサンドイッチは飛ぶように無くなってしまった。
その様子には、作った本人のリーネも、どこか気恥ずかしそうに、しかし明らかに満足げに見ているのがわかった。
「うむ、みな食い終わったな、よし、しばらくは休息として、その後また基礎訓練に移る!よく休むように!」
「はい!!」
その後、基礎訓練は夕方まで続き、終わるころにはほとんど日の落ちる寸前、といった所だった。
「よぉし、今日はこれまで、しっかり休んでおくように!」
「はい!!」
体力の限界、とは言わないが、トレーニングは当初の予想通りきつく辛いもので、北上たちは途中何度か足を動かしたくない衝動に駆られたが、それを何とかこらえていた。
「それでは解散・・・といいたいところだが!」
ここでライは一旦身を引くと、その代わりというようにリーネが一歩前に踏み出した。
「はい!皆さんお疲れ様です!皆さんいち早く帰宅してその全身を襲う疲労に任せて泥のように熟睡したいと思っていることでしょう!」
全く持ってその通りである。
たぶんこの後は、全員汗を流して疲れのまま泥のように眠り込むことだろう。
「汗を流し、トレーニングの内容にここの脳筋への恨み憎しみを積もらせながら夢の中へ・・・それもいいでしょう!しかし!」
「話がなげぇ」
その瞬間、リーネの頭に手刀が叩き込まれた。
「何するんですか!ローレン!」
「話がなげぇんだお前は、見ろ、こいつら顔に出さないようにしちゃいるが死にそうな面してんだろうが」
と、呆れ顔で北上たちを指で示した。
リーネは、ため息を一つつくと、「わかりましたよぉ~」と、幾分かテンションの下がった声でつづけた。
「えーっとですね、このまま皆様をお返しすると、晩御飯を食べずにそのまま眠りについてしまう、ということが多発しまして、それではこのトレーニングの意味が大幅に減ってしまうんですね、そこで!昼ご飯同様、晩御飯もこちらで用意させていただきましたぁ!」
「肉はこちらで用意してある、猪と鹿が一匹づつあるから、足りないってことはないだろう」
「うむ!では肉を焼く窯を2つ作る故、だれか手伝ってくれ」
「はい!」
返事をしたのは北上と升平、エリスの三人だった。
松崎と木野も返事をしていたようだったが、三人の音量にかき消されたようだった。
「ようし、升平はワシ、北上はローレンと窯を作る。エリスはリーネと食材を持ってきてくれ」
「はい!」
三人は、ライの号令に返事を返すと、各々師匠のもとに駆けていった。
北上はローレンのもとに走りよると、まずは一言挨拶を述べた。
「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく頼む さっそくだが窯を作る石を、あそこの倉庫から持ってくるぞ、手伝ってくれ。」
「はい」
ローレンが指差す方向には、彼らの小屋よりも一回り大きいくらいの、石と木で組まれた簡素な建物が、木々にさえぎられるように立っていた。
北上も走っているときに見かけたが、どうやらこれが倉庫のようだった。
「よし、ここで待ってろ」
観察しながら倉庫を見上げていると、ローレンがすたすたと倉庫の、横幅のやたらと大きい両開き、恐らく引き戸の扉に手をかけると、一気に開いた。
「あぁ・・・くそ、前使ったままじゃねぇか、整頓しとけよまったく・・・」
ローレンはそんなことを小さくぼやくと、倉庫の奥のほうへと入っていった。
倉庫には、主に用途不明の機械や、動力のわからない、やはり意味不明な代物が多数だった。
倉庫にあった用途のわかる物の数少ない中に、今回のお目当ての代物があった。
それは、いわゆる手押し一輪車というやつだった。
しかし、その目当てのものは、奥のほうにしまい込まれており、なかなか取り出すのは一苦労ありそうな状況だった。
しかもその手押し一輪車は、どうみても一般企画より大きく、工事や学校の用務員なんかがつかう大型のもので、持ち上げるのは・・・なんていうのは杞憂のようだった。
ローレンは、手押し一輪車の取っ手を片手で取ると、まるで何てこともない日用品を持ち上げるように軽々と頭上に掲げて、そのまま悠々と外に持ち出した。。
