八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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十五話:歪んだ平和

「それじゃあ、リインの二歳の誕生日を祝って、かんぱーい!」

『かんぱーい!』

 

 現在八神家では、フェイトが執務官試験に落ちたすぐ後に生まれたリインフォースⅡの誕生日を祝っている真っ最中だった。

 彼女ははやての苦心の末に生み出されたことと、リインフォースⅠの遺志を継いでいるためか家族全員から可愛がられている。

 特にヴィータに関しては長らく末っ子として扱われていたので妹分として非常に可愛がっていた。

 

「ありがとうございます。リインは今とっても嬉しいですぅ!」

「そっか、それなら良かったわ。今日はリインの大好きな物を沢山作ったからいっぱい食べてーや」

「はい!」

 

 まるで妖精のようにフワフワと宙を浮きながらニコニコと笑うリインの姿にはやても微笑む。

 そして、リインはその小さな体よりも大きな、といっても普通のサイズのフォークを持ち料理の上に飛んでいく。

 そんな様子を横目で見ながらはやては写真立てにかけられた一枚の写真を見つめる。

 以前に家族で撮った集合写真。そこにはリインは映っていない。

代わりにここにはいない切嗣の姿がある。

 一体彼はどんな気持ちでこの写真に写ったのか、そう思うと思考の海に沈みそうになる。

 

「主はやて、どうかされましたか?」

 

 そこへ、人間形態のザフィーラが心配をして声をかけてくる。

 はやては顔に出してしまったなと若干悔やみながらも少し暖かい気持ちになる。

 常に自分のことを心配してくれる人間が居るというのはとても贅沢なことなのだ。

 そう思い、ザフィーラに正直に話す。

 

「いやな、もう四年も経ったんかーってな。時間ってのは早いもんやな」

「それは主が充実した日々を送っていられるからでしょう。幸せな日々程早く過ぎるように感じるものです」

「そっか、それもそうやね」

 

 ザフィーラの言葉にゆっくりと頷くはやて。

 彼の言葉は何でもない一般論にも聞こえる。しかし、その重さは比べ物にならない。

 彼ら守護騎士ははやての元に来るまでに気の遠くなる時間を、望まぬ行いを繰り返してきた。

 それがどれだけ長く感じられたのか、どれだけの苦痛だったのか。

 それは主であるはやてにすら分からない。

 だからこそ、自分が彼らを幸せにしてやらなければならないと決めている。

 

「本当言うとな、結構早くおとんは見つけられると思っとったんよ。家におる時はいつもダラダラしとったからなぁ。簡単に行くと思っとった」

「……お父上は歴戦の強者です。そう簡単にはいきません」

「うん。今になって自分がおとんのことをよう知らんかったことを思い知ったわ」

「主が恥じることはありません。お父上の隠蔽は完璧でした」

 

 娘であるにも関わらずにその足跡すら掴めずにいる自分に若干苛立ちを見せるはやて。

 そんな主に対して知らなくとも無理はないと慰めるザフィーラ。

 そもそも、九歳の少女が自分の肉親を疑うはずがない。

 切嗣は歴戦の騎士である彼らすら簡単に騙して見せたのだ。

 はやてが本当の切嗣のことを知れなくとも何の不思議はない。

 それに何よりも切嗣は―――

 

「お父上は心の底から主を愛しておられた。これは嘘ではない真実です。もしも、本当に血の涙もない男だったのなら我らも、そして主も裏があると気づけたはずです」

「そうやね……。おとんは嘘なんてついてなかった。ただ本当のことを隠してただけ。だから、私らは最後の最後まで気づかなかった」

 

 自分自身が苦悩していたからこそ、他の者は裏切りに気づくことができなかった。

 彼もまた、はやてが苦しむことにどうしようもない絶望を抱いたために分からなかった。

 全ては捻じ曲がってしまった残酷な運命のせいだと、そう思わずにはいられなかった。

 

「このまま見つけられんかもしれん。でも、諦めることだけはしとうない。初代リインフォースは必ずまた会えるって言っとったんやから」

「……我らヴォルケンリッター、この命尽きる時まで主はやてについて行きます。しかし、決して無理はなさらぬように」

「分かっとるよ、そんなんしたらリインフォースも悲しむからな」

「はやてちゃん、私のことを呼びましたか?」

「リインやなくてアインスのことやよ。それよりもリイン、口の周りが汚れとるで」

 

