ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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魔王と冥竜王の蠢動

ここ7、80年ぐらい魔王軍は忙しい。

というのも大魔宮の改修がとうとう完了して、

それを大魔王バーンの超魔力で地上に転送しなくてはならないからだ。

その前段階としてバーンパレスをすっぽり覆う、

巨大で緻密な邪悪の六芒陣を大地に描かなければならないし、

そして更にもう一手間必要で、

転送先の座標にも邪悪の六芒星を描いて転送精度を上げる必要がある。

 

魔界の黒い太陽にも見える、空にぽっかり開いた暗黒の孔……、

それを遥か昇っていき地上世界のデルムリン島に出て、

転送目標である死の大地へ六芒陣を描く役目は、ミストバーンが担当する予定である。

天界の神々に気付かれないよう、隠密かつ迅速に実行でき、

そして強大な魔力を持つ者でなくてはならない。

しかも天界に与する精霊や竜の騎士などに出くわしたら、

知らされるより前にそいつらを始末する必要もある。

あらゆる点を考慮しても、ミストバーンが適任であった。

 

それらが整って、バーンパレスが地上に見事転送された暁には、

大魔宮内に詰める番兵モンスターを合流目標として、

魔王軍はリリルーラを用いて魔界と地上を行き来できるようになる。

わざわざデルムリン島を経由しなくて良くなるし、

大規模な軍勢を僅かな時間で魔界本土から送れることになるのだ。

バーンの地上破壊計画成就のためにも、失敗は許されない大事業であった。

 

だが、失敗できぬ…といっても派遣されるミストバーンは極めて優秀で失敗はまず無い。

魔界での様々な作業(大魔法陣の敷設、祭壇の建造etc…)も、

こういった作業と指揮に慣れたゴルゴナがいれば滞らない。

考慮すべきはヴェルザーの妨害だけだが、

実のところ冥竜王にその気はない。

以前の小競り合いで部下がごっそりアンデッドになってしまい懲りたのもあるだろうが、

 

「地上への橋頭堡をバーンどもが固め終わったら、それを横から奪うのだ」

 

という算段があったからだ。

 

そういった諸々の事情が手伝って、バーンパレスは

六芒星に高められた大魔王のバシルーラで無事、死の大地に送り届けられた。

特に問題も起きず、それはバーンの予定通りの…

神々に気取られぬ、とても静かな転移であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上軍設立の準備、天界侵攻に向けた魔界本軍の本格的な軍備増強。

ヴェルザー軍の不穏な動きに対する警備網の強化などなど。

人生密度が薄いからだれて腐る……などというのはバーンとその部下達には当てはまらず、

日夜対応に追われ光陰矢の如し。 あっという間に時間は過ぎていく。

バーンも最近は楽しそうにしていることが多い。

 

「順調だな……」

 

「そのようで。 地上も人間同士の戦争以外は平穏そのもの。

 神々は相変わらず寝ぼけ眼のようですよ」

 

バーンの独り言とも取れる呟きにキルバーンが揚々と応える。

魔界の第7宮もまた平穏。

数十年前にロン・ベルクを逃したものの、計画の全てが万事うまくいっている。

しかし……とバーンは思う。

 

「やはり軍をまとめる者が必要だな。

 天界を潰すのに兵は多いに越したことはない………。

 余の力のみで全てが片付くとしても、

 無敵の軍団を作る努力は常にすべきであろうな」

 

お気に入りのワインのグラスを傾けながら、

地上の様子を映す巨大な水晶を見る。

いや、正確には、水晶は地上を映してはいない。

水晶が映しているのは太陽。

直接視界に捉えれば目が眩むほどの明るい陽の光。

幾重かの減光のための防御膜で水晶を覆って、ようやく瞳が楽になる。

 

「太陽…………強く……美しい光だ」

 

あれほどの力ある陽光を千年・万年・億年と放ち続ける大いなる星。

大魔王の力をもってしても、あのパワーを維持し続けることは難しい。

瞬間的なら太陽の再現も可能だろうが、それでは太陽を手に入れたことにはならない。

魔界を永遠に照らし続ける生命の源こそが必要なのだ。

 

