ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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太陽と黄昏の怪物祭—決闘—

 

『それでは───決闘開始!』

 

 戦闘開始を告げる鐘の音が円形闘技場に響き渡った瞬間、ベルは一陣の風になってヒュアキントスに襲い掛かっていた。

 

「っ!?」

 

 迫りくる短刀の初撃を長剣で防いだヒュアキントスであったが、後少し反応が遅れていたらその一撃を喰らってしまっていた事実に内心で驚愕する。

 

(ハッ、私が油断している最初の瞬間を狙っていたようだが、甘かったな三下が!俺とお前とでは冒険者としの格がちがっ───)

 

 そんなくだらないことを思考しているヒュアキントスであったが、すぐにその余裕がなくなる。

 

「ふッ!!」

 

 二撃、三撃、四撃。

 次々とベルの両手から放たれる二振りの短刀により放たれる斬撃。

 隙を見て反撃しようと考えていたヒュアキントスを嘲笑うかのように苛烈さが増してくるベルの攻撃速度に、彼は防戦一方になる。

 凄まじい速度で攻撃を繰り出すベル。

 これが速さ重視の威力の弱い攻撃ならヒュアキントスにとって何の問題もなかった。

 あえて一撃喰らい、相手の攻撃の隙をついて反撃に転じることができた。

 しかし、自身に放たれる斬撃を防ぐ際に伝わる手元の武器の衝撃から、恐るべき威力が込められているのを感じ取った。

 

(馬鹿なっ!?敏捷だけでなく、力さえも私のステイタスに迫っているだと…!?)

 

 つい先日まで、ベルのステイタスはヒュアキントスより圧倒的に低かった。

 だからこそ、眼前に広がる異常な光景にヒュアキントスの理解は追いつかない。

 

 そして、彼は一つ勘違いしていた。

 確かにベルの力はヒュアキントスに迫っているが、敏捷に関しては彼の上をいく。

 

「くっ!?」

 

 ベルの攻撃を全て防いでいたヒュアキントスであるが、少しずつ対応は遅れ始める。

 まるでヒュアキントスの間合いを完全に理解しているように立ち回るベルの動きに翻弄され、自身が得意な間合いで戦うことを許してくれない。

 

 そんな二人の熱戦を観客席から見つめるフィンは、未だ自身が置かれた状況を理解できていないヒュアキントスに向けて告げる。

 

「ヒュアキントス、君の敗因は二つだ。一つはベル・クラネルの成長速度を見誤ったこと、そしてもう一つは情報戦を疎かにしたことだ」

 

 とある第二級冒険者のエルフは以前、ベルにこう助言した───第一に己を知り、第二に敵を知ることが大切だと。

 敵の実力や戦い方、使う武器などをしっかりと把握し、自分には何ができてできないかを弁えて戦う。それができれば、例え格上の相手であっても十分に渡り合えると。

 

 そしてこの五日間、フィンは特別な特訓をベルにつけた。

 まずフィンが最初にやったのは、ヒュアキントスの戦闘スタイル、武器、思考について徹底的に調べて精査した。

 ヒュアキントスの戦闘は一年前にフィンがこの目で見たことがあるため、集めた情報と照らし合わせて記憶にあるバトルスタイルに変化がないことを確信した。

 後は彼の現在のステイタスを推測し、彼が愛用する武器に一番形が近い長剣をファミリアの倉庫から見つけ、フィン自身が仮想ヒュアキントスになることでベルと模擬戦闘をひたすら行ったのだ。

 

 余談だが、本来のフィンの獲物は槍であるが、様々な状況を想定して一通りの武器全般を鍛えているため、ヒュアキントス程度の剣技を模倣することは大して難しいことではなかった。

 

『ベル、僕はこれから今のヒュアキントスのステイタスであるLv.3にまで力を加減する。そして戦闘スタイルも同様、ヒュアキントスをできる限り再現して行うつもりだ』

 

『は、はい!』

 

『時間は有限、模擬戦闘の最中に逐次助言していくから、君には戦いの中で修正してもらう。できるかい?』

 

『はい、頑張ります!』

 

『うん、いい返事だ。それではやろうか』

 

