ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
怪物祭の開催日。
ちょうど正午の時間帯である現在、都市東端に築き上げられた円形闘技場には多くの人が訪れている。
周囲の建造物より抜きん出て大きい巨大施設で行われるのは、【ガネーシャ・ファミリア】によるモンスターの調教。観客達は冒険者によるモンスターの調教を一目見ようと、闘技場に足を運んでいた。
しかし、今年の怪物祭は例年より多く観客が集まっていた。その理由は、五日前に怪物祭の後夜祭として『アポロン・ファミリア】団長、ヒュアキントス・クリオと【ロキ・ファミリア】期待の
観客の関心はもちろん、ベル・クラネルだ。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが有する約一年というLv.2到達記録を大幅に塗り替えた規格外の新人。
Lv.2到達記録を大幅に塗り替えた少年について、その偉業の真偽、そして彼の実力について様々な憶測が飛び交う中で、タイミングよく少年の実力が明らかになる機会が現れたのだ。
しかも相手は歴戦の冒険者、アポロン・ファミリアの団長。普通の新人なら勝負になるわけないが、何せ約一週間でLv.2にランクアップした規格外の冒険者である。多くの者が今回行われる決闘に強い関心を抱いたことは言うまでもない。
こうして普段は怪物祭に足を運ばない者まで、その戦いを一目見ようと闘技場に赴き、あっという間に観客席は満席になるのであった。
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(あぁ、もうすぐ時間…!)
仲間達と共に観客席に座るレフィーヤ・ウィリディスの心の中は焦燥に満ちていた。
「おい、まだ決闘はやらないのか?」
「注目の新人の決闘は怪物祭が終わった後だから、まだ時間がかかるんじゃないか」
「なんだよ、まだやらないのかよ。確かに【ガネーシャ・ファミリア】の調教は凄いけど、俺はモンスターより冒険者の戦いが見たいんだ!」
「【ロキ・ファミリア】期待の新人ベル・クラネルと、【アポロン・ファミリア】団長ヒュアキントス・クリオの決闘か。確かに興味深い戦いだよな」
「だろう!?しかもそのベル・クラネルってLv.2到達記録を大幅に塗り替えた規格外の新人なんだぜ?」
近くから聞こえる観客が話す内容が、より一層レフィーヤの焦燥感を募らせた。
不安気な顔をするレフィーヤとは対照的に、隣に座るティオナ達はいつもと変わらない表情で怪物祭を楽しんでいる様子であった。
「わぁ、【ガネーシャ・ファミリア】の調教技術ってやっぱり凄いねー。あたしには真似できないや」
「そうだな。彼らは力尽くでモンスターを従せているわけじゃない…素晴らしい技術だ。観客達がこれほど熱中するのもわかる気がするな」
「モンスターをテイムする確率はとても低いはずだけど、今のところ全て成功させているわね。改めて【ガネーシャ・ファミリア】の凄さを痛感したわ」
怪物祭の観戦に来ているティオナ、リヴェリア、ティオネは眼前で繰り広げられる光景に対し感想を口にする。
今現在、華美な衣装を身に纏う
「あのっ、どうして皆さんはそんなに冷静にしていられるんですか!?」
「ん、いきなりどうしたのレフィーヤ?」
「だって、だって…これからベルが決闘するんですよ!?」
「うん、もちろん知ってるよ。楽しみだね、レフィーヤ!」
「た、楽しみ!?」
「そうね、ベルがどうアイツと戦うのか楽しみだわ」
「テ、ティオネさんまで何言っているんですか!?この決闘に負けたら、ベルが【アポロン・ファミリア】に行ってしまうんですよッ!?」
