飴男と仮想少女の幻想記譚 ~Do you want candy? 作:F3
夢美が清慈のスマートフォンを預かって凡そ一時間半が経過しようとしていた。
夢美は当然スマートフォンの改造作業に掛かりきりである。清慈、ちゆりが何をしていたかというと・・・。
「・・・オイ」
「ん?――よっし揃った!さぁ、清慈引け!これで私は上がりだぜ!」
「・・・・・」
無言でちゆりの手に残された最後の一枚を引く。
最後の一枚ということは、当然ちゆりの手には札が無くなり・・・。
「やったー!勝ったー!これで31勝48敗だな!さぁまだまだ追い上げるぜ!」
「いや、ちょお待てや。いくらなんでも80回もやったら飽きるわ。つーか飽きへんのかお前」
「ん?いや、別に?」
「せめてそろそろゲーム変えようや・・・。なんつーか、普通に苦行だわ。神経衰弱辺りなら二人でも・・・」
その時、トン、トンと控えめなノックが扉から響いてきた。
「あん?誰やろ」
「そりゃーお前、ここに呼ばれなくても来るヤツって言ったら、清慈と蓮子、メリーぐらいだぜ。はーい、今開けるよー!」
言いながらとてとてと扉の方へ向かうちゆり。
かくして現れたのは、黒いショートヘアの宇佐見 蓮子と、ゆるくカーブを描く金髪を背中まで伸ばしたマエリベリー・ハーンの二人だった。
この生産性の無い時間を過ごしていた清慈にとって、この瞬間に登場した二人は正に女神に見えたことだろう。感極まって二人を抱き締めようと手を広げ二人に向かう。
傍から見れば身長190cm近い大男が少女二人に手を広げにじり寄っている図である。かなりアレだ。
「ッセィ!!」
「・・・・っ!!」
抱擁されようとしていた女神(黒)が鳩尾に蹴りをくれた。その場に崩れ落ちる大男。
「な・・・んや蓮子・・・ゲホッ。お前、いきなり鳩尾は・・・」
「うるっさい!清慈さんこそ、研究室で何してたんですか!?あんなあられもない声を教授に出させて・・・!おまけに何平気な顔をしてちゆりさんと遊んでるんですか!?」
「ハァ・・・?いや、ゲホッ、誤解や。何を誤解しとるのかよぉわからんが、俺は後ろめたいことは決して・・・」
「そうですかー。それじゃ、ちょっとお体にお聞きしますね」
言いつつ、女神(金)が蹲る清慈の手・・・というより指を取り、あろう事か間接と反対側に曲げ始めた。顔全体としては、極上の笑顔である。ただし、所謂”目が笑っていない”だが。
「おおおお・・!!落ち着けマエリ!お前そんなキャラちゃうやろ!もっと!もっとこう、おしとやか系の・・・!」
「そちらのキャラは本日休業中です」
「休業中ってなんやねん!いいからその人格引っ込めて頂けません!?マトモに顔見れへ―――オイコラちゆりぃ!お前見てないで誤解解けやぁっ!」
今のメリーと目を合わせたら最後、恐怖から濡れ衣を全て認めてしまう衝動に駆られるだろう。下半身は蓮子に逆四の字固めをキメられ、上半身はメリーに腕を固められ絶賛拷問中である。
そしてその様子をいい笑顔でカシャカシャと携帯カメラで激写するちゆり。
清慈はこの瞬間信仰を捨てた。―――この世に神はいない。
「お待ちどーさ・・・何してるの?」
「神かっ!?」
作業を終え隣室から戻ってきた夢美を見て、清慈は0.2秒で信仰心を取り戻した。清慈にしてみれば現在の行われている肉体的精神的拷問を中止させ尚且つ誤解を解く超級の救いの女神に見えたのだ。先程女神に見えた二人は現在地獄の悪鬼となっているが、まぁ忘れよう。
「教授!?大丈夫ですか!?この大男に何かされてませんでしたか!?」
蓮子が乱暴に足を開放し、夢美に縋り寄る。―――なんでもいいけど、逆四の字を適当に投げ出されると間接への負荷が半端じゃないので、諸兄は真似しないように―――
