デレマスss 僕の可愛さは不滅ですね!   作:紅のとんかつ

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第3話 カワイイボクとアイドルレッスン

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴天の空に湿ったコンクリート。

 前日に降った大雨が嘘のように晴れ渡り、眩しい光が大地に降り注ぐ。

 

 雨は終わりがあり、そして晴れる日がくる。そんな事を教えてくれるような美しい日、ボクは街中の小さなレッスン場で新しく事務所に入ったアイドル仲間の三人のステップの特訓を見てあげていた。

 

 あの出会いから数週間、彼女達が事務所に来てからボクは暇を見付けては彼女達の指導に当たっていた。だが当然ながら三人は見事なまでにアイドルとしての技能が足りなかった。

 

 ボクと同じ事務所でやっていくのにこんな事じゃいけない、そう思ったら指導にも力が入る物、今では第2のトレーナーのような立場になっていた。

 

 

「はい、ここまで! これから休憩に入りますよ!」

 

 ボクの言葉に三人はヘナヘナと床に座り込む。

 

 

「き、キッツいわ~!」

 

 足をだらしなく広げ座り込む麗奈さん。その姿はアイドルらしさの欠片も無い。

 

「麗奈さん、なんですかそのだらしない姿は! もっと女の子らしく座れないんですか!? そしてフロアの真ん中に陣取って休むなんて慎ましさの欠片もありませんよ!」

 

 

 ボクの指導に麗奈さんはうぇ~、と舌を出す。その反応が既にアイドルらしくない。

 

 

「ちょっと休憩でしょ!? 休憩なら休憩らしく気を抜かせてよ! メリハリが大事でしょ!」

 

「限度があるでしょう! はい、ボクかわポイント減点1!」

 

 

 レイナさんは頭を押さえてギャーと叫ぶ。

 

 

 ちなみにボクかわポイントとは、ボクが三人に付与するポイントで持ち点が10点、アイドルとして相応しい技能を身に付けたり、行いや立ち振舞いをすれば加点。三人にそれぞれ渡ったボク自作のスタンプカードに自作のスタンプを押してあげる。

 

 逆にアイドルとして相応しくない行動により減点されていくポイントで、三人の中でもっとも点数が低い人は事務所やレッスン場の掃除や、プロデューサーや皆へのお茶出し等をやるというペナルティが与えられる。勿論その掃除等で良い仕事をすれば加点はしますし、もし持ち点が100点を越えたら御褒美を約束している。

 

 しかし三人は見事に減点に減点を重ねていて、もはや三人の持ち点は皆マイナスになってしまった。

 

 今の行動で麗奈さんの持ち点は-59点。

 星さんは-48点。

 森久保さんはレッスンからの逃亡等で-85点にまで達していた。

 

 

 ……はぁ。

 

 三人を見渡す。

 

 麗奈さんはブツブツ言いながらトイレに向かう。

 頭をかきながら歩くその振る舞いはアイドルらしさの欠片も無い。体力的には問題無いし、レッスンにも最後までついてくる。でもダンスの細かい動作は甘いの一言だ。

 

 森久保さんはレッスン場のミラー用のカーテンにくるまり姿を隠している。

 あれから一度だって目を合わせてくれないし、いまだにボク達に慣れてくれない。

 意外にもアイドルとしてダンスや歌は初心者とは思えないほど上手い。だがあの逃亡癖と人に対するコミュニケーション能力の低さはアイドルとして致命的だろう。

 

 コミュニケーション能力といえば星さんもそうだ。

 ハキハキ物を喋る事が出来ず、悲しい事にダンスもトークも不得意。声量には目を見張る物があるのだがいかんせんあの暗さはメディア向きでは無い気がする。

 

 そこでトイレから出てくる麗奈さんを見て、驚愕してしまった。

 

 

「今、何しました!?」

 

 

 麗奈さんは、は? と首を傾げると、一体なんだよと自分の行動について考える。

 

「トイレに行ってきただけだけど……」

 

「その後何をしましたか!?」

 

 

