デレマスss 僕の可愛さは不滅ですね!   作:紅のとんかつ

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その4 かわいいボクと、893!

 

 

 

 

 

 ”村上組”

 

 そう墨で書かれた看板を麗奈さんと二人で見上げた。そして二人で地図を確認し、再び看板を見る。

 

 

 

 いやいやいや、え?

 いやいやいやいや。

 

 どこからどうみてもヤの着く自由業ですありがとうございました。

 

「え? マジここなの……?」

 

「地図も合ってますし、名前も村上さん……」

 

 …………。

 

 二人でもう一度地図を確認し、もう一度看板を確認する。

 

 

「いやいやいやいや? なに、ここに入れって事? いや、いやいや?」

 

 麗奈さんがキョドりだす。普段のキャラからは考えられないような戦慄した真顔でボクの方にこの”不可解”を訴える。

 だけどボクだってあまりの事に頭が上手く働かない。

 

「いや、流石に、何かの間違いでしょ? だって、アイドルになる子を迎えに来た訳でしょ? 何がどうなって、こんな家に来る事になるっていうのよ。アイドルとの接点皆無なんだけど」

 

「でも、地図もプロデューサーのメモもここってなってるんですよ!? さっきから何度も確認してるじゃないですか! 何度も辺りの家を回っても村上さんっていう住所はありませんし……」

 

 最初この場所に到達した時は、家を見て即間違えたと判断してこの場所を離れた。次にこの場所に来た時は疲れているんだと地図を見直した。三回目は面白い冗談だと麗奈さんと笑いあった。そして今四回目に至り、確信させられた。

 

 どうやら信じたくは無いがボク達が用があるのはこの中という事らしい。

 

 

「……マジで、マジでここのヤクザがアイドルになろうって訳……?」

 

 

 写真に写っていた可憐な女の子の写真のイメージがどんどん変わっていく。大和撫子のような和服美少女のイメージから、美人局を食らったような衝撃で。

 

「……え、ここに、マジで入るっていうの……?」

 

「そういう、事ですね。残念ながら……」

 

 

 ごくり。

 二人で図らずも同時に、息を飲んだ。

 

 極道<ヤクザ>

 

 もはやフィクションのような世界でしかないこの職業の人たちに接するどころか、対面で話をする事になるなんて、どんなアイドルですか……。

 

「……とにかく、中に、入るしかありません、よね?」

 

「え、えぇ~……? アタシは嫌よ……。幸子、あんただけで行きなさいよ。世界に通じる可愛さのアンタならイケるって」

 

「い、いやいやこの世界に”かわいい”なんて単語を知ってるのかすら怪しいですよ。それだったら世界をいずれ制する麗奈さんこそ、その一歩目として行って来たらどうですか?」

 

「一歩目からいきなり崖に飛び降りるようなもんでしょそんなの」

 

 

 お互いがお互いの背後を取り合い背を押す。自らを守る為に、お互いを肉食獣の檻に押し出していた。

 

 そんな時に森久保さんの姿が目に入る。ただ静かに、脱力して看板を見あげ、黙って立っていた。その眼には光が無く、口もぽかんと開いていて、動けなくなっていたようだった。

 

 うぅ~、森久保さんも放心しちゃってますし、やむおえません! 妥協案です。腹をくくります!

 

「解りました! 解りましたから皆で行きましょう! 身を寄せあいながら進むんです! サバンナの草食動物のように、それで行きましょう!」

 

 

 ボクから妥協案が提案されると麗奈さんは”ううっ”と唸りながらも一応納得してくれたようで小さく頷いた。

 そう、こんな時こそ皆で行かなくては何が仲間ですか!助け合いながら、勇気を貰いながら進むしか道は無いのですから!

 

 

「森久保さんもそれでいいですね! 皆で、皆で行きますよ!」

 

 

 ボクの決定を立ち尽くす森久保さんにも同意を求める。すると森久保さんは真顔でこちらを真っ直ぐ見つめてきた。

 

 

 

 

 

「無理」

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

 まったくの無表情でいい放たれた言葉は酷く機械的で、無機質な声色で、しかしハッキリとした声でボク達に向けられた。

 

 

 

「い、いや今なんて……」

 

 

 

 

「無理」

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理」

 

 

 ……くるっ。

 

 ズザザザザ!(逃亡)

 

「森久保ぉおおお!!!」

 

 

 即転身!

