ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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太陽と黄昏の怪物祭—逆境—

 

 怪物祭が始まり、演目は順調に進んで行った。

 そして始まったベルとヒュアキントスの決闘は白熱した展開になり、最終的にはヒュアキントスの身体は地に伏し、少年の勝利で終幕を迎えた。

 

「あら、もう決着が着いたのね」

 

 その光景をバベルの塔から『鏡』を通じて見ていたフレイヤはそう口にする。

 

 『神の鏡』。

 虚空に浮かぶその鏡は、下界の指定した場所を覗くことができる神の力(アルカナム)

 以前にもベルとミノタウロスの戦闘をその力を用いて覗いていたフレイヤ。彼女は今回も神の鏡を使って闘技場の決闘を眺めていた。

 本来なら私用で神の鏡を使用することは厳禁だが、美の女神は他の男神達を誑かすことで、この神の鏡を密かに使用していた。

 

「悪くはなかったけど、あの時より魂の輝きが劣っているわ。やはりアポロンの子ではあの子の相手として相応しくなかったようね」

 

 神の鏡で決闘の決着を見届けたフレイヤは物足りない表情を浮かべ、視線をグロスに向ける。

 女神の視線の意味に気付いたガーゴイルは厳かに口を開く。

 

「出番カ。アソコニ飛ンデ件ノ人間ト戦エバイイノダナ?」

 

「えぇ貴方には期待しているわ、知性あるモンスターさん」

 

「フン」

 

 女神の言葉にグロスは不服げに返事をし、バベルの塔から身を乗り出す。

 そして塔から飛び降りたガーゴイルはすぐに翼を羽ばたかせ、遠くに見える円形闘技場を目指して飛んでいく。

 

「オッタル、後は頼んだわよ」

 

「お任せください。この試練、誰にも邪魔はさせません」

 

 ベルに新たな試練を与えたフレイヤは、オッタルに一つの命令を下す。

 女神の命を受けた猛者は彼女に一礼すると、外に控えていた一人の女団員と入れ替わった後、恐ろしい速さで闘技場へと駆けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいガネーシャ、あのモンスターはなんや!?」

 

「俺にも分からん!」

 

 場所は変わり、闘技場の貴賓室。

 突然現れたガーゴイルについて問いただすため、ロキはガネーシャに詰め寄っていた。

 

「ハッ倒すぞ自分。モンスターが自力で地上に進出するのは不可能や。ということはつまり…」

 

「もしや、団員たちが捕獲したモンスターが逃げ出したのか…!?」

 

 最悪の展開を考えて天を仰ぐガネーシャに、隣に控えるシャクティは口を挟む。

 

「いや、それはありえない。捕獲したモンスターの中にガーゴイルは含まれていないからな」

 

「それは本当かい、シャクティ?」

 

「フィンか」

 

 先程まで別の場所でベルの決闘を見ていたフィンであるが、状況を正確に把握するために複数の団員を伴って貴賓室へと姿を現した。

 

「あぁ間違いない。何ならリストを見せても構わない」

 

「いや、君の言葉だけ十分だ。つまり、あのモンスターは【ガネーシャ・ファミリア】が捕獲したものではなく──」

 

「──第三者の仕業っちゅうわけやな、フィン」

 

 フィンの言葉を引き継いで、ロキがそう口にする。

 そして彼女は隅で放心状態で座り込んでいる男神をギロッと睨む。

 

「まさかこれも自分の仕業か、アポロン?」

 

「ち、違う!私は何も知らない!本当だ、信じてくれロキ!!」

 

「そんな汚い顔で近寄るな、ボケ!」

 

 涙で顔がグシャグシャになった状態で自分にすがり付いてきたアポロンに思わずロキはビンタしてしまう。

 ぐへっと悲鳴をあげて地面に転がったアポロンは、その後も「本当に何も知らないんだ…」とうわ言を繰り返していた。

 

「その反応…ホンマに知らんようやな。しかしそうなると、誰の仕業や?」

 

「あのガーゴイルは明らかに誰かの命令でベルを襲っている。しかも今までの戦闘を見る限り、ベルを殺す意思は限りなく薄いように思える」

 

 フィンの意見にロキやシャクティが同意する中、今まで黙っていたアイズが口を開く。

 

