旧理想郷からのサルベージ作品群   作:VISP

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ACFA 13~15

 

 OMERが進めた、ほぼ単独でのラインアーク攻略戦。

 その結果、ホワイト・グリントはその翼を捥がれ、オッダルヴァも水中に没し、アスピナのモルモットは散った。

 

 この世界で最も優れたリンクス達の戦いは、唯一人だけが生き残り、ラインアークは保有する最も重要な戦力を失った。 

 これにより地上最大の反企業勢力ラインアークは企業に対抗する術を失い、クレイドルは安定期に入った。

 誰もがそう思い、企業は来たるべき経済戦争の激化に備え始める。

 

 だが正にこの時から、水面下では濁り水がゆっくりと流れ始めていたのだった。

 

 

 

 

 某所にある屋敷、その一室

 

 「………………………………………………………………………………すぴー……。」

 

 そこには、ベッドで就寝中のペットがいた。

 彼はやる事が無い日には夜十時前には寝てしまう健康良優児だった。

 というのも彼の現在の肉体年齢は14歳、成長期であり自機の調整、依頼、訓練、買い物、食事、マダムからのお呼び出し等が無い限りは日々遊び、寝る。

 遊びと一口で言っても読書やネットサーフィン、料理、スポーツや散歩、水彩画等と結構手広くやっている。

 そもそも、まだ年若い彼にはあまり多くの依頼は来ないので、普段は結構暇なのだ。

 同じリンクスではBFFのリリウム・ウォルコット位しか同年代もおらず、深窓の令嬢たる彼女とは話も合わないし、滅多に会う事も無い。

 また、GAのネクスト支部に行かない限り同僚のリンクスと遊び歩く事も無い(精々飲食店に行くかメイとの買い物位だが)。

 そんな彼の最近の趣味は、人はどれ程長く睡眠を取れるのか試してみる事だった……………………羨ましい事この上ない。

 依頼に関する事務も普段はマダムや侍女長の管轄なので、必要な情報以外はあまり彼の耳には入ってこないし、興味も無い。

 それ程自らの主人に全幅の信頼を寄せていると言えるのだが、それはさて置き。

 

 世間の事は放って置いて、ペットの生活は概ね平和だった。

 

 

 

 

 「まずいわね…。」

 

 某所にある屋敷、その一室

 そこで、この邸宅の女主人が厳しい表情で机上の端末に向かい合っていた。

 

 「この件にはどうやら企業の一部も噛んでいるらしく、現状でこれ以上の情報収集は不可能です。」

 

 その傍らで控えている侍女長も普段より遥かに表情が厳しい。

 

 (GAはこんな巧みな情報操作は論外、BFFは理由が無い。インテリオルの連中なら可能性はあるけど、この件に関しては検討外。ならやはり……。)

 

 「OMERの連中……前にも痛い目に会ったくせによくやるものね。」

 

 事の起こりは先日のラインアーク攻防戦直後から始まった。

 作戦の始まりから終わり方まで、彼女にはどうも胡散臭かった。

 そもそも軽量機とは言えネクストがメインブースターにライフルの直撃を受けても即座に沈む訳も無く、OBでも使って陸に上がれば良いし、ちょくちょく襲撃されるとは言え、あの場所なら引き上げ作業自体はそれなりに簡単だ。

 他にも幾つかの要因もあって、彼女は独自の情報網と人脈を駆使し、情報の収集、事態の把握と今後の予想を行った。

 

 そしてこの件の仕掛け側の1つであるOMERから、ある興味深い情報が出て来た。

 それはある工場の数年前の生産ラインの稼動記録だった。

 だが、その内容は彼女にとってかなりの価値があった。

 その工場はOMER所属、より正確に言えば元レイレナード技術者が数多く勤務する工場であり、そこの生産ラインは旧レイレナード製ネクストパーツのものだった。

 かつて、リンクス戦争で崩壊したレイレナードを吸収したOMERは、現在では旧レイレナード製ネクストパーツの生産も行っている。

 とは言ってもレイレナード製のパーツは高性能だが高価かつ扱い辛い面もあるため、運用するリンクスは少ない。

 そのため生産していたのは、精々既存のパーツの予備パーツや内装系パーツ位であり、その工場も他の工場と合併、閉鎖され、職員は他の工場に勤務している事になっている。

 

 所がそのラインは秘密裏にだが、生産リストよりも僅かに多くのパーツの生産が行われていた。

 そして、そのパーツの行き先は現在も掴めておらず、そこの職員も行方が知れない。

 怪しさは既にレッドに近いイエローだが、OMERに関しては危険な為、そこで打ち切り、他企業も探ってみる事にした。

 すると、OMERグループ程ではないが、行き先不明のネクストパーツの生産記録が各企業で見つかったのだ。

 生産量はまちまちだが、BFFにすらあると言う事は自身の恩師も一枚噛んでいるらしい。

 …なお一番生産量が多いのは、やはりと言うかGAだった。

 と言うか何故ノーマルや固定砲、果てはAFに使うような装甲材まで提供しているんだか…。

 

 「ここまで来るともう止められないわね……出来ればうちの子達が巻き込まれない様にしないとね。」

 

 相手は誰か解らない。

 しかし、こんな事を水面下で進めていたからには只者ではなく、また只事で終わる訳が無い。

 優秀なブレインと豊富な戦力、何をするのか知らないが、このまま進めばあのリンクス戦争並の事態になるだろう。

 

 「情報収集を厳に、特に各アルテリア施設には常時見張っていなさい。ここからが本番になるわよ。」

 「畏まりました。では、その様に進めます。」

 

 従者の言に満足しつつ、自身も端末を用いて情報収集に当たる。

 企業に反旗を翻す、これ程の連中ならそれも可能だろう。

 そして企業の御旗、現在のクレイドル体制を崩すには各アルテリア施設の攻撃は必要不可欠になる。

 アルテリア施設における何らかの異変、先日の襲撃犯も『彼ら』の仕業だと言うのなら………。

 高速で思考し、今後の展開を予測、端末を通じて世界からその予兆を感知し、自分達にとって最適の行動を決定していく。

 