 

 真顔のまま森久保さんは凄まじいスピードで逃げていった。あんなにマジな森久保さんは初めて見た。腕を振って、女の子走りまんまなのにめっちゃ早い。危機を感じた草食動物そのものであった。

 

 

 

 

「「……」」

 

 

 森久保さん……。いや、気持ちは解りますけど……。

 

 森久保さんが逃亡した事により仲間が減っただけでなく、自分達も逃げようかという選択が頭をよぎってしまうようになってしまう。私達は再び看板を見上た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷ、プロデューサーが来るの待ちます……?」

 

 

 

 ボクの脅えきったように提案する。その一言に、二人で黙り混んだ。

 

 

 

 

 い、いや!

 

「いや、でもこれから一緒に仕事をする仲間にビビってましたなんてプロデューサーに思われたら心外ですよねぇ! 最初が肝心ですし! ボク達の方がアイドルとして先輩なんですから!」

 

「そ、それはそうよ、当然じゃない! 新入りに舐められるなんてたまらないわ! 堂々と行ってやろうじゃないの! そして上下関係を叩き込むのよ!」

 

「だったら、行くしか無いですよねぇ!ボク達は、先輩であり、誰であろうと魅了するアイドルなんですから!」

 

「当然よ! 未来のトップアイドルの、この麗奈様となんだから!」

 

 はっはっは!

 どうしてボク達はこう、つい強がってしまうのだろうか……。

 

 893の看板を見ながらボクはまた後悔する。

 

 

 

 

「なら、アンタが先頭……」

「麗奈さんが先頭……」

 

 ドンッ。

 

 その後悔が御互いが御互いの背を押した。

 

 

 

 

 

 

 ……クワッ!

 

 ボクと麗奈さんは同時に掴みかかる。

 そして服を引っ張りあうスマートさのカケラも無い喧嘩が始まった。

 

 群れの中の矢面に立つのはお前だと醜い争いを初めてしまった。

 これはもう、カルネアデスの板だ。少しでも生き残る確率を賭けた戦争なんだ。一つしかない救命ボートを求めてボク達はお互いを沈め合う。死にたくない、だから負けられないんだぁ!

 

 そんな血で血を洗う争い(服の伸ばし合い)をしていると、まさかの第三者の介入により戦争は終結した。

 

 

 

 

 ゴンゴンッ。

 

「ご、ごめん、ください……」

 

 

 「「!?」」

 

 争うボク達を他所に、星さんが門を叩いていたのだった。

 

 

「ちょちょちょ、星ぃ! 一体何してくれてんのよ!?」

 

「え? 話が纏まったみたいだったから、ノックを……」

 

 

「待って下さい星さん! 話はまとまっても心が纏まってません! 犠牲にする人も決まってません! まだ心の準備がぁ!」

 

 

 ボク達の願いはもはや遅く届かない。叩かれた扉の音はもう引っ込んだりしないのだ。

 騒いでいると門が開き、中から小指が無いスキンヘッドの出迎えの人が出てきてしまう。

 

 

 

 …………絶句。

 

 

 もうやばい。

 もう想像するよりやばい。

 

 なんか、こう、この人が出てきたら息が苦しくなってきた。霊圧が半端ない。本物のスジの人というのはこんなにも違うのか。

 

 ”まるでヤクザみたいな人だ”

 

 と怖い先生や上司を例えて話す事がある。しかし、それはあくまで例えに過ぎないのだと身をもって知らしめられた。本物は、実際に実行力があり、実際に恐ろしいのだ。こんなにも前に立つだけで呼吸すら困難にさせてしまう。

 

「お前らか。アイドルっちゅう輩は」

 

 

 中から出てきたスキンヘッドがお洒落なお兄さんに下から上にジロジロと見定められる。

 

 そして写真を胸ポケットに手を伸ばし、写真を確認した。この人が胸ポケットに手を入れた時、ボクと麗奈さんはビクッとしていたけど、何を出すか想像したかまで完全にシンクロしてたと思う。

