ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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ベルの選択

 

 リューの回復魔法により全快したベルは、傷は塞がったが未だに目を覚まさないキースを背負って黄昏の館に戻ることにした。

 キースを背負って歩くベルと、その横で辺りを警戒しながら足を進めるリュー。そして帰路の途中、リューは事態の詳細を知るためベルに尋ねるのであった。

 

「それで、クラネルさん。一体何があったのですか?」

 

「…その、実は───」

 

 ベルは迷った末、リューに何があったのかを全て伝えることにした。

 未だ突然のことで混乱冷めやまないベルであったが、リューに話していく内に、自分が置かれている現状…どれだけ今の自分が追い込まれているのかを、正確に理解することができた。

 

「───と、いうことなんです」

 

「…そのようなことがあったのですね」

 

(何と卑劣な…これが噂に聞く【アポロン・ファミリア】のやり方…)

 

 ベルの話を聞いたリューは表情こそ変えなかったが、内心では許せない気持ちで一杯になっていた。

 既に正義の使徒ではなくなったリューであるが、だからといって【アポロン・ファミリア】の所業は到底許すことはできないものだった。

 

(さて、どうするべきか…)

 

 彼女はその端麗な顔つきを険しくしながら、どう動くべきか考える。

 すぐにでも【アポロン・ファミリア】のホームに乗り込んで成敗したいところだが、それは現実的な案でないことは理解していた。

 

(【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】の様子から察するに、私が【疾風】であることに気付いているはず。ならば、私の襲撃を警戒して【アポロン・ファミリア】のホームを見張っている可能性か高いでしょう)

 

 アレンは余計なことに首を突っ込んだら潰すと言い残した。わざわざそのような言葉を残す時点で、リューなら何かしてくる可能性が高いことをわかっている証拠だ。

 

(私の正体がバレているのなら、ホームへの襲撃はもちろん、闇討ちも警戒されているはず……これは拙い)

 

 今すぐリューが【アポロン・ファミリア】を潰すために行動を開始すれば、【女神の戦車】が出張ってくるのは間違いない。

 いや、そもそも彼一人の独断でヒュアキントスを庇うのは考えにくい。【フレイヤ・ファミリア】全体が関与しているのは間違いないだろう。

 下手に行動を起こせばリューは都市最大派閥である【フレイヤ・ファミリア】を敵に回す。その先に待つ未来は、言うまでもないだろう。

 悔しいことだが、直接的な行動を封じられた今のリューでは、ベルが置かれている危機的状況を解決することは不可能であった。

 

(…私ではクラネルさんを助けることはできない。だが、状況は絶望的ではない)

 

 リューの頭の中には既に、この状況を打破する方法を思い付いていた。

 

(クラネルさんが所属する【ロキ・ファミリア】の力を借りれば、五日後の決闘を待たずに事態は解決する)

 

 今更説明するまでもないが、ベルが所属する【ロキ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】と同じ都市最大派閥だ。

 仲間を卑劣な手段で引き抜こうとする行為は、確実に【ロキ・ファミリア】の怒りを買うこと間違いない。

 そして彼らは仲間───この場合はベルを守るために行動を起こすだろう。

 例え今回の騒動の裏に【フレイヤ・ファミリア】の影が見え隠れしていても、【ロキ・ファミリア】は止まらないはずだ。

 それに普通に考えれば、【アポロン・ファミリア】を守るために【フレイヤ・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】とことを構えるとは考えにくい。 

 つまり【ロキ・ファミリア】が実力手段に出れば、それでこの問題は解決するのだ。

 

 ただし、一つだけ問題があるとすれば───。

 

「あの、リューさん…?」

 

 説明を終えてからずっと考え込んでいる様子のリューを、心配そうにベルは声を掛ける。

 暗い表情をする少年を安心させるよう、リューはできるだけ優しい声色で考え付いた解決策を伝えた。

 

「…クラネルさん、この状況を解決するのは簡単です」

 

「ほ、本当ですか!?あの、一体どうすれば…っ!」

 

「貴方が所属している【ファミリア】の力を借りればいい」

 

「【ファミリア】の力を借りる……あっ、先輩方に指導していただくってことですねっ?」

 

「……」

 

 ベルの真っ直ぐな思考に、リューは一瞬だけ言葉につまる。しかし、それは一瞬だけであった。

 