 リインフォースと聞いてひょこっと顔を出したリイン。

 その口の周りが汚れていたのではやては笑いながらその口を拭いてあげる。

 リインはくすぐったそうにしていたが、それが終わるとまた料理の元に飛んで行ってしまう。

 そして、その先でニコニコと笑いながらシャマルが箸で渡してくれる料理を食べるのだった。

 

「でも、おとんがリインを見たら驚くやろな」

「リインフォースⅠの意思を継承する者ですので。しかし、お父上はリインフォースとは争ってしかいないのでどういった反応を見せるか」

「そういえばそうやったな。結局ちゃんと話せてないんよな、二人は。あかん、未知数や」

 

 思えばアインスは切嗣に対して止めを刺すような言葉を言っていたなと思い出し顔をしかめるはやてとザフィーラ。

 しかし、二人は知らない。アインスは今も生きており、切嗣の傍に居ることを。

 しかも、切嗣とアインスが愛し合う関係になっていることなど夢にも思わない。

 

「何はともあれ、今日はめでたい日なんやから暗くなったらあかんな」

「何か食べ物を取ってきましょうか?」

「じゃあ、お願いするわ」

「承知しました」

 

 ザフィーラに頼み自身は椅子に座るはやては知らない。

 いつの間にか自身に仕えた管制人格が自分の義理の母親になっていることを。

 そして、パクパクと料理を食べるリインも知らない。

 アインスが自身の姉と定義されてしまえば、マイスターであるはやての叔母になってしまうという恐ろしい事態を。

 彼女達はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 クロノ・ハラオウンは管理局データベースであるものを調べていた。

 それは現在までに回収、押収されてきたロストロギアの一覧だ。

 四年の月日が流れ、母親のリンディが前線を退きアースラを降りた。

 クロノはその後を継ぎアースラの艦長となったのだ。

 ここまでの地位に上り詰めれば秘匿情報の閲覧が可能となってくる。

 しかし、何故ロストロギアを改めて調べ始めているのかと言えばだ。

 

「『知る覚悟があるのならロストロギアの回収元を調べてみろ』……グレアム元提督は一体何を伝えたいんだ?」

 

 グレアムにより告げられた言葉だった。その言葉に何か裏があるのは分かる。

 しかし、それが何であるかは分からない。ただ、何かを伝えたいのだ。

 自分にとって利益となり、同時に不利益となる何かを。

 先程から注意深く目を通しているが目立って不審な点はない。

 つまりは、何か別のことに着目して調べる必要性があるのだ。

 

 クロノは一端手を止めて自身とグレアムとの繋がりを改めて考えてみる。

 自分の師匠であると同時に家族ぐるみで親しい関係。

 そして父の件では今はともかくとして複雑な関係性がある。

 しかし、これらとロストロギアの回収元で被る物はない。

 唯一被るとすればそれはかつて闇の書と呼ばれた夜天の書のみ。

 

 そこまで考えてハタと気づく。

 情報を伝えるということはあちらにもそれで利益が出るということに他ならない。

 勿論善意だけで伝える人物もいるだろうが、恐らくこれはそれだけではない。

 一先ずそう仮定することにしてクロノはグレアムにとって何が利益となるのかを思考する。

 彼が今更、管理局での地位や名誉などに拘るとは考えられない。

 

 そうすると、私情だと判断するのが一番確率が高い。

 そして、グレアムが自分を使ってまで何かをしようとしているのだから彼にとって重要な物。

 つまり、彼の家族に関する事柄だろう。

 リーゼ達は彼のすぐ傍に居るために何かあるならば自分で何とかするはず。

 そうなると、彼が最も気にかけているのは―――

 

「はやての為になることか……」

 

 最も確率が高いのはそれだろう。つまり、はやての利益となることを調べろと言うことだ。

 さらに言えば、クロノにも何らかのメリットが発生する事柄で。

 彼は個人的にはやての手伝いとして切嗣の犯行と思われる事件も調べている。

 そして、その情報を可能な限りはやてに提供している。

 だが、決定的な情報は未だに一つたりとも無い。グレアムもそのことは知っているだろう。

 要するに、この情報の中に切嗣を追うための手立て、もしくはヒントが隠されているということだ。

 

 しかし、疑問は残る。第一になぜこうも回りくどい方法を取るのか。

 知っているのならば直接はやてに伝えてやればいい。自分が仲介する意味がない。

 だというのに、そうするということは直接伝えることができないからだ。

 知る覚悟があるのならという言葉はその情報が危険を伴うことを示しているのではないか。

 その考えに思い至ると自然と背筋が冷たくなる。

 

 ―――自分は今とんでもないことに首を突っ込もうとしているのではないか?