当の夢美は目を白黒させていた。何がなんだかわからないらしい。ちゆりはつまらなそうに夢美のケータイで今撮った写真を吟味している。メリーは未だ例の笑顔で清慈の指を折檻中だ。先程廊下で聞こえた声について、蓮子が夢美に説明している。
「――あー、はいはい。大丈夫よ。ちょっと新しい発明品のモニターを清慈に頼んでただけだから。ほら、メリーもそろそろ止めたげて。清慈の心が死んじゃうから」
「―――あ。・・・あの、えっと・・・。ごめんなさい・・・」
最終的にはうつ伏せに組み伏せた清慈の背中に馬乗りになって後ろ手に腕を固めながら指を弄んでいた悪鬼(金)も教授の無罪判決に静々と腰をどけた。
「アタタ・・・まぁ、えぇわ。とりあえず実害は鳩尾に軽いの一発貰っただけやし。あのままちゆりと遊んでるよかマシやったで・・・アメちゃんいるか?――ちゆりはいずれ泣かす」
途中入場の蓮子とメリーに飴を与え、ちゆりにはガンを飛ばしておいた。
そして、夢美に向き直る。夢美はニィと年相応の笑顔を浮かべ
「出来たわよ」
顔の横に清慈のスマートフォンを持ち上げた。
* * *
「魔力の探知・・・ですか・・・」
「えぇ、装置は殆ど完成してたんだけど、操作のインターフェースと、結果を出力する場所の確保ができてなくてね。それで清慈にスマホを貸してくれないか頼んでたのよ」
「蓮子かマエリのケータイじゃあかんかったのですかね・・・。どうせほぼ毎日ここ来るんでしょこの子ら」
先程メリーにキメられていた指のストレッチをしながら清慈がボヤく。
「私の、スマートフォンじゃないから・・・」
「私のはスマホだけど・・・」
前者はメリー。言っては何だが、確かにあまり機械類に強そうな雰囲気は無い。逆に、後者の蓮子は新しいモノ好きと言った傾向があった。スマートフォンなど、ここまで普及する以前から持っていたことだろう。
「ダメよ、万が一壊れちゃったら申し訳ないじゃない」
「オイ夢美、ナンつった今」
思わず呼び捨てである。確かに、ソフト面での機能がどうこうは少し触れたがハードそのものが破損するという話はしていなかった。
「聞かない方が悪いのよ。それにホラ、契約書にも書いてあるじゃない。『乙の所持品の破損は如何なる場合を以っても甲に責任を求めません』――ね?」
「いやそもそも契約書とか見た覚えが無いんすけど。アレ、なんでコレ俺のサインと判子が押してあんの?」
「佐伯なんて珍しい苗字でもないしなー。それにこんだけ付き合い長ければ筆跡の真似なんて余裕だぜ」
「オイィイイ!?お前コレ犯罪やろ!?ちゃうの!?完全に文書偽造やないか!」
「いやでも、私が口割らなきゃ筆跡も完璧に清慈のだしさー。やだ、期せずして完全犯罪?」
「やかましわっ!――あァもーえぇわ。一応こうしてケータイも無事戻ってきたことやし・・・」
《無事、とは言い難いかも知れません》
その時、声が響いた。
「―――ナンか言うたか、今」
「・・・いや?」
ちゆりが答えた。蓮子とメリーもふるふると首を振っている。
「センセは?」
質問された夢美は楽しくて堪らないといった感じでニヤニヤしている。
今聞こえた声は、音質としては夢美の声が一番近いように感じた。それでも何か違和感を感じる、
《現在、新ハード移行に伴う強制デフラグ中です。何か重要なデータが消えてしまいましたら、後でお知らせ下さい。可能な限り復旧致します》
ソレは、ソファに挟まれたテーブルの上に置いてある、清慈のスマートフォン―――だったモノから発せられていた。
* * *
「じゃぁ、紹介するわね。岡崎夢美製作、魔力探査装置――のサポートシステム。
『YUME』ちゃんです!YUMEは魔力証明の夢が叶いますようにって言うのと、私の名前から取りました!」
《只今ご紹介に預かりました『YUME』です。お見知り置きを》
