ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
雪と風舞う戦場に、2人の天使は刃を交えている。己の願いを叶えるために、己の祈りを完遂するために、そして────己が未練を果たすために。令呪の影響を受ける者達は等しく記憶に縛られる。それがいかなる物か、知っている者は知っている。それに縛られるという事の意味と、愚かさも。それでも尚、彼らは抗わざるを得ない。未練こそが、彼らの動く理由なのだから────
もう何十合交わっただろうか?それすら分からなくなるほど、俺たちはぶつかり合った。剣と槍が鍔迫り合い、周囲には神気の雪と氷の礫が舞う。こんな状況でなければ、純粋に美しいと思えただろう。
無論、そんな呑気な話をしている余裕はない。令呪による強化を受けているとはいえ、完全には定着していないのだ。従来の成長とはまったく違う令呪による強化は、定着するのに時間がかかるからだ。
それでも俺が食いついていけるのは、単純に叶瀬さん本人に戦闘能力がないからだ。戦うことを運命付られていながら、俺のように力を磨いてきた訳ではない。そんな物とは縁遠い存在だったのだ。だからこそ、膠着状態に持っていく事ができた。
無論、幾ら戦闘能力がなかったとしても、強化されたその身体能力は俺の比ではない。ただ触れるだけで、それこそ撫でる程度でも人を殺すことができるだろう。それほどまでに彼女の攻撃力は際立っている。
スペックからして違うのだ。どうしても差という物が生まれてしまう。何故なら、注ぎ込まれた令呪の量が違うのだ。こちらは1角、向こうは3角となれば、差が生まれるのは必定だ。
そう考えていた時、地上でも戦闘が始まっていた。あのベアトリスとかいう吸血鬼と姫柊さんが戦っている姿が目に映った。その戦闘は────見るからに姫柊さんが不利だった。実戦経験の薄さ故か、押し負けている。つい先日まで候補生でしかなかったのだから、当然と言えば当然なんだが、それでは困る。
別にあちらに気を配る必要はない。というより、そんな余計な事をしている余裕はない。叶瀬さんの攻撃は直撃すれば、こっちの肉体を簡単にミンチに出来る。攻撃速度が速い以上、先を読んで躱す必要がある。
そうしなければ、俺は簡単に死んでしまうだろう。それ程までに、彼我の差という物は大きくなっている。その差をこれ以上拡げるような行為は本来、下策中の下策と言えるだろう。だが、ここではそんな下策中の下策でもしなければならない。
それはラ・フォリアの存在が非常に大きい。アルディギア王国の第一王女という立場は、あまりにも大きすぎる。それこそ、模造天使の量産を可能にしてしまうほどに。それはアルディギア王家の女児がそんじょそこらの巫女を上回るほどに強力な霊媒体質者だからだ。
そもそも、模造天使の計画もアルディギア王家の血を利用した計画が下地となっている。神気なんて物を降ろすのだ。並大抵の霊媒体質では対応しきれない代物だ。だからこそ、巫女としては優秀な者を使わなくてはならない。そうでなければ、模造天使は本来の性能を発揮する事が出来ないからだ。
ラ・フォリアを見れば分かる。叶瀬さんはアルディギア王家の血を保有している。そんな人が何故絃神島にいるのかは分からないが、それでもその巫女としての資質は紛れもなく最高位の物だ。だとすれば、模造天使の格も間違いなく高い者になっている。
厄介だ。心眼で何とか対応できる範囲ではあるが、対応できるだけで勝っている訳ではない。このままではこっちが疲弊して負ける可能性が高い。その前にケリを着けなくてはならない。周囲に光の剣を生み出し、様々な角度から同時に射出する。
叶瀬さんはその攻撃に対して、総てを叩き落とすという行動をとった。その行動で理解した。間違いなく、叶瀬さんに戦闘経験の一切は継承されていないと。あくまでも令呪は身体能力の強化にのみ利用されている。であるならば、今こそが叩く絶好の機会だ。戦闘経験を積まれれば、更に令呪を投入しなくてはならない。そうなっては面倒な事になる。
