ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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ロモス決戦 終幕

圧倒的な物量がダイとアバン、ポップらに襲いかかっている。

大乱戦となってダイとアバンらは完全に分断されていて、

大地を埋め尽くすゾンビがダイに脇目もふらず突進し、

しかも1匹殺せば肉片が3匹4匹と新たなゾンビを生み出して終わりは見えない。

アバンとポップには炎と氷のエネルギー生命体や岩石体達が

我が身を顧みず突撃し続けており、

中でもフレイムと爆弾岩の抱き合わせ突撃はただただ脅威だ。

そこら中で大爆発が置きまくっていてポップをかばい続けているアバンは満身創痍。

 

現在までに魔王軍は3万以上の兵を失っていて、

その内訳は最も被害が多いのが断トツで不死騎団である。

4万のうち2万という被害を叩きだしており、

普通なら半分も討たれれば壊滅扱いで撤退ものであるが、

何故か今現在、不死騎団の数は5万に増えていた(・・・・・)

確実に2万はダイに倒されたというのに戦っているうちに増えたのである。

これこそがゴルゴナが不死騎団を率いた時の恐ろしさ――

――『無限増殖の軍団』である。

味方が討たれれば討たれるほどゴルゴナの屍術はより輝き、

そこに敵や巻き込まれた第三者の死体が加わってしまえば、

不死騎団を止めるのは竜の騎士とて困難だろう。

ドルオーラで大陸ごと消し飛ばすしか無い。

破邪呪文の聖なる力で消滅させれれば万々歳だが、

ゴルゴナには光葬魔雲という破聖の呪術があるのだ。

バーンがゴルゴナに術を行使し続けることを許可したのならば、

比喩表現ではなく物理的に地上は死者で埋め尽くされるだろう。

アレフガルド時代のゴルゴナには出来なかったであろうが、

この世界はルビスの世界と比べて少々こじんまりとしていて、

しかも今のゴルゴナは当時よりもレベルが上がっており、

くたびれる作業だが不可能ではない。

 

だが、大魔王の地上侵略は天界攻略の前哨戦に過ぎず、

本番へ向けた新戦力の発掘と育成を兼ねている。

ミストバーン・キルバーン・ゴルゴナの三名は既に天界戦で通用する実力で、

地上戦で積極的に使う予定が大魔王に無いのは、人間にはある意味で幸福だった。

 

しかし竜の騎士を目の前にすれば話は違う。

しかもそれが幼体であるなら尚更だ。

冥王の目の前の幼き竜の騎士は、今も大量のアンデッドを次々に屠っているが、

ダイを覆うドラゴニックオーラの量は目に見えて減っている。

バランと違い力の使い方も荒々しく無駄が多く、その分消費も速い。

呻き、苦しんでいるモンスターが死を懇願しながら立ち向かっている様も見せつけられて、

精神的にもこの心優しき少年は消耗していたし、

ゴルゴナに力と怒りをぶつけたいのに

涙を流すアンデッド達が立ち塞がり接近もままならない状況に、

ダイは感情的にも安定しておらず心身共にかなり弱っている、と言えた。

「そろそろか」と黒雲の上から地上を見下ろしつつ呟いた冥王が、

 

「ダイ………未熟ながら貴様はよくやった。

 褒美に面白いものを見せてやろうではないか」

 

と言うと漆黒のローブから6本の腕を左右に突き出して広げ、

 

「ぐぶぶぶぶぶ…………」

 

笑うと、3対の腕がそれぞれ炎のアーチを描きだして

 

「っ! あの炎、まさか……ベギラゴンを……三発同時!!?」

 

さすがのダイの表情をも青ざめさせた。

 

「グブブブ………! 極大閃熱呪文(ベギラゴン)!」

 

炎を纏った閃光が3筋、眼下のダイ目掛けて殺到し、

ゴルゴナに合わせるようにしてサタンパピー達が続けざまにメラゾーマの追撃を放つ。

 

「うわああああああっ!!!」

 

アンデッド達を巻き込む大爆発が起こり、

巨大な火の柱と並程度のキノコ雲が沸き立ってダイを包んだ。

目に見えるほどの衝撃波が地平に向かって走り、周囲の氷炎魔団とアバンらに……

後方に控える百獣魔団とハドラーにも振動を与え数m吹き飛ばした。

ゴルゴナの6本腕と魔力が可能とする極大呪文の3発同時着弾は、

もはやそれだけで小さな村落を土地ごと消し飛ばす威力であった。

ゴルゴナの膨大な魔力とその容赦のなさを見て、

 

「す、スゲェ………オレの手品(フィンガー・フレア・ボムズ)とは桁が違う!

