船の錨やジャングルのような木のオブジェに囲まれた雰囲気の良い内装のお店に美味しそうなハンバーグの香りがみちる。いつもならここに入るだけでワクワクする所だが、今はそんな雰囲気を楽しんでいる余裕はなかった。
「それではご紹介するっすね。こちらが我が事務所のトップアイドル! 輿水幸子さんっス♪」
プロデューサーが新しいアイドルという3人にボクを紹介をしてくれる。そのプロデューサーの言葉に、一人は半笑いのまま軽く会釈し、一人は腕を組ながら品定めするように下からジロジロ見つめる、そしてもう一人はこっちを見ようともしない。
「始めまして、輿水幸子です」
「次に幸子さん、彼女達を紹介するっす。左から星輝子さん、小関麗奈さん、森久保乃々さんです♪ では順番に自己紹介しましょうか?」
自己紹介、という単語にボクはビクッとする。
すると相手側の二人も同じように反応していた。
星輝子さんが皆の顔を見渡し、誰から言うのかタイミングをうかがっている。
誰も言い出さないので星さんが震えながら口を開こうとした。
「ふ、ふひ、わ、わた
「アーハッハッハッ! 私は小関麗奈様よ! レイナ様と呼びなさい。年齢は13、世界に私の名を轟かせる為にきたわ! いずれ世界を征するトップアイドルになる人間よ、覚えておきなさい!」
突然立ち上がり尊大な自己紹介をするレイナ様。なるほど、キャラは伝わりました。
元気とやる気はあるようですね。
しかし小関さんは尊大な態度のままボクをビシッと指差した。
「え~っとアンタ、輿水幸子って言ったっけ? 私はすぐにアンタなんかより上のアイドルになるんだから、覚悟しておきなさいよね」
……ムカッ。
ボクはその言葉に少し苛ついた。
越える宣言はかまわない、どうせ出来る訳ないんだから。だけどアンタなんかは聞き捨てならなかった。
「……小物ですね」
「アーハッハッハッ……、なんですって?」
さっそく火花をちらすボク達。
プロデューサーが立ち上がりあたふたと次の人に自己紹介をふった。
「いや小関さんありがとうございました! 次は……森久保さんお願いします!」
星さんが次は、の辺りでスッと立ち上がりかけていたが、スッと座り直す。
「も、森久保ですけど……。あの、親戚にその性格をなんとかしろって、この事務所に連行されて、あの……」
その辺りで黙り混んでしまった。
紹介の最中も目をそらし、オドオドとしている。この人にアイドルが本当に出来るのだろうか。
「次に星さん! 自己紹介、お願いします!」
不安に思って見詰めるボクにプロデューサーは次の方の自己紹介に移行した。
とうとう指名された星さんは変な汗をかきながら立ち上がる。
「フヒッ! わ、私は……
「お待たせしました~。ポテサラバケットディッシュで~す!」
美人のウェイトレスさんが注文した食事を持ってきてくれた。小関さんがハイと手をあげ、自分が注文した物だと知らせる。次々と注文を確認しながらテーブルに料理を並べてくれた。
「ご注文は御揃いでしょうか?」
ウェイトレスさんの質問に対し、星さんの頼んだきのこのパスタがまだだと御伝えするとウェイトレスさんは大慌てで戻っていった。
……星さんは覚悟を決めて立ち上がったまま固まっている。
「ほ、星さん、なんか、すみません」
「フヒッ。大丈夫……」
星さんは半笑いで、謝罪するプロデューサーに答える。まるで慣れているのかのように悲しそうにする素振りすらない。
……それにしても、この方達がうちの新しいのアイドル、ですか。まあ印象はともかく少し、言っておかなくてはなりませんね。この事務所に本当に入る、アイドルに本当になるつもりなら、ハッキリと。
「プロデューサーさん。少し席を外して貰えませんか?」
ボクの提案にプロデューサーさんは”へ?”と首を傾げる。
ニッコリと微笑み返し、再び席を外すよう頼む。
「女の子同士で確認しなきゃならない事があるんです。それともなんですか? 女子トークに混ざりたいんですか? 変態ですね。そうじゃないなら、ほら、少しタバコでも吸ってきたらいいですよ」
「いや、自分はタバコ吸わな……
「いいから席を外してください」
