チョイ役からガッツリヒロインまで色々クロスする予定です。
ジャンプ以外の少年誌、青年誌について、また、同人誌やアニメとそれ以外のメディアミックスについても書けたらいいなと思っています。
その日は、いつも通りの一日だったように思う。
たぶんいつも通りに朝起きて、朝食を食べて、弟と一緒に学校に行った。
クラスメイトと昨日見たテレビの話なんかをして、家で親から習ってもう知ってることを学校で勉強したんだと思う。
授業の細かい内容なんかは流石に覚えていない。
当時のクラスメイトも仲の良かった奴ら以外はすぐに思い出せない。
人間の記憶なんて曖昧なもんだな。
ある部分を超えると特別なこと以外、何があったかなんてほとんど忘れてしまう。
曜日と日付は、どうだったっけな。
家から帰ったら弟とコロコロコミックを買いに行ってたから多分15日。
兄貴がジャンプを買って中学から帰ってきたから月曜日。
マンガを読んで、晩飯を食べて、風呂に入って、それで寝た。
「それじゃ上司の責任かぶって首にされたのと同じじゃない!」
「仕方ないだろ、俺の上司なんだから……」
ふと目が覚めてトイレに行こうとしたら、母親が喚く声を聞いてしまった。
親父が銀行をクビになったのを知った。
次の日から、俺の、いや、俺達の生活は一変した。
今日は、何でもない夏休みの一日だけど、特別な日だ。
昨日、初めての作品が完成した。そして、今日、初めて持ち込みをした。
編集部に向かう途中、『サイコー』に俺がマンガ家を目指す理由になった話をした。
あんまり細部を覚えていないのが気になったから、帰ってから調べてみたらITバブルが崩壊したのが2001年だということが分かった。だから、多分あれは俺が小2のときのことだ。
その年、俺はまだちょっと勉強ができるただのマンガ好きの少年だった。
まだ何ものでもなく、何かになれるかどうかも分からなかった。
何になりたい、いや、何になると決めることすら、できていなかった。
親父が長いローンを組んで建てた家からはリストラのその翌月には引っ越した。
学校こそ変わらなかったけれど、今も住んでるボロくて安いアパートが新しい家。
幸い、母親が高校教師で共働きだったから家のローンのことを除けばすぐに金に困ることはなかった。
ゲームはあんまり買わなくなったけど、古本屋で昔のマンガをセットで買ったりするようになった。生活のレベルもそれほど下がったようには思わなかった。
その頃からかな。弟が母親に代わってメシを作るようになったのは。
双子だからまあ見た目はそこそこ似てるんだけど、趣味嗜好はだいぶ違う。
俺はメガネをかけてるけど、あいつの視力は2.0以上。
俺はスポーツはマンガで十分などっちかというとインドア派だけど、あいつは親父が会社をクビになったあともテニススクールにずっと通ってるし、小学校の頃はサッカーと野球の地域のチームに入ってたし、夏休みは ほぼ毎日無料開放される学校のプールで泳いでた。
俺はクラスの中心にいて騒いだり盛り上げたりが好きだったけど、あいつは休み時間いつもノートに絵を描いたり本を読んだりしていた。
父親もかなり条件は悪くなったみたいだけど何とか失業手当が切れる前に再就職してサラリーマンを続けてる。
私立中学を目指すのは金銭的事情からなくなったけど、その分、母親は俺達兄弟に勉強をさせた。
それまでみたいに、土日だけ2,3時間といった塾の代わりなんて甘っちょろいもんじゃなかった。
平日は母親の仕事が終わって、弟が作ったメシを食べた後、毎日夜7時から10時位まで。
休日も最低6時間は勉強させられてた。
「あっちゃん達がお父さんの仇とってね……」
そんな風に泣きながら勉強を教える親って、どれくらいいるんだろうな。
まあ、ちょっとずつ世間のことも見えてきて、無理やり勉強させられるのも嫌になった。
「僕はお母さんの道具じゃない! 自分の将来は自分で決める!」
机の上に広げてた参考書や筆記用具をぶちまけて、ノートをビリビリに破いた。
椅子をまだ細い小学生の腕で持ち上げて、机を思いっきりぶっ叩いた。
運良く窓ガラスは無事だったけど、勉強机についていた蛍光灯はあっけなく割れた。
気が付くと涙はもう枯れていて部屋の中はボロボロだった。
母親は呆然とした顔で立ちすくんでいて、弟は、あいつは、何故か少しだけ嬉しそうだった。
