ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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アバンが世界平和の為に駆けずり回った結果、
原作より早くランカークス村を訪れポップを2~3年早く弟子にしています。
それだけ教えを受けていながら卒業できない(予定)ポップは相当のんびり屋さん。
やはりマトリフみたいなスパルタタイプが、ポップみたいなサボり癖がある人間にはピッタリ。

あぁ段々と原作開始の時が近づいてきました。
登場人物も増えてきました。
いろいろ整合性が怪しい部分もチラホラ出てくると思いますがご勘弁をぉ。



灯りだす希望の火

勇者アバンは旅の途中で押し掛け弟子となった、

ギルドメイン山脈は麓ランカークス村の武器屋の倅を伴い、

人間同士の争いを止めさせる不毛な旅を続けているらしい。

カール王国のフローラは、

昔馴染みであり想いを寄せているアバンの言葉に真摯に耳を傾けているようだが、

国と政治は個人の感情ではどうにもならず……

武力でもって侵攻してくるリンガイアには相応の対応をせざるを得ない。

カールの同盟国である極北の王国オーザムもまた

「悪はリンガイアにあり、こちらから剣を収めるなど有り得ない」の一点張りで、

最近では攻められているのにも関わらず消極的な対応に終始するカール王国に

不満を述べているらしく、リンガイア王の乱心をこれ幸いとばかりに、

豊かなギルドメイン大陸に自国領を拡大したいという野心が有り有りと見え始めていた。

リンガイアは当たり前のように聞く耳を持たず、寧ろアバンの首に賞金をかけてくる始末。

ベンガーナ王国はアンデッドの群れとの終わりの見えぬ泥沼の戦いによって、

もはや王国領の隅々は全盛期の見る影もない。

ギルドメイン大陸には安全な土地などどこにも無くなってしまった。

 

一連の騒乱は同時期に起きており、

背後に大きな影が潜んでいることを想像するのは容易である。

かつて倒した魔王ハドラーとは比べ物にならないくらいの巨悪を予感させ、

アバンは各国の首脳陣に、

 

「今は人間同士で争っている場合ではありません!

 私達を争わせる何者かの陰謀に乗っては敵を利するばかり……!

 どうか休戦の会談の場をお設け下さい!」

 

と必死に説き周り、ギルドメイン大陸中を東奔西走していたが、

やがてそれに限界を感じた彼は大陸を越え南下することを決意した。

力なき正義が無力であることを知っている彼は、戦乱を収めるために武力を選択したのだ。

カール、オーザム、リンガイアの争乱を解決し、

ベンガーナの危機を救うには南方の2大王国の助力が必須。

そう考えたアバンは自身の勇者としての名声を最大限利用し、

ラインリバー大陸のロモス王国……ホルキア大陸のパプニカ王国の両大国首脳と接触。

中央大陸の争乱への介入に消極的であった両国王を説得し、

両大国連合の平和調停軍を起こしてギルドメイン大陸に出兵を宣言させた。

 

世界中が更なる驚愕に包まれる中、

調停軍は旧アルキードに進軍し、居座るアンデッド達の後背を強襲した。

アンデッド軍はベンガーナとの戦いである程度数を減らしていたこともあるが、

なにより調停軍との相性が最悪で、その急襲で大打撃を受ける。

パプニカが誇る、大司教テムジンと賢者バロンに率いられた魔法隊のニフラム攻勢と、

ロモスの持つ品質の良い大量の聖水に不死者達は散々に打ち破られたのであった。

 

旧アルキードに進駐した調停軍を、

数年に渡るアンデッドからの包囲圧迫を受けていたベンガーナは心底歓迎した。

ベンガーナ王都は疫病が蔓延していながらもちょっとしたお祭り騒ぎになり、

国王クルテマッカ7世は、調停軍が拠点とした旧アルキード城に

少ない供回りで自ら赴き、涙を流しながら謝辞を述べたという。

 

そんな、争乱に幕を引く光明がアバンによって照らしだされ始めた時である。

世間話に興じていた兵達の声を、

いつものように聞き流しつつ重要な噂がないか気を配っていたアバンの耳に

衝撃的な話が飛び込んできた。 それは……。

 

「ネ、ネイル村が……全滅!?