───五日前。それまで穏やかな空気が流れていた【ロキ・ファミリア】のホームに突如激震が走った。
その原因は、帰って来たベルとキースの姿にあった。意識を失っている状態のキースを抱えながら帰還したベル。彼らが何者かによって襲撃されたのは明らかであった。
買い物に出掛けたはずのベル達が傷付いて帰ってきたことに出迎えた団員達は何事かと慌て、仲間想いの団員がどこの誰の仕業だと殺気立った。
そんなホームの異変に気付き、すぐにその場に駆け付けたロキは血気盛んになる団員達を諫め、ベル達二人を自分の部屋に連れていき事情を聞くことにした。
フィンやリヴェリア、アイズなどの幹部達がベルから話を聞くため集結した頃、タイミングよくキースの意識も回復した。
そしてベル達二人は起きたこと全てを説明した。彼らの説明の途中に部屋のあちこちから殺気が放たれ、中には【アポロン・ファミリア】に攻め込もうと部屋から出て行こうとする少女もいたが、何とかフィンやリヴェリアによって止められていたりした。
そんなこともあり、ベルの話が終わる頃には部屋の空気は最悪であった。
【アポロン・ファミリア】へ然るべき報いを与えようと今にも行動を始めようとする者も多い中、ベルはできれば決闘に応じたいということを皆に伝えた。
それに対しアイズやティオナなど反対する者もいたが、ベルの必死な訴えと彼の援護に回ってくれたフィン、そして何より主神であるロキの鶴の一声もあり、最終的には相手の思惑通りヒュアキントスとの決闘を行うことにしたのだ。
「お前の心配はわかる。相手はLv.3の実力者、しかもベルは一度戦い、敗北した。あれからどれだけ厳しい鍛錬を積んだとしても、たった五日ではLv.の差を埋めることは普通なら不可能だ。だが、ベルは違う。そうだろう、レフィーヤ?」
「た、確かにベルの成長速度は凄いですけど…」
「大丈夫だよ、レフィーヤ!今のベルは、特訓前より凄く強くなったから、絶対にヒュアキントスを倒せるよ!」
「で、でも…」
「ティオナの言う通りよ、レフィーヤ。しかも今回の特訓内容は団長自らが主導したものよ!これでベルが負けるはずないわよ」
「あ、あはは…あのティオネさん。私、団長が具体的にどのような訓練をベルにつけていたのか知らないんですけど…」
ベルとフィンの特訓は本当ならレフィーヤも見守っていたかったのだが、急な依頼が入ってしまってその願いは叶わなかった。
「あら、そうなの?」
「はい、フィン団長がベルと模擬戦闘を行っていたのは知っているんですけどそれぐらいしか…。あの、一体団長はどんな技や知識をベルに授けたのですか?」
「なに、フィンがベルに教えたことはそう特別なものではない。ダンジョンに潜る冒険者なら誰でも行っている…それくらい当たり前のことだ」
リヴェリアはレフィーヤ達にフィンの狙いについて、自分の考えを交えながら解説し始めた。
「そう、お前達がいつもモンスターについて勉強しているように、相手の特徴、攻撃手段、弱点などを事前に調べ、自身の糧として知識を力へと昇華する。それは冒険者相手でも変わりない」
「た、確かに…」
「以前の戦闘では、ベルにとってヒュアキントスは未知の敵であった。しかし相手の情報を頭に叩き込んだ今、ベルにとって既に奴は既知の敵となった」
そこでリヴェリアは一旦言葉を区切ると、レフィーヤに視線を向ける。
「さてここで問題だ、レフィーヤ。昨夜ガレスはベルの勝率がどれくらいかフィンに聞いたのだが、奴は何て答えたと思う?」
「えっと、七…いえ、八割くらいですか…?」
「外れだ。答えは───」
*************
「ベル・クラネルとは別れを済ませてきたかい、ロキ?」
「……」
椅子に座っているロキに近付いてきたアポロンは、ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら声を掛けた。
