更新です。
それではごゆるりと
寸止めした拳を引くと、剣吾は大きく息をしながら地に座り込んだ。汗も滝のようにかいている。そうとう疲労がきたのだろう。今日は昼はスタミナのつくメニューにするか。だがその前に、だ。
「剣吾」
「ん?」
「そぉい!!」ゴツンッ!!
「オンドゥルッ!? 何すんだ父さん!?」
「何すんだ、じゃない。全く、スイッチが入ってたぞ?」
「うっ……」
「オレが咄嗟に投擲に切り替えてなかったら、ここらに巨大なクレーターが出来上がるところだった。オレとの試合を楽しむのはいいが、周りが見えなければ話にならんぞ?」
「そうよ? 今回はシロウが何とかしたけど、そもそもここは人様の土地なんだからね? あなたそれ失念してたでしょう、剣吾?」
「にぃに。やりすぎはメッだよ?」
「……ウィーズリー一家の皆さん、やり過ぎてすみませんでした」
オレとイリヤの説教、そしてシルフィの止めの一言に、剣吾はウィーズリー一家に頭を下げた。アーサーさんとモリーさんは戸惑いつつも、にこやかに気にしないよう剣吾に告げた。
「それにしても、シロウ君に剣吾君。君たちすごいね。私達は君らが何をしているか、全くわからなかったよ」
「魔法使いの決闘とは比べ物にならない程の戦いだわ」
アーサーさんとモリーさんは手放しにオレ達を称賛するが、正直対応に困る。魔法使いの決闘がどのようなものかはわからないが、正しく騎士道のように、礼節に則ったものだろう。だがオレ達の試合は、負け=死、の殺し合いなのだ。余り、いや、決して誉められるようなものではない。
と、マリーとジニーがタオルを持ってこちらに近寄ってきた。因みにイリヤからは、麻袋から取り出した水筒を既に受け取っている。
「はい、シロウ。汗かいたでしょ?」
「ああ、ありがとうマリー」
「け、剣吾さん。よければこれを使ってください……」
「ウェ? あ、どうもです、ジニーさん」
「い、いえ……」
おや、早速アピールか。ジニーは活発な少女らしいのだが、どうも恥ずかしいとしおらしくなるようだ。まぁオレとしては、彼女が義理の娘になるのは吝かではないが。
さて、そろそろ着替えて昼食の準備をするか。
オレはパーシーと剣吾、シルフィを置いて他の面子と共に、隠れ穴へと戻っていった。後ろから剣吾の助けを求める声がしたが、無視だ無視。オレと同じ経験をするがいい。それが今回の罰だ。
「オンドゥルルラギッタンディスカッ!?」
「剣吾君、こっちを向きたまえ」
「にぃにをいじめるなー!!」
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昼食を食べたのち、オレ達は煙突飛行という方法で、『ダイアゴン横丁』へと向かった。
この煙突飛行、中々便利なのだが如何せん、発音が少しでも違うととんでもない場所から出てしまう、煙突間の空間転移のようなものらしい。これは凛が見たら発狂ものだな。イリヤも目を丸くしていたし。
で、だ。
気を付けてはいたんだが、オレとマリー、剣吾は発音を間違えてしまい、『
漏れ鍋に入ると、既に皆は揃っていた。客はオレ達一行以外は、今はいないらしい。ハグリッドも休憩がてら、マスターのトムさんに紅茶を頼んでいる。と、イリヤの膝の上のシルフィのもとに、トムさんがアイスを持っていった。あとで代金を払わねば。
そういえば、ダンブルドアから個人的な手紙が来ていたな。何でもマリーの護衛料として金を振り込んだとか。ご丁寧にオレ名義で金庫をつくり、鍵まで送ってきた。あとで確認しておこう。
まぁそれはさておき。
「はいお嬢さん、アイスクリームだよ」
「ありがとう、おじちゃん!!」
「すみません、わざわざ」
「いえいえ、子は宝ですから。子供の笑顔は、見る人を幸せにしますからね」
成る程な。
「トムさん」
「おや? これはこれは、お久し振りです、シロウさん」
「ええ、お久し振りです」
「あっ、パパきたー!!」
「おやおや、やはりシロウさんのご息女でしたか」
「ええ、はい……ん? すみません、今なんと?」
今、トムさんから聞き捨てならない言葉が放たれた。
「この子はシロウさんの娘さんでしょう? それからあなたの後ろに立つ少年。彼は息子さんかな?」
……バカな。看破したというのか? 何故わかった? ウィーズリー一家もマリーも、イリヤでさえも、目が飛び出るのではというほどに目を見開き、顔を驚愕に染めている。シルフィはアイスクリームに夢中になっているが。
