八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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七話:真夜中

 

 日付が変わり、多くの家で明かりが無くなる時間。

 そんな中でも八神家の一室では明かりが灯ったままだった。

 今では八神家の主となってしまったはやての部屋だ。

 

「うーん……古代ベルカ語がこない難しいなんてなぁ」

 

 聖王教会の方でもらった古代ベルカ語の教本の上に倒れこみながらはやては愚痴る。

 元々勉強は得意な方ではあるが、並行して現代ベルカ語とミッド語を覚えていれば混乱もする。

 話すだけならば苦労はないのだが読み書きの為にはどうしても必須になる。

 おまけにはやての立場は古代ベルカの継承者であり、最後の夜天の王。

 色々とお偉いさん方にお呼ばれする機会も多い。早く覚えないと色々と問題が生じる。

 故に、闇の書の事件から半年がたった今現在、こうして絶賛勉強中なのだ。

 

「はやてちゃん、入ってもいいですか?」

「シャマル? ええよ」

 

 軽くノックをしてからシャマルが入って来る。

 こんな時間になんだろうかと思うはやてにシャマルはお茶の入ったお盆を見せる。

 夜食というわけではないだろうが休憩しようということなのだろうと納得してはやては本を閉じる。

 

「おおきにな、シャマル」

「頑張るのはいいんだけど、あんまり根を詰め過ぎないようにね」

「あはは、これくらい大丈夫や。もうちょいしたら寝るしな」

 

 お茶を渡しながら、少し困ったように心配するシャマル。

 そんな顔にはやては苦笑いをしながらお茶を一口すする。

 相手が自分のことを心配してくれているのは分かるのだがどうしてもやめられないのだ。

 

「もう、昨日も同じこと言っていたのに遅かったですよね?」

「そうやったけ?」

「はやてちゃんは成長期なんだからしっかり寝ないと大きくなれませんよ」

 

 笑って誤魔化そうとする主に少しため息を吐きながらシャマルはベッドに腰掛ける。

 どうにも最近、というよりは些か長い期間、はやては寝る間も惜しんで魔法関連の勉強をしている。勤勉なのは良いことなのだが健康に問題が出ないか心配だ。

 特にはやては十歳になったばかり、この時期の睡眠はとても大切なものだ。

 厳かにしていいものではない。

 

「せやけど、やらんといけんことが一杯あるし……」

「でも、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。言葉は自然と身につくものですし。それに私達が傍にいるからしばらくは読めなくても問題はないです」

 

 ゆっくりと、優しく、理を解くように説得を行うシャマル。

 朝と昼はようやく再登校でき始めた学校。夕方は場合によっては管理局の仕事。

 そして夜に勉強では、いくら体があっても足りない。

 まだ、幼いために自身の疲労について気づかないであろうが間違いなく疲労は溜まっている。

 それを解消させるのが周りにいる自分達の仕事だとシャマルは思う。

 

「でもなぁ……この子のこともあるし。早よ、私も融合機について調べられるようにならんと」

「……リインフォース」

 

 しかし、はやても譲らない。剣十字のペンダント、リインフォースの欠片を握り、思いを語る。

 様々な事柄があれから進んでいく中で一つだけ変わらないものが彼女のことだ。

 新たな魔導の器として生を与えたいのだが、古代ベルカの融合機というオーパーツ級のデバイスだ。型があるとはいえ、作業は難航している。

 聖王教会の伝手や、無限書庫のユーノにも手伝ってもらっているが現状行き詰っている。

 

「みんなに手伝ってもらうだけやのーて、自分でも調べられるようにならんと」

「そう…ですね。でも、これだけは分かってください」

「なんや?」

「リインフォースの願いははやてちゃんの幸福。そのはやてちゃんが自分せいで体を壊すなんてことになったら悲しみます」

「そう言われると……敵わんなぁ」

 

 眉を下げて困ったように笑うはやて。

 彼女とて、自分の活動がオーバーワーク気味だというのは分かっている。

 しかし、頭でわかっていたとしても心がどうしても急かしてくるのだ。

 早く融合機を復活させなければならない。早く養父の後を追わねばならないと。

 

「とにかく、今日はもう寝ましょう。明日はグレアムさんも来ますし」

「あ、そっか。お茶菓子とかちゃんとあった?」

「はい、昼間の内に買ってきておきました」

 

 切嗣が消えたことで八神家の情勢は大きく様変わりしていた。

 何せ、家主が居なくなってしまったのだ。

 財産管理や、その他諸々のことに支障が出かねなかった。

 そんな時に訪ねてきたのがグレアムとリーゼ達であった。

 訳も分からぬ間に深々と頭を下げられて謝られて事情を聴かされた。

 その件に関してははやては一切咎めることなく許したが、財産管理などの件については世話になった。

 

