それではごゆるりと
Side マリー
意識がぼんやりと覚醒してきた。目を開けると、まだ周りの様子はわからず、ただ朝と昼の間の時間ということだけがわかった。一度瞬きをすると、目の前に眼鏡が確認できた。もう一度瞬きをすると、目の前にダンブルドア先生の顔があった。
「おお、目が覚めたかのぅ」
先生は、見る人を安心させるような柔らかな笑みを浮かべてそう言った。私は上半身を起こし、周りを見渡した。どうやら医務室のベッドに寝かされていたらしい。足元の机には山のようなお菓子が置かれていた。
「君を心配する者達からの見舞いの品じゃよ」
ダンブルドア先生は言った。
「ミスター・ウィーズリーやミス・グレンジャーからのは勿論、他の寮の子やグリフィンドールの先輩達からじゃ。確か双子のウィーズリー兄弟は自分達が作った悪戯魔法玩具を送ろうとして、シロウ君に制裁を加えられていたのぅ」
ダンブルドア先生はクスクスと笑いながら愉快そうに語っている。
「何でも手に取ればゴムのネズミ等に変わったり、杖の先から特大の爆発音のなるクラッカーを連発したりする『騙し杖』の最高傑作じゃったかな? 病み上がりの心臓に悪い、ということでシロウ君に取り上げられておった。そのあとにとても苦そうなお茶を飲まされておったのぅ。確か『センブリ茶』じゃったか。パーシー・ウィーズリー君はそのお茶を気に入っていたようじゃが」
うわぁ……センブリ茶って確かそうとう苦かった記憶が。私は結構好きだけどダドリーは噎せ返っていたのを覚えてる。あ、それよりも。
「先生、あのあとヴォルデモートはどうなりました? 石は大丈夫何ですか?」
「マリーや、少し落ち着きなさい」
「あ……はい、すみません」
「よいよい。まず石じゃがのぅ。あれは砕いてしもた」
「え? 砕いたのですか?」
「さよう」
「それでは、ニコラス・フラメルはどうなるのですか? 確か先生の御友人のはず」
「おお、ニコラスを知っとるのか。君はよく調べてことに当たったようだね。ニコラスとその妻は既に十分な命の水を蓄えておる。あの者たちの身辺整理をするには十分な量じゃ」
「ならその人たちがもう十分だと感じたときは……」
「そうじゃな。彼らは死ぬことを選ぶじゃろう」
そうなのか。ただただ生きることを求めるのとは違い、身辺整理を完遂するだけの時間を作るために不老不死になる。ヴォルデモートとは違い、フラメル夫妻はそこら辺を線引きしていたのか。ヴォルデモートと言えば。
「先生、ヴォルデモートはどうなりました?」
私がそう聞くと、ダンブルドア先生は真面目な顔と目をした。
「生きてはいるじゃろう。霊魂のような存在になってはおるがな。あのとき、わしは魔法省に着いたときにわしの本当にいるべき場所がどこか気がついたんじゃ。そして急ぎ鏡の部屋に向こうた。じゃがどう足掻いてもあやつと君の間には入れなかった。そこで奴が何かに弾かれた様になり、 どこかへと消えた」
「恐らく、これのお陰かと」
私は首もとに架かっている剣のペンダントを取り出し、先生に見せた。あのとき、このペンダントは炎の光とは別の淡い水色をした光を放っていた。
「どれどれ。…………これは…………」
「これはクリスマスのとき、シロウがプレゼントにくれたものです。何でもシロウ自身が製作したとか」
先生にペンダントを渡すと、興味深い目をしてそれを物色した。そしてその目を今度は驚愕に染めた。
「これは……何と……」
「何かわかりましたか?」
「……わしの推測に過ぎんが、このペンダントは呪詛や魂憑を防ぐ力を持っておる。じゃが直接触れる攻撃、殴るや蹴るや絞めるじゃな、には効果はないと見ていいじゃろう」
「そうですか……」
成る程、だからあのときヴォルデモートは壁に当たったかの様に弾かれたのか。またシロウに助けて貰った。…………あ。