 死者を呼び覚まし数で勇者どもを嬲り、

 肉の壁の向こうから使い捨ての死体ごと魔法で砲撃……クカカカカカカッ!

 オレ以上にッ、旦那は勝利のためなら過程を問わねェ!」

 

衝撃波に転がされながらも受け身を取り素早く立ち上がった氷炎将軍は、

どこか羨望を込めた眼差しで上空の魔人を見つめていた。

 

「ククククク……旦那が竜の騎士のガキを始末した。

 オレもきちんとテメェらを片付けねぇとな?」

 

絶え間ない氷炎魔団の攻撃で疲労の極致にいたアバンとポップは、

ゴルゴナの手品の余波でフレイザードと同じように吹き飛ばされていて、

消耗した身体ではうまく受け身も取れず

強かに地面に叩きつけられダメージを負っていた。

フレイザードが空から地に視線を移すと

勇者と弟子が乱れた呼吸で片膝を付いて氷炎のモンスターを睨んでいた。

ギラリ、とフレイザードが睨み返すと、

 

「う、うわわっ!」

 

とおっかなびっくりな様子で素早く師の影にポップが隠れた。

 

「ポップ……回復アイテムは残っていますか?」

 

「……もう、残ってません…………ダ、ダイの野郎もやられちまったみたいだし……、

 もう………ダメっすよ、先生……お、おれたち、ここで死ぬのかな……せんせえ…」

 

アバンの問いに涙声で答えるポップ。

ベギラゴンの煙塵が晴れると、視界を遮る不死者の群れも一時的に綺麗に消え去っていて、

その爆心地にはオーラを使いきったダイが傷だらけで倒れているのがアバンには見えた。

そして決意する。

(もはやこれまでか…………。

 何としてもポップとダイ君は助けなくては………!

 そして………なんとかして、あの悪魔を倒さねば!

 今、倒すべきはハドラーではなくあの黒衣の魔族!!

 奴だけは………絶対に生かしておいてはならない!)

冷徹、冷酷、残酷、残虐……非道にして無慈悲。

武人の心意気や戦士の誇りといった心を欠片も持ちあわせておらず、

寧ろそのような存在を一笑に付す態度がありありと透けて見える。

神の慈愛を真っ向から否定する”命を弄ぶ呪術”を使いこなし、

しかも少しの躊躇いも無く、死者とはいえ味方ごと嬲るように攻撃する。

悪魔という言葉すら生ぬるく思えるあの不気味な魔人を、

温厚なアバンでさえ「絶対に殺すべき存在」として彼を認識した。

ヒビだらけの鉄の剣を支えとして、

笑う膝を叱咤してアバンが立ち上がると、

 

「クカカカカカカーーッ!! 馬鹿かよテメェ!

 サンドバッグだぜぇ!!」

 

その瞬間にフレイザードが脱兎の如く駆け出して、

炎の左足による鋭い蹴りをアバンの腹にぶち込む――

――打ち込もうとして、

 

「武神流、土竜昇破拳ッ!!」

 

悪鬼渦巻く戦場に似つかわしくない、鈴の音色のような美しい声が力強く聞こえた。

その声と同時に、

 

「うおおおおおお!? な、なんだ、地面が!!」

 

フレイザードの足元の大地が急激に隆起し、

土中から激しい闘気を吹き上げて彼を遥か上空に打ち上げた。

 

「ミーナ!」

 

「はーい、おねえちゃん! いっくよー!!」

 

先の声の主にミーナと呼ばれたダイよりも小柄で幼く見える少女は、

桃色髪の姉弟子の肩に跳び乗ってそのまま足場として飛び上がる。

ミーナは腕をぶん回しながらグングンと空を昇りフレイザードに追いついてしまうと、

 

「ゲェッ!?」

 

「窮鼠文文拳ッ!!」

 

弟弟子の大ネズミの技をフレイザードの顔面に叩きこみ、

「ウガアアアア!!?」と叫んだ氷炎将軍の顔半分が

バラバラに砕け散って地平の彼方へ殴り飛ばされるのだった。

 

「あ、あなた達は………?」

 