いつも軽口を叩くロキなら何かしらのアクションが返ってくることを期待したアポロンであったが、意外なことに彼女は何も反応を示さなかった。
「おや失敬。お喋り好きな君が黙っているとは、よほど彼がいなくなることが堪えたんだね」
「……」
「しかし安心してくれ、ロキ。ベルきゅ…ごほん、ベル君は私の手で大切に愛でるつもりだ」
「………」
「あぁ、ベルきゅんとの初夜を想像するだけで私はッ!?」
ピンク色の妄想を垂れ流すアポロンであったが、突如強烈な悪寒を感じて身体が硬直した。
(な、何だこの凄まじい殺気は!?一体誰がこんな──)
青い顔で周囲を走らせたアポロンの視線が、ロキの後ろに控えていた人形のように美しい少女を捉える。
「っ!??」
目があった瞬間、アポロンは真っ先に死を覚悟した。それほど、自分を無表情で見つめる少女──アイズ・ヴァレンシュタインは強烈な殺気を放っていたのだ。
一見無表情に見えるが、彼女の瞳の奥には負の感情を詰め込んだ黒い炎が渦巻えているようにアポロンは感じた。
「そこまでや、アイズたん。
「……わかりました」
ロキが窘めると、アイズは殺気を放つのを止めてアポロンから目を逸らす。
「うんうん、流石アイズたん。聞き分けがよくて助かるわ~」
楽しそうに会話するロキを見て、アポロンは内心で怒りを爆発させていた。
(ロキめ、こうなることを見越してわざと【剣姫】を連れて来たな。くだらない真似をしおって……まぁいい、あと少しでベルきゅんは私のモノだ。このくらい笑って許してやるとしよう)
「はは…まったく、眷族の手綱はしっかり握っておいてくれよ、ロキ。いきなり第一級冒険者の殺気を浴びせられた私の気持ちを考えてくれ」
「ん、すまんな~」
(こいつ、まったく反省してないじゃないか!…いかん落ち着け、私。こういうときは愛しのベルきゅんを想像するんだ)
全然感情のこもっていない謝罪にアポロンは再び怒りが湧きかけたが、ベルとの明るい未来を想像して、気持ちを落ち着かせた。
(あぁ早く私のベルきゅんを手に入れてくれ、ヒュアキントス)
すでにヒュアキントスの勝利が確定していると考えているアポロンは、決闘が始まるのを今か今かと待ち望んでいた。
(ハッ、いつまでその気色悪いにやけ面が続くか見物やな)
そんな彼の様子を横目で見ていたロキは、深い笑みを静かに浮かべるのであった。
*************
『───この戦いは始まる前から勝敗は決している』
そうフィンさんは僕に言った。
『ガレスに今回の勝算を聞かれたとき、僕はそう答えた。正直に言おう、ベル。僕は君を甘く見ていた。まさか君が
尊敬するフィンさんにそう言われた僕は、素直に嬉しかった。
『いくら相手を知り尽くしても、そこに圧倒的な力の差が存在した場合、勝利することは不可能だ。しかし、今の君とヒュアキントスの実力は
『相手の戦闘スタイルは既にわかっているね。そして、相手の弱点も』
はい、と僕は頷いた。この五日間、フィンさんに徹底的に教え込まれたのだ。わかっていないはずがない。
『そうか。ならもう一度言おう、ベル。この戦いは始まる前から勝敗は決している。だから、もっと力を抜いて戦おう。勝者が緊張する必要はどこにもないだろう?』
フィンさんの力強い言葉を聞き、知らない内に緊張していた心と身体がほぐれていく。そして自分の胸の中にある自信が、身体全体に広がっていくように感じた。
ありがとうございます、フィンさん───最後に深々と頭を下げてお礼を告げた僕は、決闘の舞台に向かっていく。
円形闘技場の中央に進んで行くと、多くの観客が自分のことを注目していることにすぐ気付いた。観客の歓声や野次が僕に向かって飛んでくる。まさに場の空気が振動し、僕を揺さぶってきた。
