八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十七話:正義の敵

 

 震える体を無理やり抑え込み瞳から感情を消す。しかし、娘に対する想いはその程度で全てを覆い隠せるほど安い感情ではない。そんなどこまでも弱い自分を嫌悪しながらも切嗣ははやての問いに答える。

 

「全人類の救済のために人類を不死化する準備をしていただけだよ」

「ふーん、それホンマ(・・・)?」

 

 余りにも簡素な返事に答えた切嗣の方が呆気にとられる。罵倒されることも覚悟していたところへまるで興味がないような返事をされたのだ。向かいにいるツヴァイもまた驚いたような表情ではやてを見つめている。視線が集中する中ではやては重ねて質問を投げかける。

 

「で、その人類はどこまで入るん?」

「現在、過去、未来……全てだよ。僕は全ての人類を救ってみせる!」

 

 悲しみの連鎖を終わらせ、世界に永劫の平和を与える。その覚悟を強めるように切嗣は声高に叫ぶ。その願いはもはや妄執の域に達しているだろう。だというのにはやてはその言葉にも特に反応を示すことはなく黙って養父を見つめるだけだった。

 

「あと少しなんだ。あと少しで全てが救われるんだ! もう誰も悲しまなくて良くなるんだ!! 分かってくれ、はやて」

 

 必死に理は自らにあると主張しはやてとの戦闘を避けようとする切嗣。それは心のどこかで戦えば敗北すると直感しているからである。だが、そんな切嗣に対してはやてはバッサリと切り捨てる。

 

「嘘や。そんな逃げで悲しみがなくなるなんてありえんよ」

「な…っ」

 

 余りにも無感情に自分の理論を否定されて狼狽する切嗣。今までにも自身の目的を否定されることはあった。しかし、方法そのものが間違いだと言われたことはなかった。必ず可能であるという確信だけは持ち続けることができたのが根底から否定されたのだ。

 

「永遠の命を得てもその中でさえ人間は他人との違いを生み出すだけや。(しいた)げる側も虐げられる側も死なんのなら片方はずっと虐げられたままや。そんなのって悲しいことやん?」

「そ、それは……」

 

 切嗣は言葉を返すことができなかった。争う価値がない以上人は争わないだろう。しかし、争いがないからといって差別がないことにはならない。高次元の存在になった人類がどのようなものになるかは誰にも分からない。だが、仮に人が現在の支配体制を続けることを選択するとしたらどうなるだろうか。

 

 社会主義国家でさえ社会的弱者は存在する。一切の悪意などないままに虐げられる人間は数え切れないほどにいる。平和とは停滞という言葉を言い換えたに過ぎないものだ。停滞する以上は弱者は弱者のままだ。不死になるのであれば、そういったことさえ苦痛に感じなくなるかもしれない。

 

 しかしながらそれは、とても悲しいことではないか。痛む心を麻痺させ何も感じさせなくすることは根本的救済とはかけ離れている。痛みに喘ぐ患者にモルヒネを打ち続けるだけで根本から解決するのなら医者はいらない。結局、彼が切望した弱者の救済は永遠に図られることがなくなるのだ、彼自身の手によって。

 

「……それでも、争いが無くなれば人は新たな段階へと進める。そういった差別でさえ不老不死になれば無くす術を模索することができる。人類全てで救済の道を歩くことができるんだ」

「まあ、それなら本当に幸せな世界になるかもしれんな。みんながみんな一緒の方を向いてくれればやけど」

 

 皮肉気にはやてはぼやく。全人類が足並みを揃えることができれば争いをなくすことも差別をなくすこともできる。だが、それはすべての人類を不老不死にすること以上に難しいことであろう。しかも人類の数が爆発的に増えた状態となるとハードルは空よりも高くなる。そもそも、それができるのなら人類を不老不死にする必要などない。できないから強制的な不老不死という外法に縋らざるを得なかったのだ。切嗣の理論は矛盾している。