 それが山猫ではない彼女なりの戦いだった。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 旧ピースシティ付近を通過中だったGA輸送部隊が消息を絶った。

 同地域で鹵獲された同社製AF、ランドクラブの改造型の目撃情報が確認されており、砲塔部がソルディオス砲に変更されている事から、トーラス製のものと考えられる。

 ソルディオス砲はトーラスの最新モデルであり、チャージ時間も従来のそれよりも短縮され、威力も向上していると思われる。

 また多数の通常戦力も確認されている事から、今回のミッションには複数のネクスト戦力を投入する。

 

 以上が全GA所属リンクスに送られた依頼の概要だった。

 

 

 

 

 『全員依頼内容は把握したな?相手が相手だ、素早く仕留める様に心掛けろ。無理してソルディオス砲を喰らうなんて事にならない様にな。』

 『承知した、AFとはいえコジマさえどうにかなれば、雷電の敵ではない。』

 『なら、有澤は通常戦力の殲滅を担当してくれ。我々は件のAFを担当する。』

 『空中戦力の方もオレらに任してください、社長はいつも通りで頼みます。』

 『ドンさんじゃないですけど、支援に関しては任せてくださいね。』

 「対空戦ならボクやメイさんとドンさんの方が向いてますもんね。」

 

 何だか凄い面子が集まっていた(汗)。

 上層部のこの気合の入れっぷりはどこから来てるんだろう?

 明らかに1つのミッションに投入する戦力じゃないし………旧配下と旧宗主だからかな?それにしたって過剰だけど……ここは知ってそうな人に聞いてみますか。

 

 注意!!以下暫くは会話文のみ、語尾に話した人の名前が表示されます。

 

 「にしても史上初じゃないですか、GAリンクス勢揃いって。」(ぺ)

 『んー、確かにね。』(メ)

 『今回の一件なんだが・・・実はトーラスの独断らしくてな、インテリオル上層部から連絡が入ったんだよ。』(オ)

 『それだけにしちゃ大袈裟過ぎやしねぇか?』(ド)

 『…あーー……。』(O)

 『そこからは私が説明しよう……実は輸送部隊の襲撃直後、トーラスの連中からGA上層部向けに挑戦状が送られたんだ。』(ロ)

 『剛毅な事だが、それだけではいくら連中でも早々動くまい。』(社)

 『詳しくは私も知らんが、上層部は怒り心頭だ。』(ロ)

 『よっぽど頭に来る内容だったのかしらね。』(メ)

 『詳細はどうあれ、作戦内容は変わらないのなら完遂して帰るだけだろ。』(ド)

 「これ以上は解りそうにないですし、そろそろ準備にかかりましょうよ。」(ぺ)

 『少年の言う通りだ、この場で話す事はもうあるまい。各自作戦に備えるぞ。』(社)

 

 社長の発言で、その場は一旦お開きになった。

 

 

 

 

 そして作戦領域に到達寸前、総勢5匹の山猫が滅びた『平和の都市』へと放たれた。

 廃ビルが乱立する砂漠地帯の中、護衛のノーマル部隊が正面に展開し、その奥にAFの姿が見えていた。

 

 「結構少ないんですね。」(ぺ)

 『まぁ、挑発までしたんだし、よっぽどAFに自信があるじゃないかしら?』(メ)

 『2人とも気を抜くな、どこかに潜んでいるのかもしれん。』(ロ)

 

 ローディーさんに注意されつつ、5人はそれぞれ目標に向けて進んでいく。

 そしてある程度まで接近し、そろそろノーマル部隊が射程内に入ると言う所で、レーダーを装備した2人が真っ先に変化を捕らえた。

 

 『お出ましね!!』(メ)

 「左右にノーマル部隊の増援確認、囲まれました!!」(ぺ)

 

 恐らくは新型のステルスか何かなのだろう、両翼に出現したノーマル部隊は寸前まで全く感知されず、姿を現した途端に正面の部隊と共にレーザーライフルの攻撃を開始した。

 

 『有澤は左翼を、メイは右翼を頼む!残り2人は私と共に正面から行くぞ!!』(ロ)

 

 半包囲された状態では戦力の集中と一点突破が常識であるが、この場合最も厄介なのは集中した戦力をソルディオス砲で一網打尽にされる事だ。

 戦力を分散したのは、一度に全滅するという事態を防ぐ為と5人の中ではそこそこ素早い3人を前に出す事で、動きの遅い残り2機へ狙いを付けさせない為、ローディーはほぼ一瞬でそこまでの事を判断して指示を出し、自身も油断無く機体を動かしていく。

 

 『ふん、弱卒が…ッ!!』

 

 左翼を担当した雷電こと有澤隆文は御自慢のグレネードで、シールドを構えながらレーザーを放つアルドラ製ノーマルのGOPPERT-G3を数機纏めて吹き飛ばす。

 無論、既にレーザーを幾つも受けていたが、ノーマル程度の出力では雷電を落とし切るだけの威力が無い。

 重装タンクらしい圧倒的な火力と装甲を遺憾無く発揮し、10数機いたノーマル部隊は、見る間にその数を減らしていった。

 

 『ほらほら、そんなんじゃ何もできないわよ。』

 

 右翼を担当したメリーゲートことメイ・グリンフィールドは両腕のライフルとバズーカを使い、堅実にノーマル部隊を撃破していく。

 10数機いたノーマルは必死に応戦するが、如何せん廃ビルを盾にされ、上手く攻撃を当てられていなかった。

 戦場がここ以外、先日の様な障害物の無い場所であれば、ネクストと言えど気を抜けなかったのだが、下手に障害物があるため、攻撃の殆どがビルや砂地を焼くだけに終わる。

 その上、放たれる攻撃の威力は天地程の差があるのだから、拷問にも思えてしまう。

 無論命中する事もあるが、撃墜するには一撃辺りの火力が圧倒的に不足していたため、戦闘は一方的なものに終始した。

 

 

 

 