 ボクに迫られて困った顔をする麗奈さん。困ったのはこっちです。

 

 

「普通に、手を洗って出てきて……」

 

「何で手を拭きました?」

 

「……こうやってズボンで

 

「はい、アウトー!!!」

 

 

 指を向け麗奈さんに説教を始める。

 

 

「なんでハンカチとかタオルとか持ってきて無いんですか!? そうやって拭くなんて、アイドル以前に女の子としてダメですよ!」

 

「は、はぁ? そんなにな訳無いでしょう! どうせすぐ乾くしジャージだってすぐ洗うんだから同じでしょ~が! ハンカチ洗うのとジャージ洗うって同じ手間じゃない!」

 

 なんという男子的な思考! 

 

 このままじゃいけない……!

 ダンスとか以前に、彼女達にアイドルとしての振る舞いを叩き込まなくてはいけない事にようやく気付いたボクだった。速やかに改善へと行動に移る。

 

 

「ハイハイハイ! 皆集合~!」

 

 パンパンと手を叩き皆を集める。

 これは速やかに対処しなくてはならない事態だ。

 

 事務所の存続に関わる大問題に、ボクは絶対解決してみせると意気込んだ。

 

 

 

 ーーーーーー

 

 

「はい、それでは今から皆さんにアイドルとして必要な技能についてレクチャーします!」

 

 

 三人に座らせ、ボクからの授業内容について宣言する。しかし彼女達は事の重要性を全く理解してはいなかった。

 

 

「ふひ、アイドルとしての振る舞い、良く、解らないな……」

 

「ダンスや歌も覚えなきゃいけないのに、そんな事まで覚えるなんて、む~りぃ~」

 

「そんな事より売れる為の技を伝授しなさいよ」

 

 

 好き勝手喚く彼女らに呆れながら手を叩いて黙らせる。そんなブーイングが出るのは予想の範疇のうちです!

 

 

「何故そんな事を覚える必要があるか……。いいですか? 野球に例えましょう。太郎君は野球をやりたくて野球クラブに入りました」

 

 

 ボクの例え話をふんふん、と聞いている三人。

 

「さて、太郎君に最初に教えるべき事はなんですか? バットの振り方ですか? ボールの握り方ですか? 違いますよ! まずはそのクラブのルールでしょう、野球のルールでしょう! つまり例えるなら今の貴女達はルールも解らずバットを振り回す事を覚えただけで試合に参加しようとする危険なプレイヤーなんですよ!」

 

 

 

 お~。

 ボクの例え話に関心し拍手をする星さん。

 フフンッ。

 

 

「つまり貴女達はまずルール、つまりダンスよりも何よりも女の子として必要な動作を覚えてもらわなくてはなりません! 解りましたか!」

 

「まあ解ったけど、じゃあまず何をすれば良いのよ?」

 

 

 ようやく意図が伝わり安心する。

 そしてボクは水性ペンを取り、ホワイトボードにデカデカと殴り書く。

 

 

 ドンッ!

 

「笑顔、です!」

 

 

 パチパチと拍手する星さん。

 

「……わ、わざわざホワイトボード用意する必要あったの? 二文字じゃん」

 

 シャーラップ、演出ですよ。

 とにかく何よりも、貴女達には女の子の最大の魅力、アイドルの基本中の基本! 笑顔を覚えてもらいましょう。

 

 

「まずは麗奈さん、笑顔を見せてみて下さい!」

 

 

「え、アタシ? え、えと、そうね……。アーッハッハッハッ! どう?」

 

 

 チッチッチッチッ。

 指を振り麗奈さんに駄目さを解らせる。

 

 麗奈さんの頭にピキッと何かが走った。

 

 

「全然駄目ですね。大口を開けて声がでかくて、しかもそれは笑顔通り越して高笑いじゃないですか」

 

「そう、かな。私は、麗奈さんの、元気が良くて、楽しそうで良かったと思うんだけど……」

 

 

「ではボクが手本を見せてあげますよ! こうです!」

 

 片手を口に、口はあまり開けずに優しく微笑む。何処からカメラを向けられても良いように完成された笑顔を作ってやった。

 

 

「……どうですか!」

 

 

 お~、と星さんと森久保さんから拍手が送られる。

 

 

「かわ……いいな」

 

「綺麗、だと思います……」

 

 

 フフ~ん。

 二人の当然の賛美に気分が良くなりますね!