 

 

「おとん、ここでハッキリと言っとこうか? どんなに立派な正義を掲げたところでおとんに世界を―――救う資格はない」

 

 

 その言葉は切嗣の生涯の中でも最も大きな衝撃を与えた。ここまではっきりと自身を否定されたことは初めてだ。衛宮切嗣には世界を救う資格などない。今まで救えたものを見捨ててきたのだ。元より資格などあるはずがない。そんなことは分かりきっていたことだ。だが、己が思うのとこうして言葉にして言われるのでは衝撃が違う。

 

「どうして……そう思うんだい?」

「私が言わんとあかん? アインスも分かっとるんやない?」

「アインス?」

 

 切嗣は不安げな表情でアインスを見つめる。彼女だけは味方であって欲しかった。身勝手な願いだとは理解している。自分は彼女を守る気などないくせに彼女からの温もりを求めている。省みるまでもない、自分は最低の男だ。

 

「……お前はこのまま進めばいい。私はその全てを肯定するだけだ」

 

 だというのに彼女はその最低の男の手を優しく握ってくれる。その様子を複雑そうな目ではやては見つめる。

 

「それでええんか、アインス? おとんの行いはただの自己満足で誰も望まない贖罪(・・)や」

「私はただ願いを叶えるだけです。私に人としての幸せを教えてくれた男のために」

 

 淀みのない言葉で答えるアインス。しかし、それだけでははやてもツヴァイも納得などしない。なおも止めるために声をかけ続ける。

 

 

「そんでも、人類を不老不死にするのはええとしても―――アインス達は含まれんやん」

 

 

 そう言ってはやては決して離しはしないとでもいうようにツヴァイの頭を優しく撫でる。一方の切嗣は隣にいるアインスの顔を見ることもできずに凍り付く。どれだけ人間に近づこうとも彼女達は人類というカテゴリに属することはできないのだ。

 

「私はこの子も騎士達も人間として、家族として扱っとる。でも、この子達は厳密には人類やない。それにペットを飼ってる人は死別を何度も経験せなあかんこうなる。植物を愛でとる人も枯れたら悲しむ」

「そ、それら全部も不死化すれば……」

「範囲を広げていったらおとんはこの世の全ての物を不老不死にせなあかんこうなるよ?」

 

 明確に人類でない以上アインスを含む守護騎士達は不死化の対象に入らない。その他にもペットの犬や猫なども入らない。勿論、入れようと思えば入れられるだろう。だが、範囲はネズミ算式に膨れ上がっていく。全ての人が愛する者が同じでない限りは無限に広がっていく。そうなれば、結局この世の全てを永久に壊れないものにしなければ全ての人から悲しみを取り去ることはできないだろう。

 

 

「仮になんもかんも終わらんようにしたら、それは何一つ変わらんってことや。

 そんな世界―――世界が滅びたのとどこが違うん?」

 

 

 何一つ壊れない。何一つ変わらない。そのような変化のない世界は何もない世界と同義だ。全てが滅びた後だと言われても誰も疑いはしないだろう。消費という概念がないのなら何一つ生み出すこともできない。新たな命が生まれることもない。愛も希望も夢もない、あるのはただ存在していることすら忘れた無機的な命だけ。これの一体どこが―――救済なのだろうか?