(・・・よく考えたら今背負ってないが、前背負ってた大剣のほうがよっぽど重そうだったな。)
「よし、これにそこの石を乗るだけ詰め込んでもってくぞ」
「あ、はい!」
北上とローレンは倉庫の隣に山積みになっていた大小さまざまな石を手押し一輪車に乗せると、また広場を目指した。
しかし、ことはそう簡単に運ばない、この手押し一輪車というものは、予想以上に重いのだ、まず、石満載による重さと、構造上そのバランスをとるのが腕力と腰の踏ん張りのみという、先ほどまで立っていることすら精一杯だった北上からしたらこれはとてつもない苦行といえた。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、はい、大丈夫です!」
「まぁ、男は強がってなんぼだ精々頑張れ」
「はい!」
その後北上は、フラフラと半ば蛇行しながらもなんとか指定の場所に到着した。
ちなみにその間に燃料や金網を升平達が持ってきていたようだった。
「よし、この石を組んで窯を作る、やり方はわかるか?」
「円形の一部穴にするやつであってますか?」
北上は、学校などの課外授業やキャンプで作るような、あの視力検査の表示みたいなものを思い浮かべ、それを指で宙に描いた。
「そう、たぶんそれだ、それ組んでそこの金網乗せたら完成だ、二つ作るのだが、片方は格闘家組が作るから俺たちは一つでいい」
「わかりました。」
「よし、それじゃあとりかかるぞ」
「はい!」
考えが甘かった・・・
「まて、その石じゃ土台が甘すぎる、もっと大きいのでやるんだ」
「はい!」
いや、考えれるはずがなかった・・・。
「まてぇい!それでは完成時に凹凸が激しくなってしまう!もっと配分を考えるのだ!」
「は、はい!」
まさかこいつらこんなにも・・・。
「おい、小石を間に挟むのはいいが、そこまでやりすぎると空気の通りが悪くなって火が強くならねぇ、もうちょっと少なくしてくれ」
「はい!」
「あほう!それでは外壁が滑らかにならんではないか!」
「はい!?」
こんなことに、というか競い合いに命かけてるとは・・・彼は途中からの記憶は無い、ただ、師匠から入る注文をやけくそ状態でこなしていった。
「あぁ、またやってますねぇ、あの二人」
蚊帳の外とかしていた松崎、木野の二人に、いましがた食材を取って戻ってきたリーネが、やれやれといったように話しかけた。
「あの二人、毎回あんな風なんですか?」
それまで空気と化していた木野がリーネに問いかけた。
それに対してリーネは、少し苦笑い気味に微笑を浮かべて答えた。
「まぁね、修業時代からそうだったけど、あの二人はずっとあんなかんじね」
「あなただって似たようなものだったじゃない」
「ふぇえ!?イーリアちゃんいつのまにここに!?」
リーネは予想外の声にすっとんきょうな声をあげながら、声のしたほうへと神速で振り向いた。
そこには、さも当然、というようなそんな自然さでイーリアとナフィアがいつのまにやら立っていた。
「私はずっとここにいたわ、あなたときたら、止めるのかと思ったらいつの間にか混ざってるし」
「いやね?本当に止める気でいってるのよ?でも挑まれたら受けるしか無いじゃ
ない!」
「それがだめなのよ・・・そんな風だからお師匠たちに脳筋三馬鹿トリオとかよばれるのよ」
「それ弟子の前で言う!?」
「ほら、あなたがそうこう言ってる間にできたみたいよ」
「おうお前ら!どちらの窯が素晴らしい!」
「そんなのどっちでもいいですよぉ・・・」
エリスは疲労にうなだれながら額に手をあてると、大きくため息をついた。
「最近私ため息ばっかりついてませんか?気のせいですかそうですか・・・」
「で、どっちがよいと思う!」
「知りませんよそんなの、はやいこと肉を焼いて食べましょうよもう・・・
もう皆死にかけてるじゃないですか・・・。」
見れば四人は、どこを見ているのかわからない遠い目をしながら、木にもたれかかってぐったりとしていた。
「うむ、そうじゃな・・・よぉし焼くぞぉ!」
・・・・・・・・・・。
