ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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動き出す悪意

 

 

「う、嘘だろう…?」

 

 ベルが『豊饒の女主人』を訪れていた頃、ギルドは異様な熱気に包まれていた。その原因は、今しがたギルド本部巨大掲示板に貼り出された、とある羊皮紙(しらせ)にある。

 午前中にギルドに訪れた【ロキ・ファミリア】団長は、規則に従い【ランクアップ】した構成員の名とLv.を報告した。

 その報告の中には、担当した受付嬢が大声で叫んでしまうほどの規格外なものが含まれていた。

 そして今、多くの冒険者がその報せを一目見ようと掲示板に殺到しているのであった。

 

「ランクアップ所用期間が一週間ッ!?そんなことがありえんのかよ!?」

 

「さ、流石に何かの間違いだろう」

 

「でもよ、あの【ロキ・ファミリア】だぜ?」

 

 その内容──とある冒険者の公式昇格の報せを冒険者達は唖然と見上げていた。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの約一年というLv.2到達記録──その記録を同じ【ロキ・ファミリア】の冒険者が大幅に塗り替えるという偉業。

 ギルド内は現在、Lv.2到達記録を大幅に塗り替えた少年の話で熱狂状態にあった。

 

「………」

 

 ガヤガヤと騒がしいギルド、その中に一人だけ異質な青年がいた。

 興奮気味で騒ぐ周りの冒険者達とは対照的に、その青年は冷めた瞳で貼り出された報せを見つめている。

 

「──ベル・クラネル…ッ!」

 

 Lv.2到達記録を大幅に塗り替えた少年の名を忌々しそうに呟いた青年は、何事もなかったかのように踵を返す。

 

「あの女神め…よくも余計なことをアポロン様に吹き込んでくれたな。あの方の寵愛を授かるのは、私だけで十分だと言うのに…!」

 

 言葉の端々に嫉妬を滲ませた青年の呟きは、周囲の喧騒によってかき消されるのであった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 太陽は完全に沈み、オラリオは暗闇に包まれる。

 真夜中の【ガネーシャ・ファミリア】のホームに、二人の来客が訪れていた。

 応接間に案内されたその神と眷族。主神によって人払いが為されたその部屋にいるのは四人──いや、二柱と二人という表現が正しいだろう。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の主神であるガネーシャと団長のシャクティ。

 【アポロン・ファミリア】の主神であるアポロンと団長のヒュアキントス。

 ガネーシャとシャクティ、そしてアポロンとヒュアキントスの両者はテーブルを挟んで席に腰を落とす。

 挨拶もそこそこに、アポロンは突然訪問した理由をガネーシャに話し出した。

 

「実はな、ガネーシャ。今年の怪物祭(モンスターフィリア)をより盛り上げるために、自分達も協力させてほしいのだ」

 

「なに?」

 

 一週間後に行われる【ガネーシャ・ファミリア】主催の怪物祭(モンスターフィリア)。それをより盛り上げるために協力させてくれないかと切り出したアポロン。

 そして彼は、具体的にどのようにして怪物祭(モンスターフィリア)を盛り上げるつもりなのかを嬉々として語り出す。

 

「──ということだ、ガネーシャ。どうだ、中々盛り上がるイベントだろう?」

 

「…話はわかった。だが、お前の提案は怪物祭(モンスターフィリア)の趣旨にかけ離れている」

 

 アポロンの提案を聞いたガネーシャの表情は仮面に隠れて見えないが、あまりいい顔をしていないのは重苦しい口調からも明らかであった。

 

「それならそのイベントを怪物祭(モンスターフィリア)の後夜祭とすればいい。今話題の【ロキ・ファミリア】のルーキーが出るとなれば、多くの観客が集まるはずだ」

 

 つい数時間前にギルドで発表されたとある冒険者の偉業は、オラリオ全体に広まっていた。

 ガネーシャも少し前に、Lv.2到達記録を大幅に塗り替えたという【ロキ・ファミリア】の冒険者について眷族から聞かされていたので知っている。

 そのロキの眷族を実際に見てみたい人も多いことだろう。

 しかしガネーシャには、アポロンの提案で腑に落ちない点が存在した。

 

「確かに多くの観客が集まるのは間違いないだろう。だが、どうして決闘形式にする必要があるんだ?」

 

 そう、そこが疑問だった。

 アポロンは怪物祭(モンスターフィリア)を盛り上げるために、ロキの眷族と自分の眷族を観衆の前で戦わせようとしているのだ。それも一対一という決闘方式で。

 

「何を言うかガネーシャ。古来より一対一の決闘ほど燃えるものはない。怪物祭(モンスターフィリア)の趣旨とは少々かけ離れているかもしれない。だが多くの同族、そして愛する子ども達が熱中することだろう」

 

「俺が気になっているのはそこではない。ロキの眷族と一騎討ちで戦う相手がお前の眷族だというところだ」

 

「うむ、あのような大記録を樹立したとなれば腕が立つのは間違いないだろう。そのような強者の相手が務まるのは私の眷族しかいないと思っただけだ」 

 

 そう口にするアポロンだが、その様子はどこか胡散臭かった。

 

「件のロキの眷族がどれだけ才能に恵まれた子でも今はまだLv.2だ。それなら、俺の団員に相手をさせても問題ないと思うが…」

 

「その心遣いは嬉しいが、お前達は怪物祭の主催者として忙しい身だろう?」

 