 ど、どういうことですか!?」

 

調停軍の兵士の1人の肩を掴み思い切り揺さぶりながら尋ねる。

後ろで「わ、わわ! 先生落ち着いて下さい! その人すっげぇ頭揺れてますよ!」

と慌てる魔法使いの弟子の制止が耳に入り、コホンっと一つ咳払いをすると、

 

「これはすみません……、少々取り乱してしまいました。

 ………あの村には私の親友がいた。

 彼は重い病にかかっていましたが、

 それでも並のモンスターや野盗に遅れを取る男ではありません。

 ………それに、彼の妻子も弱くはない。

 お聞かせもらえませんか? ……ネイル村に一体何が起きたのか」

 

アバンの眼鏡の奥に光る強い決意に押された兵が、

自分の咎ではないが申し訳無さそうに口を開く。

その村に友がいたと言うなら尚更ショッキングに思うであろうことを、

伝説の勇者に伝えねばならないのだ。

 

その男が語るには、こうである。

半年以上前、ロモスの王都にネイル村から駆りだされた男が故郷へ手紙を書いた。

しかし、一月二月三月待てども返事が来ない。

配達人に確認をとった所、ネイル村に向かった所員は行方不明で、

それを確認にいった傭兵も帰ってこない。

そこでロモス軍の小隊がネイル村に派遣されたが、

村は毒の沼に半ばまで埋もれ腐った死体が徘徊する……

無残な風景に変わり果てていたという。

村の近くには白骨化した所員の死体と、

腐乱し、ゾンビになりかけた傭兵が確認された。

危険な土地でのやっとの調査では、

村は1年以上前には滅んでいたらしい……ということだけしか分からなかったという。

 

アバンは、

 

「な、なんということだ……。

 ロカ……レイラ……マァム……」

 

男の話を聞き、天を仰いで嘆息した。

自分が王国に派兵を依頼したせいで、ネイル村がそんな憂き目に遭遇したのでは。

そんな思いがアバンの鋭利な思考を一瞬走るが、

ロモスもパプニカも、リンガイアが挙兵した時から積極的に軍備を拡張していた。

徴兵による地方の男手の減少……

村々の自給・自衛能力の低下という問題は、前々から起きていたことだ。

アバンの咎は少ない……どころか、その状況を将来的には打破しようと努力している。

魔物とは勝手の違う人間の”エグ味”を相手に良くやっていて、

称賛されこそすれ非難される謂れはない。

だが智勇兼備というだけでなく、優しい、そして自分に厳しい責任感のある男であるから、

それでもアバンは自分を責めずにはいられない。

ネイル村の惨状を、親友一家の安否を確認しに行きたくても、

アバンは調停軍のアドバイザーのような立場にあり、

奮起を促した張本人として勝手に旧アルキードからいなくなるわけにはいかない。

ギルドメイン大陸は少しの気の緩みも許されない、非常に危険な…

闘争心に満ちた人間と邪悪な勢力とが入り乱れる戦乱の地なのだ。

見上げた空から、ポツポツと雨が降り出してきて、

それはまるでアバンの心を代弁するかのような篠突く雨であった。

 

(ロカ………すまない。 今は無理だが、いつか必ずネイル村に行く……約束しますよ)

 