 

 話が通っていたらしく、小指が無い人は扉を開き招き入れてくれた。

 

 

 

 ーーーーーーーー

 

 村上家 庭園

 

 

 ただっぴろいお庭を案内の人の後について歩くボク達。ボクは麗奈さんと両手を繋ぎながらキョロキョロしながら歩く。

 麗奈さんの体温が熱いのに顔が青い。多分ボクも同じ顔をしてる。

 

 しかし星さんは堂々と前を向いて歩き、周りにも小指が無い2メートルおじさんにも脅える事無く進む。なんて頼りになる人なんだろうと初めて思った。いつもは存在感が無、もとい控えめな星さんなのに、今の貴女は大きいですよ!

 

 小声でボク達は星さんに声をかける。

 

「す、凄いですね。怖く無いんですか?」

 

 ボクの言葉に星さんは”にへらっ”と笑い返事をしてくれた。

 

 

「ふひ、わ、私はいつも人が、怖いから……。だから、この人達も他の人達も、か、変わらないよ」

 

 

 頼りになるんだかならないんだか解らない返事にボクも麗奈さんもはぁ、としか返せなかった。

 

「そ、それに、この人達は、私が話しても、目を見て話してくれる。優しい、ね。フヒッ」

 

 

 違います星さん、あれはガンを飛ばしているんです。

 

 まあなんとか星さんのお陰で中に入る事が出来ました。後は無事に外に出れる事を祈るだけですね!(笑)

 

 

 

 玄関を通り中に通されると、畳の大きな部屋に通された。ボク達の座る用と思われる大きな座布団に座る三人。流石に麗奈さんも正座で静かに座っている。普段からそんな風にしてくれれば可憐なのに。

 

 緑の多く美しいお庭に思わず目が奪われる。

 場所はともかく、ここは美しい。

 

 部屋を見渡しても障子には日本風な絵がかかれ、襖には虎や竜が描かれている。

 見上げれば書道で一意専心と飾られている。

 書道をかじっていたボクにはその字の美しさが少しは解った。

 

 息を飲むような綺麗な風景に癒されていると、すっと虎と竜の襖が開かれた。

 

 

「御待たせ、しました」

 

 襖が開かれるとそこには天女のような女の子が立っていた。写真の相手、そして今度からボク達の仲間になる予定の村上巴さんだった。

 

 美しい容姿に美しい着物。

 ボク達三人は一瞬で心奪われ、息を飲む。

 

 ……ごくりっ。

 

 

 そしてその後ろからのそりと巨体な鬼が入ってきた。

どうやら巴さんのお父さんなのだろう。シブくて、尾崎豊のような格好良さがある。

 

 恐ろしい容姿に恐ろしい傷痕。

 ボクと麗奈さんは一瞬で心停止しそうになり、息を飲む。

 

 ……ごくりっ。

 

 

 

 二人が一礼し部屋に入ると、対面に置いてあった座布に座った。

 二人は真っ直ぐな瞳でボク達を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ヒィイイイイ!

 

 何か言って下さいよぉ! 無言の時間が恐怖を増進させる。でも下手な事を言ってしまった日には、きっと明日の朝日を拝めない可能性がある以上下手な事は言えない!

 

「うっ、うぐっ……ひっく……」

 

 

 隣で麗奈さんが恐怖に堪えきれず泣いてる。

 やめてくださいよぉ! こっちも泣きたくなるじゃないですか!

 

 

 

「……フヒッ、はじめまして」

 

 

 ……!?