 

 しかし麗奈さんは不満そうに文句をたれていた。

 

 

「え~? なんか作り物みたいな笑顔でアタシは虫酸が走ったんだけど。しかもニコッていうよりドヤッて感じだし」

 

 

「ふん、ボクの笑顔の魅力が解らないなんて可哀想な人ですね。さて、次は星さんですよ! 今のボクの笑顔を参考に最高の笑顔を見せて下さい!」

 

 

「ふ、ふひ……。なんか、は、恥ずかしいな」

 

 

 星さんが立ち上がり、ゆっくりと笑顔を作りだした。

 

 

 

 

 

 …………ニゴォ。

 

 

 

 

 

 バサバサバサバサッ!

 

 その瞬間、窓の外にいた鳥達が一斉に飛び上がる。

 さっきまで良かった天気が崩れ、太陽が隠れ、そして目の前のボク達の顔も停止した。

 

 

 …………。

 

 

 

 笑顔になってから反応が無い事に星さんは戸惑い、ボクと麗奈さんの方に振り向き、そして再び微笑んだ。

 

 ……ニゴォ!

 

 グサッ!

 ギャアアアアア!!!

 

 ボクと麗奈さんは気が付くと二人で星さんの目に指を突き刺していた。(良い子は真似しないで下さい)

 

 

「ギャアアアアア!!! 痛ぇええええ!!」

 

「ご、ごめんなさい星さん! 体が勝手に拒否反応してしまって……!」

 

「わ、わざとじゃないのよ!? わざとじゃないの、多分!」

 

 

 ジタバタと転げ回る星さんが落ち着く迄五分ほどかかった。

 

 

 

 

 五分後。

 

「い、色々ありましたが、次は森久保さんの番ですよ! レッツスマイルです!」

 

 

 後ろで落ち込む星さんをよそに、次の人を指命する。

 

「い、いや、楽しくも無いのに笑うなんて、む~りぃ~」

 

 

 後ずさる森久保さん。

 

「何言ってるんですか! テレビに映ってるアイドルだって、面白く無くたって笑ってるんですから! どんなにつまらなくたってそれっぽい笑顔を作るプロ、それがアイドルですよ!」(注、あくまで個人の見解です)

 

 

「アタシはそんな事知りたく無かったわ……」

 

 

 ボクが説得を続けていると、森久保さんは困ったように一瞬顔を向け、そして少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 ニコッ。

 

 

 

 

 

 

「「「…………!?」」」

 

 

 そこにあった笑顔は、何処か儚くて消えてしまいそうな繊細さの中にある広がる小さな幸せ。そんな感情が入り交じるようなとても、とても美しい笑顔だった。思わず三人は一瞬呼吸を忘れ、その微笑みから目を反らせなくなってしまう。

 

 

「……やっぱりむ~りぃ~」

 

 

 ハッとようやく意識を取り戻す三人。

 

 

「い、いや凄いじゃない森久保! 今の笑顔、言葉に出来ないけど、凄い美しかったわ!」

 

「う、うん。綺麗、だった……」

 

 

 顔を隠してしまった森久保を囲むようにして称賛する星さんと麗奈さん。

 

 

「ねぇ、幸子! 今の森久保の笑顔は合格よね!」

 

 

 カタカタカタカタっ!