村を襲った災いが何なのか、アバンには見当はついても真実はわからない。

死病を患っていたロカは、災いを逃れても死は免れないのはほぼ間違いなく、

先に逝ってしまったであろう元気印の親友を思い、誓う。

だが、調停軍はこの後……ベンガーナ、カール、オーザムと同盟を結び、

リンガイアとの戦いに突入していくのだが、

慣れぬ北国の寒さと、戦い慣れたリンガイア戦士団らに大いに悩まされることになる。

リンガイアの名将バウスンと、

僅か13歳で初陣を飾るなり50の首を獲ったといわれる一子ノヴァは一筋縄ではいかず、

特にノヴァはカール王国の誇る騎士団長ホルキンスと30合ほども打ち合った末に、

ホルキンス優勢でありながらも引き分けに持ち込むという末恐ろしい少年だ。

バウスン親子という”矛”と城塞という”盾”を持つリンガイアは、

カール王国の名声をも超えて最強の王国となりつつある。

だが、リンガイアが一国でここまで粘れるのは、

なにもリンガイアが飛び抜けて強国であるからではない。

ロモスとパプニカがリンガイアに比べて弱兵、且つ戦慣れした将に欠け、

ベンガーナは疲弊の極致に在り兵は出せていない。

また、オーザムが大陸領の切り取りに執心で、連合を出し抜こうとしている節があり、

足並みが乱れがちであること……などが主原因であった。

身内に不和があり、人間同士の戦に慣れている名将バウスンが相手では、

さすがのアバンも苦戦を免れないのであった。

カール、ベンガーナ、オーザム、ロモス、パプニカの5大王国連合は、

地上に更なる一大事変が起きる3年後まで……

リンガイア一国相手に翻弄されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧テラン王国の首都は湖畔の都である。

その自慢の湖に突き出すように竜の祠が安置されており、

かつて王国が健在であった頃には

そこに火炎草を詰めた竜の装飾が施された皿を供えて竜の神を祀っていたものであったが、

王国が滅び去った今では焼けた祠と崩れた王城だけがその名残を残している。

旧テランの王国領全土は、黒衣の魔人によって業火と瘴気をばら撒かれて

今もなお土地そのものが荒み病んでおり、腐敗した木々と大地の回復は遅い。

だが、襲撃の中心地であった王都内の湖周辺だけは

邪気が払われ土地が清められ始めている。

 

その理由は湖中に沈む遺跡……竜の騎士の聖域である”竜の神殿”の魔を払う浄化作用だ。

神殿は、湖中深くに隠されていたために冥王の魔手を逃れた神々の遺産である。

本来は竜の騎士しか立ち入ることの出来ぬ聖域であるが、

当代の竜の騎士・バランの意向で、

現在この神殿には3人の人間、1人の半魔族、2人の獣人が住み込みをしている。

竜水晶の間を囲むように廊下があるだけの神殿なので、

自然と皆が暮らすのは竜水晶の間となるが、

広い大部屋なので6人で暮らしていても狭くはないのだ。

意思ある水晶、竜の神殿の番人である竜水晶は、

 

「神代の頃から神殿を守り、竜の騎士を見つめ続けてきたが………

 竜の騎士以外を迎えるのも、

 私の間がここまで生活感溢れることになったのも、おまえの代が初めてだ……バラン」

 

と、普段と変わらぬ機械的で冷静な口調で、

愚痴るような雰囲気を滲ませつつ感想を漏らしたのは既に10年近く前のことだ。

今では竜水晶も諦めの境地に至り、馴染んでいた。

 

 

 

ゴルゴナとボリクスとの戦いを終えた後、

ソアラを失いディーノまでも海上で見失ったバランは絶望の縁に叩き落とされたが、

冥王への復讐を心に誓い、

それを生き甲斐としてアルキード北端の”アルゴの丘”付近の奇跡の泉へと帰還した。

ここはバランとソアラが初めて出会った思い出の地であり、竜の騎士の傷を癒やす神域で、

心身が傷付いたバランを癒やすには持って来いの地であった。

そしてそこで、バランは予期せぬ人間らと再会した。

テランから逃がしたフォルケン王と占い師のナバラ、そして孫のメルルである。

 

