ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
再び立ち上がった
ミノタウロスは胸に突き刺さった剣を片手で引き抜くと、立ち上がったばかりのベルの頭を狙って投擲したのだ。
「―――!」
ミノタウロスの逞しい片腕から投げられた剣は恐るべき速度でベルに迫っていく。
物凄い速さで宙を駆ける必殺の投擲―――少しでもベルの回避が遅れたら、その時点で決着は着いてしまうほどの一撃。
そんな自身の命を刈り取ろうとする剣を臆することなく真正面から見据えたベルは、素早く横に跳んでその投擲を避けた。
次の瞬間、ドガンッと大きな音を立てながらベルの剣が壁に突き刺さり、鍔より上の刀身が全て埋まる。
投擲を避けたベルは即座に壁に埋まった剣の柄を握って、力を込めてスパッと引き抜いた。
(武器を全て失ったときはどうしようかと思ったけど、ミノタウロスが僕の
ベルは
再び剣を構えたベルを見て、ミノタウロスは獰猛に口角を吊り上げた。
(なッ!?僕が剣を構えたのを見て笑った…?まさかあのミノタウロス、僕に武器を返すためにわざと剣を投げたのか!?)
武器を失った自分では取るに足らないということなのか?それとも、ただの気まぐれなのか?
本当の答えはわからないけど、これは僕にとってチャンスだ。
素手の状態でミノタウロスに挑んでも絶対に勝機は存在しない。
だが剣があれば話は別だ。先程の一撃必殺は失敗したが、あの命を賭けた攻撃により得られた情報がある。
その情報と僕の持ちうる力を全て発揮すれば、今度こそミノタウロスの厚い筋肉を貫き、その奥にある魔石を破壊することができるはずだ。
(だけど、この作戦には問題が二つある。一つは僕の『魔法』が想像通りの効果を発揮してくれるかどうか…そしてもう一つは―――)
『ヴヴォオオオオオオッ!!』
(―――魔石狙いの胸への一撃を、ミノタウロスは警戒しているということだ)
このミノタウロスは恐ろしく頭がいい。おそらく僕がもう一度魔石を狙うことはバレているだろう。
そんな警戒心が高くなった相手に対し、もう一度同じ攻撃をしてもすぐに対処されてしまう。
先の一撃で仕留めきれなかったことが悔やまれるが、過ぎてしまったことは仕方がない。
(今はまず、ミノタウロスの懐に侵入することだけに集中しよう。後のことはそれからだ)
考えが纏まったベルは身を低くして、弾丸のようにミノタウロスまで駆ける。
疲労でとてつもなく重い足を懸命に動かし、敵の間合いに近付くベル。
そんなベルを迎え撃つため、腰を落とし巨大な左腕を高く掲げるミノタウロス。
緊迫した雰囲気に包まれる中、ついにベルはミノタウロスの間合いに侵入した。
『ッ!』
ミノタウロスはベルめがけて勢いよく腕を振り落とす。
この戦闘中により鋭くなった拳が唸り上げ、ベルを叩き潰そうと迫って来る。
今までのベルであればすぐにスピードを落として回避していた。
しかしベルは決して速度を落とさず、より深くミノタウロスへと近づく。
そしてミノタウロスの剛拳がベルに触れる直前、彼は速度を緩めないまま左へサイドステップしてかわすのであった。
「くッ―――!」
全力で走っている状況からいきなり横へと跳んで避けたベルであったが、その回避方法は決して小さくない代償が伴った。
無謀な動きにより足へかかった負担が大きく、筋肉の繊維がブチブチと裂けてしまい、ベルの最大の武器である足に激痛が走る。
(絶対に声を上げるな!このくらいの痛みなら何でもないだろうッ!この機会を逃すわけにはいかないんだ――ッ!)