 正面部隊の方は両翼と対照的に苦戦を強いられていた。

 原因はAFに搭載されたソルディオス砲が稼動し始めたからだった。

 それに併せ、ランドクラブのミサイル、ノーマルのレーザーライフルも雨霰とばかりに撃たれている為、思う様に攻撃が出来ていない。

 またソルディオス砲は容易にビルを貫通する為、盾にすらならず、回避するしかない。

 殆ど回避しかできない状況で、それでも未だソルディオス砲の直撃を受けた者はいなかった。

 

 『先にソルディオスを黙らせる、2人とも続け!!』(ロ)

 『「了解!!」』(ド・ぺ)

 

 これ以上撃たれては堪らないと、ローディーの判断の元、ランドクラブ目掛けて加速する三機のネクスト。

 しかし、トーラスの変態度はローディーの予想を遥かに上回るものだった。

 

 「ソルディオス砲の分離飛行を確認!!」(ぺ)

 

 分離飛行を開始する6基のソルディオス砲、誰もが呆然とする中、唯一この事を予想していたペットが逸早く現実に復帰し、警告する。

 浮遊を開始した6基のソルディオス砲は自動制御されているらしく、個別に標的を定め、大出力のコジマキャノンを発射していく。

 

 『気を抜くな、死にたいのか!!』(ロ)

 

 ローディーの叱咤を聞いて現実に復帰する面々だが、余りの事態に動きがやや鈍くなっている。

 社長やペットはそうでもないが、ドンとメイの2人は明らかに動きが鈍っている。

 

 『何よ、これ…ふざけてるの?』(メ)

 『メイ、足を止めるな!!』(ロ)

 

 ローディーが叱咤するが、メイの動きは依然として精彩を欠いたままだ。

 しかしメイの担当した右翼は既に殆どの戦力を撃破され、幸いにもソルディオス砲との距離も比較的遠いので、即座に撃墜される事は無かった。

 

 「こいつら発射寸前には動きが止まります!!」(ぺ)

 『ならばそこを狙う!!』(ロ)

 

 冷静に観察を続けていたペットの言に従い、ソルディオス砲を回避しつつ、ローディーがフィードバックの武器腕バズーカを動きを停止したソルディオス砲に叩き込んだ。

 本来、重厚な装甲を持つソルディオスなら耐え切れる筈だが、発射直前の開いた砲口に命中したためか、武器腕バズーカの一撃で一基のソルディオス砲が大破した。

 

 『よし、いける!!』(ド)

 

 直後、撃破されたソルディオス砲が内部のコジマ粒子を垂れ流し始めた。

 

 「全員距離を取って、爆発します!!」

 

 直後、ソルディオス砲は大規模コジマ爆発を起こし、周辺に多大なコジマ粒子と衝撃波を撒き散らした。

 

 『おわぁぁッ!!?』(ド)

 『きゃあぁあぁぁ!?』(メ)

 

 全く予測していなかったメイとドンの2人は退避が遅れ、PAが大きく減衰し、機体が揺さ振られる。

 

 『面妖な、変態技術者共めッ!!』(社)

 

 それを見た社長が怒りを込めて、発射体勢に入ったソルディオスに向けて武器腕グレネードを発射、2基目を撃破する。

 

 『ドン、メイは後方から支援!!ペット、左から回り込め!!』(ロ)

 「了解!!」(ぺ)

 

 社長の戦果に勢い付き、ローディーは正面から、ペットは左翼から回り込んでいく。

 

 「もうちょっと自重してくれって、の!!」(ぺ)

 

 放たれたコジマキャノンをQBで回避しつつ、ペットは拡散バズーカでソルディオス砲の内の1基に攻撃する。

 しかし、その一撃はを通常のQBでは有り得ない様な機動でソルディオス砲は回避する。

 

 「ヌラヌラと、気持ち悪い!!」(ぺ)

 

 拡散バズーカから垂直ミサイルと連動ミサイルに切り替え、発射体勢に入ったソルディオス砲に向けて攻撃する。

 今度は圧倒的なミサイル弾幕を避ける事も出来ずに、ソルディオス砲が撃破される。

 これで漸く半数になったものの、以前苦戦している事に変わりは無い。

 正面から仕掛けたローディーは素早く、ソルディオス砲の奥に横向きに鎮座するランドクラブのミサイルを破壊し、弾幕を薄くする。

 その間もソルディオス砲の攻撃は止まないのだが、培った経験がフィードバックへの被弾を許さない。

 先程まで地上に展開していたノーマル部隊は後方から援護するメイとドン、社長の手により既に全滅しており、機体への攻撃は大分疎らになっていた。

 

 『後はランドクラブとソルディオスだけだ、もう一息だ!!』(ロ)

 『AFは任せてもらおう!』(社)

 

 社長が景気付けとばかりに両背中武器たるOIGAMIを展開、AFクラスとも言われるその火力をランドクラブに向けて発射する。

 着弾と共に、先程のコジマ爆発並の衝撃波と爆音が周囲にばら撒かれる。

 その衝撃で比較的接近していたペットとローディーのPAが減衰、機体が揺さ振られてしまう。

 直撃を貰ったランドクラブは大破し、ソルディオスの収納は不可能になった。

 また余波でソルディオス砲のPAも減衰し、その防御力がやや低下した。

 

 『オレらも行くぞ!!』(ド)

 『了解ッ!!』(メ)

 

 後方からドン、メイの2人が背中のミサイルを一斉に発射、回避行動中だったソルディオス砲を攻撃し、厚いミサイル弾幕を回避し切れずに撃破された。

 残り2基となったソルディオス砲は交互にコジマキャノンを放ち、こちらを寄せ付けまいとした。

 だが、ローディー、社長、ペットの武器腕バズーカ、OIGAMI、ミサイルの一斉発射を避け切れず、あえなく撃破され、派手なコジマ爆発を残して最後のソルディオス砲も消えていった。

 

 

 

 

 「ったく、死ぬかと思ったぞ。」(ド)

 

 作戦終了後、GA側リンクス達は社長(決裁が迫っているらしく、日本に向かった)を除いた4人で、GAネクスト支部の食堂で飲み会を開いていた。

 テーブルには大量の料理と酒が広がり、如何にも飲み会といった雰囲気だったが、ドンの呻きから一斉に今回の件に関する愚痴が始まった。

 