「む、それはそうだが…」

 

「神友であるお前の手を煩わせたくないんだよ、ガネーシャ。だから俺の厚意を素直に受け取ってもらえると助かる」

 

 まだアポロンの提案には納得できない所もあったが、こちらが頷くまで絶対に諦めないのは目に見えていた。

 

(このような提案をするということは、既にロキの承諾も得ているということか)

 

 もし仮に彼女が事後で今回の件を知った場合、ブチギレたロキによってアポロンはただでは済まないだろう。

 こうもアポロンが自信満々であるということはロキに話が通っているから──そう勘違いしてしまったガネーシャは、アポロンの提案を受けることにした。

 

「お前の気持ちはわかった、アポロン。そこまで言われたら俺も頷かないわけにはいかないな」

 

「おぉ!流石ガネーシャ、話がわかるな」

 

「ただ一つ聞きたいのだが、ロキはその決闘について何と言っていたのだ?」

 

「いや、ロキにはまだ決闘については話していない」

 

 耳を疑うような言葉がアポロンの口から飛び出した。

 

「なに?まさかと思うが、決闘を行うロキの眷族にも話を通していないのか?」

 

「うむ、その通りだ。ということでよろしく頼むぞ、ガネーシャ」

 

 あまりにも非常識な振る舞いなのに、アポロンは一つも悪びれていなかった。

 これには流石のガネーシャも開いた口がしばらく塞がらなかった。

 

「…待て、アポロン。お前がすでにロキに話を通していると思ったから俺は許可したのだ。ロキの承諾がないのに、勝手に俺が許可するわけにはいかない」

 

「ふむ、どうしてもダメか?」

 

「駄目だ。そんな一方的な決闘を怪物祭の後夜祭として開くわけにはいかない。そのくらいお前にもわかっているだろう?」

 

「もちろんわかっているさ。だからロキとその眷族には明日中に決闘のことを伝え、許可をもらうつもりだ」

 

「ふむ、そう言われてもな……実際にロキ達から許可をもらうまで俺は許可することはできないぞ」

 

「うむ、お前の立場ではそう簡単に頷けないのはわかっている。だから明日、ロキ達から許可をもらい次第お前に知らせる。それならいいだろう、ガネーシャ?」

 

「…ロキがお前の提案に納得したのなら、俺は反対しない」

 

「よし、ようやく話はついたな。それと、後夜祭の方は俺のファミリアで準備しておくから、安心してくれていい」

 

「ふむ、それほどの自信…あのロキから承諾を得る勝算があるということか」

 

 ロキは神々の中でも頭がキレ、そして何より都市最大派閥の主神だ。

 ガネーシャから見て、彼女がアポロンの提案に頷くとは全く思えなかった。

 

「なぁに、以前と比べロキは丸くなった。今の彼女なら間違いなく承諾を得られるだろう。それに、こちらには心強いパトロンがいることだしな」

 

「心強いパトロンだと?」

 

「おっと、口が滑った。すまんが今の言葉は忘れてくれ、ガネーシャ」

 

「…アポロン、何度も言うが明日までにロキとその眷族──ベル・クラネルから許可をもらえない場合には、この話は無効にするからな」

 

「それでいいよ、ガネーシャ。彼女達から許可をもらうのは決定事項だからな。それでは、決闘の承諾を得たら伝えに来る」

 

怪物祭(モンスターフィリア)が成功させるためにお互い頑張ろう、ガネーシャ」という言葉を残し、アポロンとヒュアキントスは退出して行った。

 

「あれでよかったのか、ガネーシャ?あの神がよからぬことを企んでいるのは明らかだ。このままでは、私達にも火の粉が降りかかる可能性が…」

 

「そう心配するな、シャクティ。俺は群衆の王、ガネーシャだ!」

 

「ガネーシャ…」 

 

 いつも通りふざけた物言いをするガネーシャだが、その言葉には不思議と頼もしさがあった。

 彼の眷族としてずっと側にいたシャクティだからこそ、今のガネーシャが滅多に見せない真剣な顔になっていることに気付いた。

 

「アポロンも、子ども達と過ごしていく内に真の愛に気付くと思っていたんだがな…」

 

 アポロンの行き過ぎた愛情は昔から知っていた。

 それでもガネーシャは、眷族と過ごす内にアポロンが真の愛に気付くはずだと信じていた。

 

 しかし、アポロンの行き過ぎた愛の情熱はとどまることを知らない。

 それどころか、無理矢理彼の眷族にされた子どもが多くなってきた。

 子ども達の笑顔が大好きなガネーシャにとって、これ以上アポロンの暴挙を許すわけにはいかなかった。

 

「…もうこれ以上、アポロンを見過ごせすわけにはいかないようだ」

 

 寂しそうに呟いたガネーシャは、おもむろに立ち上がる。

 

「このガネーシャ、子ども達のためにも一肌抜くとしよう!」

 

 こうして群衆の王(ガネーシャ)は子ども達を守るために、行動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、バベルの塔の最上階にて。

 

「フレイヤ様、アポロンが動き始めたようです」

 

「そう、ようやく動いたのね。不測の事態に備えて貴方は彼の周囲を見張りなさい、アレン」

 

「かしこまりました」

 

 猫の尾と耳を持つ青年は、自身の主神に対して慇懃に礼を取る。

 

 悪意は、ベルのすぐ側まで迫っていた。

 

 


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