ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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感想で他の人の閑話も見たいという声が多かったので、その要望に応えて今回は本編ではなく閑話となります。
本編は次回からということで。


閑話 ベルとリヴェリアの関係性

 【ロキ・ファミリア】遠征の数日前の夜、リヴェリアの自室にて。

 この連日リヴェリアはベルと二人きりで勉強会を行っていた。

 今日で三日目となる勉強会―――リヴェリアはベルにダンジョンに関する知識を叩き込んでいるのであった。

 

「さて、今日は主にモンスターについて教えていく。まずはそうだな…『上層』とされる階層は第一階層から第何階層までだか分かるか?」

 

「確か『上層』は一階層から十二階層までのことだったと思います」

 

「うむ、正解だ…しっかりと予習しているようだな、ベル」

 

「そ、その…リヴェリアさんからただ教えてもらっているだけじゃいけないと思いまして、自分なりに勉強してみました。それに…」

 

「それに?」

 

「…数日前にリヴェリアさんからお説教を頂いて、無知のままダンジョンに潜った自分がいかに愚かであったのか身にしみましたから…」

 

「…どうやら、先日の説教は無駄ではなかったようだな」

 

 先日の説教とは何か?

 話は三日前――ベルが夜中にホームを抜け出して一人でダンジョンに魔法を試しに行った日まで遡る。

 

 ベートに担がれホームへと帰還した日の朝、ベルはアイズとの早朝訓練を行うために中庭へとやって来た。

 中庭に現れたベルの様子が明らかにおかしいと感じたアイズとレフィーヤ(アイズとベルの訓練を見学もとい監視しに来ていた)が問い詰めたところ、ベルは二人の約束を破ってダンジョンに潜ったこと、そして初めての魔法に夢中になってつい魔力を使いすぎて極度のマインドダウンに陥り、気絶してしまったことを包み隠さず明かしたのであった。

 そう…そのときにゴブリンに襲われて危うく殺されかけたことも含めて全て白状したのだ。

 

 ちなみに、気絶していたベルがゴブリンに殺されかけたことを知っていたのは、目を覚ました後にベートから説明されたからであった。

 

 実は最初ベルは、自分が気絶したことや死にかけたことを上手く誤魔化そうとしたのだが、もちろん彼にそんな器用なことができるわけなく、また二人の少女のから感じる尋常ではない圧力に耐えきれなかったこともあり、あっさりと吐いてしまったのだ。

 

 

 そしてベルの話を聞き終えたアイズとレフィーヤはというと、すごく激怒した。

 それはもう大激怒であった。

 あまりの怒りように何事かと駆けつけたリヴェリアであったが、レフィーヤから事の顛末を聞かされた後は、アイズたちと同様…いや、それ以上の雷をベルに落としたのであった。

 その後ベルが三人から長々とお説教を受けたのは言うまでもない。

 

 その説教のときにリヴェリアがベルに告げた言葉―――「ダンジョンに関して無知でいることは、ダンジョンにおいて死を意味する。知識も経験もない今のベルがダンジョンに潜っても、何もできずに死ぬだけだ」

 

 一見厳しめな忠告であるが、これはリヴェリアが真にベルの身を案じたからこそ、あえて辛辣な言い回しにしたのだ。

 

 そのリヴェリアの思いはベルに伝わり、自分がいかに無謀なことをしていたのか気付いて猛省したのである。

 そして自分のことを心配しているからこそ本気で怒ってくれるリヴェリアたちに土下座して謝ったのであった。

 十分に反省しているベルを見て許したリヴェリアから勉強会の提案があり、ベルは申し訳ないと思いながらもこれを承諾したのだ。

 

 これがベルとリヴェリアとの勉強会が始まったきっかけであった。

 

 現在のベルの態度を見るに、リヴェリアが伝えたかった意図をしっかりと理解していることは明白であった。

 

(私から教えてもらっているだけではいけないと自覚し、積極的に自分から勉強しているみたいだな)

 