突然現れた只者ではない少女二人を見てアバンが戸惑っていると、

 

「久し振りだねアバンどの。 元気?」

 

「ろ、老師……!」

 

懐かしき頼れる仲間の顔に、何故ここにいるのか、

等の疑問は一端全て消し飛んでドッと疲れが出て膝から力が抜けた。

安心感によって張り詰め続けた緊張感が切れたらしい。

 

「………遅れてすまなかった。 アバンどの一人に無理をさせてしまったね。

 マァム、アバンどのに回復呪文を。

 ミーナはあの黒髪の少年を助けてあげなさい。

 上の黒雲の瘴気には決して触れてはいけないよ。

 わしは………」

 

あの黒雲の魔族の相手をする、と言って地面をフワリと蹴って跳んだ。

アバンは慌てて、

 

「老師! 一人では………、わ、私も行きます!」

 

駆け出そうとしたが、

 

「先生っ! ダメです……今は休んで!」

 

「マァム……! あなたが無事で、再会出来て本当に良かった……。

 しかし今は再会を喜んでいる場合ではありません。

 あの魔人は……老師といえど一人では勝てない!

 今の私でも、いないよりは………!」

 

マァムの静止を振り切ろうとする。

だが、

 

「全力でベホイミをかけます!

 だから、少しだけ待って下さい先生!

 そこの魔法使い君、あなたもこっちにきて!」

 

アバンの肩を掴み無理矢理座らせ、ポップも回復させるために呼び寄せる。

 

「……わかりました。

 老師が体を張ってくれている今、私の仕事は回復に専念すること。

 頼みます、マァム」

 

マァムの技で広範囲の地面が吹き飛び、

しかも軍団長が一時戦線離脱してしまって狼狽える氷炎魔団。

その間隙をついての綱渡りの回復である。

ゴルゴナはマァムらを捨ておいて

体中に火傷を負って意識を失い倒れているダイを回収しようとし、

ダイを神仙術によって宙に浮かし彼から流れでた血を

そのまま霧のように噴出させて己の黒いローブへと啜らせる。

肉体も丸々手に入れようと更に引き寄せると、

 

「だめ! その子を返して!!」

 

ミーナが滑りこむようにして横からダイを抱きかかえてゴルゴナから奪い去らんとした。

しかし、少女を無視して強力なパワーでダイを持ち上げるゴルゴナに、

ミーナはダイの腕を掴んで持ちあげられまいとして精一杯踏ん張り、

 

「……………離せ、小娘」

 

存外強い力の少女に対して軽く手を払いのけるような心積もりで、

左手の一本の腕に生じさせた破壊光弾をミーナへ投げつけた。

(あ!やばっ!)回避不能の速度と小さいながらも

かなりの威力を秘めていると容易に想像できるそれを見て少女は思わず目を瞑る。

だが次の瞬間、

「ほいっ」

と気の抜けた声と共に一人の老人が割って入ったかと思うと光球を蹴り飛ばし、

光球は遥か彼方に弧を描いて飛んでいき迷いの森の一角を爆破するのみであった。

闘気の込められた老人の枯れた足には傷一つ付いていない。

(こやつらは何なのだ! 肝心なところで邪魔を!!)

ゴルゴナが驚いたその一瞬の間の内に間髪入れずに老爺が跳び、

そのまま

 

「ぬぅ! 貴様………!」

 

「閃華裂光拳!!」

 

対生物必殺の拳を黒衣から除く顔面に叩き込もうとしたが、

ゴルゴナが寸前で2本の右腕でガードし、そのインパクトの瞬間、

 

「ぐわああああ!  こ、これは! この光は回復呪文の!

 我の腕が崩れる………! ぐ、ぶ…!」

 

堅牢な甲殻に包まれたゴルゴナの腕が溶けるようにボロボロと崩壊する。

(む…意外に速い。 魔道士に見えるが接近戦にも慣れているようだね。

 だが、閃華裂光拳が通じるということは

 この男も命ある生物ということ……倒すのは不可能ではない)

ブロキーナの判断は早く、迷いがなかった。

そのまま拳の衝撃をバネにして更に高く舞い上がり、

 

「アバンどの!」

 

「いきますよ、老師!」

 

マァムの回復呪文で幾らか体力を戻したアバンが、

 

「アバンストラッシュッ!!!」

 

本家本元、渾身のストラッシュをゴルゴナに浴びせる。

 