さらに大量の光の剣を生み出し、それを操作して三次元戦闘に持ち込む。光の剣は実体である叶瀬さんの身体には影響を及ぼさず、神力のみを削っていく。神力を受け止める器となっている機関の機能を削ぎ落としていく。彼女がこれ以上神力を保てなくなるまで疲弊させるために。
「――――
「なっ……!?」
「Kyriiiiiiiiiiiiiiiiii――――!」
賢生さんの言葉に反応した叶瀬さんは一気に剣の射程外まで上昇した。追撃するように光の剣群を射出し、弓を取りだした瞬間――――身が凍ってしまったかのような感覚を覚えた。即座に弓を消して鎖を生み出して第四真祖、姫柊さん、ラ・フォリアの身体に括りつけて俺の足元まで引っ張った。
それを確認することなく、右手に魔力を注ぎ込む。俺が持つ最大にして最強の盾を構築するために全力を注ぎ込む。結果的に、俺と叶瀬さんの宝具が発動するのはほぼ同時だった。
「――――
「――――■■■・■■■■」
七枚の花弁が俺たちの頭上に現れ、その先にいる叶瀬さんの身体から猛吹雪が降り注いできた。その冷気は瞬く間に海を始め、木々すら凍らせ始めた。その程度であれば、別に驚くほどでもない。対軍宝具であれば、この程度の事象は再現できるだろう。
しかし、驚いたのはアイアスの花弁すら凍らせ始めた事だ。遠距離からの攻撃に対して、絶対と言っても良い耐性を持つアイアスを何の抵抗もなく。更に言えば、こちらには攻撃された感覚すらない。ただ冷気がアイアスに触れ、そのままアイアスを侵蝕していっているのだ。
「結界型宝具のくせに固有結界のような真似をしてくるとは……剣巫!何かしらの防御手段はあるか!?」
「はい!あります!」
「悪いが、今すぐにそれを展開してくれ!このままだと、俺たちは全員氷漬けだ!」
冷気の浸食を魔力単体をぶつける事で遅らせる。完全に防ぎきる事ができないほどに、この宝具は厄介すぎる。この宝具を破るには、冷気を突破できるほどの威力を持った攻撃か冷気に対抗できる熱量を持った攻撃でなければ無理だ。しかし、今の俺にはこの宝具に対抗できる手段を持ち合わせていない。
「……!第四真祖!
「出せるけど、眷獣じゃ叶瀬は止められないだろ?」
「この冷気を抑えるだけで良い!眷獣で薙ぎ払え!剣巫が防御手段を構築する時間を稼げ!攻撃の瞬間は俺が合図する!」
「分かった!」
「………今だ、やれ!」
「
アイアスに籠められた魔力を暴走させ、
「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る――――雪霞の神狼、千剣破の響きをもて盾となし、兇変災禍を祓い給え!」
半球状の結界が生まれ、俺たちを包み込んだ。流石は破魔の力を司る
「なんとか……なったのか?」
「ギリギリ……といったところだろう。あと数瞬遅れていれば、俺たちは今頃氷漬けになっていた筈だからな」
「そうかもな……って、その右腕はどうしたんだよ!?」
「あまり騒ぐな……あの宝具にやられただけだ」
右腕の肘から先が氷漬けになっており、完全に動かせなくなっていた。先ほどのアイアスを氷漬けにした時、俺の右腕の魔力回路から俺の腕に侵食してきたのだろう。厄介な宝具だと言わざるを得ない。この氷を除去できても、次の戦闘では役に立たないだろう。
「大丈夫なのですか?士郎」
「大丈夫……とは言い難いな。侵蝕型の宝具である以上、この氷を除去するには氷の籠められた魔力以上の力で粉砕しなくてはならない。バーサーカーというクラス上、手加減されてはいない。現在の彼女の魔力は今の俺をも凌ぐやもしれん。手加減は少なくともできないだろう」
右手に令呪で強化された分の魔力をも注ぎ込む。この氷を除去できなければ、この後の戦闘で勝利したとしてもそれ以降の戦いで生き残れない。どちらにしても、このまま放置は出来ない。神力で編まれた物とはいえ、この氷は自然界のソレと同じなのだから。放置すれば、右腕は間違いなく壊死するだろう。
