錬鉄の魔術使いと魔法使い達   作:シエロティエラ

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すみません、守護霊まで行きませんでした。





15. 勝敗

 

 

 十二年前にご主人様の協力者に手渡された一枚のカードをポケットに入れていたため、指先を切って滴る血をそれに付けた途端、自分を縛っていた赤い布を弾き飛ばした。せっかく隙が出来たから無駄にせず、急いでネズミに変化してその場から逃げ出した。

 暴れ柳はホグワーツの境界の近くにあるため、すぐにたどり着くことができた。でもそのとき、後ろから突風が襲ってきて思わず止まってしまった。恐る恐る振り返り、私は目の前に広がる光景に目を奪われてしまった。

 暴れ柳の近くに大きなクレーターが形成されており、その付近では何度も火花が散っていた。何が起こっているかは夜なのでわからない。だが火花に遅れて鋭利な金属がぶつかり合う音が繰り返し聞こえてきた。

 その時、一際大きな音と火花が起こった。鼠状態だったため、髭による人の何倍も鋭い感覚で何かがこちらに来ることを察知し、急いで右側に動いた。

 そのすぐあと、何かが私のいた位置に勢いよく飛んでき、大きなくぼみを作った。

 それは一振りの剣だった。しかし戦っている場所からここまで、少なくとも100メートルは離れている。その距離をわずか1,2秒ほどで飛んでくるなど、どれほどの規模の戦いか想像がつかない。

 急いでこの場から離れ、ご主人様の元へと行かなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄。

 それは優れた才知を持ち、人の身では到底成し遂げられない非凡なことを行うものを指す。

 今目の前で行われているのはその英雄同士の戦い。今を生きる英雄と、古文書にて書かれていた、「座」という場所にに招かれた英雄の霊。そして戦う彼の話が本当であれば、同一人物同士の戦いが繰り広げられている。

 

 

「■■■■■――■―■■―――コ■■―■ロ■―――■■ス■――!!」

 

「理性を引き換えに、貴様は何を得たというのだ!! ただの殺戮機械になり果てただけか!!」

 

 

 剣がぶつかり、剣が砕け、また剣を取り出し、またぶつかる。剣製を司る英雄だからこそできる戦いであろう、武器の有無など関係のない戦いを繰り広げている。

 

 

「な、何事だね!?」

 

「これは一体なんなの!?」

 

 

 大臣ともう一人、あの眼鏡かけた女性はだれだろう? 補佐官らしき人がやってきたがこの場に近づくのは危険が過ぎる。

 

 

「来てはならん!! 二人ともこの場から離れるのじゃ!!」

 

「マリー、ハーマイオニーと一緒に来なさい!! ロナルド君は私が運ぶ!!」

 

「ルーピンは吾輩が」

 

 

 其々指定された組み合わせになり、城に向かって走り出す。その間にも背後からは轟音と衝撃が伝わってくる。普通の人間どころか、魔法使いですら軽くあしらわれるだろう。魔法使いが杖を取り出す前に殺されてしまう世界が背後には広がっている。

 

 

「あれほど守護者になったことを後悔した貴様がッ!! それよりも堕ちた存在になり果てた自身を許容するとはどういうことだ!!」

 

「正■■■方に、守護者に―――け■■よかっ■ッ!! エ―ヤシ――は存在■許さ■■■もの■―■ッ!! 貴―は、俺はッ!! 生ま■■――■ない存在だ■■!!」

 

「生まれてはならないだと!? そこまで腐ったか、エミヤシロウ!!」

 

 

 剣戟の音に混じり、互いに叫ぶ声が聞こえてくる。その声に、私は思わず足を止めてしまう。何故か呼び出されたシロウのほうの言葉も全て理解できた。夢で聞いた並行世界の世界の彼の叫びよりも哀しい叫び。理由がわからず、目から一筋の涙が流れ落ちる。

 

 

「マリー、早く離れないと!!」

 

「ポッター、急ぎたまえ!!」

 

 

 いつの間にか先に行っていた校長先生たちに呼ばれる。しかし頭でわかっていても目は顔は、体は死合(たたか)いのほうを向いて動かない。恐怖からではない、見届けなければという奇妙な使命感のようなものだった。