「ぬぅぅぅ、小賢しい真似を……!」

 

ゴルゴナは神仙術の波動を巡らせて擬似的にバリアを形成、

ストラッシュに耐え凌いでみせたが、しかし、

 

「…閃華裂光拳!!」

 

自由落下に身を任せたブロキーナが

冥王の頭上から二発目の必殺拳を見舞おうとした瞬間、

 

「小賢しいと言っている!」

 

無傷の左腕を1本、空のブロキーナにかざすと空中でピタリと静止させた。

 

「う………か、金縛り!?」

 

有無を言わさぬ強制の完全停止にさすがに冷や汗を隠せぬ拳聖だが、

高速でこちらに迫る人物を視界に収めるとやや安堵する。

上方の老人の黒丸メガネに隠された視線の動きを素早く追ったゴルゴナは、

 

「!?」

 

「はぁぁぁ!!」

 

強靭な脚力で飛び込んでくるマァムの姿を捉えた。

(三段構え……! 拳に強力な魔力の収束…あの技をこやつも使えるのか……だが!)

アバンのストラッシュのエネルギーを受け止め、

拳の達人を頭上で金縛りに遭わせて固定、そして…

クワッ、と甲殻に覆われた己の口を開け放つと、

口から圧縮された神仙術のエネルギーを光線として撃ち出した。

 

「!? きゃあああああ!!」

 

自分の速度も光線の破壊力に乗ってしまい、マァムが受けた衝撃はかなり大きい。

光線に超高速で押し戻され破壊エネルギーの奔流に晒され、

数拍後にけたたましい音を響かせ空中で爆発した。

マァムに口腔砲を浴びせると同時に、ゴルゴナは宙に固定していたブロキーナを

受け止めていたストラッシュのエネルギーに投げつけて二度目の空中爆破を起こす。

 

「…っ! 老師とお姉ちゃんをよくも!!」

 

老師らが注意を惹きつけたお陰でゴルゴナの拘束力が低下したため、

ダイをある程度引き離すことに成功したもう一人の格闘少女が舞い戻ってきていた。

戻ってきた所で師と姉弟子が大ダメージを負わされる様を目撃し激昂したミーナは

 

「ミーナさん、よしなさい!」

 

ストラッシュの構えを解き攻めあぐねていたアバンの静止よりも早く飛び出した。

人類の中でも屈指の高レベルを誇るアバンだが、

幼少からみっちりとブロキーナの薫陶を受けていたミーナの身体能力はかなり高く、

素早さ特化の武闘家として鍛えられてきたこともあり

アバンから伸ばされた腕は追いつけない。

地上に墜落し、全身に中度の火傷を負ったブロキーナも

 

「ミ、ミーナ!」

 

突っ伏しながら叫んだが、その時には少女はバネのように足をしならせて

冥王目掛け一直線に昇っていた。

 

「馬鹿め………腐り果てろ」

 

冷たい8つの瞳が絶対零度の視線を投げかけて、

ゴルゴナが片腕で漆黒のマントを払い振るうと

黒と見紛いそうな濃紫の瘴気が吹き出して少女へ殺到した。

(朽ち果てる邪悪の瘴気! 全身に薄くホイミを張り巡らせることでしか切り抜けられない!)

ブロキーナとマァムにはそれが出来るが、

幼いミーナにはまだその高度な回復呪文の応用が出来ない。

老いた拳聖は一瞬、数年も寝食を共にした愛弟子の一人を失う未来を見たが、

 

「ピィィィィィィィィィ!!!」

 

黄金に輝く一筋の光条が

冥王目掛け引き絞られた矢のように黒い闇を引き裂いた。

黄金は、悲しげな…そして怒りに満ちた鳴き声をあげて腐ちる邪気を払い、

 

「な……! ぐおおおおお!?」

 

そのまま冥王の顔面に衝突する。

何処から何が来たのか。

自分の瘴気を物ともしないこの謎の物体は。

この冥王の頭に重い重い鈍器で殴りつけるような芯に響く衝撃を与える物とは。

蜘蛛の外骨格を焼け爛れさせる、いつか味わったこの身を焦がす痛みは。

様々な思考が巡らされつつ光の正体を掴もうと泣き喚く黄金を視界におさめるが、

顔の左半分が焼け目も幾つか使い物にならず、また脳も衝撃で揺れている。

 

「せ、聖なる力……! バカな…………人間如きがこれほどの破邪の力を!?