 震える手でバシャバシャ溢しながらお茶を飲む。

 

 

「ま、ま、まあ、良かったん、じゃないですか?」

 

 

 ”めちゃめちゃ焦っている。”

 

 震える姿を見て、二人はそれがひしひしと伝わってきてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーー

 

 

「次に”上目使い”です! 女の子のコレに男の人は滅法弱い! これだけ覚えれば男の人を使って人生イージーモードです。では麗奈さん!」

 

 

「あ、アタシ? えと、こう、かしら?」

 

 

 照れながらも顔を下に向け、屈みながらボクを見つめる。その表情はさっきの笑顔で学習したのか少しおしとやかさを意識している。

 

 

「ハンッ!」

 

 しかしそんなのは上目使いじゃない、ただ上を見てるだけだ。ボクは思いっきり鼻で笑ってやる。

 

 麗奈さんはワナワナと震えて拳を作っていた。

 

 

「さあて、前座も終わった事ですし、お手本のお時間です。上目使いは、こうです!」ドヤァ……。

 

「やっぱりドヤァって感じにしか見えないわね」

 

 

 可愛く腰をひねり、顎に指を当てながら、微笑みを浮かべて皆を見つめてやる。

 渾身の上目使いに星さんと森久保さんが拍手を送ってくれた。しかし相変わらず麗奈さんは文句ばかり。嫉妬は見苦しいですよ!

 

 

 

「さて、次は星さんですよ! 渾身の上目使いをお願いします!」

 

 

 そして星さんは立ち上がるとボクの前に立つ。

 腰を曲げ、上半身だけでボクの胸元にまで顔を下げ目をボクに向けた。

 

 

 クワッ!

 

「それはガンを飛ばすって言うんです星さん止めてください」

 

 もしかしてさっきの怒ってるのかと思ったじゃないですか。軽くビビったというのは秘密です。ある意味心を動かされました。

 

 

 

「次は森久保さんですよ! 森久保さんなら上目使い位出来るでしょう簡単に!」

 

 

 ボクのフリに森久保さんはモジモジしている。

 

 

「そ、そんなのむ~りぃ~」

 

「やってみないで何を言ってるんですか! 上目使い位無理なんて言わないで下さいよ! さぁ、レッツトライですよ!」

 

 

「……む~りぃ~」

 

 

「恥ずかしがらないで、さあ、さあ!」

 

 

 

 迫りながら森久保さんに迫り手を握る。

 その行動に何か思う事があったのか森久保さんは顔を赤くし、ボクをチラリと見上げた。

 

 

「ど、どうしても、やらなきゃ駄目ですか……?」

 

 

 

 ズキューン!

 

 

「それよ! 森久保、やるじゃない! それが上目使いよ!」

 

 

「や、やるな。わ、私まで、キュンときたぞ」

 

 

 二人は森久保さんに惜しみ無い賛美を送る。いやあ、確かに良い上目使いだったんじゃないですか?

 

 

「……んで、あんたは何やってんのよ」

 

「大丈夫、大丈夫、です」

 

 ボクはうずくまり、心臓の鼓動が早くなるのを無理矢理押さえ付けていた。

 至近距離の破壊力、ボクは直撃を喰らい回復に時間がかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーー

 

 サードレッスン

 

 

「最後に”友達に遊びに誘われた時の優雅な断り方”ですよ! 断ってるにも関わらず相手を不快にさせないというのも重要な技術です! レッツトライ!」

 

 

 ボクの次なるステップに森久保さんがはい、と手を上げていた。珍しく積極的ですね! 良いことです!

 森久保さんに”はいっ”と発言を認めると、森久保さんは冷めた声でボク達にいい放った。

 

 

「森久保、友達いないから解らないんですけど」

 

 

 

 その発言にボクを含めて皆暗くなる。

 全員うつ向き、ブツブツいい始めた。

 

 

 ……別に気にしてなんかいませんがなにか。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 それからありとあらゆるアイドルとしての技術をレクチャーしていくも皆のあまりの出来にボクは溜め息ながら座り込む。

 

 

 やれやれ。先が思いやられる。

 正直三人ともアイドルに向いているようには見られなかった。ルックスは申し分無い、寧ろ三人ともとても見目麗しい。しかし、それ以外の要素でやはりアイドルに適しているように思えなかった。

 