「……なぜ?」
「面影、ですね。あとは一年ほど前に見た、料理の手際から」
「「「……」」」
「見た目と技量が釣り合ってませんでしたから。何となく想像はしてましたよ?」
「……やはり色々と凄い人です、あなたは」
「ふふふ、ああ安心してください。言いふらしたりはしませんよ」
「ええ、ありがとうございます」
「おじちゃん、アイスクリームありがとうございました!!」
「おやおや、どういたしまして。美味しかったかな?」
「うん、すっごく!!」
「それは良かった」
結局トムさんは代金を受け取らなかった。その代わりにと、オレが持つレシピを一品求めてきた。オレは断る理由もないし、何より彼の厚意に感謝しているため、快くそれを渡した。
子は宝、か。
Side マリー
トムさんの洞察力には本当に驚いた。まさか一目で剣吾君とシィちゃんが、シロウの子供ってわかるなんて。みんな唖然としてたよ、勿論私も。
まぁそれはさておき、私達は再びダイアゴン横丁の喧騒に足を踏み入れた。一年前と変わらず色とりどりで、人で賑わってる繁華街に、剣吾君に肩車してもらってるシィちゃんは、目をキラキラと輝かせていた。
「……不思議ね」
「ん? どうしたんだ、イリヤ?」
「この世界の魔法界って、私達と違って暖かい」
「ああ、それはオレも感じた。魔術師ならともかく、魔術使いにとっては、これ以上にない住みやすい世界だろうな」
シロウとイリヤさんが真面目な話をしているのが聞こえた。話の内容からすると、シロウ達がいた世界は、物凄く物騒で排他的みたい。
もしかしてその過程であれを見たのかな? 結構頻繁に私が見る、一人の男の人の夢。紅い外套を纏って剣の丘に独り立つ、悲しい男の人の記憶のようなものの。
ふとシロウの後ろ姿が、その男の人と重なった。
初めて夢を見た日から何度も、シロウに男の人について聞こうと思った。でもどうしてか、聞こうとする前に、私自身が躊躇ってしまう。まるでまだ聞くのが早い、とでもいうかのように、私はその質問を言葉に出せなかった。
結局私は、今回もシロウに聞くことができなかった。
ゴブリンが経営するグリンゴッツ銀行からお金を引き出し、私達は『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』へと、教科書を買いに向かった。途中でハーマイオニー一家とも出会ったので、私達は結構な大所帯となった。
今年の教科書、基本呪文集以外は、全てギルデロイ・ロックハートと呼ばれる人の著書だった。この人、そしてこの人の書く本は、巷で大流行らしい。しかもとても高価ときたものだ。
そしてこの人が人気の理由。ファンの人の会話によると、なんでもチャーミングなスマイルが素敵なんだとか。私はそうは思わないけど。ハーマイオニーもジニーも、胡散臭げだった。
それに正直変な感じがする。この人、笑顔は仮面を張り付けたような感じで、その裏には汚いものが隠れてそう。加えて一冊手に取ったけど、中身はスカスカ、まるで他人の手柄を自分のもののように語る、いわゆるペテン師の香りがした。
その事をシロウとイリヤさんに言うと、二人とも感心するような目を私に向けた。
「シロウ、この子将来有望なんじゃない?」
「ああ。本人に自覚はないが、人としても、魔法使いとしてもいい人間になる。加えて『力』について、充分過ぎるほどの答えを持っているしな」
「そう。シロウがそこまで言うということは、いい想いと答えを持っているのね。ねぇマリー?」
「はい、何でしょう?」
「私は、あなたがどんな想いを持っているかわからない。でもシロウが手放しに称賛するということは、それが本当に素晴らしいものだという証よ。だから、努々その想いを無くさないようにね?」
「はい!!」
どうやらシロウの奥さんに認められたみたい。何だろう? すっごく嬉しい。
「うーん、この子なら四人目になっても私はOKかな」
イリヤさんが何か言ってたけど、声が小さくてよく聞こえなかった。まぁいっか。
その後、私とハーマイオニーは自分で教科書を購入したけど、ウィーズリー一家のぶんは、なんとシロウとイリヤさんが出費した。アーサーさんとモリーさんは驚き、慌てて二人を止めようとしたけど、逆に押し込められていた。曰く、「宿代と性分」なんだとか。
