ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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ゴルゴナの再誕

暗雲立ち込める魔界は、今日も変わらない。

分厚くどす黒い雲の隙間からは、絶え間なく雷鳴が轟く。

千年計画ともいうべき地上消滅の大計画は、(実際には軽く千年を越えているが)

順調に着実に進行している。

しかし、焦ってはならない。

魔界に七つの宮殿を持つ魔界を二分する実力者、大魔王バーンは常々、

己にそう言い聞かせている。

魔界の神とも呼ばれるこの老人は、既に天上の神々をも超えていると自負しているが、

それでも尚、油断しない。

魔界には未だ宿敵である冥竜王ヴェルザー率いる大勢力が健在だし、

何より天の神共は得体の知れぬ”奇跡”の術を得意としている。

 

「急いてはならぬと分かってはいるが、な……」

 

右手で、血のように赤い美酒が注がれた杯を弄ぶバーン。

 

「………………」

 

忠実なる影は、主の独り言にただ静かに頷くのみ。

 

「ふっふっふ……勝手知ったる者しかおらぬのだ。 そう黙る必要もあるまい」

 

「そうだよミスト。 もっと僕とおしゃべりしようよ。

 結構熱弁振るうタイプなのに………

 全くミストったら必要ないと何百年でもだんまりなんだもんねぇ」

 

玉座の主を挟み、白い影・ミストバーンとは真逆の位置に佇む黒い死神。

死神にミストバーンはややキツイ眼光を注ぐが、そんなものはこの男にとって屁でもない。

 

「キルバーンよ、その辺にしておけ」

 

バーンが一言呟き、玉座を立つ。

強大な魔力と体力を有する魔族……特に、高位の者は睡眠を必要とせぬ者も多い。

この三人も、ご多分に漏れずそうであったが、

嗜みの一つとしてバーンは寝る。

豪奢なベッドに横になり目をつぶると、なかなかに良い。

少なくとも不快ではない。

それに思考の整理にも繋がるし、

計画の発動の日がまた一日近づいてくることを実感できるのであった。

一分の隙もありはしない大魔王の極僅かな睡眠中も、

股肱の臣・ミストバーンが一睡もせず番をしているのだから何の危険も無い。

 

(あ~あ……まったく一秒も熟睡の時が無いってどういうことさ。

 ミストも仕事熱心だしなぁ。

 いつになったらボクのお仕事は完了するのかねぇ……)

 

バーンに協力しつつ、隙あらば殺せ……との命を、

本当の主から賜っているキルバーンは内心で愚痴る。

 

だだっ広い食卓の間を後にして、長い長い白亜の長廊下を歩く三人の視界に、

一点、黒い染み。

床にポツン…とある小さなそれ。

それはあり得ない光景であった。

バーンの宮殿は、常に完璧に整っている。

広大な魔界に点在する、七つの巨大な宮殿は例え主が留守にしていようと

数千の使用人と兵隊が守り整えている。

ましてや滞在中のこの宮殿で、光沢を放つ純白の床に”塵”が落ちているのは、

明らかに不自然である。

 

侵入者。

 

控える影が、一瞬にして主の前に飛び出して気を漲らせる。

しかし、

 

「落ち着きなよミスト。 侵入者は、どうもこの死んだ虫サンみたいだよ」

 

友である死神が制止する。

 

「……………不自然過ぎる」

 

とはミストの弁。 数十年ぶりの発言であった。

 

「ボクもそう思わないでもないけどねェ。

 でも………ご覧よ。 握りつぶされてグチャグチャさ」

 

「うわぁ、蜘蛛さんかわいそ~~。 こんな殺し方しなくてもいいのに」

 

「そうだねピロロ、その通りだ。 あんまり…センスの良い殺し方じゃあないなァ。

 もっとじっくりねっとり、ジワジワと殺さなきゃね」

 

キルバーンが蜘蛛の残骸を拾い上げると、それを掌で軽く転がす。

何者かの手によって歪められ潰されたその死骸は、

それだけでカサカサと軽い音を立てて更に崩れていく。

 

「……それにしても……ミストが警戒するわけだよ。

 凄いなぁこの蜘蛛。 こんな様でも…………なかなか愉快な気配を醸し出してる。

 ウックックック……」

 

薄く笑うキルバーン。

彼の言う通り、その蜘蛛の残骸は死して尚おぞましい気配を放っていた。

 

「あらら?」

 

キルバーンの左掌から蜘蛛が消える。

 

「ふむ……面白いな。

 こやつが放つ”瘴気”は並大抵ではない」

 

リリルーラの応用だろうか。

蜘蛛の残骸は瞬時にバーンの掌へと移動していた。

 

「完全に死んでおる。

 しかし……この怨念と瘴気………。

 そこに余の魔力が加われば……………ふっふっふ。

 面白いことが起きるやもしれぬ」

 