「フッ……太陽を作ったことだけは………神々を褒めてやらねばならんな」

 

いつの間にか空いたグラス。

それに気付いたキルバーンが指を軽く鳴らすと、

すかさず死神の手になみと注がれた酒が現れ

「どうぞ」と、演技がかった仕草でバーンに捧げられる。

そのように優雅な玉座の間に、カショリ…という聞き慣れた爪の音が近づいてきていた。

爪の音の間隔が短い。 足音の主は珍しく急いでいるらしい。

 

「バーン様」

 

王の間に早足で飛び込み、浅めの一礼のみの挨拶にとどめた冥府の大蜘蛛は、

様式よりも実利である…と言わんばかりに報告を始めた。

バーンも「無礼である」などと言って咎めはしない。

むしろ、さっさと言えと視線で急かす。 

退っ引きならないことが起きたのは、ゴルゴナの様子で分かったのだから。

 

「地上に侵攻した魔族がおります――――」

 

冥王のもたらした言葉に、バーンの眉がやや寄る。

 

「ほう………そのような覇気のある魔族がまだおったか」

 

「はっ……そやつは魔王を名乗り地上世界に宣戦を布告したようです」

 

「魔王とは大きく出たな………その者の名は?」

 

大魔王の自らを差し置いて、

魔王を名乗りあまつさえ慎重を期してきた地上へずかずかと乗り込む愚か者。

魔王の前に”大”をつけぬだけ、まだ控えめだと満足すべきか。

しかし、永い時の中で覇気と血気を失っていった多勢の魔族共にくらべれば、

短慮な愚か者と思う以上に可愛気がある。 

是非ともその愛しき愚者の名を知りたいと、バーンは思った。

 

「魔王ハドラー………と」

 

ゴルゴナが控えめにその名を告げる。

大魔王の顔に、いつかのような悪童染みた薄い笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キアーラ。 …………キアーラはおるか」

 

ゴルゴナが言いながら巨大な部屋の扉を開ける。

当初の頃に比べると、広さも質も桁違いになったゴルゴナの研究室。

既に独立した研究機関と言えるレベルに到達していて、

不死の研究だけでなくモンスターの量産から希少金属の培養まで手広くやっている。

そしてそこを預かるのは彼女…。

 

「はいはい、なんでしょう」

 

座り心地の良い椅子に姿勢よく腰掛け、2本の試験管を持ちながら頭だけで振り返る。

魔王軍唯一の純粋な人間であり、ゴルゴナと対等の知識を持つキアーラである。

当然、研究所の総責任者はゴルゴナだが、

しかし、ゴルゴナは研究だけが仕事ではない。 死霊を従える彼の仕事は多岐にわたり、

時には戦場で陣頭指揮も執ることがあり非常に忙しい。

そこで彼女の出番である。 冥王が留守の間は彼女が研究の全てを取り仕切るのだ。

 

「悪魔の目玉が予定より多く必要になった。

 今までの10倍の数を半分の期日で仕上げろ」

 

「え、えぇ~~!? なんなんですかそれ!」

 

ブラック企業もびっくりの納期変更である。

思わずキアーラは試験管を落としそうになった。

 

「愚かなはぐれ魔族が、我らの地上侵攻の直前に地上に攻め入った」

 

「あらまぁ」

 

「バーン様はその魔族が引き起こす戦争の鑑賞を望んでいる。

 魔王を名乗るハドラーの戦ぶりをあますことなく記録するのだ………」

 

「だ、だからといって10倍……?」

 

キアーラがやや青ざめた表情で尋ねる。

 

「そうだ」

 

躊躇なく肯定する冥王。

 

「も、もちろん…ゴルゴナ様も手伝ってくれるんですよね」

 

「我は地上に赴いたミストバーンに代わって成さねばならぬことがいくつかある。

 人手は回す。 好きに使って構わぬ…………期限を順守せよ」

 