「はっ!?」
油のはじけるような肉を焼く音と、その香ばしいにおいで北上は目を覚ました。
「お、やっと起きおきましたかぁ北上さん、もうそろそろ焼けるぞ」
隣に座っていた松崎が、半ば茶化しながら目線で窯を示した。
北上は伸びをしながら首を左右に傾けた。
音が鳴らなかったことに少しだけ内心不満だった。
(まぁ鳴ったら首をやる危険性が高まるのだが、鳴ったほうがなんとなく心地よいのも
事実だしなぁ・・)
「よし、もう焼けたぞ、存分に食うがいい!!!」
そんなことをぼんやりと考えていたら。どうやら肉が焼けたらしい、見ればライとローレンがそれぞれの窯で焼いているのが目に入った。
ライが輝かしい笑顔で、焼いているのに対して、ローレンは無表情というか素面の表情でもくもくと焼いている対比がなんとも面白かった。
隣にいた松崎が窯のほうに歩いていくのをぼんやりと見送った後、北上もどっこいしょの掛け声とともに立ち上ってから、その後を追うようにして窯へとたどり着いた。
積まれた石の上には金網が敷かれており、その上に、串で野菜とともに突き刺されたぶつ切りの肉が、香ばしい音と匂いを発しながら焼かれていた。
北上は、なんとなく両者の陣営を眺めた。
ライのもとには、升平を筆頭に木野、エリスのメンバーで、何やらやたらと騒がしい、対してローレンは、松崎はまだいいとして、ナフィア、イーリアと、なにやら全体的に暗い、暗いとは少し違うが、なんというか会話とかといったものが何もないのだ。
彼はしばらく迷って、己の師匠であるということと、寝起きで半ばテンションが上がりづらいのも考慮に入れてローレンのほうへと歩を向けた。
「よう北上起きたみてぇだな」
「はい、途中で意識を失ったみたいで・・・申し訳ないです」
「かまいやしねぇよ、ほらよ、こいつなんか食べごろだぜ」
そういうとローレンは、今しがた中央から端に寄せたのであろう、野菜と肉の程よく焼けた串を一本手渡した。
それに礼を言って受け取ると、少しぼんやりと観察した。
鉄製の串には、鹿肉と、カボチャのような野菜と、キノコ、なんらかの緑黄色野菜が交互に突き刺さっていた。
しかし、何より特筆するべきはこの匂いだろう、よく焼けた肉の香ばしい香りとともに、昼のサンドイッチとは別にブレンドされた香辛料の匂い、さらにそれが極度の空腹も手伝って、ただの獣肉が最高級の肉にすら感じられた。
「どうした、食べねぇのか?」
「あ、いえ、久しぶりの真っ当な肉に少々感動しまして」
「・・・まぁ、食生活は慣れてきたら改善されるだろ、そのうちな」
「えぇ、そう願います、じゃあいただきます。」
北上は一つローレンに会釈をすると肉と野菜を口に入れた。
焼けすぎず焼けなさすぎず、丁度良く焼かれた肉は、聞くところによると鹿肉らしいが、血抜きがしっかり施されているからか、それともやはり空腹のせいか、獣くささは感じない。
確かに筋張っているように感じないこともないが、問題とするほどではない。
肉をかみ砕き始める、そこで気が付いた。
獣臭くない理由は、この香辛料にあるのだ、このスパイスが獣くささを打ち消しながら、肉の味だけでなく、同時に食す野菜すらも引き立てている。
(これは素晴らしい・・・)
「ちなみにスパイスの調合は大体そこのイーリアが担当している。」
「え!?そうなんですか!?」
「ふふふ・・・」
素っ頓狂な声をあげながらイーリアのほうを向いた北上に対してイーリアは、
どこか怪しい、というか妖しい微笑を浮かべながら3本目の串に手を出していた。
「まて、それはまだちゃんと焼けてねぇ」
「私はレアがいいのよ」
「なら問題ねぇ」
「えぇ、いただくわ」
ローレンは、先ほどイーリアが取ろうとした串ではなく、今しがた丁度レアになったのであろう串をイーリアに手渡した。イーリアは微笑をどことなく満足げにして、定位置へと戻っていった。
「じゃあ私ももらうわ」
「まてナフィア、あぁ、お前もレアがいいのか」
「いいえ、私は普通に焼けたのがいいわ」
「そうか、ならいい」
そういうと、丁度焼けたのであろう先ほどイーリアが取ろうとした串をナフィアに手渡した。