 それなのにこの人達は何故わざわざアイドルの道を選んだのだろう。麗奈さんは解る。前回、その覚悟を聞いた。

 でもボク達みたいに回りに注目されたいタイプならアイドルになりたいというのも解るが、森久保さんと星さんはそうとは思えない。

 

 そこで、今更ながら彼女達がどういう経緯でアイドルを目指すのか気になった。

 

「……自己紹介、途中だったから聞いてなかったですけど、皆さんがアイドルを目指そうと思ったきっかけはなんですか?」

 

 ボクの突然の質問に三人は一斉に顔を向ける。

 

 

「……森久保は、親戚に性格の矯正で入れられただけですけど」

 

 

 なるほど。

 自分でこの道に入った訳じゃないんだ。ならあんまり積極的じゃなくても、まあ仕方無いだろう。

 

 

「アタシはスカウトよ。地元の公園で、ちょっと学校のバカどもともめてたら、あのプロデューサーが割って入ってきて名刺渡されたわ。貴女の凄さを世界に知らしめる御手伝いをさせてくださいってね」

 

 

 その話を聞いて、再びボクとプロデューサーが出会ったあの日を思い出す。

 あの日のボクと麗奈さんを重ねてしまった。

 

 

「まあ、初めてだったわ。アタシを見て、無様に公園で這いつくばるアタシを見ておきながら凄いなんて持て囃す奴。だから、その、利用価値があるなと思って着いてきてやったのよ。アタシはアタシの名を知らしめる為アイドルになった。名を売る手段としては最適だと思ったしね」

 

 

 麗奈さんはそう言いながら、空を見つめ微笑んだ。

 

 麗奈さんの事をそんなに知っている訳じゃない。だけど、今麗奈さんが何を思っているかだけ解ったような気がする。

 

 

「フヒッ、私も、スカウト。アイドル、になりたかった訳じゃ、なかった、けど。わ、私は初めて私を見付けてくれるアイツが、そう望んだから、アイドルに、なる。アイツに、喜んで貰いたい。その方法が、アイドルなら、アイドルに、なる」

 

 

 今度は星さんが経緯を話してくれた。

 星さんは言葉につまりながらボク達に決意を伝えるため、身ぶり手振りで必死に表現しようとしてくれている。

 

 

「こ、小関さんと、同じだ。私も、初めてだった。クラスでは、いてもいなくても同じ、空気。い、家でも、同じ。でも、私を必要としてくれる人に、出会ったんだ。だから、役に、たちたいな……」

 

 

 そういうと星さんも何時もの半笑いとは違う優しい笑顔を浮かべる。星さんの理由もボクは共感できてしまった。

 

 

「そ、それを言うなら森久保もですけど」

 

 

 相変わらず森久保さんはこっちを見ない。

 でも、今は自分から自分の言葉を言ってくれた。

 

「も、森久保だって親戚に無理矢理事務所連れてこられた時は、嫌だったんですけど……。でも、森久保がどんなに逃げても連れ戻しに来てくれて、呆れないで笑いかけてくれる人なんて、いなかったんですけど。だから、森久保の面倒をしっかり見てくれる人だなって、だから、アイドルを頑張ってみようかな、って思ったんですけど……」

 

 

 三人はそれぞれプロデューサーと出会い、今の自分を認めて貰った。それぞれが自分を見失いかけていた時に、拾って貰えた。

 

 三人は全然性格も見た目も似ていない。でも、どこか自分に似ている。そう感じた。

 

 三人がアイドルを目指す理由は違えど、アイドルに向き合う気持ちを感じ取れた。

 

 そしてボク達は目を合わせ、そして再びレッスンを始める。

 

 

「ならばこうして座っている時間は勿体ないですね。次の特訓に移るとしましょう。次は、優雅なレシートの断り方です。トライ!」

 

「アイドルと関係ないですけど……」

 

「甘いですね! 真のアイドルなら、店員すらレシート一つでファンにするくらいしないとダメですよ! 常にファンをゲットしていく心構えこそ肝心なんですから!」

 

「ならないわよそんな触れ合い一つで」

 

「するんです!」

 