 

 

「おとんは世界を滅ぼしたいん? それとも人間だけを救って―――また家族を殺すん?」

 

 

 はやての言葉が切嗣の心を抉る。事実だ、何一つ反論することなどできない正論だ。結局のところ彼が真に求める救済とはかけ離れたもの以外には何も残らない。弱者を救えず、世界を停滞という名の滅びに導き、そのために再び家族を犠牲にする。これを自滅と言わずになんというのだろうか。

 

 自殺ならば誰も巻き込むことなく一人でやってくれと誰もが言いたいような事柄だ。だが、それでも。本人すら気づかない心の奥底には彼を前に進ませる願い(罪悪感)があった。それは世界を救いたいという崇高な願いでもなく、幼き頃の憧憬でもない。ただ、罰を求めるだけだった。

 

「それでも…僕は…僕は…ッ! ―――僕のエゴ(正義)を貫くッ!!」

「……何が正義(・・)や、ホンマに子供みたいに意地っ張りやな。なあ、アインスはどうなん? これでもまだおとんに味方するん?」

 

 心底呆れたような表情をしてはやては今度はアインスに問いかける。切嗣はアインスに顔を向けることもしない。しかし、それは先ほどのように恐怖で見れないというわけではない。見る必要もないほどに信用しているのだ。彼女は必ず自分の味方になってくれる。例え、最愛の人に殺される未来がすぐそこにあるとしても。だから、切嗣の心はどうしようもなく―――泣き出したいのを堪えるのだ。

 

「はい、私の気持ちは変わりません。主はやて」

「……主が命令してもか?」

「申し訳ありません。主の命令であっても切嗣を一人にすることはできません」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるアインスにツヴァイは困惑する。自分達の役目は主はやてを守り幸せにすることに他ならない。そして主の命令は忠実にこなすことは至上命題に等しい。それを破るなど魔道の器である自分には考えられないことだ。故に問いかける、自身の先代が主の命に背く理由を。

 

「リインフォースⅠ、どうしてそこまでするんですか?」

 

 ツヴァイの質問に一瞬キョトンとした表情を見せるアインス。しかし、すぐに何がおかしいのかクスクスと笑い始める。そのあまりにも場違いな乙女のような表情に今度はツヴァイの方がポカンとした表情になる。そんな彼女に向かいアインスは慈愛に満ちた声で言うのだった。

 

「お前も人を好きになれば分かるさ」

「……はやてちゃん、どういうことですか?」

「気にせんでええよ、ただの惚気やから。それも特大の」

 

 かつての部下が自身の父にぞっこんという状況に曖昧な表情になりながらはやてはツヴァイの頭を撫でる。どうやら、彼女は見つけたのだろう。かつての主以外に自分の命を懸けてでも守りたいと思える存在に。その事実が嬉しいからこそ養父にはきつめの視線を向ける。

 

「おとん、これだけ愛されとるのに答えは変わらんのか?」

「……アインス、ユニゾンを頼む」

「答えんか。ええよ、それなら私も今までの鬱憤も込めておとんを叩きのめすわ。それから、おとんに本当の願いを気づかせたる」

 

 最大限の愛を示されているにもかかわらずそれを無下に扱う切嗣。その様子にはやてももはや話し合いは不要と悟る。十年間溜め続けてきた文句は山のようにあるがまずは叩き潰してから言えばいいだろう。

 

「リイン、ユニゾンいくで!」

「はい! マイスターはやて!」

 

 親と子が争い合う。それは酷く悲しいことだろう。しかし、人は時にぶつかり合わねば分からないこともある。その関係が近ければ近いほどに言葉では伝えることができぬ想いが存在する。故に二人の祝福の風は想いを互いに届けるためにその全力をもってして追い風を送るのだ。

 

『ユニゾン、イン!』

 

 

 

 

 

 自動防御態勢に入ったゆりかごの中を守護騎士達となのはとヴィヴィオが走っている。艦内は高濃度のAMFが巡らされているために飛ぶことも通信を行うこともできない。そのためになのはとヴィヴィオは危うく取り残されるところであったが獣の力を使ったザフィーラに間一髪で救出されたのだ。

 

「外の様子はどうなってるか分かりますか、シャマル先生?」

「私達もこっちに来てからは分からないけどまだ戦いは終わってないと思うわ」

「……はやては切嗣のところに行ったのか?」

 