 無知でいることは悪いことではない…それがまだ年若いベルなら仕方がないことだ。

 しかし、ダンジョンに潜るなら話は別である。

 ベルには厳しめに伝えたが、実際に知識も経験もない状態でダンジョンに潜るのは自殺行為であるのは本当のことである。

 そのことを自覚してもらうためにも、ベルに嫌われるのを覚悟で強めの口調で説教をしたのだから。

 その後ベルは私の期待通りに…いや、それ以上に自分の知識の無さを痛感し、自分がいかに無謀なことを仕出かしたかを自覚したようであった。

 

(アイズとの訓練で疲れ果てているはずだが、私との勉強会でその疲れをおくびにも出さない。それに、一昨日も昨日も寝る間を惜しんで資料室に籠っていたようだし、少し薬が効きすぎたか…?)

 

 嫌われるのを覚悟で厳しめに説教したが、今のベルは自分のことを避けているようには見えない。

 もちろん約束を破った罪悪感から申し訳そうにはしているが、とても自分のことを嫌っている…怖がっているようには見えなかった。

 

(厳しめに叱った私のことを怖がっている様子もなければ、無理をしている様子もない。ベルは私のことをどう思っているんだ…?)

 

「あ、あの…リヴェリアさん?」

 

「あぁすまない。それでは講義に戻るぞ」

 

「はい!」

 

 ベルの気持ちはひとまず置いといて、私は再び教えることに集中するのであった。

 

「『上層』で出現するモンスターは、ゴブリンやコボルトなど弱いモンスターが多いのは事実だ。だが『上層』にも新米冒険者にとって鬼門となるモンスターは数多く存在している」

 

「いくら新人向けの『上層』であっても、厄介なモンスターはいるってことですね?」

 

「その通りだ。そのモンスターたちは俗に『新人殺し』と呼ばれ、駆け出しの冒険者にとっては最大限に警戒して戦わなければ勝てない相手でもある」

 

「し、『新人殺し』ですか…」

 

「確かにどれも厄介な相手だが、各モンスターの特徴について把握してれば、そう過剰に恐れる敵ではない」

 

 『新人殺し』の餌食になる冒険者の多くが新米冒険者――中でもそれらのモンスターについてあらかじめ調べて来ずに挑んだ新人がほとんどである。

 各モンスターの攻撃パターンや固有能力――例えば爪に毒が塗られているなど――の特徴をあらかじめ学習していれば、戦闘時の死亡率はぐっと下がるのだ。

 

「具体的に例を挙げると、六階層に出現する『ウォーシャドウ』は厄介な敵だな。どのようなモンスターであるか知っているか、ベル?」

 

「『ウォーシャドウ』…まるでナイフのような指を持つモンスターですよね?」

 

「うむ、その認識で概ね間違っていないな。他には何か知っているか?」

 

「確かとても素早く動いて相手に接近し、その両手の指を用いて攻撃を仕掛ける…でしたよね?」

 

(ほう、まさかここまで答えられるとは…本当によく勉強しているな)

 

「うむ、その通りだ。『ウォーシャドウ』の純粋な戦闘能力は上層の中でも高い。六階層だからと油断していると、奴の速度と指の威力に翻弄されて命を落とす冒険者も少なくはないのだ」

 

「さて、『ウォーシャドウ』の特徴は鋭利な指と移動速度の速さであるが、実は他にもある。それが何だか分かるか、ベル?」

 

「…わ、分かりません」

 

 リヴェリアの問い掛けに答えられず、ガクッと落ち込むベル。

 そんなベルを慰めるように、リヴェリアは出来るだけ優しい口調で語りかけた。

 

「そう落ち込むことはない、ベルはよく勉強している」

 

「でも…」

 

「いきなりモンスターに関する全ての知識を網羅するのは私でも無理だ。だから、ゆっくりと時間をかけて覚えていけばいいさ」

 

「…はい、分かりましたっ!」

 

(…どうやらこんな私の言葉でも、誰かを慰めることはできたようだな)