「フィン、あのモンスター…既に傷ついている」

 

「あぁ、左腕と首の後ろだね」

 

「つまり傷を庇っているせいで、ベル・クラネルへの攻撃が疎かになっているということか?」

 

 シャクティの言葉に、アイズは首を横に振って答える。

 

「怪我で全力を出せないのは確かだけど…明らかにベルに致命傷を与えないよう手加減しているように見える」

 

「モンスターが手加減…そんなことが有り得るのか?」

 

「確かにそんなモンスター今まで聞いたことないけど、僕もアイズの意見に賛成だ。敵が本気を出していたら今頃ベルは立っていないだろう」

 

「まだうちの団員が捕まえたモンスターが逃げ出していた方が話が早かったが………我々があのガーゴイルを倒しに行くのは下策だと思うか?」

 

 判断に悩み、頼れる頭脳を持つフィンに尋ねたシャクティであったが、彼の表情は苦かった。

 

「君の想像通りそれは得策ではないね。多くの観客がこの状況を怪物祭の一環だと勘違いしてしまっている中、僕達が動くのは悪手だ」

 

 フィンの言葉通り、観客達はこの一連の出来事は怪物祭の演目の一種だと思い込んでしまい、ベルが格上のモンスター相手をどう戦うのか興奮しながら見守っている。

 だからそこ、ガーゴイルという強大な怪物が地上に現れたというのに、大きな混乱は見られないのだ。

 しかし、それはあくまでガーゴイルが用意されたモンスターだと観客達が誤認しているから危機感なく観戦できている。

 

「この状況で第一級冒険者がいきなり出てきてモンスターを討伐したら彼らはどう思う?」

 

「ベル・クラネルとガーゴイルの戦いは怪物祭の演目ではなく、イレギュラー…つまりモンスターが地上に逃げ出してしまったため討伐されたと思うだろうな」

 

「あぁ、僕達があのガーゴイルを討ってしまうと逆に民衆に不安を与えることになってしまう」

 

「そうなれば怪物祭を運営するうちのファミリアの信頼も大きく下がることになる……都市の憲兵としてはあってはならないことだな」

 

 ベルとガーゴイルの戦闘に手を出すことは悪手であることをこの場にいるメンバーに共有したフィンは話を進める。

 

「既に団員達には僕が合図を送るまで静観するよう伝えてある」

 

(本当にベルの命が危なかったら飛び出す団員も多いだろうけど、嫌に親指が疼く…)

 

 ベルとガーゴイルの戦闘は、明らかに第三者の意思が介在している。 

 しかもその存在は、ベルに対する執着心がとても強いようにフィンは感じた。

 

(裏で糸を引くその人物が、ベルを助けようと動いた団員を黙って見過ごすことなんてありえるのか?)

 

「フィン、どうしかしたか?」

 

「いや、何でもないよ。それとシャクティ、改めて君の団員達にもガーゴイルには手を出さないよう伝えてくれ。今は敵の正体と狙いを探ることを優先する」

 

 フィンの言葉に頷いたシャクティは、すぐに他の団員に命令を下す。

 そして自身がモンスターを調教する立場だからこそわかる情報をフィンに伝える。

 

「あのモンスターが調教されているのなら、近くに奴を操っている調教師がいるはずだ。闘技場の内部に怪しい者がいないか団員達と共に捜索を開始する」

 

「わかった。闘技場の外側は【ロキ・ファミリア】に任せてくれ。それとアイズ、君には別の命令がある」

 

「私は何をやればいい、フィン?」

 

「ベルが真に危なくなったとき、あのガーゴイルの討伐は君に任せる。そして重要なのが、そのとき何らかの妨害が入る可能性が高い」

 

「!それって…」

 

「ベルのことは君に任せる。最悪、ガーゴイルや妨害に来た者を倒せなくても構わない。頼んだよ、アイズ」

 

「…わかった、フィン。ベルのことは私に任せて」

 

 アイズと視線を交わしたフィンは、フッと微笑むと最後に眼下で繰り広げられる戦闘を一瞥する。

 ガーゴイルに吹き飛ばれて宙を舞うベルの視線が、フィンの姿を捉えた。

 

(ベル、今の君ではそのガーゴイルに勝つのは難しい。だけど、まだ君には残している切り札があるだろう?)

