ヨーレンシアの勇者達   作:笹蒲鉾

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ようやく書けました。
グダッておりますし、そろそろ、この修業編も終わりにしないといけないですね・・・。


川辺へ・・・(下)

 熊に殴り飛ばされ岩に衝突した北上の呼吸は、最早虫の息ですらなく、爪が肺に達したのか折れた肋骨が貫いたか、呼吸困難独特の、か細く断続的な物だった。

 酸素不足と出血で薄れゆく意識の中、悲壮な顔で叫ぶエリスが目に移った。

(なにしてんだろう、さっさと逃げればいいのに・・・責任、感じてるのかね?馬鹿

 だなそれで死んだら意味ないのに・・・俺は・・・もう死ぬのに・・・)

ここにきて北上は、人生に置いてかつて無いほど精神が落ち着いていた。

これが諦めの境地であることは、本人には痛いほどよくわかった。

(エリスの・・・泣きそうな顔が見えるな、女泣かせて死ぬのは嫌なもんだ・・・せ

 めて、ならせめて・・・)

「---」

その声にもならない声は、震える唇で確かに、エリスにははっきり伝わった。

「北上さん、そんな・・・・嫌、いやですよ?そんな!」

エリスは北上を助けるために再度魔術を行使しようと火打石を打ち鳴らそうとする、しかし、震えの止まらぬその指は、石を持ち続ける事を許さず、石は無残にも地面へと転がった。

「あ・・・あ、あ・・・嫌・・・あ、あぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

万策尽きて熊へと飛びかかろうと、した瞬間、エリスの目に留まったのは強い意思の宿る北上の目だった。

いや、意思などもはや風前の灯で、力など感じられない、そんな瞳に移っていたのは、

死にゆく覚悟を思わせる確かな光だった。

しかしこの光は、消える間際にロウソクの放つ、一瞬の輝きであることは容易に感じ取られた。

(あなたは置いて行け言うのですか・・・私のせいでそうなった貴方を、置いて行けと

 いうのですか)