 

 誰かを慰めることに自分の性格は向いていないと自覚しているリヴェリアだが、無事にベルを元気づけることができ、内心ほっとするのであった。

 

「『ウォーシャドウ』の特徴は鋭利な指と移動速度の速さ…そして長いリーチを誇る腕だ。リーチが長い敵と戦うのは言うまでもなく厄介であるが、それは何故だか分かるか?」

 

「そうですね…相手のリーチが自分のリーチより長いと、うかつに懐に近づけません。自分の間合いに相手を引き込めず、相手の間合いで戦うことになり、自分にとって終始不利な戦いになるから…だと思います」

 

「…完璧な答えだ。アイズから教えられたのか?」

 

「はい、模擬戦闘を通じてアイズさんから教えてもらいました」

 

(あまり口数の多い子ではないから心配していたが、どうやら杞憂だったらしいな。ふむ…アイズの指導はベルに合っていたようだ)

 

「…ベルの言う通り『ウォーシャドウ』の長い腕は厄介だ。射程距離が長く、おまけに攻撃の威力も六階層のモンスターにしては高いのが警戒するところだな。それから―――」

 

 リヴェリアの口から説明されるモンスターの特徴について、ベルは真剣な表情でメモをとっていく。

 

 そしてそれから一時間後。

 

「―――以上で、上層に出現する注意すべきモンスターの説明は終わりだ。それではこれから、確認テストを始める」

 

「テ、テストですか…?」

 

「そう不安そうな顔をすることはない。よく勉強しているベルなら簡単にできるテストだからな」

 

「うっ、余計にプレッシャーが…」

 

「ちなみにこの確認テストで八割以上とれなかったら、真夜中まで勉強会を続けるからな。そうなったら今日は眠れないと思え、ベル」

 

「えっ、そんな…」

 

 その言葉を聞いて顔をサッと真っ青にするベル。

 

(しっかりと予習していて、私の話も真剣に聞いているベルなら余裕で八割超すのに決まっているのだが…少し脅し過ぎたか?)

 

 リヴェリアは青ざめた顔するベルを安心させるように優しく微笑んだ。

 

「大丈夫だ…今のベルなら八割は堅い。万が一できなくても、そのときはまた一緒に勉強し直せばいいさ」

 

「リ、リヴェリアさん…!僕、必ず八割を越えてみせます!!」

 

「うむ、その意気だ」

 

 リヴェリアは多くの者を教え導いただけあって、アイズよりも飴と鞭の使い方が上手であった。

 これは余談だが、以前のリヴェリアは飴を用いず鞭だけの教え方だった。

 そのとき同じ【ファミリア】であるフィンの飴と鞭を上手く使い分ける指導方法を見て、自分も取り入れたのである。

 エルフは頭の硬い種族だとドワーフやアマゾネスから言われることも多いが、少なくともリヴェリアに関してはそんなことはなかった。

 柔軟な思考をもち、尚且つ伝統を軽視する訳ではない彼女だからこそ、多くのエルフから尊敬されるのだろう。

 といっても、ある一部のドワーフからは未だに頭が硬いと言われているが。

 

 話は戻り、リヴェリアお手製のテスト―――あえて名付けるなら『ダンジョン確認テスト』がベルに配られた。

 

「制限時間は三十分。それでは、始め!」

 

 リヴェリアの開始合図を聞き、ベルは配られた『ダンジョン確認テスト』を解き始めるのであった。

 

 テストは全三十問。一問一分で回答し、三十問中二十四問以上正解なら合格である。

 

 ちなみに参考程度だが、以前このテストを受けたことのあるアイズ大好きエルフさんの点数は、三十問中二十九問であった。

 勉強熱心で優秀な頭脳をもつ彼女だからこそ、一問ミスという驚異の正解率だったのである。

 

 果たしてベルは、無事に八割を越えることができたのか?

