八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十五話:蘇り

 

 少女は男に言った。死者が蘇ることなどない。起きた事は決して戻すことができない。

 自分にはそのような狂った望みを抱くことは持てないと。

 

 男は言った。それらの不条理を覆すことができる奇跡を私はこの手に宿している。

 誰もが望む結末を手繰り寄せることができるのだと。

 

 少女は返した。例え不幸であろうと、絶望の道であろうとそれは間違いではない。

 自分が、他の者たちが歩いてきた過去は誰であろうと否定することはできないと、少女は言った。

 置き去りにしてきたからこそ、今更拾い上げるようなことはやってはならないのだと。

 

 男はそれを聞いて笑った。少女は言いながら涙を流した。

 二人を見ていた女は思った。少女の涙は美しく、尊いと。

 

 

 

 戦闘機人達を倒した後、スバルは仲間達に語った。自分が捕まってから何があったかを。

 アインスから事情を聴き、その後に母を生き返らせるために自分の元に来いと語るスカリエッティの手を振り払い過去を否定することを拒絶した。その選択をスカリエッティは笑いながら受け入れたが自由に釈放されるということはなく意識を奪われ戦士として駆り出されたのだった。

 

「……わかった。取り敢えずあんたが裏切ったわけじゃないのは理解したわ。ただ、どうしてあんたは相手のコントロールから逃れられたの?」

「それは……あたしにも分からないんだけど、相手がドクターが何とかって言っていたからアジトの方で何かあったんじゃないのかな?」

「だとしたら、きっとフェイト隊長がなんとかしてくれたのよ、多分」

 

 ティアナはアジトに向かったフェイトがアジトとスカリエッティを制圧してくれたおかげなのだろうと予測する。その予測は正解ではないが事実としてスバルが元に戻っているので誰も疑問を呈さなかった。

 

「とにかく、一番の障害は取り除けたんだからこのまま後はガジェットの襲撃に耐えていけば守り切れるわ」

「そうですね。召喚獣達も元の場所に戻ってくれましたし」

「後はゆりかごの方が止まってくれれば……」

 

 そうすればこの事件は終わり、再びミッドの街には平和が訪れるだろう。その光景を思い浮かべてエリオは疲れで今にも震えだしそうになる膝を叩き気合を入れる。

 

「キャロ、ギン姉の様子は?」

「もうすぐしたら目を覚ますと思います」

「そっか……うん、ありがとう」

 

 自身の意思ではないとはいえこの手で傷つけた姉の姿を悲しげな眼で見つめるスバル。しばらくの間そのままの状態でいたがやがて気合を入れるように頬を叩き前を向く。

 

「よし、とにかく今は他の戦線の救援に行って一人でも怪我人が少なくなるようにしないとね」

「そうね。ゆりかごはなのはさん達に任せ―――」

 

 ティアナがそこまで言ったとき突如として体が揺らぐ。一瞬疲れが限界に来てしまったのかと思うが目の前ではスバルもフラフラとしていた。それを見てこんな時に地震かと考えたところで今度は爆音と強烈な光が辺り一帯に広がる。

 

「な、なにが―――」

 

 何が起きたのかと光の出所を向いたところでティアナは言葉を失った。視線の先には天まで伸びる光の柱があった。何㎞も先にあるというのにその柱はハッキリと目に移り辺りに威容を知らしめていた。

 

 確かにその光景だけでも凄まじいのだが彼女が言葉を失った理由はそこではない。光の柱がある場所。そこに本来あるはずのものが跡形もなく消失しているのだ。そう、地上のシンボルともいえる地上本部が―――消し飛ばされていたのだ。

 

 

 

 

 

 地上本部の崩壊。それは何も六課の少女達だけが衝撃を受けたわけではない。寧ろ彼女達はダメージが少ない方だ。地上の部隊と言えど所属は海であり、何より彼女達の精神的拠り所は六課にあった。故に破壊された時は精神的なダメージが大きかった。

 