「む~りぃ~」

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 その日の夕方 事務所

 

 

「あ~、今日も疲れたわね~」

 

 事務所に着くと同時にシャツ一枚になりソファーに寝そべる麗奈さん。

 はい、ボクかわポイント減点。

 

「あ、皆お疲れ様っす~。レッスン今日も頑張ったみたいっすね~」

 

 ボク達に顔を向けて労いの言葉をくれるプロデューサー。

 その顔はこっちに向いているにも関わらずその手はパソコンの打ち込みを続けている。

 

「今カルピスでも買ってくるっすね~。ゆっくりしてて欲しいっす」

 

 

 そう言いキーボードを打ちながら立ち上がろうとするプロデューサーを制止する。

 

 その間に森久保さんが給湯室に向かった。

 

 

「大丈夫ですプロデューサーさん。自分の飲み物位自分で用意出来ますから。あまり彼女達を甘やかさないように」

 

 

 キリッといい放つボク。

 

 

「前は30秒以内にですよって言ってたのに、後輩が出来ると変わる物っすね♪」

 

 

 余計な事は言わないで下さい。

 こうして考えるとボクって我が儘だったのかもしれない。もしかしたら。多分少し。

 

 過去を反省しているとプロデューサーさんがボクを手招きしていた。

 

 

 御仕事かな? と近くに寄ると、プロデューサーは一枚の写真を見せてきた。

 

 和服の似合う、とても可愛らしい女の子。

 顔は整い、完成された造形。

 愛らしさの中に将来は美人になるというのが確信出来る綺麗さをかねそろえたような女の子だった。

 

 

「この写真がなんですか?」

 

 

 急に写真を渡されてもどうすれば良いか解らない。そういう疑問を浮かべた顔を向けているとプロデューサーがニコッと笑みを浮かべる。

 

 

「皆さんの次の仲間っす!」

 

 

 プロデューサーの言葉に何々 ?と麗奈さんが寄ってきた。

 

「仲間、ですか。この人が……」

 

 

 再び写真を眺める。う~ん、可愛い方だ。

 

「へぇ、結構綺麗な奴じゃない! この麗奈様に相応しい仲間ね!」

 

 

 前なら、仲間と聞いたらボクは嫌がっただろう。

 しかし今のボクは仲間、という物が悪い物じゃないという事を知った。

 

 横ではしゃぐ麗奈さんを見つめ、ボクは胸の内の一瞬の不安がはれていく。

 

 

 お茶です、とプロデューサーにお茶を届ける森久保さんに、嬉しそうにお茶を受けとるプロデューサーさん。

 

 森久保さんも写真が気になるようで、此方をチラチラと見ていた。

 写真を手渡すと森久保さんは”綺麗”と呟いた。

 

 

「因みに彼女は運動テストでも歌のテストでも最高点っす! アイドルとしては皆さんに遅れてのスタートですが、頼りになる仲間だと思いますよ♪」

 

「それは頼もしいですね。この人はいつから此方に来るんですか?」

 

 

 ボクの質問にプロデューサーはカレンダーを出し、土曜日を指した。

 

「この日彼女を迎えに行く事になってますから皆様も一緒に行きましょうか! 顔合わせ、早くしたいでしょうから!」

 

 

 成る程、良いですね♪

 これからの新しい仲間、たっぷり品定めをさせてもらうとしましょう!

 

 そんなボク達の脇で写真を見ながら星さんが呟いていた。

 

 

「村上、巴さん……この住所……村上……」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 土曜日、村上家前

 

 

 

 ”村上組”

 

 

 手土産を買いに行ってくるから先に、と言って別れたプロデューサーから渡された地図を片手に村上さんの家にたどり着いたボク達は、青い顔をして厳格そうな和の家の前にたたずんでいた。

 

 

 その家はどっからどう見ても、その、なんていうか。

 

 

「ヤクザ……」

 

 麗奈さんが口に出しながらボクの影に隠れた。ですよね~。

 

 今までの仲間とはまた違った不安に心が縛られてしまった。

 





続く

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