スマートフォンだったモノの画面中で、やや紫のかかったピンク色の正方形がゆれる。
先程、YUMEが二言目を喋った後、夢美以外の全員が魂も魄も吹っ飛ぶ程驚いた。
なんせ、話せば話すほど、このスマートフォンだったモノから人格めいたモノを感じるのだ。この受け答えの多様性は、コンピュータ制御では向こう一世紀は実現できまい。
メリーなどは蓮子にしがみ付いて暫く離れなかったぐらいだ――それでいいのか秘封倶楽部――そんなことがあった為、皆やや放心気味に自己紹介を聞いていた所だった。
《それから、清慈》
「ッ!?――な、なんでしょ」
《私の所有者は貴方ということでプログラムが組まれました。それで問題ありませんか?》
「・・・・あァ」
問題があった所で、既にプログラムされているのにどうにかできるものなのだろうか。
やや煮え切らない所はあったが、ベースとなったスマートフォンは元々清慈のモノだし、完成後に返してもらう約束であったのだから、問題は無い。
《そうですか。では、パーソナルデータの入力を行います。右手人差し指で画面に6秒程タッチしてください》
「ほい」
言われた通り清慈が右手の人差し指を画面に置く。
《ァンッ!》
「ちょおおお!?」
「あはははははははは!!」
清慈が突然の喘ぎ声に驚いて指を離し、一連の動作を見ていた蓮子とメリーは清慈を白い目で見ていた。ちゆりはくっくっくと控えめに笑っている。
腹を抱えて笑っているのは夢美だ。
「なんやねん!?お前らそんな俺イジメて楽しいか!?」
《やっぱり怒られてしまいました。すいません、清慈。私は止めた方がいいと進言したのですが》
「ごーめんごめん。・・・ふふっ。清慈ったらホントツッコミ気質ねぇ」
「やかましいわっ」
《申し訳ありません、清慈。もう一度指をお願いします。今度はふざけません》
「頼むでホンマ。・・・このセリフも今日何回目やっちゅう話やねん」
再度、清慈が画面に指を置き、6秒経った。
この間は全員指が置かれた画面を注視し、一言も喋ろうとしなかった。
《パーソナルデータの登録を完了しました。これより、佐伯 清慈を所有者と認識します。よろしくお願いします。ご希望でしたらチュートリアルを行いますが、どうなさいますか?》
「それ、時間かかるん?」
《音声案内で凡そ5時間19分、文章案内で個人差はありますが、凡そ4時間12分程度かかります。尚、私を使用するに当たって確実に覚えて頂きたいことも数点ありますので、チュートリアルを全て完了するまでは私の固有機能の殆どをロックさせて頂きます。チュートリアル完了前に使用できる機能は、通話、データ通信、タイマー・・・》
「あー、もうええわ。とりあえず今日はいいんで・・・えーと、明後日が休みやな。明後日纏めて頼むわ」
《―――わかりました。では、後一つだけお願いが》
ピンク色の正方形は一呼吸停止し―――。
《可能な時は、私とできるだけコミュニケーションを取ってください。私は世界を知りませんし、貴方は私を知りません。私の機能を十全に振るう為には、私は世界を、貴方は私を知る必要があります。その為に、可能な限りコミュニケーションを取ってください。そしてそれは、清慈に限りません。ちゆり、蓮子、マエリベリー、そして、開発者である夢美。どうか、私に世界を、貴方達を教えてください》
(―――あぁ・・・失敗してもた)
清慈は思う。
真摯なのだ、コイツは。世界を知ろう。自分達を知ろう。そして、自身を知って貰おうと。
最早、この薄っぺらい直方体を機械等とは思うまい。モノだ等とは思うまい。
この子はもう、人格を持った。人間ではなくとも、自分達と同じだ。
だから―――清慈は思う。
(失敗した。――もうええなんて・・・言うんや無かった)
話が長い。時間が掛かる。その程度の理由で、YUMEを知る機会を一つ遅らせた。