「えぇ、ありがとう」
「あぁ」
串を受け取ったナフィアは、いつもの無表情をなんとなく満足げにして、定位置へと戻っていった。
「僕もいただけますか?」
「あぁ、お前はどっちだ」
「僕はどちらでも」
「そうか、じゃあこれだ」
そういうとローレンは、よく焼けた串を松崎に手渡した。
「ありがとうございます」
松崎は、軽く会釈すると、また定位置へ・・・ではなく俺のもとへと近寄ってきた。
「なんやねんこの流れ」
「ふふふ・・・しかし久々のちゃんとした肉ですね」
「そうじゃな、最近は微量な干し肉と燻製肉だけだったし」
「まぁ備蓄もそこそこしかないからな、どれくらいの期間ここにいるのかわからん」
松崎はやれやれといった感じで肩をすくめると、肉を一かじりした。
「ふふふ、それなら丁度串終わったからついでに聞いてきてやろぉ」
「ほぉ~頼みましたよ」
北上は最後に妙に芝居がかった会話を交わして、ローレンの元へと歩いた。
「どうもです」
「あぁ、串はそこの石の上に置いておいてくれ」
「あ、はい」
「すまないが焼けるのに少し時間がかかる、レアでもだ」
そういいながら肉を回すローレン、やたらと手馴れている。
「あ、大丈夫です」
「そうか、ならいい」
「はい、一つお聞きしたいんですがよろしいですか?」
「なんだ?」
「この修業って大体どれくらいの期間で行うんですか?」
「あぁ、そうだな・・・大体2年くらいだな」
「2年っすか・・・」
俺は、少し眉間にしわを寄せた。
2年か、1年くらいだと踏んでいたが・・・まぁ、この現代もやしを戦えるようにするには必要なスパンなんだろう
「あぁ、それぐらいでも短けぇくらいだがな、最初二年は基礎の修業だったり生きてい
く知恵をつけさせたりの期間、それに仲間意識を作るっていう重要な意味もあるか
らな、ほら、焼けたぞ松崎の分も持ってけ」
「あ、有難うございます、では」
「あぁ」
俺は串を受け取ると、その場を後にした。
「ほれ、お前の分もあるぞ」
「お、有難う・・・で、どうだった?」
「聞いて驚け、2年だそうだ」
「まじか・・・いやまぁ・・・割と短いな」
「そうだな、まぁでも二年もこんな調子ならねぇ・・」
「まぁそうか・・」
どうやらお互い同意見だったらしい、そのままこちらは大した会話もなく、この独特な雰囲気のまま食事は終わった。
そう、こちらは。
一方そのころライ側の窯はというと・・・。
「ふはは!みておれぃ!」
ライは鉄製の串を手に3本揃えて持つと、それをとてつもない速度で投擲した。
腕が残像どころか一切見えないほどの速度で射出された串は、そのまま近場の岩を貫通した。
「凄い・・・串が岩を貫通した・・・。」
「さすがです!師匠!」
「・・・・・・」
「これぐらいそのうちお前たちにも出来るようになるわい、よし升平、串を取ってこい」
「はい!?い、行ってきます!」
升平は力強く返事を返すと、夜闇の中へと消えていった・・・。
それを木野は遠い目でそれを眺めて、ため息すらも最早出し尽くした様子だった。
ちなみに升平はしばらく帰ってこなかった・・・。
そんなこんなで食事も終わり、食後の片づけも済んだところでエリスから全員に声がかかる。
「はい、みなさん!いい感じにのんびりしているところで明日の予定をお伝えします!明日はトレーニングはお休みで、座学になります。内容は、あなた達の後に行く世界についての説明です。お楽しみに!」
(ほぉ、そりゃ楽しみだ・・)
北上は、内心で少し興奮していた。
現在、エリス達の世界とも違う世界である。
という情報以外はいずれ赴く世界がどのような世界であるか全くわかっていない、という状態だった。
今まで話さなかった理由は、恐らく人数が揃っていなかったことと
「それでは皆さん、今日のところはお疲れでしょうし、もう小屋に戻って休んでくだ
さい、お疲れ様でした!」
「ありがとうございましたー」
そして、小屋へと戻った俺たちは、汗を流していつのまにやら新設されていた箪笥の服に着替えて寝ようとしたしたとき、その時やっと重大な事に気が付いた。