ボクの言葉に”はい……”とショボくれながら店の外に出ていった。しっかり窓から見える位置で、終わったら合図を送りやすい場所で止まり、寂しそうに手を降っている。
プロデューサーさんに手を振り返し、キョトンとする三人にボクは冷たく、しかし威圧感があるような声と目で言い放つ。
「今のうちに言っておきますが、 生半可な気持ちで来られても困るので、最初に教えてあげます。アイドルは辛いですよ?学校の他にお仕事をするような物ですし、おそらくプライベートタイムは無くなりますし、厳しいレッスンが待ってます。だからそれらに耐える自信が無い人や覚悟の無い人はウチに来ないで下さい」
ボクの厳しい言葉、そして自分でもビックリするような声のトーンに、皆目を丸くしてボクを見つめる。心臓の鼓動が早くなる。ボクは、こんなキツい言葉は使いたくない。でも、言わなくてはならない事だ。
「中途半端な事されて事務所の株を落とされても困るんですよね。ハッキリ言ってボク達の事務所はそんなに大きい事務所じゃありません。だから少しの傷が大きな損害になるんです。だから半端な覚悟で来てるような人は、今のうちに帰ってください」
ボクがこの事務所を守るんだ。だから、事務所に害がありそうな人は入れられません。見極めてやる。この三人は本当に覚悟があるのかどうか。
三人はこんな事言われるとは思わなかったんでしょう、戸惑った顔をしながらボクをチラチラ見ている。
その中で小関さんは腕を組み、ふんぞり返りながらボクをにらみ返した。
「フンッ! 随分強い事言うじゃない。でもね、そんな態度で良いのかしら? 私は将来のトップアイドルよ! ここで辞めちゃったらアンタ達後悔する事になるわ。だから今のうちにこのレイナ様に媚びへつらった方が身のためよ!」
「だからそれが舐めてるって言ってるんです。入ったばかりの新人が簡単にトップアイドルなんて言わないでください。この世界にはトップアイドルになりたくてなりたくて、努力をずっと重ねて、それでも涙を飲んでいる人が大勢いるんです。そんな人達を押し退けられるんですか?」
小関さんはムッとした顔をボクに向け睨みが強くなる。
そんなちっちゃな脅し、ボクには通用しない。
その態度が気にいらなかったのか、軽く舌打ちをしながらボクに凄んでみせた。
「あんたムカつく。なるわよ! そんな奴等に負けないアイドルに!」
「どんな風に?」
「は!? えと、世界にアタシの凄さを知らしめる為のね……!」
「貴女の凄さってなんですか?」
「あ、アタシの凄さは……凄いは凄いのよ! わかんないのかしら? まあアンタ程度には解らないかもね!」
「解りません。自己PRも出来ないんですか? それでトップアイドルになる? 笑えますね」
ガタッ!
とうとう小関さんは立ち上がりボクの胸元をつかみかかる。ボクは座りながら冷静にレイナ様を見上げていた。
森久保さんはおどおどと視線を泳がせ星さんは口を開けて固まっている。
プロデューサーさんは……、
ボクはプロデューサーさんが今どんな様子でいるのか見る事は出来なかった。
プロデューサーさんがとうとう見付けてきた、うちのアイドルになってくれるという人達。
プロデューサーさんがどれだけ苦労してアイドル候補を探しているのかボクは知っている。
毎日電話をして、お仕事の合間を見付けてはスカウトに勤しむ。まだ年が若く、事務所の名前が売れていない中これだけの人数を見付けてくるのは本当に苦労した事だろう。
でもねプロデューサー。
事務所に害になる人かも知れない人達を招き入れてしまう方が、事務所が危険になるかもしれない。だから、プロデューサーに変わってボクが濾過装置になるんだ。
ボクとプロデューサーの事務所を壊す奴は誰であろうと容赦しない。
だから、小関さん。
どんなに睨んでも、ボクは怯んだりしません。
今の貴女より酷い悪意とボクは戦ってきたんだ。アイドルになってからも様々な向かい風や敵意と戦ってきたんだから。
「……もう、言い返せないんですか? 凄んでも怯まない相手には何も言えないんですか? そんな人にはトップアイドルどころか、アイドル業界すら耐えられません。アイドルを嘗めないでくださいね」