 「もうコジマが掠める度に心臓が止まるかと思いましたよ。」(ぺ)

 「私なんかあんまり活躍できなかったし…。」(メ)

 「命があるだけ感謝するべきだろうな。」(ロ)

 

 各々が勝手に料理と酒を摘みつつ話すが、疲れ切っているのか、今一盛り上がりに欠けていた。

 

 「こんな時こそ、何かサプライズとかないかなー…。」(メ)

 「止めてくれ、暫くは何もしたくねぇ…。」(ド)

 

 任務の終わったGAのリンクス達は、一時とは言え概ね平和だった。

 

 

 

 

 あるネクスト用ガレージにある事務室 

 

 「…何があった、こんな時間に。」

 「ん、まぁな…依頼の事なんだが。」

 

 既に深夜になろうかという時間帯、『彼』と『彼女』が仕事で使用している端末へと一通の依頼が届いた。

 その余りの内容に『彼女』は『彼』に見せる事を躊躇ったが、最終的な判断を『彼』に委ねる事に決め、既に就寝していた彼を起こしたのだ。

 

 「…どんな内容だ。」

 「私が話すよりも、目を通した方が早いだろう。」

 

 話を聞いた『彼』が目を向けた端末は既に起動しており、普段通りの手順で依頼内容を確認する。

 その画面に写ったのは、初めて目にする黒いシンプルなロゴ。

 既存の如何なる勢力にも属さない事を意味するそれは、次いで名乗りを上げた。

 

 

 『初見となる。こちら、マクシミリアン・テルミドールだ。』

 

 

 濁り水は結果と言う出口を求めて流れ、加速を始めた。

 その流れは既に誰にも止められず、最早その行き先すらも予測不可能となっていた。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 先日、襲撃が行われたPA―N51の新資源プラントだが、破壊した筈のプラントの修復が完了間近らしい。

 そこで、今回の作戦の内容はPA-N51への再襲撃だ。

 しかし、アルゼブラも馬鹿ではなく、同エリアにはアルゼブラのネクスト部隊が展開している。

 それに対抗して、こちらもネクストを派遣する。

 お前達の目標は、言うまでもないが敵ネクスト部隊の排除だ。

 敵ネクストの排除が完了次第、こちらの通常戦力で同エリアを攻撃する予定だ。

 可能な限り、速やかに作戦を遂行して欲しい。

 しかし、最近の情勢悪化に伴い、手の空いているリンクスが少ないため、今回の作戦には独立傭兵が同行する事になる。

 精々扱き使ってやれ。

 それと同エリアはこの季節、濃霧が発生する事で有名だ。

 索敵兵装を装備した方が良いだろう。

 それとまだ未確認情報だが、作戦領域付近で敵ノーマル部隊が確認されたという情報が入っているため、注意しろ。

 なお、敵ネクストと僚機に関するデータは添付された資料を参考にするように。

 

 これが態々やって来た本社付きのオペレーターからの依頼内容の説明だった。

 

 

 

 

 「…で、今に至ると。」

 『何を言っている?』

 「いえいえ、お気になさらず。」

 

 現在、輸送機で作戦エリアに向けて移動中です。

 既に輸送機内には僚機の独立傭兵とそのオペレーターが同行しており、今こちらに話し掛けてきたのはそのオペレーターの方だ。

 肝心の僚機だが、驚いた事にあのストレイドのリンクスだった。

 どうして彼らがこの依頼を受けたのかは不明のままだが、あの『カスミ・スミカ』と『首輪付き』がいるのなら、少なくとも負ける事は無いだろう……ボクが戦死する可能性は消えないけれど。

 まぁ、心強い友軍がいる事には変わりは無いので、頼りにさせてもらおう。 

 妙な遣り取りをしているボク達が気になったのか、いつものGAのオペレーターが声を掛けてきた。

 

 『気にしねぇ方がいいさ、このガキは腕はそこそこだが、オツムが今一つだからな。』

 「なんでボクが異常者扱いなんですか!?」

 『そうか…。』

 「納得された!?ってその哀れみを込めた目を向けないで!!?」

 

 なんだが話が妙な方向にいっている……むぅ、ここは状況の打開を図るべきか。

 

 「あなたまでそんな事言いませんよね、ね!?」

 『………。』(プイッ)

 「視線すら合わせて貰えない!?」

 

 ショックだよ、色々とショックだよ!!

 クールに全無視かと思いきや、気まずそうに目を反らされたよ!?

 ここに、ボクの味方はいないというのか……。

 orzとばかりにボクが落ち込んでいると、見かねたGAオペレーターが声を掛けて来た。

 

 『そろそろ作戦領域だ、準備しろよ。』

 

 途端、先程までのふざけた雰囲気は消え去り、ピリリとした雰囲気が広がる。

 ボクも素早く計器類に目を通し、機体の状況を確認していく。

 こういった事には手を抜かないのは、リンクスなら当然の事だが、それにしても『首輪付き』のそれは堂に入っていた。

 そして時間が来たらしく、GAオペレーターが通信越しに声を張り上げる。

 

 『間も無く作戦領域に到達するぞ、準備はいいな!』

 『…こちらストレイド、行けるぞ。』

 「こちらハウンド・ドッグ、問題ありません。」

 『おし、機体降下開始だ、行って来い!』

 

 そして、濃霧に包まれた空に二匹の山猫が放たれた。

 

 

 

 

 「やはりECMがきついですね…そっちは大丈夫ですか?」

 『あぁ、こちらは特に問題無い……しかし、これでは闇討ちは防げんな。』

 「有視界も遠くまでは無理、レーダーもノイズが多いですから…。」

 

 よくこんな状況でクリアできたもんだよね、原作。

 

 『……来るぞ。』

 

 その時、ボソリと呟かれた言葉に反応できたのは、多分に運の要素が多かった。

 

 「…ッ!!」

 