 

 星さんが畳に手をつき、作法はめちゃくちゃながらも丁寧に頭を下げる。ボク達もあわてて頭を下げお辞儀をした。

 

 

「わ、私は、星、輝子です。この度、い、一緒に御仕事をさせて、貰います、フヒッ。よろしくね、巴さん。巴さんの、お父さん」

 

 

「あ、ぼ、私が輿水幸子です、アイドルです! よろしくお願いいたします!」

 

 

「……うぅ……小関……ひっく、麗奈です……ぐすっ」

 

 

 星さんが挨拶と自己紹介をしてくれた事が切っ掛けで、お陰でなんとか失礼が無く挨拶が出来た。その挨拶がうまくいったのか、相手のお父さんもニッコリと笑い、頭を下げてきてくれた。

 

 

「可愛らしいお嬢さん方につい見とれてしまい、挨拶が遅れやした。村上巴の父です」

 

 

「……村上巴じゃ」

 

 

 二人が丁寧に頭を下げてくれ、またつられてボク達も頭を下げる。

 

 

「いや、話に聞いておりましたが本当に美しいお嬢さん方だ。直接お会いできて良かった。まさか、一同全員でそちらから挨拶に来てくれるとは、いや娘を預けるに足る礼儀正しい方々だ。こちらも、とても安心致しました」

 

 

 そう言いながら優しく微笑んでくれるお父さん。言葉使いは丁寧で、顔は厳ついものの表情は優しい。なんだ、見た目によらず優しい人じゃないか。

 

 プロデューサーで人を見た目で判断しないと学習したつもりでしたが、ボクもあまいな。

 

 ホッと一息。これからはリラックスしてこれからの事と巴さんの事を聞いていこう。そう思い立つ矢先に、部屋の竜の襖が勢い良く開かれ、息を切らした若い丸坊主の男性が大声で部屋に入りんで来た。

 

 

 

「頭ぁ! 向井どもがまた舐めた真似してくれやがりましたぁ! 奴め、今度と言う今度はコンクリ抱かせて海に沈めやしょうや!」

 

 

 とんでもない事を言ってるが聞き間違いでしょう。その手には短刀が握られてますが、きっとお料理中なんだという事で無理矢理納得しておきましょう!(トランス状態)

 いきなりのある意味予想通りの来訪者にボク達の目から色が消えた。

 

 

「ゴラァ、ケンッ! 今は御客様が来とるのが見えねぇのが、アン!? コンクリ抱くのはテメェだボゲがぁ!」

 

 

 そして先ほどまで優しかったはずのお父さんの一喝。

 

 成る程、これが真の威圧ですね! 凄いです、息が出来ません!

 

 

「す、すみませんでしたぁ! この件は我々だけで奴等に落とし前つけさせます! 行くぞ、テメェ等!」

 

 そういうとケンさんは部下を引き連れ庭へ飛び出していった。

 

 ザッケンナコラー! という声がどんどん遠くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、うちのもんが騒がして。どうぞ気にせずくつろいでくだせぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 無理ですよ。

 もう背筋がピンとなり、体が固まってしまっている。体がすくんで動かないとはこの事だ。

 

 

 しかし星さんは足をくずして巴さんに出されたお茶を飲む。うまい、じゃないですよ。なんでそんな平気そうなんですか。

 

 

「えぐっ……うぅ……おぇ……」

 

 

 お前は泣くなぁあああ!

 ボクも泣きたいんですよ麗奈さん!

 

 

 こんな騒ぎで再び沈黙が訪れる。気まずいよぉ! 巴さんなんで一言も喋らないんだよぉ。

 

 

「ご、御趣味は……?」

 

 星さんナイス!

 もう今日は星さん大好き! 愛してる!

 

 これで沈黙を切り抜ける事に成功した上新しい仲間(予定)の事も知れる。内心ガッツポーズを決めた。

 

 

「趣味ですか、お料理を少々……」

 

 

 あ、お父さんが答えるんですか。

 しかもさっきの見た後だとお料理が不穏に聞こえます。

 

 

「フヒッ、可愛い、御趣味です。フヒッ、お得意料理は……?」

 

 

 え? 広げるんですかその話題。いやお父さんの方じゃなくてですね。

 

 

「鮪の解体とか、ハンバーグとかですかね?」

 

 

 駄目だぁ! こんな普通の料理すら不穏にしか聞こえない! ミンチにしてやんよ、とかそんな風にしか聞こえないよぉ!