 それから五日間、ベルはひたすら仮想ヒュアキントスを演じるフィンとの訓練を続けた。

 最初の内はフィンの動きについていけずに、もろに攻撃を喰らってダウンしてしまうときもあった。

 そのときは回復魔法が使えるリヴェリアや、彼女が不在の時は他の団員が彼を癒し、すぐに戦闘に復帰させた。

 

『これはまた、たった一日ですごい成長やな…』

 

 フィンの指示で訓練の終わりの夜に毎回ステイタスを更新することになった、ベルのステイタスの伸びに驚愕する。

 

************************

 

ベル・クラネル

  Lv.2

 力:I0→G201 耐久:I0→F305 器用:I0→G221 敏捷:I0→F301 魔力:I0→I85

 天運:I

 

************************

 

全アビリティの上昇幅が1000を超えるベルの異常な成長速度に、流石のロキも顔を引きつっていた。

 

 そして模擬戦闘を続けるうちに、次第にベルが打ち漏らすフィンの攻撃が少なくなり、ダメージを喰らう回数も減っていった。

 ただし、二日目の段階ではまだ防御だけで手一杯であった。

 

 三日目。

 ようやくフィンの攻撃をしっかりと防御し、反撃のタイミングを探す余裕ができた。

 しかし、実際に反撃に移すとすぐに強烈なカウンターを喰らってやられてしまった。どうやらあえて隙を作って誘われたようであった。

 

 四日目。

 フィンの攻撃を捌きながら、牽制の一撃を入れることに初めて成功した。

 しかしその一撃はあまりにも軽く、ダメージは期待できない。

 それでも仮想ヒュアキントスにベルの攻撃が初めて通ったのだ。もっとも、気が抜けてしまいその後強烈な一撃を喰らってしまったが。

 

 五日目。

 次の日に決闘を迎えるため、実質今日が訓練の最終日であった。

 初日は助言が多かったフィンであるが、二日目、三日目と時間が進むにつれて口数が少なくなっていった。

 そして最終日には、何一つベルに対して助言することはなくなったのだ。

 それは助言をする必要がなくなったという何よりの証。

 

『お疲れ様、ベル。現時点をもって対ヒュアキントスを想定した模擬戦闘は終了だ』

 

 訓練の最後に、フィンはそう告げた。

 

『はぁはぁ…あ、ありがとうございました!フィンさんのおかげで僕はここまで強くなることができました』

 

『いいや、ここまで強くなったのは純粋に君自身の力だよ、ベル。君は僕の予想を超える成果を叩き出した』

 

 対ヒュアキントスを想定したこの模擬戦闘で、ベルは見事フィンの期待に応えた。

 いや、期待以上の実力を身に付けることに成功したといってもいいだろう。

 ステイタスはもちろん、技や駆け引きなど戦闘技術を大きく向上させた。

 

 ちなみに、以下が五日間のフィンとの特訓を終えた時点のベルのステイタスである。

 

 

************************

 

ベル・クラネル

  Lv.2

 力:SS1012 耐久:SS1092 器用:SSS1209 敏捷:SSS1314 魔力:SS1088

 天運:I

 

 

《魔法》【ウインドボルト】

    ・速攻魔法

 

    【エンハンス・イアー】

    ・付与魔法

    ・自身の聴覚を強化

    ・詠唱式【我が耳に集え、全ての音よ】   

   

《スキル》【英雄熱望(ヒーロー・ハート)

     ・早熟する

     ・英雄を目指し続ける限り効果持続

     ・英雄の憧憬を燃やすことにより効果向上

     

     【命姫加護(リィン・ブレス)

     ・魔法が発現しやすくなる

     ・『魔力』のアビリティ強化

     ・運命に干渉し、加護の保持者に絶対試練を与える

     ・試練を乗り越えるごとに、加護の効果向上

 

***********************

 

 

 そして、時は現在に戻る。

 

 今のベルのステイタスは、前回分の貯金も考えれば十分Lv.3の冒険者と渡り合える実力を秘めていた。

 フィンの見立てでは、力では僅かにヒュアキントスに劣るが、耐久、敏捷、器用のアビリティは同等かそれ以上のポテンシャルをベルは有していると判断した。

 そして、仮想ヒュアキントスとして何度もフィンと戦闘を繰り返したことで、彼の技はベルにとって既知のものになる。

 フィンの優れた洞察力によりヒュアキントスの技や思考は正確に模倣され、模擬戦闘中ベルは本物のヒュアキントスと戦っているように錯覚するほどであった。

 そのため、本来なら冒険者として地力が上のはずのヒュアキントスが、対人戦闘経験に浅いベルにここまで翻弄されているのだ。

 

(ふざけるなッ!この私がこんな格下相手に負けるはず…!?)