「…本来なら、それが正しいのでしょう。ですが、今は時間がありません。後五日で貴方がLv.3並の実力を身に付けるのは難しい」

 

「えっ、それじゃあ一体…?」

 

 純粋な少年の問い掛けに、リューは無意識に声を低くして答えていた。

 

「…【ロキ・ファミリア】は【アポロン・ファミリア】よりも遥かに強大です。彼らなら、敵のホームに乗り込み主神を討ち取るのは容易い」

 

「っ!そ、それは…!」

 

 厳かにリューが告げた言葉は、ベルに途方もない衝撃を与えた。

 フィンやリヴェリア、そしてアイズに全て任せる───それが今考えられる上で最も正しい選択だ。

 もちろんベルが決闘に勝つことだけができるのなら、それが最良の解決方法だ。しかし、それはあまりにも現実的ではない。

 ベルはLv.2に上がったばかりであるのに対し、相手はLv.3。しかも先程の一戦では、ベルはヒュアキントスに手も足も出なかった。

 現時点でベルがヒュアキントスに勝てる確率は、ほぼゼロであるのは間違いなかった。

 

 【ロキ・ファミリア】は都市最大派閥と呼ばれるだけあって、有する戦闘力も飛び抜けている。

 【アポロン・ファミリア】と抗争に発展しても、勝利するのは間違いなく【ロキ・ファミリア】だ。

 Lv.5を数人攻め込ませるだけで決着はつく。こちらはほぼ無傷で相手のファミリアを陥落させることができるだろう。そう、ベルが決闘で戦うより遥かによい解決策であるのは明らかであった。

 

 リューの言う方法を取れば、ベルが直面している問題を劇的に解決されることだろう…それは残酷なまでに。

 

(でも、そんなのって…!)

 

 心が荒れる。胸が穿たれたように痛い。

 

「クラネルさん、貴方は優しい。だが冒険者である以上、時には冷酷にならなくてはいけない瞬間があります。それが今なのです」

 

「ですが、流石に相手の主神を討ち取るのは…!」

 

「情けをかける必要はありません、クラネルさん。彼らはもう道を踏み外してしまった」

 

 ベルの言葉をリューは冷たく切り捨てる。

 

「【アポロン・ファミリア】が攻め滅ぼされるのは、自業自得です。ですから、貴方が心を砕く必要はありません」

 

 確かに【アポロン・ファミリア】の行いは善か悪かで言えば間違いなく悪だ。

 それでもリューの言う通りにするのは、何かが違うように思えた。

 

「リューさん……でも」

 

「仲間が傷付くことを恐れているのでしたら、問題ありません。【ロキ・ファミリア】ほどの実力者なら、ほとんど傷を負うことはないでしょう」

 

 ベルの迷いを振り払うように、リューは言葉を続ける。

 彼女自身も、ベルに残酷な選択を突き付けている自覚はある。でも、これだけは譲れなかった。

 リューから見てベルは優しすぎる。およそ冒険者に相応しくないほどの心の優しさは確かに美徳だが、同時に重大な欠点も抱えている。

 冒険者は冷徹な判断をしなければ生き残れない。そのことを元冒険者であるリューは痛いほど知っていた。だからリューは、時には非情の選択を取らなければ生き残れないことをベルに知ってほしかったのだ。

 

「………」

 

「もし自分のせいで【ファミリア】に迷惑かけてしまうと思っているでしたら、それは違います。全て【アポロン・ファミリア】が原因です」

 

「…気遣ってくれてありがとうございます。でも、こうなってしまったのは僕にも責任があります」

 

 ここで自分は何も悪くない。全て彼らが悪いんだと開き直ってしまったら、ベル・クラネルを支える根幹の何かが崩れてしまう気がした。

 

「…私は【ロキ・ファミリア】をよく知っていますが、彼らは家族(なかま)に手を出されて黙っているような者達ではありません。今回の事情を知ったら、間違いなく実力行使に出るでしょう」

 

「た、対話で解決することはできないんでしょうかっ?」

 

「残念ながら、先程の【アポロン・ファミリア】の様子を見る限りそれは難しいでしょう」

 

「っ…」

 

 表情が歪む。必死に頭を働かせるが、これ以上何も思い浮かばなかった。

 

「そんな辛そうな顔をしないでください、クラネルさん。先程も言いましたが、全ての責は【アポロン・ファミリア】にあります。貴方はただの被害者です」  

 

(被害者………本当にそうなのか?)