「先生! シロウはあのとき一人でトロールの相手をしていました! 怪我は無いんですか? 無事なん……「オレはここにいるが?」ふえ?」
声のした方を向くと、ベッドの横の椅子にシロウは腰かけていた。見たところ怪我はないみたい。良かった。
「さて、そろそろその手を離してくれないか? 正直ほぼ一日、結構強く握られていて腕が痺れている」
シロウに言われて目を向けると、私はシロウの左腕を握りしめていた。どうやら寝ている間に無意識に握っていたみたい。急に恥ずかしくなって手を離した。ダンブルドア先生は生暖かい眼差しでこちらを見ていた。余計に恥ずかしい。
「そ、そういえば先生」
「どうしたのじゃ?」
「私はどうやって鏡から石を取り出せたのでしょうか?」
話を逸らすのと、純粋に疑問に思ったことを私が聞くと、先生はとても嬉しそうな顔をした。ああ、これが一番聞いてほしかったんですね。
「おお! それを聞いてくれるのは嬉しいのぅ! あれはわしが考えた中でも中々のアイデアなのじゃ。あれはのぅ。『手にいれたい』と思った者だけが鏡から石を取り出せるのじゃ。良いか? 『使いたい』ではなく『手にいれたい』じゃ。どうじゃ? 中々のものじゃろう?」
「ええ、中々」
「どうじゃ、シロウ? このペンダント然り、採点はどんなものかのう?」
ダンブルドア先生は目をキラキラとさせながら、シロウに採点を求めた。それを聞いたシロウは苦笑していた。
「何故私にそれを?」
「君は曲がりなりにも『製作者』じゃろう? 熟練の魔法道具製作者でもこれ程のペンダントを作ることは困難じゃ。じゃから君に聞いたのじゃよ」
「……本当に食えないお人だ、あなたは」
シロウはそう言いながら椅子に座り直し、姿勢を正した。
「まず鏡から。中々に頓知の利いたものだと思います。しかし、少々詰めが甘いかと。今回のマリーのように、偶然取り出してしまうパターンが起こってしまいます。ですので、百点満点中八十五点ですね」
「辛口じゃのぅ」
ダンブルドア先生は結構残念そうな表情を浮かべていた。
「申し訳ありませんが、性分でして。やるからには徹底的にが我々の流儀です。さて、ペンダントですが、九十五点です」
「ほうほう」
「ペンダントに付加した力は大方先生の推測通りです。それは余程強力ではない限り、概念や悪霊、魂憑から装着者を守る簡易的な概念武装です。そして二振りの剣のうち、片方を彼女が選んだ大切な人に渡すことにより、その人と彼女により強固な守護を与えます」
「成る程成る程。今度は製作過程を見せてもらってもいいかのう?」
「構いませんよ」
「私もいい?」
「いいとも」
「さぁさぁ質問は終わりじゃ。そろそろお菓子に移ってはどうかのう? ほっ!? 百味ビーンズではないか!!」
先生が目を止めたのは百味ビーンズと呼ばれる魔法界のお菓子だった。このお菓子、本当に色んな味のあるゼリービーンズで、レモンやリンゴのような普通の味もあれば、芽キャベツや臓物といった変なものまである。本当に百味なのだ。しかも外見色では味を判断出来ないというおまけ付き。
「わしゃ若い頃不幸にも耳くそ味に当たってのぅ。それ以来好まんようになったのじゃ。じゃがこれなら大丈夫そうとは思わんかのう?」
ダンブルドア先生は私とシロウにも一粒ずつ渡し、自身も一粒口に放り込んだ。途端に噎せかえった。
「何とゲロ味じゃ!?」
…………先生、御愁傷様です。
因みに私はレモン、シロウは血だったみたい。血の味って…………。
先生が出ていったあと、シロウはお菓子のゴミを片付けたり、マダム・ポンフリーと一緒に医務室の掃除をしていたりしていた。その間、私は何もしゃべらなかった。頭の中をぐるぐると纏まらない思考が絡まっていた。しばらくしてシロウは再びベッドの脇の椅子に座った。