 あり得ぬ……! 天の精霊ですらこんなパワーは―――っ!!」

 

その時、ゴルゴナの歪んだ視界に影が差し、

(い、いかん……防御を……!)

そう思った時には既に少女の可憐な……

しかし鍛えぬかれた拳が焼けた顔面に突き刺さり、

 

「猛虎破砕拳!!!」

 

武神流の最大物理奥義が外骨格を粉砕し肉を潰し頭蓋を粉砕する……

寸前にゴルゴナは自身を神仙術で後背へと吹き飛ばしミーナの拳から逃れて、

 

「ぐ、ぶ、ぶ……! 痛感させられ、る…な………、

 勇者と、その仲間、達…………”奇跡”、が…………天の加護が………

 後一歩の所で、起こる…………だが、まぁいい……我の目的は達した。

 ここは、貴様らの勝ち、だ……グブ、ブ…ブ」

 

敗れたことを認めつつも笑いながら、その姿がフッ、と掻き消える。

 

「リリルーラ、か……」

 

アバンが詰まり続けた重い空気を肺から吐き出す。

ここまで勇者一行を消耗させれば後は

ハドラーでどうにでも出来る……と踏んでのことだろう。

あの不気味極まる邪悪な魔道士を倒せないまでも追い払ったのは確かで、

だと言うのに勇者パーティの誰一人…勝利した、という余韻など味わえなかった。

嘲笑うかのような、呻く如くの醜悪な笑い声がアバンの…ブロキーナの…

皆の脳裏にこびり付いていた。

 

 

 

 

 

 

勇者達は疲労困憊で、新たに現れた勇者の仲間も軽くないダメージを負っている。

だが、

獣王クロコダインは重傷を負い後退。

魔剣戦士ヒュンケルは戦死。

氷炎将軍フレイザードは一時戦線離脱。

冥王ゴルゴナは幻のように掻き消えてしまった。

勇者達を前にして取り残された氷炎魔団は、

 

「あわわわわわ! フレイザード様が、ゴルゴナ様がいなくなった!

 退却~~~! 氷炎魔団退却だ~~!

 ハドラー様の元まで逃げろ~~!」

 

フレイムAが叫ぶと、氷炎魔団は雪崩を打って魔軍司令本軍へ逃走しだした。

信じられぬ逆転劇に魔軍司令は愕然となって、

自然と体がガタガタと震えだすのを止められない。

 

「お、お……おのれえええ! ゴルゴナの奴、口ほどにもない!!

 勝手に逃げるとはなんたる奴だ!!

 クロコダインも、ヒュンケルも、フレイザードもっ!!

 ぬ、ぐ、ぐ…! どいつもこいつもオレの足を引っ張りおる!」

 

わぁわぁと逃げ帰ってくる氷炎魔団が、ハドラーの視界にどんどんと大きくなると、

 

「…!! 勝手に持ち場を離れるなァァッ!!

 アバンどもの囲みを解くバカがどこにいる!!!

 敵前逃亡の腰抜け共めッッ!!! ………極大爆裂呪文(イオナズン)!!!!」

 

怒りに任せ氷炎魔団へ己の最強呪文を撃ちこむ非道に走る。

さすがに元魔王だけあり、怒りの感情も手伝いその一発で

氷炎魔団を200体程消滅させ、500体近くに重軽傷を負わすが、

 

「ハドラー殿!? 一体何を………! 乱心したか!!」

 

今のハドラーはとことん運に見放されているようだった。

折り悪くクロコダインの治療が完了し……

ハドラーの元にある報告を入れにわざわざ己の足で来ていた。

ハドラーはぎょっ、となって

 

「ク、クロコダイン!? 貴様……目覚めていたのか!」

 

「………正確には、意識は大分前から戻っていた。

 魔軍司令殿………もはやオレは、魔王軍を信じることが出来ん。

 オレの部下が、オレに知らせてくれたことがある。

 魔の森近くのネイル村………それを襲ったのはヒュンケルである、とな。

 そして妖魔師団長が百獣魔団の仲間の戦死者を利用し、

 苦痛を与えアンデッドとして使い捨てにしたと直訴してきた奴もいる。

 どこまでが真実かはオレにはわからん。

 だが! …………今のハドラー殿の行為」

 

ハドラー殿だけは信じていたかったが、と伏し目がちに言った獣王は、

「お、落ち着けクロコダイン!」というハドラーの言葉にも耳を貸さない。

 

「オレは魔王軍を抜ける!