 今現在の地上部隊の局員が受けているダメージはまさにそれと同じ、もしくはそれよりも大きいものであった。今の今まで必死になってあの地上のシンボルを守るために戦ってきた。子供の頃から憧れでもあるそれが一瞬にして消え去った。

 

 何が起きたのか混乱するだけでなく、あるべきはずの物がないという違和感がストレスとなって襲い掛かってくる。そして、目の前からは大量のガジェット。戦意を失った彼らにはそれは恐怖の対象でしかない。

 

「何がどうなっているんだ…?」

「俺達が守ろうとしていたものが無くなったのに、俺達は何のために戦っているんだ?」

「大体、無限に湧いてくる化け物みたいな機械に勝てるはずがないんだ!」

 

 混乱、無気力、恐怖。今まで持ち堪えていた気力を砕かれ屈強な戦士達は烏合の衆と化す。そうなればどうなるかなど言わなくとも分かる。大量のガジェットの前に為すすべなく局員達は倒れていく。そのことが恐怖を連鎖的に広げていく。さらに彼らを追い詰めるようにスカリエッティからの通信が辺り一帯に流れる。

 

【ごきげんよう、地上の諸君。ご覧の通り、旧き時代の象徴は綺麗さっぱり私が吹き飛ばしてあげたよ。君達は常識というくだらない支配から解放されたのだよ。これからは私が生み出す、全ての欲望が肯定される新たな世界に君達は生きていく】

 

 ミッドチルダの至る所に業火に飲まれた地上本部の廃墟が映し出される。残っているのは瓦礫と複数の生体ポッドと顔の見えない男。そして、禍々しいまでの光を放つ巨大な器―――大聖杯。その姿は神々しさすら感じられるというのに人々の脳に根源的な恐怖を与える。まるで、決して見てはならないと言われた神の御姿を覗き見てしまったように。

 

【だが、私とて歴史には理解がある。踏み潰したのならその意志を継がなくてはね。そこでだ、私は旧き世界の象徴たるこの場所を新しき世界の始点とする。この場所より世界を創造する!】

 

 何を言っているのだと誰もが理性で考える。常時であれば一笑に付す。しかしながら、このような緊急事態の中で、何よりも本能が警鐘を鳴らすのだ。この男が言っていることは真実だと。

 

【安心したまえ、君達の生きる世界は私が保証しよう。保護して欲しければ保護もしよう。もっとも……その後にどのような扱いになるかは分からないがね、くくく】

 

 顔の見えない男のゾッとする様な笑い声に誰もが言葉を失う。彼は人を尊んでいる。しかし、それはあくまでも実験材料としてだ。彼にとっては他者は同じ人種ではないのだ。人間が檻に入る猿を見ても同族だと思わないように、彼もまた人間を見て同族という考えを抱かない。

 

【勿論、中には納得できない者もいるだろう。そうした者達は私の下に来たまえ。期限は一時間だ。現在を守りたいのなら、己の願いを叶えたいのなら、世界を救いたいのなら、その欲望を私に見せたまえッ! これは祭りだ! せいぜい派手にやろうじゃないか!!】

 

 通信が切れる。狂人の演説などまともな精神状態の人間にとっては笑い話に過ぎない。だが、おのれの生命を脅かされるという極限状態では悪魔の囁きになりかねる。

 

「も、もう無理だ……諦めよう」

「何を言っているんだよ!? 逃げるなよ!」

「このまま戦っても殺されるだけだ! 第一守るものもないのになんで戦うんだよ!? 見ろよ、俺達の誇りだったものは木っ端みじんじゃないか!」

 

 得体の知れない力を持つスカリエッティに加え、機械的に自分達を殺しに来るガジェット。思わず一人の局員が弱音を吐く。それに対して仲間は胸ぐらを掴み激昂するが反論されて何も言えなくなる。

 

 今日まであの本部に務め、陸を守っているという誇りが過酷な環境にいる彼らを支えてきていた。だが、たった今その誇りの象徴が砕かれたのだ。恐れて当然である。気力を失って当然である。思わず固まったまま立ち尽くす二人。しかし、都合よく時間は止まってはくれない。動かない人間などただの的に過ぎないとばかりにガジェットはレーザーを放つ。