そういって微笑みかけてやると小関さんは涙目になりながら顔を真っ赤にしていた。
心が痛む。
でも、負けるものか。
こんな圧でねをあげるような人は、元々アイドルには向いていないし、耐えられない。
入ってから挫けて色々失う前に気付くべきなんだ。プロデューサーも、この人達も。
強い眼差しを向けていると、小関さんの目から涙が溢れた。
「…………そうよ、今のアタシは小物よ」
その涙ながらの眼差しに、ボクの心がドキリと跳ねる。
「アンタの言う通り、今のアタシは小物よ! 誰もアタシの力を知らない。誰もアタシの言葉なんて聞きやしない、どいつもコイツもアタシをバカにしてくる! 何をやっても上手くいかないアタシをバカにしてくる!」
静まり返る店内、外のプロデューサーも異変に気付き、足早に中に向かい歩みだした。
「でもね、アタシは負けてない! 今、アタシを見下してる奴も、その努力しているとかいう先輩アイドル候補も、アンタだって! 誰が相手でも関係ない。全部喰らってアタシが一番になってやるんだ! どんな事をしてもアタシがここにいるって解らせるんだ!」
小関さんは涙を手で吹きながら、それでもボクに訴えるのを止めなかった。
その強い眼差しにボクは目を反らす事が出来ずにいる。
「成り立ての新米だからなんだってのよ! トップを目指して何が悪い!! やるからにはその頂点を目指すって事の何が悪いのよ! アタシはアイドルを舐めてアイツに着いてきたんじゃない、アタシの名前を、全国に届けるために来たんだ! あんたこそ、アタシを舐めんな……、アタシをバカにすんなぁ!!」
その魂の籠った悲痛な叫びに、店内は静まり返り視線が集まる。星さんが宥めようと立ち上がり戸惑い、森久保さんは口をパクパクさせてボク等を見上げている。そしてボクは、小関さんの涙で濡れた強い目を見つめていた。
外からかけつけたプロデューサーさんはが来ると、とうとう小関さんは本格的に震えながら子供のように泣いていて、プロデューサーは手を取り、頭を撫でながら落ち着かせた。その姿は、そこで涙を流しながらプロデューサーの手を取る小関さんを見て、昔の自分の姿を重ねる。周りに押し潰されそうになって、自分を信じる事が怖くて、それでも負けたくなくて。そんな風に一人で戦っていた中、アイドルに、プロデューサーさんに出会って、今を変えたくて戦う事を決めたあの時と。
ボクと、同じなんだ……。
「あ、あの……」
星さんのキノコパスタを持ってきてくれたウェイトレスさんが気まずそうに立っていた。
プロデューサーさんはボク達を見渡すと、ボク達も力なく頷く。
「……お会計で」
ウェイトレスさんから領収書を受けとると、ボク達を連れて店を後にする。
車内。
プロデューサーさんが運転をし、助手席に森久保さん。
後部座席に左から私、星さん、小関さんと座りながら各人の家に送ってもらう。
店を出た後、プロデューサーさんは店前のコンビニで簡単に食事を買ってきてくれた。
ボクの好きなしゃけのお握りを片手に、ちらりと小関さんの方に目を向ける。
小関さんはもう落ち着いていて、涼しい顔で窓の外を眺めていた。
そうしていると、間に座る星さんと目があってしまう。
「ふ、ふひ、いや、あの、しゃけ美味しそうだね、ふひ」
「……星さんもしゃけじゃないですか」
そう言うと星さんは”あ……”という顔をして目を泳がせる。すると今度はこちらを振り向いた小関さんと星さんの目が合った。
「ふひ、小関さんは、具、なんだった?」
「……しゃけでしょ」
そうして星さんはまた”あ……”と呟くと頭を抱えて下を向く。会話の出だしに失敗した事を悔やんだのか静かに悶えている。
「う、う~。このお握りの具がしゃけだから、しゃけだから畜生……」
良く解らない悔しさを噛み締める星さんに話かけられた事で振り向いていた小関さんと、今度はボクが目が合ってしまう。その目を見て、とうとうボクは踏ん切りが付いて謝る事にした。
「……ごめんなさい。貴女の事を知りもしないで、偉そうな事を言ってしまって……」