 魔の森も百獣魔団も貴様らの好きにはさせん………。

 部下達は皆、オレについてきてくれるそうでな………ハドラー殿、いやハドラー。

 大人しく逃げ帰るがいい。 軍団長が大幅に欠け兵も傷ついている今、

 勇者と百獣魔団を相手にはできまい。 よくて双方全滅だ」

 

攻撃はまだしないから帰れと勧告すること……

それが上司であったハドラーへの最後の忠義だった。

妖魔士団、氷炎魔団、共に士気の低下は著しく、

また頼みの綱の不死騎団はゴルゴナが戦域にいなくとも

充分な脅威を発揮する筈だったが、何故か急激にパワーダウンを起こしている。

何体かがハドラーの魔法に巻き込まれ吹き飛んだが、

異種再生も始まらずあっさりと行動を停止し、二度と起き上がらなかった。

ハドラーが知る由もないが、ゴルゴナはさっさと術を解除してしまっていて、

(もはやこんな戦場に用はない)と言わんばかりであった。 

冥王は他に集中したいことでもあるのだろう。

今、アンデッド達は彼の呪力の残滓で動いているに過ぎない。

 

「う、ぬぅぅぅ!! な、何故だ! ヒュンケルならまだしも、

 なぜお前が魔王軍を裏切る!!」

 

ハドラーが額に幾つもの血管を浮き立たせるが、

 

「先に裏切ったのはそちらではないのかな?

 ハドラー……オレはあなたのことを武人として尊敬していた。

 ………今も、お前の中にその心を感じる。

 ……だからこそ!! お前の目を見て魔王軍の背信を確信したのだ!」

 

そう。 魔軍司令は厚顔無恥な男ではない。

残酷、冷酷な行いはするが、卑怯を嫌う。

内心では、己の部下達の行為に眉をひそめている部分があったが、

それを魔軍司令の座の保持と魔王軍全体の栄光の為と言い訳し

無理矢理に覆い隠していたに過ぎない。

そもそもネイル村と魔の森の一件は彼が目覚めた時には既に過去の事。

クロコダインに対する”負い目”がハドラーの瞳には確かに浮かんでいたのだ。

 

「だ、黙れ黙れェッ!!!

 貴様は偉大なるバーン様の軍団を預けられた身なのだぞ!!

 そしてこのオレはその全権を与えられた魔軍司令だ!

 オレが黒と言えば貴様もそれに倣って然るべきなのだ!

 今からでも遅くはない………前言を撤回し、戦列に復帰せよ…!」

 

ハドラーとしては数少ない信頼できる部下を失いたくない一心で、

プライドと威厳を保ちつつの説得に必死であったが、

 

「断る!」

 

クロコダインとしても

軽い気持ちで魔王軍離反を高らかに宣言したわけではない。

もはや彼の中の武人としての矜持と折り合いを付けての裏切だ。

そしてクロコダインの正しさをどこかで悟っているからこそ、

 

「………ッ! ならば、裏切り者として即刻処刑してくれる!」

 

理性を怒りで塗り潰して残る軍団に攻撃を命じた。

それに答えたように獣王が堂々たる遠吠えをすれば、

瞬く間にそこら中が百獣魔団 対 残存軍団の混戦となってしまい、

結果は一言で言うならば『悲惨』に尽きる。

頼みにしていたクロコダインの裏切りに、

彼の人格に対してどこか”甘え”のようなものを抱いていたハドラーは

逆上し短慮に走ってしまった。

この同士討ちの引き金をひいてしまったのはハドラーだが、

寧ろ彼はヒュンケルやゴルゴナのツケを支払わされた被害者とも言える。

しかし……それでも彼は魔軍司令という地位にあるし、

彼には個性溢れる将達をまとめ使いこなす義務があった。

部下の不始末は上司の責任……なのである。

ならば大魔王の任命責任は?という疑問もあるが、

当然のように魔界の神が責を問われることはない。

 