「…………ねぇ、シロウ」
「うん?」
「私ね? …………人を殺しちゃった……」
「…………」
なぜだかわからないけど、シロウには話しておかなければと思った。シロウなら話してもいいと思った。シロウは黙って私の話を聞いている。
「自分を守るために無我夢中でやったけど、結果的にクィレルを殺しちゃったんだ」
「…………」
「今思うと他に方法があったんじゃないかって…………殺しちゃう以外の方法が他にも…………」
話しているうちに涙が溢れては落ち、ベッドに染みを作っていた。止めることの出来ないそれは、次々とベッドに落ちた。
「……厳しいことを言うが」
シロウが口を開いた。
「起きたことは変えられない。失ったものは戻ってこない。奪い、奪われたものは返らない。それが命ならば、尚更。その者の顔を、名前を忘れることはあってはならない」
「…………うん」
「…………だが」
「ふえ?」
顔を俯かせていた私の頭に、暖かい手が乗せられた。顔を上げると、シロウが柔らかな笑みを口許に浮かべて、とても優しい眼差しで私を見つめていた。
「失ったもの、置き去りにしたもの、奪ってしまったもののためにも、君は生きなければならない。決して生き急がずに、生きて生き抜いて、君の思いや願いを遂げるのだ。君の信じるもの、信じたもの、信じていくもののためにも」
「!! …………シロウ」
「ん?」
「ゴメン、少しだけ……」
限界だった。
シロウの言葉からして、シロウも今までに人の命を奪ったことがあるのだろう。だからか、シロウの言葉は私に何の妨げもなく浸透していった。すると私の目から滝のように涙が溢れては落ちていった。私はシロウの肩に顔を押しあて、泣いた。今まで出したことが無いほどの大きな声をあげながら泣いた。
「 Ich weiß nicht was soll es bedeuten,Dass ich so traurig bin; ~♪」
私が泣いている間、シロウは歌を歌っていた。決して上手いとは言えないけど、柔らかで暖かく、包み込まれるような優しい歌だった。確かローレライって歌だったはず。
私はその歌を聴きながら、いつの間にか眠ってしまった。
Side シロウ
泣き疲れて眠ったか。無理もない。
十一の少女が殺しを自覚するのは酷だろう。オレは十七のときに初めて殺しをしたが、魔の道に幼少の頃から踏み入れていたから、ある程度の覚悟はあった。慣れるものではなく、今でも人を殺すのは躊躇われるが。だがこの子はつい一年前まで、そのようなものとは無縁だった。その心労をオレはわかってやることは出来ない。
せめて今は心安くあらんことを。
オレはマダム・ポンフリーに一言告げて寮に戻ることにした。その道の途中、ダンブルドア先生とすれ違った。そしてオレの背中に彼から声をかけられた。
「エミヤシロウ。君は本当にわしらの敵に回ることはないのじゃな?」
この学校の生徒ではなく、オレという存在に対する問いかけだった。だからオレも相応に返すことにした。
「以前にも述べた通りだ。あなたたちが外道に堕ちない限り」
オレの答に理解をしたのか、ダンブルドアは無言で去っていった。
オレもそのまま無言で寮に向かった。
はい、ここまでです。
ローレライのシーンですが、シロウが幼少の頃、何度か冬木大火災の夢を見て魘される、ということがありました。それに気がついたイリヤが、枕元で歌って落ち着かせていたのを真似した、ということにしています。
さて、次回が一巻の最終回です。
その後、おふざけと小話、息子と娘たちの設定を書いたら、今度はFateの方を進めます。
では今回はこの辺で
因みに、耳くそは英語で「earwax」。直訳で耳の蝋です。それをネタにした表現が、「シュ○ック」の一巻の最初の方に出てきます。