3人は戦争に明け暮れる北方を避け、

また、アンデッドに蝕まれているベンガーナ王国に行くことも出来なかった。

かといって、パプニカやロモスへ行く手近な海路はベンガーナ発のものしかない。

漁村で手に入るような小型船では、物騒な海路をゆくのはこの3人では不可能だった。

彼らが選んだ避難ルートは、アンデッドが多いベンガーナ中央以西(王都寄り)を避け、

東端の森林地帯沿岸をずっと南下していく道筋であった。

 

そこをゆけば竜の騎士の聖なる泉へ辿り着くはずで、

そこならばアンデッドも近づけぬだろうし戦禍も及んでいない。

古の神話や竜の騎士の伝説に詳しいフォルケンだからこそ思いつけた避難先であった。

森を延々と歩き南下した老人2人と子供1人。

着いた頃には疲れきって、泉付近に倒れるように休憩していたところに、

竜の騎士バランとの再会である。

彼らを見捨てておけなかったバランと、すがる彼ら。

そこからバランと彼らの共同生活と逃亡が始まったのだ。

 

そしてある日、バランがモンスターを退治しつつ世情を探っていると驚愕の情報を入手した。

バランと思しき人相と情報が記載された手配書が出回っていて、

なんとアルキードとテランを滅ぼした張本人とされていたのだ。

バラン一行は、急ぎ身を隠した。

バランと行動を供にしている

テランの元国王フォルケン老に釈明してもらうことも可能だが、

それで簡単に解決するとはバランは思っていない。

なぜなら、世間的にはフォルケンは王国と運命を共にしたと思われていて、

”なんらかの大いなる悪”が動いていると世界中に認知されている今、

「国王1人だけが奇跡的に生き残りました。

 そして手配書の男は人類の味方です。

 真犯人の正体はわかりませんが他にいます」

と言ったところで、信じてくれるお人好しが果たしてどれだけいるだろうか。

また、国民と土地をほぼ全て失った身寄りの無い老王には大した価値も無く、

保護してやったところで”亡国の老いた王を保護した優しき人格者”

という評判が得られるぐらいが精々だ。

フォルケンに残されたのは優れた人格と深い知識・経験からくる知恵だけ。

そしてその知恵すら多くの国家経営者にとっては要らぬものだ。

フォルケンは国家を衰退させた稀代の失政者で

非暴力主義者の理想家……というのは有名だ。

実際に会えば、フォルケンの深い見識と広い器に多くの者が惹かれるだろうが、

病床に臥せっていたため国外の王達とも付き合いが浅く、

フォルケンの本当の為人(ひととなり)を知る者は少ない。

期待できる見返りは少ないのに、

そうやって動き回れば逆に大魔王の勢力に感づかれる危険性だけが増す。

そう考えたバランの判断によって、フォルケンはバランに匿われ続けていた。

 

フォルケンは、冥王襲撃時にバランから薬草とともに摂取した

”竜の血”の効果で存外元気であったが、

それでも万が一の時を思えば”世話係”が必要であった。

そこでバランは緊急時の措置とはいえ

フォルケン王を託した辻占い師のナバラとその孫娘を頼り、

そのまま共に行動してくれるよう頼んだ。

ナバラと孫のメルルに事情を説明し、

「お前達も巻き込まれるかもしれぬが」と言うと快く引き受けてくれて、

 

「邪悪な勢力が狙ってくるかもしれぬと言われましても、

 既に世はどこもかしこも殺し合いばかり。

 貴方様が竜の騎士だというのならば、ここの方がいっそ安心ですじゃ。

 一度は祖国テランを捨てようと思ったしがないババアですが、

 これでも竜の神を信仰してた端くれ………。

 フォルケン様のお世話……孫のメルルと共にお引き受けします」

「お仕えいたします、竜の騎士さま」

 

祖母共々幼いメルルがペコリと頭を下げてくれたのだった。

 

 

 

それがもう10年近く前の話。

大魔王と人類から隠れつつ、色々として……また色々と起きた。

ナバラの占いで我が子ディーノの行方を探しまわってみたり、

9年前……我が子が見つからず、

代わりに魔族と人間の混血児・ラーハルトを見つけ保護したり、

7年前……スカイドラゴンと共に人間の里を襲っていた凄腕の鳥人ガルダンディーを懲らしめ、

バランの圧倒的な強さと男らしさに惚れ込んだ彼が、命乞いがてらそのまま

「バラン様! 今日から俺ァ心を入れ替える! ほ、本当だ!