黒いローブから覗く八つの単眼が、少し鋭くなった気がした。

キアーラはとてつもなく嫌そうな顔をしているが、それも仕方ないだろう。

どうやら何を言っても逃れられそうもないぞ……? と彼女は悟る。

青ざめた顔から嫌そうな顔になり、そして今はげんなり顔。

 

「……わかりました。 わーかーりーまーしーた。

 やってみせますよ。 あたしはムー帝国一可愛くて若い天才錬金術士ですからね。

 これがフロレンシアだったら肌荒れと偏頭痛で倒れますよ。

 良かったですねゴルゴナ様。 若くて美しいあたしがお側にいて。

 あたしのサポートがあるから魔王軍で居心地いいんですよゴルゴナ様は。 間違いないです。

 ほんとに分かってます? あたしの重要性。 大切にしたほうがいいと思います。

 もっとご褒美をいっぱいだしましょう。 あたしに。

 そもそもあたしだけに任せるってちょっと無謀ですよ。

 可愛いあたしを側に置いておきたいのはまぁ分かりますけど、

 あたしを独占したいって気持ちはわかりますけど。

 でもそこは元ムーの王族としてドンッと構えて研究所の人員増やしましょう。

 だいたい人手は回すって言ってもゴルゴナ様とあたし以外バカばっかりじゃないですか。

 あれ運んでこれ持って、ぐらいしか出来ないバカだらけじゃないですか。

 誰もムーの超理論についてこれないじゃないですか。

 ひょっとしてあれですか、あたし以外バカばっか配置して

 あたしをより一層輝かせようというゴルゴナ様の計画ですか?

 まぁその気持はありがたいですけどゴルゴナ様蜘蛛ですし。

 ミストバーン様とかキルバーン様の方が

 ゴルゴナ様と同じで顔隠してますけどスタイルが段違いですよ。

 オマケに声からしてあいつらのほうがかっこよさそうです。

 まーそこはゴルゴナ様とは古い付き合いですし、

 あたしが見捨てたらゴルゴナ様に靡く女なんてこの世に存在するわけもないですし

 あたしも実は爬虫類とか虫は結構好きなんで

 大蜘蛛のゴルゴナ様も実はありっちゃありなんですけど、

 というかバーン様の側近3名全員なんで顔隠してるんですか。

 全員素顔に自信ないんですか。 男の子って無駄に被り物好きですよね。

 かっこいいと思ってるんですか? 蜘蛛のくせに。 蜘蛛のくせに! 蜘蛛可愛いですけど!」

 

ブチギレであった。

おっとり顔で切れている。

 

(あぁそういえばこんな風に怒る奴であったな……)

 

然しものゴルゴナも少し鼻白む。

永い間、同化していて…しかも複数名の集合体であったから、

キアーラ一人に負担が集中することはなかった。

彼女の1万2千年ぶりの怒りの言葉弾幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王ハドラーが暴れだしてから、そう経たぬ内に今度は魔界でも事変が起きる。

ヴェルザー一族がとうとう動き出したのであった。

 

「それで、ヴェルザーめはどれだけの軍勢を動かした」

 

第7魔宮・玉座の間にてゴルゴナの言を待つ大魔王。

 

「数はおよそ70万から80万。 その内の6割がドラゴン族で構成されております。

 軍団の威容はさすがの一言…………ぐぶぶぶぶ。

 知恵が足りぬ竜どもを、冥竜王が恐るべき統率力で一個の生命のように率いる……。

 (まさに竜王と呼ぶに相応しい………あのように甘い男とは違ってな)

 早急に対処が必要かと………」

 

「70万とはヴェルザー様もやる気ですねぇ。

 ちょっとヤバイんじゃないですかバーン様」

 

キルバーンは声色は愉快そのもの。

真の主と仮初めの主との戦いに、死神の心は踊る。

しかし、

 

「フ………さすがはヴェルザーよの。 それ程の軍勢を用意していたとは驚きだ。

 だが、奴と戦うのは余ではない。

 余との戦いの前に………ヴェルザーめにはとっておきの催し物を用意してある」

 

大魔王は顔色一つ変えず不敵に微笑むだけだった。

 


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