 

 

「フヒッ、今度機会があったら食べてみたい物です……」

 

 

「これは嬉しい事を言ってくれますね。では次にお会いする時にお作りいたしますので、よろしければお付き合いください。女の子に御感想頂ける機会などそうありませんし」

 

 

 このままじゃ駄目だ。次の約束まで発展しそうだ。お父さんの事ではなく巴さんの方を聞いて下さいと目で合図を星さんに送る。

 

 星さんはそれを見てこくりと頷いた。

 

 

「幸子ちゃんも食べたいと言ってますので、来週の日曜日に二人で

「巴さんはなんでアイドルになろうと思ったんですか?!」

 

 勘違いにしては凄まじい事を口走る輝子さんを黙らせる意味でも勇気を出して巴さんに質問をすりかえる。あぶなかった。

 

 これ以上この人と仲良くなっても、アイドル的にも命的にも危ない。

 

 ようやく新しい仲間に話題が移り、ゆっくり声を聞けますね。しかし、村上さんの声は厳しい物だった。

 

 

「親父の頼みじゃ。そうじゃなきゃ、誰がそんなチャラチャラした世界になんぞに入るか」

 

 

 ……はい?

 

 

 

 

 

 

 

 あまりの一言にボク達は固まった。

 

 

 そう言って巴さんは顔を背ける。

 その言葉にお父さんは”巴ぇ!”と怒鳴りつけた。

 

 

「まあ確かにアイドルみたいなメディアの力もあれば組も助かるからの。だから親父もアイドルになれゆうんじゃろ? 組の為なら仕方ない。別になりたい訳じゃないがやるからには迷惑はかけん。安心しろい」

 

 

 うむ。また特殊な人だな。

 その特殊な口調は素なんだろうか。

 

 お父さんが困ったように巴さんに説教する。

 

 

「巴、お前な、なんでも組の枠で考えるんじゃねぇ。お前の悪い癖じゃぞ?これはお前には組以外の世界を見て欲しいっちゅう願いであってな。だから学校にも馴染めないんとちゃうか?」

 

 

 その言葉に巴さんの頭にビキッと何かが走った。

 

「学校だの組以外の世界だの、どうでもええんじゃ。腑抜けた世界に興味は無い、どいつもこいつうちの家を聞けばイモ引いていきおる。組を意識しちょるのは寧ろ周りじゃないんけ? なら周りが望む通り組の娘として生きる。アイドルだろうと学校じゃろうと、うちは生きる限り組の人間として家族に義理を果たす。それがうちの生き方じゃ」

 

 

 巴さんはお父さんの顔を睨み付け、言い返す。

 その言葉にはどこか悲しみが感じられた。

 

 

「幸子とかゆうたか? うちのアイドルになる理由は組の為仕方なくじゃ。やるからには迷惑はかけん。じゃが馴れ合う気もない。組に関わりを持つのは抵抗もあるじゃろうが安心せい。無理にこっちに合わせる必要も無いからお互いの利益の為ビジネスとして付き合っていこうや」

 

 

 そう言うと不機嫌そうに顔を背け、話を終える。再び部屋に沈黙が訪れる。

 

 お父さんは困ったように眉をしかめた。

 

 巴さんの顔を見る。

 不機嫌そうに、そして何処か悲しそうなその横顔に、先程から繰り出される言葉に、ボクのさっきまでの緊張が薄れ、そして別の意味で鼓動が高鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな理由なら貴女には無理ですよ巴さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ!?」

 

 ボクの言葉に、

 お前何言ってんの? と麗奈さんが目線を送ってくる。

 

 巴さんは少し驚いたように目を此方に向け、お父さんは険しい顔だ。

 

 

「なななな何言ってるのよ幸子! あんたまさかまた……!」

 

 

「……なんじゃ、やるからにはしっかりやる言うとるし、歌唱力も体力も最高やってお前ん所のプロデューサーも言っとったぞ。何が不足しとるいうんじゃ?」

 

「色々ありますが、得にこの世界を舐めてる所ですかね。仕方なく? チャラチャラした世界? 貴女にアイドルの何が解るんです。たかが歌が上手くて体力がある位で何言ってるんですか? そんな人この世界じゃ山程いますよ。それでもうアイドルになれるつもりですか? 舐めないで下さい」

 

 

 