 

「シッ!」

 

「なっ!?」

 

 一閃。

 幾度も鋭い斬撃を浴び、少し罅が入った長剣の弱点を正確に狙ったベルの渾身の一撃が入る。

 バキッと真っ二つに折れた愛剣に、ヒュアキントスの思考に空白が生まれる。

 

 そしてその隙を見逃すほど、今のベルは甘くなかった。

 

「ハッ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 右肩に一撃。続いて左胸にも。

 防具越しに強い衝撃が走り、痛みで思わず口から悲鳴が漏れる。

 しかし腐っても上級冒険者。ヒュアキントスはすぐに折れた長剣でそれ以降のベルの攻撃を防いでいく。

 

 ただし、今の攻撃により拮抗は崩れた。

 無視できないダメージを負った身体と折れた長剣でベルの攻撃を防ぎきるのは困難だとヒュアキントスは直感した。

 そして、次にベルの攻撃を喰らってしまったら自身の敗北が濃厚になることを悟ったヒュアキントスは、ここで勝負に出ることにした。

 

「ッ!」

 

「ぐっ!」

 

 ベルの一撃を折れた長剣で受け止めた瞬間、相手の力を利用して後ろに全力で飛んだ。

 

(後ろに飛んだ!?体勢を立て直すためだと思うけど、この機を逃すわけにはいかない!)

 

 ここが勝機だと理解しているベルは、ヒュアキントスを逃がさないために前へと出る。

 

「喰らえ!」

 

 追撃して来ようとするベルに向かって、ヒュアキントスは折れた長剣を全力で投擲する。

 

「!?」

 

 ヒュアキントスを追おうと踏み込もうとした地面目掛けて飛んできた剣に、慌ててベルは足を止める。

 その投擲で地面は抉れ、舞い上がった土煙がベルの視界を防ぐ。

 その間に全力で後方へと跳躍したヒュアキントスは、ベルとの距離を大きくあけることに成功した。

 

 そして、

 

(まさか兎相手にこれを使うとは思わなかったが、背に腹はかえられない。ここで確実にヤツを仕留める!)

 

 本来なら使う予定がなかった切り札をここで切ることを決心した。

 

「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

 

(そうだ、ヒュアキントスさんには魔法がある。ここは相手に時間を与えるのはマズイ!)

 

 詠唱を開始したヒュアキントスを止めようと、土煙の中を突っ込んで前へと疾走する。

 このままでは詠唱が完成する前にベルに妨害されることは火を見るより明らかであったが、ヒュアキントスには秘策があった。

 

(よもや魔法だけでなく、これも使わされるとはな)

 

 懐から取り出すのは小振りな魔剣。

 この決闘には武器の制限がない。

 それを利用して財力がある【ロキ・ファミリア】が実力で劣るベルに複数の魔剣を装備させて決闘に挑んでくることを危惧して用意していたものだ。

 結局、ベルは魔剣を持ち込まずにここまでヒュアキントスを追い詰めたのだが、別にヒュアキントスが使ってはいけないという決まりはない。

 もっとも、一騎討ちの決闘で格下相手に魔剣を使用することはヒュアキントスのプライドを大きく傷つけた。

 

(クソが、この恥辱…決して忘れぬぞベル・クラネルッ!)

 

 ここで魔剣を使わず敗北した場合、彼の主神であるアポロンの顔に泥を塗る。それは絶対に許されないことであった。

 主神を何よりも優先するヒュアキントスは、プライドを殴り捨てて魔剣を構えた。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

 

(ここだッ!)

 

 詠唱を続けながら振り抜いた魔剣から、炎の壁が生まれてベルへと迫っていく。

 

「なっ、魔剣!?」

 

 広範囲の攻撃なため避けることが不可能だと判断したベルは、すぐさま手を突き出して叫ぶ。

 

「【ウインドボルト】!」

 

 ベルの右手から放たれた風の奔流は、そのまま炎の壁にぶつかり、炎の威力を弱める。

 

(一発じゃ足りない…それなら!)