 元々、グレアムがその財産の大部分を出費していたのもあり、その後の財産管理、土地の管理などを引き受けてもらった。

 一番ははやてが管理するのが理想であるが、日本では子どもにはできない。

 守護騎士達も日本での戸籍を持っていないために不可。

 そこで、管理局を自主退職したグレアムに白羽の矢が立ったのである。

 

「グレアムおじさんってやっぱり紅茶とかにうるさいんかな?」

「イギリスの人ってそうでしたっけ? でも、はやてちゃんが淹れてくれた紅茶なら喜んでくれると思います」

「そうやったら、嬉しいなぁ。……お爺ちゃんってこんな感じなんかな」

 

 今は故郷のイギリスで暮らしているが、つい先日にあったはやての誕生日を祝う為に来てくれるのだ。

 初めこそ、騎士達もグレアム達も気まずげな空気を漂わせていたがはやての仲介によりそれも大分中和されている。

 それに何よりも、グレアムが絵に書いたような優しいおじさんだったこともある。

 重責から解放されて本来の性格に戻れたグレアム。

 その姿からはやては、優しい人間ほど冷酷になれるのだと養父の面影を垣間見た。

 

「それに、おとんの話も聞けるしな」

「お父さんの昔話ですね……」

 

 何よりも、グレアムは最も古くから切嗣を知る人物である。

 養父の本当の人柄を知る上でも、追いかけるための情報を得るためにも非常に有益である。

 父親の昔を知っている人物という点ではグレアムはまさにはやての祖父に当たるような役割を担っているのかもしれない。

 

「ま、それやったら早よ寝んといけんな」

「はい、お休みなさい」

「お休みな、シャマル」

 

 湯呑をシャマルに手渡し、大きく背筋を伸ばすはやて。

 今日やり残したことは明日にやろうと、本に栞を挟み閉じる。

 そして、自らの足でしっかりと立ち上がりヴィータが眠るベッドに向かう。

 

 

「……おとん、私一人で歩けるようになったんよ」

 

 

 ボソリと寂しげに呟きベッドの中に潜り込む。

 そのまま目を閉じていると、寝ぼけているのか、ワザとなのか。

 ヴィータが慰めるようにはやてに抱き着いてくるのだった。

 

 

 

 

 

 ある管理世界のホテルの一室で切嗣は黙々と世界情勢の書かれた資料を読んでいた。

 時折、あまりにも愚かすぎる人間の業を見て眉を顰めるが、それ以外では表情の変化はない。

 部屋には切嗣以外の人間はおらず、沈黙だけが支配している。

 しかし、それを破る声が響いてくる。

 

『次はどの世界に行くのだ、切嗣?』

「マリドーラという世界だ。管理世界ではあるが、昔から小さな民族紛争が絶えない場所だよ」

『……哀しいな』

 

 哀しい、仮の器に入ったリインフォースはそう呟く。

 それは何千年と続く、終わらぬ人の争い。

 そして、再び誰かを殺さなければならない彼の残酷な宿命に対しての言葉。

 

「本当にね。人類は石器時代から何一つ変わっちゃいない。まあ、僕が言える立場じゃないけどね」

 

 作業の手を止めて、自嘲気味に笑う切嗣。

 その姿にリインフォースはさらに哀しい気持ちに襲われる。

 この半年ほど近くで彼を見続けてきたが、彼は自分自身を欠片も愛してはいない。

 叶うことなら今すぐにでもその心臓を引き裂いてしまいたいと願っているのだ。

 それでもなお、生き続ける切嗣の姿は直視できるものではなかった。

 

『……今回も私を置いて行くのか?』

「当然だ。君の安全を守るのが契約だ。戦地に連れていくような馬鹿なマネはできない」

 

 普段は基本的に切嗣がリインフォースの傍にいることになっている。

 しかしながら、切嗣はリインフォースを決して戦場には連れて行かない。

 確かに、彼の言うように守るならば戦場に連れて行かないのが普通だろう。

 

「あの男は自分から提示した契約は守る。それにウーノはまともな方だ。不自由な思いはさせているが、君に害を及ぼすことにはなっていないだろう?」

『それに関しては、問題はない。彼女ともある程度打ち解けてきた』

「そうかい、それは良かった。あと半年もすればスカリエッティが君の体を再現させるはずだ。そうすればはやて達の元に返してあげられる」

 

 だが、リインフォースは切嗣がワザと連れて行かないようにしているように感じられた。

 それは自分の汚い行いを見せるのを嫌がるように。

 間違いを犯し続けているのを責められるのを嫌がるように。

 まるで、子どもが親からいたずらを隠そうとしているかのように感じられるのだ。

 

「そうだ、この前送った映画や音楽はどうだった?」

『ああ、楽しませてもらったよ。永劫の時を旅してきて、全てを知ったつもりになっていたが、こういった娯楽に関しては疎かったようだ。世界というのは広いのだな』

「うん、世界は本当に広い……」

 