失態だ。気が緩んだ。知らんかったで済む問題ではない。
自分を知って欲しい―――だから話が長い。
自分を知って欲しい―――だから時間が掛かる。
当然のことだった。
少女達はYUMEを囲んですごいだの、がんばってだのとキャイキャイはしゃいでいる。
少なくともあの中に加わる気にはならないが。
それでも、自分自身に一つだけ問いたい。
「――――まだ、間に合うかな・・・?」
誰にも聞こえぬよう、口を出来るだけ開けずに自分に語りかける。
―――かけた、つもりだったのだが。
《―――問題ありません。いつでも待っています》
自分以外からの返答が返ってきた。相手は―――言うまでもない。
(アカン・・・泣きそうや)
許してくれた事が嬉しくて。突き放した自分にもう一度手を差し伸べてくれた事が嬉しくて。
嬉しくても、流石にこの場で泣き出す訳にはいかん、と歯を食い縛る。
「え?YUMEちゃんどうしたの?」
《なんでもありませんマエリベリー。それより、その後清慈はどうなったのですか?》
「あ、えーとね。そしたら清慈君、蓮子を追って女子更衣室まで来ちゃって―――」
「ちょぉぉおおおっと待ってみようかマエリちゃん。そのオハナシをするには俺の許可が欲しいんじゃないのかなぁ?んん?」
ガシッとメリーの頭を頭頂部から掴み、こちらを振り向かせる。
メリーの紫掛かった瞳に、青筋を浮かせた鬼のような顔が映っているのが分かったが、それが誰かは考えるのを止めた。
* * *
あれから一時間程話し込み、現在20時46分。
そろそろ解散ということになり、各々の家路に着いた。
尤も、蓮子とメリーは大学近くの女子寮だし、夢美とちゆりは第五物理研究室で寝泊りしている――驚くべきことに、壁の一部が開いてベッドになるようだ。たまに蓮子、メリーが女子会等と謳い泊まりに集まっているらしい。
ともあれ、一人の帰り道。清慈の家は大学から徒歩20分のアパートである。
徒歩で20分というのは、何も無しで歩くと中々の距離だが、音楽を聴いていたり話相手がいたりするなら、すぐに過ぎ去ってしまう距離だ。
YUMEに話しかけながら歩くことは最初躊躇ったが、そこは元はスマートフォン。耳に宛がいながら会話をすれば、通行人に見られても不自然ではないというものだ。
YUMEとの会話は中々新鮮だった。具体的には知っている事と知らない事がチグハグな印象を受けるのだ。蓮子やメリーに関することはやたら知っているのに、夢美の事をイマイチ知らなかったり。これは起動してからの各人との会話量に起因するらしい。ちなみに帰り道会話を始めた瞬間に一番知られていないのは清慈だった。
いつもの帰り道を足癖で通り、アパートに到着する。
このアパートは値段はそこそこの癖に2LDKと広く、更に防音が優れている。
個人的には学校までの距離も苦にならず、優良物件だと考えていた。
特に防音―――今夜する事を思えば、これほどこの防音性能に感謝した日は無いだろう。
「――さて、とりあえず飯作るか。・・・ユメ、お前なんか食いたいモンあるか?」
《冗談で言っているとすれば三流ですね。真剣に言っているとすればいい医者をお勧めできます。夢美ですが》
「ハッ。それこそ冗談やないわ」
中々どうして、悪くない。
学校――主に第五物理研究室――に行けば、軽口を叩く相手に事欠かないが、家では一人暮し故にそうもいかない。
それが今は、会って間もないというのに軽口を叩き合える相方がいるのだ。
実に―――悪くない。
「んで、さ。飯食って、風呂入ったら・・・」
《清慈、いけません。いくら貴方が私を好いていてくれても、所詮はこの身は機械の身。貴方の期待には》
「やかまし。誰にんな言い回し習った」
《夢美から、ちゆりです。私は悪くないと言え。と言われています》
