八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十話:彼の願望

 

 本来ならあり得ない状況だ。スバル・ナカジマは体内に埋め込まれた機器の影響で自分の意思を封じ込められている状態のはずだ。もし、彼女が意思を取り戻すとすれば内部にある機器を魔力攻撃で破壊するか取り除かなければならない。しかし、何事にも例外はある。

 

 意思のない彼女は操り人形のような状態だった。その状態では操り糸を動かさ(指示を与え)なければ動くことはできない。それは体内に機器を取り付けていても変わらない。つまり、操り主がいなくなれば彼女は自然と自我を回復するのだ。そう、操り主であるスカリエッティとその研究所に支障が出れば。

 

「ドクターに何かあったのでは、オットーすぐにウーノ姉様に連絡を―――」

「そんな暇はないよ!」

「―――ッ!?」

 

 自分達の生みの親達に何かが起こった可能性を感じ取りすぐに連絡を取ろうとするが戦場でそのような気の迷いは隙にしかならない。つい先ほどまで味方であったために敵としてはあり得ない位置から突進を仕掛けてくるスバルに紙一重のところで躱す。

 

「ちょっと、調子に乗り過ぎっスよ!」

「しまった…!」

 

 だが、そこが敵のテリトリーであることに変わりはない。正面からはレイストームの嵐が、後方からはウェンディの魔弾が容赦なく迫ってくる。大人しく引いておけばこうはならなかったピンチ。突っ込み癖が未だに抜けきっていない未熟ゆえの失態。しかし―――

 

(……はあ。あんたの勝手はいつものことだけど、その前に右に避けなさい)

 

 彼女にはその失態を取り繕ってくれる仲間がいる。言われたとおりに右に飛びのくスバル。するとその真横をオレンジ色の弾丸と赤色の閃光が通り過ぎていく。一瞬の間の後に爆発が舞い上がる。煙が上がる中スバルは今のは何だったのかを理解し、自然に笑みを浮かべる。

 

「スバルさん、後ろをお願いします」

「オッケー、エリオ」

 

 自身の前に躍り出てレイストームを弾き返したのは同じフロントアタッカーのエリオ。何も言わなくともその動きを理解できる。そして、背後から迫っていた弾丸を全て撃ち落として見せたのは。

 

(馬鹿スバル、今のでなけなしの魔力がさらに減っちゃったじゃない)

(ごめん、ティア。でも、ティアならまだ戦えるでしょ?)

(まったく……ホント、調子いいんだから)

 

 見えない位置から自分の背中を守ってくれるティアナ。突然の状況の変化にも動揺せずに落ち着いて指示を出してくれる彼女に感謝と絶対の信頼を寄せながらスバルは久方ぶりの言葉を交わす。このまま感傷に浸って話し続けていたいところだがそうもいかない。

 

「ガリュー、あの人を回収してきて」

 

 ルーテシアの指示に従い倒れたままにされている(・・・・・)ギンガに歩み寄り今度こそ確実に回収しようとするガリュー。そのごつごつとした腕で無防備なギンガに触れようとしたところで野生の勘が警鐘を鳴らす。

 

 咄嗟に飛び下がると同時にギンガの姿が幻のように消え去り代わりに巨大な火球が先ほどまで立っていた場所に落ちる。静かに火球の出所をガリューが睨み付けると幻術のベールが剥がれ落ちフリードに乗りギンガを抱えたキャロの姿が現れる。

 

「ギンガさんの保護完了です!」

「幻術……目障り」

 

 自分達がティアナの幻術にはめられていたことに気づきほんの少し苛立たし気に魔力を放出するルーテシア。その威力は余波だけで辺りのビル群に罅を入れるほどのものだったがキャロは防壁を張りその攻撃をしのぎ切る。それは例え後衛だとしても、近接戦を鍛え上げてきたなのはとヴィータの指導の賜物だろう。

 

「ルーお嬢様、あれ召喚しちゃいいましょうよ」

「もう確保とか関係ねえ! ぶっ潰しちまおうぜ!!」

「……分かった」

 

 流れが一気に相手側に傾き始めたことに焦りさらなる戦力投入を促すウェンディに腕を破壊された怒りで目的を見失うノーヴェ。そんな二人に対して思うところはあるものの自分の傍に居てくれる者のためだと思い、ある者の召喚を始める。

 

「あの召喚陣の大きさは……ただの召喚獣じゃない…!」

(キャロ、あんたあれに対抗できるカードはある?)

