「おい贋作者。何やら騒がしいようだが?」
「……英雄王。君は現世には興味を持ってなかったはずだが」
「ふん、全ての世界は余さず我の庭だ。故に我らの座の力が勝手に使われることを、我は決して許さん」
「相変わらずの暴論だが、そのことはある程度把握している」
「ほう?」
「恐らくだが、五次の影が呼び出されるだろう。だが影とはいえ、英霊であることはかわらん」
「それで?」
「私が正規の英霊となる切っ掛けとなったエミヤシロウがそこにいる。奴ならば影に対処できる。それに奴の血を引いた息子もいる」
「贋作者の別の可能性か、まぁ精々足掻くのだな。その世界には……」
さて、そろそろ俺も第二の課題に取り組まねばなるまい。冬季休暇が終わってすぐに試練があるため、あと二週間ほどしか期間がない。一応嫌な予感がしたため、談話室に誰もいないときに卵を開いた。結果、耳を塞いでも頭に響く叫び声が発せられたため、急いで閉じることになった。
金の卵、掠れつつも大きな叫び声。これだけでは全く先が読めない。一つ感じるとすれば、水に浸ければ多少は改善されるのではと感じた程度だ。だが果たしてそれが正しいのか。
悶々とした思考と金の卵を抱えたまま当てもなく歩く。こういう場合は一人で熟考するほうがいい。湖の横の森を歩いていると、遠くで人魚が水面をはねているのが見えた。思えばこの世界は本当に幻想種が多いと感じる。目の前で水を飲んでいるヒッポグリフ然りドラゴン然り。元の世界ではお目にかかれなかったものばかりだ。
小波の立つ湖の岸辺、一か所飛び出た岩に腰かける。湖の中央で二人の人魚が話しているのが見える。彼らは本来水中に特化した種族のはずだが、まぁ時にはあのように水上に出ることもあるのだろう。そうでなかったら創作物とはいえ、アンデルセンの童話であのような表現はされまい。
暫く人魚を眺めているとあることに気づいた。彼らの会話の声は妙に掠れ、悲鳴のようになっている。まるで卵を開いた時のように。
「……まさか」
頭に浮いた考えを早速実行するために服を脱ぐ。流石に冬真っただ中なだけあり、俺以外に湖にいる者はいない。少々抵抗があるが、誰もいないので裸になってももんだいないだろう。金の卵を持ち、服を畳んで岩の上において湖におく。近くにヒッポグリフ、去年オレが授業で相手を受け持った純白の個体がいるが、まぁ悪さはしないだろう。
裸のままで湖に入ると成程、とても冷たくて凍てつきそうだ。だが人魚らが活動できるため、氷点下になっていることはまずないだろう。氷も張ってないしな。
卵を抱えたまま水面の下にもぐり、そして開封する。果たして、俺の予想は正しかった。蓋を開けた卵からは金切り声ではなく、美しい、それこそ人間では出せないだろう歌声で詩が紡がれていた。
「声を頼りに探す……一時間……大切なものが奪われる、か」
歌の内容は三回ほど聞いて覚えた。恐らく今回の試練では戦闘は殆どなく、探索がメインとなるだろう。だが制限時間が一時間、加えて卵がそもそも水中でしか意味をなさないことを鑑みるに、今度の試練は長時間水中に入ることになる。そして魔法が絡むことから、いかに長時間潜水、または一時間水中で呼吸するかが鍵となるだろう。
だが次の課題までに何をすべきかはだいたい分かった。今日は早く部屋に帰り、体を温めるとしよう。いや、それよりもキッチンに寄ったほうがいいか。そこで働いているしもべ妖精たちから何かしらいい話を聞けるやもしれん。
で、だ。
「君は私の服に顔を突っ込んで何をしてる? 君の好物で主食である生肉や死んだイタチなどは入ってないぞ?」
私の脱いだ服に顔を突っ込んでる、この雌のヒッポグリフをどうしよう。
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「シロウ、試練の謎は解けたの?」
「ああ。何をすべきかも、どう攻略するかもある程度の目途はついた」
「そう」
時は経過して課題が三日後に控えられた日の夜。暖炉の前でアゾット剣を磨いていると、マリーが話しかけてきた。剣吾とハーマイオニーはこの昼間に呼び出され、この場にはいない。恐らく、試練で見つけ出す対象が彼らなのだろう。
さて水中での呼吸法だが、三つほど考えてある。一つは「泡頭呪文」。これは頭を魔法の空気の泡で包み、酸素のない場所でも呼吸を可能にする魔法だ。こういう類のものは、魔術よりも便利だと言えるだろう。ただ本来は上級生向けの魔法のため、今の俺では成功率が五分だ。
次が魔法植物、「
三つめは正直取りたくない手段。数度に分けて水上に出て呼吸をし、潜水する方法。魔法の「ま」の字もない、原始的且つ個人の身体能力に依存するやり方だ。正直本当にこの方法は取りたくない。いや、身体能力は他の選手と比べても高いだろう。だがそれでも何度も水面に上がるのでは、時間がいくらあっても足りない。
剣も磨き終わり、寝る準備に入る。マリーとロンはとっくに就寝し、他の生徒ももう寝ている。談話室には誰もいない状況のため、一人で何かをするのには丁度いい。時刻も夜中の二時になっているため、魔術の鍛錬には丁度いい時間だ。
「――
さぁ、