 一瞬でQBを吹かし、左に向けて回避する。

 その直後、先程まで自身がいた場所に大量の散弾とロケットが着弾した。

 ロケットの爆風と僅かに掠めた散弾にPAが半分近く持って行かれるが、生憎とそれを気にする余裕は無さそうだった。

 

 『今ので殺る筈じゃったが、しくじったのう。』

 『ふん、だからゆっくり料理しようって言ったんじゃないの。』

 

 いた、廃ビルの隙間を縫う様に僅かにブースターの噴射光が見える。

 

 『レッドラム並びスタルカを確認、ブリーフィング通り接近戦に注意しろ!』

 

 セレン女史の言葉と共に、二機の敵ネクストがビルの間を縫う様に、時には飛び越えてこちらに接近してくる。

 

 「近づけなけりゃ…ッ!」

 

 即座にガトリングと拡散バズーカを構え、発射する。

 だが、濃霧と、障害物、敵機の機動性が合わさり、どうしても命中弾が少ない。

 精々がPAを多少削る程度だろう。

 その頃、僚機であるストレイドはというと、ASミサイルとライフルで攻撃しながら正面から接近戦に持ち込もうとしていた。

 ……うをぃ。

 

 「…っああもう!」

 

 見捨てる訳にもいかないので、ボクはストレイドの支援に徹する様に動き始める。

 ハウンド・ドッグは元々支援の方がお似合いの機体であるから特に問題は無いが、もう少し協調性とか無いんだろうか?

 

 『くっ…このッ!』

 

 通信から聞こえる女性らしき音声から、どうやらストレイドはレッドラムと戦闘しているらしい。

 …となれば、僕の方は言わずもがな。

 

 『ワシの相手はお前さんか?』

 「みたいですね。」

 

 テクノクラート所有の唯一の旧型ネクスト、SOLUHをベースにし、左肩に散布型ミサイル「MP-O200」、右肩に五連装ロケット「CP-51」、左腕にマシンガン「VANDA」、そして右腕にはネクストすら一撃で破壊可能な大型物理ブレード「KIKU」を装備した、テクノクラート唯一のリンクス。

 

 『ほいじゃぁ始めるか。』

 

 No.19 ド・スとその乗機スタルカが物理ブレードを構えつつ、背後から迫ってきた。

 

 

 

 

 『このッ、いい加減当たりなさい!!』

 「……。」

 

 ペットがスタルカと戦闘を開始してから数分後、他にも同エリア内で戦闘するネクストがいた。

 No.15 シャミア・ラヴィラヴィとその乗機レッドラム。

 アルゼブラ製軽量四脚、DUSKARORをベースにした機体に左背中にスラッグガン「KAMAL」、右背中にOMER製レーダー「RDF-O200」、右腕のアサルトライフル「ACACIA」、左腕にショットガン「MBURUCUYA」を装備したレッドラムは、地上での高機動戦闘に優れ、高いPA減衰、貫通力を持った散弾を利用した攻撃もあり、シャミア自身も状況戦を得意とする事から、濃霧に包まれたPA-N51エリアならば戦闘でかなり優位に立てる……筈だった。

 

 『…ッ…グッ!?』

 

 自身が盾にしたビルが散布型ミサイルにより崩され、爆発の余波で機体が揺さ振られる。

 そして機体が露になった途端、的確にライフルの弾丸がこちらのPAを削り、貫通し、損傷を与えてくる。

 しかし、その想定を当て嵌めるには、相手はあまりに強大で、異常だった。 

 こちらの放つライフルと散弾は敵機のPAすら掠める事無く回避される。

 対して、空中から敵機の放つライフルと散布型ミサイルは的確にこちらを捉えており、必死に回避せざるを得ない。

 

 (この、この…ッ!…私が、この状況で押されるなんて!!)

 

 真性のサディストで知られるシャミアにとって、この様な状況は屈辱以外の何者でもなかった。

 しかし状況を打開しようにも、何かと口煩いが頼りになる僚機はもう一人の敵機の相手をしており、現在自身一人でこの難敵に対峙せねばならない。

 ビルの合間を縫う様に高速で機体を移動させつつ、現状の打開策を練る。

 その合間に両腕のショットガンとアサルトライフルで攻撃するものの、上空にいる敵機には当たり辛く、簡単に回避され、直ぐにビルの陰に隠れてしまう。

 しかし、彼女の敵はその時間を許す程鈍くは無い。

 

 『………。』

 

 ビルの合間から、まるで見えているかの様にレッドラム目掛けてライフルが放たれる。

 まるで狙撃銃の様な精密な射撃だが、幸いにも単発であったためにPAを削るだけで機体に損傷は無かった。

 しかし、その無駄に見える行動が、シャミアにはあたかも挑発しているかの様に思えてしまう。

 まるで、何時でもお前を狙えるぞ、と言わんばかりに。

 

 『ガキがッ!!調子に乗るんじゃないよ!!』

 

 元々あまり忍耐力の無い彼女はこの状況で、即座に低い沸点を超えた。

 そして、怒りに沸く頭で、彼女は打って出る事を決めた。

 装甲の薄く、近距離戦向けのレッドラムならば確かに持久戦は不向きだし、打って出る事で流れを掴む事も出来るかも知れない。

 そして、青いネクストを視認するや、高速でビルの合間を縫う様に接近、ショットガンとアサルトライフルを斉射しつつ、突撃していく。

 彼女の十八番である散弾突撃、これに敵機の背後へと回り込む機動を加える事で、この様な状況に限り、彼女は上位リンクス級の実力を発揮する。 

 

 しかし、彼女の敵はそれを上回る。

 

 ストレイドはビル街を回り込む様に進むレッドラムを捕らえると、即座に反転、ビル街の上空を飛び、距離を取る。

 無論、陸上での機動性に優れるレッドラムに機動性重視のアセンブルをしているとは言え、中量二脚のストレイドでは逃げ切るには速度が足りない。

 空中から散布ミサイルとライフルで攻撃を続けるストレイドにレッドラムは回り込む形で急速に接近、ショットガンとアサルトライフルを叩き込もうと乱射する。

 しかし、空中に浮かぶストレイドは、地上から乱射される攻撃を悉く回避し、先程と同じ様にライフルだけでの攻撃を続ける。

 そのやる気の感じられない攻撃に、シャミアのボルテージは益々上昇していく。

 