「よーし、あのガキャ、明日ちょっと凹ましたろ。つーか、お前も大概いい性格しとんな」
《これまでの会話から、清慈の好みの会話パターンを引き出して使用しています。ご希望なら、蓮子、マエリベリーもトレースできますが?》
「いや、別にええけど・・・。センセとちゆりはどうなん」
《トレースするには本日の会話量では不足と判断しました》
「案外バッサリやな・・・。いやその辺も俺の好みなのか。まぁ、お前と話すんのは楽しいからそのままでええやろ」
《ありがとうございます》
「まぁそんで、風呂の後。さっきの・・・チュートリアル?頼めへんか?」
《構いませんが、後日の予定では?》
「まぁええやん。風呂入ってからすぐ始めれば1時頃には終わるやろ。それなら明日の授業にも支障はあらへん」
《わかりました。では清慈が入浴している間にチュートリアルを起動しておきます》
「よろしゅ」
そう締めくくり、清慈は夕食の支度に取り掛かった。今日は野菜炒めと冷奴にするらしい。
* * *
清慈が食事と入浴を終えた後、YUMEによる仕様説明が行われた。
ちなみに清慈が選んだのは音声案内だ。何分夜も更けている。文字やイラストを追うよりは眠気が来ないだろうと考え音声を選んだ。
案の定、会話方式でチュートリアルは進行し、午前2時08分。
《以上で本機のチュートリアル全工程を終了します。お疲れ様でした。続いて、現在ロックされている機能を順次開放していきます。この作業には1分程度掛かる予定です。その間は音声に反応できませんのでご了承下さい》
「うーい、お疲れさん・・・」
ぁー、と情け無い声を出しながらベッドに横たわる。眠気は来なかったとは言え、流石に6時間弱も会話をすれば疲れは来る。しかし、充実した疲労感だった。
YUMEは不明な点があればその都度質問をしてくれと言っていたが、そもそもの解説が丁寧だった為、質問をする点も少なくて済んだ。とは言え、量が膨大だった為、内容の一部を忘れることもあるだろう。その時は遠慮無く聞いて欲しい、とも言っていた。
「出来た子やなぁ・・・」
心の底からそう思う。ちゆり辺りにも見習わせたい気遣いだ。
ともあれ、明日も昼前から講義がある。とりあえず今日の所はここらで休んで―――。
その瞬間、ピピピピピと電子音が響く。それも中々に大音量だ。防音設備はいいので、隣人に気を使う程の音ではないが、それでも完全に気を抜いていた清慈は飛び起きた。
「なんや!?故障か!?」
《馬鹿も休み休み言ってください。完成したその日に故障などという初期不良は出しません。ロックされていた機能の開放が全て終わりました》
「・・・さよか」
『馬鹿も休み休み』の部分に引っかかるモノを感じる。この機械娘、気遣いは素晴らしいモノがあるが、所々段々遠慮という物が無くなってきた気がした。そんな益体も無いことを考えていると
《―――同時に、魔力探査機能に反応がありました。現地点から東へ1.3km、そこから北へ800m進んだ地点です》
息を詰まらせる。まさか本命の機能を起動した途端に反応があるとは。
「東北・・・?山があるな」
アパートから大学とは反対側に山が存在する。特に何がある山という訳でも無かった筈だが・・・。
《現時刻から向かえば、25分程で到着できるものと思われます。明日は講義が11時半からあるようですが、どうしますか?》
「・・・行く。その反応が何なのか気になるし、明日に回して水モノやったら目も当てられん。とりあえず確かめる」
《良い判断かと。一応、夢美にメールを出しておきます。この時間では睡眠中でしょうが》
「――良い判断や」
ニィと笑い、必要最低限のモノを上着とパンツのポケットに突っ込む。YUME、タバコ、ライター、飴、そして――鍵。