その苦痛から思わず声を上げそうになるベルであったが、歯を食いしばってそれを我慢する。
攻撃を行った直後はどんな強敵でも硬直し、隙が生じる。その隙を狙って攻撃を喰らわす技術であるのが『カウンター』。
この戦闘中ベルは何度それを使ったが、今のミノタウロスがカウンターによる胸への一撃を警戒していないはずがない。
よって、魔石への一撃必殺を警戒するミノタウロスにカウンターを喰らわすためには、相手の想像の上をいくしかないのだ。
そのためベルは今まで行わなかった全速力からの回避を実行し、足がぶっ壊れるのを覚悟でミノタウロスの意表を突いたのである。
自分の一番の武器である足を犠牲につくった絶好の機会―――ならばここで叫ぶ言葉は意味のない悲鳴ではなく、意味のある言葉でなければいけない。
「【ウインドボルトッ!!】」
ミノタウロスの攻撃をギリギリで避けて懐に侵入した直後、ベルは足の激痛を耐えながら
次の瞬間、ベルの足元から金色に輝いた風が発射される。
そう、手のひらではなく足の裏から速攻魔法【ウインドボルト】を放ったのだ。
ありったけの魔力を込め地面に放った【ウインドボルト】の威力は凄まじく、その反作用を受けたベルの身体が疾風のように宙を駆ける。
ミノタウロスの胸へと突っ込むよう角度を調整して魔法を発射したベル―――凄まじい威力の反作用を乗せた白の刃は、魔石が存在する胸の中央へと吸い込まれるように放たれた。
最初の一撃必殺が不発に終わった最大の理由は火力不足―――現段階のベルの力ではミノタウロスの堅い筋肉を貫き、その奥の魔石を砕くことはできない。
だからベルは考えた、どうすれば火力を補えるのかと。
そしてベルが思い付いた方法は、足から魔法を全力で放ち、その凄まじいエネルギーを利用して刺突の威力に上乗せする―――という斬新なものであった。
魔法は手のひらから放つのが常識であるが、そこ以外…つまり足の裏からも魔法を放つことができるのだ。
しかし足から魔法を放っても、普通の状況では何の意味も無い。大多数の冒険者では、足から魔法を放出するという馬鹿げたやり方を思い付かないだろう。
常識という固定観念に縛られておらず、柔軟な思考回路を持っているベルだからこそ、この方法を考え付くことができたのだ。
しかしどんなに斬新な方法であっても、成功する保証はどこにもない。
足から魔法を発射するなど一度も試したことはなかったため、ベルの作戦が狙い通りにいくかは未知数であった。
それでもベルは、この方法に全てを賭けたのだ。
金の風が地面に放たれ、その反作用を受けたベルの身体は勢いよく宙を駆け抜け、凄まじい威力を秘めた刺突を繰り出すところまで成功している。
残すは剣の切っ先を胸部へと突き刺し、その奥に存在する魔石を貫くのみ―――。
しかし、全てがベルの狙い通りにいくほど目の前の怪物は甘くなかった。
『グオオオォォォ!!』
全身全霊を賭けたベルの一撃が自分にとって致命傷になることを本能的に悟ったミノタウロスは、驚くべき速さで右拳を繰り出してきた。
「ッ!」
(―――速く、速く、もっと速くッ!ミノタウロスの反撃が当たる前にヤツの魔石を砕くんだっ!!)
ミノタウロスの攻撃で自分の命を奪われる前に、神速の一撃をもって魔石を粉砕する。
相手の拳が当たるよりも先にミノタウロスを倒さんとするベルの剣は、真っ直ぐ相手の胸へと突き刺さる。そして胸部へと突き刺さった刃は、その奥の魔石を目指して厚い筋肉の鎧を穿っていった。
「―――ッ!?」
しかしベルは悟ってしまった。自分の剣が敵の魔石を砕く未来は絶対に訪れないことを。
ミノタウロスの魔石を貫く前に、振るわれた怪物の剛腕が自分の命を粉々に粉砕する光景がありありと見えてしまった。
死という文字が、ベルの脳裏によぎる。
(もう少しっ、後もう少しなんだッ!!もう少しだけ時間があれば、ヤツの魔石を砕くことができるのにッ!!)
しかしベルがどんなに願っても、どんなに嘆いても訪れる未来は変わらない。
ありったけの力を込めても堅い筋肉の鎧を穿つ速度は変わらず、間近には唸りを上げる拳が刻一刻と自分の顔に近付いてくる。
確実にベルの身体を無残な肉塊へと変える剛拳。
残酷な死が、目の前まで迫っていた。
(何か、何かないのかっ!?一瞬だけ時間を稼ぐ方法は―――)
ベルが必死に頭を回転させたそのとき、ふと『彼』の言葉が脳裏に浮かんだ。
『いいかい、ベル・クラネル―――絶対に自分の限界を決めつけるな。余計なことは考えず、己の力を信じ、眼前の敵を倒すことだけに集中するんだ』
(そうだ、僕は―――ッ!!)
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
力強く砲声を上げたベルが取った行動は、本能的なものだった。
自分の命を刈り取ろうするミノタウロスの拳に対し、ベルは剣を持っていない方の手で殴りかかったのだ。
「―――ッッ!?」
怪物の降り下ろした拳と少年の振り上げた拳が衝突した瞬間、バキバキッとベルの左腕から悲鳴が上がる。
とてつもない破壊力を秘めたパンチを真正面から受け止めたベルの細腕はその圧倒的な衝撃に耐えきれず、ほんの一瞬の間に何本もの骨が折れてしまった。
無謀な反撃により左腕が完全に折れてしまったベル―――しかし己の腕一本を犠牲にして稼いだその一瞬の間に、彼の剣がミノタウロスの筋肉の鎧を全て穿ち、その奥の魔石を貫く。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
そしてベルは腕が破壊される激痛を無視して思いっきり剣を捻り、ミノタウロスの魔石を粉々に砕いた。
『―――――――――ッッ!?』
魔石を破壊された瞬間、ミノタウロスの身体に無数の亀裂が走り一気に砕け散る。
その後ベルの眼前に残ったのは、サラサラと幻想的に宙を舞う黒紫色の灰であった。
(僕は、勝ったのか…?)