(はい……あります!)

 

 ルーテシアが召喚しようとしている存在が危険なものだと肌で感じ取るフォワード陣。しかしながら、対抗する手段が無いわけではない。ルーテシアに切り札があったようにキャロにもまた、最強のカードが存在する。

 

「吾は乞う。強き者、巨大な者、その力をもって万物に滅びを齎す者―――」

「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手、我が元に来よ―――」

 

 ギンガをフリードに託してから飛び降り、自身も召喚陣を展開するキャロ。その様はルーテシアに負けず劣らず威容に満ち誰一人としてそこに近づいてはならないと本能に訴えてくるようであった。

 

「白亜の天を統べる蟲の王。言の葉に応え、我が下に来たれ―――白天王!!」

「黒き炎の大地の守護者。竜騎招来、天地轟鳴、来よ―――ヴォルテール!!」

 

 現れたのは見上げることすら諦めるような巨体を持つ者達。硬質な外骨格、それを支える筋肉、半透明の膜状羽を持つ昆虫のようで人体に近い特徴を持つ白天王。対するは黒き鱗に身を包みどこか恐ろしさの中に穏やかさを併せ持つ瞳を持つ火竜ヴォルテール。

 

 どちらも人間が召喚できる存在の中では最上位かつ規格外の存在。方やヴォルテールに至ってはアルザスの信仰を集める神龍とも呼べる存在だ。余りにも巨大な力故にキャロが村から追い出された最たる理由でもある。

 

「これが……ヴォルテール。それに白天王……」

「この二体に関してはあたし達や他の召喚獣じゃ文字通り足元にも届かないね」

「僕達は、僕達で戦うってことですね」

「そういうことだね、エリオ」

 

 巨大な召喚獣に関してはどちらもが手を出せない。二体の決着を見届ける以外に方法が無い。しかし、だからと言って呑気に観戦するわけにもいかない。スバルとエリオは頷き合いディードとオットーに向かい合う。相手もどうやら考えは同じようで静かに緊張を高めていく。

 

(スバル、あんたには色々と聞きたいところだけど、時間が無いから後にするわ。後、ギンガさんに謝る言葉を考えておきなさい)

(うん……ギン姉には酷いことしたから謝らないと。でも、今は―――)

(ええ―――勝ちにいくわよ)

 

 止まっていた時が本当の意味で動き出す。四人で一人前のフォワード陣が今完全に揃いその真価を発揮する。今度はフォワード陣の切り札が切られ、戦闘は終息(・・)へと導かれる。

 

 

魔力散布(・・・・)は十分、後は……最後のカードを切るだけ」

 

 

 

 

 

 時が止まる。フェイトも、彼女に叩き落とされ無力化されたトーレとセッテも完全に動きを止めていた。ただ、何とも言えぬ表情で立ち尽くすスカリエッティを全員が見つめていた。その姿に変わったところは一つしか見受けられない。顔だけ見れば誰も異変に気付かない。だが、ほんの少し目線を下げてみれば気づくだろう。その心臓に―――ナイフが突き立てられていることに。

 

「ターゲット……クリア」

 

 肋骨の合間を縫うように突き立てられたナイフが血飛沫と共に抜き放たれる。それをきっかけに支えを失った身体は重力に従い崩れ落ちる。赤く染まった白衣が酷く美しいもののように通路の光に照らされる。スカリエッティは自分を刺した犯人の正体を見ようと最後の力を振り絞り振り向く。そこに居たのは見慣れた顔立ちに銀色の髪を持ち、特徴的な死んだ目をした男。