 

「しまった…!」

 

 自分達の不覚を呪うがもう遅い。既に避けられる距離ではない。もうダメだと思い目を瞑ろうとしたところで―――武骨な薙刀がレーザーを弾き返した。

 

「戦場でよそ見をするな」

「あ、あなたは…!」

 

 突如として現れ自分達を救った武人の姿に呆気にとられる陸士達。しかし、肝心のその武人、ゼストは彼らのことなど気にすることもなく大量のガジェットを一閃していく。そこでようやく相手が敵のSランク魔導士だと分かりさらに混乱しながらも武器を構える。

 

「心配はいらん。ゼストは味方だ」

「レ、レジアス中将! なぜここに!?」

「ふん、お前達が腑抜けないように檄を飛ばしに来ただけだ」

 

 ゼストに続くように現れたレジアスに今度は度肝を抜かれる。中将という立場になればおいそれと前線に現れるような真似をしてはならない。指揮官が死んでしまえば元も子もないからだ。

 

 もちろん、アレキサンダー大王のような例外もあるのだがレジアスの場合はさらにあり得ない。何故ならば彼には魔法が扱えない。そして質量兵器も海が許可を出さなかったために彼は丸腰だ。要は無防備なのだ。それは彼自身が十二分に理解していることである。

 

「あんな建物などまた建てればよい。つべこべ言わずに戦わんか!」

「し、しかし……」

「馬鹿者が! 陸が守ってきたものは建物などではない! ―――陸に住む人だッ!!」

 

 レジアスの怒鳴り声に全員がハッと息をのむ。なぜ、自分達が海と馴れ合うことなく独立を貫こうとしてきたのか。それは陸を守ってきた誇りがあったからだ。犯罪の検挙率などを競ってきたのではない。ただ、そこに住む人々が平和に暮らしている。その当たり前の光景を守っているのだという意識こそが彼らの真の誇りであった。()を守りたいのではない。()を守りたかったのだ。

 

「分かったのなら早く配置につけ! 市民には指一本触れさせるなッ!」

『はっ!』

 

 全員の瞳から迷いと恐れが消える。彼らは誰もがなのは達のようなエリートではない。だが、それでも、地上を守るという意志だけは彼女達にも一切劣らない。レジアスというカリスマのある司令塔を得た彼らは水を得た魚のようにガジェットに立ち向かっていく。その様子を見つめながらゼストは一旦下がりレジアスに話しかける。

 

「流石の貫禄だな。やはりお前は上に立つべくして立った人間だ」

「ふん、ただ若造共を叱りつけてやっているにすぎん」

「そうか……しかし、スカリエッティはどうする? 地上部隊を向けようにも防衛線を崩せばガジェットが市民を傷つけかねないぞ」

「このまま耐えさせる。まったく……泥棒にでも入られた気分だ」

 

 地上本部の地下にはレジアスですら知らぬ間にスカリエッティの研究スペースがあった。最高評議会が用意したものであるが、スカリエッティはそこに隠れ潜み、敢えてガジェットを外から攻めさせることで陸士部隊を外に追い出した。

 

 そして空になったところでまんまと占拠したのだ。そうすることでガジェットを食い止める防衛線は管理局を食い止める防衛線へと変わり、内部にて守っていた市民は彼の人質へと早変わりだ。辛辣な罠にかかったことを悔しがりながらもレジアスには打つ手はあった。

 

「だが、儂らが食い止めている間にあの気に食わん小娘達が来るだろう。そもそも、あれは自分が自由に動けるようにするために前線に救援に行ってくれなどと抜かしたのだろう」

「いいように扱われるのは気に入らないか?」

「ああ、気に入らん。気に入らんが―――地上を守るためだ。しのごの言っておられん」

 

 どこか清々しさのある顔でレジアスはぼやく。始まりは皆同じだ。子供の頃に誰もが正義の味方に憧れた。だが、大人になっていくにつれて理由をつけて諦めていく。望まぬ悪事に手を染めて仕方がないのだと自信を正当化する。しかし、心には常に後ろめたさが付きまとう。