一気に魔力を流し込むと氷の表面に罅が入り始めた。十秒もすると、表面的な物は完全に砕け散った。しかし、表面に薄らと残っている本命は欠片も動いていなかった。壊死する心配はなくなったが、このままでは戦えない。それでは何の意味もない。
「……士郎」
「離せ、ラ・フォリア。施術の邪魔だ」
「あなたはもう少し、他人の手を借りる事を覚えるべきですね。ここにはあなたしかいない訳ではありませんし、それに夏音を助けたいのもあなただけではないんですよ」
ラ・フォリアはそう言いながら、
しかし、同時に思い出してもいた。こいつはお姫様の癖に、妙に度胸のある時があった事を。そうやってお守り役の騎士を始めとしたいろんな連中を振り回していた事を。そして俺もこいつの我が侭に振り回された事が多々あった事を。ため息混じりにラ・フォリアを見つめると、憎たらしい事に微笑を浮かべやがった。
「……もう良い。それより、彼女の相手はお前に任せるぞ第四真祖」
「……はぁっ!?どういう事だよ!」
「当たり前の話だろうが。俺が彼女に喰らいついていられたのは、神力の剣を併用した三次元戦闘を行っていたからだ。彼女の宝具は俺と相性が悪い。これだけの影響を及ぼす以上、早々使える物ではないだろうが……それでも、点の宝具しか使えない俺が面の宝具を使う彼女に勝てるものか。相性が悪いにも程がある」
「待て待て、俺の眷獣は叶瀬には当たらないんだぞ!?それでどうやって叶瀬を抑えるんだよ!」
「それはお前が目覚めさせた眷獣の数が少ないからだろう。お前の中にはいる筈だろう?この局面を打開させる眷獣が」
「俺の中に……?」
「お前が先代の第四真祖であるアヴローラ・フロレスティーナから継承した眷獣の数は、従来通りであれば十二体。伝承通りであれば、お前の中にはいる筈だ。ありとあらゆる防御を突破する
「そんな眷獣がいるのか!?」
「……どうしてお前が把握していないんだ。
「それは……ぐっ」
「……なるほど。
「お前、何を……っ!?」
俺は顔を抑えてる第四真祖に
「今ここで、
「テメェ……いきなり何をしやがる!」
「お前にそんな声を荒げている時間があるのか?それは叶瀬さんの攻撃と同じ物だ……この言葉の意味が分かるか?魔族殺しとしての特性を持った不可視にして不可触の攻撃をお前は浴びたという事だ。無論、お前を生かすために
「それはそうかもしれないけどよ……もっと事前に言っておけよ!」
「お前が最初から眷獣を総て掌握していれば、こんな荒療治はしなくて済んだんだ。文句を言うなら、昔のお前自身に言え」
「この……!っていうか、血はどうするんだよ!眷獣は血を吸わないと掌握できないんだぞ」
「……お前は馬鹿か?」
「ああ!?」
「最大級の触媒がお前の目の前には二人もいるだろうが。血ぐらい吸えるだろ」
姫柊さんとラ・フォリアがいる以上、血の問題などない。獅子王機関の誇る剣巫とアルディギア王家の王女だ。触媒としては最上級と言っても相違ないだろう。これで目覚めなかったら、世界中どこを探したとしても満足させられる触媒など存在しないだろう。
「え?……お前の血を吸うのか?」
「はぁ?……え、なに、お前はそういう趣味なのか?」
流石にその返しは予想外だった。こんなにも美しい女性を目の前にして俺をターゲットにするとか、こいつは正気なのか?俺をターゲットにするなら何の手加減も躊躇もなく、この男を撃滅するぐらいはするが。ちょっと考えられないな。
「先輩……」
「あら、古城はそういうお人なのですか?」
「違ぇよ!俺はヴァトラーの野郎みたいな趣味は持ってないっての!」
「分かった。分かったから、俺の半径十メートル以内に近付くな。近付いた瞬間にお前を串刺しにするから」
「だから、違うっての!」
それから数分の間、何とか誤解を解こうと必死になった第四真祖の努力の結果、なんとか誤解を解く事に成功したのだった。……下手な行動をとればその瞬間に串刺しにする事も決意したが。