全身がボロボロになりながらも紙一重で怪物を打倒したベルであったが、あまりの疲労に意識が肉体から離れかかっていた。
『…ミゴト、ダ…チイサキ…モノ、ヨ…』
(えっ―――?)
そんなベルの耳に、誰かの言葉が聞こえた気がした。
いや、誰かではなく今まさに倒したはずのミノタウロスがそう呟いたようにベルには感じられたのだ。
理性無きモンスターが言葉を話すなんてありえない、しかも相手は魔石を砕かれ消滅したはずだ―――そのはずなのに、ベルにはその言葉の主が今まで戦っていたミノタウロスであることを疑わなかった。
だからベルも、消えゆく宿敵の言葉に答えるために口を開く。
「貴方も、見事でした…叶うのなら、また貴方と戦いたかったです」
『…フッ…オレモ、ダ……』
そう最期に呟いた瞬間、宙に舞っていた黒紫色の灰が完全に地に落ちてしまうのであった。
死闘を繰り広げた怪物の最期を見届けたベル。そんな彼の傷付いた身体も魔法の放出を終えたことで地面へと落下していく。
(着地するために体勢を変えないと―――あれ、身体が動かない…?これじゃあ碌に受け身もとれないや…)
「―――ベルッ!」
ベルが地面へと落ちていく光景を見て、真っ先に反応したアイズは力強く地を蹴り、ベルの下へと駆け出していた。
そして一瞬で空間を駆け抜けたアイズは、落下してきたベルを抱きかかえることに成功する。
「アイズ、さん…」
意識が朦朧としていたベルであったが、アイズの腕の中に包まれているのは理解できた。
いつもならあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にするところだが、なぜか今はそういう気持ちが生まれなかった。
ボロボロの自分を心から案じてくれる少女の腕の中は、身体中を襲う痛みを忘れてしまうほど心地よかった。
疲弊した肉体も、彼女の温もりに包まれるだけで癒えていくようにさえ感じた。
このまま彼女の腕の中で眠りにつきたい…だけど、まだダメだ。僕はまだ、意識を失うわけにはいかない。
―――だって僕にはまだ、アイズさんに聞かなければいかないことがあるから。
「…待ってて、今治療をするから…っ!」
「…僕、は…よ……まし…か…?」
「えっ?」
「…僕は、強く…なれました、か…?」
「―――っ!」
ベルはどうしてもそれを確かめたかった。
アイズの笑顔を取り戻すためにベルは傷だらけの身体で立ち上がり、何とかミノタウロスを打倒した。
―――それは全て、自身の強さを彼女に証明するため。
―――それは全て、もう二度と自分のせいで彼女を悲しませないため。
―――それは全て、明るく微笑んでいる彼女の顔を見たいため。
―――それは全て、そんな彼女の隣にいつまでもいたいため。
―――それは全て、いつか自分の手で彼女を守るため。
「…君は―――」
自分の腕の中にいる傷付いた白兎がどうして今、そんなことを聞いてきたのかわからない。
それでもアイズは彼の問い掛けに対して真剣に考え、そして答えた。
「…君は、とても強くなったよ」
(―――ああ、よかった。僕は本当に、強くなれたんだ…)
その言葉を聞いた瞬間、ベルは安堵からか気が遠くなっていくのを感じた。
それでも最後の力を振り絞って、お礼を伝える。
「ありがとう、ございます……アイズ、さ…ん……」
「ベル…?ベルっ!?目を開けて、ベルッ!?」
「アイズ、急いでこの
「―――っ!わかりましたッ!」
「う、嘘…どんどんベルの顔が青く…っ!」
「おい、こんなところでくたばんじゃねぇぞ新人!」
「ど、どうしようフィン!?」
「万能薬を飲ませた以上大丈夫だと思うが、万が一の場合があるかもしれない。急いでベルを連れて地上に帰還しよう」
「…それなら、私がベルを抱えていく」
「わかった。僕とティオネとティオナ、それとベートがここに残るからアイズ達は先に地上に帰還してくれ」
「えっ、私も残るの!?ベルのことが心配なのにっ!」
「もう少しここを調べる必要があるし、ラウル達にこのことを伝える必要がある。わかってくれ、ティオナ」
「ティオナ、団長の指示に従いなさい。ベルにはアイズとレフィーヤ、リヴェリアが付いているから大丈夫よ」
「うぅ、わかったよ」
「僕とティオナがラウル達の元に戻る。ティオネとベートはこの場に残り、ミノタウロスのドロップ品を含め、何か異常がないか調べてくれ」
「わかりました、団長」
フィンの指示を聞いて、その場にいた全員が行動を開始するのであった。
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彼がオラリオに来て約二週間。
冒険者登録をしてから、わずか五日。
一匹の兎が『偉業』を成し遂げ、自身の器を昇華させた。
短期間でLv.2にランクアップしたベルであるが、それがどれだけ異常なことであるのか彼はまだ知らない。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの約一年というLv.2到達記録―――その記録を大幅に塗り替えたベルの名前がギルドから正式に発表されるのは、彼がミノタウロスを倒してから三日後のことであった。