 

 確かに今の絶望的な状況に追い込まれた原因は【アポロン・ファミリア】にある。でも、自分が彼より強ければこんなことにはならなったはずだ。 

 もし狙われたのが僕ではなくアイズさんなら、キースが酷い目に合うこともなく簡単に彼らを撃退していたことだろう。

 でも、それは意味もない仮定だ。彼らの標的になったのは僕であり、アイズさんではないのだ。

   

(本当にこのまま全てフィンさんやアイズさん達に任せてしまっていいのか…?)

 

 自分に問う。思考した時間は数秒。そして僕は答えを出した。

 

(───絶対に嫌だ)

 

 黒き猛牛との死闘を越えて、ただ守られるだけの弱い自分とは決別した。

 そしてあの戦いを終えて決意したのだ───いつか彼女を守れるほど強くなりたいと。

 このままアイズ達が【アポロン・ファミリア】を攻め滅ぼしてしまったら、僕はまた守られる存在へとなってしまう。

 それだけは駄目だと本能が告げていた。理由はわからないけれど、それを許容してしまったら、僕はもう前には進めなくなる。

 

 だから、僕は───。

 

「───ごめんなさい、リューさん。それでも僕は、その選択だけは取りたくありません」

 

「クラネルさん…」

 

「どうしようもないくらい馬鹿なのはわかっています。でも、どうしてもアイズさんやフィンさん達に任せることはしたくないんです」

 

 子どもみたいな我が儘を言っているのはわかっている。でも、自分の心は誤魔化せなかった。

 

「抗争という手段を取らずにこの問題を解決する方法は一つだけ───貴方が決闘で【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】に勝つことです。それがクラネルさんにはできますか?」

 

「ヒュアキントスさんに、勝つ…」

 

「えぇ、貴方が決闘に敗けてから【アポロン・ファミリア】を潰すのは良策ではありません。それだと民衆達は決闘で敗けた事実を有耶無耶にするため【ロキ・ファミリア】が攻め込んだと邪推される恐れがあります」

 

 例え【アポロン・ファミリア】の行いを赤裸々に明かしたとしても、全ての民衆達がその言葉を鵜呑みにするとは限らないのだ。

 【ロキ・ファミリア】の暴走だと捉える者が必ず出てきてしまい、今まで培ってきた信頼が揺らぐ可能性が生まれてしまう。

 

「決闘に出るからには、必ず勝利しなければいけません。クラネルさんの敗北は【ロキ・ファミリア】の名に傷を付ける恐れがある…それを理解してもなお、決闘という不確かな手段を取りますか?」

  

 決闘に出るからには敗北は許されない。しかも相手は手も足も出なかったベテランの冒険者。

 あまりにも絶望的過ぎる状況に、再び決意が揺らぐ。

 視界がぼやけ、身体がすくむ。理性がフィンさん達に任せるべきだと訴える。でも心が『それ』を否定している。

 ここでアイズさん達に全てを任せてしまったら、もう僕は彼女と共に前へ進めなくなってしまう。

 あのときした決意も、胸に宿るこの熱き想いも全て消えてしまう。

 どれだけこの選択が愚かだろうと、後悔だけはしない。

 祖父(あのひと)だって、きっと僕の選択を笑いながら肯定してくれるはずだ。

 

『───そうだベル。それでこそ男だ』

 

 頭の中で、力強い祖父の声が聞こえた気がした。

 もう迷わない。迷う必要もない。迷惑をかけてしまうロキ様達には死ぬほど謝ろう。

 そして負けてしまったときは、全ての責任を取ろう。自分の我が儘を貫くのだから、それくらい当然だ。

 

「───はい、それでも僕は決闘を選びます。そして、必ず勝ってみせます」

 

 勝とう。絶対に勝ってみせよう。これからも彼女と…いや、彼女達と一緒に過ごすために。

 

「そうですか……クラネルさん、貴方は本当に愚かだ」

 

「…すみません、リューさん」

 

 自分が愚かなのはわかっているが、それでも面と向かって言われると心にくる。しかも、リューさんの助言を尽く無視してしまうことに僕は胸一杯に罪悪感を感じた。

 

「………」

 

 ベルが頭を下げる中、彼の意志の堅さを感じ取ったリューは困ったように目を伏せる。

 彼女は友人の矜持と安全を天秤に乗せ、どちらを選択すべきかもう一度考えていた。

 