 麗奈さんが隣でやめろ~っと慌てている。

 でも止めません。

 

 村上さんは眉をしかめながら此方を睨む。

 威圧感が半端無い、本当に年下か? この人。

 

 でもびびってなんかいない。貴女なんかよりも一人で戦っている時の方が怖かった。

 

 

「貴女がどこの誰だろうと関係ありません。家がどうかなんてそんなの怖くありません。大切なのは貴女自身がどうなのかでしょう? 貴女がそんな意気込みじゃ、アイドルにはなれません。アイドルになるという事をしっかり見据え覚悟を決められないなら貴女はいりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い沈黙が入る。

 

 巴さんが険しい顔でボクを睨んでいた。

 

 

 

 

「もう一度言います。貴女が怖いから拒絶してるんじゃありません。貴女が嫌だから言ってるんじゃありません。貴女がアイドルを舐めてるから言っているんです」

 

 

 そしてボクは立ち上がり、そして巴さんに手を伸ばした。自分を見失い、誰もボクを見てくれなかったあの頃にあの人がしてくれたように。

 

 

「アイドルは甘くない。それをしっかり認識した上で、組がどうじゃなく貴女がどうするか決めて下さい」

 

 

 目を丸くする。

 そう、怖くなんか無い。

 

 あの時の方が、もっと怖かった。

 一人でいたあの時の方が。

 

 でも今は、あの人やこの人達がいる。

 だから、ボクはもう何も怖くない。

 

 

 

 

 ……なんとなく思った。

 この人はボク達と同じ、本当の自分を受け入れてもらえず、寂しい思いをしているのかもしれないと。

 

 だけど、アイドルをなぁなぁでやって貰う訳にはいかない。

 ちゃんと見て下さい。アイドルを、ボク達を。

 

 強く巴さんを見つめていると、目を伏せ、悲しそうに俯いた。

 ボクの目を怖がるように。その様子を見て、星さんも思わず口を開く。

 

 

「……わ、私達も、巴さんを、こ、怖がらないから。だから、巴さんも、怖がらないで、欲しい、かな」

 

 

 そう星さんが告げると、巴さんがビクッと反応した。

 

 泣きそうな顔でボク達を見つめる。

 だから、ボク達は笑顔を向けてやった。

 

 

「だれがビビってなんかいるかい! 何を勘違いしとるんじゃ!」

 

 

 そしておずおずと手を伸ばし始めた巴さん。

 

 

「……わ、うちは、ヤクザの娘じゃぞ?」

 

 

「さっきも言ったでしょう。そんなの関係ありません」

 

 

「たまにいるんじゃ。口だけはそう言う奴が。でも、裏ではうちにビビって……」

 

 

「心外ですね。そんな有象無象とこのボクを一緒にしないで下さいよ」

 

 

 そんなやり取りをしていると、麗奈さんが呟いた。

 

 

「ふん、そ、そうよ。あ、アタシもそんな小さな事を気にする人間じゃないわ。アタシのスケールはデカいのよ!」

 

 

 さっきまで泣いてた癖に、もうそんな強がりを見せている。

 でも巴さん。この麗奈さんの強がりは凄いんですよ? 決して貴女に背を向けたりなんかしないでしょう。保証しますよ。

 

 

 

「フヒッ、大丈夫だよ。私は、寧ろこの家の人の方が、好きだし……」

 

 

 

 星さんはガチです。

 寧ろ組の方々との方が会話が弾んでるまである。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く、怖くないなぞ、なにを根拠にそんな事を言っとるんだか」

 

 そして巴さんは諦めたように微笑み、そして手を伸ばした。

 もう一度、誰かを信じてみようと……。

 

 

 ようやく、前に進めますね。

 

 

「だってボクの方が可愛いですから!」

 

 

 そしていい放つ。

 当然の理由を。

 

 

「……あ?」

 

 

「アイドルにとってそちらの方が重要なんですよ! 腕力も家の力も無意味です! だから貴女より可愛いボクの方が凄いです!」ドヤァ

 

 

 

 ……。

 

 

 

「お、お前は何を言っとるんじゃ?」

 

 

 呆気に取られる巴さん。

 そうですよ! 勘違いしてましたね!何をあんなにビビっていたのやら! ボクが会いに来たのは組じゃない、アイドル候補生村上巴さんです!