その言葉に、一瞬ミストバーンはギョッとなり、光る目を僅かに見開いた。

彼としては主に及ぶ可能性のあるあらゆる危険を除いておきたかったからである。

あまりにも強力な怨念を放つ正体不明の怪しい蜘蛛の死骸。

ミストとしては万が一の可能性も摘んでおきたいところであったが、

主が暇を持て余し、そしてその暇を埋められる”遊び”を見つけてしまったのだから、

臣としては従うより他がない。

なにせ彼のモットーは『大魔王さまのお言葉は全てに優先する』なのだから。

 

大魔王が、聞き慣れぬ古代の魔界言語を唱えると、

彼の目の前の床に邪悪の六芒星の光陣が浮かび上がり、

バーンは己の手の平にあった蜘蛛を陣の中心へと投げ入れる。

すると即座に。

そう、即座に蜘蛛は膨れ上がっていく。

流れこんでくる大魔王の魔力を余すことなく貪る。

 

「わォ! バーン様も然ることながら、蜘蛛クンもすごいねぇ」

 

「…………!!」

 

影と死神の両名は膨張する蜘蛛に見入る。

バーンだけが、ただ冷然とそれを見据え不可能はないと言われる超魔力を注ぎ続ける。

蜘蛛は、飢餓に陥った悪鬼のように極上の魔力を貪り続ける。

瞬く間にバーンらを追い抜き、ゆうに3mはあろうかという巨大蜘蛛へと成長し、

”それ”に命が戻り始める。

 

「ぐ、ぐ……ぐ…お………」

 

焼けただれた皮膚が再生し、

 

「が、あ…あ、に……じゃ……! お…の、れ………!」

 

千切れた六本の腕が生え揃う。

 

「ぐ…お……! い、いたいぃぃ! く、るしぃ…ぃ…!」

 

巨大蜘蛛が、激しく息を切らせ、肩を揺らして白亜の床に突っ伏していた。

爪を床に食い込ませ、藻掻く。

 

「はぁー……はぁー……!

 き、貴様……ら、は………な、何者、だ」

 

八つの眼が三人の魔族を見つめる。

薄ら笑いを浮べ続ける黒い男。

白いローブを纏う、闇に浮かぶ光る目を持つ男。

そして……老人。

 

(な、なんなのだ……こ奴らは……!

 この俺を……このように完全な姿で蘇らせるとは!

 そ、それに…この三人……四大魔王に勝るとも劣らぬ……!

 あの老爺に至っては…………!

 なんという魔力! なんという覇気!

 この爺は………、い、異魔神様と同じ!?

 いや、あるいは…それ以上の……!)

 

並び立つ三人。

その中央に静かに佇む枯れ葉のような老人に、大蜘蛛は怯えた。

想像を絶する魔力。

溢れ出る威厳。

 

「大蜘蛛よ」

 

老人……大魔王が一歩、ゆるりと歩みを進める。

 

「う、うぅ……!」

 

それに合わせるように、大蜘蛛が一歩後ずさる。

 

「ふむ……余の力が理解できるようだな。 知性もある。

 ならば其の方に聞こう。 お主は何者だ? 何故我が宮で死んでおった」

 

嘘を言えば死ぬ。

それは八本足の物の怪の直感であった。

生に貪欲であるからこその嗅覚。

 

「わ、我が名は……冥王ゴルゴナ……。

 何故、俺がこんな場所で死んでいたのかは知らぬ。

 ほ、本当だ………俺は……魔州湖で忌々しき勇者共に……

 憎きタオに敗れ、殺された……!

 ここはどこなのだ………そして、お、お前達は……一体……!?」

 

心底、恐怖しながらも己を失わず弁明できたのは、

かつて彼が破壊の神・異魔神を召喚し、

その異形の神と長年接し続けた経験があるからだろう。

 

「ほう……大魔王の前で”王”を名乗るか。 ふふふふ……」

 

「………大――魔王?」

 

「そう………余の名はバーン。 大魔王バーン」

 

荘厳なる老人は抑揚なく、ただ当たり前のようにそう名乗った。

大魔王―――あらゆる魔の頂点に立つ者。 その尊称を。

 

(大魔王……! 古のゾーマの再来!)

 

冥王ゴルゴナは己の心の中、恐怖一色の心中奥深くに歓喜が生ずるのを自覚した。

己を甦らせた超魔力。

圧倒的な威圧感。 威厳。

己が大魔王である…という言葉に宿る力強き言霊。

 

間違いなくこの者こそゾーマが時代より失われていた大魔王!

精霊神ルビスすら敵わぬ魔界の神!

百年の雌伏を経て、ゾーマの後継者が現れたのだ!