(自分より格上の敵、敗けられない勝負……冒険者として上に登るためには避けては通れない道だ)

 

 ダンジョンに潜って自分より強いモンスターと戦う。冒険者なら誰もが経験する『冒険』と、今回の決闘は本質的には同じことだ。

 そして元とはいえ冒険者であるリューに少年の『冒険』を止めることは叶わない。彼女は知っているからだ───『冒険』することの意義を。

 

「──どうやら私が間違っていたようですね」

 

 冒険者として本当に正しかったのは、自分ではなくベルだったことに気付いた。

 

「よく聞いてください、クラネルさん。貴方はたった一週間でLv.2に昇格した。これは常識で考えてありえないことだ」

 

 あの剣姫でさえランクアップするのに一年かかった。その記録を破る冒険者はもう現れないと誰もが思っていた。

 だが、誰もが不可能だと思っていたことを貴方はやり遂げたとリューは告げる。

 

「そんな貴方なら、残された時間で【太陽の光寵童】に追い付くほどの……いや、彼に勝てるほどの力を身に付けることは不可能ではないのかもしれない」

 

「リ、リューさん…!」

 

 ベルは彼女の言葉を聞いて、顔を輝かせる。

 自分の決断を肯定してくれたことも嬉しかったが、何よりベルが敵わなかった相手を圧倒したリューに勝てると言われたことが嬉しかったのだ。

 

「私にできることがあったら何でも言ってください、クラネルさん」

 

「ありがとうございます、リューさん!」

 

「ただ戦闘面では私の出る幕はないでしょう。【ロキ・ファミリア】には私より腕が立つ者が多い。彼らに師事された方がクラネルさんも早く強くなるのは間違いないと思います」

 

 確かにリューはLv.4の実力者だが【ロキ・ファミリア】にはLv.5以上の強者が多く存在する。

 何より冒険者として歩みを止めてしまったリューより、今も過酷な戦いに身を投じている彼らの方が実力、技術において上なのは明らかだ。

 だからリューは、ヒュアキントスと実際に戦った自分だからこそわかる情報をベルに伝えることにしたのだ。

 

「私から今、クラネルさんに言えることは第一に己を知り、第二に敵を知ることです」

 

「己と敵を知る、ですか…?」

 

「はい。敵の実力や戦い方、使う武器などをしっかりと把握し、自分には何ができてできないかを弁えて戦う。それができれば、例え格上の相手であっても十分に渡り合えます」

 

「それが、己と敵を知るということ…」

 

 リューの言葉を真剣に聞くベル。

 そんな彼にリューは、実際に敵と相対したことで確信した一つの勝機を伝え始める。

 

「敵は見たところ、クラネルさんを侮っています。確かに自分よりレベルが下の者を相手にするのなら、多少油断していたところで敗けることはないでしょう」

 

 ですが、とリューは言葉を続ける。

 

「それは相手と圧倒的な力の差がある場合の話です。そうでない場合、油断や侮りは大きな隙となり、敗北へと繋がる」

 

 Lv.が一つ違うだけで、圧倒的な力の差が存在する。今のベルはLv.2で、ヒュアキントスはLv.3。つまり、ベルとヒュアキントスの間には本来なら圧倒的な力の差が存在するはずだ。そうヒュアキントス自身考えているだろう。

 だがわずか五日でLv.2に昇格したベルなら、その差を埋めることが可能なのかもしれない。しかし、それはあくまで可能というだけで、絶対ではない。

 今のベルではヒュアキントスがどれだけ油断していても勝つのは難しいだろう。Lv.が丸々一つ以上開いている現状では、いくら敵を知り己を知ろうと勝利をもぎ取ることは無理だ。ライオンと兎では勝負にならないのと同じことである。

 つまりリューの助言は、ベルがヒュアキントスと対等に戦える実力まで成長しているのが前提なのだ。

 そう、リューは信じているのだ───ベルがヒュアキントスと渡り合えるほどの実力まで成長することを。

 

 

 

 

『ふふ、覚悟は決まったようね、ベル』

 

 そして彼女同様、ベルなら必ず自分の期待に応えてくれると信じている銀髪の女神は、そんな二人のやり取りを妖しく微笑みながら塔の上から見下ろしているのであった。

 

 

 

 

 


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