 『いい加減に、落ちなッ!!』

 

 レッドラムが背部のスラッグガンを展開し、広範囲に散弾をばら撒く。

 無論ストレイドは回避するが、今度は完全に回避し切れず、PAを大幅に削られた。

 

 『あはははッ!!風穴を開けてあげるッ!!』

 

 狂喜を露にしながら、レッドラムはスラッグガンを乱射する。

 それに対し、ストレイドはASミサイルとライフルで反撃するが、火力の差が大きく、押され始めてしまう。

 QBで後退し、距離を取ろうとするストレイドに、レッドラムは更に距離を詰めていく。

 

 『……。』

 

 しかし、追い詰められている筈のストレイドは飽くまで冷静なままだった。 

 そして勢い付いたレッドラムが更なる突撃を行おうとした時、ストレイドが動いた。

 展開していた散布ミサイルを即座にパージ、その場から後退する。

 機動だけを見るのなら、先程と変わらない。

 シャミアも特にその行動に疑問を挟まず、重量軽減を狙ったのだと考えると、無視を決め、そのまま機体を前進させた。

 

 そこが分かれ目だった。

 

 『がぁ…ッ!?』

 

 何の前触れも無く、レッドラムの全身に巨大な爆発が襲い掛かった。

 その爆発は容易にPAを減衰、消失させ、機体の装甲を焼き、フレームを歪ませる。

 その衝撃に搭乗者たるシャミアは、一瞬だけであるが、意識が完全に途絶えた。

 説明すると至極簡単な事で、パージした散布ミサイルのミサイル発射口をストレイドが撃ち抜いたのだ。

 無論、高速で戦闘する中、ネクストのパーツの中では比較的小型のMP-O203の限られた部分を撃ち抜く事が簡単は筈は無い。

 ビル街という直線に近い環境で、機動を後退に限定し、更に敵機がタイミング良く近づいた瞬間に撃つ事で、難度の低下と効果の上昇を狙ったのだ。

 高速戦闘中にやるよりはまだマシな状況であるが馬鹿馬鹿しい程の難易度である事は変わらない。

 しかし、『首輪付き』はそれを成功させた。 

 そして、ここまで来れば後は結果は一つだけだった。

 ストレイドは爆発を確認した瞬間に後退を止め、OBを機動する。

 音速をも超えた『迷い猫』は一瞬でレッドラムに肉薄、左腕の射突ブレードでレッドラムを打ち抜かんとした。

 

 (まだ、まだ…!!)

 

 だが、鉄杭が到達する直前、シャミアは辛うじて意識を取り戻した。

 そして視界に広がる敵機に対し、半ば反射的にスラッグガンとアサルトライフルを放つ。

 本来ならAAを使用したい所だが、先の爆発でPAは跡形も無く吹き飛び、回復し切っていなかった。

 しかし、その攻撃も、ストレイドにとって対処可能な障害でしかなかった。

 突然視界を埋め尽くした緑の閃光に、シャミアは一時的に視界を遮られ、極僅かに回復し始めていたPAは再度散らされてしまう。

 敵機の使用したAAは、こちらの攻撃を無効化し、更には反撃の手段すら封じてしまった。

 AAを発動したため、OBこそ停止したものの、停止する訳でもなく、殆どそのままの勢いでストレイドが突っ込んでくる。

 それでも諦めずにアサルトライフルを撃ち続けたのは、単に意地か?それとも他に理由があったのか?

 何れにしろ結果は変わらず、死に行く彼女が最後に見た光景は、自身を打ち抜く鉄杭とそれを振るう敵機の姿だった。

 

 

 

 

 『……。』

 

 つまらない、と『彼』は感じていた。

 濃霧、ECM、ビル街を利用した点は見事だったが、如何せん陸戦だけでは自分には勝てない。

 「キレた女」というオペレーターの言葉を鵜呑みにした訳ではなかったが、やはり落胆は隠せなかった。

 戦術を駆使する敵は先日もいたが、前回程の歯応えは感じられなかった。

 やはり、この程度の相手ではつまらない。

 もう一人の敵と僚機が戦闘している方向に行こうかとも思ったが、今は気が乗らなかった。

 

 (事が起こるのはもう直ぐ、なら焦らずに待つべきか。)

 

 自身の欲求を満たしてくれるだろう強敵達。

 今、彼が望むのはそれだけだった。

 

 

 

 

 …………………………………………………………………

 

 

 

 

 「ああもう、厄介な!!」

 

 一方、レッドラムが撃破される少し前、スタルカとハウンド・ドッグの戦闘が続いていた。

 

 『ええ加減に諦めろ、小僧っこがワシに勝とるかい。』

 

 先程からガトリングと拡散バズーカで弾幕を形成し、接近を許していないハウンド・ドッグだが、その実、追い込まれているのはペットの方だった。

 

 「そういう訳にもいかないんです、よっと!」

 

 背後に回り込もうとするスタルカに牽制代わりに拡散バズーカを見舞う。

 無論あっさり回避されるが、牽制が目的なので悔しくは無い……ホントダヨ?

 一方、スタルカの方もそこまで余裕がある訳では無かった。

 既に二機の周囲は瓦礫だらけになっており、遮蔽物の無い状態では奇襲も出来ず

早々に決着を付ける事が出来ない。

 それは自身と僚機にとって非常に不味い事態だった。

 目の前の白いGAのネクストは、然して梃子摺る事は無いだろうが、こいつの僚機が問題だった。

 先程チラリと見ただけだったが、アレは不味い。

 恐らくレッドラムでは勝てない。

 それは、自身が実戦の中で培ってきた、確率の高い予想だった。

 二機がかりでも勝てるか解らない相手に(勝てたとしてもどちらかが死ぬだろう)、味方を一人で挑ませるのは無謀過ぎだった。

 如何に気に入らない女だったとしても、それとこれとは別と彼は考えていた。

 そのためには、目の前の五月蝿い敵を討たねばならないと、彼は現状を打破する為、思考を加速させていった。

 