 

「衛宮……切嗣…!」

「でしゃばり過ぎたな、スカリエッティ」

 

 背中からその心臓を一突きしたユニゾン状態の切嗣は何も感じていないような無感情な視線を向ける。一方のフェイト達は訳が分からず困惑する。彼らは情報によれば仲間のはずだった。だが状況はどう見ても仲間割れ、それも何故このタイミングで裏切ったのか。そもそも、何故ユニゾン状態なのかもわからなかった。

 

「…く…はは……くはははははっ!! そうか! そうか! 君はそうも私が信用できないのかね!! 私に手術(・・)まで任しておきながら!!」

「願いは僕だけで叶える。僕とお前の願いが違う以上、お前は遠からず障害になるからな」

 

 心臓を刺されたというのに大声で笑い続けるスカリエッティ。それは最後の命を燃やしているからなのか、それとも自身の体をも改造しているからなのかは分からない。ただ一つだけ分かるのはどう見ても死にそうには見えないということだ。

 

「私の夢は生命操作技術の完成……君の願いとは到底相容れない!」

「そうだ。例え契約であろうとお前は僕を止めるしかない。何故ならそれはお前のただ一つの存在理由を奪うことになるからだ」

「ああ! ああ、そうだとも!! 君の望む世界に私という存在は必要ない。全ての命が完成されているからね。誰も死ななければ、死を恐れることもない!! そんな狂った世界だからだ!!」

 

 未だにフェイトには状況は分からないが少しずつ分かってきたことがある。それはあの2人はどちらも碌な願いを抱いていないということだ。そしてどちらの願いも譲れず、叶えられる願いも一つだけ。故に切嗣は自らの願いを確実(・・)に叶える為に先手を打ってこうしてスカリエッティを殺しに来たのだ。

 

「私でもそこまでの狂った発想はできないよ! どこの誰が魂の―――」

「―――もういい、黙ってろ」

 

 銃声が響き噴水のように血がスカリエッティの額から噴出する。目の前で自身の生みの親を撃ち殺されたトーレとセッテが叫び声を上げる。そんな中、スカリエッティはゴキブリ並みのしぶとさで笑みを浮かべ最後の言葉を吐く。

 

「は……はは……ま……だ……()()……()…が……い……」

「安心しろ、お前のクローンなら成長する前に殺してやるさ」

 

 一切の慈悲のない言葉を投げかける切嗣。だが、それでも。スカリエッティは自らの勝利を疑わぬ不気味な笑みを浮かべていたのだった。その状況からは考えられない死に顔に嫌な予感を感じながらも表情に出すことなく念押しの意味で鉛球をもう一度彼の眉間に打ち込み息の根を止めるのだった。

 

「ドクター!? 貴様よくも…ッ!」

「僕に対して怒りを抱くのかい? なるほど、やはり君達戦闘機人はできそこないだな」

 

 スカリエッティを始末されたことに怒りをあらわにするトーレに切嗣は嘲るように告げる。しかし、油断なくフェイトの挙動に目を光らせているあたり、本心から侮辱しているのかは分からない。

 

「機械と人間の融合だと? 馬鹿馬鹿しい。機械であるならこいつが死んだところで代わりがあることぐらい分かっているだろう。だが、君は人間的感情を抑えられない」

「当たり前だ! ドクターは―――」

「それだけならまだしも、君は同時に自分もこいつも計画を成し遂げるための駒だという機械的な判断も持ち合わせている。だというのに、どちらも取れない。酷い歪みだ」

 

 人間として生きているわけでもなければ機械としてただ存在しているわけでもない。どちらかに行ったと思えばまた戻ってくる蝙蝠のようなものだ。その姿は人間でありながら機械であろうとした男の在り方に似ているようでさらに酷い。どちらの特性も生かせていないのだ。

 