(あぁ、こんな経験初めてだ…)
いつもの僕ならこの異質な空気に飲まれて、上手く身体を動かせないだろう。でも、今は違う。フィンさんから勇気をもらったおかげで、緊張せずに済んでいる。
フィンさんだけじゃない。アイズさんやリヴェリアさん、ティオナさん達からもたくさんの勇気をもらった。
どれだけ人が自分のことを注目していようと、どれだけこの一戦が重要だろうと、僕の心身を縛り付ける重りにはならない。フィンさんの言う通り、緊張する必要はどこにもないんだ。
「ほう、逃げずに来たか、ベル・クラネル」
目の前には、既に入場していたヒュアキントスさんが不敵な笑みを浮かべて待っていた。
僕は挑発めいた彼の言葉にあえて反応せず、相手の武装を観察する。
白を基調にした戦闘衣に大型のマント、腰には長剣と短剣。真正面から見て確認できる武装はそのくらいであった。観察を終え、僕は心の中でホッとした。
───なぜなら、彼の装備はこちらの予想通りのものであったからだ。
(武装で注意するのはあの長剣…そしてフィンさんの言う通りなら彼はまだ隠し玉を───)
「おい、返事ぐらいしたらどうだ。それとも緊張して言葉が出ないのか?ククク」
僕の思考を遮るように、ヒュアキントスさんが再び口を開き、挑発するよう笑う。
しかし、僕は口を開かない。何も言わず、ただじっとヒュアキントスさんの顔を見つめていた。
相手の言葉を無視するなんて、本来なら物凄く失礼なことだ。しかし、もう勝利への布石は始まっている。
この五日間でいくつもの戦闘の心得を学んだ。その一つ、戦いは刃を交える前から始まっていることを僕はフィンさんから教わった。
「……………」
「チッ、本当に言葉が出ないのか。貴様がどのような命乞いを口にするのか楽しみにしていたのだが、どうやら無駄になったようだな」
何も反応せず、ただ自分のことをじっと見つめるだけの僕の態度にヒュアキントスさんは明らかに苛立っていた。
これがオドオドとした様子であったら彼も満足したかもしれないが、今の僕は臆することなく自然体で立っている。
彼にとって僕の態度は不可解で、そのことが余計に苛立ちを増大させる。
『いいかい、ベル?戦闘時の苛立ちは冷静な判断の邪魔となり、思考を単調なものに変化させる。だから冒険者はどんなときでも平常心であることが大切なんだ』
『ヒュアキントスは君のことを見下しているようだが、この状況はとても使える。僕の見立てでは、彼は戦闘前に君のことを挑発してくるはずだ。そこで君は何も言わず、胸を張って相手を見つめ返せ』
『自分が見下している相手に無視をされたら、彼の性格からして必ず苛立ちを覚えるはずだ。これでまず、冷静な思考という重要な武器を奪うことができる』
フィンさんから学んだ盤外戦術。今のところ上手くハマっているようであった。
「楽に終われると思うなよ、ベル・クラネル。貴様が無様に泣きわめくまでいたぶってやる」
ヒュアキントスさんがそう言った後、拡声器からこの決闘の審判を務める青年の声が響き渡った。
『それでは両者、所定の位置に着いてください』
審判の指示に従い、目印が付いてある地点まで移動する。そして武器を構え、ヒュアキントスさんと向かい合った。
向かい合う彼の目を真っ直ぐ見つめる。読み取れるのは激しい昂ぶり。弱者たる僕をどんな風にいたぶるかを考え、僕が初手にどう動くかなんてわざわざ考えていないだろう。
それが強者である彼の傲慢。彼にとっては当たり前で、そして僕にとっては戦闘の主導権を握る上で欠かせない重要なピースとなる。
『両者、準備はいいですね?それでは───決闘開始!』
号令の下、力強く鳴らされた戦闘開始を告げる鐘の音が円形闘技場に響き渡り、戦いの幕は開けるのであった。