眼は、まるでそれを肯定するように、次第に光を弱めて行くと、その、終幕を見る前に北上に立ちふさがる熊の体で見えなくなった。

今、エリスが取れる行動は二つだった。

一つは、北上の意を組んでここから逃走する。

これでエリスは確実に生き残り、北上は確実に死ぬだろう。

そしてもう一つは、北上の意に反し、熊に特攻することだった。

恐らく、どちらも死ぬだろう。

だが、もしかしたら、奇跡のようなことが起きて、二人とも助かるかもしれない、しかしそれは、砂漠から石油を掘り当てるような奇跡だった。

そんな二つの選択肢が、エリスの中を一瞬たりとも週巡すことは無かった。

「うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!!」

北上の血に濡れた鉈を拾い上げて熊へと疾走する、その瞬間、熊の背に矢が突き刺さるのは同時だった。

「無事かぁぁぁぁぁ!!!」

今まさに北上の命断たんと振り上げた腕は、もがいた拍子、咆哮と共に明後日の方向へと投げ出された。

熊は、己を刺した存在を知るために、北上からその怒りに燃えた視線を切ると、矢の飛来してきた方向を睨みつける。

そこにいたのは、注意深く弓を構える松崎と、岩陰から躍り出るように飛び出した升平だった。

予想外の援軍に、この場で最も驚いたのは、何を隠そうエリスだった。

「お二人とも、なぜここに!?」

「今はそんな事言っとる場合じゃねぇだろ!鉈貸せや!!」

半ば強奪するようにエリスから鉈を受け取った升平は、血に沈み、岩にうなだれてピクリとも動かない北上を眺め見た。

「てめぇ・・・許さねぇぞ畜生がぁぁ・・・・」

升平の中に渦巻く怒りは、今、早く爆発したいと急き立て、血に染まる鉈の柄をそのしみ込んだ血が滲むほど強く握りしめた。

「松崎ぃ!魔術撃て!炎だ!!」

「ぶっつけだから無理だ!エリス!」

「私は!私には・・北上さんが・・・」

恐らく、今実行しようとしていることを実行して失敗したのだろう、怒りの中の冷たい部分が、升平にそれを察しさせた。

「ならいい!行くぞ!こいつぶっ殺してやる!!!」

「撃つ!つづけ!!無茶はするな!?」

「知るか!!」

その瞬間、エリスの脳裏によぎったのは、熊に殴り飛ばされる北上の姿だった。

「待って!私もやります!!撃ちます!続いて下さい!!」

エリスは熊を凝視する。

詠唱も、触媒も必要などない、燃やすイメージ、毛を溶かし、肉を焼き、骨を焦がす。

熊の存在自体を一辺たりとも残さぬイメージだった。

「燃えろぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

エリスが叫んだ瞬間、世界は確変した。

熊は、先ほどの物とは比較にならない程激しい炎に襲われる。

焼かれた箇所を焼かれるのはまさに地獄の苦しみとなって熊の痛覚神経を襲った。

「死ねやぁぁ!!!!!!」

升平の一撃は、熊の肩口を切り裂くと、その骨を砕いた。

熊の肉体に蹴りを入れて強引に引き抜くと、後ろに大きく距離をとった。

三人は炎に焼かれる熊を見ながら勝利を確信する。

しかし、それは最大の誤算に他ならなかった。

燃え盛る熊は、死を確信したのか、その怒りに理性どころか本能すら失ったのか、

ただただ暴れ狂い、その、最早その身の如き怒りを宿した瞳は、復讐へ燃える。

その対象は、二度もこの体を焼いた憎き人間だった。

熊は今までで最高の咆哮を放つと、エリスに向かって最後の突進を慣行したのだ、

「エリス!逃げろぉ!!」

意に気が付いた升平はエリスに向かって叫ぶ、しかし、エリスは動かなかった。

否、動かないのでは無い、動けなかったのだ、人間が世界を確変するためには莫大なエネルギーを利用する。

普段攻撃用の大火力に使用しない二発に及ぶ渾身の魔術に、最早エリスの体力は底を尽き、正直立っていること自体限界だった。

迫りくる獣を見ながら、自分勝手であることも感じながらエリスは思った。

これは贖罪なのだろうと、そっとその瞼を閉じた。

文字通り命を燃やした熊の突進は、鈍い音を響かせる。

しかしその衝撃は、エリスに届くことは無かった。

衝撃音の代わりにエリスの耳に届いたのは、まるで聞いたことも無い高い、澄んだ音だった。

恐る恐る目を開けた視界には、リーネの後ろ姿が映っていた。

エリスは周囲に目を走らせる。

熊にかざされた手を中心に、半透明の光でできた、盾のようなものが生成され、それは燃え盛る炎の熱どころか、突進の衝撃すら一切を通さなかった。

エリスが驚愕に目を瞬かせていたその時、リーネはおもむろに口を開いた。

「行きますよ、ローレン」

その瞬間、その光の盾から発せられた衝撃が、熊を突き飛ばす。

そして、吹き飛んだその先で、ローレンの大剣によって横一文字に切り裂かれた。

ローレンは息を一切乱さず大剣を強く振って血を飛ばすと、軽々とその大剣を持ち上げて背中に納刀した。

「ライ、そいつは無事か?」

「うむ、問題ない、今しがた応急処置が終わったところよ」

その声に反応して北上の方を振り向いた三人は、その隣に立つライに目もくれず、土の上に寝転がされて血も止まり穏やかな息を上げる北上を見て強い安堵感を覚えた。

「師匠!北上は無事ですか!!」

「うむ、気功による自然治癒活性だ、暫く無理はできぬが命に別状は無い」

「よかった・・・有難うございます!」

升平は、北上の隣で膝から崩れ落ちると、安堵感からか手をついて頭を項垂らせた。

松崎もその隣で座り込むと同じくライに礼を告げた。

そんな中、エリスはいまだにリーネの背から動けずにいた。

「あの・・・師しょ」

そこまで言ったその瞬間、振り向いたリーネはエリスの頬を平手で叩いた。

川辺に響く乾いた音に、升平と松崎は驚いて振り向く、

「エリス、わかりますね?」

「・・・はい」

厳しい面持ちで見つめるリーネの視線に、エリスはただ、目を伏せる事しか出来なかった。

「いいですかエリス、奢り昂ぶりは慢心を生みます、そしてそれは大抵自分だけではなく、他人に被害を及ぼします」

「・・・・はい」

エリスは、地面で穏やかな呼吸をしている北上を見ながら、血だまりに沈み岩に項垂れる北上をフラッシュバックさせて、胸が締め付けられるように苦しかった。

知らず、エリスの目から流れる涙は、止まることは無かった。

それを見ながらリーネは、その厳しい表情を変えることなく続けた。

「己の技量以上の事をやれば代償を支払う、これは当然のことです・・・肝に銘じな

 さい」

エリスはその言葉に、深く頭を下げると、しゃくりあげながらどちらに向けたものかはわからないが謝罪の言葉を言うのが精一杯だった。

リーネは、ようやくその表情を緩めると、腰に手を当てて、

「全く、今回は私たちが駆け付けたからいい物の、次は有りませんからね!以上です!行きなさい・・・」

「はい!有難うございました・・師匠」

エリスが十分に心得たのを感じたリーネは、道を開けるように体をどかすと、駆け足で北上に走り寄ろうとするエリスの背をそっと叩いたのだった。

駆け寄ったエリスの目に、安らかな顔で眠りについている北上の表情が写り、微かな安堵感が生まれたが、治療の為だろう脱がされた上半身に、胸の中央から左わき腹まで走る、三本の爪痕が、少し治ってきているとはいえ今だ完治せず、生々しい傷跡をくっきりと覗かせていたが、その内の二本はすでに糸で縫われており、残る一本はこれからといった所だろう。