 一方、スタルカと戦闘を続けるペットも同じく、高速で思考を展開していた。

 自身…ガトリング70%、拡散バズーカ40%、垂直・連動ミサイル100%、装甲小破、間接、ジェネレーター、カメラアイ問題無し。

 敵…消耗ほぼ無し、物理ブレードによる接近戦に注意。

 状況…上空の濃霧、地上のビル街、ECMによりレーダー及びロックオンに障害を確認。

 結論…全体的に不利、増援を頼らずに勝利するのは難しいが、不可能ではない。

 …それじゃ、頑張りますか。

 殆ど一瞬で現状の把握を終わらせ、戦術プランを立てていく。

 

 (突撃した所で相手の思う壺、とは言ってもこのままじゃジリ貧だし……。)

 

 マシンガンにPAを削られながらガトリングガンで反撃しつつ、ペットは生き残る為の思考を緩めない。

 

 (ジェネレーターとコクピットにさえ直撃を貰わなければ死にはしない…多分……だったら……。)

 

 拡散バズーカがはずれ、廃ビルの一つが粉々になるのを視界に入れつつ、ガトリングガンで飛来するロケット弾を迎撃していく。

 

 (やっぱり、いつも通り一か八か、か…。)

 

 戦術プランの組み立てを終え、ペットは漸く攻めに転じつつ、移動を開始、自身の有利な場所を探して移動を開始した。

 なるべく被弾を避ける様に廃ビルを盾にしながら、機体を廃ビルの密集地に移動させていく。

 また道中に敵機をガトリングガンで牽制しつつ、左腕の拡散バズーカから背中の垂直ミサイルに変更する。

 そして、やや大きめのビルを背にする様な位置に陣取り、準備が完了した。

 後は、自身の腕と運、相手の出方次第だ。

 

 

 

 

 一方、ド・スの方も相手がビルの密集地に入ったのを見て、自身も移動を開始し、時折廃ビルの合間からロケット、散布ミサイル、マシンガンで攻め続けた。

 ド・スは敵機が何か企みがあって行動している事を察知し、ハウンド・ドッグの一挙手一投足すら見逃すまいとカメラアイから送られてくる映像とレーダーの反応に気を配っていた。

 しかし、もし何らかの策があったとしても懐に入りさえ出来れば確実に勝利できるとも考えていた。

 主に装甲と火力を生かした重砲撃戦を想定しているGA製ネクストに対し、彼の乗機スタルカは身の軽さと低負荷を生かした高機動戦闘を得意としている。

 右腕に装備するKIKUならば、重装型タンクやAFすら一撃で破壊できる。

 嘗て潜り抜けた戦いの中でも、この武器は自身の愛機と共にあり、多くの敵を穿ち、勝利してきた。

 今日もその勝ち星が増えるだけだが、今回は僚機が危険なため、急いで決着を付け、応援に行かなければならない。

 そう考える中、ド・スにはハウンド・ドッグの動きが止まった事に気付いた。

 

 (一体、何をしようるつもりじゃ?)

 

 背水の陣とも言おうか、ハウンド・ドッグは大きな廃ビルを背にした状態で、まるで狙ってくださいとでも言う様に動きを止めていた。

 明らかに誘っていると確信できる。

 しかし、こちらとしては乗るしかない。

 先程からの戦闘で、既に背中のロケットと散布ミサイルは既に結構な量の弾薬を消費している。

 弾数の豊富なマシンガンならまだしも、これ以上消費してしまっては、もう一人の敵を相手にするには不安が残る。

 これ以上の戦闘継続は望もうとしても望めない。

 となれば、やはり接近し、懐に飛び込んでの一撃しかない。

 だが正面から行けば、圧倒的な火力に晒されてしまう。

 なら、どう懐に潜り込むか…。

 ド・スは素早く周囲の状況を把握し、数秒でプランを考えると、即座に行動を開始した。

 まず敵機の正面にある廃ビル郡の合間からマシンガンを散発的に降らせていく。

 PAがやや削られるだけで、実弾防御に優れる敵機には何の損傷も与えられない。

 しかし、これは元々相手の気を逸らすためのものだ、撃破が目的ではない。

 幾度かマシンガンを撃った後、やや大回りしながらもOBを利用し、高速で敵機の背にあるビルの後方に回っていく。

 そしてビルを挟んだ敵機の真後ろに移動し終えると、左腕のマシンガンから散布ミサイルに変更、敵機がいるであろう位置に散布ミサイルを撃ち込んだ。

 その結果、当然ビルは倒壊を始めた。

 ビルの瓦礫に押し潰されてくれれば良いのだが、ネクストのPAも装甲も生半可な質量では破壊し切れないため、期待するだけ無駄だろう。

 ビルの粉塵と雪が舞い上がる中、ド・スは機体を敵機がいるであろう位置に突撃させる。 

 ド・スが行ったのは陽動、工作、突撃の三点。

 ハウンド・ドッグから敵の攻撃が止んだと思ったら、突然ビルが崩れ、『目』と『耳』が塞がれたのだから、少なからず動揺するだろう。

 後は、混乱した敵機に射突ブレードを叩き込めば良いだけだ。

 そしてスタルカが射突ブレードを構えた時、変化が起こった。

 スタルカの正面にある粉塵、それが微かに揺らいだと思ったら、突然白い敵機、ハウンド・ドッグが躍り出て来たのだ。

 

 (読まれたか!じゃけど、この距離なら外さん!!)

 「抉らせてもらうで、GA!!」

 

 

 

 

 (その一撃を待ってたんだ!)

 

 ペットは舞い上がる粉塵に誤魔化されずにレーダーと敵機のOBの噴射光からかなり正確にその位置を把握していた。

 そして、その目的が懐に入っての物理ブレードを狙ったものだと言う事も予想していた。

 その予想も正しく、今自分の目の前には今にも物理ブレードを突き出さんとするスタルカの姿があった。

 最早どうあってもその動きを止める事は出来ないだろう事は簡単に解った。

 この距離では最上位の軽量機体に乗るリンクスと言えども、回避は非常に困難な事だろう。

 なら、避けない。

 避けられないのなら、避けようとする必要は無い。

 寧ろ、こちらの狙いはその攻撃が命中する事なのだから。

 

 (狙いはコア中央!だから…!)