 

「【ウインドボルト】、【ウインドボルト】!」

 

 二撃、三撃放って、ようやくベルの眼前に迫った炎の壁は相殺される。

 しかし、その間にヒュアキントスの詠唱は完成へと向かっていった。

 

「【放つ火輪の一投】」

 

(っ、させない!)

 

「【ウインドボルト】!」

 

 ベルはこれ以上、ヒュアキントスに詠唱をさせないために前へと突っ込みながら魔法を放つ。

 しかし、それを予期したかのようにヒュアキントスは魔剣を再度振り抜いて火の壁を生み出す。

 

「【ウインドボルト】、【ウインドボルト】!」

 

 先程同様、魔法を三発撃ち込んで相殺したが、間髪入れずに魔剣から炎の壁が放たれる。

 

「くっ、【ウインドボルト】、【ウインドボルト】、【ウインドボルト】!」

 

(まさか速攻魔法を隠し持っていたのは驚いたが、魔剣がある限りこちらに近づけない。そして、その間に私は詠唱を完成させる)

 

 使用回数に制限がある魔剣のため、ずっと打ち続けることは不可能。しかし、魔法が完成するまでであれば壊れることはないため、魔剣でベルが接近してこないように牽制しながらも詠唱を続けていく。

 

「【来たれ、西方の風】!」

 

 そして遂に詠唱は完了し、後は魔法を発動するだけとなる。

 

(この魔法は自動追尾で、絶大な威力を誇る。これで貴様の敗けだ、ベル・クラネル!)

 

 勝ちを核心したヒュアキントスは魔法名を告げる。

 しかし、油断した彼は気付かなかった───ベルの唱える魔法の回数が少なくなっていることに。

 

「【アロ・ゼフ───】」

 

「【ウインドボルト】!」

 

「がっ!?」

 

 自身が生み出した炎の壁を突き破って現れたベルは、今まさに魔法を発動しようとしているヒュアキントスを狙って魔法を放つ。

 直撃した風の塊にヒュアキントスの身体は仰け反り、膝をつきそうになる。

 

(馬鹿な!?時間的に奴の魔法で相殺するのは間に合わなかったはず、どうやって火の壁を乗り越えた!?クッ落ち着け、ここで魔法が暴発したら大変なことに───!)

 

 幾度も修羅場を経験しているだけあって、ヒュアキントスは混乱しながらも魔力を暴発させることだけは防いだ。

 もっとも、魔法制御に集中してしまったため、魔法を放つまでにタイムロスが生まれてしまった。

 

 そして、その隙を見逃すほどベルは甘くない。

 

「ふッッ!」

 

 全身に火傷を負いながらも速度を緩めずにヒュアキントスへと疾駆したベルは、その勢いのまま右手を突き出した。

 

「ま、まだだッ!」

 

 そんなベルに向かって手に持つ魔剣を振り抜くが、既に彼我の距離は埋まっている。

 放たれた魔剣の一撃をスライディングすることで避け、火の壁はベルの頭すれすれを通って後方へと消えていく。

 

(な、魔法を放つのはフェイク!?)

 

「あああぁぁぁっ!」

 

 ヒュアキントスの真下に潜り込んだベルは、思いっきり上へと跳躍しながら顎に狙いを定めて右手を振り抜いた。

 

「がぁっ!?」

 

 咆哮をあげながら放たれたベルの右拳は正確に相手の顎を撃ち抜き、真上と吹き飛ばす。

 そして無防備な状態で滞空するヒュアキントスに向かってベルは跳躍すると、左手に構えていた短刀を両手で持って、胸に全力の一撃を振り下ろした。

 

「があッッ!!?」

 

 真下へと斬り飛ばされたヒュアキントスの身体は地面に凄まじい衝撃で叩きつけられる。

 遅れて地面へと着地したベルは 相手が白目をむいて意識を失っていることを確認し、ふっと安堵の息を吐いた。

 

「───」

 

 Lv3の冒険者がLv2の冒険者によって倒されたという信じがたい目の前の光景に、誰もが言葉を失った。

 

『せ、戦闘終了~~~~!?決闘の勝者は【ロキ・ファミリア】の期待の新人、ベル・クラネルだ───!!』

 

『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』』』

 

 審判の宣言を受けて、闘技場はすぐに勝利の歓声に包まれるのであった。

 

 


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