すると突然、書店の中で黄色い歓声が上がった。何でもギルデロイ・ロックハート本人が登場し、サイン会をするようだ。ロックハートは仮面のような笑顔を振り撒きながら、意気揚々と出てきた。私達は興味がなかったため、さっさと退散した。いや、しようとした。
「……もしや、マリナ・ポッターでは?」
ロックハートがそう一言発すると、私は誰かに強い力で腕を引っ張られた。そしてシロウ達から引き離された。誰が引っ張っているか見ると、カメラを構えた小柄な人だった。気がつけば私の回りは人で囲まれていた。
「ッ!! 離してください!!」
「日刊予言者新聞、一面大見出し記事ですぞ!!」
「いやです、離して!!」
強い力で引っ張る人に、私は必死で抵抗した。記事なんてとんでもない。誰が好き好んで、ペテン師と写真を撮られなければならないのか。周りの人も私を助けず、逆に羨ましげな目を私に向けていた。全く羨ましい状況ではない。
暫く抵抗していると、誰かもう一人私の腕を掴んできた。目だけ向けると、私は更に力を込めて抵抗した。なんとロックハート本人も私を引っ張っていたのだ。
「さぁこちらへ!! 一緒に写真を撮ろう!!」
「いやです、離して!!」
「そう恥ずかしがらないで!! さぁ、さぁ!!」
「いや!! お願い、離s……「「おい(ちょっと)!!」」……ッ!! シロウ!! イリヤさん!!」
「何でしょうか、マダム?」
私達がジタバタしてるところに、エミヤ一家がやって来た。ウィーズリー一家は外に待たせているらしい。
イリヤさんを見たロックハートは、仮面のような笑顔を張り付け、イリヤさんに向き直った。シロウの目が少しだけ険しくなった。周りを取り囲んでいた魔法使いのうち、大多数の魔女はロックハートの仮面にメロメロになっていた。
でもエミヤ一家、シィちゃんまでもが、ロックハートに対して冷たい目を向けていた。
「先ずは彼女の腕を離せ」
「いや、しかし記事の写真が……」
「「離せ(離しなさい)」」
シロウとイリヤさんの気迫に、カメラマンは私の腕を離した。私は急いでシロウの後ろに回った。少しだけ落ち着いたので、改めて周りを見渡した。
何人かの魔法使い魔女たちは、シロウとイリヤさんに釘付けになっていた。顔を青くして震えてる人もいる。ロックハートは気がついていないようだけど。
「いったいどうされたのですか、マダムにミスター?」
「あなた、この子が嫌がっていたのがわからないの?」
「嫌がる? まさか? 単に恥ずかしかっただけでしょう?」
「「「……は?」」」
「そうでしょう? マリー?」
ロックハートは馴れ馴れしく「マリー」と呼んできた。だから私は無視した。この男、何を言っても、自分に都合の良いようにしか解釈しない。恐らく私の無視も、恥ずかしがりと済ませるだろう。
「ほらほらお嬢さんも、そんな怖い顔を「キライッ!!」……はい?」
ロックハートは今度はシィちゃんに話しかけた。でも言葉の途中でシィちゃんは拒絶し、私にしがみついてきた。シロウとイリヤさん、剣吾君の纏う空気が更に冷たくなった。
「何を言って……「シィこのひとキライッ!! マーちゃんいじめる!! このウソつきのひと、シィだいっきらい!!」……え?」
人懐っこいシィちゃんがこれ程嫌うとは、余程のことなのだろう。その証拠に顔も見たくないのか、私にしがみついて離れない。顔も足に抑えつけてる。
「そんな恥ずかしがらないで「それ以上この子に近づくな……」……ひっ!?」
ようやくシロウとイリヤさん、剣吾君の殺気に気がついたようだ。目を回して倒れ、外に運び出されている人もいる。それほどまでに、三人は怒っていた。
「み、ミスター? いったい何に怒っているのですか?」
この期に及んで、まだシロウ達が怒る理由がわからないらしい。この人馬鹿なの? シロウもため息を一つついた。
「……わからないか。ならその程度の人間、ということだ。みんな、行こう」
エミヤ一家は軽蔑した目でロックハートを一瞥し、私を連れて書店の外へと出た。
その後、薬問屋でマルフォイ父子と出くわしたけど、マルフォイ父がシロウ達に丁寧な応対をしているのが気になった程度で、その日はそれ以上何も起こらなかった。
はい、ここまでです。
ギルデロイ・ロックハート、私自身このキャラクターはごっつ好かんキャラでしたので、痛い目にあってもらいました。
まぁ余り効き目はないでしょうが。
さてさて次回はホグワーツに向かいます。車はどうなりますかね?
それでは今回はこの辺で