それが、小5の頃の話。
俺はそれからマンガの原作者になることを決めた。
図工だけ通知票はいつも3。絵が壊滅的なので、話を作る一本で行こうと決めるのにそれほど時間はかからなかった。
片っ端からマンガを読みなおし、学校帰りや休日には古本屋や図書館に入り浸った。
弟は絵はうまかったけれど、学年に一人いるレベルだった(石沢なんかよりよっぽどいいけれど)。
俺の求めるレベルにはちょっとまだ足りない。
何より、テニスを俺から見たら信じられないくらい熱心にやっていたから漫画を描いてくれとは言えなかった。
俺は作文や読書感想文といったものがあれば片っ端から応募するようになった。
評価する人間が求めているものは何なのか、必死で考えて、分析して、書いた。
文部科学大臣賞を取った小6の夏には、数万円分の図書カードを貰えるまでになった。
ふと気づくと中学に入る頃には、弟はノートに絵を描くのをすっかりやめていた。
2008年8月29日。
俺、高木秋人と真城最高の最初の作品、『ふたつの地球』をジャンプ編集部に持ち込んだその日。
サイコーと駅で別れ、自宅に戻ってからボーっとして、そのまどろみの中で懐かしい夢を見た。
ネットでだらだらと昔のことを調べていると、キュッという甲高い音が外から聞こえる。
出かけていた弟が、アパートの駐輪場に自転車を止める聞き慣れたそれ。
トツトツと小気味よい、古びた階段を登ってくる足音。
そして、玄関のドアを開けて弟が帰ってきた。
「アニキ、ただいまー」
「んー、おう」
脱いだスニーカーを下駄箱に入れ、自転車の鍵をその上に置かれた缶の中に入れながら話すあいつに俺は曖昧に返事する。
「風呂沸いてる?」
「あーごめん。まだだ」
弟はいつも通り。いや、どこか少しだけ嬉しそう。気のせいかもしれないけれど、そんな感じの声色だった。
「分かった。今からでいいから沸かしてきてよ。向こうでシャワー浴びたけど汗かいたからさ。その間にメシ作る」
「今日の晩飯なに?」
ガチャリと冷蔵庫のドアを開け、一通り中身を見渡した弟は、常備してあるスポーツドリンクを口に少しだけ含んで飲み下す。
「ああ、生姜焼きにする」
「オッケー」
弟がテニスバッグを肩から降ろし、着替えを洗剤と一緒に洗濯機に入れそれが回り始めるのと入れ替わりに、俺はPCを閉じて立ち上がり風呂掃除に向かった。
一時間後。風呂から出た弟と、俺は二人で食卓を囲んでいた。
今日の夕食はごはん、わかめと豆腐の味噌汁、生姜焼きと付け合せにキャベツの千切りにトマト。それに焼きナス。
相変わらず、弟はよく食べる。ご飯茶碗は弟のだけどんぶりだ。運動で消費した分をしっかり摂取している。運動と食事のおかげか、双子のはずなのに身長は弟の方が4,5cmは高い。肩幅も弟の方が広いし、腹筋はキレイに割れている。
「大会は終わったんだろ? 今日もまた練習だったのか」
「うーん、ちょっと違うんだけど。この前の大会で知り合った女子のヒッティングパートナー頼まれてさ」
中学三年の夏の最後の大会。部活に入っていればそれなりに期すものもあるのだろう。まあ、弟のやっているのは中学には珍しい硬式テニス。部活ではなく地元のテニスクラブとしての参加だ。勝手は多少異なる。
「へえ、珍しいな」
「凄い強くなると思うよ。あの子」
どこかの人間離れした王子様たちとは違い、相手を吹き飛ばすボールを打ったり分身はできない。
ファンタジーはないけれど、漫画家になるのと少しだけ似ている。才能と、努力と、運。そしてそれこそが現実世界のスポーツだ。
「ふーん。……プロになれるくらいに?」
「うん。きっと、あの子はプロになると思うよ」
前回の大会ではナバエとかいう奴にこそ負けたけれど全国大会二位の弟がここまで言うなんてよっぽどのことだ。
何と言っても、テニスにそれほど興味のない俺や親ですらテレビで一回くらいは見たことのある、天才少年、池爽児と国内の同年代で唯一互角の勝負をしたのがこいつだ。
降って湧いた女の子の話に、俺は少しからかってやろうと思った。
その子は可愛いのか、なんて聞こうとした矢先。
「今日はっきりしたよ。俺は、もうプロを目指さない」
あいつはいっそ晴れやかな顔でそんなことを言ったのだ。
俺がマンガ原作者としての一歩を歩み始めたその日。
弟はプロテニス選手になることを諦めた。
次回から弟(オリ主)視点。