 

 フィンは自身の()を指差す。

 それはベルが吹き飛ばされる間での一瞬の出来事であったが、勇者の助言は確かに少年へと届くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルは何度もガーゴイルに挑み、その度に相手の一撃によって吹き飛ばされた。

 力で劣り、耐久で劣り、器用で劣り、そして最もベルの中で高い敏捷でさえ相手に劣る。

 絶望的な状況で少年が選んだのは速攻魔法であった。

 

「【ウインドボルト】!」

 

 自身に迫り来る右腕を魔法で迎撃する。

 石の装甲を貫くことはないが、それでもベルが回避するまでの時間を作れた。

 ───ただし、それだけであった。

 

(やっぱり僕の魔法だと相手にダメージを与えられないッ!)

 

 本来なら物理に強く魔法に弱いはずだが、目の前のガーゴイルはベルの魔法を喰らっても石の装甲に軽い傷が付くのみであった。

 

 しかも段々と相手の攻撃が激しくなっていくため、それを捌くためにもベルは速攻魔法を使わされて(・・・・・)いる。

 マインドが徐々に失われていき、おまけに速攻魔法を使っても避けきれない攻撃があり、ベルの身体はボロボロに傷ついていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 着実にダメージが蓄積していく中、少年の目には未だ強い光があった。

 

(まだだ…諦めなければ勝機はあるはずだ…ッ!)

 

 そして再度突撃したベルを待ち受けていたのは、ガーゴイルにとって第三の腕である双翼。

 新たに攻撃に加わった石の翼による一撃は避けきれずに少年の腹に喰い込む。 

 

「ガハッ!?」

 

 そのまま後方へと吹き飛ばされる中、偶然にも遠くでこちらを見つめるフィンとベルの視線が交わる。

 その瞬間、ベルの脳裏にリヴェリアとのやり取りが想起された。

 

『いざというときはフィンの教えを思い出せ。それが状況の打破に繋がるはずだ』

 

(フィン、さん…)

 

 ベルの視線の先で、フィンは自分の耳を指して静かに微笑んでいた。

 言葉はなかったが、ベルにはフィンが言わんとすることが確かに伝わった。

 

(ありがとうございます、フィンさん。まだ僕のことを信じてくれて)

 

 ベルはフィンとの鍛練中の一幕を思い返す。

 それは鍛練最終日に伝えられた、少年の新たな力の扱いについて。

 

『いいかいベル。不測な事態や劣勢な状況に追い込まれたときには迷わず使うんだ』

 

『ですがフィンさん、今の僕では扱い切れないから今回の決闘では使わない方針だったんじゃ…』

 

『確かにその通りだ。僕の予想した通りなら君は間違いなくヒュアキントスに勝てる。しかしこの力(・・・)を使った場合、最悪制御できずに自爆する可能性がある。ここまではいいかい?』

 

『はい、大丈夫です』

 

『問題は僕ですら見通せなかったイレギュラーが起きた場合だ』

 

 その状況でもし発動できるチャンスがあれば迷わず新魔法(・・・)を使えとフィンは言う。

 

『君に発現した新たな魔法は諸刃の剣だ。しかし、だからこそ強力な力を持つ。それこそ、自分より強い者を倒せるほどにね』

 

(新しく発現した僕の魔法…使うなら、ここしかない!)

 

 走馬灯のように一瞬で想起された記憶を見ている間に、宙に舞っていた身体は地面へと衝突しようしていた。

 何度も攻撃を喰らったことで受け身だけはしっかり取れるようになったベルは、すぐに立ち上がるとガーゴイルを正面から見据えた。

 

「すぅ…はぁ…」

 

 大きく息を吸って、吐く。

 戦闘中にはあり得ない行動に、敵はじっと動かずベルの様子を見守る。

 

(相手は僕が攻撃するまで攻めて来ない。この特殊な状況だからこそ、この魔法を使うことができるッ!)

 そしてベルは唱える──新たに発現した新魔法を。

 

「【我が耳に集え、全ての音よ】」

 

 それは短文詠唱でありながら、強力な魔法。

 しかし発動してから安定するのに時間がかかりすぎてしまうため、実戦ではまだ使えない判断されたベルの魔法。

 

 その魔法の名は───、

 

「───【エンハンス・イアー】」

 

 

 

 






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