 ルード共々あんたに、いや貴方様にお仕えする!」

とせがまれ無理矢理ついてこられたり、

5年前……人間の戦争に巻き込まれ大怪我を追って北方を追われ、

海流に乗って南まで流されてきていた瀕死のトドマンを拾って彼に感謝され、

「このボラホーン、人間は憎いが貴方から受けた恩義には報いたい!

 バラン様に拾っていただいた命だ……どうぞこの俺を使ってくだされ!」

とやはり半ば無理矢理従者になられてしまったり、

であった。

 

次代の竜騎衆探しが難航していた為に、

バランは丁度良いとばかりに素養を感じた彼らを鍛え出し始めた。

次期竜騎衆に相応しい戦士とすべく、その訓練はまさしく地獄で、

他人を鍛えたことのないバランは大魔王勢力と人間への苛立ちも手伝い一切の加減もなく、

彼ら3人はほぼ毎日死にかけた………。

が、それでも毎夜、特訓の最後まで倒れず食いついてきたのがラーハルトである。

彼のバランを慕う気持ちはガルダンディーとボラホーンを大きく凌駕し、

また天賦の才能にも恵まれた彼はめきめきと頭角を現した。

闘気技を苦手とするが、それを補って余りある圧倒的な神速を手に入れ、

また、彼の父が残してくれた魔族の血が功を奏してか、魔法を扱う才にもある程度恵まれ、

不得手ではあるが

初歩的な攻撃魔法やルーラ系を会得できたのは大きなアドバンテージであった。

訓練の夜、ヘトヘトのラーハルトに、

義兄(にい)さん、お疲れ様です」

「……ああ、ありがとう。 メルル」

と義理の兄妹のような関係になったメルルが、

冷えたタオルや飲み物をラーハルト……、

ついでに獣人2名に差し出すのがいつもの光景となっていた。

最初は人間に対して頑なであったラーハルトも、

メルルの、誰に対しても控えめな心配りを忘れない優しさと誠実さに

心を開いていったようで、今では本当の兄妹のようだ。

人間をバカにしていたガルダンディーと、人間を憎んでいたボラホーンもそうである。

メルルの優しさに触れ、少しずつ少しずつ人間に好意的になってきていて、

今では「メルルに色目を使うとナバラ婆さんとフォルケン爺さんがおっそろしい目で睨む」

と冗談めかして言うほど彼らと打ち解けていた。

 

次期竜騎衆達も着実に育ち、

隠れ住む”運命共同体”の人間達とも極めて良好な関係で順調である。

しかし、バランの大本命はそうではない。

この世の何をも犠牲にしても見つけ出したい肝心のディーノは未だ見つかっていない。

一時はその生存すら諦めかけたが、

ナバラの占いでは”死”を暗示するものは見られないとの結果で、

バランは未だに一縷の望みを捨ててはおらず、

「ソアラの忘れ形見を、絶対に見つけ出す」

というのは、もはやバランの人生の命題である。

 

 

 

「それではバラン様。 偵察と物資の補給に行ってまいります」

 

人間と魔族の混血児である青年が、恭しく頭を下げながらバランに声をかける。

大部屋の奥……簡単な板で仕切られた仮想プライベートルーム。

バランは木製の立派な机と対になる椅子に腰掛けながら、

読んでいた本をパタリ、と閉じる。

青年の端正な顔をチラリと見ると、

 