 

 特にレジアスはそれが顕著であった。大人になっても正義を追ってその過程で歪んだ。だからこそ、弱者を守るという本物の正義の味方としてこうして立っていることに喜びが隠せない。それはきっと正しいことではないだろう。誰かが不幸になれなければこの機会は得られなかったのだから。だが、しかし。この胸に湧き上がる誰かを救いたいという想いに間違いはないはずだ。

 

「そうだな……。せめてもの罪滅ぼしだ、この身が滅ぶまで地上の為に剣を振るおう」

「頼むぞ。儂は他の部隊の指揮に向かう」

「達者でな。我が友」

「……ああ。悔いは残すなよ、親友」

 

 最後の言葉を交わし二人は背を向ける。ゼストに残された時間は残り僅かしかない。故にこの戦いが終わった後に生きていることはないだろう。だが、彼は最後のその時間を己の騎士としての名誉ある死ではなくかつて守ろうとしてきた者達のために使うことに決めた。その美しい決断を友である自分が汚すわけにはいかない。

 

「地上の平和を守る。……ああ、それだけのことではないか」

 

 自分は一体何を迷っていたのだろうかと過去の行いを悔やみながらレジアスは駆け出す。今度こそは守るべきものを見失わないように。

 

 

 

 

 

「主はやて、配置の交代に参りました」

「わざわざありがとうな、シグナム。今からシグナム二尉が私の代わりにここの防衛に入ります。知っての通り実力は折り紙付きや! 上手く使いこなしたってや!」

 

 ゆりかご周囲に飛び回るガジェットを撃ち落としていたはやての元にシグナムとツヴァイが訪れる。それを見るや否やはやては指揮権の引継ぎを行っていく。その様は大人びているようでどこか浮足立っている子供を思わせるような不思議なアンバランスさを持っていた。

 

「リイン、お前は主と共に向かえ」

「でも、大丈夫ですか?」

「案ずるな。私は弱くはない。それに、アギトもいるからな」

 

 そのセリフに背中に隠れていたアギトが現れる。彼女は今はゼストの元を離れてシグナムに付いてきていた。最初はゼストに付いていくと言ってきかなかったがシグナムとのシンクロの相性の良さを見抜いていたゼストに説得されてこうしてついてきたのだ。

 

「旦那の願いだから仕方なく付いてきてやっただけだかんな。府抜けた戦いをするんなら見放してやるからな!」

「ああ、そのようなことになるのなら見捨ててくれ。その方が主のためになる」

 

 未だに反抗的な目を向けるアギトにシグナムは冷静に答える。じっとその目を見つめていたアギトだがやがてフイと顔を背けてシグナムの肩に座る。それが彼女なりの信頼の証だった。

 

「うん、二人共大丈夫そうやな。なら、行ってきます」

「ご武運を」

 

 それを微笑ましい目で見届けはやてはツヴァイを肩に乗せ全力で飛び始める。グレアムから連絡の通りであれば探し求めていた二人がいる。少々私情を優先してしまった行動かもしれない。しかし、最も体力を消耗していなく、最も魔導士ランクの高い自分が最大の敵に立ち向かうのは理に適っている。もっとも、そんなものはおまけに過ぎないが。

 

「はやてちゃん。リイン、ちょっと緊張してきちゃいました」

 

 今から訪れる戦いの気配を感じ取り身を震わせるツヴァイ。その頭を優しく撫でながらはやては笑う。まるで自分の気持ちを映してくれる鏡みたいだと。

 

 

「大丈夫やよ、リイン。ただ―――家族に会いに行くだけやから」

 

 

 引き裂かれた家族が再び出会う時は刻一刻と近づいている。

 





レジアス「リンカーコアの有無が、戦力の決定的差でない事を教えてやる」

からのレジアス無双を少しだけ妄想してやめました。
いや、おじさんキャラが活躍するのってカッコええやん。
トッキー? ああ、あの人はアゾットこそが見せ場だからね、仕方がないね。

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