 

 

 巴さんを見る。

 確かに可愛らしい、美しい。テストも満点、着物も似合う。

 

 でも、ボクの方が可愛いじゃないですか!

 ボクの意図を感じたのか、麗奈さんも吹っ切れた。

 

 

「確かにそう考えたら、コイツが入ろうとしているのは暴力の関係無い、アイドルの世界! なら、先に入ったアタシの方が有利じゃない! アタシの方が上で先輩なんだからアンタは敬語を使いなさいよ! そしてアタシを敬いなさい!」

 

 

 麗奈さんはようやく、自分に後輩(数日)が出来た事のアドバンテージに気付いた。

 

 勝てると思ったら、もはやいつもの麗奈さんだった。

 

 

 

「アイドルになったら、アタシの方が上だって事アンタに叩き込んでやるから、覚悟しておきなさい! それともビビってアイドルになるのを諦めるのかしら? それも仕方ないわね! アーッハッハッハッ!」

 

 

「大丈夫ですよ巴さん! ボクほどじゃないにしても貴女は凄く可愛いですから! ボクの横の引き立て役位にはなれるでしょう!」

 

 

 二人でふんぞり返り、巴さんを囲む。

 

 ガシッ!

 

 そんな時、いきなりボクの手が掴まれた。

 

 

 

 

 

「上等じゃあ~……」

 

 

 その手を握り潰さんばかりに力を込めてつかんだのは巴さん?だった。

 

 

 あれ? 顔が怖い。13歳の目じゃない。

 巴さんは、うっかり近付いてしまったボクと麗奈さんの胸ぐらを掴んだ。

 

「ここまで、ここまで舐められたんは初めてじゃ !お前ら全員にうちが上じゃって事解らせてやるわ! 村上巴舐めんなよ! あ!?オイ!!」

 

 

「「ひ、ヒィイイイ!!」」

 

 

「やったるわ! トップアイドルになってお前ら全員黙らせたる! もう途中で逃がしたりせんからな! 解ったかゴルァ!」

 

 

 もう全然アイドルじゃない!

 アイドルが黙らせてどうするんですか!

 しかもそのコラは絶対アイドルの発音じゃないですよぉ!

 

 

 しかし、巴さんはボクの手を掴み、アイドルになる事を決めた。

 怒りと覚悟を込めたその腕で。

 

 そしてお父さんは一筋の涙を流し、微笑んだ。

 

 

 

 

「止めねぇか巴ゴルァ! 先輩になるお方達に随分な態度じゃねぇか! アアン!?」

 

 

 うわぁあああ!!!

 お父さん迄参戦したぁ!

 そのコラに親子の血を感じます。助けてぇ!

 

 後ろで星さんがウケてた。助けてよぉ!

 

 

 

「親父ぃ! 舐められたらあかん何時も言うとるやないかぁ! 男に二言は無いんとちゃうんか!?」

 

「巴ぇ! 上下関係はしっかりしろともゆうとるじゃろうがぁ! 金と礼儀と仁義は大切教えてるんじゃ!」

 

 

「親子喧嘩ならまずボク達を離して下さいよぉ! 服が伸びちゃう、伸びちゃう! 胸元がセクシーになっちゃうじゃないですか!」

 

「うぇええ! うぇええ!」

 

 

「フヒヒ、フヒ、フヒヒ」

 

 

 

 そんな部屋の外で森久保さんを小脇に抱えたプロデューサーさんが固まっている。

 

 

「……どういう状況っすか?」

 

「もう帰りたいんですけど」

 

 

 混沌とした状況に、理解をするのに5分間。

 

 ボク達の喧騒はプロデューサーが状況を判断したのちようやく制止に入り、収まった。

 

 

 

 その時にはボクと麗奈さんのシャツは伸びきってしまい、常にブラをチラリズムなすっかりセクシーな衣装になってしまっていた。

 

 

 

 こうしてボク達に、少し怒りっぽいやんちゃなお姫様が加わる事になる。

 

 




続く

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