「うむ。 最近、人間どもがアンデッドの群れを破ったとの噂もある。

 ここらも人間共が増えるかもしれん……気をつけろ、ラーハルト」

 

鼻下の髭も大分豊かになってきたバランがそう告げた。

 

「はい………、しかし魔物だけでなく人間にも警戒せねばならぬとは。

 人間共は真の敵が誰かを見抜くことも出来んようですな……。

 相変わらずバカな連中だ」

 

青年が羽織るマントに付属するフードを深く被り、皮肉気に答えた。

半魔族の証である紫蒼の肌と尖る耳を隠さなければ、

人類を守護している彼も人間からの迫害の対象となるのであった。

 

「では、メルルを連れて行きます」

 

ラーハルトがそう言って、「メルル」とその名を一声呼ぶと、

「はい、お義兄様。 支度は出来ております」とお淑やかな返事が返ってくる。

2人が揃って出立しようとすると、

 

「メルルに変な虫を近づけんじゃないよ、ラーハルト!」

「ラーハルト君……すまんが古書店で買ってきてもらいたい本があるんだが……」

「おいおいラーハルト、義妹だからって仲良すぎじゃねぇか? ん?」

「メルル殿はラーハルトと一緒に出かける時はいつも嬉しそうだ! 仲が良くて大変結構!」

「気をつけて行くのだぞ……魔族の血を引く子よ」

 

すかさずナバラ、フォルケン、ガルダンディー、ボラホーンらから色んな言葉が飛んでくる。

何故か竜水晶からも。

ラーハルトとメルルは確かに行動を共にすることは多いが、

それは、2人が若く健康で、

ラーハルトはフードで耳を隠せば肌の色をメルルからの化粧で誤魔化せば何とかなるし、

メルルは正真正銘の人間であるから、兄妹なり若夫婦なりで旅人に化けやすいのだ。

しかも最近ではメルルの占いや予知が精度を増してきて、

偵察で非常に重宝するようになってきた。

2人は腰袋に、変装用の化粧道具が入っているのを再確認し、

 

「ナバラ婆さん、心配するな……メルルは俺の義妹(いもうと)だ。 守ってみせるよ。

 フォルケン殿、本の題名を記したメモを頂きたい。

 ガルダンディー、ボラホーン……今晩の組手を楽しみに待っていろ。

 竜水晶殿、扉の制御…いつもすまない」

 

と、フォルケンから紙切れを受け取りつつ同僚2人を軽く睨みつける。

「バラン様、それでは行ってまいります」

「いってまいりますね。 バラン様、おばあさま」

ラーハルトはそのまま外の湖底へ向かい、

メルルは耳栓を自分の耳に詰めながら義兄の後を追う。

そう………神殿を出るといつもそのまま着衣泳になるのだ。

慣れたとはいえ、年頃になってきているメルルは、

(この服……濡れると肌に張り付いて……体の線が見えてしまうのよね。

 ちょっと………ううん、かなり恥ずかしい……)

意外に素晴らしいプロポーションを義兄に晒す度、

顔を真赤にしてしまうのであった。

だが、そんなことでヘコタレていられない。

バランから、少年少女であった頃の寝物語に一度だけラーハルトとメルルが聞かされた話。

ソアラとディーノのことを思えば……未だ見ぬ義弟のことを思えば……、

その程度、彼女にとって何てことはないのだ。

 

「どうした? メルル」

 

無骨な義兄が足を止めた彼女に何かあったのか、と気遣うと、

 

「お義兄さま……いつか必ず、ディーノ様を………

 私達の義弟(おとうと)を見つけ出しましょう!」

 

メルルの言葉を受けたラーハルトも静かに義妹の瞳を見つめ返し、

兄妹は互いに静かに力強く頷くのだった。

 




バラン擬似家族設定は、ゴダイさんの意見を参考にさせていただきました。
ありがとうございましたゴダイさん。

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