 

「ぐぶ……ぐぶぶぶぶぶ……! 大魔王、バーン…様」

 

ゴルゴナは確信し、平服する。

ルビスとタオ。 そして勇者アルス達。

大魔王バーンがいれば、彼らへの復讐は成る。

ゴルゴナのその予想は正しい。

バーンの力は神々をも上回り、ルビスは分からぬが

間違いなく太陽王ラ・ムー……タオは屠れるだろう。

しかし、ゴルゴナはまだ知らない。

自分が蘇りし世界にはアレフガルドは無く、

精霊神ルビスも実兄タオも存在しないことを。

 

 

 

 

バーンは、拾った大蜘蛛に部屋を与えた。

餌も与えた。

欲しいと言うので様々な書物も道具も与えた。

 

「面白いペットを拾ったものだ。

 余の退屈を紛らわせる良い余興よな」

 

と側近の影に言ったとか言わないとか。

魔界の神の言は置いておくとして、

そのペット、大蜘蛛冥王ゴルゴナは愕然としていた。

多くの呪文と言語は共通するが、文字は幾つかの類似点が見られるものの別物。

しかし、もともと研究者・科学者としての才気に溢れていたゴルゴナである。

短時間の学習(それでも半年を要した)で文字をマスターし書物の山を読み漁った。

その結果――

 

(!!? こ、ここはどこだ!? 俺は………我は一体どこの異界に迷い込んだ!!)

 

神が違う。

歴史も違う。

世界も違う。

時空も違う。

 

ここは――異世界だ。

 

ゴルゴナはそう結論付けた。

 

彼は一万二千年前に、大召喚器を作り出し

異魔神や冥府の主を異界より呼び出した実績のある召喚士でもある。

異世界がある、ということは承知していた。

しかし、まさか自分がそこに迷い込んでしまうとは……。

彼は考えたこともなかった。

そしてもう一つ。

世界を学ぶのと並行して、

自分の心身の調子を分析し

大魔王バーンの魔力の影響を調査していた彼が気付いた衝撃の真実が

 

「我の肉体が!! 俺の体が無い!! どこにも……ない!!」

 

のであった。

冥王ゴルゴナとは、彼と、人間時代に彼が召喚した冥府の主たる大蜘蛛、

そして部下である6人の優秀な科学者達の集合体であった筈だ。

しかし、

バーンが彼に与えた大鏡を見ながら大蜘蛛の背部甲殻を開放しても、

そこにはただ肉塊が蠢いているだけで、

ゴルゴナの本体とも言うべき人間時代の肉体が無かった。

ついでに言えば甲殻に埋め込まれていたゴルゴナの6人の部下もいない。

 

「な、なんということだ! くそ! 原因はなんだ!!

 なぜ俺の体が! 兄者に消し飛ばされたままなのか!?

 いや……オティカワン達もいないということは、俺が大蜘蛛と分離した影響か?

 しかし、それならば………えぇい、くそ! とにかく究明せねばなるまい!」

 

長年、大蜘蛛を通して活動した癖か、本体の喪失に気付かずにいたゴルゴナ。

しかしそれも仕方がないだろう。

余りにも大蜘蛛の肉体が、自分の精神にピッタリと合うのだ。

恐らく、アレフガルド時代よりも。

調べてみれば、原因はあっさりと判明した。

迅速な解明はゴルゴナの研究者としての優秀さの現れだろう。

自身(大蜘蛛)の細胞を採取し、それを事細かに分析した結果、

 

「これは………我の細胞と俺の細胞が………遺伝子レベルから結合しているのか?

 ふ…む。 そうか。 バーン様は、俺の残骸と大蜘蛛の死体を一緒くたに蘇生した。

 肉体が再構成される際に、俺と我の肉体が………。

 俺と……我………?

 俺は何を言っている?

 ――ま、まさか!?」

 

バーンから与えられた様々な魔道具を改良し、

超帝国ムーの機材を可能な限り再現した実験道具の数々。

その中に魂と精神を取り出す魂吸器なるものまである。

もっとも、古代ムーにあったものと比べると性能は著しく劣る。

今、ゴルゴナの手元にあるそれは魂と精神を写す念写器に過ぎない。

ゴルゴナは、魂吸器に魔力を注ぎ、己の精神を投影する。

すると、

 

「おお! おぉぉ……!! なんたることだ!

 大蜘蛛と俺の精神が……! 魂が癒着している!!

 か、完全に一つだ! バカな……! こんなことが!

 これが大魔王の超魔力なのか!!」

 

ゴルゴナという一人のムー人と、冥府の主・大蜘蛛。

両名の、その肉体は原子の単位から融合し、

その魂は霊子の単位から結合していた。

 

「…………我は……蘇ったのではない、のだな。

 正しく………一度死んだのだ。 そしてアレフガルドから消滅した。

 ………………………そうか。

 俺は……真に化け物になったのか。

 もはや王弟ゴルゴナは、その存在も消え失せたのか」

 

全身を覆う漆黒のベールから覗く、ゴルゴナの八つの瞳に、

ほんの僅か、暗い悲しみの色が浮かんだ気がした。

だが、

 

「ぐぶ、ぐぶぶぶぶぶ……。

 俺は生きている。 それは間違いないのだ……!

 生きているぞ……タオ……! 我はまだ生きている!

 二度、貴様に殺されて……そして、また生まれた!」

 

地の底から響く悪鬼の呻き声、とも聞こえるゴルゴナの暗い笑い声が研究室に響く。

 

「我、再誕せり………!

 グブブブブブブブ………」

 

新たな一個の生命が、魔界に生まれた瞬間だった。

 




ゴルゴナの背中6人衆の中でキアーラは正当ヒロインと言って差し支えない可愛さだと思います!(力説)

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