その作業を傍から見ていた升平が口を開いた。

「しっかし見事なものですね・・・最初見たときは骨も砕けてえらいことになってたのに・・・」

エリスの到着に気が付いた升平はなんとなく言葉を切った。

しかしその言葉にライは、半ば見せつけるかのように傷を縫いながら答える。

「うむ、爪の裂傷は半分北上の治癒力で治させるつもりだがな、骨は後に差し支えるからワシの気功も使って手っ取り早く治したのだよ」

「そんなことも出来るもんなんですか・・・」

「お主もいずれ出来るようになる・・・っと、ほれ出来た」

ライはそういうと、治療を終えて包帯を巻いたばかりの傷口を軽くたたいたのだった。

「!!!!」

その瞬間、目を覚ました北上が叫びださなかったのは、痛みの許容量を超えたからに他ならなかった。

「おはよう北上」

「おはよう、松崎、あと升平」

そして、自分を見下ろす升平と松崎の顔を見て、瞼を閉じると、まさに安堵したといった風に一つ、深く息をつこうとして、傷口が痛んだのか険しく顔をしかめた。

その息をため息に変えた北上は、ゆっくりと体を起こそうとして、全く動かなかったのであきらめた。

「まだ無理はするでない、儂の気功とはいえほとんどはお主の自然治癒力を使っておるからな、体力は底のはずだ」

「師匠が・・・治療して下さったのですか、有難うございます」

寝転がりながら目線と言葉で感謝を示した北上に、言葉を二、三返すと、

治療を終えたと判断したライは、エリスに場所を譲るように退き、ローレンの隣へと歩いて向かった。

すれ違いざま、エリスはその配慮と北上の治療についてライへ謝罪を述べると、頷いたのを確認して北上の隣へと座った。

「・・・北上さん、升平さん、松崎さん・・・私の判断ミスでこのような危険な状態にしてしまって、本当に申し訳ありませんでした・・・北上さんに至っては、私が傷つけたようなものです・・・本当に、なんと申し上げればよいか・・・」

「エリス・・・確かに、あの瞬間君を恨まなかった、といえば嘘になるだろう・・・」

そこまで言った北上は、傷が痛むのだろう暫し顔を歪めて、続けた。

「だが、逃げるのを強要せずあの作戦に乗った俺のミスでもある、今ここに転がってんのはお前だったかも知れないし二人ともだったかもしれん、結果として二人とも生き残った・・・だから、気にするなとは言わんが・・責任を感じる必要は無い」

北上は、自分の横で肩を震わせるエリスを見ながら、手が動くなら頭の一つでも撫でてやるのだが・・といった父性的な感性を起こしていた。

エリスは声を震わせながら、

「貴方は・・なぜ、そんなにも優しいのですか・・・あの時だって、私に逃げろと・・・」

北上は暫し、黙った。

本音を言えば、それまでだろう、北上も男である。

「・・・・なぜ、ですか?」

「・・性格、だな」

「性格・・・ですか・・・」

「うむ」

これが、現在頭の動いていない北上の、精一杯の一言だったのは言うまでも無い、

「そうですか・・・」

エリスも、そう言って、項垂れるだけだった。

そして、暫く空気を読んで空気になっていた升平が、無言になったのを見かねて口を開いた。

「・・・さて!そろそろ帰ろうぜ」

「そうだな、帰ろう」

「しかし、どうやって帰ります?北上は体動かんのでしょう?」

「すまんな」

「ふーむ・・・」

松崎がふと周りを見渡すと、師匠方は影も形も無く消え去っており、恐らくここからは自分でやれという意思表示なのだろう、と特に気にすることも無く升平達へと視線を戻した。

そして、ちょっとした緊急会議の末、北上を升平がおぶさって帰ることに決定し、四人は、数時間かけてようやく小屋へと帰還したのだった。

 

その後の数日は、北上にとってある種地獄のような日々だった。

何をしようにも傷を理由に休まされるのは、実行派である彼にとって拷問であったが、それはまた、別の話である。

 


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