「あ・・・俺、どこで寝ればいいんだ・・・」
「そういや、倉庫は爆散したんだったか・・・」
北上と木野は一度目を合わせた。
「そうですね・・・小屋も強引に詰めればあと一人分はあると思いますが・・・一人仲間はずれみたいになっちゃいますし・・・」
エリスは顎に手をやってうなった。
「浮けばいいんじゃね?」
「それだ」
「よし、お前らはだまってなさい」
松崎のボケに乗った北上に、木野の冷たい言葉が突き刺さる。
「まぁ、それはおいといて、毛布さえくれれば、俺外で寝るからいいよ」
頭をぽりぽりと掻きながら、北上はそういって毛布を担ごうとした。
「ダメですよ!もう春とはいえまだ夜と朝は冬みたいなものですし、何より仲間はずれみたいでダメです!」
「あー、なら俺も外で寝ようか?」
松崎は、真顔でそう提案した。
「そういう問題じゃありません、全く、男の人はすぐそういう自己犠牲に走るんですから・・・」
「まぁ、とりあえずこのままだとらちが明かないし、本当に申し訳ないけど北上、悪いがそれで頼むよ」
木野は、申し訳なさそうに眉間にしわを寄せて俯くと、俺に一番厚手の毛布を手渡した。
「あぁ、ありがと」
「いや、すまんな」
俺は軽く返事を返すと、その場を後にした。
北上が出ていった後、小屋の中をなんとも言えない沈黙が覆っていた。
「なんだか・・・申し訳ないですね」
「・・・そうだな、あいつ、昨日も倉庫だったし」
エリスの言葉に返すように升平がぼそりと呟いた。
「もう決まったものはしょうがないでしょう、改善策を見つけてやるのが一番彼への報いじゃないですか?それに彼、かなり頑固ですから」
そういう木野も、やはりどこか割り切れないのか、声のトーンはいつもよりずっと低く、顔もどこか陰って見えた。
「やっぱり俺行くは、じゃあまた明日」
そういうと、升平は誰にも声をかけられないほど迅速に、すたすたと外へと歩いて行った。
「升平・・・まぁ、それがいいのか」
「まぁ、だれか行ったほうがよかったといえばよかったし・・・あれでよかったんだろ」
松崎は少し渋い顔で升平を肯定した。
「そう・・・ですね、明日解決策をみんなで話し合ってみましょう」
そして、エリスは内心を吹っ切れさせるように燭台の火を一息で消すと、そのまま全員、体にたまっていた疲労ゆえか、皆するりと睡眠へと落ちていった。
「さて・・・どうしたものか・・・。」
外は、もう春だというのに、それを感じさせない程度には冷え込んでいた。
幸い、季節は俺たちの世界と同一だったため、ある程度はおってはいたため、困るほどでは無い。
木野が渡してくれた厚手の毛布もあるので、凍死の心配はたぶんないだろう。
北上は寝れそうな場所を脳内に再生した。
まず思いついたのが、畑の奥にあったこじんまりした養鶏所だった。
養鶏場は、そもそも養鶏が結構清潔にしなければならないらしく、匂い等はそこまで心配ではないのだが、放置されていたせいかあちこち痛み、隙間だらけで正直外とそこまで大差がなかった。
倉庫跡も考えたが、殆ど撤去されており、とてもじゃないが風を防ぐことは適わない。
そして最後に思い浮かんだのが、材木置き場だった。
まず、木は暖かいし、風もある程度防げるはずだ、虫に関しては、まぁ無視するしかあるまい、むしだけに・・・。
(なにを考えているんだ俺は・・・。)
北上は軽くかぶりをふると、材木置き場へと足を向けた。
と、その時だった。
後ろでドアの開く音が響くのと同時に、声がかかった。
「北上、俺もいくぜ」
「あぁ、升平か、別に無理してこんでもえぇんやで?」
「お前がいうなよ」
升平は、軽く笑いながらそういった。
「んで、どこで寝る気なんだ?」
「あぁ、木材置き場」
「養鶏場は?」
「あそこは外とそんな変わらんよ」
「そっか・・ひぃ・・寒いな」
「まぁ、そんなもんだ、付いてきた己を恨むが良い」
二人は、こらえるように笑いながら、材木置き場へとたどり着くと、
しばらくは寝心地の話や、修業の話をしていたが、次第に疲労に瞼を下ろされ、
いつの間にか睡魔に負けて、二人そこで夜を明かしたのだった。