アパートの階段を下りる。金属の階段の為、音を立てると近所迷惑だからとできるだけ静かに。
《位置の再確認を。東へ1.3km、そこから北へ800mです。道は問題ありませんか?》
「あァ問題ない。――コイツ転がすのも久しぶりやなぁ」
《コイツ、とは?》
「原付。ガッコは使うまでもないんやけど、たまに隣町に行ったりする時に使ってたんや」
《―――情報の修正を行います。到着に掛かる時間を25分から10分に修正しました。よかったですね。30分長く寝られますよ》
「そりゃえェな・・・んじゃ行こか」
煩いのは好みで無い為、特に改造もしていない原動付き自転車のヘッドライトが夜道を静かに切り裂いて行った。
* * *
大学から清慈のアパートを挟んで、ほぼ対角にある山――名前は知らない。特に話題に出ることもないからだ。しかし、今回魔力探査機能が真っ先に反応した。もしかしたら、何か曰くのある山なのかも知れない。
山の麓までは原付で来たが、残り200m程の所で原付で通れる道では無くなってしまった。
所謂、獣道だ。
「ライト忘れたのは焦ったでホンマ」
《焦り過ぎです。とは言え、私にも注意できなかった非はあります。視覚も共有できたらよいのですが》
「無茶言いなや」
現在、会話の通り懐中電灯を忘れた清慈は、YUMEの――否、元々スマートフォンに備えてあったカメラのフラッシュを常時点灯にして、獣道を歩いている。
「カメラとフラッシュがオミットされてなくてよかったわ。・・・ところで、フラッシュ常時炊いてるけど、電池は大丈夫なん?」
《68時間は問題ありません。フラッシュを切れば更に100時間は大丈夫です》
「有り得へん・・・」
《この効率は向こう1世紀は実現できないものであると自負しています。夢美が》
「お前がではないのな」
《―――そろそろ目標地点です。周囲に怪しい物音、熱源はありませんが、注意してください》
熱源までわかるんかいと突っ込みたかったが、注意しろと言われたので言われるがままにしておく。
(まさか幾ら魔力と仮称されてるからと言って悪魔の類が出てくるとも思わんが・・・)
《目標地点付近に到達しました。何かありませんか?》
「―――特に、何も」
YUMEのフラッシュで辺りを照らす。
丁度進行方向の直線状に周囲に比べて大きな木が生えているぐらいだ。
「ハズレ、か」
《一応、カメラ映像の確認を行います。周囲の撮影をお願いできますか?》
「へいへい・・・」
言われて清慈は辺りをパシャパシャとカメラに収めていく。
この季節、気温としては特に暑くも寒くも無いが、夜の森というロケーションが薄ら寒いものを感じさせた。
―――或るいは、この付近にあると言われた”何か”がそうさせるのか―――。
《清慈》
「ッ。お、おう。なんや?」
《画面を》
YUMEに促されモニターを見る。一見、先程の大きな木が左端に写った映像にしか見えないが・・・。
《フィルターを切り替えます》
映像の色がスッと、紫を掛けた物に変わる。
「・・・?これがどう・・・・・ッ!?」
写っていた。写っていた。写っていた。
先程、画面に紫を掛ける前には写っていなかった”モノ”が写っていた。
それは、画面左端。
周りよりも少々大きく育っていた木の根元に。
その”
清慈はバッと肉眼で木の根元を見つめる。やはり何も見えないが・・・。
「ユメ。目標地点までの距離は」
《正面、凡そ2m。正確には176cmです》
「ドンピシャか・・・」
《清慈、カメラをビデオモードにしてください。木の根元を》
カメラをビデオモードに切り替えた。同時に一度通常の映像に戻ったモニターに、また紫のフィルターをかける。
「あった・・・!」
やはり肉眼では何も見えないが、その”皹”は確かにそこにあった。しかし―――。
「なんや、コレ・・・」