 ヴィヴィオを抱えて走りながら状況を確認するなのは。その横をシャマルが走り、さらにヴィータを背に乗せたザフィーラが続く。なんとも珍妙な一向であるが会話の内容は至って真面目である。

 

「……ええ。リインちゃんと一緒だから大丈夫だとは思うけど」

「ま、大丈夫だろ。な、ザフィーラ」

 

 家族であっても容赦なく殺しに来たかつての切嗣を思い浮かべて心配そうな表情を浮かべるシャマルにヴィータは励ますように声をかける。ザフィーラもまた同意を示す唸り声をあげる。

 

「最強などという存在はまず存在しない。どれだけ強くとも必ず勝てるなどありえんからな。だが、我らが主は―――決して負けることはない」

 

 その言葉には騎士達が己の主に寄せる全幅の信頼があった。

 

 

 

 

 

 切嗣がキャリコから大量の銃弾を放つ。しかし、それは全て同じように打ち出された鉄球によって打ち消される。間違いなくこの技はヴィータの技だ。いつの間に習得していたのかと言いたくなるがはやては夜天の主、騎士達の技が使えても不思議ではない。だが、なぜ“グラーフアイゼン”を持っている?

 

「シュヴァルベフリーゲン!」

「ちっ、またか。固有時制御(Time alter)――(――)二倍速(double accel)!」

 

 再び飛んでくる鉄球の合間をすり抜けながらナイフを手に持つ。鉄球そのものである攻撃に対しては起源弾も意味がない。先程から頑なに単純な魔力防御を行ってきていないのはこちらの切り札の存在を知り警戒しているからに違いない。恐らくは唯一の生還者であるシグナムから効果を聞き出したのだろうと結論付ける。

 

(しかし、それならそれで好都合だ。はやての特性は広域殲滅型。起源弾の効果を発揮しやすくはあるが魔法が止まらなければ相打ちになる確率が高い。この後にスカリエッティの相手をして願いを叶えなければならないと考えればできるだけリスクは犯したくない)

 

 故に相手が不得手な接近戦で挑んでくるしかないのであれば有利に戦況を運ぶことができる。そう結論付け、はやての懐に入り込みナイフをその柔肌に突き立てようする。その瞬間だった。切嗣は背筋に悪寒を感じ全速力で後退する。

 

「ええ勘やな、おとん」

 

 つい先ほどまで切嗣が居た場所をレヴァンティンで斬り裂きながらはやては静かに呟く。対する切嗣は訳が分からずに思考が纏められなかった。はやてがあのような戦いをするなど今までの管理局のデータには載っていなかった。おまけに騎士達の武器のコピーのようなものを創り出し使っている。

 

「驚いとるな、おとん。まあ、この戦い方は対おとんの為に鍛えてきたものやからな」

「なん…だって…」

「私だってこの十年間遊んできたわけやないんよ。あの頃と同じと思うとるんなら痛い目見るで?」

 

 まるでシグナムのようにレヴァンティンを構えながら鋭い視線を向けてくるはやてに切嗣は自身の認識の甘さを悟る。彼女はもう守られるだけのあの頃の少女ではない。戦場で戦い、情報戦もこなす立派な戦士だ。自分はずっと子どものままだと見くびり、まんまと彼女の策に嵌っていたのだ。

 

 

 

「全のため(家族)を殺すことが正義ちゅうんなら、私は悪でええよ。

 ほな―――覚悟はええか、正義の味方」

 

 

 

 彼女は家族を見捨てることを許容するぐらいであれば悪にもなる。

 十年前のあの日に、全ての罪を背負ってでも―――養父を連れ戻すと誓ったのだから。

 

 





シャーレイの礼装……アサシンの宝具威力を15%UPとか運営が全力でケリィの胃を潰しに来ていて泣いた。
やめろよ、エロいってみんな騒いでるけどケリィは見た瞬間に死んだような顔になるんだぞ。








まあ、勿論自分も装備しましたけど(愉悦)

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