 

 脳裏を掠める嫌な予感。それを振り払う様に首を振り、クロノは再び手を動かし始める。

 できることならばこのまま引き返したい。守る者も増えた。

 おとなしく引き籠って危ない橋を渡る真似はしたくはない。

 だが、彼の内に宿る正義の心がそのようなふぬけた真似はさせなかった。

 知らなければならない。それが何であったとしても。

 

 まず、彼は自分が知り得る情報、『魔導士殺し』が関わったと思われる事件を思い出す。

 続いてその中でロストロギアと関連があると思われるもの。

 管理局の警告を無視して危険なロストロギアを所持する人物が不審死した事件。

 それらを照らし合わせたところで彼は気づいた。

 不審死した人物が持っていたロストロギアは全て管理局が取得していることに。

 不審死を確認された後に管理局が回収するのは至極当然のように思える。

 

 ―――しかし、全てというのはあまりにも出来過ぎた話ではないか?

 

 ロストロギアを求める人間はそれこそ星の数ほどに居る。

 それらを潜り抜けて管理局が手に入れるのは業務上喜ばしいことだ。

 だが、現実としてそれは不可能だというのも彼は知っている。

 力を求める新たな持ち主に奪われることもあれば、金目当ての密売者にかすめ取られることもある。

 

 勿論、全てが全てその場で押収されたものではないらしい。

 所々に不当な取引を差し押さえたと書かれている。それがあることでデータは正常に見える。

 『魔導士殺し』が関わったと思われる物全てが差し押さえに成功していなければだが。

 そもそも、広大な次元世界で狙ったロストロギアを密売している場所を抑えるなどできない。

 

 そういった舞台である陸はただでさえ人材と資金が足りない。

 おまけに管理外世界で取引をされてはいくら努力したところで限界が見える。

 だというのに、彼が関わったと思われる事件全てで回収に成功している。明らかにおかしい。

 これではまるで。

 

 ―――彼自身が望んで管理局の手に渡るようにしているようではないか。

 

 ここに来て改めて彼の情報を思い出していくクロノ。

 広大な次元世界を渡り歩き、フリーランスの暗殺者紛いのことを行っていた。

 しかし、実際には切嗣は彼なりのやり方で世界を平和にしようとあがいていた。

 つまり、ロストロギアの不法所持などを行っていた者達を殺していったのはそれを悪用させないために他ならない。

 

 そして、殺した後は信用でき、悪用しない者にそれを保管させる必要がある。

 そんなことができるのはこの次元世界の中で管理局以外にはない。

 だが、彼は犯罪者だ。堂々と管理局にロストロギアを持ち込みに来られるはずがない。

 何らかの仲介人、もしくはルートが確立していなければ不可能だ。

 

 ―――彼の情報の開示もなく、簡単に情報の削除も行われた。

 

 おまけに上層部は元々存在していなかったことにして捕まえづらくしている。

 もしもこれが、身内の恥を隠すためではなく、彼を守るために行われているのだとしたら。

 そこまで考えたところでクロノの顔から血の気が引いていく。

 そもそも、広大な次元世界で単独で行動することなどできるのだろうか。

 何らかの後ろ盾がなければ世界を自由に渡ることすら難しい。

 

 ならば、彼の後ろには当然のように組織がついているはずだ。

 それも、数多に広がる次元世界の中でも強い力を持っていられる組織。

 しかも、彼の行動の真の意味を知って得をする組織で、ロストロギアを大量に回収する必要性がある組織。

 クロノにはそんな組織は一つしか思い至らなかった。

 

 

「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ……」

 

 

 力なく呟き椅子に座り込む。覚悟があるのならということはこういうことだったのだろう。

 自身が信じていた正義を裏切られる覚悟があるかどうか。

 どうりで魔導士殺しは捕まらないわけだ。味方を捕まえるような組織は普通はない。

 彼は一度たりとも裏切ったことはなかったのだ。

 心身ともにボロボロになりながらも世界の為に、組織の為に働き続けてきたのだ。

 最初から最後まで必要悪であることを自らに義務付けた。

 そして、それを心の底から歓迎したのは―――

 

 

 ―――世界の平和を守る時空管理局に他ならない。

 

 

 クロノが今の今まで正義だと信じていたものは、平和の為なら如何なる悪でも許容する存在だったのだ。

 




ここら辺からは結構時間が飛び飛びで進んでいきます。
STSまでの空白期が長い……。まあ、書かないといけないことが結構あるんで仕方ないんですが。

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