 機械は感情が無く完璧な故にどのような残酷な決断も合理的な判断の下に下せる。人間は感情があり不完全である故に時に合理的な判断を超えた奇跡を起こす。だが、どちらも中途半端だ。二つが同時に混在するためにどちらの判断が正しいかを悩み結果的に何一つ為すことが出来ない。

 

「機械以下、人間以下の粗末な不良品に過ぎないんだよ、君達は。意思を持って動く武器なんて、こん棒にも劣る。まだ人間として生きていた方がよほど幸せだったろうに」

 

 使い手の意思に反して自らの意思で動くような武器はそれ自体が悪夢のようなものだ。簡単に言えば、使い手が気に入らなければ主を殺したり、相手が可愛そうだと判断すれば殺さなかったりするのだ。そのようなことが起こるぐらいならば無手で戦う方が余程ましというものだ。切嗣の言いたいことはそういったことなのだ。

 

「……まあ、僕には関係のないことだったな。ここにも、もう用はないしね」

「待ってください!」

 

 自分は何をやっているのだろうかと苦々しい表情を浮かべるがそれも一瞬で消えどこかに歩き去っていく切嗣とアインス。その様子にようやく正気に戻ったフェイトが止まるように声をかける。しかし、彼女の言葉への返答は銃声だった。それも彼女目がけて撃ったものではなく―――培養層に閉じ込められている人々に対してだ。

 

「なにを…!?」

「僕は忙しいんだ。邪魔をするのならそれ相応の対価は払ってもらう」

「……くっ!」

 

 つまりフェイトが妨害をするたびに一人ずつ実験体にされている人々を殺していく。そう脅しをかけられたフェイトは動くことが出来なかった。この中で何人が生きているかは分からない。例え生きていたとしても、もう一度社会で生きていける保証はない。それでも彼女には彼らを見捨てるという選択はできなかった。

 

「相も変わらず甘い……が……それでいい。じゃあね」

 

 フェイトの甘さに何か思うところがあるような含みのある言葉を残しアインスと切嗣は再び去っていく。―――だが、敵は彼女だけではないことを彼らは失念していた。忽然と空間を飛ぶように二本の(つるぎ)が切嗣に襲い掛かってきた。

 

(切嗣!)

「ちっ! 跳躍魔法か!?」

 

 いち早く察知したアインスの警告によりコートを切られながらも間一髪のところで双剣を躱す切嗣。さしもの切嗣もまさか分厚い床下から切り込まれるとは想定していなかった。一方のシャッハは必殺を期して放った奥の手が不発だったことに表情を険しくする。

 

 一度ネタがばれてしまった以上、二度目は通用しない。それに加え捕らえそこなったためにまたしても人質が殺される可能性ができてしまった。しかし、距離を詰めることが出来た為に切嗣が動いた瞬間に防ぐことも不可能ではない。だが、それは相手も分かっている。人質よりもこちらの動きを優先して警戒してくるだろう。

 

「フェイト執務官、ご無事で?」

「今のところ問題ありません。そう、今のところは……」

 

 どちらも警戒したまま動くことが出来ない。そのような状況下でもシャッハは余裕があるように装いフェイトに声をかける。このままではどちらも動くことが出来ない。故にどちらかが間違いなく仕掛ける。その切っ掛けを生み出すためにフェイトは切嗣とアインスにずっと謎だったことを尋ねる。

 

「切嗣さん。あなたの目的は一体何なんですか?」

 

 余りにも単純な質問。しかし、それこそが最も大切な問いかけなのだ。理由を聞くことで相手の想いを知り助けられることであれば手伝う。それが、フェイトがなのはから教わり、今まで続けている大切なこと。切嗣はそれに対してまるで明日の天気を尋ねられたように自然に、どこまでも当たり前のように答える。

 

 

「知れたこと。全人類の救済だよ、フェイト・テスタロッサ」

 

 





アゾられたのはスカさんでした。
トッキーだと思ってた人は残念でしたね。
まあ、トッキーがアゾられないとは言っていませんけどね。

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