結局、ボロボロまで追い詰めていた勇者一行をこの同士討ちで取り逃がし……、

裏切り者の獣王クロコダインも始末できずに失踪。

フレイザードは生きて帰ったが治療の為動けず、

蘇生液につけられて見る間に蘇った魔剣戦士の独断専行と、

勝手に帰還をした妖魔士団長に関しては

ハドラーの権力は全て退けられて大魔王は不問に付した。

魔軍司令が失った兵力は9万を超えて、

ロモス占領軍すらも百獣魔団に差し向けてしまった為に、

その間に人間達にロモスすらも奪還されてしまっており、

これに関しては完全にハドラーの失態だ。

鬼岩城に意気消沈して帰還した彼が大魔王に呼び出された時、

ハドラーの脳裏には処刑や罷免などの物騒な文字が次々に浮かんでは消えて、

そして今、彼は玉座の間にて”バーンの顔”を前に青い顔で跪いていた。

 

「ハドラー………何か申し開きはあるか」

 

室内に響く大魔王の声に、ただハドラーは震えて顔をあげられず、声もでない。

 

「…………余は寛大な男だ。 失態も3つまでは許そう。

 勝敗は時の運とも言うが些か負け過ぎたな、ハドラーよ。

 だが、此度の敗戦は全てがお前の責任ではないことは余も知っておる。

 お前には10万の軍勢を失った罪だけを問うとしよう」

 

「バ、バーン様………!」

 

ここにきてようやくハドラーには生きた心地がした。

 

「………それに竜の騎士バランをボリクスらに抑えさせたは妙手。

 パプニカ、オーザムの短期攻略も考慮すれば、

 その敗北も………手痛い教訓、といったところか。

 ……アバンの元に竜の騎士の子がいる以上……今のそなたでは荷が重かろう。

 心臓(ハート)の間にて、お前に新しき力を授ける。

 お前の肉体はより強力なものとなり、極大閃熱呪文(ベギラゴン)をも使いこなせるようになるだろう」

 

「も、もったいなきことでございます!」

 

かつての魔王は、地に額を擦り付けんばかりにして平伏する。

 

「うむ………その力で必ずやアバンを仕留めよ。

 お前には期待しているぞ、ハドラー」

 

必ずや、と力強く言い切ったハドラーがやがて退出するとエンブレムの眼光が消えて、

死の大地に埋まる大魔宮(バーンパレス)の玉座の間にて居残りの死神が仮初の主と対話を楽しむ。

 

「ちょっと甘いんじゃあないですか……バーン様。

 叱責はちょこっとで、あれじゃあご褒美あげただけですよ」

 

図に乗っちゃうんじゃないですか?と何も映らなくなった大水晶を見ながら

大鎌で肩をポンポンと叩いて溜息をつく。

お気に入りの酒を嗜みながら大魔王が、

 

「失ったのは地上のモンスターだけだ。

 あの程度、エリミネーターで補えばいくらでも釣りがくる」

 

手軽に生産できる人造モンスター以下の力しかない地上の生物を嘲笑う。

 

「ま、そうですけどね」

 

「それにゴルゴナは無罪放免でハドラーだけ処罰……

 というのも気の毒だとは思わんか。 ん?」

 

「でもゴルゴナはダイ君の肉体ゲットには失敗しましたけど、血を手に入れたんでしょう?

 親子竜の血が揃って研究に幅がでるって喜んでましたよ。

 オマケに過剰回復呪文や神の涙らしき土産話まで持ってきましたし……。

 ボコボコに殴られながらも只では起きませんよねェ、彼って」

 

「神の涙かどうかはまだ分からぬ。

 だが、ゴルゴナの”瞳”から通して余が見たあの光……、

 あの一瞬の黄金の残像にアレの影を見た気がするのだ………」

 

それは怖い、と肩を竦めた死神が何処からともなくグラスを取り出し、

キャハキャハ笑うひとつめピエロから酒を注いでもらうと、

 

「それではバーン様の不老不死化一歩前進と、

 ハドラー君の健闘を願って乾杯といきましょう……」

 

死神が静かに笑う。

勇者達によって、魔王軍はロモスの野で

一敗地に塗れてロモス王国を滅ぼすことは叶わなかった。

カールにおいても竜の騎士と魔王軍は痛み分けの形に終わり、

軍団長こそ無事だったが兵は半数が討たれた。

獣王クロコダインは魔王軍から抜け、

他の軍団長も傷つき軍団は大いに消耗していて、

徐々に人類は魔王軍への反撃を成功させているはずなのに……

だが確実に地上と天界を包む闇は濃くなってきていた。

 


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