 少し、満足気な笑みを浮かべながら彼は遠くを見つめる。

 彼は人間の愚かさを憎んでいる。犠牲なくしては生きられぬ(さが)を呪っている。

 だとしても、彼は人間が大好きなのだ。人類を愛しているのだ。

 まさに愛憎が入り混じった感情を抱き続ける人間らしすぎる心を持つから苦しむ。

 もしも、聖人のように愛だけを持てていれば。狂人のように憎しみだけを持てていれば。

 こんなにも苦しむことはなかったであろう。

 ごく普通の人間だからこそ、現在の衛宮切嗣になってしまったのだ。

 

『いつかは、広い世界を実際に見聞きしたいものだ』

「そうだね、はやて達の元に帰ってから思いっきり人生を謳歌してくれると僕も嬉しい」

『…………』

 

 ああ、またこれだ。リインフォースは内心で小さくため息を吐く。

 切嗣は完全に自分が人生を楽しむことを放棄している。

 あくまでも、他人の幸せを祈ることしかしていない。

 そのことがどうしてもリインフォースには許せなかった。

 

『お前は人生を楽しむということはしないのか?』

「僕が? 人の人生を奪い続けている人間に人生を楽しむ権利なんてあるわけがない」

『それで、お前は自分が切り捨てた人生を私に送らせようとしているのか?』

「…………」

 

 返事はなかった。しかし、それが答えであった。

 衛宮切嗣がここに至るまでの間に切り捨ててきた人の営み。

 それこそがリインフォースに対して身に付けさせようとしているもの。

 日に日に人間らしくなる彼女に対して、徐々に感情を削ぎ落としていく彼。

 まるで、己の魂を分け与え、人形に命を与えようとしているかのような光景。

 太陽に追いつこうと必死に追いかける月のように決して距離は縮まらない。

 

『私は人としての幸せを願った。そしてお前はそれに応えてくれている。だが、同時にお前を見ていると何が幸福かが分からなくなってくるのだ』

「……まあ、僕程捻くれた人間もいないだろうしね」

『お前は誰もが望むであろう、一般的な幸福を私に教えている。しかし、人の幸福とは本当にそれだけなのか? 人間の心とはもっと複雑で怪奇なものではないのか?』

 

 リインフォースの問いかけに切嗣は何も返さない。

 部屋には痛々しい程の沈黙だけが息をしている。

 切嗣は黙ったまま、煙草の箱を取り出し、開けようとして手を止める。

 しばらく所在なさげに箱を見つめていたが最後にはため息をつき、ポケットに仕舞い込む。

 

「そこまで考えられるのなら君はもう立派な人間だよ、リインフォース」

『お前は返事に困ると別の言葉で誤魔化す癖があるな、切嗣』

「ははっ、まるで探偵でも相手にしている気分だよ」

 

 肩をすくめ小さく笑う切嗣。この時ばかりはリインフォースに体がなくて良かったと思う。

 もし、体があったのならあの吸い込まれるような紅い瞳で全てを見透かされたような気分になっていただろう。

 

「確かに君の言う通り、人間の幸福は単純なものじゃない。誰かを笑顔にさせることが幸せな人もいれば、誰かを絶望させることが幸せな人もいる」

『ということは、私に教えている幸福は不完全なものだと?』

「それも少し違うかな。僕から見れば君に教えている幸福は完璧だ。でも、僕以外から見れば変わる。結局のところ、人の幸福はその人が何を望むかで大きく変わるから自分で見つけるしかない」

 

 つまりは、切嗣は様々なサンプルを見せ、そこから自身の幸福を考え出せと言っているのだとリインフォースは解釈する。

 己の目で、心で望む幸福を探す求道の道。

 ひょっとすると、それこそが人生なのではないかとも考える。

 尤も、求道の果てに見つけた幸福が酷く歪んでいる人間もいるかもしれないが。

 

「僕は契約通り、君が人としての幸せを見つけ出すまでの手伝いをする。それが、僕の思い描く幸福と違っても止める権利はないから安心してくれ」

『……分かった。その言葉をよく覚えておこう』

「さ、大分時間が経ったみたいだし、僕は二時間ほど寝るよ」

『ああ、お休み』

 

 時計は既に夜中の三時を回っており、曇りの為か空には星の光すらなかった。

 切嗣が布団もかけずにベッドの上に倒れこむのを見ながらリインフォースは考えるのだった。

 自分にとっての幸福とはいったい何なのかと。

 

 




シリアスの書きすぎでネタが書きたくなった。
はやての卒業式でスコープ越しから号泣するケリィとか書きたい。
イノセント世界でのんびり店番するケリィも書きたい(錯乱)

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