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試練の当日、オレは他の代表選手と共に会場に向かっていた。マリーはロンやジニーと共に観客席にいるらしい。それもフィールドを見渡せるように、最上段列にいるとか。義娘候補も見ていることだし、下手な姿は見せられん。
ローブのポケットの中には「鰓昆布」が入っている。本来この学校では入手できないが、セブルスとの交渉の末、一塊譲ってもらうことが出来た。対価が向こう一週間の茶請けならば安い御用だ。
制服の下には剣吾から借りた水着を着ている。ただこれは全身タイプではなく膝丈ズボン型、加えて鮫肌のため、上半身は露出して下半身はラインがわかる。ハッキリ言ってオレは全身くまなく様々な傷跡で埋め尽くされている。そのため見慣れてる同級生なら兎も角、他の面々は大なり小なり驚くだろう。実際他の代表選手は目を見開いているし、ボーバトンのデラクールじゃないほうは涙目になっている。
流石に試練の前に見せるべきでなかった。そう考えた俺は彼女、たしかマルタンだったか、に顔を向けた。
『……大丈夫かね?(フランス語)』
『……っ!? あ、ええ。大丈夫、です』
『他の人もそうだが、気分の良いものではないだろう。こんな傷だらけの体は』
『……』
オレの言葉に目を背ける彼女。他の選手も顔を伏せたり口をきつく結んだりしている。どうやら他の選手もフランス語が通じているようだ。
『心配しなくていいし、忌避の目を持ったことを悔やむ必要はない。それが普通だ』
『ですが…』
『これは私が魔法界に関わる前に着いたものだ。まぁこの前のドラゴンのもあるがね』
ディゴリーは一応事情を知っているため、特に表情を変えない。だが女性二人は勿論、ダームストラングの屈強な二人も驚愕に染める。当然だろう、彼女らはオレの実年齢が40前後なことを知らないし、オレが妻たちと戦場を転々としていたことを知らない。この世界よりも血生臭く、闇が深いところにいたことを知らない。
故に彼女らはこう考える。少なくともこの傷跡は、11歳になるまでに形成されたと。
『同情の必要はない。それよりも深呼吸をするんだ、そして自分の一番リラックスできる情景を思い浮かべろ』
オレの言葉に目を閉じるミス・マルタン。さて少々、いやかなり失礼に当たる行為だが、彼女の頭に手を乗せた。彼女は第一の課題でも見ていたが、デラクールと比べるとまだまだ未熟な面が目立つ。無論デラクールもそこまで強いほうではないだろう。しかし第一の課題で毅然としていたのは落ち着いていたのではなく、緊張で表情すら変える余裕がなかったのだ。
「――
魔術回路を開き、彼女と同調する。オレの魔力を通し、彼女の体内、精神の極度緊張を緩和する。それにより彼女の呼吸も安定し、無駄な力も抜けて自然体となる。
『……落ち着いたか?』
『はい。……何をしたんですか?』
『なに、私の血筋に伝わる
『なぜですか? 私たちは敵対校なんですよ?』
『魔法は使用者の精神状態に依存する。君の今の状態で使えば、最悪死ぬ可能性もある。君たちは謂わば新芽だ、まだ見ぬ未来のな。その芽が摘まれるのは、私は嫌なのだよ。まぁ身も蓋もない言い方をすれば、ただの偽善、自己満足だ』
オレはそこで言葉を切り、控え室から出て所定の位置に着いた。他の選手も自分の場所に着く。観客からの好奇、驚愕の視線が突き刺さる。それに偶々かオレの運がないのか、オレの隣はミス・マルタンだったため、彼女からの視線も痛い。
「シロウ。君はどうするんだい? 『泡頭呪文』は使えるのか?」
「心配するな。それよりも確実なものを拝借したからな」
逆の隣のディゴリーが問いかけるも、オレは昆布を見せて応える。一応対戦相手で年齢はオレが上だが、学年はオレが下だ。習ってない魔法もあるため、心配してくれたのだろう。
『さぁ選手の準備が出来ました!! 課題は号砲と共に始めようと思います。第二の課題は、水中に奪われた選手の大切なものを一時間で探し出し、共にここに戻ってくることです。尚、各々選手の様子は水晶玉で映し出されます。それではいーち、にー、さん!! はじめ!!』
実況のバグマン合図と共に大砲の号砲がなる。同時に選手は全員湖に飛び込んだ。オレは水中で昆布を飲み込み、痛みに耐えて鰓を形成させる。痛みが治まって首を確認すると成程、確かに左右に鰓があり、普通に肺呼吸をする要領で水を吸うと酸素が供給される。両手の指間には水かきが形成され、足はオールのように平たく大きい造りになっている。
さて、時間も限られていることだ、そろそろ行動をするとしよう。
――おい、大丈夫かよ?
問題ない。お前こそ、最近妙に大人しかったが?
――ちょいとお前とのリンクを強くしてたんだ。ありがたく思えよ?
最弱とはいえ、れっきとした英霊だからな。大なり小なり強弱の影響がでるだろう。
――まぁ頑張りな。俺は聖杯にいたせいか、魔力だけはクソみたいに多いもんでね。気障な紅茶並みに固有結界は張れるぜ?
十分すぎる。まぁ出来れば使う機会がないことを祈る。
――(そうなればいいけどな、どうにも胸騒ぎが治まらねぇ。気をつけろよ、正義の味方)