 

 

「マリー…」

 

「…頭ではわかってるんです。離れなければならないと」

 

「ならば『ですが』…なんだ?」

 

 

 彼の叫びを、声を聴かねばならないと、私の心が言っている。

 

 

「何故かは分かりません。ですが私の心が言っているのです。この戦いを見届けろと」

 

「君は何を言っているのか分かっているのかね!?」

 

「理解したうえで言っています」

 

 

 問いかけてくる大人たちの目を真っすぐ見つめ、私の意思を示す。シロウにとってこれ以上にない迷惑になることは承知の上だからこそこの場から近づいてみるつもりはない。ただ、見届けるだけだ。

 

 

「…どうしても見るのじゃな?」

 

「はい…!!」

 

「…相分かった」

 

「「校長(ダンブルドア)!?」」

 

 

 校長先生以外の大人が非難の視線を向けるが、私は一つ頷き、再び彼らの戦いに目を向けた。暫くすると人はブラックさんを残していなくなり、戦いを見るのは私とブラックさんの二人だけだった。たぶんブラックさんは私の見張りとして残ったのだろう。

 事態はさらに動き、柳を一本残して辺りは更地になりかけている。森の端っこは地面が抉れ、湖の水打ち際は形成されたクレーターによって形が変わり、草花の生えていた土地は土が表面に出て草が埋まっている。

 閃光を飛ばし合う魔法使いの戦いとは異なり、文字通り戦争のような惨状となっていた。

 

 

 

 

 

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 もうどれだけ時間がたったのだろうか。腕時計を見る限り満月は既に天頂に差し掛かっているだろうが、戦いは終わる気配がない。

 あれから戦いの舞台は変わり、見渡す限りの突き立つ剣。阻むもののない蒼穹のもと、大小さまざまな錆びた歯車が転がる草花の生えた丘に私たちはいた。

 離れた場所にいたけど、シロウの言霊と詩が響いた瞬間視界が真っ白になり、気が付けばこの場所にいた。ブラックさんも隣におり、目の前の光景に驚きを示していた。しかし戦いが再び始まると二人そろってそちらに意識を向けた。

 

 この数時間の間に彼らは傷だらけとなっている。

 暴走態シロウの体からは光り輝く粒子のようなものを体中から流し、シロウは全身から血を流している。互いが互いに死に体、あと数合で決着がつくだろう。今はお互いに肩で息をし、真正面睨みあっている。

 

 

「…貴様というエミヤシロウがどのような道を辿ったか、俺と貴様だからこそわかった」

 

「エミヤ…シロウ……」

 

「だが、貴様を放っておくことはできん。それは俺が末席とはいえ、英雄に名を連ねているだけではない。俺がエミヤシロウだからだ」

 

「ウ"ウ"ウ"…ウ"ウ"…」

 

「次で終わらす。貴様も理性がないなりに貫きたいものがあるなら、本気で来い!!」

 

「ウ"ォ"オ"オ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」

 

 

 シロウが言葉を投げかけると、暴走態のほうは天に顔を向け、大きく叫んで双剣を構えた。シロウは同様に双剣を構えたけど少し趣が異なっていた。

 双剣は相変わらず白黒だけど、その形状は細く長く、まるで刀のような形状になっており、見慣れた真っ赤な外套は成りを変え、片袖はノースリーブ、頭にはハチマキのように赤い布を巻き、白い外套を上から羽織っていた。

 

 訪れる静寂、常に吹いていた風も今は凪になっている。彼らの周りに立っていた剣たちはひとりでに浮かび上がり、彼らから距離をとった。

 空を舞っていた花弁が一片、ふわふわと舞い降りる。しかし二人は未だ動かない。やがて花弁は二人の間をゆっくりと舞い降りた。そしてその花弁が地面に着いたとき、すでに決着はついていた。

 暴走態は左肩から右腰にかけて深く袈裟に切られており、対するシロウは左頬から顎骨にかけて切られているだけ。敗者となった暴走態は地に膝を付け、魔力に還るのを待つだけとなった。

 

 

「…まさか……貴様に救われる…とはな」

 

 