 

 ベルの結果は―――――。

 

 

 

*****

 

 

 

 約三十分後。ベルは全ての問題を解き、リヴェリアの採点も終わった。

 

「それでは結果を発表する。ベルの得点は三十問中―――」

 

「(…ごくっ)」

 

「二十九問正解だ。八割を超えるどころか、まさか九割を超すとはな…」

 

「えっ…ほ、本当ですか!?」

 

「ここで嘘をついてどうする。こんなに素晴らしい結果を叩き出したのだ…もっと誇るといい。一問ミスはレフィーヤ以来の快挙だぞ」

 

「レフィーヤさんもこのテストを受けていたんですか…」

 

(まさか二人とも同じ点数で、しかも間違えた箇所まで同じとは…案外二人は似た者同士なのかもしれないな)

 

 その後リヴェリアはベルが間違えた問題だけを解説し、三日目の勉強会は終わりを迎えるのであった。

 

「よし、今日はここまでにしようか」

 

「はい!今日もありがとうございました…また明日もよろしくお願いします」

 

「うむ、また明日な」

 

 ベルはお礼を告げ、リヴェリアの部屋から退出しようとした。

 自分の部屋から立ち去ろうとするベルの背中に向かって、何故だか分からないが私は思わず呟いていた。

 

「ベルは私のことが怖くないのか?」

 

 ―――どうしても私の説教は他人の説教と比べて怖いらしい。

 自分に怒鳴られた者の多くは、私に畏怖の念を抱いている。

 私のことを尊敬してくれるのは伝わるが、彼らと自分の距離は遠い。

 もちろん彼らに悪気はないのは分かっているが、同じ【ファミリア】…同じ家族の距離感ではなく、まるで先生と生徒のような距離感なのだ。

 

 だがベルは違う。私のことを尊敬しているのは伝わるが、畏怖の念を抱いているように見えない。

 この三日間過ごして分かったが、私とベルの関係は先生と生徒の距離感よりずっと近いものなのだ。

 だから私はどうしてもベルに尋ねずにはいられなかった。

 

「リヴェリアさんのことを怖い…ですか?そんなこと全然ありませんけど…」

 

「どうしてだ?」

 

「えっ?」

 

「どうしてあんなに怒鳴られたのに、お前は私を怖がらない?」

 

 ―――どうして私を見つめるベルの瞳には『恐怖』が全く存在しないんだ?

 ―――どうして私を見つめるベルの瞳は『優しさ』に満ちているんだ?

 

「確かにあんなに怒られたのは初めてでしたから凄く怖かったですよ。でも、同時に思ったんです…これが『母親』に怒られるということなんだって」

 

「……『母親』」

 

「僕には母親がいませんでしたから、母親から説教されることが具体的にどのようなものか分かりません。それでもリヴェリアさんが、僕のことを本気で心配してくれたからこそ叱ってくれたんだって…いくら鈍い僕でも分かりました」

 

「……!」

 

「リヴェリアさんは『母親』として悪いことをした『子供(ぼく)』に説教をしただけです。一度怒られたくらいで『母親』を嫌いになる『子供』なんていませんし、ずっと母親を怖がったままの子供もいないと思うんです。…だから僕にリヴェリアさんを怖がる理由はありませんよ」

 

「不出来な『息子』で申し訳ないという気持ちはありますけどね」とベルは恥ずかしそうに告げるのであった。

 

 そんなベルを見て、私はやっと気が付いた。

 

(あぁそうか、そうだったのか…ベルは私のことを『母親』として見てくれていたんだな。…何が不出来な『息子』で申し訳ないだ。お前は私なんかにはもったいないくらいよく出来た『息子』だよ)

 

 現段階でのベルとリヴェリアの関係は『母親』と『息子』―――しかし一般的な親子の距離感と比べると、やはりまだどこかぎごちない。

 彼と彼女の関係は始まったばかりであるから、それも仕方がないことだろう。

 

 それでもこれだけは断言できる。

 ―――ベルとリヴェリアの二人は紛れもなく『親子』であった。

 

 

 

 

 

 




次回の更新は今週の土曜日となります。

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