その”皹”はゆらゆらと揺れていた。海に漂う海藻のように。
しかも、木に入った亀裂ではなく、その”皹”が独立して浮いているのだ。
清慈はその"皹"にゆっくりと近づく。
《―――清慈》
制止を含んだYUMEの声が響くが、清慈は止まらない。
YUMEからは―清慈にも―分からないが、この時清慈の瞳には正気が無かった。
その"皹"から発せられる”ナニカ”に当てられたのか―――魅入ったのか――。
―――故に、清慈は”皹”に近づき、手を伸ばす。
ゆっくりと―――吸い込まれるように。
《清慈!止まりなさい!!》
「ッ!」
瞬間、清慈の瞳に意思の光が戻る。
しかし――――
―――――遅かった。
清慈はその"皹”に触れてしまった。触れた故か、視界にもその”皹”が写り――
――ビキビキと音を立てているかのように、”皹”が裂け広がるのが見えた。
その”皹”―――否、最早空間にできた”隙間”というべきその闇は、辺りのモノを吸い込んでいく。
木の葉が次々と吸い込まれる。
野生であろう兎が吸い込まれる。
腰程度まである若木が地面から引き剥がされ吸い込まれる。
当然、地面に生えている木が吸い込まれる程の吸引力なのだ。
手近な木に捕まって耐えていた清慈に、抵抗できる道理は。
ない。
* * *
《清慈、起きてください。清慈、起きてください》
「・・・あァ?」
《清慈、目が覚めましたか?外傷はありますか?》
「ゥ・・・ッツ!」
《清慈!大丈夫ですか!?どこか痛みますか!?》
「あァ・・・平気や。ちょっと暫く起きれんだろうけど、ただの打ち身やろ。意識もハッキリしとる」
《よかったです。私を手に取れますか?》
「おォ、ちょい待ってな」
清慈が目を覚ましたのは、暗い・・・暗い所だった。
自分は仰向けで、下が地面であろうという事はわかるのだが、如何せん明かりが全く無く、視界の様子では外か室内かもわからないといった具合だ。
そんな中でも、声の聞こえた方向を頼りに手を動かす。思いの外YUMEは近くに落ちており、寝転んだままでもすぐに手に取ることができた。
《体温、心拍数、血圧、バイタルサイン問題なし。恐らく大きな出血、骨折もありません》
「そら、なによりで・・・」
《動けますか?》
手を握ったり開いたりしてみるが問題なし。肘、膝も曲がる。
少々体中が痛むが、なんとか体を起こせた。
「・・・行けそうや」
《了解しました。ナビゲートを・・・》
「? どうした?」
《座標が取得できません。更に、通話電波、通信電波も受信できません》
「ほお・・・。ゆうことはアレか?遭難か?」
《現在のご希望に添える回答は不謹慎かと思われますので自粛します。システムチェックを行いましたが、当方に欠損は見られません》
「まぁ、歩くしかなかろ。フラッシュ点灯・・・と、カメラをビデオモードで起動頼む」
《了解》
YUMEが点けたフラッシュで、何があるか分かる程度の視界は確保できたが、そこまでだった。
つまり、
「―――森、か」
《森ですね》
そこがどこかは――少なくとも、気を失う前までいた場所ではない――分からなかったのである。
お疲れ様でした。ここまで目を通して頂きありがとうございます。
第一話後編をお送りしました。第一話から前後編ってなんだよ。
前編から引き続き誤字脱字の指摘からご意見ご感想までコメントを頂ければ励みになります。
何とか今夜中に書けました。日が変わってる?朝日は昇っていない!ならばそれはきっと同じ夜なのだ。
もう何言ってるかよくわかりません。
それでは、失礼します。
明日中にもう一話上げれるといいな。
1/31 無理でした。
思ったより時間が取れませんでした。万が一楽しみにしてた方には申し訳ありません。
また下手なこと言って間に合わないとアレなんで具体的には申しませんが、近日中ということで、何卒。