 暴走態の言ったその言葉にどれほどの思いが込められているのだろう。本人でない私にわかることはできない。でも…

 

 

「エミヤシロウとは……どの世界においても哀しき運命(フェイト/デスティニー)を背負った男」

 

 

 彼らのぶつけ合う剣から感じたこと。それはシロウを含めた数多くのエミヤシロウの中で、少なくとも三人のエミヤシロウが世のため人のために戦い続け、破滅又は一歩手前まで至ったこと。余りにも歪なその在り方が受け入れられなかった現実。

 その結果が様々な形で創り出された。もしかしたらシロウもあの暴走態のようになっていたかもしれない。これから至るかもしれない。

 

 なんだか無性に訳の分からない、相反する気持ちが沸き上がってきた。エミヤシロウという存在に、彼を認めようとしなかった世界に。

 

 前から疑問に思っていた。

 三人の奥さんと四人の子供がいるにもかかわらず、時折見せる迷い。本人は隠しているつもりだろうが、彼は自分が幸せになることを迷っている気がした。恐らくそう思っているのは私だけかもしれない。でもそれでも彼が時折悲しげな眼をしているのは間違いない。

 彼はその在り方によって世界を追われた、会えるとはいえ、家族と引き離された。彼がもし以前の世界と同じような生き方をすれば、また同じことが起こるだろう。頑張って人を助けたのに報われない人生になってしまう。

 

 

「……人を救うために走り続けた私は、結局殺戮機械へとなり果てた」

 

 

 暴走態は全身から魔力を霧散させながら語る。

 

 

「貴様が言った通り、守護者以下の存在に堕ちた。そんな存在が人を救うなどおこがましいとも気づかず」

 

「だがそれでも貴様は、人を救いたいと走り続けたのだろう?」

 

「…ああ」

 

 

 目をも覆っていた布が落ちる。その目は狂気に侵されておらず、穏やかなものだった。

 心は泣いているのに泣かない、哀しいのに、悔しいのにその感情を理解できなかった暴走態。誰かに感謝されたかったわけでなく、一つでも多くの零れ落ちるはずだった命を掬いあげたかった男の結末。

 それは自分自身による断罪と許しだった。

 嗚呼なんて、なんて救いのなかった道のりだったのだろう。長い長い殺戮の果てに、ようやく手に入れた小さな光。その小さな光は、彼にとってどんなに大きな救いだったのだろう。

 

 

「誇っていい。貴様の思いは、俺たちの願いと想いは、決して間違いじゃなかったのだから」

 

「そうか…誇っていいのか……譲れぬもの、誇りとしていいのか」

 

「ああ」

 

 

 もうすぐにでも霧散してしまうだろう。体を作っていた魔力は星へと還り、彼の意思は大元へと戻っていくだろう。この邂逅も時期に終わりを告げる。

 

 

「…エミヤシロウ」

 

「なんだ?」

 

「フッ…私の負けだ…」

 

「ああ…そして、私の勝ちだ」

 

「ではな、核となったカードはお前が持っておけ。何か役に立つだろう」

 

 

 その言葉を最後に暴走態は消滅し、不思議な世界は砕け散った。白い光に再び視界が包まれたのち、私たちは再び元の世界に戻っていいた。カードはシロウの手に握られている。一先ず事態は収拾したようである。

 

 

「ブラックさん、行きましょうか」

 

「そうだね、彼を医務室に連れて行かなきゃだろうし」

 

 

 私は校長に知らせるよと言ったブラックさんに一つ頷き、シロウの元へと歩き出した。彼らの戦いを見て胸に宿ったこの気持ち。燃え盛る業火のようなものと包みこむような木漏れ日のようなもの。

 この気持ちの正体は分からない。わからないけど、この二つの気持ちは大切なものだ。これから先この気持ちがどうなるのか、それは世界のみぞ知るだろう。

 今は、彼のもとに行くことが先だ。

 

 

 






はい、ここまでです。
予告詐欺すみませんでした。ですが次回こそ必ず、マリーさんの完全態守護霊を出します。
あとちょっとしたネタバレですが、アーチャー態守護霊も不完全態です。ですので次回完全態を出します。

では今回はこの辺で。感想お待ちしております。



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