 

 スタルカと正面から向き合う姿勢だった機体を、何時でも動かせるようにしながら前進する。

 そして、スタルカが左腕を突き出した瞬間に合わせ、機体を半時計回りに半身になる様に動かした。

 無論、回避するには到底間に合わないタイミングだった。

 ハウンド・ドッグのPAが一瞬で突破され、必殺を込められた一撃が襲い掛かった。

 その一連の行動の結果として、コアを狙った筈のスタルカの一撃は、勢い良くハウンド・ドッグの右肩を貫いただけに終わった。

 そして肩から灼熱の如き激痛が襲い来る中、その痛みに既に覚悟完了済みだったペットは涙目になりつつも、予定通り機体を動かしていった。

 

 

 

 

 (ちっ、しくじったか!?じゃけど…!)

 

 スタルカは必殺の一撃が狙ったコアではなく右肩を貫いた事実に舌打ちしつつも、速やかに離脱を試みた。

 しかしその前にハウンド・ドッグが残った左腕で、右肩が貫通した鉄杭で歪むにも関わらず無理矢理にスタルカに抱きついて来た。

 

 「な、男に抱き付かれる趣味は無いんじゃ!!」

 

 思わず振り払おうとするのだが、片腕とは言え重量級の機体を軽量級の機体が振り払うのは難しく、一向に離脱できない。

 

 『漸く動きが止まりましたね?』

 

 ゾクリと、冷静さを失っていない敵の声に冷や汗が走った。

 

 (やばいッ!!)

 「ここからは我慢比べですッ!!」

 

 ペットが宣言と共にAAを至近距離から発動する。

 スタルカのPAが急速に減衰し、機体に大きく損傷が与えられていく。

 こちらのPAも消失したが、それに見合うだけの結果が既に目の前にあった。

 自機の腕の中に拘束されているスタルカは、既に中破の状態でありながらも必死に拘束から抜け出そうと抗っているが、それを許す程ペットは鈍くは無い。

 左背中の垂直ミサイルと連動ミサイルをスタルカにロックし、躊躇い無く発射した……自機の腕の中にいるスタルカに向けて。

 

 『ご、があぁぁッ!!?』

 「あだだだッ!?」

 

 勿論、ミサイルは標的たるスタルカだけでなく、それを放ったペットににも容赦無く目中していく。

 上空から垂直ミサイルが迫り、二機に平等に降り注ぎ、連動ミサイルから発射されたミサイルは多くが地面とスタルカに命中し、爆風と破片がスタルカとハウンド・ドッグ双方に容赦無く襲い掛かった。

 ハウンド・ドッグはGA製ネクストの特徴として高い実弾防御を誇っており、多少の被弾なら実弾兵装である限り、例外はあるが(有澤製グレネードや物理ブレード、スナイパーキャノン等)然程大きなダメージは受けない。

 しかし、軽量機にしては実弾防御と安定性が高い程度のスタルカにとって、PAの無い状態でのこのダメージは正に致命的だった。

 見る間に装甲が砕け、飛び散り、機体の内部構造が露にされ、破壊されていく。

 あっと言う間にスクラップ同然の状態に追い込まれながらも、最後まで足掻き続けたのは、やはり意地だろか?

 

 『ワシらしいの、つくづく…。』

 

 それがペットが耳にしたド・スの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 ペットの戦術の前提として、相手が懐での近接格闘戦か距離を取っての中距離射撃戦のどちらかを選ぶ必要があった。

 射撃戦を選ぶのなら、ミサイルやガトリングガンで周囲のビル街を焼き払って視界を確保した後、本格的に攻撃を開始する予定だった。

 格闘戦ならば、敢えて自身を攻撃させ動きを止め、先程の通りに自爆覚悟の攻撃を行う。

 技量、経験に勝り、相性の悪い相手に勝つには自分の土俵に引き込むべし。

 その考え自体は大して珍しくも無い戦術だが、ペットの行ったそれは余りに無理矢理であり、運の要素が大き過ぎた。

 しかし結果としては中破に近い状態になりつつも、耐久力比べという自身の得意な状況に持ち込む事でスタルカの撃破に成功したのだった。

 

 「あ~……帰って侍女長の紅茶が飲みたい…。」

 

 当の本人は既に脱力し、この有様であったが。

 

 

 

 

 背後から迫っていた最後のSELJQを、振り向き様にライフルで撃ち抜く。

 一拍遅れて爆散したノーマルには目も向けず、直ぐにレーダーで周囲を確認し、漸く周囲の敵機を掃討した所で一息ついた。

 

 『ご苦労だったな。向こうも終わった様だし、ミッション終了だ、帰還するぞ。』 

 「…了解。」

 

 オペレーターの声に短く返答し、機体を指定された座標、輸送機の待機場所へと向かわせる。

 先程4脚のネクストを撃破した後、バーラット部隊が増援として登場した。

 僚機はもう一機のネクストに掛かりきりになっており、自信が動くしかなかった。

 折角僚機が面白そうな事をしているのを眺めていたのに、邪魔をされたのはそれなりに不愉快だった。

 また、ノーマルを一機残らず僚機を邪魔しない様に撃破するのはそこそこ骨が折れたが、エリア内を飛び回りつつ様々な角度から観察できたので良しとしておく。

 それに物理ブレード持ちのノーマルを物理ブレードで撃破するのは中々難しかく、面白かったので、それなりに満足できた。

 自身が今の僚機と対戦してからは、反射神経と技量のみに頼りっ放しであった状態から自分なりに戦術を駆使する様になった。

 少し頭を使うだけで損傷を抑える事が出来るのなら、その努力を怠るべきではない……単に痛かっただけもあるが。

 

 やはり『彼』は面白い、強くは無いけど面白い。

 

 「首輪付き」は一人楽しげにそんな事を考えながら、輸送機のある座標へ向けてブースターを噴かした。

 

 

 

 


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