そう言うと小関さんはフンッと再び窓の外を見た。ボクはうつ向きながら反省をしていると小関さんの方からぼそぼそと何か聞こえてくる。
「……れ……さい」
「…………え?」
「忘れなさいって言ったのよ!」
そう怒鳴ると小関さんはワナワナと手を動かしながら震えだす。
「あ~、あんな人前で騒いで泣き出すなんて子供みたいな事しちゃうなんて最悪だわ! 恥ずかしい恥ずかしい、黒歴史確定よ!」
「子供みたいというか子供ですけど……」
「五月蝿いわ森久保! レイナ様に突っ込みを入れるなんて森久保の癖に生意気よ!」
「も、森久保の方が年上なんですけど……」
前で森久保さんがブツブツ言っている。
「アタシはこんな事忘れたいの。だからアンタも忘れなさいよ! アンタはアンタなりの正義を持って私に立ち向かった、アタシはそれを真っ正面からぶち破った! その事実だけ覚えて、後はもうこの話はおしまいよ!」
そう言い放ち、恥ずかしそうに窓の外に顔を背ける。その耳は真っ赤に染まり、ぷるぷると震えていた。
そんな麗奈さんにボクはクスッと笑い、頷く。
「解りました、小関さん」
「……レイナでいいわ。今後はアタシの凄さを世に知らしめる為の協力者なんだから。アンタ達は」
あれだけ言い争った相手をもう味方と認めている。この人は、もしかしたら器が広い人なのかもしれない。そうボクは感じた。
ボクは、ボクとプロデューサーの事務所が壊れるのが嫌だった。それを侵略し、破壊する敵かもしれない相手を受け入れるのが嫌だった。
でも、もしかしたら、今より素敵な未来があるのかもしれない。だから、ボクはこの人達を受け入れてみようと、そう思う。
「違いますよ? レイナさん。今後はボクの可愛さを世に知らしめる為の協力者になるんです。皆さんは」
ハァ!?
と麗奈さんは振り向き、再びキーキー騒ぎだす。ボクも負けずと言い返してやる。
間で星さんが目を回していた。
「アンタね!? 今の流れはアタシに完全に屈服する流れでしょうが! 空気読みなさいよ!」
「それは嫌です! ボクを屈服させたいなら、それこそトップアイドルにでもなって貰わなくてはいけませんね! 言っておきますが、うちの事務所の仲間になるからにはビシビシ厳しくいきますからね!」
「こんな煩い人達とやっていかないといけないなんて、森久保は頭が痛いんですけど……」
そしてボク達の騒ぐ様子をミラーで見たプロデューサーさんは、微笑みながら皆さんの家まで送ってくれた。
20分後 車内
「……」
森久保さんが車を降りてお母さんらしき人が頭を下げている。
プロデューサーは左手だけで振り返してあげるとお母さんは嬉しそうに手を振りだした。森久保さんもはにかみながらプロデューサーに小さく手を振っていた。
そして動き出す車。
車の助手席に席を移動しプロデューサーの隣に座る。プロデューサーは運転中は薄っぺらい笑顔を浮かべる事無く真剣そのものだった。その横顔がどこか頼もしい。さっきは麗奈さんの家まで送り、彼女は照れくさそうに帰っていった。
そして静かな車内。
プロデューサーと二人の車は、もう懐かしく感じるようになってしまった。
「……いきなり仲間なんて、驚きましたよ」
「す、すみません。驚かせて喜ばすつもりだったんす」
あの人数が少ない職場に仲間が増える、それは喜ばしい事だったのかもしれない。
でも、ボクは変化を恐れ、再び輝きだした世界が壊される事に脅え、彼女達を敵と決め付けていた。
でも、それは間違いだったかもしれない。
彼女達はプロデューサーと同じ、ボクの世界を輝かせてくれる頼もしい仲間になってくれるかも知れないのだ。
「新しい仲間、彼女たちとは仲良くなれそうっすか? 幸子さん」
「どうでしょうね。彼女達次第じゃないですか? ……でも、仲間とは認めてあげますよ」
そうしてボクは思わず微笑み、いつものように家まで送ってくれるプロデューサーと楽しく帰り道を過ごした。
途中でまだ後部座席に座っていた星さんが喋りだし、いると思ってなかったボクは車の中で大きな悲鳴をあげ、プロデューサーを慌てさせてしまったのは割愛。
いるんなら教えてくださいよ!
忘れててごめんなさい。
続く